MagiaSteam
高貴なる者の義務




 渾身の力で、雑草の塊を引き抜いた。
 地中から、ほぼ1人分の人骨が現れた。
 白骨死体に、根がガッチリと絡み付いている。屍を養分に育った雑草である。
 勢い余って、アラム・ヴィスケーノは尻餅をついた。雑草を生やした骸骨が、もたれかかって来た。
 その屍を、アラムはそっと地面に横たえた。そして女神アクアディーネへの祈りの印を切る。
 一緒に野良仕事をしてくれている兵士が1人、歩み寄って来た。
「死体の1つ2つじゃ動じませんか、侯爵閣下」
 アルゴレオ・テッド。
 ヴィスケーノ侯爵家に仕える兵士たちの中では、兵隊長ガロム・ザグと並ぶ猛者である。
「思いのほか肝が据わっておられるのは認めますがね……もう、やめたらどうです。畑仕事をバカにするわけじゃありませんが、領主様のなさる事じゃあないでしょう」
「村長組合の人々が褒めてくれたよ。領主様は草むしりが大層お上手になられた、とね」
「……村長さんらは褒めてくれてもね、母上様はお冠ですぜ」
 言いつつアルゴレオが、半ば樹木になりかけた雑草を片っ端から引き抜いてゆく。さすがの力であった。武芸のからきし駄目な領主とは鍛え方が違う。
 荒れ放題の畑地を、アラムは見渡した。
 農民たちが、あちこちで雑草を抜き、石を取り除き、土を耕し直している。
「書類が正しければ……この辺りは、すでに収穫の見込める農地であるはずなんだ」
 ここヴィスケーノ侯爵領において実質的な政務を執り行っているのは、領主アラムの母マグリア・ヴィスケーノである。
 母は、領内各所から上げられて来る様々な書類に基づいて判断を下す。
「母が、判断を誤る事はない……だが、最初に上がって来る書類がそもそも間違っているという事はある。仕方がないよ、この地はまだ混乱の最中にあるんだ」
「その間違いを、領主様おん自らこうして確認して回る。御立派だと思いますけどね」
 アルゴレオは言った。
「確認ついでに野良仕事までやる事ぁないでしょうが」
「人手が足りていなかったようなのでね、つい」
 領主が、身体を動かす。結果、護衛兵のアルゴレオまで野良仕事を行う羽目になってしまった。
 自分が掘り出した白骨死体を、アラムは見下ろした。
「父は……ベレオヌス・ヴィスケーノは一体この地で、どれほど人を殺したのだろう……」
「……気に病むな、ってのは無理でしょうけどねえ領主様」
 農民たちが、話しかけてきた。
「もう終わった事です。それに、ご子息の貴方様が大変な苦労をなさってるのも私ら知ってる」
「だからね、貴方はもう気にしなさんな」
 謝罪の言葉が、喉の辺りまで込み上げて来る。
 それをアラムは飲み込み、ただ頭を下げた。軽々しく謝罪するような事ではないのだ。
「それより。聞きましたぞ、ご領主様」
 農民の1人が、笑った。
「お嫁様を、お迎えになるそうですな。めでたい」
「……まだ、わからないよ。母が勝手に進めている話さ」
 貴族の結婚、それは政治の一部である。
「お隣の、グラーク侯爵家の令嬢でしたな。確か」
 アルゴレオが言った。
「大層な別嬪だって話ですぜ。良かったじゃないですか」
「わ、私には、まだ妻を娶る資格など……それに、相手方の気持ちだって考慮しなければ」
「自由じゃない結婚なんて、お偉い様方の宿命みたいなもんでしょうが」
 アルゴレオは、いささか苛立っているようだ。
「いいじゃないですか政略結婚。世の中、結婚なんてしたくても出来ない奴が大勢いるんです。贅沢言ってんじゃねえって話ですよ」


