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井の中の盗賊少女、自由騎士を知らず




 ある日の港湾都市アデレード、夕暮れ時の安酒場にて。
「全く頭にくるわ! 見る目がないにも程がある!!」
 店の片隅にあるテーブルで、ノウブルの少女がぷりぷりと怒りながらシチューをかき込む。
 少女の服装はツギハギだらけで、お世辞にも洗練されているとは言えない。野暮ったい恰好とは対照的なやたら強気な剣幕が、周囲の酔客達には奇異な目で見られていた。
「そうねえ……」
 少女の対面には、頬杖をついたソラビトの女が座っている。どうやら田舎から出てきたばかりの少女の愚痴を、女が夕飯を奢ってやりながら聞いているようだ。
「あたしにかかれば、王宮やアクア神殿の宝物庫だって目じゃないわ! 父さんの日記に書かれていた秘伝の鍵開け術は世界一! それを証明しないといけないのに!!」
「あなたの腕前は確かに凄かったけど……」
 少女の言葉は、大げさではあるが嘘ではない。試しにと渡してみせた錠前を、ものの数秒で解いてみせた所を女も目の当たりにしている。
 その後もしばらく少女の怒りは続いたが、空腹が解消された事で徐々に収まっていった。
「……ありがとう、お姉さん。おかげで落ち着いたわ」
「良かった。で、これからどうするの?」
 礼を述べる少女の顔を、女が優しい視線で見つめる。
 このまま大人しく故郷に帰るなり、まっとうな働き口を見つけるなりしてくれれば――そう考える女に対し、少女が返した答えは遥か斜め上を行くものだった。
「まずは仕返しよ! あたしを追い返したブルフロッグ盗賊団のアジトに忍び込んで、奴らが盗んだお宝をぶんどってやるわ!!」
「ぶっ!?」
 女は飲んでいたワインを噴き出した。この少女の辞書には、『忍耐』や『慎重』という文字は存在しないらしい。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! あなた一人で行くつもりなの!?」
「そっか。言われてみれば、確かに人手があった方がいいわね。……そうだ!」
 改まった表情で、少女は女の顔を見つめた。
「お姉さんをただ者ではないと見込んで頼みがあるの。あたしに手を貸してくれるような『同業者』を紹介してくれない? 報酬は弾むから。ね、お願い!」
「あ、あなたねえ……」
 少女は女の事を、『名のある盗賊団の女親分』とでも思い込んでいるらしい。
 鼻息荒く、女の返答を待ち構える少女。その顔を見ている内に、女は頭痛がしてくるのを感じていた。


「――はあ、何だかどっと疲れたわ……」
 件の少女を宿屋に送り届け、ソラビトの女――『あたしにお任せ』バーバラ・キュプカー(nCL3000007)は酒場のカウンター席にぐったりと腰を下ろしていた。
 あの少女、クラリス・ウェルラーナのような手合いには慣れているつもりであったが、彼女はただの田舎娘ではなかった。
 凄腕鍵開け師であった父の技能を引き継いでいる事に加え、世間知らずで無鉄砲なあの性格。放置しておけば、とんでもないトラブルを引き起こす事になるだろう。
(しかも、ブルフロッグ盗賊団とはね。まさかあんな子からその話題が出るとは思わなかったわ)
 ブルフロッグ盗賊団は、先日アデレードに居を構える貿易商の屋敷に押し入ったならず者集団の名である。
(元々依頼は出そうとは思っていたから、丁度いいかもしれないわね。あの子の『お守り』まで任せる事になって申し訳ないけど……)
 盗賊団の捕縛と、盗賊少女の護衛。問題を一挙に解決できる策ではあるが、その分面倒も多くなるだろう。
 内心で密かに自由騎士に詫びながら、依頼の準備をすべく席を立つバーバラであった。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
正木 猫弥
■成功条件
1.ブルフロッグ盗賊団の捕縛。
2.クラリス・ウェルラーナの護衛。
3.盗品が保管されている場所の特定。
 はじめまして。
 この度ストーリーテラーに登録されました正木猫弥と申します。
 ドキドキの初シナリオ。それに相応しい――というのも変な表現ですが、私同様新たな世界に飛び込んだある少女のお話です。
 色々ツッコミどころの多い彼女ですが(笑)、世間について優しく教え導くもよし、キツイお灸をすえるもよし。
 是非ともお好きなやり方で、この盗賊少女と関わってあげてください。
 皆様のご参加、お待ちしています!


