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安寧を妨げる者達へ

●聖獣の楽園
ニルヴァン城塞の南には、アルカダ小管区がある。
「ここもいつ狙われてもおかしくはない、ということですか」
アルカダ小管区を担当するオニビトの上級信民ワーレルは深く息をついた。
ニルヴァン小管区で起きたことについては聞いていた。
それから今日まで、ワーレルは落ち着かない日々を過ごしていた。
「邪教徒達の巣窟と化したニルヴァンはここからほど近いですしね、いつ邪教徒がこちらに攻め入ってくるか、本当に気が気でありませんよ」
ワーレル司教は小さく息を吐く。
彼は魔女狩り出身ではない、一般信徒から上級信民に上り詰めた変わり種だ。
「我が管区の民草の安寧を損なおうという者達がすぐ近くにいるというのは、何とも恐ろしいことです。おお、神よ……」
言って、ワーレルは指で小さく印を切った。
彼に、イ・ラプセルへの憎しみはなく、ただ純粋に己が管轄するこの地に住まう人々のことを心配していた。
「……もしもここが攻められたならば、せめて一矢は報いましょう」
この礼拝堂、ワーレルが振り向けばそこには幾つかの大きな影があった。
頭に真っ白い角が生えた四足の猛獣。
改造幻想種――聖獣である。
この礼拝堂には、二桁に近い数の聖獣が存在していた。
全て、ワーレルが己の手で改造した愛しき子供達であった。
ワーレル・ローツは魔女狩りではない。
彼は一般信徒でありながら幻想種の改造技術に長けた技術者であったのだ。
「おお、神よ。どうか穏やかなる我らの暮らしを脅かす邪教徒に天罰を下したまえ」
聖獣を足元に侍らせながら、彼は真摯に祈るのだった。
●勢力圏を拡大せよ
「小管区の制圧をしてほしいんだよ」
階差演算室に集められた自由騎士を前に、『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)がそう切り出した。
「場所はニルヴァンの南にある小管区アルカダ。そこもニルヴァンと同じように、一般人の居住区と聖櫃が置かれている教会が離れてるから、攻め込むのにちょうどいいの」
立地条件は重要だ。
一般人の居住区と離れているならば、攻める方としてはやりやすい。
「ただ、ニルヴァンのことはもうシャンバラでも知れ渡ってるし、アルカダ小管区でも私達を迎え撃つ準備はしてると思った方がいいかも」
クラウディアの言葉に全員がうなずいた。
無論、油断などできるはずもない。
「それにアルカダ小管区は地理的にも重要なんだよ。ニルヴァンの南方に位置してるから、ここをイ・ラプセルの勢力下に置ければ、聖央都にかなり近づくことができるの。だからみんな、頑張ってね!」
ニルヴァン城塞の南には、アルカダ小管区がある。
「ここもいつ狙われてもおかしくはない、ということですか」
アルカダ小管区を担当するオニビトの上級信民ワーレルは深く息をついた。
ニルヴァン小管区で起きたことについては聞いていた。
それから今日まで、ワーレルは落ち着かない日々を過ごしていた。
「邪教徒達の巣窟と化したニルヴァンはここからほど近いですしね、いつ邪教徒がこちらに攻め入ってくるか、本当に気が気でありませんよ」
ワーレル司教は小さく息を吐く。
彼は魔女狩り出身ではない、一般信徒から上級信民に上り詰めた変わり種だ。
「我が管区の民草の安寧を損なおうという者達がすぐ近くにいるというのは、何とも恐ろしいことです。おお、神よ……」
言って、ワーレルは指で小さく印を切った。
彼に、イ・ラプセルへの憎しみはなく、ただ純粋に己が管轄するこの地に住まう人々のことを心配していた。
「……もしもここが攻められたならば、せめて一矢は報いましょう」
この礼拝堂、ワーレルが振り向けばそこには幾つかの大きな影があった。
頭に真っ白い角が生えた四足の猛獣。
改造幻想種――聖獣である。
この礼拝堂には、二桁に近い数の聖獣が存在していた。
全て、ワーレルが己の手で改造した愛しき子供達であった。
ワーレル・ローツは魔女狩りではない。
彼は一般信徒でありながら幻想種の改造技術に長けた技術者であったのだ。
「おお、神よ。どうか穏やかなる我らの暮らしを脅かす邪教徒に天罰を下したまえ」
聖獣を足元に侍らせながら、彼は真摯に祈るのだった。
●勢力圏を拡大せよ
「小管区の制圧をしてほしいんだよ」
階差演算室に集められた自由騎士を前に、『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)がそう切り出した。
「場所はニルヴァンの南にある小管区アルカダ。そこもニルヴァンと同じように、一般人の居住区と聖櫃が置かれている教会が離れてるから、攻め込むのにちょうどいいの」
立地条件は重要だ。
一般人の居住区と離れているならば、攻める方としてはやりやすい。
「ただ、ニルヴァンのことはもうシャンバラでも知れ渡ってるし、アルカダ小管区でも私達を迎え撃つ準備はしてると思った方がいいかも」
クラウディアの言葉に全員がうなずいた。
無論、油断などできるはずもない。
「それにアルカダ小管区は地理的にも重要なんだよ。ニルヴァンの南方に位置してるから、ここをイ・ラプセルの勢力下に置ければ、聖央都にかなり近づくことができるの。だからみんな、頑張ってね!」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.アルカダ教会の制圧
正義と真実は違うもの。
吾語でございます。
それではシナリオの状況説明となります。
◆敵勢力
・ワーレル司教
オニビトのヒーラーです。自身に攻撃能力はほとんどありません。
魔女狩りではなく一般出身の技術者であり、幻想種の改造技術に長けています。
戦闘では最後方から聖獣の援護を行ないます。
彼自身はミトラースの教えを信仰する善良な聖職者です。
また、常に民のことを考えているため一般市民からも人気が高い人物です。
しかし魔女狩りにならずに上級信民になったため、魔女狩りからは嫌われています。
