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【巨神の村】眠れる神に呼びかける




 赤鬼が、踊っていた。アマノホカリに捧げる神楽舞か。
 おどろおどろしい楽の音が、聞こえるかのようである。
 実際に聞こえて来るのは、怒号と悲鳴と命乞いであった。
 怒号を張り上げ、赤鬼に斬り掛かって行った浪人者が、血飛沫を噴いて悲鳴を上げる。
 平伏し、命乞いをする浪人者の首を、赤鬼が蹴足で踏み折る。
 抜き身の大小を握る両手は斬撃の旋風を吹かせ、踏み込む足は容易に人体を破壊する。それはまさに死の神楽舞であった。
 志乃は、思わず見入った。悪夢が、悪夢によって粉砕されてゆく。そう思った。
 両親が、大太郎様の社に志乃を置き去りにした。それが、まず第一の悪夢である。
 志乃だけではない。大太郎様への生贄として集められた子供たちは、実は大太郎様ではなく教祖・金森幻龍への生贄であった。
 社の大広間で、志乃も他の子供たちも、生贄の扱いを受けようとしていた。幻龍と、その私兵である浪人者たちによって。
 さらなる悪夢が、始まるところであった。
 そこへ、赤鬼がやって来たのだ。
「金森幻龍殿は、いずれか」
 赤鬼が言った。
 返り血にまみれた、オニヒトの侍であった。
 金森幻龍は返事をせず、でっぷり肥えた身体を震わせ青ざめている。志乃を、寝床に引きずり込もうとしていたところである。
 赤鬼が、のしのしと歩み迫って来る。
「斬滅奉行、帯刀作左衛門と申す。宇羅幕府は常時人手不足ゆえ、裁きは省略。斬首を執り行う」
「ひぃ……お、おおおお待ち下さい御奉行様! 差し上げます、私めが貯め込んだもの全て差し上げますゆえ命だけは! どうかお許しを」
 そこで幻龍の声帯は断ち切られた。首が、高々と宙を舞っていた。
「おぬしらを捨てた親御のもとへ戻るのは辛かろうが、どうか耐えてくれぬか」
 怯える子供たちに向かって、帯刀作左衛門は言った。
「愚かな親を見て育て。こうはならぬ、と思い定め……立派な大人に、なってくれい」


 あれから3年。志乃は、11歳になった。
 3年前の両親からの仕打ちに関しては、もはや思うところはない。今は、そんなものを引きずっている場合ではなかった。
「何……言ってるの? お父ちゃんも、お母ちゃんも……」
 両親が、とんでもない事を言い出したのだ。
「出来るわけないじゃない、そんな事……」
「お前がやらないと駄目なんだよ、お志乃」
 父が言った。
「生贄のお前が逃げ帰って来たせいで、大太郎様はお怒りだ」
「……私らが、苦しんでるんだよ。このバカ娘、お前のせいで!」
 母が、志乃の髪を掴んだ。
「いいから。あの幕府の鬼侍を、殺しておいで。そうしたら母さんがね、大太郎様に取りなしてあげる。お志乃をお許し下さいってねえ」
「痛いよ! やめて、お母ちゃん!」
 帯刀作左衛門は今、村長たちと話し込んでいる。
 村人たちにとっては、教祖・金森幻龍の仇である。
「やるんだよバカ娘! お前のせいで、この村は今! 大太郎様に見放されかけているんだから!」
 母が、志乃の髪を掴んで揺さぶった。
「お前なら、あのバケモノ侍も油断する。ほら、これで刺しといで。幻龍様の仇を討つんだよ」
 包丁の柄を、母が押し付けて来る。
 志乃は、それを握らなかった。
「お母ちゃんもお父ちゃんも、おかしいよ! 大太郎様のせいで皆、おかしくなっちゃったよ!」
「お前、大太郎様に何という無礼を!」
 父が、志乃の顔面に平手を叩き付けた。
「大太郎様はな! 宇羅の鬼どもから、わしらを救って下さるんだぞ!」
「鬼の人たちは何にも悪くない! 帯刀様は、あたしたちを助けてくれた!」
「ああ何て事だい。鬼の味方する奴が出ちまったよ……」
 母が、包丁の柄ではなく刃の方を向けてきた。
