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【狂機人間】殺人犯と殺戮者




 父母いずれかの肉体に、何らかの欠陥があったのか。
 そのような事は関係なく、起こってしまう事態であるのか。
 私の妻イレーナは、夫に遺伝的原因があると一方的に決めつけ、私をひたすら責め立てた。狂乱して罵詈雑言を吐き散らし、やがて自ら命を絶った。
 胎内より現われ出でた瞬間、母親が正気を失う。
 我が息子ジーベル・トルクは、そのような姿で生まれたのだ。
 妻の葬儀を、流れ作業の如く済ませた後。私は、何もかもがどうでも良くなっていた。
 趣味である蒸気鎧装の蒐集に、以降の人生の全てを捧げる。他の事は一切しない。私は、そういう気になりかけていた。
 それが出来なかったのは、妻の産み落とした醜悪な肉塊が、この世にこうして残っているからだ。
「誰が……」
 揺り籠の中で奇怪な呼吸音を発している生き物を、私ゲンフェノム・トルクは今、なす術もなく見下ろしている。
「こやつが、このまま育ったとして……誰が、人間と見てくれる……誰が、ノウブルと思ってくれる……」
「伯爵閣下……どう、なさいますか」
 リノック・ハザンが声をかけてくる。
 蒸気鎧装の蒐集を通じて知り合った技術者で、その縁で私が側近の地位に引き立てた。私情で人事を行う領主、それが私だ。
「今ならば、まだ……奥方が道連れになさった、という事に」
「……そうだな。我が息子ジーベル・トルクは、母イレーナと共に死んだ。王都へは、そのように話を通しておけ」
 揺り籠の中の肉塊を、私は抱き上げた。このまま床にでも叩き付ければ、今、私とリノックが企てた通りの話になる。
 私が、それをせずにいるのは何故か。
 親子の情、などでは断じてない。
 この私、ゲンフェノム・トルクという男は、蒸気鎧装に心も魂も奪われた痴れ者だ。
 わざと事故にでも遭って手足を失い、自慢の蒐集物を装着してキジンとなる。そんな妄想に日々この身を焦がす狂人なのだ。人間の父親らしい心など、あるわけがない。
 私は言った。
「リノックよ……私と共に、人の心を捨てる気はあるのか。なければ暇をやる。適当に金を持って失せろ」
「私は……伯爵閣下が、これからなさろうとしている事に、大いに興味があります」
 リノックは跪いた。
「それは、蒸気鎧装に関わる者であれば、避けて通れぬ道でもあります」
「……決まったぞ。我が息子よ、貴様の運命は今……」
 真っ当な脳髄があるのかどうかもわからぬ生き物に、私は語りかけていた。
「ノウブルには成れぬ肉塊……ならば、キジンとして生きるしかあるまい」


