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【代筆】小さな女傑

●
一寸の虫にも五分の魂、という言葉がある。
どんなに小さく弱い者にも命があり、心がある。だからぞんざいに扱ってはいけないという意味だ。
お恥ずかしい話だが、私は今まで「虫に心なんかあるわけないだろ」と思っていた。もしあるのなら、『あんなこと』が出来るわけがない。あったとしても理解できやしない。
だが、きっと、その考えは間違っていたのだろう。こんな事件が起きたということは−−
彼女は目の前の敵に対し、慎重に間合いを図っていた。きっと、さすがに予想外の展開だったに違いない。簡単に勝てるはずだった相手が、唐突に息を吹き返し、巨大化した。敵は今や彼女を遥か高みから見下ろし、その両手に世界を断ち切るかのような大鎌を振り上げている。
彼女は応ずるように両手の鎌を持ち上げ、大きく広げた。戦いの構え。あの男を殺す。たとえどんなに強大であっても。彼女の構えから読み取れるのはただその意思だけだ。恐怖か、狂喜か、彼女が何を思うかは分からない。−−虫の考えなど、分かるわけがない。心があるかどうかも。
−−貴方達の中には、分かる人がいるのかも知れない。
風が動いた。彼女は背中の羽を唸らせ、敵に向かって飛翔した。
●
「サンクディゼールの北の森で、巨大な蟷螂の怪物が暴れてるそうです! 恐らくイブリースと思われます! 周辺住民に被害が出る前に、出動して退治してください!」
『イ・ラプセル国防騎士団第八班長』シエル・ヘブンサンデー(nCL3000040) は、集まった自由騎士達にそう言った。「住民が狙われてるのか?」一人が尋ねる。
「それが、蟷螂は森の中で無作為に暴れるだけで、特に人間を狙ってるわけではないそうです! ただ、このまま暴れさせるわけにもいきませんので−−とにかく、相手が凶暴なイブリースなのははっきりしています! 直ちに退治してください!」
シエルの言葉に自由騎士達は頷き、立ち上がった。
一寸の虫にも五分の魂、という言葉がある。
どんなに小さく弱い者にも命があり、心がある。だからぞんざいに扱ってはいけないという意味だ。
お恥ずかしい話だが、私は今まで「虫に心なんかあるわけないだろ」と思っていた。もしあるのなら、『あんなこと』が出来るわけがない。あったとしても理解できやしない。
だが、きっと、その考えは間違っていたのだろう。こんな事件が起きたということは−−
彼女は目の前の敵に対し、慎重に間合いを図っていた。きっと、さすがに予想外の展開だったに違いない。簡単に勝てるはずだった相手が、唐突に息を吹き返し、巨大化した。敵は今や彼女を遥か高みから見下ろし、その両手に世界を断ち切るかのような大鎌を振り上げている。
彼女は応ずるように両手の鎌を持ち上げ、大きく広げた。戦いの構え。あの男を殺す。たとえどんなに強大であっても。彼女の構えから読み取れるのはただその意思だけだ。恐怖か、狂喜か、彼女が何を思うかは分からない。−−虫の考えなど、分かるわけがない。心があるかどうかも。
−−貴方達の中には、分かる人がいるのかも知れない。
風が動いた。彼女は背中の羽を唸らせ、敵に向かって飛翔した。
●
「サンクディゼールの北の森で、巨大な蟷螂の怪物が暴れてるそうです! 恐らくイブリースと思われます! 周辺住民に被害が出る前に、出動して退治してください!」
『イ・ラプセル国防騎士団第八班長』シエル・ヘブンサンデー(nCL3000040) は、集まった自由騎士達にそう言った。「住民が狙われてるのか?」一人が尋ねる。
「それが、蟷螂は森の中で無作為に暴れるだけで、特に人間を狙ってるわけではないそうです! ただ、このまま暴れさせるわけにもいきませんので−−とにかく、相手が凶暴なイブリースなのははっきりしています! 直ちに退治してください!」
シエルの言葉に自由騎士達は頷き、立ち上がった。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.敵の全滅
皆様こんにちは。鳥海きりうです。よろしくお願いします。