「大太郎様、お許し下さい……このバカ娘には、死んでお詫びさせますから……どうか」
『はいっ、大太郎様から伝言だよー』
 言葉と共に、家が壊れた。
 屋根が、壁が、引き剥がされていた。巨大な、鋼の五指によって。
『まずは、お前らが死んで詫びろと。バカに生きる資格なしと』
 巨漢であった。鋼の全身甲冑が、重そうな様子もなく軽快に動いている。
 その巨大な手が、志乃の両親を物のように掴んだ。右手に父親、左手に母親。
 凄惨な音が、響いた。
 鋼の巨人の両手から、大量の血が滴り落ちた。志乃は悲鳴を上げた。
「いっ、いやああああああああああああ! お父ちゃん! お母ちゃん!」
『お前うるさいよ。バカ親が死んで嬉しいのはわかるけどさ、もうちょっと静かに騒げって』
 血まみれの人体を2つ、巨人は無造作に放り捨てた。
「いやまあ死んでないんだけどね。帯刀殿が、殺すなって言うから」
 巨大な甲冑の、兜と胸甲が開いた。甲冑、と言うより乗り物か。
 志乃とそう年齢の違わぬ少年が、そこにいた。
「ま、ほっとけば死ぬけど。それ、僕が殺した事にならないから」
 骨が大量に折れ、体内あらゆる箇所に突き刺さっている。
 そんな状態の父と母が、人体ではなく物体のように転がりながら弱々しく血を吐き散らし、痙攣している。
 今すぐ手当てをしないと、死ぬ。だが、こんな状態の人間をどう手当すれば良いのか。
「お前の親御さん、ほら苦しんでるよ。楽にしてあげたら? その包丁で」
 巨大な歩行甲冑の上で、少年が嘲笑う。
 志乃は呆然と見上げ、問いかけた。
「……誰? どうして、こんな……ひどい事、するの……?」
 帯刀作左衛門の同行者。宇羅幕府と結託している、異国人。それは志乃も知っている。
「……あたしを……助けて、くれたの?」
「うぬぼれるなよ。お前みたいな愚図、誰が助けるもんか」
 異国の少年が、睨み返してくる。
「……ああ、僕がジルヴェスター先生だったらなあ。お前みたいな低脳でも、立派な殺人兵器に仕上げてやれるのに」
 彼にとってジルヴェスター先生という存在は、ここの村人たちにとっての大太郎様と同じようなもの、なのだろうと志乃は思った。
「先生は、僕を褒めてくれた。僕を、認めてくれたよ」
 少年の、熱を帯びた口調と眼差し。
 先程までの両親と同じだ。呆然と志乃は、そう思った。
「褒めてくれる人、認めてくれる人を、お前もさっさと見つけるといい」
 開いていた兜と胸甲が、少年を包み込んで閉じた。
 鋼の巨人が、背を向けた。半壊した家の残骸を振りちぎって、歩き出す。
 金属の巨体が、右往左往する村人たちを威圧し蹴散らしながら、歩調を強めてゆく。
『ああ逃げなくていいよー。殺すなって言われてるから殺さない殺さない。殺さないけどぉ』
 暴走しかけている巨人の、鋼の全身。そのあちこちで、装甲が開いた。内蔵火器類が、迫り出して来た。
『……お前らの手足、撃ち砕いてみる事にしたよ。この村の連中、見てると何かイライラしてくるからさぁー。大丈夫! 精密射撃には自信あるから。うっかり頭やお腹に当たっちゃう事はないから。でも変な逃げ方されたら、ちょっとわかんないかなぁー』
 兵器と化した甲冑の内部で、少年は笑っている。
『……ジルヴェスター先生は言ってたよ。馬鹿な大人どもには、子供が罰を与えるしかないってね』
 いや。怒り狂っているのかも知れない、と志乃は思った。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
シリーズシナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.ヴィスマルク兵アレス・クィンスの撃破(生死不問)
 お世話になっております。ST小湊拓也です。