 アラム・ヴィスケーノ侯爵は21歳であるという。18歳の自分と、釣り合わぬ年齢ではない。
 まあ期待はせぬ方が良いだろう、とシェルミーネ・グラークは思う。聞くところによると、優しさだけが取り柄の若君で、実質的な統治者である母親に頭が上がらないという。
「そんな男……私が言う事を聞かせて、ヴィスケーノ家をグラーク家の支配下に置く。簡単な事よね」
 政略結婚とは、そういうものだ。
 そうして支配したヴィスケーノ侯爵領の民を、もちろん虐げたりはしない。民を守る、それが貴族の務めだ。
 雑草が伸び放題の荒れ果てた畑地を、シェルミーネは足取り軽やかに進んで行く。
「ふふ……さあ民衆よ、私をご覧なさい。お前たちの新たな主、グラーク家の令嬢よ」
 ふわりと細身を翻し、語りかけてみる。
 無論、誰も応えない。出歩いている民などいない。
 前領主ベレオヌス・ヴィスケーノの暴政によって、この地は随分と人口が減ったという。人の住まぬ場所は、いくらでもある。
「聞いてはいたけれど……ひどいものね」
 高貴なる者の義務に、シェルミーネは身を震わせた。
「……この地は、私たちグラーク家が必ず救って見せる。税収の上がる肥沃な土地に作り直し、民衆を富ませる。そのために……良いでしょう、貴方にこの身を捧げますわ。まだ見ぬ愛しの君よ」
 婚礼の前に単身、この地をこうして訪れた。意味はあった、とシェルミーネは思う。
 救わねばならぬ民の現状を、自身の目で確認する事が出来たのだ。
 ふと、シェルミーネは足を止めた。腰に吊った小型の剣を、スラリと抜き構える。
 荒れ果てた畑地の、あちこちが蠢いていた。
 雑草の塊が、土もろとも隆起している。
 盛り上がった土がボロボロと崩れ剥がれて、人骨の白さが露わになる。
 白骨死体であった。その全身に、肉や皮膚の代わりの如く雑草の根が絡み付いている。
 草をまとう骸骨が、計8体。のたのたと直立歩行し、迫り寄って来る。シェルミーネを包囲せんとする。
 包囲されまいと動きつつ、シェルミーネは呟いた。
「イブリース……」
 死体のイブリース化。還リビト、と呼ばれる種類である。
 シェルミーネも聞き及んではいた。ここヴィスケーノ侯爵領では、前領主ベレオヌスに虐殺された人々の屍が、こうしてイブリースと化し、民衆を脅かしていると。
「……出迎え御苦労、民に害なす者どもよ」
 シェルミーネは踏み込んだ。
「そう……お前たちを討滅するために、私は来たのよ!」
 小型の剣が一閃し、還リビトを直撃し、跳ね返った。
 シェルミーネは後方によろめき、辛うじて転ばず踏みとどまった。
 強固に絡み付いた草の根が、動く人骨を防護している。
 単なる雑草ではない。大量に瘴気を吸収したそれらは、今や鎖帷子の如き強度を有して還リビトの鎧を成しているのだ。
 そして、防護だけではない。
 無数の草の根が、白骨死体の全身でミミズの群れのように蠢きうねり、シュルシュルと伸びて来る。
 シェルミーネのしなやかな肢体を、絡め取ろうとしている。
「……嫌…………」
 通じぬ剣を弱々しく構えたまま、シェルミーネは後退りをした。
 救わねばならぬ民の現状を、自身の目で確認する事が出来た。そんな事を、先程は思っていた。
 自分は、何もわかってはいなかった。この地の民が、いかなる状況に置かれているのか、いささかでも理解したのは今この瞬間だ。
「民は……このような者たちに、脅かされている……」
 声が震える。身体が、震え上がる。
「私に出来る事は……何もないと言うの? 民を守るべき……貴族たる、この私に……」
 足音が聞こえた。勢い良く駆け付ける、複数の足音。
 誰かが、助けに来てくれた。
 シェルミーネは、唇を噛んだ。
 助けられる。救われる。守られる。貴族にとって、これに勝る屈辱はない。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.還リビト(8体)の撃破
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 イ・ラプセルの、とある地方貴族の領内に、8体(前衛4、後衛4)の還リビトが出現しました。これらを討伐して下さい。