※以下は補足情報です。

【クラリス・ウェルラーナ】
 十数年前、闇の世界で名を轟かせた天才鍵開け師の父(故人)を持つ少女。
 鍵開けに天賦の才があり、その力を世界に知らしめようと故郷を飛び出してきた。実際に盗みを働いた経験はない。
 短気で無鉄砲な上に、これまで田舎の村を出た事がなかったため、世事に疎く非常に騙されやすい性格の持ち主。逃げ足も速い。

【ブルフロッグ盗賊団】
 かつてクラリスの父が所属していた盗賊団。
 三日前に押し込み強盗を成功させ、現在はアデレードにある隠れ家の一つに潜伏中。数日後にはアデレードの外に盗品を持ち出す計画を立てている。
 代替わりをしているため、クラリスの父について知っている者はいない。突然現れたクラリスの話は信用しなかったものの、取り逃がしてしまった事は気にしている。
 隠れ家に設置された鍵は、『ピッキングマン』の使用又はクラリスに任せる事で開ける事ができるものとする。
 盗賊の人数は計10名。バトルスタイルは雑多で、スキルはランク1のものを使用する。

【クラリスの計画】
 クラリスが村を出る前に立てていた計画一覧。
・ブルフロッグ盗賊団に入る→失敗
・見どころのある奴をスカウトする→?
・折を見て独立し、ウェルラーナ盗賊団を立ち上げる→?

状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
3モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
5/8
公開日
2021年02月02日

†メイン参加者 5人†




「~♪」
 その日、クラリス・ウェルラーナは朝から上機嫌であった。
 生まれ育った故郷を飛び出し、アデレードにたどり着いたのが昨日の事。当てにしていたブルフロッグ盗賊団に追い返された時は途方に暮れたが、まさかすぐ別の盗賊団の『女親分』と知り合えるとは思ってもみなかった。
(来てる、来てるわ! 流れが来てる!!)
 亡き父の偉大さを世に知らしめるためにも、このチャンスを逃すわけにはいかない。
「頑張れあたし! ウェルラーナ盗賊団への道のりは、ここから始まるのよ!」
 自分の頬を両手で叩き、緩みそうになる気持ちに喝を入れる。気合を入れ直したクラリスは、引き締まった表情のまま宿屋を後にしたのだった。


 合流場所の安酒場に現れたのは、いかにも垢抜けない感じの少女であった。
「あ、あなた達がバーバラさんの知り合いね? 今日はよろしくお願いするわ」
「ウェルス・ライヒトゥームだ。バーバラ嬢から話は聞いた。ブルフロッグ盗賊団のお宝を狙うそうだな」
 手短に挨拶を済ませた『ラスボス(HP50)』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が、早速会話の口火を切った。
 女親分こと『あたしにお任せ』バーバラ・キュプカー(nCL3000007)の手引きで、クラリスと接触する事になった自由騎士はウェルスを含む5名。全員が自己紹介を済ませた後で、飲食を交えながらブルフロッグ盗賊団の情報をクラリスから収集していく。
 話をすれば、聞いただけでは分からないその者の内面が見えてくるもの。こちらを盗賊だと思い込んでいる少女と言葉を交わす内に、自由騎士達は彼女の人となりを理解していく事となった。