 あれから、15年が経った。
 15年の間、様々な実験開発を繰り返した。
 結果ジーベル・トルクは、自力で動く事の出来る身体をどうにか手に入れた。本人にとって、それが幸せであるのか。
 リノック・ハザンは思う。
 哀れみを催すほどに醜く不格好な、この鉄の怪物が、未来ある15歳の少年であるなどとは誰も信じないであろう。
 様々な不具合を、様々な後付けの装置で無理矢理に抑え込んできた結果が、この巨体である。
 この怪物を野晒しで放置しないために、領主オズワード・グラーク侯爵は、広大豪奢な城館の1区域を我々に貸与してくれた。
 我らの働きぶりを、その程度には認めてくれている、という事だ。
 そのオズワード侯爵が、本日はいくらか不満げである。
「今少し……忖度の出来る男かと思ったのだがな」
「ご容赦を。自由騎士団の行動が、迅速を極めておりまして」
 言い訳、にしては慇懃無礼である。
 悪びれる事なくゲンフェノム・トルクは、雇い主である領主と会話をしている。
「それに……侯爵閣下、貴方のお孫様ではありませんか」
「そなたも貴族であったのなら理解は出来よう。落とし胤は、混乱の元にしかならぬ……まあ良い。次の仕事をしてもらうぞ」
 人型の鉄屑、とも言えるジーベルの巨体。
 美麗なる全身甲冑にも似た、ゲンフェノムの長身。
 2人のキジンを気味悪げに見比べながら、オズワード侯は言った。
「……この地の犯罪者どもを捕え収監してある牢城を、そなた知っていよう?」
「ここから、そう遠くない山の近く。でしたな」
「そこで、囚人どもの暴動に近い事が起こっているらしい。詳しい事はわからぬ。調べ上げ、事に当たれ」
 面倒事は全てゲンフェノムに一任する、という事であろう。
 囚人たちを皆殺しにして事が片付くならば、それでも構わない。オズワード侯爵は、そう言っているのだ。
 このような仕事をこなす事でゲンフェノムは、子息ジーベルを守る、のみならず我ら技術者全員の生活の糧を、確保してくれているのだ。
 立ち去り行くオズワード侯を一礼し見送った後、ゲンフェノムはこちらを向いた。
 一連の動きが、生身の肉体の如く滑らかである。
 ジーベル、だけではない。大勢の人々に、我々は実験的なキジン化を施した。彼らの多くは今もはや生き残ってはいないだろう。
 数多くの命を肥やしに、我らは技術を磨いてきた。
 そしてゲンフェノム・トルクの、この完璧なる機体に辿り着いたのだ。
 我らの手による完璧なるキジンが、言った。
「……ジーベルは、動けるのか?」
「はっ……整備、滞りなく済んでおります」
 跪く技術者一堂を代表し、私が応える。
 ゲンフェノムが、ジーベルの不格好な装甲を軽く叩いた。
「……行こうか、我が子よ」


 生きるために、人を殺した。
 殺す事が生きる目的となるまで、それほど時間はかからなかった。
「へっへへへ……あのオラクルってえ連中はよぉ、バケモノみてえな力ぁ持ってやがるクセに人を殺しやがらねえ。見てて、つまんねーったらねえよ」
 デルキッド・バンディは笑いながら、牢城内の有り様を見渡した。
 囚人も番兵も差別なく、脳髄や臓物をぶちまけて横たわり、散乱している。
 死屍累々、と言って良いだろう。
「だからよぉお……俺が、殺しまくってやるのよ」
 血まみれの鉤爪を、デルキッドは長い舌で舐め回した。
 人体を切り裂く鉤爪を、獲得した。頭蓋骨を叩き割る怪力を、手に入れた。寄生虫の如く異形化した臓物を吐き伸ばし、遠距離から敵を噛みちぎる事も出来るようになった。
 これが、世に言うイブリース化というものであろう。
「殺す……ゲッヘヘヘヘヘ、殺しまくるぜぇええ……」
 1週間、人を殺さずにいると、気が狂いそうになる。
 30年以上、生きてきて培われた性分である。もはや変えられはしない。
 ふと見れば、イブリース化を起こしているのはデルキッド1人ではなかった。
 牢城内の広場、あちこちで屍が立ち上がりつつある。
 デルキッドが皆殺しにした、囚人たち番兵たち。
 全員ではないものの、部隊規模の人数が、デルキッドと同じようなものになり果てながら起き上がり、のたのたと歩き回る。生きた人間という獲物を求めてだ。
「ひゃはっ、ひゃっははははははは! こいつはいい、最高じゃねえかよお!」
 デルキッドは笑い、のけ反った。
「よォーしよしよし。てめえらもよぉ、俺と一緒に殺しまくろうじゃねえか。楽しい愉しい第二の人生の始まりだぜえぇえ!」
「……そして終わる。今すぐ、この場でな」
 声がした。軽やかな硬質の足音、石畳にめり込むような重い足音と共にだ。
「自由騎士団と言えど……貴様のような者を浄化して助けよう、などとは思うまい。ふふふ、まさかな」
 秀麗な金属製の長身と、動く鉄屑とも言うべき出来損ないの巨体。
 成功例・失敗作とはっきり分類出来る、2体のキジンが、そこにいた。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
シリーズシナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.イブリース(計15体)の撃破
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 シリーズシナリオを始めさせていただきます。
 全5話を予定しております。

 イ・ラプセル国内、とある牢城にて、収監されていた殺人犯がイブリースと化しました。
 他の囚人や番兵が大勢、これによって殺された挙句、還リビトとなり、牢城から溢れ出して人々を殺戮しようとしているところであります。
 まずは、これを止めて下さい。