 シリーズシナリオ『巨神の村』全5話中、第2話となります。

 アマノホカリのとある村で、ヴィスマルク軍の少年兵士アレス・クィンス(ノウブル、男、10歳。蒸気騎士スタイル)が暴れ出そうとしております。倒し、止めて下さい。
 アレスは『ホワイトラビットLV2』『チェシャキャットLV2』『マーチラビットLV2』を使用します。


 OPの直後が状況開始です。
 アレスの後方には村の少女・お志乃が両親と共にいて、この両親は死にかけており、最初に回復を施してあげないと死亡する状態であります。
 回復は事前に可能です。済んだ後で、普通に戦闘開始となります。
 この両親の生存は、成功条件には含まれません。見殺しにしたとしても、お志乃が自由騎士団を恨む事はないでしょう。

 アレスは、普通に戦って体力を0にしていただければ、蒸気鎧を破壊して生存状態のまま戦闘不能にする事が出来ます。こちらの生死も不問ですが、第3話以降の展開が変わってくるかも知れません。

 時間帯は真昼、場所は村の中。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
5モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/8
公開日
2021年03月06日

†メイン参加者 6人†




 獣の鼻をヒクヒクと震わせながら、『強者を求めて』ロンベル・バルバロイト(CL3000550)が言った。
「おお臭う臭う。懐かしいニオイがするぜえ、この村はよ」
「……シャンバラの臭い、だね」
 何やら責任に似たものを、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)は感じてしまう。
「第2のシャンバラ、みたいなものが出来上がりかけているなら、カノンたちが何とかしないとね」
 言いつつカノンはロンベルと共に、鋼の巨人の眼前に立った。
 ロンベルが見上げるほどの巨体。その中で、ヴィスマルク兵アレス・クィンスが声を発する。
『自由騎士団……やっぱり、戦う事になるんだね。君たちとは』
 金属製の巨体。その各所で装甲が開いており、内蔵された多段式炸裂弾が発射寸前である。
 その一斉射の標的であった村人たちが、カノンとロンベルの後方で逃げ惑っている。
 村人らを守る構えを崩さぬままロンベルが、
「……急激に出回りやがったよな、こいつら。ハイパワーで硬い連中。まさかアマノホカリで見かけるとは思わなかったぜ」
 攻撃体勢にある蒸気騎士の巨体を、感慨深げに観察している。
「増産可能な戦力だし、女子供でも動かせる。まるっきり訓練無し、ってワケにゃいかねえだろうが」
「生身で戦うなんて、時代遅れになる一方だね。きっと」
 カノンが身構え、ロンベルが牙を剥く。
「……いいさ。時代に、取り残されてやろうじゃねえか」
 獣の本能が、解放されてゆく。跳躍に備えて伏せる猛虎の姿を、カノンは幻視した。
「残念ながら私も、取り残される側ですね」
 カノン、ロンベルと並んで『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が、前衛に立っている。
「だけどね、時代遅れの戦い方でも出来る事はあります。教えてあげますよアレス君」
『……ジルヴェスター少将先生は言ってたよ。チャイルドギアは、自由騎士団を踏み潰すためのものだってね』
 開いていた装甲が、閉じてゆく。
『先生の技術は、この鎧にも活かされている。踏み潰してやるよ、自由騎士団』
「……さすがだね。鎧の性能に頼りきり、というわけではないようだ」
 片手で拳銃を形作った『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が、いつの間にか後衛の位置にいた。
