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【巨神の村】眠れる神が目を覚ます




 一晩ぐっすりと眠り、朝になって目が覚めた時。枕元で、鼠が騒いでいたとしたら。
 自分ならば戸惑うだろう、と松一は思う。その鼠たちを、ただ奇異な存在だと思うだろう。迷惑とすら感じるかも知れない。何しろ、静かな目覚めを台無しにされたのだから。
 大太郎様は、ぼんやりとしていて、少しだけ戸惑っているようであった。
 村々に囲まれた、とある山の麓である。
 地中から頭だけを出している大太郎様は、山1つを布団代わりに被っている、ようでもあった。
 周辺の村から集まった人々が、その巨大な頭を取り囲んで平伏し、拝み、騒いでいる。
「おお、大太郎様……大太郎さまぁ……」
「わしらを、お守り下され。わしらを、鬼どもから守って下されい」
「鬼どもに、年貢を納めなくても良い暮らしを……させて下さい……」
「鬼を、宇羅の鬼どもを! 滅ぼして下され大太郎様ぁああ!」
「鬼のいない、天朝様の御世を……どうか大太郎様……」
 大太郎様にしてみれば、ちっぽけな生き物どもが枕元で騒いでいるだけだ。迷惑でしかないだろうと、松一は思う。
「みんな、やめろよ……」
 息子の竹二が、村人たちに声を投げた。
「大太郎様、起きたばっかりなんだぞ。だいたい、そんなお願い聞いてくれるわけないじゃんか」
「……アマノホカリ様だって、そんな願い事を叶えてはくれない。落ち着けよ、みんな」
 松一は、息子に続いた。
「鬼、鬼って言うけどな。宇羅幕府の政治で、俺たちは何か困っているのか? あっちこっちで戦をやってた時代と比べれば、ずっと良くなったに決まってるじゃないか。それは確かに年貢はがっぽり取られてるけど、そんなの天朝様の御世だって大して違わないと思うぞ」
「黙れ……! お前みたいなのがいるから、鬼どもが調子に乗る!」
「竹二! お前ここでもう1回、大太郎様の生贄になれ!」
 何人かの村人が、掴みかかって来る。
 その全員が宙を舞い、地面に激突した。投げ飛ばされていた。場に押し入って来た、1人のオニヒトによって。
「帯刀様……」
「散れ! 失せよ!」
 帯刀作左衛門が抜刀し、村人たちを追い散らす。
「宇羅幕府は、邪宗の集いを禁じておる。散れ! 首を刎ねるぞ、この愚か者ども!」
 逃げ惑う村人たちを蹴散らすようにして、帯刀は大太郎様の前に出た。
「……ふん、思っておった通りよ。単なる、巨大な怪物に過ぎぬ。言うならばマガツキの同類よ」
 左右、大小の二刀を構えたまま、帯刀は吼える。
「大太郎とやら! うぬが如き化け物に、何が出来る? 我らオニヒトと同じ事が出来るのか! 戦乱を終わらせる事が出来たのか! 幕閣や奉行所の仕事が出来るのか! 年貢も取らずに国を保ち、国を守る事が出来るとほざくか!」