・聖獣×9
ワーレルによって創造された戦闘用の改造幻想種です。
通常の四足獣型ですが、ワーレルによって弱い再生能力が付与されています。
また、近接範囲にスロウの効果をもたらす咆哮を使用してきます。
◆戦場
戦場となるのは教会です。
教会の中で戦うか外で戦うかは皆さんで決めてください。
中も相当に広いので、戦うのに邪魔になることはありません。
その意味では、中も外も大きな差はないでしょう。
時間帯は昼間から夜の間で選択可能です。
吾語でございます。
それではシナリオの状況説明となります。
◆敵勢力
・ワーレル司教
オニビトのヒーラーです。自身に攻撃能力はほとんどありません。
魔女狩りではなく一般出身の技術者であり、幻想種の改造技術に長けています。
戦闘では最後方から聖獣の援護を行ないます。
彼自身はミトラースの教えを信仰する善良な聖職者です。
また、常に民のことを考えているため一般市民からも人気が高い人物です。
しかし魔女狩りにならずに上級信民になったため、魔女狩りからは嫌われています。
・聖獣×9
ワーレルによって創造された戦闘用の改造幻想種です。
通常の四足獣型ですが、ワーレルによって弱い再生能力が付与されています。
また、近接範囲にスロウの効果をもたらす咆哮を使用してきます。
◆戦場
戦場となるのは教会です。
教会の中で戦うか外で戦うかは皆さんで決めてください。
中も相当に広いので、戦うのに邪魔になることはありません。
その意味では、中も外も大きな差はないでしょう。
時間帯は昼間から夜の間で選択可能です。
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
6個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2019年03月01日
2019年03月01日
†メイン参加者 8人†
●真昼のアルカダ小管区で
好都合なことに、その教会は居住区からは離れた場所にあった。
「……静かだな」
教会を見下ろせる場所から、アデル・ハビッツ(CL3000496)が敵地の状況をつぶさに観察する。強化された彼の視力は、この距離にあってもはっきりとその場所を見通し、中の様子まで確認することができた。
「罠のたぐいはなし。のようだな」
同じく偵察役を担う『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)も教会を睨み据え、そこにあるものを確認。教会内に人影があるのを見た。
「いるな。あれが、この管区の責任者であるワーレル司教か」
テオドールが出したその名を聞いて、近くに立っていた『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)がことさら難しい顔をする。
「フン、一般人上がりの技術者、か……。何ともやりにくいな」
「あら、そ~お? 幻想種の改造技術なんて素敵じゃない?」
一方で、『真理を見通す瞳』猪市 きゐこ(CL3000048)は瞳をキラキラと輝かせて教会を眺めた。自分の知らない知識に興味津々であるようだ。
「で、いるの? 例の――」
「聖獣か」
『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)に尋ねられたアデルがその名を口にする。ワーレル司教が侍らせているという、幻想種を改造して造られた戦闘用の魔道生物の総称である、が――
「urrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr」
『空に舞う黒騎士』ナイトオウル・アラウンド(CL3000395)が低い声で唸りを上げる。何か、聖獣に対して思うところがあるようだった。
アデルとエルシーは一度彼の方を見るが、ナイトオウルはそれ以上反応を見せない。二人は話に戻ることにした。
「獣の数はどれくらい?」
「見える範囲では九匹。……伏兵の有無は断言できないな」
「ま、突入前にそれだけ分かってれば十分だろ」
ライフルの手入れを終えた『クマの捜査官』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が話に加わって来た。確かに彼の言う通りだ。エルシーもうなずく。
「いついくの? まだ?」
長柄の得物を振り回して『リムリィたんけんたいたいちょう』リムリィ・アルカナム(CL3000500)が呟く。やる気は漲りまくっているようだ。
リムリィが「いついくの?」という視線を、周りに投げかけた。
「はぁ……」
彼女と目が合ったツボミが覚悟を決めたように息を吐く。
「いつ行くかだと? そんなモンはな、今だ。今。今しかあるまい」
「ああ、すでに大方準備は終わっている。タイミングとしては今だろう」
テオドールの同意をもって、自由騎士達は動き出す。
目的地はアルカダ地区の中枢。ワーレル司教が管理している教会であった。
●突入、そして戦闘開始
始まりは、エルシーの一撃であった。
「せいっ!」
鋭い声と共に木製の扉が蹴り抜かれ、大きな音を教会内に響かせた。
「何事です!?」
礼拝堂で祈りを捧げていたワーレル司教が驚きと共に振り向いた。
「大したことじゃないわ。ただの戦争よ!」
意気揚々と乗り込んだきゐこが、勢いついでに宣戦布告。
「……イ・ラプセル!」
それだけで伝わったか、ワーレルは顔を苦々しく歪めて杖を握った。
「皆、来なさい!」
ルォォォォォォォォォォウ!
司教の声に応じるように、教会内に獣の声がする。
おそらく彼の周りで寝そべっていたのだろう。九匹の聖獣が歩み出てきた。
「我が祖国を踏みにじらんとする邪教の徒よ、ニルヴァンは征せどもこのアルカダまで同じように平らげることはできないと思いなさい!」
九匹の獣を前に並べさせて、ワーレルが叫んだ。
「ああ、そうだよ。その通りだな」
彼の言葉を肯定したのはツボミであった。
「貴様が私達を邪教徒と呼ぶ気持ち、理解はする。だが――」
オォォォォォォォォォォォウ!