 イブリース化した殺人犯デルキッド・バンディ(ノウブル、男、32歳)は、鉤爪による攻撃(攻近単)の他、怪物化した臓物を口から吐き出し伸ばしてきます(攻遠単または範、BSポイズン1)。

 還リビトの攻撃手段は、怪力による白兵戦(攻近単)のみ。
 これらは全方向から襲って来ます。牢城に突入した自由騎士団が、14体の還リビト(+デルキッド)による挟撃を受けたところで状況開始です。
 7体(全て前衛)の小部隊が2つ、前後から自由騎士団に攻撃を加えようとしております。
 デルキッドは前方の小部隊の後衛にいます。

 領主より派遣されたキジンの傭兵ゲンフェノム・トルク及びジーベル・トルクが、形としては自由騎士の皆様と共闘します。両名とも勝手に動いて勝手に戦います。
 彼らの目的は殲滅、すなわちデルキッドの殺害で、ゲンフェノムまたはジーベルの攻撃がとどめとなった場合に限り、デルキッドは浄化もされず普通に死亡します。
 この殺人犯を生かしたまま浄化するには、自由騎士団のどなたかに最後の一撃を加えていただく必要があります。
 浄化後も、ゲンフェノムがその時点で行動可能であれば、彼はデルキッドを殺そうとします。これを止めるには戦って負かすしかありません。
 ゲンフェノムの攻撃手段は銃撃(攻遠、単または範)及び格闘戦(攻近単)。ジーベルの攻撃手段は、巨体を駆使しての白兵戦(攻近、単または範)。両名とも前衛扱いとなります。
 ジーベルは、ゲンフェノムを常に味方ガードします。

 ジーベルには活動限界があり、状況開始から6ターン目で、行動可能であっても強制的に戦闘不能状態となります。この時点でデルキッド及び還リビトが全て倒されていたら、ゲンフェノムはジーベルを連れて退却します。1体でも生き残っていたら、それの排除を最優先に、ジーベルを味方ガードしながら戦います。
 デルキッドを浄化か殺害か、で揉めていてもゲンフェノムは引き下がります。彼らの退却を見逃すか否かは皆様次第であります。

 時間帯は昼、場所は牢城内の広場。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。


状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
12モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
8/8
公開日
2020年05月24日