 斬りかかって行った。帯刀が、大太郎様の巨大な顔面に。
「このようなものが居るから人心が惑う! ここアマノホカリはオニヒトの国ぞ、神など要らぬ。崇められる怪物など、在ってはならぬ!」
 大量の土が、噴出した。
 大太郎様の右腕が、地面という布団を押しのけて動いたのだ。
 巨大な掌が、帯刀を叩き潰していた。
 村人たちが、狂喜乱舞している。
「死んだ! 鬼が死んだ!」
「万歳、大太郎様ばんざぁあああい!」
「その調子で大太郎様、宇羅の鬼ども片っ端から踏み潰して下され!」
 などと叫ぶ村人たちが、潰されてゆく。舞い上がり落下する土塊によって。大地を粉砕する、巨大な手によって。
 山麓に、もう1つ山が出現した。
 そんな感じに、大太郎様は地中から姿を現していた。
 村人たちが逃げ惑い、悲鳴を上げる。
 自分たちが神と崇めていたものが、帯刀の言う通り、巨大な怪物でしかなかったと、ようやく気付いたのか。
「帯刀様!」
 竹二が、血まみれの帯刀を地中から掘り出そうとしている。
 それを手伝いつつ、松一は言った。
「無茶でございます帯刀様。いくら貴方様とて、あのような化け物に」
「化け物と……認めるのだな、松一……」
 松一の肩を借り、よろよろと立ち上がりながら、帯刀は言う。
「化け物、でしかないものをな……有り難がって祀り拝み、神にしてしまう……そういうもの、ではないのか。居るのかどうかもわからぬアマノホカリにしろ……かの者たちの崇める、あくあ様にしろ……」
 帯刀が、松一の腕を振り払った。
「……要らぬ! オニヒトの、宇羅の治世に……そのようなもの、要らぬ……おぬしら民はな、神君・宇羅明炉公のみを崇めておれば良い……」
 村人たちを追い散らし踏み潰しながら、大太郎様は地響きを立て、歩み続ける。
 アマノホカリ全土を踏み潰すまで、その歩みは止まらないだろう、と松一は思った。
 今ならば、はっきりと理解出来る。大太郎様は神などではない、単なる巨大生物だ。
 善悪もない。子供を生贄にすれば人間に恩恵を与える、などと考えるはずもない。
 巨大な生き物が、この地でただ眠っていた、だけなのである。
 その上に人間たちが住み着き、地の底に眠るものを勝手に崇め祀り、神に仕立て上げた。
 そんな人間たちを大太郎様は、どうやら不快な存在と認識してしまったようである。
 不快な生き物たちを踏み潰し続ける大太郎様に、帯刀は斬りかかって行った。
「鬼の統べる国に、神など要らぬ!」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
シリーズシナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.幻想種・ダイダラボッチの撃破
 お世話になっております。ST小湊拓也であります。