聖獣が彼女めがけて躍りかかろうとする。
「させない」
だがいち早く反応したリムリィが、聖獣の爪をハンマーで迎撃していた。
グチャッ、と肉の潰れる音がする。
「我々もやるべきことがあってここまできた。押し通らせてもらうぞ」
「他国まで来て図々しいことを……!」
怒れるワーレルの足元で、前足を潰された聖獣が低く唸った。
その傷ついた前足が少しずつ治ってゆく。
「わ~お! 見事な再生能力だわ! それが改造技術の恩恵なのね!」
再生を目撃したきゐこのテンションが一気に上昇した。
「……邪教徒よ、あなた達に義はありません。直ちにこの場を去りなさい!」
「そんな意地悪なことを言わないでよ。さぁ、始めましょ?」
彼女は国の大義などあまり気にしない。きゐこは知識の怪物なのだ。
「何たる……」
ワーレルは絶句した。話にならないとでも思ったか。
次の瞬間、彼は自由騎士達を指さしていた。
「我が子らよ、悪しき者ののど元を食い破り、罪の重さを知らしめなさい!」
九匹の聖獣が、号令に従って襲い掛かってくる。
しかし、それを見越していた自由騎士達は獣より早く動き出していた。
「作戦通りに行く。各自、敵を押さえて各個撃破だ」
「了解、気張っていきましょ!」
切り詰めた突撃槍を突き出して、アデルが言いつつ聖獣へと向かう。
エルシーもうなずいて愛用の籠手を強く握りしめた。
教会の中、ミトラースの神像が見下ろす礼拝堂で、戦いは始まった。
●撃破せよ、聖獣の群れ
敵の陣形は単純だ。
前に聖獣。後ろにワーレル。
聖獣が敵を攻めると共に、敵の攻撃を受け止める壁の役割を果たし、傷ついたならば後衛のワーレルが癒しの魔導によって治療する。
再生能力を持った聖獣の壁を超えるのは、なかなか難しい。
単純ではあるが、だからこそ崩しにくい陣形といえた。
「だったら、回復なんぞさせなきゃいいだけだよなぁ!」
吼えて、ウェルスが引き金を強く押し込む。
灼熱の弾丸が聖獣一匹の脇腹に食い込み、悲鳴をあげさせた。
「今だ、そいつを!」
すぐさま彼は叫ぶ。
「AAAAAhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!」
ナイトオウルは猛々しく吼え、真っ黒な大剣を聖獣へと叩きつける。
無骨な刃は肉を切り潰して薄暗い中では黒にも見える血が噴き出した。
オォォォォォォォォォウ!
だが聖獣もただ攻められるばかりではなく、ナイトオウルを巻き込む範囲で相手の動きを鈍化させる魔導の咆哮を轟かせた。
「rrrr……」
ナイトオウルは退こうとするが、鈍化した体はゆったりと動くだけだった。
そこに、別の聖獣が彼を狙おうと迫る。
「させはしない」
回り込んでその聖獣を受け止めたのは、アデルであった。
突撃槍で敵の爪をしっかりと阻み、足腰を踏ん張らせて跳ね返す。
聖獣の体勢が一瞬崩れたその隙をアデルは見逃さない。
「ふゥ――ッ」
全身の筋肉を総動員しての、全力刺突。
穂先は聖獣の肉に深々と食い込んで衝撃の反動が彼の関節を軋ませた。
「どきたまえ、アデル!」
後方より声が飛んでくる。
アデルはそれに従って右へと避けると、テオドールが聖獣へ手をかざしてた。
発動した冷徹の魔導が、傷を負った聖獣の身を凍てつかせる。
空気が凝固する小さな音がアデルの耳にだけ届いた。
「何をしているのですか、我が子らよ。こ、このような……!」
戦いが始まってそう時間が経っていない今、だがすでにワーレルは精神的にかなり追い込まれつつあった。
それは、彼が一般人出身であるからだ。
魔女狩りよりもさらに荒事の経験が少ない彼にとって、戦うという行為はそれだけでも十分なストレスとなる。ましてや、手塩にかけた聖獣達が傷つけられるなど、苛立たしく、腹立たしく、だからこそ余裕は削られた。
「どうしたのかしら、お顔が真っ青よ?」
言いながら、きゐこが発動させたのはテオドールが使ったものよりもさらに強力な氷の魔導だ。凍結のみならず、魂への呪縛までも敵に与える。
くらった聖獣は鳴くことさえできなかった。
全身を真っ白な霜に包まれて、冷気を放ちながら佇む氷像と化した。
「ふむふむ、これを喰らっても動けなくなるけど死にはしないのね」
動きを縛られた聖獣のすぐ前に立ったきゐこが注意深く観察する。
「……おのれっ」
ワーレルは舌を打って、聖獣を癒すべく杖を構えようとした。
「させ――、るかよ!」
邪魔をしたのは、またしてもウェルスである。
彼の銃撃が、ワーレルが治そうとしていた聖獣を直撃した。
治癒を阻むその弾丸のおかげで、ワーレルは自身の力を振るえない。
それを理解しているからこそ、敵司教はウェルスを睨んでいた。
「おお、怖い怖い」
ライフルに弾丸を込め直し、ウェルスが挑発の笑みを浮かべる。
敵の数は多い。だがそれにあまり脅威を感じないのは、これまで戦ってきた相手がさらなる脅威であったからか。
「少し気ィ引き締めるか」
感覚のマヒは油断に繋がるかもしれない。
そう思って己を戒めながら、彼は次なる目標に狙いを定めていった。
●獣達の悲哀
「ききたいことがある」
聖獣の一匹と立ち合いながら、リムリィはその向こうのワーレルに尋ねた。
ワーレルは、その問いかけに返答を返さない。
リムリィは彼の沈黙を勝手に肯定と受け取って話を進めることにした。
「せいじゅうはだいじじゃない?」
「……何ですって?」
彼女の問いに、ワーレルはつい応じてしまった。
「このこたち、へんなふうにいじってる。だいじじゃないからだ」
リムリィは断言する。その言葉に、ワーレルの顔色が変わった。
「イ・ラプセルの蛮民が、私と我が子の絆を何だと……!」
彼の怒りに応じるようにして、聖獣が一気に攻勢を強めた。