 場所は荒れ果てた農地、時間帯は昼。

 還リビトの攻撃手段は、怪力を用いた白兵戦(攻近単)。それと触手状に伸びる草の根(攻遠単)で、これの直撃を喰らうと体力を吸収されます(受けたダメージと同量の体力が回復)。

 還リビトたちの前方には大貴族グラーク侯爵家の令嬢シェルミーネ・グラーク(ノウブル、女、18歳)がいて、一応はオラクルの軽戦士でヒートアクセルLv1を使いますが、まあ戦力外です。状況開始時点では無傷ですが、体力が零になれば普通に死亡します。しかも自由騎士の皆様の指示には従わず勝手に戦おうとします。
 彼女の生存は成功条件ではありませんが、戦いから遠ざけるならば説得か恫喝が必要になるでしょう。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
13モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2020年04月20日

†メイン参加者 6人†




 王都サンクディゼールの大通りを歩きながら、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が嬉しそうにしている。
「ケニー君、元気そうだったね!」
「うむ。1人のキジンとして、真っ当に生きてゆける……その準備は、整ったと言って良かろうな」
 言いつつも『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は、自分がいささか釈然としていない事に気付いていた。
 イブリースに襲われて重傷を負い、違法なキジン化を施され死にかけていた少年が、正規のカタフラクト工房に身柄を預けられた。適正な蒸気鎧装を取り付けられて今、身体を動かす訓練に励んでいるところである。
 その見舞いの、帰り道であった。カノンとテオドールの他、あの戦いには参加していなかった『俺様的正義』クレヴァニール・シルヴァネール(CL3000513)がいる。
「聞きましたよ、テオドール伯爵」
 クレヴァニールが言った。
「あのケニー・レイン少年が、最先端のキジン化施術を受ける……そのための費用を、伯爵が全てお持ちになったそうですね。何とも豪気」
「恵んだわけではない、立て替えたのだ。いずれ回収する気ではいた」
 貴族である、と同時に会社を営む身である。慈善事業は慎むべきであった。
「元凶たる故ゲンフェノム・トルク伯爵の類縁から、と思ったのだがな……調べたところ、トルク伯爵家は断絶に等しい状態であった。ゲンフェノム伯爵には奥方と御子息がおられたようだが」
「断絶……という事は、すでにお亡くなりに?」
 クレヴァニールの言葉に、テオドールは重く頷いた。
 カノンが言う。
「ケニー君は……一生かかっても払う、って気合い入れてたよね」
「その必要がなくなってしまったところでな」
「誰かが、払ってくれたって事?」
 テオドールは、空を見上げた。
「トルク家とは縁もゆかりもない……グラーク侯爵家が、な。不幸な少年を救ってくれた代金だと言って無理矢理、ベルヴァルド家の口座に大金を押し込んできたのだ」
「ほう、グラーク侯爵家」
 クレヴァニールが、端正な顎に片手を当てた。
「当主のオズワード・グラーク侯爵とは面識がありますよ。何と言いますか、見栄の塊のような人物でした。世間に良い顔を見せる機会を、逃したくなかったのでしょうね」


