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【機神抹殺】泣き女と、泣く女

●
マデリン=ラッセルは、貴族階級の末子として生まれた。
姉達のように美しいわけでもなく、兄達のように賢いわけでもなく、故に期待される事もなく。それでも民の生活を守るという貴族としての責任感だけは、人一倍強かった。
その彼女もオラクルとして騎士団に入団してからというもの、めきめきと頭角を現した。幸いにも部下に恵まれ、まさに順風満帆といった所だ。ほんの少し前までは。
「ヘルメス様、非礼をお詫びします! ですが、私の! 私の部下達が……!」
八脚の移動都市と化したロンディアナは、歯車騎士団すらも喰らった。自分を庇い、飲み込まれていった部下の声が、今もマデリンの耳について離れない。
「ああ」
たかが分隊長の小娘ごときにも、ヘルメスは微笑んだ。そう、不敬などと騒ぎ立てる狭量な存在ではないのだ――マデリンが胸を撫で下ろしたのも束の間、ヘルメスは事も無げに返した。
「彼らならロンディアナの一部になっているけれど。それがどうかしたのかい?」
まるで世間話でもしているかのような気軽さだ。鈍器で殴られたような衝撃に立ち尽くす女に、ヘルメスは続ける。
「何やらバンシー達が泣いているようだ。果たして、彼女達は誰の死を嘆いているのかな?」
その時マデリンの脳裏に、ヘルメスが騎士達へと告げた言葉が蘇った。
『もし僕が死んだら、君達の権能は消えて融合した人達はこのまま苦しんで死ぬかもね?』
――ああそうだ、民を、部下を、守らねば。守るべき者達はロンディアナに融合していて、ならばロンディアナこそが守るべきもので。何が何でもヘルメス様をお守りせねば。
「いいえ、いいえ。ヘルメス様、バンシー達の嘆きは、私が。私が止めてご覧にいれましょう。誰も死なせません。私が守ります。私が、守らなきゃ」
ふらりと何処か覚束ない足取りで、マデリンはロンディアナの街を歩む。
「守らなきゃ、守らなきゃ。バンシー、あなたは誰の死を悲しんでいるの。ヘルメリアの国民は誰も死なないのよ、悲しむ必要はないの。ああ、もしかしてあなたたち、イ・ラプセルの奴らの死を嘆いているのではなくて? ああ、ああ! なんて優しいの!」
バンシー達は答えない。ただひたすらに、泣いている。
「ふふふ、あはは! 次はどうやって攻めてくるのかしら、自由騎士達は!」
部下を奪われた悔しさを、家族を囚われた不安を、己が信じる神への疑念を、全て打ち消すかのようにマデリンは笑う。
――笑っているにも関わらず、まるで泣き叫んでいるような悲痛な声が、夜の街に響き渡った。
●
敵地に文字通り『投入』される日が来るなどと、誰が想像していただろうか。
蛮勇か、諦観か、中には無理矢理連れて来られた者も居るだろう。この状況を楽しんでいる物好きも少なからず存在しているようだが、多くの者は『移動城砦を敵国の首都に射出する』などという作戦をを告げられた時には、耳を疑い、提案した者の正気を疑ったものだ。――立案者が彼女だと聞き、全て納得したのだが。
『Trust Me! 後方支援は任せろ!』
呵々と笑ったクレイジーな彼女を、今は信じるしかない。自分達が希望した援護は確か――
「総員、着地の衝撃に備えろ!」
誰かが叫び、身構える。ロンディアナ到達まであと、十、九、八――
マデリン=ラッセルは、貴族階級の末子として生まれた。
姉達のように美しいわけでもなく、兄達のように賢いわけでもなく、故に期待される事もなく。それでも民の生活を守るという貴族としての責任感だけは、人一倍強かった。
その彼女もオラクルとして騎士団に入団してからというもの、めきめきと頭角を現した。幸いにも部下に恵まれ、まさに順風満帆といった所だ。ほんの少し前までは。
「ヘルメス様、非礼をお詫びします! ですが、私の! 私の部下達が……!」
八脚の移動都市と化したロンディアナは、歯車騎士団すらも喰らった。自分を庇い、飲み込まれていった部下の声が、今もマデリンの耳について離れない。
「ああ」
たかが分隊長の小娘ごときにも、ヘルメスは微笑んだ。そう、不敬などと騒ぎ立てる狭量な存在ではないのだ――マデリンが胸を撫で下ろしたのも束の間、ヘルメスは事も無げに返した。
「彼らならロンディアナの一部になっているけれど。それがどうかしたのかい?」
まるで世間話でもしているかのような気軽さだ。鈍器で殴られたような衝撃に立ち尽くす女に、ヘルメスは続ける。
「何やらバンシー達が泣いているようだ。果たして、彼女達は誰の死を嘆いているのかな?」
その時マデリンの脳裏に、ヘルメスが騎士達へと告げた言葉が蘇った。
『もし僕が死んだら、君達の権能は消えて融合した人達はこのまま苦しんで死ぬかもね?』
――ああそうだ、民を、部下を、守らねば。守るべき者達はロンディアナに融合していて、ならばロンディアナこそが守るべきもので。何が何でもヘルメス様をお守りせねば。
「いいえ、いいえ。ヘルメス様、バンシー達の嘆きは、私が。私が止めてご覧にいれましょう。誰も死なせません。私が守ります。私が、守らなきゃ」
ふらりと何処か覚束ない足取りで、マデリンはロンディアナの街を歩む。