(おーおー、肩肘張っちゃって)
 それが、『何やってんだよお父さん』ニコラス・モラル(CL3000453)がクラリスに抱いた印象だった。
「アナタ幾つ? 足は引っ張らないでね、お嬢さん」
「13才だけど文句ある? そういうあなたはちゃんと腕は立つのかしら?」
 オニヒトである天哉熾 ハル(CL3000678)の迫力ある美貌を前にしても、クラリスには臆した様子が見られない。年齢を考えれば大したものと言えるかもしれないが、舐められないよう気負っているだけなのはニコラスには見え見えである。
「ホントに頭にくるなら、力も技量も人望も圧倒してるトコ見せなきゃじゃん?」
「も、もも勿論よ!」
 会話をしていると、少しからかうだけでやる気満々に返してくるのは面白くはあるが――その勢いに中身が伴っていない事は明らかだ。
(まー、おじさんが過労死しない程度によろしく頼むわ)
 早口でまくし立てるクラリスを見ながら、内心で苦笑するニコラスであった。

 そんな調子であるから、クラリスからは簡単に情報を集める事ができた。
「クラリスさんのお父さんってどんな人だったんですか? 良かったら教えてください」
「父さんに興味があるの?」
 『祈りは歌にのせて』サーナ・フィレネ(CL3000681)に話を振られたクラリスが、嬉々として父親について語り始める。あらかじめヨウセイの羽根を消しておいたので、クラリスにはサーナが年の近いノウブルの少女に見えたのだろう。
 無口だが手先が器用で、クラリスが幼い時はガラクタからオモチャを作ってくれた事。
 クラリスが村を出たいと言った時には頑として認めなかった事。
 そして1年前に突然倒れ、あっけなく世を去った後。遺された日記を読んで、初めて父がその筋で名を知られた凄腕鍵開け師であったと知った事――。
(こんな戦争末期中に盗賊……とは思ったが。なるほどねぇ)
 少し離れた席から2人の会話を聞いていたウェルスは、クラリスの生い立ちについてある程度察する事ができた。
 商人であるウェルスをして、クラリスの故郷である村の名前は初めて聞くものであった。
 どうやらその村は、戦禍を逃れてきた人々で作られた隠れ里であるらしい。であるならば、父親が娘を村の外に出さなかった事も、その村で育ったクラリスが世間知らずになってしまった事も想像がつく。
「? ウェルス様どうかなさいました?」
 隣席でパスタを食べていた『サルーテ・コン・ラ・パスタ』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が、考え込んだ様子のウェルスに話しかけてきた。
「ああ……。クラリス嬢ちゃんの今後を考えていてな」
 勢いに任せて故郷を飛び出し、盗賊団に捕まりそうになり、仕返しにその盗賊団のお宝を盗もうと企む。
 クラリスが生きてこの場にいる事は、様々な幸運に恵まれた奇跡なのだろう。それがいつまでも続くとは、ウェルスにはとても思えないでいた。
「そうですね。盗賊になるという事は、場合によっては私達と対峙する事になるかもしれませんし」
「あ、いや。そういうつもりで言ったんじゃないんだが……」
 長考で張り詰めていたウェルスの気持ちが、アンジェリカの天然なリアクションによってほぐれていく。
「そういう事ではない……?」
 いたって真面目に答えたアンジェリカは、ウェルスの口の端に浮かんだ微笑に気付いて首を傾げた。


 かくして、クラリス・ウェルラーナへの聞き取りは滞りなく終了した。
 クラリスの――正確には父親の日記によれば、ブルフロッグ盗賊団の隠れ家はアデレードでも一際治安が悪い界隈にあるらしい。
 スラム街のとある廃屋を長年潜伏場所として利用しているとの事で、幸か不幸かクラリスが盗賊団の連中と接触できたのはそれが理由なのだろう。
 作戦会議(と本人は思っている)を終え、上機嫌で自由騎士達を隠れ家へ案内するクラリス。
 未来の盗賊団団長として威厳を見せようと意気込む彼女であったが、『手下』達の異様な手際の良さに戸惑う事になるのだった。