 そんな会話をしたのが、昨日である。
 グラーク侯爵家とは何かしら話をつけなければ、とテオドールは思っていたところであるが、その機会は案外、早く訪れるかも知れない。
 無論そんな事とは関わりなく、助けねばならない状況でもある。
「シェルミーネ・グラーク嬢、御無事か!」
 テオドールが声を投げる。
 8体もの還リビトに迫られていた1人の少女……グラーク侯爵家令嬢シェルミーネ・グラークが、声を震わせた。
「貴方がたは……!」
「こんな所へ1人きり、護衛もいない……のは、黙って抜け出して来たから! よね?」
 言葉と共に、光が走った。『死人の声に寄り添う者』アリア・セレスティ(CL3000222)の、踏み込みと斬撃だった。
 還リビトの身体から触手状に伸びたものたちが、シェルミーネに触れる寸前で切断され舞い落ちる。
「貴族のお嬢様って……そんな感じ、なのかな。やっぱり」
 草の根、であった。
 無数のミミズのように蠢く雑草を、全身に絡み付かせた白骨死体。
 そんな姿の還リビト8体が、押し寄せて来る。
 屍から養分を得て育った草の根が、生きた令嬢の瑞々しい命を渇望してニョロニョロと伸びうねる。
 死神そのものの大鎌が一閃し、それらを刈り払った。
「高貴なる者の責務。大いに共感はいたします、が……無茶はいけませんよシェルミーネ嬢!」
 クレヴァニールが、冥王鎌を猛回転させたところである。
 回転した長柄の石突が、そのまま地面に打ち込まれる。
 打ち込まれた衝撃が、波動となって拡散し、還リビト数体を吹っ飛ばした。
 呆然としているシェルミーネに、アリアが寄り添う。
 クレヴァニールが大鎌を水平に構え、少女2人を背後に庇う。
 庇われたままシェルミーネが激昂する。
「余計な事を……ッ! 誰が、助けなど!」
「はいっ、そういうのが余計な事!」
 小型肉食獣のような影が、走った。カノンだった。
 吹っ飛んだ還リビトの1体が、即座に起き上がって草の根を伸ばして来る。伸び蠢くものたちが、執拗にシェルミーネを狙っている。
 蠢く雑草の発生源たる骸骨に、カノンは激突して行った。
「今は、生き残る事だけ考えて!」
 オニヒトの少女の愛らしい五指が、獣の牙となって還リビトに食い込んでいた。
 食らい付いた獣が、咆哮した。気合いが迸り、蠢く草の塊をちぎり飛ばす。
 他の還リビトたちを大鎌で牽制しつつ、クレヴァニールは言った。
「貴族たる者、他者に守られる事は屈辱であり恥……それは私も承知しておりますが」
 秀麗な顔に、笑みが浮かぶ。
「シルヴァネール公爵家の嫡男たる、この私クレヴァニール・シルヴァネールを守りの盾とする! それは恥にあらず、むしろ名誉なのですよシェルミーネ嬢」
「守られる事が屈辱ならば、年長者による世話焼きと思ってくれれば良い」
 言葉と共にテオドールは、牽制される怪物たちに杖を向けた。
 氷の荊が生じ、還リビトたちをメキメキと拘束し切り裂いてゆく。
 束縛と殺傷の呪力を制御しながら、テオドールは言った。
「そして……学びの機会、という事にでもしておくのだなシェルミーネ嬢。貴女は今、まず恐怖というものを学んだはずだ。これは大きい」
「ふざけた事を……! 私は、このような者どもを恐れてなど!」
「……煩いな、役立たず」
 忍耐の限界に達したのは、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)である。
 草をまとう骸骨の1体が、氷の荊を振りほどきにかかっていた。凍り付いた草の根がボロボロと砕けて剥離し、剥き出しになった骨がひび割れてゆく。
 そんな有り様ながら、こちらに襲いかかって来ようとする還リビトに、マグノリアは氷の呪力を投げつけていた。
「助けてもらう事が、恥……? いくら貴族でも、それは贅沢がすぎるというものだよ」
 ひび割れた白骨死体が、氷の棺に閉じ込められていた。
 その様を見据え、マグノリアは言い放つ。
「見るがいい……彼らだって、望んでこんな姿を晒しているわけじゃあない。この、大いなる理不尽の前には……シェルミーネ・グラーク、君など何者でもない! 身の程を知れ!」
「何を……!」
「はい、そこまで」
 無言で聞き入っていた『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が、シェルミーネの腕を掴んだ。
「マグノリアさんの言葉のナイフは、少しばかり刺さり過ぎますからね。私の拳の方が、優しいですよ?」
「はっ放して! 放しなさい!」
 怒り喚くシェルミーネを、エルシーが容赦なく引きずって行く。にこやかに言い聞かせながらだ。
「この世にはね、適材適所という言葉があるんです。イブリース退治は私たち自由騎士に押し付けておけばよろしい。貴女は、貴女にしか出来ない事をしましょう。それが何かをゆっくり考えるためにもね、生きないと」


