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エミリー・ブラムの肖像。或いは、自由を求める壁の絵

●真夜中の美術館
とある博物館に発生したイブリースは、言ってしまえば大きな力を持つものではなかった。
博物館の中ほどに飾られた一枚の絵画。描かれているのは、月を背に佇む1人の女性。
彼女は自力で動くこともできない。
しいて言うなら、近づく者に【魅了】や【パラライズ】の状態異常を付与することだけ。
ダメージとて、微々たるものだ。
イブリースと化した絵画……【エミリー・ブラムの肖像】が起こした事件といえば、美術館を訪れた客を操り、自分を回収させようとした騒ぎぐらいのものだろう。
そんな出来事が数度続けば、さすがに美術館のスタッフも違和感を覚える。
原因が分かるまで、という曖昧な期限付きで美術館は閉鎖されることになる。
とくに絵が飾られている区画は扉に鎖まで降ろされる始末であった。
だが、周囲に誰もいなくなり、閉鎖されたことで画霊は力を覚醒させる。
『もうすぐ。もうすぐよ……そう。いい子たち』
脳裏に直接響くような、反響する声。
美術館の近くに迫る、ある動物たちに向けた言葉だ。
あり動物たち……それは。
地面の下を、屋根の上を、通りの真ん中を駆け抜けるそれは、数えきれないほどのネズミの大群であった。
●外の世界へ
「しかし、ネズミ算とはよく言ったものだな」
げんなりするぜ、とそう言って『君のハートを撃ち抜くぜ』ヨアヒム・マイヤー(nCL3000006)は顔をしかめた。
ターゲットであるエミリー・ブラムの肖像の飾られた美術館には、今も町中からネズミが大挙して押し寄せている。
迫るネズミはどれも、普通のそれよりサイズが大きい。
中には体長50センチに迫る大型のものもいる。
「数は合わせて各方面ごとに2、300匹ってところか。特にでかいネズミが親玉……イブリース化したネズミだな」
イブリース化したネズミ【リーダーマウス】は、野生のネズミを使役する力を持つらしい。
また、その牙や爪には【ポイズン】の状態異常が付与されている。
「リーダーマウスはエミリー・ブラムの肖像に操られているようだな。目的は……彼女を盗み出すことか」
外の世界を見たい、というたった一つの妄執がエミリー・ブラムの肖像を凶行に走らせた。
このままでは街は大混乱。
統率されているとはいえ、放置しておけば美術館の絵画や展示物がネズミに喰われないとも限らない。
そういった事件を防ぐのもまた、自由騎士の役目なのだ。
「美術館の出入り口は東南北の3方向。ネズミたちも各方向から群れを為して接近中だ」
美術館の裏手……南方向にはため池がある。北は街から続く大通りだな。東側は森林公園だ」
美術館は2階建て。エミリー・ブラムの肖像が飾られているのは、1階の中央部だ。
「なるべくならネズミどもを1匹も入れずに殲滅……リーダーマウスを見つけて撃破するのが早いだろうな」
或いは、エミリー・ブラスの肖像を先に殲滅し、リーダーマウスの洗脳を解くか。
「美術館の防衛と、ターゲットの撃破……両方しなきゃならないのがつらいとこだよな」
ま、頼んだぜ。
軽い調子でそう告げて、ヨアヒムは仲間たちを送り出す。
とある博物館に発生したイブリースは、言ってしまえば大きな力を持つものではなかった。
博物館の中ほどに飾られた一枚の絵画。描かれているのは、月を背に佇む1人の女性。
彼女は自力で動くこともできない。
しいて言うなら、近づく者に【魅了】や【パラライズ】の状態異常を付与することだけ。
ダメージとて、微々たるものだ。
イブリースと化した絵画……【エミリー・ブラムの肖像】が起こした事件といえば、美術館を訪れた客を操り、自分を回収させようとした騒ぎぐらいのものだろう。
そんな出来事が数度続けば、さすがに美術館のスタッフも違和感を覚える。
原因が分かるまで、という曖昧な期限付きで美術館は閉鎖されることになる。
とくに絵が飾られている区画は扉に鎖まで降ろされる始末であった。
だが、周囲に誰もいなくなり、閉鎖されたことで画霊は力を覚醒させる。
『もうすぐ。もうすぐよ……そう。いい子たち』
脳裏に直接響くような、反響する声。
美術館の近くに迫る、ある動物たちに向けた言葉だ。
あり動物たち……それは。
地面の下を、屋根の上を、通りの真ん中を駆け抜けるそれは、数えきれないほどのネズミの大群であった。
●外の世界へ
「しかし、ネズミ算とはよく言ったものだな」
げんなりするぜ、とそう言って『君のハートを撃ち抜くぜ』ヨアヒム・マイヤー(nCL3000006)は顔をしかめた。