†メイン参加者 8人†




 いくら何でも、もう少し上手いやりようはあったはずだ、と『機神殺し』ザルク・ミステル(CL3000067)は思う。
 後付けの装置を次々と足してゆく事で、不具合を修正……と言うより誤魔化してゆく。
 結果が、この不格好な巨体である。
 ジーベル・トルク。現在この場の自由騎士団と一応は共闘関係にある、キジンの傭兵2人組の片方である。
 その巨体が、蒸気を噴射しながら暴れた。金属塊そのものの豪腕が、群がる還リビトたちを殴り飛ばす。
「なるほど……パワーは申し分なし、か」
 殴り飛ばされ宙を舞うものたちを、左右の拳銃で狙撃しながら、ザルクは評価を下した。
 ジーベルの巨大な全身から、血飛沫の如く蒸気が噴出する。
 長くは保たない、と見ながらザルクは、ジーベルの装甲を軽く叩いた。
「……無理は、するなよ」
 かなり熱を持っている。放熱も、あまり上手くいっていないようだ。
「ありがとう、ジーベルを気遣って下さるのですね」
 もう1人のキジン傭兵が、言いながら大型のハンドガンを振り回しぶっ放す。銃撃の嵐が、還リビトたちを直撃する。荒々しいが狙いは正確だ。
 引き金を引きながら、ザルクは会話に応じてみた。
「……息子さん、なんだってな?」
 左右2丁の拳銃から、爆炎の弾幕が迸り、還リビトの群れを灼き払った。
「いかにも。様々な蒸気鎧装の実験台・研究材料となって、私にこの完璧なる身体をもたらしてくれた……愛しい愛しい、孝行息子ですよ」
 確かに完璧と呼べるほどに流麗な、まるで名工の手による全身甲冑の如き機体が、大型ハンドガンを構えたままザルクと背中合わせに立つ。
「私を……許せませんか?」
「ゲンフェノム・トルク、だったな。お前みたいな奴、ヘルメリアにも大勢いたよ。そいつらと比べても……お前、面倒くさいな」
「……貴方の、その機体。ヘルメリア製ですか。実に素晴らしい。解体し、色々と参考にしたいところです」
「……同じ言葉を、僕から君に贈ろう。ゲンフェノム・トルク」
 錬金術の魔導力を戦場全域に渦巻かせながら『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が言った。
「その完璧なる機体で、完璧ではない人の心を、君がどのように包み隠しているのか……実に興味深い。今すぐ解体したいほどに、ね」
「ふ……私に、人の心があるとでも?」
「あるから興味が尽きないのさ」
 還リビトの群れに弱体化の術式を施す一方で、味方全員の再生治癒力を強化する。今回のマグノリアは、目立たぬ支え役に徹するつもりのようであった。
「……俺も、貴様たちには大いに興味がある。同じキジンとして、な」
 凶暴に群れる還リビトたちの鉤爪や牙を、全身の装甲で受けながら『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)が言う。
「まずは、この連中を片付けるのが先決だがな……速攻だ。さあ、寄って来い亡者ども!」
 集中攻撃を受けつつ、アデルは身を屈め、床を殴った。前腕部のアームバンカーで、杭を打ち込んだ。
 空になった炸薬カートリッジが宙を舞い、石畳が砕け散り、そして気合いの波動が荒々しく広がって還リビトたちを吹っ飛ばす。
「あえて回避をせず、敵の攻撃を自身に集中させる……」
 ゲンフェノムもまた、アデルに興味を抱いたようであった。
「そうする事で、より多くの敵を反撃に巻き込む……と。何とも命知らずな」
「命を捨てるつもりはない。効率を重視しているだけだ」
「その戦い方にふさわしい強固な機体……欲しい、とは思いませんか。私の配下の技術者たちならば、造る事が出来ますよ」
「貴様を見ていれば、そいつらの腕はわかる。確かに、大したものだ……そのジーベルで散々、失敗を繰り返しながら腕を上げたのだろう」
 それに対する善悪の判断を、アデルは口にしない。
「強い身体は無論、欲しい……が、他人の世話になろうとは思わん」


