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ランプ探しは暗い・狭い・怖い

●坑道の怪談
「なあ、聞いたか、あの話?」
「あのって、どの話だよ。酔っぱらって自分の足をツルハシで掘ったやつの話か?」
「うわ、痛ぇなそれ。……って、そうじゃなくて」
ツルハシを壁面に立てかけ、自分も寄りかかるようにして座り込むケモノビトの男が一人。周りの男は全員、座った彼と話していた男も含めて一心不乱にツルハシを振るっている。ざっくりざっくり。鉄のくちばしがつつくのは石炭の壁。ここは、地下に掘られた炭鉱の一角である。
座り込んだ男は暗色の作業服の上着を脱いで、タンクトップ姿だった。他には、作業服を上下きちんと身に着けている者から上半身裸の者まで様々である。
ふう、と疲労を吐き出しながら、地下坑道の天井に吊るされたガス灯を見上げ、男は話を続けた。
「“灯りがなくなって真っ暗になる”、って話だよ」
「灯りが? ……ああ、突然ばたばた消えてくってやつか」
「恐ろしいよなあ」
自分から始めておいて身震いするケモノビトの相手をしているのは、ノウブルの男であった。イ・ラプセルに起こった奴隷制度の廃止と種族差別の撤廃によって、こうした汚れ仕事の場にもノウブルの姿は珍しくなくなっている。暗がりを照らすガス灯の下、彼らは平等に炭鉱夫なのだ。
ざっくりざっくり。ノウブルの男は手を休めず、ケモノビトの話を鼻で笑う。
「信じる方がどうかしてるぜ」
「俺ぁ暗いところが苦手でなあ。その話を聞いた時は足がすくんだもんだよ」
「いや、炭鉱夫やめろよ」
「狭いところも好きじゃない」
「ここはお前にとっての地獄だよ。マゾか? マゾなのか?」
「でも、この仕事は好きなんだ。世の中ままならないよな」
「炭鉱で悟るな」
ていうかさぼるな。
隣で口を尖らせるノウブルを、ケモノビトは努めて無視した。働きづめは逆効果だ。どんな仕事だって、適度な休憩とペース配分によって効率的に進めるべきだというのが、彼のポリシーであった。実際、人並み以上に仕事はできているのだから問題はない。好きこそ物の何とやら。その熱意と、後はちょっとの人工灯があれば、彼は恐怖を克服して大好きな地下坑道に潜り、石炭に囲まれる生活に浸れるのだ。
そうやって、数分ほどの小休憩を呆と過ごしていたら、突然、遠くから男の悲鳴が聞こえて来た。
「何だ?」
当然ながら、ツルハシを振るっていた全員の手が止まる。悲鳴が聞こえたのは坑道の奥の方。切羽(きりは)――石炭を採掘する区画――の末端の方であった。
「足でも掘ったのか?」
冗談めかすノウブルだったが、その悲鳴の原因はすぐに彼らの下にも訪れる。
ぶん。ぶん。ぶん。ぶん。
風の吹くような音と共に、坑道の奥から暗闇がやってくるのだ。どんどんと自らを広げ、壁に沿って一列にツルハシを持つ炭鉱夫たちを次々に呑み込んでいく。
「これって……」
言葉を漏らしたのはノウブルであった。ケモノビトはもはや事態を察し、既に喋るだけの余裕を失くしていた。
ガス灯から灯りが飛び出して、暗闇に吸い込まれていくという不可解な光景。まさしく“灯りがなくなって真っ暗になる”という現象。
逃げ出し始める炭鉱夫たちに急かされるように、ノウブルはすっかり腰を抜かしてしまったケモノビトの手を取り走った。
ああ、噂が本当だったなんて! ケモノビトを掴むノウブルの手に力が入る。だって、俺だって本当は、狭いのも暗いのも苦手なんだからさあ!