北の森に現れた蟷螂型イブリースを討伐する戦闘シナリオです。敵の全滅が成功条件となります。
敵及びサブキャラクターのご紹介です。
・蟷螂(雄)
蟷螂が凶暴・巨大化したイブリース。全長10m前後。両手の巨大な鎌を武器とし、背中の羽根で飛行可能。
・寄生虫 ×10
蟷螂(雄)の体内に潜んでいたものが、宿主と共にイブリース化したもの。全長1m前後。戦闘力はさほどではないが、素早い。そしてグロい。
・蟷螂(雌)
蟷螂(雄)に果敢に戦いを挑む普通の蟷螂。全長10cm前後。
だいたいシエルが言った通りです。暴れている蟷螂をなるはやで退治してください。
寄生虫は条件を満たせば出現させずにクリアできます。どんな条件かは予想してみてください。まあ出てきてしまったとしてもさほど怖い敵ではありません。グロいだけで。
蟷螂(雌)が果敢に現場を飛び回っています。蟷螂(雄)も殺る気満々です。放っておけばしばらくはタゲ取りの役に立つかも知れません。助けるかどうかは皆様にお任せします。
もしお役に立つならシエルを連れて行っても構いません。ただし、メインの戦力として期待するべきものではありません。使い道は皆様にお任せします。
簡単ですが、説明は以上です。
皆様のご参加をお待ちしております。
北の森に現れた蟷螂型イブリースを討伐する戦闘シナリオです。敵の全滅が成功条件となります。
敵及びサブキャラクターのご紹介です。
・蟷螂(雄)
蟷螂が凶暴・巨大化したイブリース。全長10m前後。両手の巨大な鎌を武器とし、背中の羽根で飛行可能。
・寄生虫 ×10
蟷螂(雄)の体内に潜んでいたものが、宿主と共にイブリース化したもの。全長1m前後。戦闘力はさほどではないが、素早い。そしてグロい。
・蟷螂(雌)
蟷螂(雄)に果敢に戦いを挑む普通の蟷螂。全長10cm前後。
だいたいシエルが言った通りです。暴れている蟷螂をなるはやで退治してください。
寄生虫は条件を満たせば出現させずにクリアできます。どんな条件かは予想してみてください。まあ出てきてしまったとしてもさほど怖い敵ではありません。グロいだけで。
蟷螂(雌)が果敢に現場を飛び回っています。蟷螂(雄)も殺る気満々です。放っておけばしばらくはタゲ取りの役に立つかも知れません。助けるかどうかは皆様にお任せします。
もしお役に立つならシエルを連れて行っても構いません。ただし、メインの戦力として期待するべきものではありません。使い道は皆様にお任せします。
簡単ですが、説明は以上です。
皆様のご参加をお待ちしております。

状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
5/10
5/10
公開日
2019年02月04日
2019年02月04日
†メイン参加者 5人†

●
理屈はない。あるのは殺意だ。
●
超突貫。強行軍。オラトリオたけなわの中、イブリーズ討伐に駆り出される自由騎士は運がいいのか悪いのか。
現場に駆け付けるオラクル達の目の前で巨大なカマキリの鎌が地面を穿った。
跳ねあがる土塊。
飛び散る枯草。その中に手指ほどの生命が透明な羽根を震わせて反撃に向かわんとしているのに気づいたのは、圧倒的な苦手意識によって察してしまった『慈愛の剣姫』アリア・セレスティ(CL3000222)だった。本当に嫌いなものは、見えなくても気配を感じるという。そして、目が合う。
「どうしてこう……虫ばっかり」
絞りだされるアリアの疑問に神が答える日は来るだろうか。
「森の中で無作為に暴れている、と聞いていたけれど違うみたいね。コレはきっとあのカマキリと戦っているんだわ」
『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)の指摘を裏付けるように、何もない空中を薙ぎ払っているようで、実は小さなカマキリをつぶそうと全市を振るっているのだ。
「シエルさん、どうしましょう。虫が――っ!」
アリアの顔に書いてあった。
(気が散っちゃいそうだし、とは言え無益な殺生もしたくないし……自分で保護? 無茶言わないで。蟷螂はセーフでも素手はちょっと……!)