 シリーズシナリオ『巨神の村』最終話となります。これまでの御参加ありがとうございました。

 アマノホカリのとある山、その山麓に巨大幻想種『ダイダラボッチ』が出現しました。これを討伐して下さい。

 オニヒトの侍・帯刀作左衛門がこれと戦っていましたが、自由騎士団の到着時点では敗れ死にかけております。回復を施せば一命は取り留めますが、戦わせる事は出来ません。完全に戦闘不能状態です。

 ダイダラボッチの攻撃手段は、巨体と怪力を駆使しての白兵戦(攻・全)。普通に戦って倒した後、命まで奪うかどうかはお任せいたします。

 場所は山麓の原野、時間帯は真昼。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
7個  3個  3個  3個
4モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
5/8
公開日
2021年04月03日

†メイン参加者 5人†




「こっち! こっちだよ大太郎様!」
 ぴょんぴょん飛び跳ね、叫んでいるのは、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)である。
 巨大幻想種ダイダラボッチが、村人たちを踏み潰す動きを止め、そちらを見た。
 カノンが、さらに何事か叫んで挑発する。
 ダイダラボッチが、地響きを立てて、そちらへ向かう。跳ね逃げるカノンを追う。村人たちから、離れて行く。
 その間、イ・ラプセル軍の衛生部隊が、負傷者の救護に当たる。それを指揮しているのは『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)である。
 この場で生き残った者たちの中でも一番の重傷者を、『強者を求めて』ロンベル・バルバロイト(CL3000550)は地中から掘り出し、引きずり立たせた。
「おい帯刀、生きてるか? 辛うじて原形はとどめてやがるようだが」
「……貴方がね、口で幕府への忠義を叫ぶだけじゃない、行動する人であるのは認めますよ帯刀さん」
 ダイダラボッチの足跡から引きずり出された帯刀作左衛門に、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が肩を貸す。
「そういうの嫌いじゃありませんけど。これは、さすがに無茶でしょう」
「…………おぬしら……」
 何をしに来た、などと帯刀は問いかけたいのかも知れない。先に、ロンベルは言った。
「俺たちはな、デカブツを倒しに来ただけだ。お前を助けるのは、もののついでだ。気にする事はねえぜ」
「……ひとつ……聞かせて、くれぬか」
 苦しげに言葉を発しながら、帯刀は血を吐いた。折れた骨が、内臓に刺さっているのかも知れない。
「おぬしらの崇める……あくあ様、とやらは……あやつとは違うのか。このような事を断じて、せぬと言えるのか……」
 ちょこまかと動くカノンを踏み潰そうと躍起になっているダイダラボッチに、帯刀が弱々しく視線を投げる。
 ロンベルは、太い両腕を組んだ。
「……さて。神の蠱毒が終わった瞬間アクアディーネが、どいつもこいつも用済みとばかりに皆殺しを始める。なんて事になったら、それはそれで興味深えがな」
「そのような危険がありながら何故……神を、求める? 民は、何故……」
「……貴方がたも神君・宇羅明炉公を崇めていらっしゃる。その崇めを、民に強いておられます」
 言葉と共にセアラ・ラングフォード(CL3000634)が、瀕死の帯刀に癒しの光を投げかけた。魔導医療の煌めき。
「アクアディーネ様は、そのような事なさいません。あの御方は私たちヒトと、ただ共に在って……私たちを、たくさん助けて下さいます」
 大太郎様は、そんな事をしない。
 ただ眠っていただけの巨大生物を、人々が勝手に祀り上げていただけだ。
 セアラは言った。
「……帯刀様、どうか安静になさいませ。私の魔導医療など、応急手当てにしかなりません。貴方には本格的な療養が必要です」
「まずはな、怪我を治せ」
 ロンベルは、すでに帯刀に背を向け、歩き出していた。
「近いうち、宇羅の連中とも本格的にヤり合う事になる……その時までに、治しとけ」
「そうならない事を私は祈りますが……何にせよ、帯刀様は療養なさいますように」
 セアラが、共に来た。
 ダイダラボッチは、カノンを追って村人たちから遠ざかる。
 そちらに向かって、ロンベルは足を速めてゆく。
「……甘やかす神、か」
 ロアン・クリストフの言葉を、思い返してみる。
「甘やかした結果が、シャンバラよ。甘やかされたバカどもが増長して、好き勝手をやらかして、自滅したと」
「ミトラースは」
 エルシーが、ロンベルと並んだ。
「ヒトを徹底的に甘やかしたら、どうなるか……そんな実験みたいな事してたんじゃないかって私、思うんです」
 一命を取り留めた帯刀は、地面に横たえられたまま放置されている。後は、衛生部隊に任せるしかないだろう。
「アクアディーネは……じゃあ、その逆かな」
 ロンベルは天を仰いだ。
「ヒトを甘やかさない。正直、神様らしい事は何もしてないのに勝ち残ってる。イ・ラプセルって国が、何にもしてくれない慈愛の女神を旗印に頑張って戦争しまくってやがるからなあ」
 思わず、笑いが漏れる。
「神様ってのは、そういうモンなのかも知れねえな。自分じゃ何もしねえ、信者どものやらかしに任せる」
「……まるで、旧古代神時代の信仰だね」
 マグノリアが、いつの間にか傍らにいた。
「何もしない、存在すらしていない神を戴いて、人々は覇権を争っていた……アクアディーネへの信仰が人々を、かの時代に回帰させ得るのだとしたら……確かに、興味深くはある」
「はっははは、野蛮な時代に先祖返りかい。そいつはイイなぁあッ!」
 ロンベルの中で、獣が覚醒した。