●依頼
「いうわけで」
集まった君たちの前には、そうやって話を切り出す女性がいた。種々の工具を備えたポーチを提げる丸眼鏡のケモノビト、『発明家』佐クラ・クラン・ヒラガ(nCL3000008)である。
「よう集まってくらはりましたな。今回の依頼は炭鉱での悪魔退治。いうても、普通のイブリースとは少し違いますねん」
とん、と彼女がもふもふした指先で示したのは、あらかじめテーブルに開いてあった地図である。イ・ラプセルにいくつかある炭鉱の内の一つで、一目に巨大な地下坑道であることが分かる。その地図には三ヶ所、赤丸でマークされている地点があった。
「今回のイブリースはガスランプです。“周辺の灯りという灯りを奪って消してしまう”んで、採掘ができなくなってますねん。あんたはんらには、このイブリース化したけったいなガスランプ、三個の浄化をお願いしたいんです。赤丸は、その大体の場所になります」
イブリース化は生物のみならず、無機物や鉱物にも等しく起こる現象だ。それらは間接的に持ち主の人間をイブリース化させる等の形で被害を広げることもあるが、今回はその限りではない。捨て置かれたガスランプだったので、接触している人間は皆無だったのである。
不幸中の幸いだろう。
「話を聞く限り、灯りを奪う以外の害はなし、戦闘になる可能性もほぼゼロです。やから浄化の方法は問いません。オラクルはんなら触れば浄化できますし、壊しても浄化できます。気を付けるべきはむしろ、真っ暗闇でどう見つけるかと、えらい広い地下坑道での遭難になります。地図があれば迷わはることはないと思いますけど」
なので、地図は必要な分だけ支給してくれるらしい。戦闘がないなら浄化の難度も格段に下がる。後はいかにしてランプを見つけるか、だ。
「戦争もあって、石炭はどれだけあっても困りませんねん。あんじょうきばって、よろしくお願いします」
彼女の笑顔に見送られ、依頼へと発つ君たち。その背中を眺めながら、それにしても、と佐クラは独り言ちるのであった。
「ガスランプ、か。何か不満でもあらはったんかなあ」
「なあ、聞いたか、あの話?」
「あのって、どの話だよ。酔っぱらって自分の足をツルハシで掘ったやつの話か?」
「うわ、痛ぇなそれ。……って、そうじゃなくて」
ツルハシを壁面に立てかけ、自分も寄りかかるようにして座り込むケモノビトの男が一人。周りの男は全員、座った彼と話していた男も含めて一心不乱にツルハシを振るっている。ざっくりざっくり。鉄のくちばしがつつくのは石炭の壁。ここは、地下に掘られた炭鉱の一角である。
座り込んだ男は暗色の作業服の上着を脱いで、タンクトップ姿だった。他には、作業服を上下きちんと身に着けている者から上半身裸の者まで様々である。
ふう、と疲労を吐き出しながら、地下坑道の天井に吊るされたガス灯を見上げ、男は話を続けた。
「“灯りがなくなって真っ暗になる”、って話だよ」
「灯りが? ……ああ、突然ばたばた消えてくってやつか」
「恐ろしいよなあ」
自分から始めておいて身震いするケモノビトの相手をしているのは、ノウブルの男であった。イ・ラプセルに起こった奴隷制度の廃止と種族差別の撤廃によって、こうした汚れ仕事の場にもノウブルの姿は珍しくなくなっている。暗がりを照らすガス灯の下、彼らは平等に炭鉱夫なのだ。
ざっくりざっくり。ノウブルの男は手を休めず、ケモノビトの話を鼻で笑う。
「信じる方がどうかしてるぜ」
「俺ぁ暗いところが苦手でなあ。その話を聞いた時は足がすくんだもんだよ」
「いや、炭鉱夫やめろよ」
「狭いところも好きじゃない」
「ここはお前にとっての地獄だよ。マゾか? マゾなのか?」
「でも、この仕事は好きなんだ。世の中ままならないよな」
「炭鉱で悟るな」
ていうかさぼるな。
隣で口を尖らせるノウブルを、ケモノビトは努めて無視した。働きづめは逆効果だ。どんな仕事だって、適度な休憩とペース配分によって効率的に進めるべきだというのが、彼のポリシーであった。実際、人並み以上に仕事はできているのだから問題はない。好きこそ物の何とやら。その熱意と、後はちょっとの人工灯があれば、彼は恐怖を克服して大好きな地下坑道に潜り、石炭に囲まれる生活に浸れるのだ。