「9……いや、10人って所かしら?」
「……ああ。たいした数じゃないな」
(え? え? 何してるの?)
 偵察のために忍び込んだ、隠れ家近くの別の廃屋。
 早速作戦の指揮を取ろうとしていたクラリスは、奇妙なモノクルを使い始めたハルの姿に目を丸くしていた。
 どうやらあのモノクルには、敵の位置や数が大まかに分かる機能が備わっているようだ。しかし、顔に何も付けていないウェルスまで気配を探れているのは何故だろうか?
「失礼します!」
「こ、今度は何!?」
 困惑するクラリスをよそに、ハルの手配した『衛生部隊』と『歩兵隊』が廃屋に現れる。
「衛生部隊はここで待機。歩兵隊はアタシ達と一緒に来てもらうわ」
「ちょ、ちょっと! あなた達以外に人が来るなんて聞いてないわよ!!」
 思わず抗議の声を上げるクラリスだったが、対するハルの言葉は厳しいものだった。
「邪魔だから引っ込んでて。アナタだって、自分の仕事にチャチャ入れられたら気に食わないでしょう?」
「な……何よその言い方!」
「まーまー」
 ハルに食ってかかるクラリスをなだめようと、ニコラスが二人の間に割って入る。
「この作戦の要は嬢ちゃんだ。万一があったらまずいから、ここはおじさん達に任せてくれって事さ」
「そ……そう? なら仕方ないわね!」
 『要』と言われたのがよっぽど嬉しかったのだろう。あっさり丸め込まれたクラリスが、腕組みをしながら自由騎士達の様子を見守り始める。
(やれやれ……)
 クラリスに見えないようにしながら、ニコラスがこっそりため息をつく。
 ニコラスの『お守り』のおかげで、直前の準備はクラリスの余計な口出しを受ける事なく完了したのだった。


 日が沈み、アデレードのスラム街に夜の帳が下りた頃。
「――はい、開いたわよ」
瞬く間に外してみせた錠前を、クラリスが得意気に見せびらかした。
「わ、凄い!」
「お見事です。クラリス様の鍵開けの力量は本物のようですね」
「そ、そう? えへへ……」
 サーナとアンジェリカに褒められたクラリスの相好が崩れる。
 浮浪者が入り込まないようにするためなのだろう。一見廃屋でありながら、ブルフロッグ盗賊団の隠れ家は容易に侵入できない造りになっていた。
 高い塀に囲まれている上に、窓には分厚い板が打ち付けられている。扉に掛けられていた錠前もかなり大きく、本来なら簡単に開けられるはずはないのだが――クラリスの技量の前には無力のようだ。
「じゃあ行くわよ! 皆あたしについて……きて……?」
 扉に手をかけ、意気揚々と後ろを振り返ったクラリスは、予想外の光景に絶句する事になった。
「では、頑張りましょう!」
 それまで丸腰であったはずのアンジェリカが、マキナ=ギアから『断罪と救済の十字架』を取り出した。怪奇現象は一人だけにとどまらず、他の仲間達もどこからともなく各自の得物を出現させていく。
「なっ!? な……な……?」
「……悪いが、今は大人しく付いてきてもらうぞ。授業料はたっぷり支払ってもらうぜぇ」
 クラリスの肩に手を乗せたウェルスが、有無を言わせない迫力でクラリスを室内へと促した。


 最初に自由騎士達の侵入に気付いたのは、たまたま入り口近くの席で船を漕いでいた盗賊団の1人だった。
「さあ、ビシバシ行きますよ!」
「な、なんだぁテメぐぼっ!?」
 間違えて酒瓶を持たなかっただけまし、という程度の動きで、獣の本能を解放したアンジェリカに太刀打ちできるはずもない。
 アンジェリが放つ『駆け穿つ黄金の閃撃』が、腰かけていた椅子もろとも盗賊を散々に叩きのめした。
 怒涛の6連撃に耐え切れなかった椅子とテーブルが粉々に砕かれ、周囲に騒々しい破壊音をまき散らす。すると、物音を聞きつけた仲間の盗賊が武器を手に駆けつけてきた。
「ちっ、ついてねえ! 何で自由騎士が!?」
 混乱した男達が、数と地の利を生かせないまま戦闘に突入する。
 開始早々戦いの主導権を握った自由騎士達は、勢いそのままに烏合の衆と化した盗賊団を追い詰めていった。