轟く咆哮。まともに浴びてしまったリムリィの動きが鈍化した。
「う、わ……」
「食らいつきなさい!」
ワーレルの指示によって飛び掛かった二匹の聖獣が、リムリィの肩とふとももに牙を突き立てた。血が噴き出し、彼女の顔が苦痛に歪む。
「ええい、不用意に踏み込み過ぎだ!」
ツボミが渋い顔をしながらリムリィへと癒しの魔導を使う。
彼女に食いついている聖獣へは、アデルとナイトオウルが突っ込んでいった。
「Graaaaaaaaaahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!」
ナイトオウルは再び叫び、全力で剣を聖獣に叩きつけた。
だが痛みに狂乱する聖獣が反撃とばかりにナイトオウルの腕に噛みついてきた。
「……uuuuurrrrrr」
しかし彼は悲鳴もあげずに唸るのみで、そのまま近くの壁へと走って聖獣の頭を壁面にブチ当てた。
獣が一声鳴いて怯み、ナイトオウルの腕から口を放してしまう。
「トドメを」
開いたままのその口へ、彼は逆手に持った剣の切っ先を真っ直ぐ突き刺した。
リムリィが一瞬だけ表情を変える。
獣と意思疎通できるからこそ知ってしまった、聖獣の断末魔がそこにあった。
「な、な、な……! なんということ……!」
ワーレルは完全に顔面蒼白になって震えていた。
死んでしまった聖獣は癒せない。傑作が。手塩にかけて育てた我が子が!
「大事だと思うのならば、なぜ戦わせるのだろうな」
同じく聖獣を相手取るアデルが、彼に疑問を投げかけた。
「そうは言っても、大事の形は様々だからじゃないかしら」
しかし答えたのは司教ではなく、エルシーだった。
「この人、聖獣はあくまで戦わせるものって思っているみたいだし」
「子というよりは愛用の武器として大事、か。確かに納得できる話ではある」
話している間にも、まだ残っている聖獣が彼らへと飛び掛かってくる。
だが最早、アデルは聖獣の攻撃力を見極めてており、エルシーもまたその動きと素早さを大体見切っていた。
ワーレルが改造した聖獣は確かに強力な戦力だ。
が、悲しいかな、彼はやはり根っこの部分は一般人でしかなく、それゆえに決定的に経験値が足りていなかった。
「悪いが、これで終わりとさせてもらおう」
そう、歴戦の戦士を相手にするということの意味を――
「ええ、終わりね」
ワーレルは知らなかったのだ。
アデルの槍が聖獣の急所を貫き、動きが止まったところへエルシーが拳を繰り出した。その一撃は必殺にして致命の一撃。
受けた聖獣の顔面が、衝撃によって大きくひしゃげた。
「ああ、あああああああ……!」
大きく目を見開いているワーレルの前で、全ての聖獣は間もなく駆逐された。
●シャンバラの地に住まう者
教会に、ワーレルの嘆く声だけが響いていた。
「おお、何たること。何たる……、おお、おおお……」
床に横たわる聖獣の骸にしがみついて、血で汚れることも厭わず彼は泣いた。
自由騎士達はワーレル司教を囲みながらも、しかし彼には手を出さなかった。
「さて……」
ウェルスが、教会の奥の方を見て歩き出す。
「どこへ?」
「ちょいと、な。この場は任せるぜ」
尋ねてくるアデルに軽く手を振って、ウェルスは教会の奥に消えていった。
「ワーレル司教」
未だ嘆き続けるワーレルへ、テオドールが言葉を向ける。
「此度の強襲は、司教殿の命を奪うために行なったものではない。また、こちらは司教殿のミトラースへの信仰を否定するつもりもない。まずは、それをご理解いただきたく願う」
説得、もしくは交渉のつもりで彼はそれを言った。
しかしワーレルの方に反応らしい反応はなく、テオドールは仕方なく続けた。
「こちらより、二つほど要求をさせていただきたい。一つはこの管区を我がイ・ラプセルの拠点とすることを承認していただきたい。もう一つは、司教殿が持っている情報をこちらに提供していただきたい」
教会が制圧された時点で、ワーレルの意志に関係なくこの場はイ・ラプセルの勢力下に置かれることになる。
それでもテオドールがわざわざ承認を求めたのは、一方的な占領では相手が納得するまいという、彼なりの配慮があったからだ。
「司教殿、答えられよ。さぁ、判断はいかに?」
「…………」
テオドールが詰め寄っても、だがワーレルは沈黙。
もう少しだけ待つと、ようやく彼は顔を上げて自由騎士の方を見た。
その顔は、憤怒一色に染まり切っていた。
「何と、何と傲岸不遜にして厚顔無恥な申し出であることか!」
「司教殿……」
「悪鬼共め! 貴様らの行ないによって我が国は戦火に晒され、民の安寧は打ち壊されることとなるだろう! 貴様らは私にそれを容認しろというのか、私に、貴様らの片棒を担げというのか? 恥を知れ!」
「ワーレルといったな。……その怒りは、自分のためのものか?」
「馬鹿な! 私一人がどうなったところで構うものか。私は、私には、主より預かりしこの管区に住まう人々を守るという大役があるのだ! それを……」
尋ねたツボミはその答えに確信する。
信仰はどうあれ彼は人のために怒れる人物だ。その根は善良と呼んでいい。
それがゆえの、この憤怒なのだろう。
「司教殿、我々に民草をどうこうする意思はない」
「戯言を……。この有様で、その言葉をどう信じろというのですか!」
「あちゃ~……」
ワーレルの憤激ぶりを見て、きゐこは残念そうに肩をすくめた。
できれば聖獣の改造技術について知りたかったが、これはダメだ。相手はもう、こっちの話をまともに聞いてくれないだろう。
そしておそらく、それは時間を置いても変わるまい。
ワーレルの中でイ・ラプセルは不倶戴天の敵となった。なってしまった。
だが当然か。