 装甲の開いた部分に、魔力の矢弾を撃ち込もうとしていたようである。
「僕の攻撃意思を察知して、とっさに装甲を閉じるとは……ジルヴェスター・ウーリヒによる地獄の調整と訓練を、生き延びただけの事はある」
『ふん。相手が自由騎士団となれば、きちんと狙いを定め直す必要があるからね』
 村人たちに向けられていたアレスの敵意を、こちらに引き付ける事には成功したようだ。
「申し訳ありませんがアレス君……少し、調べさせてもらいました。助けた子供たちの何人かが、貴方の事を知っていたんです」
 大気中のマナと己の魔力を同調させながら、『みつまめの愛想ない方』マリア・カゲ山(CL3000337)が言った。
「アレス君は……御両親によって、ヴィスマルク軍に売られたんですね」
 巨大な歩行甲冑の中で、アレスがいかなる表情を浮かべているのかはわからない。
 マリアが、俯き加減になった。
「……貴方がかわいそうとか、助けてあげたいとか、そんな傲慢な事を言うつもりはありません。アレス君の境遇がどうであろうと、私たちは貴方を止めなきゃいけませんから」
「ただ……ひとつだけ、お聞かせ下さいアレス様」
 半壊した民家の中から、セアラ・ラングフォード(CL3000634)の声が聞こえた。
「貴方は、こちらの志乃様に……ご自分と同じものを、見出してしまわれたのですか。だから、助けて差し上げたのでしょうか」
 ひと組の夫婦が床に投げ出され、血まみれで死にかけている。
 夫婦の娘であろう幼い少女が、泣きじゃくっている。
 志乃、と呼ばれたその子を左腕でそっと抱き寄せながらセアラは、右手をかざした。繊細な五指と掌から、魔導医療の光が降り注ぐ。死にかけた夫婦にだ。
『助けるのか』
 アレスは言った。
『そいつらが……心を入れ替える、とでも思っているのか』
「無理でしょうね、この方々には。けれどアレス様、貴方なら」
 盾兵隊が、セアラの言葉に合わせて動き始める。アレスの火器類から、村人たちを守る陣形である。
「貴方が……無意味に他者を傷付けて悦びを感じる人であるとは、私には思えません。感情探査などを使うまでもなく、それはわかります」
 志乃の小さな身体を、セアラは抱き締めた。
「アレス様は……思いはどうあれ、この子を助けて下さったのですから」


 カノンが、巨大な鬼神を出現させていた。
 その鬼神が、エルシーを、カノンを、突き飛ばす。マリアには、そう見えた。
 エルシーの体当たりが、カノンの拳が、鬼神の後押しを受けた状態でアレスを直撃する。鋼の巨体が、血飛沫のような火花を散らせて揺らぎ、踏みとどまる。
 同じく、鬼の力を獲得したマグノリアが、超々局地的な猛吹雪を吹かせていた。雹の嵐が、ヴィスマルク軍の歩行甲冑に激突して行く。
 ほぼ同時に、しかしアレスの方からも反撃に出ていた。装甲が開き、烈火が迸る。
 多段式炸裂弾の、一斉射。雹の嵐を粉砕しながら、マグノリアを、それにマリアをも強襲する。
 粉砕された雹の嵐が、そのまま細かく鋭利な氷の豪雨となってアレスに降り注ぐ。
 マリアは吹っ飛んでいた。炸裂弾頭の直撃と爆発。オラクルでなければ、ちぎれた焼死体に変わっているところである。
 マリアは地面に激突し、よろよろと上体だけを起こした。
 マグノリアが、すぐ近くに倒れている。
「……マ……グノリア……さん……」
「……大丈夫」
 支え合って、マリアとマグノリアは立ち上がった。
「僕の……劣化の秘儀で、力が半減している……にもかかわらず、この火力。なるほど……チャイルドギアを、彷彿とさせる」
 かの戦車の技術が応用されているのであろう機動甲冑は、各部関節を氷の破片に穿たれ、凍り付いていた。が、アレスの声は聞こえる。
『……さっきの話には、続きがある』