「守らなきゃ、守らなきゃ。バンシー、あなたは誰の死を悲しんでいるの。ヘルメリアの国民は誰も死なないのよ、悲しむ必要はないの。ああ、もしかしてあなたたち、イ・ラプセルの奴らの死を嘆いているのではなくて? ああ、ああ! なんて優しいの!」
バンシー達は答えない。ただひたすらに、泣いている。
「ふふふ、あはは! 次はどうやって攻めてくるのかしら、自由騎士達は!」
部下を奪われた悔しさを、家族を囚われた不安を、己が信じる神への疑念を、全て打ち消すかのようにマデリンは笑う。
――笑っているにも関わらず、まるで泣き叫んでいるような悲痛な声が、夜の街に響き渡った。
●
敵地に文字通り『投入』される日が来るなどと、誰が想像していただろうか。
蛮勇か、諦観か、中には無理矢理連れて来られた者も居るだろう。この状況を楽しんでいる物好きも少なからず存在しているようだが、多くの者は『移動城砦を敵国の首都に射出する』などという作戦をを告げられた時には、耳を疑い、提案した者の正気を疑ったものだ。――立案者が彼女だと聞き、全て納得したのだが。
『Trust Me! 後方支援は任せろ!』
呵々と笑ったクレイジーな彼女を、今は信じるしかない。自分達が希望した援護は確か――
「総員、着地の衝撃に備えろ!」
誰かが叫び、身構える。ロンディアナ到達まであと、十、九、八――
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.歯車騎士「マデリン=ラッセル」の撃破(生死不問)
2.融合種「バンシー」の撃破
2.融合種「バンシー」の撃破
いよいよヘルメリア戦も大詰めですね。宮下です。
今回はちょっとコメント長くなってしまい申し訳ないです。
●『ティダルト』からの支援
ティダルトは多くのギミックを搭載しており、各戦場に何らかの支援が可能となっております。
希望する援護を以下のA~Cより一つ選び、プレイングの何処かにアルファベットをご記入ください(どなたか一人書いて頂ければ大丈夫です)
記載が無かった場合や、複数選ばれた場合は【A】の援護を行います。
ティダルトのロンディアナ到着まであと少し時間がありますので、事前付与は一つくらいなら可能です。
【A】フィールド効果:フレイムエッグ
『ティダルト』からの支援攻撃です。弾丸を射出します。
6ターンの間、敵一体にランダムで【バーン2】を与えます。7ターン目に射出機が自爆します。
【B】フィールド効果:守れ、フランケン!
『ティダルト』からの支援です。メアリーが作った蒸気人形が皆を守ってくれます。
この戦いの間キャラのレベル×10点の追加HPが付与されます。この追加HPは回復できません。ダメージは追加HPから減少され、0になれば破壊されます。オーバーしたダメージはキャラが受けます。
【C】フィールド効果:偽エイト・ポーン
『ティダルト』からの支援です。先の戦いで鹵獲したプロメテウスの兵装をニコラが改造しました。
6ターンの間、敵全体のFBが5上昇します。7ターン目に自爆して壊れます。
●敵情報
歯車騎士×1
『蒸気騎士』(四等)マデリン=ラッセル
ノウブルの女性、重戦士。
蒸気機関のある特殊合金製の半月斧を装備しております。
「バッシュLv3」「ウォークライLv3」に加え、以下のスキルを使用します。
・ヴォーパルソード(ランク2)
近距離範囲、スクラッチ2、必殺、反動2
・クイーンオブハート(ランク2)
魔抗上昇、魔導耐性、浮遊、自分にグラビティ3T
(ヘルメスの権能により、戦闘開始時に付与スキルが使用可能)
バンシー×6
幻想種である「バンシー」が蒸気ラジヲと融合してしまいました。
蒸気ラジヲによって増幅された泣き声が広範囲に響いています。
・縋り付く
近距離単体、スロウ2
・泣き叫ぶ
全体、パラライズ1
●戦場
首都ロンディアナ市街地。
住民は大半が何かしらの無機物と融合しており、人の営みはありません。
時刻は夜ですが、戦闘に支障が無い程度の街明かりはあります。
----------------------------------------------------------------------
「この共通タグ【機神抹殺】依頼は、連動イベントのものになります。依頼が失敗した場合、『【機神抹殺】Dawn! 時代の夜明けの鐘が鳴る!』に軍勢が雪崩れ込みます」
----------------------------------------------------------------------
それではよろしくお願い致します。
今回はちょっとコメント長くなってしまい申し訳ないです。
●『ティダルト』からの支援
ティダルトは多くのギミックを搭載しており、各戦場に何らかの支援が可能となっております。
希望する援護を以下のA~Cより一つ選び、プレイングの何処かにアルファベットをご記入ください(どなたか一人書いて頂ければ大丈夫です)
記載が無かった場合や、複数選ばれた場合は【A】の援護を行います。
ティダルトのロンディアナ到着まであと少し時間がありますので、事前付与は一つくらいなら可能です。
【A】フィールド効果:フレイムエッグ
『ティダルト』からの支援攻撃です。弾丸を射出します。
6ターンの間、敵一体にランダムで【バーン2】を与えます。7ターン目に射出機が自爆します。
【B】フィールド効果:守れ、フランケン!