教会に押し入った時点で、こうなることは必然であった。
一方的に武力をもって制圧してきた相手が「民に手を出すつもりはない」と言う。制圧された側がどうしてそれを信じられようか。
ワーレルが自由騎士を睨む眼差しにあるのは怒りと憎悪。それだけだ。
それは、攻められた側の一般人が敵国の兵士に向ける感情そのものでもある。
守りたいものがあり、それを守れなかったからこそ怒る。憎む。
「……これが戦争か」
分かっていたつもりだが、それでも苦いものは苦い。
ツボミは額に手を当てて陰鬱なため息をついた。酒でも煽りたい気分だ。
他の皆も彼女と同様の気持ちなのか、声を出す者はいなかった。
「何だよ、この葬式ムードは……」
ウェルスが戻ってきたのは、そんなタイミングのことだった。
「おお、ウェルス。それがな……、って、貴様、誰を抱えているんだ?」
「ん? ヨウセイ」
ウェルスが肩を貸しているのは、痩せ衰えたヨウセイの少女であった。
その姿を見て、ツボミは思い出した。
――聖櫃。
シャンバラの民の安寧は、忌まわしきあの生命燃料化装置によって保障されているものであった。そうだ、ヨウセイ達はこの国では――
「な……!」
ワーレルの顔色が変わる。
「貴様、何故“薪”を……! 誰の許可を得て“薪”を持ち出したのです!」
「あァ?」
「戻しなさい! その“薪”を聖櫃に戻すのです! でなければ……」
「壊したぜ」
「……何ですって」
「聖櫃なんてもんは、とっくに俺が壊してやったっての」
ウェルスに軽く告げられて、ワーレルは動きを凍てつかせた。
「あ――」
そして、限界を超えてしまった彼はそのまま卒倒した。
ウェルスはワケが分からず、ツボミを見る。
「何なんだよ、一体……?」
「いや、ありがとうな」
「……はぁ?」
まで礼を述べられてさらに混乱するウェルスを横に、ツボミは思い直した。
この国の安寧が聖櫃の上に成り立っている以上、イ・ラプセルはそれを粉砕しなければならない。もはやヨウセイは、自分達の同胞なのだから。
「国が違えば平和も違う。……何とも苦い現実だな」
アデルの一言に、皆が胸中でうなずいた。
好都合なことに、その教会は居住区からは離れた場所にあった。
「……静かだな」
教会を見下ろせる場所から、アデル・ハビッツ(CL3000496)が敵地の状況をつぶさに観察する。強化された彼の視力は、この距離にあってもはっきりとその場所を見通し、中の様子まで確認することができた。
「罠のたぐいはなし。のようだな」
同じく偵察役を担う『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)も教会を睨み据え、そこにあるものを確認。教会内に人影があるのを見た。
「いるな。あれが、この管区の責任者であるワーレル司教か」
テオドールが出したその名を聞いて、近くに立っていた『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)がことさら難しい顔をする。
「フン、一般人上がりの技術者、か……。何ともやりにくいな」
「あら、そ~お? 幻想種の改造技術なんて素敵じゃない?」
一方で、『真理を見通す瞳』猪市 きゐこ(CL3000048)は瞳をキラキラと輝かせて教会を眺めた。自分の知らない知識に興味津々であるようだ。
「で、いるの? 例の――」
「聖獣か」
『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)に尋ねられたアデルがその名を口にする。ワーレル司教が侍らせているという、幻想種を改造して造られた戦闘用の魔道生物の総称である、が――
「urrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr」
『空に舞う黒騎士』ナイトオウル・アラウンド(CL3000395)が低い声で唸りを上げる。何か、聖獣に対して思うところがあるようだった。
アデルとエルシーは一度彼の方を見るが、ナイトオウルはそれ以上反応を見せない。二人は話に戻ることにした。
「獣の数はどれくらい?」
「見える範囲では九匹。……伏兵の有無は断言できないな」
「ま、突入前にそれだけ分かってれば十分だろ」
ライフルの手入れを終えた『クマの捜査官』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が話に加わって来た。確かに彼の言う通りだ。エルシーもうなずく。
「いついくの? まだ?」
長柄の得物を振り回して『リムリィたんけんたいたいちょう』リムリィ・アルカナム(CL3000500)が呟く。やる気は漲りまくっているようだ。
リムリィが「いついくの?」という視線を、周りに投げかけた。
「はぁ……」
彼女と目が合ったツボミが覚悟を決めたように息を吐く。
「いつ行くかだと? そんなモンはな、今だ。今。今しかあるまい」
「ああ、すでに大方準備は終わっている。タイミングとしては今だろう」
テオドールの同意をもって、自由騎士達は動き出す。
目的地はアルカダ地区の中枢。ワーレル司教が管理している教会であった。
●突入、そして戦闘開始
始まりは、エルシーの一撃であった。
「せいっ!」
鋭い声と共に木製の扉が蹴り抜かれ、大きな音を教会内に響かせた。
「何事です!?」
礼拝堂で祈りを捧げていたワーレル司教が驚きと共に振り向いた。
「大したことじゃないわ。ただの戦争よ!」
意気揚々と乗り込んだきゐこが、勢いついでに宣戦布告。
「……イ・ラプセル!」
それだけで伝わったか、ワーレルは顔を苦々しく歪めて杖を握った。
「皆、来なさい!」
ルォォォォォォォォォォウ!