 言葉は、マリアに向けられていた。
『ある時ねえ、戦闘訓練でいい結果が出たから、ジルヴェスター先生が御褒美をくれたんだ。兵隊さんたちが捕まえて来てくれたんだよ……かつて僕の両親だった生き物を2匹、ね。無様に、泣き喚いてたよ』
 凍り付いた鋼の巨体が、蒸気を噴射した。
『好きにしていい。先生は、そう言った。だから僕は、そいつらを轢き殺した』
 氷の破片が、飛び散った。
 歩行甲冑が、ゆらりと動く。その巨大な右手で、丸鋸が回転する。
『……最高の、気分だった!』
「だから何だ、やらかし自慢かクソガキがぁっ!」
 機械の斬撃よりも速く、ロンベルが踏み込んでいた。落雷の如き戦斧の一撃が、蒸気騎士の装甲を僅かに凹ませた。
 よろめいた鋼の巨体に向かって、マリアは練り上げた魔力を解放した。マグノリアの放ったものと比べて見劣りは否めない冷気の嵐が、歩行甲冑を直撃する。
 その間セアラが、たおやかな両手から癒しの光を振り撒いた。魔導医療の煌めきが、マリアを、マグノリアを、優しく包む。
『お前! そこのお前! 僕と同じ事が何故、出来ない!』
 アレスが叫んでいる。
 逃げろと言われたにも関わらず、木陰でじっと戦いを見つめている、お志乃に向かってだ。
『何故、殺さない!? 愚かな大人を、どうして庇う! 何故、守ろうとする!』
「……耳が、痛いですね」
 魔導医療で傷が無理矢理に癒されてゆく、心地よい痛みを噛み締めながら、マリアは呻いた。
「私ガキんちょですけど、どっちかと言うと『愚かな大人』側です。この国を、戦争に巻き込んじゃっています」
「そう……だからこそアレス! 君みたいな子は、止めなきゃいけないっ」
 カノンが吼える。
「『愚かな大人』に怒ってるみたいだけどね、カノンに言わせれば君も同じだよ。ジルヴェスターを盲目的に信じて疑わない……大太郎様の名前を唱えるだけで何もしない人たちと、一体何が違うっていうのさ!」
 咆哮と同時に、直撃が起こった。歩行甲冑の巨体が、へし曲がっていた。
 カノンの拳。装甲の、ロンベルが僅かに凹ませた部分を、正確に穿っていた。
「……カノンは、お姉さんだからね。年下の子が何か間違ったら、ぶん殴ってでも正すよ」
 拳を繰り出す挙動が省略されたかのような、見えざる一撃であった。少なくとも、マリアの目では捉えられなかった。ロンベルも感心している。
「速ぇえな……俺たちも、負けてられねえ」
「そうですね、負けません。私、もっとお姉さんですから!」
 エルシーが、踏み込んで行く。
「性根を叩き直してあげますよアレス君、文字通りの意味でねっ!」


 轟音を立てて回る丸鋸が、ロンベルの強固な身体を切り裂いた。
 大量の鮮血を噴射しながらロンベルはしかし、何かを目覚めさせていた。
「たっ……まんねえぇ……なあ、オイ……感情剥き出しの暴力ってヤツぁよおおおおおっ!」
 ケモノビトの闘士の体内で、目に見えぬケモノが覚醒した。エルシーには、そう見えた。
 手負いの猛虎と化したロンベルが、血飛沫をぶちまけつつ乱舞する。大型の戦斧が、荒れ狂う牙と化して機動甲冑を切り裂いた。裂けた装甲から、爆炎にも似た大量火花が噴出する。
 力尽き倒れゆくロンベルと交代するように、エルシーはすでに踏み込んでいた。満身創痍。見えざる獣なら、自分の体内でも覚醒している。
「……いい機会です。新必殺技のお披露目、いかせてもらいますよっ!」
 固く鋭利に握り込んだ右拳を、叩き込むと言うより突き刺してゆく。
 拳とは、殴るためのものではない。穿ち、抉るための武器なのだ。
「絶対滅殺! クリムゾン・インパクト!」
 深紅の衝撃光が、迸る。
 鋼の装甲と内部機器類を穿ち潰した手応えを、エルシーはしっかりと握り締めた。
 半ば残骸と化した鋼の巨体が、くずおれてゆく。
 エルシーも、膝を折っていた。