 アリアの胸が、横殴りに元気良く揺れた。
 美しく捻転するボディラインの周囲で、蛇腹の剣が刀身の固定を解き、渦を巻く。鞭状の斬撃が旋風となって吹き荒れ、蠢き伸びる草の根をことごとく切断してゆく。
 胸の大きさは自分とほぼ同程度であろうか、とエルシーは思う。
 ほっそりと伸びて躍動するアリアの脚線美を見ていると、しかしもう1つ思ってしまう。自分の太股は、いささか筋肉太りしているのではないか、と。
「私、もうちょっと下半身、引き締めなきゃダメですかねえ……まあ、そんな事よりも」
 物の如く引きずって来た令嬢に、エルシーは語りかけた。
「ねえシェルミーネ様。テオドールさんも言ってましたけど今回はね、恐怖ってものを学習出来ただけでいいじゃないですか。雑草の処分なんて、私ら自由騎士団に任せとけばいいんです」
 単なる雑草ではない、イブリース化した草の根が、動く白骨死体から生え伸びて自由騎士たちを襲う。
 クレヴァニールの細身が、カノンの小さな身体が、針金の如く強靭な草の根に絡め取られていた。
 土から、ではなく生命体から養分を吸収する魔草の根が、クレヴァニールとカノンから生命力を奪おうとしている。だが。
「……無駄だ。貴卿らは、もはや他者の命を吸収する事は出来ぬ」
 テオドールが、呪術の印を切り結んでいた。
 目に見えぬ呪力の炎に焼かれ、還リビトたちはひび割れながら痙攣している。その炎が、力の吸収回復を妨げているのだ。
「速やかに……土へ還りなさいという事です。ベレオヌス・ヴィスケーノ侯爵の犠牲者たちよ!」
 クレヴァニールの細い全身からも、気合いに合わせて不可視の呪力が迸っていた。
 鎖帷子の如く強靭な魔草の根が、その強靭さを失ってゆくのをエルシーは見て取った。『劣化』の呪術。
 単純な膂力はエルシーにもカノンにも劣るクレヴァニールが、その細腕を豪快に広げ、草の根を引きちぎった。
 そしてカノンも。
 還リビト3体分もの魔草によって、がんじがらめに拘束・圧迫され、肋骨をメキメキと痛々しく鳴らしながら、
「……君たちの……痛み、無念……そういうもの全部、アラムさんに押し付けちゃう事になるねっ」
 跳躍し、竜巻と化した。逆立ちしながらの、猛回転。
 強靭さの劣化した、とは言え人体を圧壊する力は充分に残した草の根が、全てちぎれて飛び散った。
 カノンのあまり長くはない両脚が、精一杯伸長しながら還リビト数体を薙ぎ払い吹っ飛ばす。
 吹っ飛んだ者たちに語りかけながら、カノンは着地していた。
「だけど、アラムさんなら……ってカノンは思う。君たちも、信じて見守って欲しいな」
 オニヒトの少女が残心を決める様に、じっと眼差しを向けつつ、シェルミーネが言葉を漏らす。
「……貴女たち自由騎士は、アラム・ヴィスケーノ侯爵を……信じているの?」
「領民思いで責任感も行動力もある。良物件ですよ、あの人は。逃がしちゃいけません」
 エルシーは拳を握った。
「いいですかシェルミーネ様。貴女がやらなきゃいけない事は、まず幸せな結婚です。絶対結婚、ぜつ☆こん! です。こんな所で危険な目に遭ってる場合じゃないですよ」
「……私は……戦わなければ、民のために……」
 シェルミーネは呻き、戦いの場に向かおうとする。
「私がここで、高貴なる者の力と魂を示さなければ……グラーク家は、あの男に蝕まれてゆく一方……あの、おぞましい男に」
 エルシーは軽く、左拳でシェルミーネの鳩尾を突いた。傍目には、触れたようにしか見えないだろう。
 それだけでシェルミーネは倒れ、のたうち回った。
「顎をかすって脳みそ揺らそうかとも思いましたが……アレって、素人さんにはちょっと危険なんですよね。だから、こっちにしました」
 蛙のような悲鳴を漏らす令嬢を放置して、エルシーは仲間たちの所へ向かった。言葉を残しながら。
「死ぬほど苦しいですけど死にはしません。恐怖の次はね、痛みと苦しみをお勉強しましょう」