 猛獣が、駆けて来た。
「待たせたな、カノン嬢ちゃん!」
 ロンベルだった。エルシーもいる。
「村の人たちの退避は、とりあえず済みました。さあ、私たちも暴れられますよ!」
「……助かった」
 カノンは呟き、逃げ回っていた足を止め、身構えた。
 小さな全身から一瞬、巨大な鬼神の姿が立ちのぼる。
 駆け付けて来た仲間たちに、鬼の力が付与されてゆく。
「ちょっと甘く見てたよ。このダイダラボッチ……思ったより、足が速いんだよね。歩幅が大っきいだけじゃなくて」
 巨大な足が、天災の如く降って来る。
 カノンは両手で、獅子の顎門を形作った。五指は、牙である。
 自分を踏み潰そうとする足の裏を狙って、カノンは獅子の咆哮を放っていった。気の奔流。
 それを足の裏に喰らったダイダラボッチが、オニヒトの少女を踏み潰さんとする動きを一瞬だけ硬直させる。
 素足で画鋲でも踏み付けた、程度の痛手を与える事は出来たのだろうか。
 そんな事を思いつつカノンは跳び退った。
 ダイダラボッチの足が、降って来た。地響きが起こった。
 一瞬前まで自分がいた辺りの地面に、巨大な足跡が刻印される様を見て、カノンは息を呑む。
「……けっこう正確にね、カノンを踏ん付けに来るよ」
「あれだな。村の連中をさんざん踏み潰したのが、いい眠気覚ましの体操になっちまったみてえだな!」
 自身の獣を覚醒させた上、鬼の力をも与えられたロンベルが、大斧を振るう。出力制限を完全に解除された斬撃。それが、ダイダラボッチの巨大な足に叩き込まれる。
 いくらか煩わしげにダイダラボッチが、カノンとロンベルをまとめて蹴り払おうとした、その時には、
「……リーチやウェイト差がどうとか、そういう戦いじゃあないですからね。これはもう」
 エルシーが、ダイダラボッチの巨体を駆け上っていた。木登りをこなす肉食獣の速度でだ。
「戦いって言うよりね、災害対策みたいな感じで! いかせてもらいますよっ!」
 衝撃が2度、ダイダラボッチの顔面で立て続けに弾けた。エルシーの、拳に続いて体当たり。超高速の連撃である。
 微かによろめくダイダラボッチの巨体が、次の瞬間。凄まじい力の嵐、としか表現し得ぬものに包まれた。
「そう、災害……幻想種でも、この大きさは……もはや自然災害と言って良いだろう。ダイダラボッチよ、君が歩くだけで人が死ぬ」
 マグノリアの吹かせる、禍々しい力の嵐。
 それがダイダラボッチの巨体を、切り裂いてゆく。裂傷に、猛毒と呪いを擦り込んでゆく。
「人々の心を、解毒する……その切っ掛けにはなるかも知れないが、僕たちが思ったより犠牲が大きい……せめて今ある命を助けるためにダイダラボッチよ、君の悪意なき動きを止めさせてもらうよ」
「悪意と言うか、殺意はあります。この大太郎様、村の人たちを狙って踏み潰していましたからね」
 マグノリアの近くに、エルシーが着地した。
「寝ぼけてた人たちが目を覚ます、その代償にしては被害が大きすぎます。あんな人たちでも……守らないと」
 エルシーを黙らせるかのように、暴風が吹いた。
 暴風を巻き起こす巨大な一撃が、地上を薙ぎ払っていた。
 ダイダラボッチの、右手。
 虫でも払いのけるような一撃が、自由騎士団を吹っ飛ばす。
 地面に激突した衝撃で、カノンは目を覚ました。宙を舞っている間、気を失っていた。
 痛みはない。が、身体が動かない。痛覚が破壊されてしまったかのようだ。
 ロンベルも、エルシーもマグノリアも、屍の如く倒れていた。
 セアラ1人が、血まみれのまま、よろよろと立ち上がる。
「私は……大太郎様、貴方が再び……長らく眠って下されば良い、などと考えております……」
 骨を負傷しているかも知れない細腕で、セアラは光を振り撒いていた。優しく煌めく、魔導医療の輝き。
 その光が、倒れた自由騎士たちを包み込んだ。
「お目覚めは、遥か未来……私たちが、寿命を全うした後の時代……ふふっ。村の方々の身勝手を、責める事は出来ませんね。私は……」
 セアラの言葉に合わせて、カノンの全身で痛覚が蘇ってゆく。痛みと共に、動く力が湧き起こってくる。
「……カノンも、そうだよ」
 癒しの激痛を噛み締めながら、カノンは立ち上がった。
「ヒトは……神様に対しては、どこまでも自分勝手になれる……好き勝手な願いを押し付けるための神様が……いないと駄目、なのかな」
 見回してみる。
 ロンベルが、苦しげに立ち上がる。エルシーが、マグノリアを掴み起こしながら、同じく癒しの激痛に耐えて身構える。
 カノンは、ダイダラボッチを見上げた。
「そんな役目、押し付けられて……勝手に、神様にされちゃって。君も、いい迷惑だよね……」
 解放しなければならない、とカノンは思った。