「……ぜつ☆めつ……ですよ……前にやりましたかね、これ……」
 倒れそうになりながら、エルシーは鎖を掴んだ。
 鎖が、そこに出現していた。天地を繋ぐ鎖。
「……死に際の、馬鹿力。いつ見ても、凄まじいものではある」
 マグノリアが繋げた、鎖である。
 繋がった天地から、力が引き出されていた。
「だけどまあ……程々にね。2人とも」
「……御老体よ、あんたも身に付けてみるかい」
 力尽きていたロンベルが、還リビトの如く立ち上がる。天地の力が、死にかけた自由騎士たちの肉体に癒しと回復をもたらしていた。
 マグノリアが、とりあえず微笑んでいる。
「僕は……シスターとの組み手で、いつも死にかけているけれど。なかなか身に付かないね……」
「うふふ。あんなの、死にかけのうちに入るワケないじゃないですかあ」
 エルシーも、回復した肉体で立ち身構えた。
 半ば残骸、に見えた機動甲冑が、しかし眼前で蒸気を噴き、丸鋸を猛回転させ、手負いの巨体を誇示している。
「チャイルドギアの厄介さ加減、きっちり引き継がれてますねえ」
 エルシーは、語りかけた。
「……そんな危険な玩具、持っていたら駄目ですよアレス君。ぶっ壊しますからね」


 ぼんやりとした眼差しを、セアラは感じた。
 見られている。
 何者かが、この戦いを、はっきりとしない目で見物している。
「大太郎様……!?」
 当然、呼びかけても応えはない。
「お目覚め、ですか……私たちが、騒がしくしてしまったようですね」
 寝ぼけ眼だ、とセアラは思った。大太郎様は、まだ半分、眠っている。夢の続きを見るように、この戦いを眺めている。
「御無礼、お許し下さい。私たちは、貴方様の大いなる眠りを妨げる事になろうとも……アレス様を、戦って止めなければなりません!」
 優美な細腕を、セアラは舞わせた。吹雪を召喚する、舞いであった。
 氷の嵐が、歩行甲冑に向かって吹き荒んだ。
 もはや残骸寸前に見える鋼の巨体に、氷雪を含む冷気の奔流が激突する。
 氷雪の粒子が突然、巨大化した。全て、隕石の如く巨大な氷塊と化していた。
 セアラの力、ではない。
 マリアが、魔法の杖を掲げている。自身の魔力を、セアラの吹雪に合流させてくれている。
 無数の巨大な氷塊が、満身創痍の機動甲冑を完全に叩き潰していた。
 凍り付きながら潰れ裂けた装甲を、内側から突き破って、小柄な人影が飛び出した。
「……まだだ! 僕が生きている限り、戦いは終わりじゃない!」
 少年兵アレス・クィンス。短剣を片手に、自由騎士団へと突っ込んで来る。
「僕は、チャイルドギアに生きる道を見出していたんだ! それを、お前らが! お前らがぁあああああああッ!」
「……それでいい、憎め。もっと俺を」
 立ち塞がったロンベルの、太股の辺りに、アレスの小さな身体がぶつかった。
 子供の短剣で、ロンベルの筋肉と獣毛に傷が付くはずはなかった。
「おいクソガキ。お前ひとつだけ、いい事言ったな」
 じたばたと暴れるアレスを、ロンベルは左手でひょいとつまみ上げた。
「……そうよ、生きてる限り戦いは終わらねえ。生身のお前は、まだいくらでも戦える。鍛え直して、全力でぶつかって来な」
「このっ……! 放せ、いや殺せ!」
「はっははは。そいつを言っていいのはな、一人前の男が最後まで戦った時だけだ」
「あっ、あの……」
 ロンベルの傍に、いつの間にか志乃がいた。
「……その子を……こ、ころさないで……」
「心配するな嬢ちゃん。この坊やにはな、これから虫ケラみたく這いずって生きてもらう」
「貴女は……優しくて強い方ですね、お志乃様」
 セアラは身を屈め、志乃の頭を撫でた。無礼かもしれないが撫でずにはいられなかった。
「貴女のように、ご自身で考え、思い悩みながらも、より良き結論へと至るための努力を怠らない……そんな方が、この辺りの村々に一体どれだけいらっしゃるのでしょう」