『ティダルト』からの支援です。メアリーが作った蒸気人形が皆を守ってくれます。
この戦いの間キャラのレベル×10点の追加HPが付与されます。この追加HPは回復できません。ダメージは追加HPから減少され、0になれば破壊されます。オーバーしたダメージはキャラが受けます。
【C】フィールド効果:偽エイト・ポーン
『ティダルト』からの支援です。先の戦いで鹵獲したプロメテウスの兵装をニコラが改造しました。
6ターンの間、敵全体のFBが5上昇します。7ターン目に自爆して壊れます。
●敵情報
歯車騎士×1
『蒸気騎士』(四等)マデリン=ラッセル
ノウブルの女性、重戦士。
蒸気機関のある特殊合金製の半月斧を装備しております。
「バッシュLv3」「ウォークライLv3」に加え、以下のスキルを使用します。
・ヴォーパルソード(ランク2)
近距離範囲、スクラッチ2、必殺、反動2
・クイーンオブハート(ランク2)
魔抗上昇、魔導耐性、浮遊、自分にグラビティ3T
(ヘルメスの権能により、戦闘開始時に付与スキルが使用可能)
バンシー×6
幻想種である「バンシー」が蒸気ラジヲと融合してしまいました。
蒸気ラジヲによって増幅された泣き声が広範囲に響いています。
・縋り付く
近距離単体、スロウ2
・泣き叫ぶ
全体、パラライズ1
●戦場
首都ロンディアナ市街地。
住民は大半が何かしらの無機物と融合しており、人の営みはありません。
時刻は夜ですが、戦闘に支障が無い程度の街明かりはあります。
----------------------------------------------------------------------
「この共通タグ【機神抹殺】依頼は、連動イベントのものになります。依頼が失敗した場合、『【機神抹殺】Dawn! 時代の夜明けの鐘が鳴る!』に軍勢が雪崩れ込みます」
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それではよろしくお願い致します。
状態
完了
完了
報酬マテリア
3個
7個
3個
3個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
6/8
6/8
公開日
2020年03月26日
2020年03月26日
†メイン参加者 6人†
●
ティダルトには今回の作戦に際してあらゆる強化が施されていた。とはいえ、元々が『射出』する事を想定した造りではない故に、中の者達はかつて経験した事のない重力に晒される事となる。
「待て、射出ってなん、うわぁあ?!」
敵国の首都に乗り込むとだけ伝えられ、その手段まで説明されなかったらしい『折れぬ傲槍』ボルカス・ギルトバーナー(CL3000092)の狼狽ぶりを見やり、『艶師』蔡 狼華(CL3000451)はころころと笑う。
「そろそろ覚悟決めなはれや」
「私はともかくメアリは繊細なんだ!」
彼の愛馬は躾の行き届いた軍馬なだけあり、急ごしらえの厩舎の中で静かに耐えている――が、淡い色をした睫毛をふるふると震わせていた。この状況下で泰然自若としている狼華の方が珍しいのだ。
「お喋りしとると舌噛むで!」
『カタクラフトダンサー』アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227)の忠告に誰もが口を噤み、『おうじょのともだち』海・西園寺(CL3000241)はうさぎのぬいぐるみをぎゅうと抱き締めた。
(「ロンディアナの住民の方達……」)
暗い窓の外に人工的な灯りがちらちらと見え始め、セアラ・ラングフォード(CL3000634)は眉根を寄せる。敵国とはいえ、今回のヘルメスの仕打ちは痛ましいと言うほかない。街が近付く。三、二、一。
ドン、と尋常ではない衝撃が走った。次いで、静寂。恋しい地上に降りたというのになかなか実感が湧かないのは、少しばかり平衡感覚がおかしくなっているせいだろうか。
「……も、もう『射出』はお断りしたいです……」
『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)の呟きに同意を示さない者は、ほとんど居なかった。
●
ロンディアナの街を行くと、不意に泣き声が聞こえた。酷く悲しげで、だというのに何処となく無機質な。
「来ます」
視線の先に敵影を捉え、セアラは注意を促すと共に温かな息吹を齎した。直後、吹き出す蒸気の音と共に迫る半月斧。
だが凶刃が彼女に届くよりも、アリシアの反応が僅かに速かった。ベキ、と金属の拉げる、音。
「……っ、ティダルトからの支援はありがたいわ」
セアラを守るべく滑り込んだアリシアを、更に庇うように蒸気人形が前に出ていた。人形に深々と突き刺さった長柄の武器を手前に引く一瞬の隙を突き、西園寺の大口径の銃が火を噴く。圧縮された気が弾丸に乗り、目の前の蒸気騎士、マデリンの外装を削る。
「ねえバンシー。本当に来たわ、自由騎士。殺されに! 来たの!」
対魔エーテル塗料というヴェールを剥ぎ取られた女が顔を上げた。蒸気鎧に覆われて表情こそわからないが、張り上げた声は悲鳴のようだった。
「こ、殺されに来たわけでは、ありませんからっ」
自由騎士は、機神を殺しに来たのだ。そう口にする代わりに編み上げたティルダの呪術は、地獄の第三円。しなやかに伸び、荊のように鋭く絡みつく。マデリンの後方から絶叫が響いた。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』