 ミズヒトの青年の、青い髪が、黒く変色していた。まるで水にインクでも流し込んだかのように。
 黒い、禍々しい何かを体内で渦巻かせながら、魔剣士ルエ・アイドクレース(CL3000673)は斬りかかって行く。
 黒い、イブリースの瘴気にも似た炎をまとう剣が、還リビトの数体を灼き斬った。
 ルエがそのまま、燃え盛る剣に引きずられ倒れ込む。
 そこへ、還リビトの群れが襲いかかる。
 危ない、と『朽ちぬ信念』アダム・クランプトン(CL3000185)が思った時には、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)と『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が同時に動いていた。
 エルシーの鋭利な拳が、強靱な美脚が、真夏の日照と大時化を思わせる激しさで還リビトたちを叩きのめす。
 カノンの小さな身体が、逆立ちをしながら舞い上がり竜巻きと化した。長くはない両脚が、蒸気回転翼の如く宙を裂いて、還リビトの群れを蹴り飛ばす。
 着地したカノンが、ルエの細い身体を助け起こした。
「ルエちゃん、大丈夫?」
「……すんません、カノン先輩」
「カノン、でいいよ。それにしても無茶するねえ。何か毒、喰らっちゃってるんじゃない? これって」
「毒は平気です。マグノリアさんが、治してくれますから」
「過信をしてはいけない。僕はただ、君たちの持つ治癒力を少し高めているだけだよ」
 マグノリアが言った。
「魔剣士の呪法。戦闘能力の強化をもたらす代わりに、術者の肉体を毒で侵す……か。興味深い術式ではあるが、それもやはり過信するべきではないと思う」
 そこまでしてルエが戦う理由とは何なのか、とアダムは思う。
 自分が、生身の肉体をほぼ失ってまで戦い続けるのは、守るためだ。
 何を、守るのか。
「いけないお薬で、強くなるようなもん……ですかね」
 苦しげに微笑みながら、ルエが辛うじて自力で立つ。
「まあ手段なんかどうでもいいんです。とっとと強くなんないと……先輩方の足、引っ張るだけですから」
「魔剣士の呪法は、オラクルとして真っ当な戦闘技術だ。卑下する事はない」
 杖を振るい、氷の荊を操り、還リビトの群れを拘束しながら『石厳公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が言った。
「それはそれとして……急いで強くなろう、とは思わぬ方が良いな。戦って生き残る。それを繰り返しているうちに、戦う力などいつの間にか身に付いているものだ」
「何、強くなりたいんですかルエさん。そうですかあ」
「やめたまえシスター・エルシー。苦しむ者は僕で終わらせなければならない」
 そんな会話を聞き流しながらアダムは、この還リビトの軍勢を作り出した張本人を見据えた。
「何だ……何なんだよ、テメエらよぉおお……」
 氷の荊に縛られ切り裂かれながら暴れもがく、1体の怪物。還リビトではない、生きたままイブリース化した人間である。
 すなわち浄化し、助ける事が出来る。
「自由騎士かよ……オラクルかよ……こんなバケモノじみた力ぁ持ってやがるクセによぉ、何で人殺しまくらねえんだよおぉ……」
「せっかく手に入れた力、そんなのに使うなんて……もったいないじゃんよ」
 ルエが、続いてテオドールが言う。
「殺人犯デルキッド・バンディ……『バケモノじみた力』を獲得した気分は、如何か?」
 氷の荊が、イブリース化した殺人犯の肉体を、圧迫し凹ませながら穿ち裂いてゆく。
「……バケモノ、として相応の処分を受ける。その覚悟、貴卿はお持ちか?」
 デルキッドは答えず、叫んだ。悲鳴、あるいは怒号。その口から、絶叫と共に、おぞましいものが溢れ出す。
 怪物化した、臓物。それらが牙を剥きながら毒蛇の如く伸び、テオドールを、マグノリアを襲う。
 そして、アダムを直撃した。いくつもの牙が、装甲の隙間に突き刺さっている。毒が注入されるのをアダムは体感し、血を吐いた。
「君もまた……敵の攻撃を喰らう事が前提となる戦い方をするのだね。アダム」
 言葉と共にマグノリアが、魔導医療の光をキラキラとアダムに投げかけてくれる。
「僕たちのため、ではないと君は言うのだろうけど」
「……すまない、その通りだ」
 全てを守り、全てを救う。
 それはアダム個人の思いであって、わざわざ口に出す事ではない。
 何を、守るのか。
 まずは仲間を守る。そして。
「はい悪あがきは禁止です。絶対禁止、ぜつ☆きん! ですねっ」
 そんな事を言いながら、エルシーがデルキッドを狙って突進する。体当たり、であろうか。