 シェルミーネが何やら体調悪そうにしているのは気になるが、それはそれとしてエルシーが戦線に復帰した。
「あっはははは。いいですよねえ結婚ですよ結婚、まったくもう」
 緋色の閃光を放つ拳が、還リビト2体をまとめて殴り飛ばす。魔草がちぎれ、細かな骨の破片が飛散する。
 やはり、とアリアは思う。自分の攻撃は、エルシーのそれと比べて軽過ぎる。
(速度に頼るのは、そろそろ限界……)
 以前から、思っていた事ではある。
 特に今回の相手は、傷を負わせれば怯んでくれる人間のゴロツキではない。耐久力に秀でた還リビトである。
 その1体が、魔草の根を伸ばし放った。
 生命を吸収する力は封じられたものの、人体を締め潰す力は充分に残したものたちが、おぞましい触手の動きでアリアを絡め捕らえようとする。
「嫌……」
 そんな声をアリアが漏らしている間に、小柄な人影が眼前に割り込んで来た。
 子供、に見えた。
 その細く小さな肉体が、アリアの代わりに魔草の根に捕えられ、締め上げられ、メキメキッ! と悲痛な音を発している。
 助けられた、助けなければ、と思いつつアリアは呆然と問いかけていた。
「……あなた……誰?」
「……人形さ。気にする事はない」
 答えたのはマグノリアである。
 ぼんやりと、アリアは理解していった。
「ホムン……クルス……」
 マグノリアは、最も忌むべき秘術を用いたのだ。アリアを守るために。
「マグノリアさん……貴方は! ただ私の盾にするためだけに、1つの命を!」
「かりそめの命に過ぎない。かりそめではない、君の命の方が大切だ」
 言いつつマグノリアが、のたうち回るシェルミーネを一瞥する。
「常日頃、思っていた事さ。アリア、君は前衛で無茶をし過ぎる……今回は、彼女を守るためだろうけど」
「…………」
 俯いたままアリアは、圧殺されゆくホムンクルスを背後からそっと抱き締めた。
 その小さな細身を縛りちぎらんとする魔草の根に、アリアの優美な五指から魔力が流し込まれて行く。
 触手のような草の根が、破裂した。
 それらの発生源であった骸骨が、アリアの魔力に貫通され、後方の1体もろとも吹っ飛んだ。
 そこへ、クレヴァニールが踏み込んで行く。魔力を、衝角の形に鋭く発現させながら。
 その衝角が、還リビトの1体を粉砕する様を確認しつつ、マグノリアが繊手をかざす。
 魔導医療が、実行された。
 全身の骨を締め砕かれていたホムンクルスが、治療を施されて立ち上がる。人形の動きだった。
 人形使いが、命令を下す。
「さあ動け、我が下僕よ。僕の仲間たちを守れ。その虚ろなる生命、続く限り」
 アリアは思わず、マグノリアを睨み付けた。
「……貴方は……! この子を、まだ……」
「使うさ、盾としてね。修理をしながら、可能な限り長持ちはさせる」
 淡く発光する水色の瞳が、じっと見つめ返してくる。
「……忠告はしておく。ホムンクルスに、情を抱いてはいけない……保たなくなるよ、君の心が」