司教の声に応じるように、教会内に獣の声がする。
おそらく彼の周りで寝そべっていたのだろう。九匹の聖獣が歩み出てきた。
「我が祖国を踏みにじらんとする邪教の徒よ、ニルヴァンは征せどもこのアルカダまで同じように平らげることはできないと思いなさい!」
九匹の獣を前に並べさせて、ワーレルが叫んだ。
「ああ、そうだよ。その通りだな」
彼の言葉を肯定したのはツボミであった。
「貴様が私達を邪教徒と呼ぶ気持ち、理解はする。だが――」
オォォォォォォォォォォォウ!
聖獣が彼女めがけて躍りかかろうとする。
「させない」
だがいち早く反応したリムリィが、聖獣の爪をハンマーで迎撃していた。
グチャッ、と肉の潰れる音がする。
「我々もやるべきことがあってここまできた。押し通らせてもらうぞ」
「他国まで来て図々しいことを……!」
怒れるワーレルの足元で、前足を潰された聖獣が低く唸った。
その傷ついた前足が少しずつ治ってゆく。
「わ~お! 見事な再生能力だわ! それが改造技術の恩恵なのね!」
再生を目撃したきゐこのテンションが一気に上昇した。
「……邪教徒よ、あなた達に義はありません。直ちにこの場を去りなさい!」
「そんな意地悪なことを言わないでよ。さぁ、始めましょ?」
彼女は国の大義などあまり気にしない。きゐこは知識の怪物なのだ。
「何たる……」
ワーレルは絶句した。話にならないとでも思ったか。
次の瞬間、彼は自由騎士達を指さしていた。
「我が子らよ、悪しき者ののど元を食い破り、罪の重さを知らしめなさい!」
九匹の聖獣が、号令に従って襲い掛かってくる。
しかし、それを見越していた自由騎士達は獣より早く動き出していた。
「作戦通りに行く。各自、敵を押さえて各個撃破だ」
「了解、気張っていきましょ!」
切り詰めた突撃槍を突き出して、アデルが言いつつ聖獣へと向かう。
エルシーもうなずいて愛用の籠手を強く握りしめた。
教会の中、ミトラースの神像が見下ろす礼拝堂で、戦いは始まった。
●撃破せよ、聖獣の群れ
敵の陣形は単純だ。
前に聖獣。後ろにワーレル。
聖獣が敵を攻めると共に、敵の攻撃を受け止める壁の役割を果たし、傷ついたならば後衛のワーレルが癒しの魔導によって治療する。
再生能力を持った聖獣の壁を超えるのは、なかなか難しい。
単純ではあるが、だからこそ崩しにくい陣形といえた。
「だったら、回復なんぞさせなきゃいいだけだよなぁ!」
吼えて、ウェルスが引き金を強く押し込む。
灼熱の弾丸が聖獣一匹の脇腹に食い込み、悲鳴をあげさせた。
「今だ、そいつを!」
すぐさま彼は叫ぶ。
「AAAAAhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!」
ナイトオウルは猛々しく吼え、真っ黒な大剣を聖獣へと叩きつける。
無骨な刃は肉を切り潰して薄暗い中では黒にも見える血が噴き出した。
オォォォォォォォォォウ!