ターゲットであるエミリー・ブラムの肖像の飾られた美術館には、今も町中からネズミが大挙して押し寄せている。
迫るネズミはどれも、普通のそれよりサイズが大きい。
中には体長50センチに迫る大型のものもいる。
「数は合わせて各方面ごとに2、300匹ってところか。特にでかいネズミが親玉……イブリース化したネズミだな」
イブリース化したネズミ【リーダーマウス】は、野生のネズミを使役する力を持つらしい。
また、その牙や爪には【ポイズン】の状態異常が付与されている。
「リーダーマウスはエミリー・ブラムの肖像に操られているようだな。目的は……彼女を盗み出すことか」
外の世界を見たい、というたった一つの妄執がエミリー・ブラムの肖像を凶行に走らせた。
このままでは街は大混乱。
統率されているとはいえ、放置しておけば美術館の絵画や展示物がネズミに喰われないとも限らない。
そういった事件を防ぐのもまた、自由騎士の役目なのだ。
「美術館の出入り口は東南北の3方向。ネズミたちも各方向から群れを為して接近中だ」
美術館の裏手……南方向にはため池がある。北は街から続く大通りだな。東側は森林公園だ」
美術館は2階建て。エミリー・ブラムの肖像が飾られているのは、1階の中央部だ。
「なるべくならネズミどもを1匹も入れずに殲滅……リーダーマウスを見つけて撃破するのが早いだろうな」
或いは、エミリー・ブラスの肖像を先に殲滅し、リーダーマウスの洗脳を解くか。
「美術館の防衛と、ターゲットの撃破……両方しなきゃならないのがつらいとこだよな」
ま、頼んだぜ。
軽い調子でそう告げて、ヨアヒムは仲間たちを送り出す。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.エミリー・ブラムの肖像の破壊
2.リーダーマウスの殲滅
2.リーダーマウスの殲滅
●ターゲット
・エミリー・ブラムの肖像(イブリース)×1
若くして亡くなった少女の絵画。
持ち主は必ず不幸な最期を遂げる。
事件現場からは、この絵だけが消失する、など多くの不吉な逸話を持つ絵画。
描かれているのは黒髪黒目の美女である。
イブリースと化したことで、リーダーマウスたちを操り外の世界へと逃げ出そうとしているようだ。
ごくわずかだが、しゃべることはできる。
それが彼女の意思なのか、それとも描かれているエミリー・ブラムの声真似をしているだけなのか。
行動次第では、その真実に至ることもあるかもしれない。
・至高の芸術[攻撃]A:魔遠範【パラライズ2】【チャーム】
見る物、或いはこの絵の存在を認知したものを魅了してやまない、
深層心理に語り掛けるような芸術性の発露。
・リーダーマウス(イブリース)×3
体長50センチほどの巨大なネズミ。
東南北の3方向から、美術館目掛けて迫りくる。
各200~300からなるネズミの配下を引き連れており、リーダーマウス以外は美術品を齧ることもある。
・毒鼠牙々[攻撃]A:物近単【ポイズン1】
●場所
とある美術館。
規模はそれなりに広く、例えば東入り口から南入り口へ向かうにしても走って1分~2分はかかるだろう。
正面入り口は北。
南の入り口前には広いため池がある。
東入り口は森林公園と隣接している。
上記3方向から、300匹からなるネズミたちが美術館へ押し寄せている。
・エミリー・ブラムの肖像(イブリース)×1
若くして亡くなった少女の絵画。
持ち主は必ず不幸な最期を遂げる。
事件現場からは、この絵だけが消失する、など多くの不吉な逸話を持つ絵画。
描かれているのは黒髪黒目の美女である。
イブリースと化したことで、リーダーマウスたちを操り外の世界へと逃げ出そうとしているようだ。
ごくわずかだが、しゃべることはできる。
それが彼女の意思なのか、それとも描かれているエミリー・ブラムの声真似をしているだけなのか。
行動次第では、その真実に至ることもあるかもしれない。
・至高の芸術[攻撃]A:魔遠範【パラライズ2】【チャーム】
見る物、或いはこの絵の存在を認知したものを魅了してやまない、
深層心理に語り掛けるような芸術性の発露。
・リーダーマウス(イブリース)×3
体長50センチほどの巨大なネズミ。
東南北の3方向から、美術館目掛けて迫りくる。
各200~300からなるネズミの配下を引き連れており、リーダーマウス以外は美術品を齧ることもある。
・毒鼠牙々[攻撃]A:物近単【ポイズン1】
●場所
とある美術館。
規模はそれなりに広く、例えば東入り口から南入り口へ向かうにしても走って1分~2分はかかるだろう。
正面入り口は北。
南の入り口前には広いため池がある。
東入り口は森林公園と隣接している。