非言語コミュニケーションは音速を超える。いや、道中の「虫、ダメなんですよ」と絞り出した声の低さの意味を察してくれたのだろう。
『イ・ラプセル国防騎士団第八班長』シエル・ヘブンサンデー(nCL3000040)は無理言って集まってもらった手前、サポートに徹することにした。
その様子を、『キッシェ博覧会学芸員』ウィリアム・H・ウォルターズ(CL3000276)は、手元に子犬型のホムンクルスを召喚しつつ、困惑と共に見届けた。
「やる気満々の小さな彼女には申し訳ないが、横槍を入れさせて貰おうか」
『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は土人形を作り出した。
「メスの意図は、まだ分からないけれど……オスを止めようとしているのは確かだ。じゃ、手助けをしないと……だね」
雌雄の別まで確認するマグノリアの観察眼。いや、あの種類は体つきで分かるよ?
「カマキリのオスって、メスに食べられて産卵する際の栄養にされるときいた事があるけど……食べられそうになったオスが窮地を脱するためにイブリース化でもしたのかしら?」
エルシーの仮説に、緋と白はそれぞれの想像の翼を広げる。
「シエルさん。土人形をおとりに使うよ。逃げるならあっちだ」
「了解!」
人に指示を出す立場だからか、シエルの動きによどみはない。
「選手交代。ここからは私達が相手をするわ」
エルシーのしなやかな柳の枝は蟷螂の斧をかいくぐる。
「鎌でまとめて薙ぎ払われるのが厄介なのと、複眼相手だと波状攻撃は捌かれるかもしれないので、複数方向から同時攻撃を狙えるように――好き嫌い以前に虫はちょっと相性悪いのよね……」
アリアはエルシーとナナンの立ち位置を確認して、すぐにフォローに回れるように位置取りに気を遣う。
牽制として、時間差の矢弾を打ち込むが対応が早い。
マグノリアの土人形とウィリアムのホムンクルスがオラクル達の盾になる。
前衛が近接する前に、ウィリアムは錬金術師の手技を駆使して炸裂属性を持った強毒を生み出し、カマキリにぶつけた。
胸部にぶつかり、殻を腐食させたその奥で、黒い何かがうごめいている。
「ぬめ――」
アリアの唇が、わなないた。
軽戦士の足が鈍れば、それは紙装甲のカモと言える。
複眼が、動きを止めたアリアの上に止まりかけるのに小さな影が割り込んだ。と思ったところに視界を全てふさぐ鉄の塊。
『ちみっこマーチャント』ナナン・皐月(CL3000240)のツヴァイハンダーは今日も馬鹿でかい。
「うわぁー!おっきいのだー! 何だか怪獣ちゃんみたいだねぇ! でも、気合いで負けないよぉ!」
目には目を。派には歯を。蟷螂の構えには蟷螂拳――的な構えを。いいのだ。心に正対する蟷螂が抱ければ、それは蟷螂拳なのだ。
「ナナンは前衛で皆を守るのだ!」
戦意がナナンを強くする。
「カマキリの弱点ってどこかしら? やっぱり腹部かな?」
エルシーはカマキリの注意がそれたのをいいことに側面に回り込んだ。
エルシーの構えから、アリアの目は見開かれた。だって、その技、私がアレンジした技で、何をどうしてどうなるか誰あろう私が一番よく知っているからこれから次の瞬間おこることを来年に引きずらないようにしようそうしよう。
速度を刃に変換して研ぎ澄ませ、対象を断ち割る疾風。
エルシーの赤い籠手から繰り出された拳に乗った風はカマキリの腹を割り、中からぎちぎちに詰まっていた黒い縄のような寄生虫が腹圧に押されて飛び出してくる。
オスカマキリは、寄生虫に操られ異常行動をとるだけの個体になり果てていたのだ。イブリース化しなければ、寄生虫のゴールである水辺に運ばされ、そこで溺れ死ぬ未来が待っていただろう。
「ビックリ――しちゃった」
目の前で飛び出してきた寄生虫の様子をもろに見たナナンはポロリとそう言った。
「気持ちで負けちゃったら戦いに勝てないのだ! どっかーん!」
声なき昆虫でなければショック死を免れない大ダメージだ。空虚なカマキリの腹腔に命の気配はない。
その復興が、ナナンの一撃ではじけ飛んだ。頭部と胸部だけになった異形の化け物。だが、虫はこときれない。腹部には生きていくのに不可欠なものはそれほど入っていない。