だが聖獣もただ攻められるばかりではなく、ナイトオウルを巻き込む範囲で相手の動きを鈍化させる魔導の咆哮を轟かせた。
「rrrr……」
ナイトオウルは退こうとするが、鈍化した体はゆったりと動くだけだった。
そこに、別の聖獣が彼を狙おうと迫る。
「させはしない」
回り込んでその聖獣を受け止めたのは、アデルであった。
突撃槍で敵の爪をしっかりと阻み、足腰を踏ん張らせて跳ね返す。
聖獣の体勢が一瞬崩れたその隙をアデルは見逃さない。
「ふゥ――ッ」
全身の筋肉を総動員しての、全力刺突。
穂先は聖獣の肉に深々と食い込んで衝撃の反動が彼の関節を軋ませた。
「どきたまえ、アデル!」
後方より声が飛んでくる。
アデルはそれに従って右へと避けると、テオドールが聖獣へ手をかざしてた。
発動した冷徹の魔導が、傷を負った聖獣の身を凍てつかせる。
空気が凝固する小さな音がアデルの耳にだけ届いた。
「何をしているのですか、我が子らよ。こ、このような……!」
戦いが始まってそう時間が経っていない今、だがすでにワーレルは精神的にかなり追い込まれつつあった。
それは、彼が一般人出身であるからだ。
魔女狩りよりもさらに荒事の経験が少ない彼にとって、戦うという行為はそれだけでも十分なストレスとなる。ましてや、手塩にかけた聖獣達が傷つけられるなど、苛立たしく、腹立たしく、だからこそ余裕は削られた。
「どうしたのかしら、お顔が真っ青よ?」
言いながら、きゐこが発動させたのはテオドールが使ったものよりもさらに強力な氷の魔導だ。凍結のみならず、魂への呪縛までも敵に与える。
くらった聖獣は鳴くことさえできなかった。
全身を真っ白な霜に包まれて、冷気を放ちながら佇む氷像と化した。
「ふむふむ、これを喰らっても動けなくなるけど死にはしないのね」
動きを縛られた聖獣のすぐ前に立ったきゐこが注意深く観察する。
「……おのれっ」
ワーレルは舌を打って、聖獣を癒すべく杖を構えようとした。
「させ――、るかよ!」
邪魔をしたのは、またしてもウェルスである。
彼の銃撃が、ワーレルが治そうとしていた聖獣を直撃した。
治癒を阻むその弾丸のおかげで、ワーレルは自身の力を振るえない。
それを理解しているからこそ、敵司教はウェルスを睨んでいた。
「おお、怖い怖い」
ライフルに弾丸を込め直し、ウェルスが挑発の笑みを浮かべる。
敵の数は多い。だがそれにあまり脅威を感じないのは、これまで戦ってきた相手がさらなる脅威であったからか。
「少し気ィ引き締めるか」
感覚のマヒは油断に繋がるかもしれない。
そう思って己を戒めながら、彼は次なる目標に狙いを定めていった。
●獣達の悲哀
「ききたいことがある」
聖獣の一匹と立ち合いながら、リムリィはその向こうのワーレルに尋ねた。
ワーレルは、その問いかけに返答を返さない。
リムリィは彼の沈黙を勝手に肯定と受け取って話を進めることにした。
「せいじゅうはだいじじゃない?」
「……何ですって?」
彼女の問いに、ワーレルはつい応じてしまった。
「このこたち、へんなふうにいじってる。だいじじゃないからだ」
リムリィは断言する。その言葉に、ワーレルの顔色が変わった。
「イ・ラプセルの蛮民が、私と我が子の絆を何だと……!」
彼の怒りに応じるようにして、聖獣が一気に攻勢を強めた。
轟く咆哮。まともに浴びてしまったリムリィの動きが鈍化した。
「う、わ……」
「食らいつきなさい!」
ワーレルの指示によって飛び掛かった二匹の聖獣が、リムリィの肩とふとももに牙を突き立てた。血が噴き出し、彼女の顔が苦痛に歪む。
「ええい、不用意に踏み込み過ぎだ!」
ツボミが渋い顔をしながらリムリィへと癒しの魔導を使う。
彼女に食いついている聖獣へは、アデルとナイトオウルが突っ込んでいった。
「Graaaaaaaaaahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!」
ナイトオウルは再び叫び、全力で剣を聖獣に叩きつけた。
だが痛みに狂乱する聖獣が反撃とばかりにナイトオウルの腕に噛みついてきた。
「……uuuuurrrrrr」
しかし彼は悲鳴もあげずに唸るのみで、そのまま近くの壁へと走って聖獣の頭を壁面にブチ当てた。
獣が一声鳴いて怯み、ナイトオウルの腕から口を放してしまう。
「トドメを」
開いたままのその口へ、彼は逆手に持った剣の切っ先を真っ直ぐ突き刺した。
リムリィが一瞬だけ表情を変える。
獣と意思疎通できるからこそ知ってしまった、聖獣の断末魔がそこにあった。
「な、な、な……! なんということ……!」
ワーレルは完全に顔面蒼白になって震えていた。
死んでしまった聖獣は癒せない。傑作が。手塩にかけて育てた我が子が!