びりびりと空気を震わせた汚らしい泣き声に、狼華は微かに柳眉を顰める。空気を伝うダメージは傍らの蒸気人形が肩代わりしているが、音ばかりは嫌でも鼓膜に届いてしまう。
「ああ、ああ。これやから……」
――女は嫌いや。彼は口元に浮かべた笑みはそのままに、心の中で吐き捨てた。一気に距離を詰め、抜刀。斬り上げたバンシーの髪が散り、顔が露わになる。一見マスクを着けているようだが、よくよく見れば顔の下半分は蒸気ラジヲのスピーカーになっていた。
「部下を守ろうと奮起する騎士も泣く女も好んで戦いたい相手ではないが――こちらもイ・ラプセルの騎士として来ているのでな」
ノイズ混じりの泣き声を掻き消すように蹄を鳴らし、駆け寄ったメアリが狼華に群がるバンシー達を蹴散らす。ブォン。馬上で振るわれたボルカスの槍が、敵を威嚇するように低く唸った。
●
マデリンが薙いだ武器の軌道に合わせ、アリシアが滑るように動いた。致命打となるのを避けた彼女は半月斧が降り抜かれると同時に反撃に転じ、鋭い風が吹き荒ぶ。蒸気鎧に吹きつける風が、金属が擦れるような音を鳴らした。
「ヤな音やなぁ。……あっちも」
『ぅあああ、お゛お゛お゛』
幾度も上がる泣き声に呼応するように、隣の人形がぷすんと気の抜ける音を立てる。長くは持ちそうもない。
「悲しみがすごい突き刺さってくるようで、辛いわ」
「喜べば良いのよ、あなたたちの為に泣いてくれてるのだから」
「……っ」
西園寺はマデリンの言葉を否定するでもなく、ただ狙いを定める。敵国の国民の現状を憂い、敵である女騎士を想い、だからこそ武器を握る。
(「出来なかった自分が許せなくなる事は、西園寺にも沢山あって――」)
恐らくマデリンは自由騎士の死を信じる事で己を保っている。そう分析し、引き金を引いた。小気味よい音と共に、マデリンの顔を覆う瞼甲が歪んだ。
「うちらの為、なぁ? 泣いた所で何も変わらへんのに……」
――誰も帰っては来ぉへんのに。ぽつと呟いた狼華はさもおかしそうに笑うと、縋りつく泣き女達を見下ろし、科を作る。
「さぁ、お嬢さん方。泣いてはったら一世風靡のうちの舞、見失いますえ?」
腰を落とし、摺り足で一歩、そして反転。古典舞踊のような動きは緩慢なようでいて、縋る女を振り払い、しっかりと斬りつけていた。ひら、と扇のような軽やかさで二振りの刀が閃き、泣き女達が後ずさる。
「……ふん」
眉間に深い皺を刻んだのはボルカスだ。仲間を子供扱いすまいとわかってはいるが、狼華の諦観する姿勢は、十四歳のそれではない。
思う所が無いわけではないが、今はそれどころではないと小さくかぶりを振り、ボルカスは咆えた。
「バンシーの泣き声も、騎士の悲嘆も決して小さいものではないだろう。だが! 私の! 我々の! 前へ進むためのこの叫びは、お前らの嘆きになど決して負けんぞ!」
彼の解き放った気魄は、バンシー達を強かに打ち据えた。間断なく続く泣き声に、苦悶の声と悲鳴が混じる。
『あ゛あ゛あ゛ッ!』『い゛い゛やあああ゛!』
「きゃ……っ」
バンシーの欷泣する声が慟哭へと変わり、自由騎士達を襲った。酷い音割れに、少し離れた建物の窓ガラスまでもがガタガタと揺れる。スピーカーを介した事で声らしさは失われ、最早音の暴力だ。
荒れ狂う音に集中を乱されながらも、ティルダは杖を振るった。
「……被害が出るなら、た、倒さなきゃ、です」
対峙しているのは敵であると同時に機神の被害者とも思えて、些か心苦しくはある。それでも嘆きを止めてやりたい一心で、ティルダの呪縛はマデリンを捕らえた。
「取り除きます。しばしお待ちを……!」
素早く辺りに視線を巡らし、被害状況を確認したセアラは癒しを紡ぐ。人工的な明かりに満ちた街中に、柔らかな燐光が降り注ぐ。
『う゛ぅ……』
ほんの一瞬、自由騎士に齎された光を呆けたように見つめたバンシーが、くすんだ街並みの中に鮮やかな髪色を捉える。回復手を潰そうという戦略的なものか、それとも救いを求めてか。どちらにせよ、セアラを標的に定めた目だ。敵全体に気を配っていた西園寺は真っ先に気付き、銃口を向ける。ばす、と幾分低い発砲音。
「後衛には向かわせません」
――ドン。バンシーの足元で擲弾が炸裂し、石畳の破片を撒き散らした。灰色の砂塵が広がり、バンシー達の視界を遮る。
「余所見せんとくれやす」
すかさず狼華は嫣然と斬り込み、舞を披露する。砂煙の中から突然現れた少年にバンシーの反応は遅れ、立て続けに振るわれた匕首がより深く傷を刻む。
「あちらを気にしてるなんて、随分と余裕なのね?」
「く……ッ」
西園寺がバンシーに気を取られた僅かな隙を、マデリンは突いた。大振りな一撃は蒸気人形を破壊してもなお勢いを失う事なく、少女の華奢な体躯を殴りつける。
「海さんっ」
辛うじて踏み止まるも、西園寺は体勢を崩した。追撃されぬよう、入れ替わるようにアリシアが滑り込む。素早い足運びに生じた風はそのまま刃と化し、マデリンに吹きつけた。
「出し惜しみは無しや」
アクアディーネの恩恵があれば、心置きなく全力を出せる。アリシアの渾身の疾風刃を真っ向から喰らった蒸気鎧に、亀裂が入った。
「なんで」
割れた瞼甲の隙間から覗いたマデリンの目には、動揺が揺らいでいた。
「なんで、誰も死なないの。……バンシーが、泣いているのに」
「……死なせません。誰も」
そう宣言したセアラから、淡い魔力が立ち昇る。癒しの慈雨が、戦場に降る。