雄カマキリには、まだ鎌を振り回し、オラクルを攻撃し、どこかに飛び去る力はある。
折りたたまれていた羽根が腹の底に響くような振動を始めるのに、放心しかけていたアリアは脊髄反射だけで反応していた。
「え、ちょ!? アウトアウト、アウトーーー!!」
アリアの頭は動くことをやめなかった。近くの木の幹をけり、一番大きな枝に飛び移る。
「飛ぶのはなし。何だか分からないけど、街へは行かせません」
震える透明な羽根めがけて直射と曲射の二軌道の矢弾がそれぞれ発射される。
がほっがほっと、左右非対称に空いた大穴が10メートルの巨体の飛翔を許さない。
中途半端な高さからの落下が、さらにイブリーズを追い詰めた。
「もらった!」
エルシーの色々口に出せることも出せないことも全部乗せた今年の総決算的寸勁が、雄カマキリのギリギリカマキリとして機能している頭部にめり込む。
そのままぐしゃりと横倒しになり、体を支える足がねじれ飛ぶ。
マグノリアのスパルトイに寄生虫が絡みつく。
「まあ……全部倒すだけだけど……」
マグノリアがコツコツと寄生虫を氷漬けにしていく。何しろ寄生虫の数が多い。せめて、寄生虫をどうにかしないと。
ウィリアムもこの事態はある程度予測していた。
「私は見た事があるから大きくなったからといって、別にそこまでダメージは受けないが……見たくない人もいるだろうから」
ロングスピアで寄生虫を刺して回る。
「アリア。寄生虫は片付いたから。カマキリの方ならいけるだろう?」
「はい! 遅れを取り戻します!」
アリアは木から飛び降りた。
頭部を失ってなお、雄カマキリは無軌道に鎌を振り回し続けているのだ。完全に動けなくなるまでばらばらにするのが仕事だった。
●
人手のなさは魔法生物でカバー。火力の低さは手数でカバー。受けたダメージはホムンクルスの盾と手厚い回復でカバーだ。
安全なところで網をかぶせて来たというシエルも合流し、連携しながら巨大なカマキリを倒したころにはホムンクルスはとっくに消滅していた。
シエルによって保護されたメスカマキリが草の上に置かれる。
「何で、オスカマキリちゃんと戦おうって思ったのー??」
メスカマキリは、上肢をそろえ、首を左右にキトキトと動かす。
東の国ではその姿が礼拝しているようなので、オガミムシともいわれるそうだ。
「応えてくれてるのかな」
「かもしれませんねぇ」
マグノリアが、メスカマキリと視線を交わせるほど腰をかがめた。
「今迄イブリース化したオスを抑えてくれていて、ありがとう」
わずかの間の後、メスカマキリは羽根を震わせ、飛び立った。彼女には子孫を残す仕事がある。
「元気でね」
「なかなかの女傑ぶりだったな」
ウィリアムは、今回の一件を大喜びしそうな師に思いをはせる。
マグノリアが手を振る空は凍てついて黄昏色を帯びつつも、まだ十分青かった。
理屈はない。あるのは殺意だ。
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超突貫。強行軍。オラトリオたけなわの中、イブリーズ討伐に駆り出される自由騎士は運がいいのか悪いのか。
現場に駆け付けるオラクル達の目の前で巨大なカマキリの鎌が地面を穿った。
跳ねあがる土塊。
飛び散る枯草。その中に手指ほどの生命が透明な羽根を震わせて反撃に向かわんとしているのに気づいたのは、圧倒的な苦手意識によって察してしまった『慈愛の剣姫』アリア・セレスティ(CL3000222)だった。本当に嫌いなものは、見えなくても気配を感じるという。そして、目が合う。
「どうしてこう……虫ばっかり」
絞りだされるアリアの疑問に神が答える日は来るだろうか。
「森の中で無作為に暴れている、と聞いていたけれど違うみたいね。コレはきっとあのカマキリと戦っているんだわ」
『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)の指摘を裏付けるように、何もない空中を薙ぎ払っているようで、実は小さなカマキリをつぶそうと全市を振るっているのだ。
「シエルさん、どうしましょう。虫が――っ!」
アリアの顔に書いてあった。
(気が散っちゃいそうだし、とは言え無益な殺生もしたくないし……自分で保護? 無茶言わないで。蟷螂はセーフでも素手はちょっと……!)