上記3方向から、300匹からなるネズミたちが美術館へ押し寄せている。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
4/8
4/8
公開日
2020年05月24日
2020年05月24日
†メイン参加者 4人†
●
とある美術館に飾られた1枚の絵画。
描かれているのは、黒目黒髪の1人の少女。
彼女の名は“エミリー・ブラム”
若くして命を落とした少女の肖像画だというが、持ち主は必ず不幸な最期を遂げる。事件現場からは、この絵だけが消失する、など多くの不吉な逸話を持つ呪われた絵画であった。
薄明りに照らされた展示室。
エミリー・ブラムの肖像は、くすくすと小さな笑みを零した。
「……来た、みたい……ね」
と、肖像画の口が動き、微かな声で言葉を紡ぐ。
イブリース化したエミリー・ブラムの肖像。
さしたる強さもないエミリー・ブラムの肖像が持つ能力に、他のイブリースを呼び寄せ操るというものがある。今回エミリー・ブラムの肖像が呼び寄せたのは、数百を超えるネズミの大群であった。
「早く……私を、ここから、出して」
薄闇の中で、エミリー・ブラムの肖像は、そう言った。
美術館・南-ため池前。
手の平の中で銃剣を回して、ロイ・シュナイダー(CL3000432)は暗闇の中へ視線を向ける。
「さぁて、やりますか!」
ネズミのイブリース“リーダーマウス”に率いられる200を超えるネズミの群れが迫っているのだ。姿は未だ見えないが、足音だけは夜闇の中に不気味に響き渡っていた。
「大量の鼠共はメーメーが猫使って何とかするって言ってたけど、ま、念の為な?」
ネズミたちの力は大したことはないが、数だけは膨大だ。
討ち漏らすことが無いよう、ロイは足音の方向へと意識を集中させ銃剣を構える。
美術館・北-正面入り口。
「美術館には貴重な美術品が数多くあるのであろう? であれば、美術館内での戦闘は避けるべきじゃな」
もう少し距離を取っておくかの、と。
ひょうたん片手に、階段に腰掛けていた『酔鬼』氷面鏡 天輝(CL3000665)は立ち上がる。
ふらり、と足元がもつれるが、いつも酒に酔っている彼女にはいつものことだ。揺らぐ視界がデフォルトである。
足音はすれど、姿は見えず。ネズミの到着までに、まだ少しの時間があるようだ。
そう見て取った天輝は、ひょうたんに口を付け、中身を喉へと流し込む。
喉から胃へと熱が抜ける。ひょうたんの中身は酒だった。
「ぷはぁ! 人気のない美術館で、夜空を見ながら一杯というのもなかなか乙じゃの」
なんて、宣う天輝であった。
いい感じに酔いが回っているようだ。酔拳を扱う彼女の技は、酔えば酔うほどにその冴えを増す。
戦闘開始の時は近い。
美術館・東-森林公園前。
「カンテラも一応持って来ましたが……不要だったかもしれませんね」
と、そう呟いてセアラ・ラングフォード(CL3000634)は背後の建物……美術館へ視線を向けた。美術館の各所に灯されたランプの灯りと、月の光があれば、夜間でも視界は十分に確保できている。
赤い髪と、白い騎士服が夜風に揺れる。
日中はともかく、夜はまだまだ肌寒い。
「それにしても……」
と、視線を落とす。
そこにいたのは1匹の三毛猫。『にゃあ隊長』メーメー・ケルツェンハイム(CL3000663)の使いだろうか。「作戦開始」と書かれたメモを首に括りつけられていた。
時間はしばし巻き戻る。
人気の失せた夜の街を、メーメーは彷徨い歩いていた。
金色の髪に、褐色の肌。とろんとした眠たそうな目を左右へ泳がせ、どうやら何かを探しているようだった。
スキル【シャープインスパイア】で鋭敏となった彼女の感覚は、目当てのものをすぐに見つける。
「にゃあ」
と、そう鳴いたのはメーメーだった。
その声に誘われるように、物陰から1匹の猫が現れる。
「お、いたねぇボス猫ちゃん。それじゃあ、お仲間に伝えてくれる? こーどねーむ、にゃあ隊長の所に集合〜……“食いで”もあるよぉ〜……って」
よろしくねぇ~、と。
間延びした声で、去り行く猫にそう告げてメーメーはその場に座り込む。
ボス猫が、仲間の猫を集めたら作戦開始だ。
「猫ちゃんたちを強化して~、ネズミちゃんを誘導しちゃおう~」
なんて、言って。
メーメーは小さなあくびを零した。
●
にゃーにゃーと。
夜闇に響く猫の鳴き声。
物陰から、屋根の上から、水路の中から。
次々と現れる無数の猫が、美術館へ向かって駆けていく。
その数は100を超えるだろうか。
森林公園を歩むメーメーは、その様子を見て満足そうに頷いた。
猫たちには、ネズミを纏めて美術館でない何処かへと誘導するように伝えている。
「僕たちは~、残ったボスネズミちゃんを相手しようねぇ〜……」