 エルシーの強靭な美脚が、大時化のように荒れ狂って還リビトたちを蹴り砕く。
 ほぼ粉砕されながらも、よろよろと揺らめく数体に、
「……終わりに、させてもらおう」
 テオドールが、呪いの重力を落とした。黒い大蛇を一瞬、マグノリアは幻視した。
 大蛇のような重力の塊に押し潰され、還リビトたちは最後の1体に至るまで消滅した。
 クレヴァニールが、息をつく。
「……思った以上に、長丁場となりましたね」
「しぶとかったよ。いくら蹴ってもぶん殴っても、起き上がって来るんだもん」
 カノンが言い、ちらりとアリアの方をみる。小さな屍を抱いて座り込む、アリアの方を。
「その子のおかげで、だいぶ助かったけど……ありがとうね、ええと」
「やめたまえカノン。ホムンクルスに、名前など付けてはいけない」
 マグノリアが言うと、カノンは俯いた。
「……呼ばないけど、心の中で付けたよ」
「……辛い思いを、するだけだよ」
 カノンは応えない。
 弱々しい、足音が聞こえた。
「おお、シェルミーネ嬢。生きておられたか」
 テオドールが微笑み、シェルミーネは呻く。
「エルシー・スカーレット……私に、武術の稽古をつけなさい……!」
「自力で立って来ましたか。いいですよ、根性ありますねえ」
 マグノリアは、思わず口を出した。
「やめたまえ……死ぬぞ」
「おや、どうしましたマグノリアさん。先程は冷たい事を言っておられたのに」
 クレヴァニールが笑い、テオドールが祝辞を述べる。
「アラム・ヴィスケーノ侯は、良き奥方を迎えられた。学びを知る令嬢……この地に住まう民にとって、良き未来への導き手となられるであろう」
「アラムさんは、いい人だよ」
 カノンが、生温かい笑みを浮かべる。
「まあ、ちょっと……女の度量でね、受け容れてあげなきゃいけないとこ無いわけじゃないけど」
「……1つだけ、言わせて。シェルミーネさん」
 ぼろぼろと崩れゆくホムンクルスを抱いたまま、アリアが言った。
「私も無茶をやるから、強くは言えないけれど……貴女が危険な事をすれば、こんなふうに……貴女を守って、誰かが死ぬかも知れない。それだけは、わかって……」


 ワインを運んで来たメイドが、その用を済ませ、しとやかに一礼して立ち去った。
 兎の耳を立てた、ケモノビトのメイドである。仕事は出来るが、どうにも油断がならない。間諜の類かも知れない、という気配がある。
 落ち着かぬまま、オズワード・グラークはワイングラスの中身を呷った。
 メイドも、男の使用人も、全てが間諜に見えてしまう。
「今のメイド……始末しますか?」
 柱の陰で、その男は言った。オズワードは答えた。
「……そんな事よりも貴公には、してもらわねばならぬ仕事がいくらでもある。この度のイブリース討伐は見事であった。今後も働いてもらうぞ」
「まずは御令嬢を、お連れ戻しいたしましょうか?」
「あの大馬鹿者の事はよい」
 オズワードは、じろりと視線を向けた。
「それよりも伯爵……貴公の望み通り、ベルヴァルドの口座に金を振り込んでおいた。良いのか? 本来ならば貴公が報酬として受け取るべき金であったろうに」
「良いのですよ。私には、ケニー・レインを救う義務があるのです」
 伯爵が、乾杯の仕草をした。微かな、蒸気鎧装の駆動音がした。
「彼らのおかげで、私は……この完璧な身体を手に入れる事が、出来たのですからね。お金で救えるならば、1人でも多く救いたいものです」
 

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済