非言語コミュニケーションは音速を超える。いや、道中の「虫、ダメなんですよ」と絞り出した声の低さの意味を察してくれたのだろう。
『イ・ラプセル国防騎士団第八班長』シエル・ヘブンサンデー(nCL3000040)は無理言って集まってもらった手前、サポートに徹することにした。
その様子を、『キッシェ博覧会学芸員』ウィリアム・H・ウォルターズ(CL3000276)は、手元に子犬型のホムンクルスを召喚しつつ、困惑と共に見届けた。
「やる気満々の小さな彼女には申し訳ないが、横槍を入れさせて貰おうか」
『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は土人形を作り出した。
「メスの意図は、まだ分からないけれど……オスを止めようとしているのは確かだ。じゃ、手助けをしないと……だね」
雌雄の別まで確認するマグノリアの観察眼。いや、あの種類は体つきで分かるよ?
「カマキリのオスって、メスに食べられて産卵する際の栄養にされるときいた事があるけど……食べられそうになったオスが窮地を脱するためにイブリース化でもしたのかしら?」
エルシーの仮説に、緋と白はそれぞれの想像の翼を広げる。
「シエルさん。土人形をおとりに使うよ。逃げるならあっちだ」
「了解!」
人に指示を出す立場だからか、シエルの動きによどみはない。
「選手交代。ここからは私達が相手をするわ」
エルシーのしなやかな柳の枝は蟷螂の斧をかいくぐる。
「鎌でまとめて薙ぎ払われるのが厄介なのと、複眼相手だと波状攻撃は捌かれるかもしれないので、複数方向から同時攻撃を狙えるように――好き嫌い以前に虫はちょっと相性悪いのよね……」
アリアはエルシーとナナンの立ち位置を確認して、すぐにフォローに回れるように位置取りに気を遣う。
牽制として、時間差の矢弾を打ち込むが対応が早い。
マグノリアの土人形とウィリアムのホムンクルスがオラクル達の盾になる。
前衛が近接する前に、ウィリアムは錬金術師の手技を駆使して炸裂属性を持った強毒を生み出し、カマキリにぶつけた。
胸部にぶつかり、殻を腐食させたその奥で、黒い何かがうごめいている。
「ぬめ――」
アリアの唇が、わなないた。
軽戦士の足が鈍れば、それは紙装甲のカモと言える。
複眼が、動きを止めたアリアの上に止まりかけるのに小さな影が割り込んだ。と思ったところに視界を全てふさぐ鉄の塊。
『ちみっこマーチャント』ナナン・皐月(CL3000240)のツヴァイハンダーは今日も馬鹿でかい。
「うわぁー!おっきいのだー! 何だか怪獣ちゃんみたいだねぇ! でも、気合いで負けないよぉ!」
目には目を。派には歯を。蟷螂の構えには蟷螂拳――的な構えを。いいのだ。心に正対する蟷螂が抱ければ、それは蟷螂拳なのだ。
「ナナンは前衛で皆を守るのだ!」
戦意がナナンを強くする。
「カマキリの弱点ってどこかしら? やっぱり腹部かな?」
エルシーはカマキリの注意がそれたのをいいことに側面に回り込んだ。
エルシーの構えから、アリアの目は見開かれた。だって、その技、私がアレンジした技で、何をどうしてどうなるか誰あろう私が一番よく知っているからこれから次の瞬間おこることを来年に引きずらないようにしようそうしよう。
速度を刃に変換して研ぎ澄ませ、対象を断ち割る疾風。
エルシーの赤い籠手から繰り出された拳に乗った風はカマキリの腹を割り、中からぎちぎちに詰まっていた黒い縄のような寄生虫が腹圧に押されて飛び出してくる。