美術館の入り口前で待機していたセアラへ向けて、メーメーはそう告げるのだった。
そんな2人の視線の先に、猫に誘導されなかったネズミの群れが現れた。
「戦闘開始だねぇ~」
と、呟くようにそう言って、メーメーは魔導書のページを手繰る。
メーメーを中心に展開された黒い魔法陣。
陣内に入ったネズミたちが、重力に押しつぶされていく。
メーメーのスキル【ケイオスゲイト】だ。生存したネズミも、身体が重いのかその動作はひどく鈍い。
「そちらはお願いしますね。私はリーダーマウスを探します」
と、そう言ってセアラはネズミの大群へと視線を向けた。
足元に纏わりつくネズミを払いのけながら、少しずつ前へと進んでいく。
時折、木々の影にリーダーマウスらしき巨大な影を見つけては、氷の魔弾を放つのだが、なかなかどうして命中しない。
「なかなか素早いですが……私の目からは逃れられません」
彼女の目には【リュンケウスの瞳】のスキルが宿る。
たとえ壁や地面を間に挟んで隠れていても、セアラの目には通用しない。
「そこ!」
展開される魔法陣。
形成された氷の魔弾が空気を斬り裂き疾駆する。
着弾と共に冷気を撒き散らし、周囲のネズミたちを凍り漬けにするが、リーダーマウスは素早くそれを回避して、セアラの足元へと迫る。
鋭い牙が、セアラの足首を深く抉った。
正面入り口へ殺到するネズミの群れを睥睨し、天輝はため息を一つ。
「とにかく数が多いのが難じゃの」
と、そう零して頭上へと手の平を翳す。
展開される魔法陣。
形成されるは、燃え盛る小さな星である。
まき散らされる熱波によって、天輝の髪と衣服の裾が激しく波打つ。
それ、と放り投げられた業火の星が、空気を押しのけネズミの群れの中央へ着弾。
ごう、と。
視界が歪むほどの熱気と火炎が、地面を舐めた。
後に残るは……否、小さなネズミでは消し炭さえも残らない。
「残党は1匹ずつ潰していくかの」
ふらり、と。
よろけるように地面に身を沈めた天輝は、流れるような足刀を放つ。
蹴り飛ばされたネズミが数匹宙を舞う。
そんな天輝の眼前に、素早い動作でリーダーマウスが急接近。前歯がきらりと月の光を反射する。
「……っとぉ!?」
リーダーマウスの前歯が、天輝の肩を深く抉った。
傷口から入った毒が、天輝の体力を奪う。
だが、しかし……。
「余の間合いじゃの」
跳び退ろうとしたリーダーマウスの首に手をかけ、天輝はくっくと笑う。
肩から噴き出した鮮血が天輝の頬を朱に染める。濡れた頬を拭うことも後回しにして、天輝は手に力を込めた。
ミシ、と骨の軋む音。
リーダーマウスを宙へ放った天輝は、鋭い掌打をその首元へと叩き込む。
血を吐き、倒れるリーダーマウス。
統率を失ったネズミたちは、千々に何処かへ散っていく。
それを見届け、天輝はひょうたんの口に唇を寄せた。
「さて……」
正面入り口から攻め込んで来たネズミたちは撃退した。
仲間の援護に向かうべく、天輝はその場を後にする。
盛大に上がる水飛沫。
その中心には、自棄に煤けたロイがいた。
ロイの周辺に飛び散る、燃える“何か”はおそらくネズミの死骸であろう。
開幕早々、ネズミたちの眼前でグレネードを炸裂させた結果であった。
「んじゃ、蹂躙してくか」
けほ、っと焦げ臭い咳を一つ。
銃剣を構えたロイは、ネズミの残党へと視線を向けた。
引き金にかけた指に力を込める。
マズルフラッシュ。銃口から放たれる、無数の弾丸がネズミたちに風穴を開ける。
降り注ぐ弾丸の雨を掻い潜り、リーダーマウスがロイへと迫る。コートの裾を翻し、ロイは素早くその身を宙へと躍らせた。
先ほどまでロイの居た位置を、リーダーマウスが駆け抜ける。
深く抉れた石畳を見て、ロイの頬には冷や汗が一筋。さすがはイブリースといったところか。なかなか洒落にならない攻撃力を備えているのが見て取れた。
「抉れた石畳の弁償と始末書担当は、もしかして俺か?」
そういえば先ほど、北の方向で空が赤く染まってみえた。
おそらく天輝が、大規模な魔導を放ったのだろう。ネズミを殲滅するためには仕方のないこととはいえ、周辺環境に何の被害も出ていないとは思えない。
「まぁ、俺1人だけが書くってことにはならねぇだろうけどさ」
と、そう呟いて。
ロイはリーダーマウスの背に狙いを定める。
針の穴を通すような精密射撃が、リーダーマウスの首筋を撃ち抜く。ダメージを受け、怯んだ隙をロイは見逃さない。着地と共に地面を蹴って、ロイはリーダーマウスへと接近。
渾身の力を込めて、銃剣を振り抜いた。
黒い魔力が渦を巻く。
メーメーの放った【ペインリトゥス】がネズミたちを襲う。断末魔の悲鳴をあげ、その場に倒れるネズミたち。