 氷の荊に切り裂かれながらデルキッドは動き、還リビトの1体を盾にする。
 その盾に、エルシーは肩あるいは背中から激突して行った。衝撃が、還リビトを貫通し、デルキッドに叩き込まれる。
 倒れ伏したデルキッドが、吐き出した臓物をうねらせつつ悲鳴を漏らす。そんな様を晒しながらも、よたよたと立ち上がり逃げようとする。
 そこへ、獣が食らい付いた。アダムには、そう見えた。デルキッドの身体が、へし曲がっている。
 疾駆する狼の速度で、カノンが拳を叩き込んでいた。
「……終わってしまった、か」
 テオドールが見回す。
 還リビトは1体残らず、潰れたり砕けたりして原形を失っていた。
 へし曲がりつつ膝をついたデルキッドの身体は、今や臓物を吐く怪物の異形ではなく、貧相な人間の男の肉体である。膝をついたまま白目を剥き、意識を失っている。死んではいない。
 テオドールは息をついた。
「とっておきの秘術があったのだがな……」
「アレを披露するほどの相手じゃなかった、って事さ」
 ザルクが言った。
「死ぬまで踊る……正直、あれは拷問だ。勘弁してやれよ、テオドールの旦那」
「死ぬまで、は続かんよ」
 そんな会話をしながらザルクもテオドールも、ゲンフェノム・トルクの動きを牽制しているようであった。
「御協力……感謝いたしますよ。自由騎士の皆様」
 ゲンフェノムが、デルキッドに銃口を向けている。
 カノンが言った。
「……こちらこそ、一緒に戦ってくれてありがとう。もうお引き取りいただいて一向に構わないんだけど」
「私はね、許せないのですよ」
 ゲンフェノムは笑っている、のであろうか。
「真っ当な人の身体として生まれておきながら……人の道を、歩めない者。五体の揃った生身の肉体で、罪を犯す者……生かしては、おけぬ」
 ザルクが、警告も無しに引き金を引いた。左右2丁の拳銃が、ゲンフェノムに向かって烈火を噴く。
 ジーベル・トルクが、ゲンフェノムを庇った。不恰好な巨体に、ザルクの銃火が立て続けに突き刺さる。
 その時には、アデルが踏み込んでいた。ゲンフェノムの前方に回り込む形でだ。
 ジョルトランサーが、ゲンフェノムに突き刺さる……寸前で、ジーベルが動いた。ザルクの銃撃に穿たれ痙攣していた巨体が、よろめきながらゲンフェノムを突き飛ばしたのだ。
 ジョルトランサーが、ジーベルを直撃しつつ爆炎を噴射する。刺突と爆撃を同時に叩き込まれたジーベルが、後方に揺らぐ。
 その間。突き飛ばされたゲンフェノムが、軽やかに床を一転しつつも片膝立ちの姿勢を取り、引き金を引いていた。
 フルオートで迸った銃撃が、デルキッドを襲う。
 そして、飛び込んだアダムを直撃した。
 装甲の上から、銃弾の嵐が容赦なくめり込んでくる。アダムは吐血を噛み殺した。
 ゲンフェノムが息を呑む。
「そのような者が……貴方にとっては、身重の女性と同じ価値があると言うのですか」
「価値……そんなものは、関係ないよ……」
 言葉に合わせ、アダムの腕が轟音を発する。砲火を、迸らせる。
「守る……僕はね、それだけなんだ」
 迸った銃撃の嵐が、ゲンフェノムを直撃していた。
「ぐうっ……!」
 吹っ飛んだゲンフェノムが、石畳に激突し、よろりと立ち上がる。
 アダムもよろめき、ルエに支えられていた。
「……無茶するね、アダム先輩」
「そうかな……ところで先輩はよしてくれないか。年齢は君の方が」
「俺……こんな奴でも確かにね、私刑みたいなやり方で始末しちゃいけないとは思ってるよ」
 白目を剥いたまま、何やらうわ言を漏らしているデルキッドに、ルエが一瞥を投げる。
「だけどね……仲間や先輩方の命が危ないってなったら俺、こんな奴の命は優先しないよ」
「つまり俺たちは最低限、自分の命は守らなければいかんという事だ」
 アデルが言った。
「……程々に、しておけよ」
「君に言われてしまうか」
 アダムは苦笑した。そうしながらも油断なく、ゲンフェノムを見据える。
 銃を構えようとするゲンフェノムに、テオドールが言葉をかけた。
「……引き際だ。この場で貴卿のするべき事は、もはやない」
「何を……!」
「イブリースは全て斃した。この上、何をしようと言うのだ」
「殺人犯が許せませんか。まあ気持ちはわかりますが……殺すのは、駄目です」
 エルシーが、きっぱりと言う。
「犯罪者がイブリース化してもね、きっちり浄化してから法で裁く。それを徹底しないと……こいつはイブリースだから殺してもいい、なんて言って普通に人殺しをするような輩が必ず出て来ます。もういるかも知れませんけど」
「殺す……そのような者ども、全て殺す!」