「わ、わたし達は、死にません」
(「それに、マデリンさんも生かしたい」)
神の気紛れに利用される様はただただ哀しいと、ティルダは救う術を模索しながら氷の棺を築いた。
(「様々な命を弄んでおいて、権能を盾に服従を強いるなんて……!」)
「まあ、敵には敵の言い分があるだろうし、我らが絶対の正義というわけでもない。それでも」
ごう、と一陣の風が通り過ぎた。
「押し通らせてもらうぞ。勝つのは、我々イ・ラプセルだ!」
力強く振り抜かれたボルカスの焚刑大槍の先で、泣き声が一つ消える。
●
『あ゛あ゛ぁ……』
幾度目かの哀哭が荒れ狂う。既に蒸気人形は全て鉄屑と化し、バンシーが声を発する度に脈打つような頭痛が自由騎士達を苛む。
その細い腕の何処にそのような力があるのか、バンシーは引き倒さんばかりに狼華にしがみついた。
「いい加減うんざりやわ、この不細工!」
泣き女達は陣形もへったくれもなく、ひたすら喚き、手の届きそうな者に縋りつくだけ。戦い方の見苦しさも相俟って、狼華の苛立ちは募るばかりだ。自身に掴みかかる女に、容赦なく刀を振り下ろす。
「酷い言い草ね」
「あんさんもや。気付いとるんやろ? その涙は仲間の為、国の為に流しとるもんやあらへん。全部自分の……」
「バンシーは! あなたたちの死を嘆いてるだけよ!」
半月斧が、蒸気の力を以て加速する。軌道上に居たアリシアは、運悪く手足に強い痺れを感じていた。――避け切れない。
重量のある斧刃に遠心力が加わり、ブレイドセイヴァー越しに衝撃が伝わる。骨が軋み、アリシアは歯を食いしばる。
「何が何でも! ここは乗り切るで!」
防御に徹したのが功を奏し、アリシアは耐えきった。セアラが綴るヒュギエイアの杯に加え、ボルカスが癒し手に回る。
「本職には遠く及ばんが、無いよりはマシだろう」
痛みが和らぎ、に、と口の端を上げて見せたアリシアに対し、マデリンは愕然とする。
「バンシーは……っ」
「認められへんのやなぁ……神に見放された自分を」
「違う! ヘルメス様は!」
いっそ哀れだとぼやいた狼華の言葉を否定しようと、マデリンは武器を振り回す。数の優位はいつの間にか覆され、表情に焦燥が浮かぶ。
「ヘルメス様は、見放すも何も、最初から……ッ」
ぽたり。マデリンの頬を一筋の雫が伝い、石畳に落ちた。
ヘルメスの愛はいつだって平等だ。道端の花にも、国民にも、等しく愛を向ける。――それは言い換えれば、戯れに毟られる雑草も人も同等という事で。
いかなる神であろうと、守らねば無辜の民が死ぬ。マデリンは自由騎士達に向き直り、対魔装甲を展開する。
「……西園寺は、この国の神様は嫌いですが、この国の人達は好きです」
問題は多々あれど、愚直なまでに真面目な人柄は不快ではない。確かに自分達はヘルメスを倒しに来たが、この国の人達を害したいわけではないのだ。西園寺は銃を握り締めながらも、どうすればマデリンの心を救えるか、言葉を選ぶ。
(「……神の恩恵と不利益と……」)
仲間に治療を施しながら、セアラは口を引き結んだ。生まれる国が違えば、今、目の前で暴れている蒸気騎士は自分だったかもしれない。
「アクアディーネ様がヘルメス神の権能を受け継ぐことができたら……、あるいは人機融合装置をどうにかできたら……!」
やってみなければわからない。だが、何もしないよりはずっと良い。救う手立ては無いか、セアラは思考を巡らせる。
「め、メアリーさん達が、融合してしまった人達を助ける研究もしている筈ですよね? か、確実ではないかもしれませんが……希望があるのなら、託してみてはどうでしょう……っ」
藍花晶の杖を振るいながら、ティルダも可能性を口にした。敵国の民を気遣う言葉の数々に、マデリンは困惑する。
「なん、で……ッ」
自分は自由騎士達を殺そうとしているのに。集中力を欠いたマデリンの懐に、風の刃を携えたアリシアが飛び込んだ。
「戦争やのにおかしい考えかもしれんけど。悪いんは、ヘルメリアの神様や!」
メキメキと音を立て、蒸気鎧の装甲の一部が剥がれる。風に煽られ、マデリンの身体が仰け反る。
ガゥ……ン。バランスを崩したマデリンの胸に、西園寺の弾丸が撃ち込まれた。弾は合金製のブレストプレートに阻まれて一旦は食い込むに留まったが、寸分違わぬ位置に二発目が撃ち込まれる。
「バンシー、私の為に泣いてくれていたの……?」
「いいや。バンシーなら、もう泣き止んだぞ」
仰向けに倒れたマデリンは、薄れゆく意識の中で、どうにか顔を横に向ける。そこにバンシーの姿は無く、彼女の目に映ったのは、ボルカスの足元で赤々と燃える炎だけだった。
●
「……生かしてどないすんの?」
西園寺の弾丸は蒸気鎧の動力部を破壊しただけで、マデリン自身にトドメを刺したわけではない。今は意識が無いだけで、いずれ目を覚ますだろう。
「まぁ、うちの知ったことやあらへんけど」
ロンディアナに取り込まれた人々を救えるか否か、まったくわからない状況だ。期待させるだけさせて、救えない可能性もあるのだ。死ねる時に死なせてやるのも情けだと思いながらも、狼華は「好きにするとええわ」と肩を竦めるだけだった。自由騎士達の度が過ぎた人の好さは、重々承知している。
「希望があれば……きっと、マデリンはまた、真っ直ぐ前を向けるから」
マデリンの怪我の様子を見ていた西園寺が立ち上がる。目を覚ました所で、蒸気の助けが無ければ二メートル近い合金のアーマーなど、枷のようなものだ。幸いティダルトからそう離れていない為、捕虜として彼女を回収して貰う事は可能だろう。