生き残っているのは、生命力の強い個体が僅かのみ。
その中には、リーダーマウスもいた。
「みぃつけた~」
「今度は逃しません!」
セアラの魔力が、リーダーマウスへと集中。
周囲の水分を一瞬で凍結させ、その身を氷の中に閉じ込めた。
それで、リーダーマウスは倒れたのだろう。残っていたネズミたちは、危機を察知し四方へと逃げていく。
逃げ切れるかどうかは、運次第だが……。
なにしろ周囲には、メーメーの呼んだ猫たちがいる。
「終わったようじゃの。ロイの方も、片付いたと連絡が来たぞ」
散らばるネズミの死骸を避けるようにして、どこからともなく天輝がやって来た。その手にはマギナギアが握られている。
「では、全員で肖像画の浄化に向かいましょう」
残る敵は、エミリー・ブラムの肖像のみだ。
●
美術館内を進みながら、セアラは語る。
「事前に肖像画について調査してみたのですが、どうやら描かれたのは200年ほど昔。とある貴族のご令嬢だったようですね。ですが、それ以上のことは……子孫は今もどこかで生きているという話は聞けたのですが」
足を止め、セアラは眼前の扉を見つめる。
その扉の先には、エミリー・ブラムの肖像が控えている。
ネズミのイブリースを使役し、美術館から外へ出ようとしたエミリー・ブラムの肖像だが、なぜそうしようと思ったのかは不明だ。
「外へ出てどうしたいのでしょう?行きたい所か会いたい人でもいるのでしょうか……?」
と、セアラは呟いて。
扉をそっと、押し開けた。
「セアラがキーパーソンじゃな。長引かせる気はない」
セアそう言って天輝くは、セアラに向けて【アステリズム】を行使する。
ゆっくりと開いた扉の先から、じわりと滲む不気味な気配。
「っと……厄介じゃの」
ふらり、と酔いとは別の理由で天輝がよろめいた。
エミリー・ブラムの肖像による攻撃だろう。
そんな天輝へ、セアラは回復術を行使。淡い燐光が、天輝の身体を包み込む。
「いきなりかよ……どうする? 話だけでも聞いてみる?」
と、ロイが問う。
その手には銃剣が握られていた。即座に攻撃へ移れるよう、視線はまっすぐエミリー・ブラムの肖像へ向けられている。
「う〜ん〜……? エミリーちゃんは、どうして外に出たいんだろうねぇ〜? 絵の中に閉じ込められちゃったんだったらぁ〜……メーメーちゃん達が、助けてあげないとぉ〜……だねぇ〜」
少なくとも、メーメーはすぐにエミリー・ブラムの肖像を攻撃する気はないようだ。
戦意を微塵も感じさせない歩調で、メーメーは展示室へと入っていく。【悟り】のスキルを持つメーメーであれば、エミリー・ブラムの肖像の真意も理解できるかもしれない。
自身の攻撃が通用しないと理解したのか、エミリー・ブラムの肖像はため息を一つ零して目を閉じた。
状態異常を付与しても、すぐにセアラがそれを回復させてしまうのだ。
大した戦闘力を持たないエミリー・ブラムの肖像は、自身の敗北を悟った。
ネズミのイブリースは操れても、より意思の強い人間を使役することもできない。一時的に【チャーム】や【パラライズ】をかけることはできるが、いつまでも続くものではない。
だからこそ、ネズミたちに自身を護衛させようとしていたのだが……。
「ここ、まで、ね……。ネズミ、たちも、もう……いない、し」
後は静かに、意識のなくなる時を待つだけ。
そう覚悟した、エミリー・ブラムの肖像だったが……。
「大した戦闘力がないとはいえ、本当にやるのか?」
大丈夫かよ、と眉間に皺を寄せてロイは問う。
そんなロイの肩に手を置き、天輝は呵々と笑ってみせた。
「少しの間、借りるだけよ。なぁに、ほんの数時間じゃ」
「もちろん何か被害が出れば、即座に討伐する必要はありますが……その時は」
「まぁ、そういうことならいいけどよ」
セアラの視線を受け、ロイは銃剣の引き金に指をかけた。
「どう、して……」
と、エミリー・ブラムの肖像は困惑した声を零す。
敗北を認め、目を閉じたエミリー・ブラムの肖像だったが、その後メーメーに外され、彼女に抱えられた状態で美術館内を移動しているのだ。
そんなエミリー・ブラムの肖像へ、メーメーはふにゃりと微笑んで見せた。
「ずっと同じところに閉じ込められて、退屈してたんだよね~? 子孫が無事か確かめに行きたかったんでしょ~……そっちも、いつか分かったら報告に来てあげるから~」
「……いい、の?」
額縁の中で、エミリー・ブラムは目を丸くする。
もちろん、とメーメーは深く頷いた。
「僕は騎士らしく〜……エミリーちゃんを縛ってるものから〜……解放してあげたいんだぁ〜」
こうして、夜明けまでの数時間を自由騎士たちと共に過ごし。
美術館の内部と、その周辺の散歩を終えたエミリー・ブラムの肖像は浄化された。