「もし、生きていらっしゃいますか?」
 声をかけられて、セアラは目を覚ました。
 松一と竹二の父子が、そこにいた。
 竹二が身を屈め、心配そうな顔をしている。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「……私は、大丈夫……いけない……!」
 セアラは、よろよろと上体を起こした。
「貴方たち、このような所にいては駄目! 逃げて下さい、早く……」
「……私どもは、大太郎様から逃げる事など出来ませんよ」
 松一が見つめる方向に、セアラも目を向けた。
 魔導医療だけで力を使い果たし、意識を失っていたところである。恐らくは、1秒にも満たぬ間であろうが。
 ダイダラボッチが、凍り付いていた。まるで氷山である。
 マグノリアの小柄な細身から、魔導力による猛吹雪が迸り吹き荒れていた。凄まじい冷気が、ダイダラボッチの巨体を束縛している。
 いや。氷をバラバラと剥離させながら、ダイダラボッチは動きつつある。
「……僕の、力も……限界だ……」
 マグノリアが呻く。
「ここで、決めなければ……」
「私たち全員……踏み潰されて、おしまいですねえ。出し惜しみしてる余裕はなし!」
 血まみれのエルシーが、飛翔とも呼べる跳躍を披露していた。明るい口調は、気分の高揚によるものだろう。
 つまりエルシーは今、死にかけている。
「というわけでプレゼントです! 拒否権無しのクリムゾン・インパクトオオオッ!」
 深紅の衝撃光が、血飛沫のように咲いて散る。
 エルシーの拳。ダイダラボッチの顔面に、叩き込まれていた。
 凍結しかけた巨体が、大量の氷を崩落させながら大きく揺らぐ。
 そこへ、破壊力の嵐が6度、連続で激突した。
 ロンベルだった。毛むくじゃらの巨体は満身創痍で、まさに手負いの獣である。その身体から繰り出された斬撃が、凶暴な力の暴風となってダイダラボッチを粉砕したのだ。
 いや、粉砕されたのは氷だけだ。
 ダイダラボッチが、倒れてゆく。倒れながら、巨大な左手を振り上げる。
 ロンベルを、叩き潰そうとしている。恐るべき闘志であった。
 力尽きたロンベルを、小さな身体で庇うようにカノンが立つ。
「君を……解放するよ、ダイダラボッチ」
 倒れかかって来る幻想種の巨体は、カノンからは、まるで天空が崩れ落ちて来るように見えるだろう。
「君は何にも悪くない。だからこそ、これ以上……ヒトを、殺させはしない。この拳で”神”を打ち砕くよ!」
 天の崩落をカノンは、跳躍で迎え撃った。
「……響け! 明日への福音!」
 オニヒトの少女の、小さな拳が、光り輝く力を宿してダイダラボッチの顔面を直撃する。
 うつ伏せに倒れかかった巨体が、ぐるりと仰向けになった。
 そして、地響きが起こった。
 仰向けに倒れたダイダラボッチは、立ち上がらない。
 巨大な腹が、ゆったりと上下している。呼吸はしている、という事だ。
 カノンが着地に失敗し、倒れている。
「終わった……勝った、かな……」
「……セアラさんが……倒れるまで頑張って、私たちを治してくれた……おかげですね」
 エルシーが、カノンの傍らに座り込む。
 マグノリアが、倒れたロンベルを抱き起こそうと悪戦苦闘しながら語る。
「このダイダラボッチは……どうやら定期的に長い眠りにつく事で、大地から力を吸収し、蓄え、生きている。食事で栄養を摂っている、わけではないようだ」
 ホムンクルスを作り出す彼は、相手の生命の仕組みそのものを、1度の戦いで理解してしまう。
「つまり……ヒトを取って食らう、事はない。とは言え……ここにいる全員が体感した通り、動くだけで大災害となり得る怪物だ」
「このまま、お命を奪うか否か……という事であれば、答えは決まっています」
 セアラは言った。
「私が、大太郎様を死なせはしません」
「……どこかへ連れて行く、って事になっちゃうのかな」
 カノンが呟く。
「ヒトのいない場所へ……元々ここに住んでたのは、ダイダラボッチの方なのにね……」
「……そうよ。だから村の連中の方を追い出す、って手もあるぜ」
 ロンベルが、マグノリアの細腕に頼らず身を起こした。
「汚れ役は、俺が引き受けてもいい」
「……何でしょう。ロンベルさんの提案が一瞬でも魅力的に思えてしまった私、聖職者失格ですねえ。絶対失格、ぜつ☆かく! ですね」
 エルシーが苦笑する。
 セアラが、ダイダラボッチに対して跪いた。女神アクアディーネに対するように。
「数々の無礼、どうかお許しを……ああ大太郎様、私たちはこの上、さらに無礼な身勝手を貴方に押し付けなければなりません……」
 倒れたままのダイダラボッチが、ぼんやりと顔を向けてくる。
 セアラは見つめ返し、言った。
「どうか……どうか、この地を離れて……ヒトのいない場所へと……」
「その必要は、ありませんよ」
 松一が、竹二と共に歩み寄って来た。
「我らはこの地で、大太郎様と共に生きるのです」
「それは……」
 マグノリアが息を呑み、松一は微笑む。
「大太郎様が少しお動きになっただけで、村の衆の何人かは……事によれば私と息子が、潰れて死にます。仕方がありません。途方もない御方と共に生きる。それはすなわち、そういう事です」
 竹二が恐る恐る、ダイダラボッチした近付いて行く。
 それを見つめ、松一は言った。
「この地に後から勝手に住み着いたのは、我々の方なのですから」