そうやって、数分ほどの小休憩を呆と過ごしていたら、突然、遠くから男の悲鳴が聞こえて来た。
「何だ?」
当然ながら、ツルハシを振るっていた全員の手が止まる。悲鳴が聞こえたのは坑道の奥の方。切羽(きりは)――石炭を採掘する区画――の末端の方であった。
「足でも掘ったのか?」
冗談めかすノウブルだったが、その悲鳴の原因はすぐに彼らの下にも訪れる。
ぶん。ぶん。ぶん。ぶん。
風の吹くような音と共に、坑道の奥から暗闇がやってくるのだ。どんどんと自らを広げ、壁に沿って一列にツルハシを持つ炭鉱夫たちを次々に呑み込んでいく。
「これって……」
言葉を漏らしたのはノウブルであった。ケモノビトはもはや事態を察し、既に喋るだけの余裕を失くしていた。
ガス灯から灯りが飛び出して、暗闇に吸い込まれていくという不可解な光景。まさしく“灯りがなくなって真っ暗になる”という現象。
逃げ出し始める炭鉱夫たちに急かされるように、ノウブルはすっかり腰を抜かしてしまったケモノビトの手を取り走った。
ああ、噂が本当だったなんて! ケモノビトを掴むノウブルの手に力が入る。だって、俺だって本当は、狭いのも暗いのも苦手なんだからさあ!
●依頼
「いうわけで」
集まった君たちの前には、そうやって話を切り出す女性がいた。種々の工具を備えたポーチを提げる丸眼鏡のケモノビト、『発明家』佐クラ・クラン・ヒラガ(nCL3000008)である。
「よう集まってくらはりましたな。今回の依頼は炭鉱での悪魔退治。いうても、普通のイブリースとは少し違いますねん」
とん、と彼女がもふもふした指先で示したのは、あらかじめテーブルに開いてあった地図である。イ・ラプセルにいくつかある炭鉱の内の一つで、一目に巨大な地下坑道であることが分かる。その地図には三ヶ所、赤丸でマークされている地点があった。
「今回のイブリースはガスランプです。“周辺の灯りという灯りを奪って消してしまう”んで、採掘ができなくなってますねん。あんたはんらには、このイブリース化したけったいなガスランプ、三個の浄化をお願いしたいんです。赤丸は、その大体の場所になります」
イブリース化は生物のみならず、無機物や鉱物にも等しく起こる現象だ。それらは間接的に持ち主の人間をイブリース化させる等の形で被害を広げることもあるが、今回はその限りではない。捨て置かれたガスランプだったので、接触している人間は皆無だったのである。
不幸中の幸いだろう。
「話を聞く限り、灯りを奪う以外の害はなし、戦闘になる可能性もほぼゼロです。やから浄化の方法は問いません。オラクルはんなら触れば浄化できますし、壊しても浄化できます。気を付けるべきはむしろ、真っ暗闇でどう見つけるかと、えらい広い地下坑道での遭難になります。地図があれば迷わはることはないと思いますけど」
なので、地図は必要な分だけ支給してくれるらしい。戦闘がないなら浄化の難度も格段に下がる。後はいかにしてランプを見つけるか、だ。
「戦争もあって、石炭はどれだけあっても困りませんねん。あんじょうきばって、よろしくお願いします」
彼女の笑顔に見送られ、依頼へと発つ君たち。その背中を眺めながら、それにしても、と佐クラは独り言ちるのであった。
「ガスランプ、か。何か不満でもあらはったんかなあ」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.イブリース化した三個のガスランプ、全てを浄化する。
初めまして、乏灯です。
暗い・狭い・怖いの三重苦ですが、ホラーでもシリアスでもありません。
●条件
イブリース化した三個のガスランプ、全てを浄化してください。方法は問いません。
オラクルが触れれば数分で浄化されます。破壊しても浄化されます。
破壊しなかった場合は回収し、何があるか分からないので自由騎士団に預けときましょう。
●対象
イブリース化して「灯りを奪う」能力を得た、手提げで持ち運ぶガスランプです。
灯りを奪う以外に能力は有しません。
戦闘能力もなく、触れるか壊すかすれば容易に浄化できます。
浄化が終わり次第、奪われた灯りはそっくり元に戻ります。
剥奪するのは「灯り」のみ。灯りを発していたモノ自体には何の影響もありません。