「大太郎様にしても、アクアディーネ様にしても」
 カノンが、エルシーに助け起こされながら言う。
「自分で立って歩こうとする人を、ほんの少し手助けしてくれる存在だとカノンは思う。最初から何もせず何も考えず、すがるだけじゃ……ね」
 その目が、ちらりと動いた。
 志乃の両親が一命を取り留め、よろよろと立ち上がっている。いつの間にかそこにいた1人の男に、すがりつきながら。
「何だ……何なんだい、あんたらは……」
 母親が、怯えながら逆上する。
「まあ何だっていい。志乃を、その悪ガキ小娘を殺しちまっておくれよ! そいつのせいで、この村は大太郎様に見放されちまう」
「……お願い。あなた方は、どうか何もおっしゃらないで」
 セアラは微笑みかけた、つもりである。
 だが志乃の両親は、青ざめていた。へなへなと崩れ落ち、その男の脚にもたれかかる。
 自分が今、どのような表情をしているのか、セアラは全く把握出来ていなかった。
「大太郎様は今、お目覚めになったばかりです。あなた方はね、眠れる御方を好き勝手に祀り上げて愚行醜態を晒していただけ……大太郎様は、果たしてどう思し召しでしょうね」
「そう……か。大太郎様が、お目覚めであるのか」
 奇怪な仮面を被り、奇怪な杖を携えた、1人の男。志乃の両親を足元に庇いつつ、仮面越しの眼光をこちらに向けている。
「ならば我らも、いよいよ本腰を入れてお祀り申し上げねばならぬ。自由騎士団よ、お前たちが何を言おうと……最初から何も出来ず何も考えられぬ人々のための神は、必要なのだよ」
「金森狼庵……」
 マグノリアが、まずは会話に応じた。
「大太郎様の神官として、この村々をかつて支配していた金森幻龍の……親族? 後継者、という事でいいのだろうか」
「この辺りの村々で、金森幻龍の名は未だ威光を失っておらぬ」
 金森狼庵の、その言葉だけで、マリアが理解したようである。
「つまり、あれですか狼庵さん。貴方は……権威欲しさに、金森の苗字を騙っただけ。幻龍氏とは縁もゆかりもない、どこぞの馬の骨であると」
「……自由騎士団よ。ヴィスマルクの無法者を仕留めてくれた事は、感謝する」
 仕留められたアレスが、ロンベルに捕えられたまま狼庵を睨む。
 狼庵は背を向け、志乃の両親を従えて歩き出す。言葉だけを残してだ。
「あの帯刀作左衛門をも仕留めてくれれば、なお良い……のだが、な」
 志乃の両親、だけではなかった。
 大勢の村人が、ぞろぞろと狼庵に付き従い、去って行く。
「……オニヒトへの差別感情ゆえ、でしょうか……」
 見送るしかないまま、セアラは呟いた。
「あのような方による……支配を、村の方々が受け入れてしまう」
「差別対象であったオニヒトという種族の台頭を、受け入れられない……もう、誰かを差別する事が出来ない」
 マグノリアが言った。
「彼らにとっては、自己崩壊にも等しい事態なんだと思う。だから皆、オニヒトではない、見えない大きなものに頼るしかなくなっている……それが『天朝様』である人々もいた」
「この村では、大太郎様。ですか」
 エルシーが腕組みをする。
「お目覚め間もない大太郎様に、まずは志乃ちゃんを助けてあげて欲しいところですけどね」
「どうしましょうか? あの御両親には、この子を任せられません」
 言いつつマリアも、答えは1つしかないと思っているようである。
「人さらい、みたいな形になっちゃいますけど……」
「……そうだね。磐成山しか、ないと思う」
 カノンが、答えを告げた。
「苫三さん吾三郎さんたちに、悪いけど押し付けちゃおう……君も行くんだよアレス。負けた君に、拒否権はないから」
 

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済