自由になることは叶わなかったが、それなりに満足のいく結末だ、と。
最後の瞬間、エミリー・ブラムは微笑んだ。
とある美術館に飾られた1枚の絵画。
描かれているのは、黒目黒髪の1人の少女。
彼女の名は“エミリー・ブラム”
若くして命を落とした少女の肖像画だというが、持ち主は必ず不幸な最期を遂げる。事件現場からは、この絵だけが消失する、など多くの不吉な逸話を持つ呪われた絵画であった。
薄明りに照らされた展示室。
エミリー・ブラムの肖像は、くすくすと小さな笑みを零した。
「……来た、みたい……ね」
と、肖像画の口が動き、微かな声で言葉を紡ぐ。
イブリース化したエミリー・ブラムの肖像。
さしたる強さもないエミリー・ブラムの肖像が持つ能力に、他のイブリースを呼び寄せ操るというものがある。今回エミリー・ブラムの肖像が呼び寄せたのは、数百を超えるネズミの大群であった。
「早く……私を、ここから、出して」
薄闇の中で、エミリー・ブラムの肖像は、そう言った。
美術館・南-ため池前。
手の平の中で銃剣を回して、ロイ・シュナイダー(CL3000432)は暗闇の中へ視線を向ける。
「さぁて、やりますか!」
ネズミのイブリース“リーダーマウス”に率いられる200を超えるネズミの群れが迫っているのだ。姿は未だ見えないが、足音だけは夜闇の中に不気味に響き渡っていた。
「大量の鼠共はメーメーが猫使って何とかするって言ってたけど、ま、念の為な?」
ネズミたちの力は大したことはないが、数だけは膨大だ。
討ち漏らすことが無いよう、ロイは足音の方向へと意識を集中させ銃剣を構える。
美術館・北-正面入り口。
「美術館には貴重な美術品が数多くあるのであろう? であれば、美術館内での戦闘は避けるべきじゃな」
もう少し距離を取っておくかの、と。
ひょうたん片手に、階段に腰掛けていた『酔鬼』氷面鏡 天輝(CL3000665)は立ち上がる。
ふらり、と足元がもつれるが、いつも酒に酔っている彼女にはいつものことだ。揺らぐ視界がデフォルトである。
足音はすれど、姿は見えず。ネズミの到着までに、まだ少しの時間があるようだ。
そう見て取った天輝は、ひょうたんに口を付け、中身を喉へと流し込む。
喉から胃へと熱が抜ける。ひょうたんの中身は酒だった。
「ぷはぁ! 人気のない美術館で、夜空を見ながら一杯というのもなかなか乙じゃの」
なんて、宣う天輝であった。
いい感じに酔いが回っているようだ。酔拳を扱う彼女の技は、酔えば酔うほどにその冴えを増す。
戦闘開始の時は近い。
美術館・東-森林公園前。
「カンテラも一応持って来ましたが……不要だったかもしれませんね」
と、そう呟いてセアラ・ラングフォード(CL3000634)は背後の建物……美術館へ視線を向けた。美術館の各所に灯されたランプの灯りと、月の光があれば、夜間でも視界は十分に確保できている。
赤い髪と、白い騎士服が夜風に揺れる。
日中はともかく、夜はまだまだ肌寒い。
「それにしても……」
と、視線を落とす。
そこにいたのは1匹の三毛猫。『にゃあ隊長』メーメー・ケルツェンハイム(CL3000663)の使いだろうか。「作戦開始」と書かれたメモを首に括りつけられていた。
時間はしばし巻き戻る。
人気の失せた夜の街を、メーメーは彷徨い歩いていた。
金色の髪に、褐色の肌。とろんとした眠たそうな目を左右へ泳がせ、どうやら何かを探しているようだった。
スキル【シャープインスパイア】で鋭敏となった彼女の感覚は、目当てのものをすぐに見つける。
「にゃあ」
と、そう鳴いたのはメーメーだった。
その声に誘われるように、物陰から1匹の猫が現れる。
「お、いたねぇボス猫ちゃん。それじゃあ、お仲間に伝えてくれる? こーどねーむ、にゃあ隊長の所に集合〜……“食いで”もあるよぉ〜……って」
よろしくねぇ~、と。
間延びした声で、去り行く猫にそう告げてメーメーはその場に座り込む。
ボス猫が、仲間の猫を集めたら作戦開始だ。
「猫ちゃんたちを強化して~、ネズミちゃんを誘導しちゃおう~」
なんて、言って。
メーメーは小さなあくびを零した。
●
にゃーにゃーと。
夜闇に響く猫の鳴き声。
物陰から、屋根の上から、水路の中から。
次々と現れる無数の猫が、美術館へ向かって駆けていく。
その数は100を超えるだろうか。
森林公園を歩むメーメーは、その様子を見て満足そうに頷いた。
猫たちには、ネズミを纏めて美術館でない何処かへと誘導するように伝えている。
「僕たちは~、残ったボスネズミちゃんを相手しようねぇ〜……」
美術館の入り口前で待機していたセアラへ向けて、メーメーはそう告げるのだった。