「……と、松一は言った。君はどう思う? 帯刀作左衛門」
 マグノリアの問いに帯刀は、
「……拙者に、何かを言う資格があると思うのか。虫の如く叩き潰され、おぬしらに助けられるだけであった、無様な侍に」
 面白くもなさそうに即答した。
 その目は、いささか危うい光景に向けられている。
 ダイダラボッチが、村の子供たちを手や肩や頭に乗せ、のんびりと歩いている。子供たちは、喜びはしゃいでいる。
 ダイダラボッチの肩の上で、悠然と腕組みをしているのは竹二である。
「ダイダラボッチが、その気になれば……あの子供たちは皆、死んでしまう」
 マグノリアは言った。
「そんな事にはならないだろう、と僕は思うけれど……ね。ヒトを踏み潰せば、手痛い反撃が来る。それを、ダイダラボッチは学んだはずだ」
「大太郎様がお怒りになれば、村々は滅ぶ……それを受け入れなければならない、と松一様はおっしゃいました」
 手を振る子供たちに、セアラが手を振り返す。
「その時は、私たちが来ます。村が滅ぶ前に、大太郎様のお怒りを静めます」
「殺さぬ、のだな。どうあっても大太郎を」
 帯刀は現在、この村で療養中である。ほぼ回復しては、いるようだ。
「君たち宇羅幕府には……この国に住まう、全ての命を重んじて欲しいな」
 言いつつ、マグノリアは思う。
 この国のオニヒトは、差別されていた時代から。
 この国のノウブルは、オニヒトが政権を掌握してから。
 ずっと、お互いに対する劣等感に囚われている。
 それがある限り、何も変わりはしない。
「……毒は、無くならない」
 イ・ラプセルの民も、その毒に全く侵されていないわけではない。ただ、変わりつつはある。
「この国だって、変わる事は出来るはずだ。まずは……命を重んずる、ところからだと思う。オニヒトの命も、ノウブルの命も、妖怪……幻想種の命も」
「……拙者は、あの大太郎を化け物としか思わぬ」
 帯刀が言う。
「化け物の命を重んずる、まあそれは良かろう。だが化け物の方で、我らの命を重んじてくれるのかな」
「人知を超えた存在と、共に生きる。それは、そのような事なのだと私は思う事にしました。お相手方が、都合良く私たちを守り気遣って下さるとは限らない」
 セアラは、今ここでは姿の見えない女神を見つめているようであった。
「万が一、アクアディーネ様がお怒りになったら……私たちとて、どのような目に遭うかわかりません」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済