「……まだわからないのか、ゲンフェノム・トルク」
 マグノリアが繊手をかざした。たおやかな五指が、冷気の煌めきを撒いている。
 それが、吹雪となって吹き荒れた。ゲンフェノム、ではなくジーベルに向かってだ。
 ゲンフェノムは、アダムと同じ事をしていた。
 ジーベルの眼前に、盾となって立ち塞がり、冷気の嵐を受けたのだ。
 ゲンフェノムは凍り付いた。氷の中に、閉じ込められていた。
 棺の形を成した氷塊が、砕け散る。
 自力で脱出をしながら、ゲンフェノムは倒れ込んでいた。
「……それが、君の心だ」
 マグノリアが告げる。
「完璧な機体をもってしても、隠しきる事の出来ない……ヒトの、心さ」
「私に……心など……」
「本当に面倒臭い奴だな、お前」
 言いつつザルクが、ジーベルの不格好な装甲を軽く叩く。
「見ろ、こいつはもう限界だ……連れて帰って、メンテナンスしてやれ」
「それが今、貴卿に出来る唯一の事だ」
 テオドールが、続いてカノンが言う。
「罪はね、法で裁かなきゃいけない。そこのデルキッドも……それに君もね。ゲンフェノム・トルク」
 言いながらカノンは、小さな身体でゲンフェノムの機体を抱き起こそうとする。
「それまでね、自分の罪ってものと向き合わなきゃ……ああもう、キジンの人ってやっぱり重たい」
「手伝うよ」
 ルエが、反対側からゲンフェノムを抱え支える。
 その支えを振り払い、ゲンフェノムは自力で立った。
「私の、罪……己の息子で実験を繰り返し、この完璧なる身体を獲得した……ふふ……是非とも、裁いて欲しいものですが」
「同じ事だ」
 アデルが言った。
「俺たちが、こうして機械の手足を普通に動かせる……それはな、普通に動かせない蒸気鎧装で散々苦しい思いをしたであろう先人たちのおかげさ」
「ジーベルみたいな奴は山ほどいる……その上に俺は、この身体で立っている」
 ザルクが、言葉を受け継ぐ。
「ゲンフェノム、お前にあれこれ言う資格が俺にはねえよ」
「贖罪の資格も……僕にはない……」
 血を吐きながら、アダムは呻いた。
「それでも……だからこそ……守りたいんだ」
「ふ……我らキジンは皆、生まれながらに罪を背負っている……というわけですか……」
 ゲンフェノムは微笑み、ジーベルの巨体を支えた。ジーベルは、歩く事くらいは出来るようであった。
 2人のキジンが、支え合いながら歩み去る。
 振り返りもせず、ゲンフェノムは言った。
「テオドール・ベルヴァルド伯爵……余計な事は、しないでいただきたい」
「……ケニー・レインの事かな」
「彼だけではない。このジーベルだけでもない……私が犠牲としてきた者たちに対しては、私が……償いを、しなければならないのだ。私が、私1人の力で……」
「私は、救えると思った相手に対しては出来る限りの事をする。貴卿の思い込みに関わりなく、な」
 テオドールが言い放つ。
 ゲンフェノムは応えず、どうやらまっすぐに歩けなくなり始めているジーベルを支え導きながら、立ち去って行く。
「……あんたは、贖罪がしたいのか」
 ルエが、言葉を投げた。
「自分のやらかした事に、耐えられないんだな。贖罪の真似事をして、自分を慰めようとしている。違うのか。あんた、もしかしたらここで俺たちに殺されて楽になろうとしてたんじゃないのか」
 ゲンフェノムは応えない。ジーベルと共に、牢城の広間を出たところである。
 見えぬ後ろ姿を、じっと見送りながら、ルエは言った。
「このデルキッドも……ここで死なせてやった方が幸せ、だったりしてね」
「なればこそよ。ここで楽にはさせん、法の裁きを受けていただく」
 テオドールが言った。
「裁きが滞っているようであれば……少しばかり、貴族らしい嫌な手を使わねばならぬか」
「結局は死刑、だとしても法律できっちり裁くっていう形は必要ですよね」
 言いつつエルシーが身を屈め、散乱する氷の破片の中から何かを拾い上げた。
 金属片だった。
「……はい、マグノリアさん。これが目的だったんでしょ?」
「お見通し、か。参ったね」
「何か、わかるといいですけどね」
 エルシーは目を閉じ、死者への祈りの印を結んだ。
 マグノリアの持つ金属片に、アデルが見入った。
「それは……ゲンフェノム・トルクの、装甲の破片か」
「あの強度と運動性能……解明の手がかりになれば、と思ってね。アデルは何かわかるかい」
「ふむ……」
 アデルは記憶を探っているようであった。
「昔……どこぞの戦場で、見た事がある。凄まじい切れ味を持つ、アマノホカリの刀剣……あの鋼に、似ている」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済