オスカマキリは、寄生虫に操られ異常行動をとるだけの個体になり果てていたのだ。イブリース化しなければ、寄生虫のゴールである水辺に運ばされ、そこで溺れ死ぬ未来が待っていただろう。
「ビックリ――しちゃった」
目の前で飛び出してきた寄生虫の様子をもろに見たナナンはポロリとそう言った。
「気持ちで負けちゃったら戦いに勝てないのだ! どっかーん!」
声なき昆虫でなければショック死を免れない大ダメージだ。空虚なカマキリの腹腔に命の気配はない。
その復興が、ナナンの一撃ではじけ飛んだ。頭部と胸部だけになった異形の化け物。だが、虫はこときれない。腹部には生きていくのに不可欠なものはそれほど入っていない。
雄カマキリには、まだ鎌を振り回し、オラクルを攻撃し、どこかに飛び去る力はある。
折りたたまれていた羽根が腹の底に響くような振動を始めるのに、放心しかけていたアリアは脊髄反射だけで反応していた。
「え、ちょ!? アウトアウト、アウトーーー!!」
アリアの頭は動くことをやめなかった。近くの木の幹をけり、一番大きな枝に飛び移る。
「飛ぶのはなし。何だか分からないけど、街へは行かせません」
震える透明な羽根めがけて直射と曲射の二軌道の矢弾がそれぞれ発射される。
がほっがほっと、左右非対称に空いた大穴が10メートルの巨体の飛翔を許さない。
中途半端な高さからの落下が、さらにイブリーズを追い詰めた。
「もらった!」
エルシーの色々口に出せることも出せないことも全部乗せた今年の総決算的寸勁が、雄カマキリのギリギリカマキリとして機能している頭部にめり込む。
そのままぐしゃりと横倒しになり、体を支える足がねじれ飛ぶ。
マグノリアのスパルトイに寄生虫が絡みつく。
「まあ……全部倒すだけだけど……」
マグノリアがコツコツと寄生虫を氷漬けにしていく。何しろ寄生虫の数が多い。せめて、寄生虫をどうにかしないと。
ウィリアムもこの事態はある程度予測していた。
「私は見た事があるから大きくなったからといって、別にそこまでダメージは受けないが……見たくない人もいるだろうから」
ロングスピアで寄生虫を刺して回る。
「アリア。寄生虫は片付いたから。カマキリの方ならいけるだろう?」
「はい! 遅れを取り戻します!」
アリアは木から飛び降りた。
頭部を失ってなお、雄カマキリは無軌道に鎌を振り回し続けているのだ。完全に動けなくなるまでばらばらにするのが仕事だった。
●
人手のなさは魔法生物でカバー。火力の低さは手数でカバー。受けたダメージはホムンクルスの盾と手厚い回復でカバーだ。
安全なところで網をかぶせて来たというシエルも合流し、連携しながら巨大なカマキリを倒したころにはホムンクルスはとっくに消滅していた。
シエルによって保護されたメスカマキリが草の上に置かれる。
「何で、オスカマキリちゃんと戦おうって思ったのー??」
メスカマキリは、上肢をそろえ、首を左右にキトキトと動かす。
東の国ではその姿が礼拝しているようなので、オガミムシともいわれるそうだ。
「応えてくれてるのかな」
「かもしれませんねぇ」
マグノリアが、メスカマキリと視線を交わせるほど腰をかがめた。
「今迄イブリース化したオスを抑えてくれていて、ありがとう」
わずかの間の後、メスカマキリは羽根を震わせ、飛び立った。彼女には子孫を残す仕事がある。
「元気でね」
「なかなかの女傑ぶりだったな」
ウィリアムは、今回の一件を大喜びしそうな師に思いをはせる。
マグノリアが手を振る空は凍てついて黄昏色を帯びつつも、まだ十分青かった。