「へ、ヘルメスは、どうしてこんな事をするんでしょう」
ティルダは愍然たるロンディアナの状況に、目を伏せた。セアラも神のお考えには理解が及ばないと、首を振る。
「……イ・ラプセルの神がアクアディーネ様なのは幸運だったのかもしれませんね」
「……何故、今まではしなかったんでしょう?」
「わからん。直接聞きでもしない限りはな」
ボルカスはメアリの首回りを軽く叩き、背に跨った。目が合い、アリシアが頷く。
「ほな、行こか」
自由騎士達は、ヘルメスの下へと歩みを進める。夜はまだ明けない――
ティダルトには今回の作戦に際してあらゆる強化が施されていた。とはいえ、元々が『射出』する事を想定した造りではない故に、中の者達はかつて経験した事のない重力に晒される事となる。
「待て、射出ってなん、うわぁあ?!」
敵国の首都に乗り込むとだけ伝えられ、その手段まで説明されなかったらしい『折れぬ傲槍』ボルカス・ギルトバーナー(CL3000092)の狼狽ぶりを見やり、『艶師』蔡 狼華(CL3000451)はころころと笑う。
「そろそろ覚悟決めなはれや」
「私はともかくメアリは繊細なんだ!」
彼の愛馬は躾の行き届いた軍馬なだけあり、急ごしらえの厩舎の中で静かに耐えている――が、淡い色をした睫毛をふるふると震わせていた。この状況下で泰然自若としている狼華の方が珍しいのだ。
「お喋りしとると舌噛むで!」
『カタクラフトダンサー』アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227)の忠告に誰もが口を噤み、『おうじょのともだち』海・西園寺(CL3000241)はうさぎのぬいぐるみをぎゅうと抱き締めた。
(「ロンディアナの住民の方達……」)
暗い窓の外に人工的な灯りがちらちらと見え始め、セアラ・ラングフォード(CL3000634)は眉根を寄せる。敵国とはいえ、今回のヘルメスの仕打ちは痛ましいと言うほかない。街が近付く。三、二、一。
ドン、と尋常ではない衝撃が走った。次いで、静寂。恋しい地上に降りたというのになかなか実感が湧かないのは、少しばかり平衡感覚がおかしくなっているせいだろうか。
「……も、もう『射出』はお断りしたいです……」
『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)の呟きに同意を示さない者は、ほとんど居なかった。
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ロンディアナの街を行くと、不意に泣き声が聞こえた。酷く悲しげで、だというのに何処となく無機質な。
「来ます」
視線の先に敵影を捉え、セアラは注意を促すと共に温かな息吹を齎した。直後、吹き出す蒸気の音と共に迫る半月斧。
だが凶刃が彼女に届くよりも、アリシアの反応が僅かに速かった。ベキ、と金属の拉げる、音。
「……っ、ティダルトからの支援はありがたいわ」
セアラを守るべく滑り込んだアリシアを、更に庇うように蒸気人形が前に出ていた。人形に深々と突き刺さった長柄の武器を手前に引く一瞬の隙を突き、西園寺の大口径の銃が火を噴く。圧縮された気が弾丸に乗り、目の前の蒸気騎士、マデリンの外装を削る。
「ねえバンシー。本当に来たわ、自由騎士。殺されに! 来たの!」
対魔エーテル塗料というヴェールを剥ぎ取られた女が顔を上げた。蒸気鎧に覆われて表情こそわからないが、張り上げた声は悲鳴のようだった。
「こ、殺されに来たわけでは、ありませんからっ」
自由騎士は、機神を殺しに来たのだ。そう口にする代わりに編み上げたティルダの呪術は、地獄の第三円。しなやかに伸び、荊のように鋭く絡みつく。マデリンの後方から絶叫が響いた。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』
びりびりと空気を震わせた汚らしい泣き声に、狼華は微かに柳眉を顰める。空気を伝うダメージは傍らの蒸気人形が肩代わりしているが、音ばかりは嫌でも鼓膜に届いてしまう。
「ああ、ああ。これやから……」
――女は嫌いや。彼は口元に浮かべた笑みはそのままに、心の中で吐き捨てた。一気に距離を詰め、抜刀。斬り上げたバンシーの髪が散り、顔が露わになる。一見マスクを着けているようだが、よくよく見れば顔の下半分は蒸気ラジヲのスピーカーになっていた。
「部下を守ろうと奮起する騎士も泣く女も好んで戦いたい相手ではないが――こちらもイ・ラプセルの騎士として来ているのでな」
ノイズ混じりの泣き声を掻き消すように蹄を鳴らし、駆け寄ったメアリが狼華に群がるバンシー達を蹴散らす。ブォン。馬上で振るわれたボルカスの槍が、敵を威嚇するように低く唸った。
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マデリンが薙いだ武器の軌道に合わせ、アリシアが滑るように動いた。致命打となるのを避けた彼女は半月斧が降り抜かれると同時に反撃に転じ、鋭い風が吹き荒ぶ。蒸気鎧に吹きつける風が、金属が擦れるような音を鳴らした。
「ヤな音やなぁ。……あっちも」
『ぅあああ、お゛お゛お゛』
幾度も上がる泣き声に呼応するように、隣の人形がぷすんと気の抜ける音を立てる。長くは持ちそうもない。
「悲しみがすごい突き刺さってくるようで、辛いわ」
「喜べば良いのよ、あなたたちの為に泣いてくれてるのだから」