「くそ、ひらひら避けやがって!」
 巨漢の盗賊が必死に大剣を振り回しても、エストックを構えるサーナにはかすりもしない。『ラピッドジーン』で高められたサーナの速さは、もはやこの重戦士の手に負えない域に達している。
「たあっ!」
 剣戟の隙を突いて、サーナが『バトリングラム』を盗賊に繰り出した。
「ぐわっ!」
 切っ先に力を込めた渾身の突きが、盗賊の盾と鎧を、そしてその身体をも容易く貫いて動きを止める。
「ひ、ひい……」
「歯ごたえのない連中ねえ。ホラ、もうちょっと気張りなさいな」
 仲間の力自慢をあっさり倒され、盗賊達の間に動揺が広がる。その隙を見逃さなかったハルが、一瞬の内に手近な軽戦士達との距離を詰めた。
「ぎゃあ!」
「ぐえっ!」
 運の悪い盗賊2人が、たちまちの内にハルの『ジュデッカ』の餌食となった。 『倭刀・忠兵衛』の薙ぎ払いで意識を刈り取られ、なす術もなく地面へと倒れていく。
(あの子! 全く、チョロチョロと……!)
 残敵を確認しようと、室内の様子を見渡すハル。すると、いつの間にか護衛の歩兵隊から離れて動き回っているクラリスに気付いて顔をしかめた。
 無知ゆえか、それとも元からの性格か。自分達がマキナ=ギアから武器を取り出した時は驚いていたものの、実際の戦闘にはさほど恐怖を感じていないらしい。
(自由騎士って何なのよ!? は、早く宝の部屋を見つけないと!)
 一方のクラリスにも、そうしなければならない彼女なりの理由があった。
 世間知らずの彼女とはいえ、『自由騎士』が盗賊を取り締まる側の存在である事は想像がつく。
 このままでは、いずれ自分は捕まる事になる。そうなる前に宝を見つけて逃げ出そうと企むクラリスに、盗賊団のガンナーが銃口を向けた。そして。
「わっ!?」
 鳴り響いた銃声と、突然目の前に現れた大きな背中に驚いたクラリスが声を上げた。
「……ふう、抜け目のない嬢ちゃんだ」
 クラリスの前に立ちはだかったウェルスが、一瞬とはいえ自分達を出し抜いてみせた背後の少女に鋭い視線を向ける。
 ハルが『影狼』を飛ばしてガンナーを倒したので、弾丸は明後日の方向へ飛んで行き事なきを得た。しかし、この少女の護衛は予想以上に骨が折れる。
「いざとなればおじさんが治してあげるけどさ。ドンパチが終わるまでじっとした方が良いと思うなあ」
「う……分かったわよ」
 ニコラスにやんわり注意され、流石に懲りたクラリスはようやく指示に従うようになった。


 その後は大した波乱もなく、ブルフロッグ盗賊団の捕縛は負傷者を1人も出す事なく完了した。
「ニコラス様、出番ですよ」
「あれ、もう終わっちゃった?」
 アンジェリカに呼ばれたニコラスは、退屈しのぎに出していた『ヤックス』を消して『盗賊の簀巻き』へと歩み寄った。
 アンジェリカの手による簀巻きは計10個。お宝の場所を聞き出すためにも、その中身には口を利ける程度は回復してもらう必要がある。
「ぶべっ!?」
「ほら、起きて下さい。ちょっとよろしいですか?」
 強烈なビンタで意識を取り戻した盗賊が、にこやかに微笑むアンジェリカを涙目で見つめる。
 戦闘時の傷はニコラスが治してしまっている。再び気絶できない己の不幸を呪いながら、盗賊はアンジェリカの聞き取りに『協力』する羽目になるのだった。