「大事だと思うのならば、なぜ戦わせるのだろうな」
同じく聖獣を相手取るアデルが、彼に疑問を投げかけた。
「そうは言っても、大事の形は様々だからじゃないかしら」
しかし答えたのは司教ではなく、エルシーだった。
「この人、聖獣はあくまで戦わせるものって思っているみたいだし」
「子というよりは愛用の武器として大事、か。確かに納得できる話ではある」
話している間にも、まだ残っている聖獣が彼らへと飛び掛かってくる。
だが最早、アデルは聖獣の攻撃力を見極めてており、エルシーもまたその動きと素早さを大体見切っていた。
ワーレルが改造した聖獣は確かに強力な戦力だ。
が、悲しいかな、彼はやはり根っこの部分は一般人でしかなく、それゆえに決定的に経験値が足りていなかった。
「悪いが、これで終わりとさせてもらおう」
そう、歴戦の戦士を相手にするということの意味を――
「ええ、終わりね」
ワーレルは知らなかったのだ。
アデルの槍が聖獣の急所を貫き、動きが止まったところへエルシーが拳を繰り出した。その一撃は必殺にして致命の一撃。
受けた聖獣の顔面が、衝撃によって大きくひしゃげた。
「ああ、あああああああ……!」
大きく目を見開いているワーレルの前で、全ての聖獣は間もなく駆逐された。
●シャンバラの地に住まう者
教会に、ワーレルの嘆く声だけが響いていた。
「おお、何たること。何たる……、おお、おおお……」
床に横たわる聖獣の骸にしがみついて、血で汚れることも厭わず彼は泣いた。
自由騎士達はワーレル司教を囲みながらも、しかし彼には手を出さなかった。
「さて……」
ウェルスが、教会の奥の方を見て歩き出す。
「どこへ?」
「ちょいと、な。この場は任せるぜ」
尋ねてくるアデルに軽く手を振って、ウェルスは教会の奥に消えていった。
「ワーレル司教」
未だ嘆き続けるワーレルへ、テオドールが言葉を向ける。
「此度の強襲は、司教殿の命を奪うために行なったものではない。また、こちらは司教殿のミトラースへの信仰を否定するつもりもない。まずは、それをご理解いただきたく願う」
説得、もしくは交渉のつもりで彼はそれを言った。
しかしワーレルの方に反応らしい反応はなく、テオドールは仕方なく続けた。
「こちらより、二つほど要求をさせていただきたい。一つはこの管区を我がイ・ラプセルの拠点とすることを承認していただきたい。もう一つは、司教殿が持っている情報をこちらに提供していただきたい」
教会が制圧された時点で、ワーレルの意志に関係なくこの場はイ・ラプセルの勢力下に置かれることになる。
それでもテオドールがわざわざ承認を求めたのは、一方的な占領では相手が納得するまいという、彼なりの配慮があったからだ。
「司教殿、答えられよ。さぁ、判断はいかに?」
「…………」
テオドールが詰め寄っても、だがワーレルは沈黙。
もう少しだけ待つと、ようやく彼は顔を上げて自由騎士の方を見た。
その顔は、憤怒一色に染まり切っていた。
「何と、何と傲岸不遜にして厚顔無恥な申し出であることか!」
「司教殿……」
「悪鬼共め! 貴様らの行ないによって我が国は戦火に晒され、民の安寧は打ち壊されることとなるだろう! 貴様らは私にそれを容認しろというのか、私に、貴様らの片棒を担げというのか? 恥を知れ!」
「ワーレルといったな。……その怒りは、自分のためのものか?」
「馬鹿な! 私一人がどうなったところで構うものか。私は、私には、主より預かりしこの管区に住まう人々を守るという大役があるのだ! それを……」
尋ねたツボミはその答えに確信する。
信仰はどうあれ彼は人のために怒れる人物だ。その根は善良と呼んでいい。
それがゆえの、この憤怒なのだろう。
「司教殿、我々に民草をどうこうする意思はない」
「戯言を……。この有様で、その言葉をどう信じろというのですか!」
「あちゃ~……」
ワーレルの憤激ぶりを見て、きゐこは残念そうに肩をすくめた。
できれば聖獣の改造技術について知りたかったが、これはダメだ。相手はもう、こっちの話をまともに聞いてくれないだろう。
そしておそらく、それは時間を置いても変わるまい。
ワーレルの中でイ・ラプセルは不倶戴天の敵となった。なってしまった。
だが当然か。
教会に押し入った時点で、こうなることは必然であった。
一方的に武力をもって制圧してきた相手が「民に手を出すつもりはない」と言う。制圧された側がどうしてそれを信じられようか。
ワーレルが自由騎士を睨む眼差しにあるのは怒りと憎悪。それだけだ。
それは、攻められた側の一般人が敵国の兵士に向ける感情そのものでもある。
守りたいものがあり、それを守れなかったからこそ怒る。憎む。
「……これが戦争か」
分かっていたつもりだが、それでも苦いものは苦い。
ツボミは額に手を当てて陰鬱なため息をついた。酒でも煽りたい気分だ。
他の皆も彼女と同様の気持ちなのか、声を出す者はいなかった。
「何だよ、この葬式ムードは……」
ウェルスが戻ってきたのは、そんなタイミングのことだった。
「おお、ウェルス。それがな……、って、貴様、誰を抱えているんだ?」
「ん? ヨウセイ」
ウェルスが肩を貸しているのは、痩せ衰えたヨウセイの少女であった。
その姿を見て、ツボミは思い出した。
――聖櫃。
シャンバラの民の安寧は、忌まわしきあの生命燃料化装置によって保障されているものであった。そうだ、ヨウセイ達はこの国では――
「な……!」
ワーレルの顔色が変わる。
「貴様、何故“薪”を……! 誰の許可を得て“薪”を持ち出したのです!」
「あァ?」
「戻しなさい! その“薪”を聖櫃に戻すのです! でなければ……」
「壊したぜ」
「……何ですって」
「聖櫃なんてもんは、とっくに俺が壊してやったっての」
ウェルスに軽く告げられて、ワーレルは動きを凍てつかせた。
「あ――」
そして、限界を超えてしまった彼はそのまま卒倒した。
ウェルスはワケが分からず、ツボミを見る。
「何なんだよ、一体……?」
「いや、ありがとうな」
「……はぁ?」
まで礼を述べられてさらに混乱するウェルスを横に、ツボミは思い直した。
この国の安寧が聖櫃の上に成り立っている以上、イ・ラプセルはそれを粉砕しなければならない。もはやヨウセイは、自分達の同胞なのだから。
「国が違えば平和も違う。……何とも苦い現実だな」
アデルの一言に、皆が胸中でうなずいた。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
†あとがき†
お疲れさまでした、無事にアルカダ管区を制圧できました。
敵国には敵国の平和の形があり、
自国には自国の平和の形がある。
今回はそういうお話となりました。
それではまた次の機会にお会いしましょう。
ご参加いただきありがとうございました!
敵国には敵国の平和の形があり、
自国には自国の平和の形がある。
今回はそういうお話となりました。
それではまた次の機会にお会いしましょう。
ご参加いただきありがとうございました!
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