「……っ」
西園寺はマデリンの言葉を否定するでもなく、ただ狙いを定める。敵国の国民の現状を憂い、敵である女騎士を想い、だからこそ武器を握る。
(「出来なかった自分が許せなくなる事は、西園寺にも沢山あって――」)
恐らくマデリンは自由騎士の死を信じる事で己を保っている。そう分析し、引き金を引いた。小気味よい音と共に、マデリンの顔を覆う瞼甲が歪んだ。
「うちらの為、なぁ? 泣いた所で何も変わらへんのに……」
――誰も帰っては来ぉへんのに。ぽつと呟いた狼華はさもおかしそうに笑うと、縋りつく泣き女達を見下ろし、科を作る。
「さぁ、お嬢さん方。泣いてはったら一世風靡のうちの舞、見失いますえ?」
腰を落とし、摺り足で一歩、そして反転。古典舞踊のような動きは緩慢なようでいて、縋る女を振り払い、しっかりと斬りつけていた。ひら、と扇のような軽やかさで二振りの刀が閃き、泣き女達が後ずさる。
「……ふん」
眉間に深い皺を刻んだのはボルカスだ。仲間を子供扱いすまいとわかってはいるが、狼華の諦観する姿勢は、十四歳のそれではない。
思う所が無いわけではないが、今はそれどころではないと小さくかぶりを振り、ボルカスは咆えた。
「バンシーの泣き声も、騎士の悲嘆も決して小さいものではないだろう。だが! 私の! 我々の! 前へ進むためのこの叫びは、お前らの嘆きになど決して負けんぞ!」
彼の解き放った気魄は、バンシー達を強かに打ち据えた。間断なく続く泣き声に、苦悶の声と悲鳴が混じる。
『あ゛あ゛あ゛ッ!』『い゛い゛やあああ゛!』
「きゃ……っ」
バンシーの欷泣する声が慟哭へと変わり、自由騎士達を襲った。酷い音割れに、少し離れた建物の窓ガラスまでもがガタガタと揺れる。スピーカーを介した事で声らしさは失われ、最早音の暴力だ。
荒れ狂う音に集中を乱されながらも、ティルダは杖を振るった。
「……被害が出るなら、た、倒さなきゃ、です」
対峙しているのは敵であると同時に機神の被害者とも思えて、些か心苦しくはある。それでも嘆きを止めてやりたい一心で、ティルダの呪縛はマデリンを捕らえた。
「取り除きます。しばしお待ちを……!」
素早く辺りに視線を巡らし、被害状況を確認したセアラは癒しを紡ぐ。人工的な明かりに満ちた街中に、柔らかな燐光が降り注ぐ。
『う゛ぅ……』
ほんの一瞬、自由騎士に齎された光を呆けたように見つめたバンシーが、くすんだ街並みの中に鮮やかな髪色を捉える。回復手を潰そうという戦略的なものか、それとも救いを求めてか。どちらにせよ、セアラを標的に定めた目だ。敵全体に気を配っていた西園寺は真っ先に気付き、銃口を向ける。ばす、と幾分低い発砲音。
「後衛には向かわせません」
――ドン。バンシーの足元で擲弾が炸裂し、石畳の破片を撒き散らした。灰色の砂塵が広がり、バンシー達の視界を遮る。
「余所見せんとくれやす」
すかさず狼華は嫣然と斬り込み、舞を披露する。砂煙の中から突然現れた少年にバンシーの反応は遅れ、立て続けに振るわれた匕首がより深く傷を刻む。
「あちらを気にしてるなんて、随分と余裕なのね?」
「く……ッ」
西園寺がバンシーに気を取られた僅かな隙を、マデリンは突いた。大振りな一撃は蒸気人形を破壊してもなお勢いを失う事なく、少女の華奢な体躯を殴りつける。
「海さんっ」
辛うじて踏み止まるも、西園寺は体勢を崩した。追撃されぬよう、入れ替わるようにアリシアが滑り込む。素早い足運びに生じた風はそのまま刃と化し、マデリンに吹きつけた。
「出し惜しみは無しや」
アクアディーネの恩恵があれば、心置きなく全力を出せる。アリシアの渾身の疾風刃を真っ向から喰らった蒸気鎧に、亀裂が入った。
「なんで」
割れた瞼甲の隙間から覗いたマデリンの目には、動揺が揺らいでいた。
「なんで、誰も死なないの。……バンシーが、泣いているのに」
「……死なせません。誰も」
そう宣言したセアラから、淡い魔力が立ち昇る。癒しの慈雨が、戦場に降る。
「わ、わたし達は、死にません」
(「それに、マデリンさんも生かしたい」)
神の気紛れに利用される様はただただ哀しいと、ティルダは救う術を模索しながら氷の棺を築いた。
(「様々な命を弄んでおいて、権能を盾に服従を強いるなんて……!」)
「まあ、敵には敵の言い分があるだろうし、我らが絶対の正義というわけでもない。それでも」
ごう、と一陣の風が通り過ぎた。
「押し通らせてもらうぞ。勝つのは、我々イ・ラプセルだ!」
力強く振り抜かれたボルカスの焚刑大槍の先で、泣き声が一つ消える。
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『あ゛あ゛ぁ……』
幾度目かの哀哭が荒れ狂う。既に蒸気人形は全て鉄屑と化し、バンシーが声を発する度に脈打つような頭痛が自由騎士達を苛む。
その細い腕の何処にそのような力があるのか、バンシーは引き倒さんばかりに狼華にしがみついた。
「いい加減うんざりやわ、この不細工!」
泣き女達は陣形もへったくれもなく、ひたすら喚き、手の届きそうな者に縋りつくだけ。戦い方の見苦しさも相俟って、狼華の苛立ちは募るばかりだ。自身に掴みかかる女に、容赦なく刀を振り下ろす。
「酷い言い草ね」
「あんさんもや。気付いとるんやろ? その涙は仲間の為、国の為に流しとるもんやあらへん。全部自分の……」
「バンシーは! あなたたちの死を嘆いてるだけよ!」
半月斧が、蒸気の力を以て加速する。軌道上に居たアリシアは、運悪く手足に強い痺れを感じていた。――避け切れない。