 聞き取りの一方、廃屋内の調査も着実に進んでいた。
「お、これは……?」
 床板が不自然に剥がれた場所に気付いたウェルスが、その下から重たそうな鉄の扉を見つけ出した。
 鉄扉には厳重に鍵がかけられている。盗賊少女の腕の見せ所だが、当の本人はとてもそうは思えないようだ。
「クラリスさん、鍵開けをお願いできませんか?」
「………………」
 サーナにそうお願いされても、クラリスはむっすりと口をつぐんだまま動こうとしない。
「早く開けなさい。それがアナタの仕事でしょう?」
「ふ……ふざけんじゃないわよ!!」
 ハルの言葉に激昂したクラリスが、勢いに任せて怒鳴り散らす。
「あたしは盗賊、カルロス・ウェルラーナの娘よ! 自由騎士だか何だか知らないけど、あんた達に協力する位なら死んだほうがましよ!!」
 その叫びは、クラリスなりの矜持を示したものではあった。しかし、そんな薄っぺらなものが通用するほど目の前の自由騎士達は甘くはなかったのである。
「本当バカみたい。アナタは自分のやっている事の意味が分かっているの?」
 ハルの厳しい叱責が、クラリスの虚勢を容赦なく打ち砕いていく。
「くっ!? こ、この――」
「お父さんが裏社会から足を洗ったのって、アナタの為でしょう? 折角汚れた仕事からおさらばしたのに、アナタが同じ道を進んでどうするの!」
「………………」
 ぐうの音も出ないクラリスの瞳からは、いつしか涙がとめどなく流れていた。
「どうしても盗賊になりたいなら私は止めません。それがクラリスさん自身の選択なら」
「おじさんも同じく。でも、止めといた方がいいというのが元本職としてもアドバイスかな」
 サーナが、ニコラスが、それぞれの想いを込めてクラリスに語りかける。
 自由騎士達の言葉と立ち居振る舞いからは、己の信じるもののために道を貫くという覚悟が垣間見える。自分にはそんなものが何もない事を、クラリスは思い知らされたのだった。
「改めて聞くわ。アナタの出来る事って何?」
「あたしの……あたしの出来る、事は……」
 ハルの叱咤に突き動かされるようにして、うつむいていた顔を上げるクラリス。
 必死で涙を拭いた彼女は、自由騎士達に見守られながら鉄扉へと向かった。


「――あれ、クラリス嬢ちゃん達は?」
 翌日。
 盗賊団と財宝の引き渡しを終え、今回の依頼の拠点としていた安酒場に戻ってきたウェルスは、ニコラス以外の仲間達が出払っている事に気付いた。
「飯食いに行ってるよ。近くに美味しいパスタを出す店があるんだと」
 依頼を終えた直後のクラリスは流石に警戒していたが、どんなに逃げてもハルに捕まってしまう事を理解した後は大人しくなった。
 彼女の身の振り方は悩みの種だが、腹が膨れれば前向きな考えが生まれるものだ。
 アンジェリカのお墨付きであれば味は絶品だろうし、ウェルスの『真っ当な鍵屋で働く』という提案を聞いてくれるかもしれない。
「そういや、さっきは嬢ちゃんにずっと絡まれてたな。何の話をしてたんだ?」
「大した事じゃないさ。『盗賊をするには肝心なモノを持ってない』っていったら、教えろってしつこくてな。ま、教えなかったけど」
 盗賊への未練はまだ残っているらしく、ニコラスが元盗賊と知ったクラリスの質問攻めは激しかった。
「あれだけの技能があればやれる事はいくらでもあるさ。まだ若いんだしな」
「それはそうだが……その鍵はどうしたんだ?」
 手近なカウンター席に腰を下ろしたウェルスは、苦笑いを浮かべるニコラスが1本の鍵を持っている事に気付いた。
「ああこれ? 例の隠し部屋の鍵。盗賊の1人が持ってたの見つけたんだった」
「おいおい! ……でも、まあいいか。あの扉を開けたおかげで、嬢ちゃんの心境にも変化があったみたいだしな」
 盗み以外の自分の力の使い道。それを学べた事は、あの少女の大きな転換点になるのかもしれない。
(犯罪をもみ消すための、権力を持ったコネ。そんなもんに関わらずに済むのが一番だぜ、嬢ちゃん)
 内心でそう独り言ちながら、ニコラスは酒場の窓から手にした鍵を放り投げる。
 日の光を浴びて鈍く輝いたその鍵は、綺麗な放物線を描いてどぶ川へと飛んでいき、ぽちゃりと小さな水音を立てたのだった。

†シナリオ結果†

大成功

†詳細†

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