そんな2人の視線の先に、猫に誘導されなかったネズミの群れが現れた。
「戦闘開始だねぇ~」
と、呟くようにそう言って、メーメーは魔導書のページを手繰る。
メーメーを中心に展開された黒い魔法陣。
陣内に入ったネズミたちが、重力に押しつぶされていく。
メーメーのスキル【ケイオスゲイト】だ。生存したネズミも、身体が重いのかその動作はひどく鈍い。
「そちらはお願いしますね。私はリーダーマウスを探します」
と、そう言ってセアラはネズミの大群へと視線を向けた。
足元に纏わりつくネズミを払いのけながら、少しずつ前へと進んでいく。
時折、木々の影にリーダーマウスらしき巨大な影を見つけては、氷の魔弾を放つのだが、なかなかどうして命中しない。
「なかなか素早いですが……私の目からは逃れられません」
彼女の目には【リュンケウスの瞳】のスキルが宿る。
たとえ壁や地面を間に挟んで隠れていても、セアラの目には通用しない。
「そこ!」
展開される魔法陣。
形成された氷の魔弾が空気を斬り裂き疾駆する。
着弾と共に冷気を撒き散らし、周囲のネズミたちを凍り漬けにするが、リーダーマウスは素早くそれを回避して、セアラの足元へと迫る。
鋭い牙が、セアラの足首を深く抉った。
正面入り口へ殺到するネズミの群れを睥睨し、天輝はため息を一つ。
「とにかく数が多いのが難じゃの」
と、そう零して頭上へと手の平を翳す。
展開される魔法陣。
形成されるは、燃え盛る小さな星である。
まき散らされる熱波によって、天輝の髪と衣服の裾が激しく波打つ。
それ、と放り投げられた業火の星が、空気を押しのけネズミの群れの中央へ着弾。
ごう、と。
視界が歪むほどの熱気と火炎が、地面を舐めた。
後に残るは……否、小さなネズミでは消し炭さえも残らない。
「残党は1匹ずつ潰していくかの」
ふらり、と。
よろけるように地面に身を沈めた天輝は、流れるような足刀を放つ。
蹴り飛ばされたネズミが数匹宙を舞う。
そんな天輝の眼前に、素早い動作でリーダーマウスが急接近。前歯がきらりと月の光を反射する。
「……っとぉ!?」
リーダーマウスの前歯が、天輝の肩を深く抉った。
傷口から入った毒が、天輝の体力を奪う。
だが、しかし……。
「余の間合いじゃの」
跳び退ろうとしたリーダーマウスの首に手をかけ、天輝はくっくと笑う。
肩から噴き出した鮮血が天輝の頬を朱に染める。濡れた頬を拭うことも後回しにして、天輝は手に力を込めた。
ミシ、と骨の軋む音。
リーダーマウスを宙へ放った天輝は、鋭い掌打をその首元へと叩き込む。
血を吐き、倒れるリーダーマウス。
統率を失ったネズミたちは、千々に何処かへ散っていく。
それを見届け、天輝はひょうたんの口に唇を寄せた。
「さて……」
正面入り口から攻め込んで来たネズミたちは撃退した。
仲間の援護に向かうべく、天輝はその場を後にする。
盛大に上がる水飛沫。
その中心には、自棄に煤けたロイがいた。
ロイの周辺に飛び散る、燃える“何か”はおそらくネズミの死骸であろう。
開幕早々、ネズミたちの眼前でグレネードを炸裂させた結果であった。
「んじゃ、蹂躙してくか」
けほ、っと焦げ臭い咳を一つ。
銃剣を構えたロイは、ネズミの残党へと視線を向けた。
引き金にかけた指に力を込める。
マズルフラッシュ。銃口から放たれる、無数の弾丸がネズミたちに風穴を開ける。
降り注ぐ弾丸の雨を掻い潜り、リーダーマウスがロイへと迫る。コートの裾を翻し、ロイは素早くその身を宙へと躍らせた。
先ほどまでロイの居た位置を、リーダーマウスが駆け抜ける。
深く抉れた石畳を見て、ロイの頬には冷や汗が一筋。さすがはイブリースといったところか。なかなか洒落にならない攻撃力を備えているのが見て取れた。
「抉れた石畳の弁償と始末書担当は、もしかして俺か?」
そういえば先ほど、北の方向で空が赤く染まってみえた。
おそらく天輝が、大規模な魔導を放ったのだろう。ネズミを殲滅するためには仕方のないこととはいえ、周辺環境に何の被害も出ていないとは思えない。
「まぁ、俺1人だけが書くってことにはならねぇだろうけどさ」
と、そう呟いて。
ロイはリーダーマウスの背に狙いを定める。
針の穴を通すような精密射撃が、リーダーマウスの首筋を撃ち抜く。ダメージを受け、怯んだ隙をロイは見逃さない。着地と共に地面を蹴って、ロイはリーダーマウスへと接近。
渾身の力を込めて、銃剣を振り抜いた。
黒い魔力が渦を巻く。
メーメーの放った【ペインリトゥス】がネズミたちを襲う。断末魔の悲鳴をあげ、その場に倒れるネズミたち。
生き残っているのは、生命力の強い個体が僅かのみ。
その中には、リーダーマウスもいた。
「みぃつけた~」
「今度は逃しません!」