重量のある斧刃に遠心力が加わり、ブレイドセイヴァー越しに衝撃が伝わる。骨が軋み、アリシアは歯を食いしばる。
「何が何でも! ここは乗り切るで!」
防御に徹したのが功を奏し、アリシアは耐えきった。セアラが綴るヒュギエイアの杯に加え、ボルカスが癒し手に回る。
「本職には遠く及ばんが、無いよりはマシだろう」
痛みが和らぎ、に、と口の端を上げて見せたアリシアに対し、マデリンは愕然とする。
「バンシーは……っ」
「認められへんのやなぁ……神に見放された自分を」
「違う! ヘルメス様は!」
いっそ哀れだとぼやいた狼華の言葉を否定しようと、マデリンは武器を振り回す。数の優位はいつの間にか覆され、表情に焦燥が浮かぶ。
「ヘルメス様は、見放すも何も、最初から……ッ」
ぽたり。マデリンの頬を一筋の雫が伝い、石畳に落ちた。
ヘルメスの愛はいつだって平等だ。道端の花にも、国民にも、等しく愛を向ける。――それは言い換えれば、戯れに毟られる雑草も人も同等という事で。
いかなる神であろうと、守らねば無辜の民が死ぬ。マデリンは自由騎士達に向き直り、対魔装甲を展開する。
「……西園寺は、この国の神様は嫌いですが、この国の人達は好きです」
問題は多々あれど、愚直なまでに真面目な人柄は不快ではない。確かに自分達はヘルメスを倒しに来たが、この国の人達を害したいわけではないのだ。西園寺は銃を握り締めながらも、どうすればマデリンの心を救えるか、言葉を選ぶ。
(「……神の恩恵と不利益と……」)
仲間に治療を施しながら、セアラは口を引き結んだ。生まれる国が違えば、今、目の前で暴れている蒸気騎士は自分だったかもしれない。
「アクアディーネ様がヘルメス神の権能を受け継ぐことができたら……、あるいは人機融合装置をどうにかできたら……!」
やってみなければわからない。だが、何もしないよりはずっと良い。救う手立ては無いか、セアラは思考を巡らせる。
「め、メアリーさん達が、融合してしまった人達を助ける研究もしている筈ですよね? か、確実ではないかもしれませんが……希望があるのなら、託してみてはどうでしょう……っ」
藍花晶の杖を振るいながら、ティルダも可能性を口にした。敵国の民を気遣う言葉の数々に、マデリンは困惑する。
「なん、で……ッ」
自分は自由騎士達を殺そうとしているのに。集中力を欠いたマデリンの懐に、風の刃を携えたアリシアが飛び込んだ。
「戦争やのにおかしい考えかもしれんけど。悪いんは、ヘルメリアの神様や!」
メキメキと音を立て、蒸気鎧の装甲の一部が剥がれる。風に煽られ、マデリンの身体が仰け反る。
ガゥ……ン。バランスを崩したマデリンの胸に、西園寺の弾丸が撃ち込まれた。弾は合金製のブレストプレートに阻まれて一旦は食い込むに留まったが、寸分違わぬ位置に二発目が撃ち込まれる。
「バンシー、私の為に泣いてくれていたの……?」
「いいや。バンシーなら、もう泣き止んだぞ」
仰向けに倒れたマデリンは、薄れゆく意識の中で、どうにか顔を横に向ける。そこにバンシーの姿は無く、彼女の目に映ったのは、ボルカスの足元で赤々と燃える炎だけだった。
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「……生かしてどないすんの?」
西園寺の弾丸は蒸気鎧の動力部を破壊しただけで、マデリン自身にトドメを刺したわけではない。今は意識が無いだけで、いずれ目を覚ますだろう。
「まぁ、うちの知ったことやあらへんけど」
ロンディアナに取り込まれた人々を救えるか否か、まったくわからない状況だ。期待させるだけさせて、救えない可能性もあるのだ。死ねる時に死なせてやるのも情けだと思いながらも、狼華は「好きにするとええわ」と肩を竦めるだけだった。自由騎士達の度が過ぎた人の好さは、重々承知している。
「希望があれば……きっと、マデリンはまた、真っ直ぐ前を向けるから」
マデリンの怪我の様子を見ていた西園寺が立ち上がる。目を覚ました所で、蒸気の助けが無ければ二メートル近い合金のアーマーなど、枷のようなものだ。幸いティダルトからそう離れていない為、捕虜として彼女を回収して貰う事は可能だろう。
「へ、ヘルメスは、どうしてこんな事をするんでしょう」
ティルダは愍然たるロンディアナの状況に、目を伏せた。セアラも神のお考えには理解が及ばないと、首を振る。
「……イ・ラプセルの神がアクアディーネ様なのは幸運だったのかもしれませんね」
「……何故、今まではしなかったんでしょう?」
「わからん。直接聞きでもしない限りはな」
ボルカスはメアリの首回りを軽く叩き、背に跨った。目が合い、アリシアが頷く。
「ほな、行こか」
自由騎士達は、ヘルメスの下へと歩みを進める。夜はまだ明けない――
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
MVP
†あとがき†
少ない人数で頑張ってくださっただけでなく、ロンディアナと融合している皆様を救う手立てまで色々と考えてくださり、文句なしの成功です。
きっとマデリンも立ち直ってくれるのではないかと思います。
素敵なプレイングをありがとうございました!
きっとマデリンも立ち直ってくれるのではないかと思います。
素敵なプレイングをありがとうございました!
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