セアラの魔力が、リーダーマウスへと集中。
周囲の水分を一瞬で凍結させ、その身を氷の中に閉じ込めた。
それで、リーダーマウスは倒れたのだろう。残っていたネズミたちは、危機を察知し四方へと逃げていく。
逃げ切れるかどうかは、運次第だが……。
なにしろ周囲には、メーメーの呼んだ猫たちがいる。
「終わったようじゃの。ロイの方も、片付いたと連絡が来たぞ」
散らばるネズミの死骸を避けるようにして、どこからともなく天輝がやって来た。その手にはマギナギアが握られている。
「では、全員で肖像画の浄化に向かいましょう」
残る敵は、エミリー・ブラムの肖像のみだ。
●
美術館内を進みながら、セアラは語る。
「事前に肖像画について調査してみたのですが、どうやら描かれたのは200年ほど昔。とある貴族のご令嬢だったようですね。ですが、それ以上のことは……子孫は今もどこかで生きているという話は聞けたのですが」
足を止め、セアラは眼前の扉を見つめる。
その扉の先には、エミリー・ブラムの肖像が控えている。
ネズミのイブリースを使役し、美術館から外へ出ようとしたエミリー・ブラムの肖像だが、なぜそうしようと思ったのかは不明だ。
「外へ出てどうしたいのでしょう?行きたい所か会いたい人でもいるのでしょうか……?」
と、セアラは呟いて。
扉をそっと、押し開けた。
「セアラがキーパーソンじゃな。長引かせる気はない」
セアそう言って天輝くは、セアラに向けて【アステリズム】を行使する。
ゆっくりと開いた扉の先から、じわりと滲む不気味な気配。
「っと……厄介じゃの」
ふらり、と酔いとは別の理由で天輝がよろめいた。
エミリー・ブラムの肖像による攻撃だろう。
そんな天輝へ、セアラは回復術を行使。淡い燐光が、天輝の身体を包み込む。
「いきなりかよ……どうする? 話だけでも聞いてみる?」
と、ロイが問う。
その手には銃剣が握られていた。即座に攻撃へ移れるよう、視線はまっすぐエミリー・ブラムの肖像へ向けられている。
「う〜ん〜……? エミリーちゃんは、どうして外に出たいんだろうねぇ〜? 絵の中に閉じ込められちゃったんだったらぁ〜……メーメーちゃん達が、助けてあげないとぉ〜……だねぇ〜」
少なくとも、メーメーはすぐにエミリー・ブラムの肖像を攻撃する気はないようだ。
戦意を微塵も感じさせない歩調で、メーメーは展示室へと入っていく。【悟り】のスキルを持つメーメーであれば、エミリー・ブラムの肖像の真意も理解できるかもしれない。
自身の攻撃が通用しないと理解したのか、エミリー・ブラムの肖像はため息を一つ零して目を閉じた。
状態異常を付与しても、すぐにセアラがそれを回復させてしまうのだ。
大した戦闘力を持たないエミリー・ブラムの肖像は、自身の敗北を悟った。
ネズミのイブリースは操れても、より意思の強い人間を使役することもできない。一時的に【チャーム】や【パラライズ】をかけることはできるが、いつまでも続くものではない。
だからこそ、ネズミたちに自身を護衛させようとしていたのだが……。
「ここ、まで、ね……。ネズミ、たちも、もう……いない、し」
後は静かに、意識のなくなる時を待つだけ。
そう覚悟した、エミリー・ブラムの肖像だったが……。
「大した戦闘力がないとはいえ、本当にやるのか?」
大丈夫かよ、と眉間に皺を寄せてロイは問う。
そんなロイの肩に手を置き、天輝は呵々と笑ってみせた。
「少しの間、借りるだけよ。なぁに、ほんの数時間じゃ」
「もちろん何か被害が出れば、即座に討伐する必要はありますが……その時は」
「まぁ、そういうことならいいけどよ」
セアラの視線を受け、ロイは銃剣の引き金に指をかけた。
「どう、して……」
と、エミリー・ブラムの肖像は困惑した声を零す。
敗北を認め、目を閉じたエミリー・ブラムの肖像だったが、その後メーメーに外され、彼女に抱えられた状態で美術館内を移動しているのだ。
そんなエミリー・ブラムの肖像へ、メーメーはふにゃりと微笑んで見せた。
「ずっと同じところに閉じ込められて、退屈してたんだよね~? 子孫が無事か確かめに行きたかったんでしょ~……そっちも、いつか分かったら報告に来てあげるから~」
「……いい、の?」
額縁の中で、エミリー・ブラムは目を丸くする。
もちろん、とメーメーは深く頷いた。
「僕は騎士らしく〜……エミリーちゃんを縛ってるものから〜……解放してあげたいんだぁ〜」
こうして、夜明けまでの数時間を自由騎士たちと共に過ごし。
美術館の内部と、その周辺の散歩を終えたエミリー・ブラムの肖像は浄化された。
自由になることは叶わなかったが、それなりに満足のいく結末だ、と。
最後の瞬間、エミリー・ブラムは微笑んだ。