効果範囲内にある坑道天井のガス灯も明るくないだけで、今も火がついています。
これらの能力の範囲は、ガスランプを中心に半径三百メートル以内です。
持ち込んだ灯り、中で発生させた灯り、共に例外なく剥奪の対象となります。
例外的に、オラクルの影響下にある「灯り」は少しだけ剥奪に抵抗できるかも知れません。
イブリース化したガスランプ自体にも火はついていますが、明るくありません。
視力に頼らず見つける方法が必要でしょう。勘とか、魔力を探るとか。
なお、ガスランプのある三ヶ所はそれぞれ離れています。
●場所
地下五百メートルにある坑道、「アルギリー炭鉱」の深部です。
理路整然と掘られており、地図があれば迷うことなくガスランプのある地点に辿り着けます。
ただし、地図に示されているのは「大体の位置」。
ガスランプ周辺は採掘途中で道の整理がされておらず、
灯り剥奪の効果範囲内でありながら一本道ではありません。
炭鉱内部には、依頼を受けたオラクル以外に誰もいません。
また、坑道内の表示を頼れば地図なしでも脱出できるので、遭難は難しいです。
●道具
坑道の地図が必要分だけ配布されます。足りなくなることは有りません。
依頼終了後、自由騎士団に回収されます。
以上となります。
暗い・狭い・怖いにもめげず、皆様のご参加をお待ちしております。
暗い・狭い・怖いの三重苦ですが、ホラーでもシリアスでもありません。
●条件
イブリース化した三個のガスランプ、全てを浄化してください。方法は問いません。
オラクルが触れれば数分で浄化されます。破壊しても浄化されます。
破壊しなかった場合は回収し、何があるか分からないので自由騎士団に預けときましょう。
●対象
イブリース化して「灯りを奪う」能力を得た、手提げで持ち運ぶガスランプです。
灯りを奪う以外に能力は有しません。
戦闘能力もなく、触れるか壊すかすれば容易に浄化できます。
浄化が終わり次第、奪われた灯りはそっくり元に戻ります。
剥奪するのは「灯り」のみ。灯りを発していたモノ自体には何の影響もありません。
効果範囲内にある坑道天井のガス灯も明るくないだけで、今も火がついています。
これらの能力の範囲は、ガスランプを中心に半径三百メートル以内です。
持ち込んだ灯り、中で発生させた灯り、共に例外なく剥奪の対象となります。
例外的に、オラクルの影響下にある「灯り」は少しだけ剥奪に抵抗できるかも知れません。
イブリース化したガスランプ自体にも火はついていますが、明るくありません。
視力に頼らず見つける方法が必要でしょう。勘とか、魔力を探るとか。
なお、ガスランプのある三ヶ所はそれぞれ離れています。
●場所
地下五百メートルにある坑道、「アルギリー炭鉱」の深部です。
理路整然と掘られており、地図があれば迷うことなくガスランプのある地点に辿り着けます。
ただし、地図に示されているのは「大体の位置」。
ガスランプ周辺は採掘途中で道の整理がされておらず、
灯り剥奪の効果範囲内でありながら一本道ではありません。
炭鉱内部には、依頼を受けたオラクル以外に誰もいません。
また、坑道内の表示を頼れば地図なしでも脱出できるので、遭難は難しいです。
●道具
坑道の地図が必要分だけ配布されます。足りなくなることは有りません。
依頼終了後、自由騎士団に回収されます。
以上となります。
暗い・狭い・怖いにもめげず、皆様のご参加をお待ちしております。
状態
完了
完了
報酬マテリア
1個
1個
5個
1個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2018年06月13日
2018年06月13日
†メイン参加者 8人†
●転ばぬ先の熊
事前にマッピングを担当した自由騎士によれば、能力の範囲内は本当に真っ暗だったらしい。妙に楽しそうな様子だったので、実はそうでもないのでは? と少々緩んだ気構えも、坑道を進み、その暗闇を目の当たりにすれば自然と引き締まるのであった。
真っ暗、とはきっと、こういう時に使うのだ。人気がない、という以外には何の変哲もなく、天井のガス灯に照らされた坑道の途中から、唐突に光が失われて先が見えない。まるで真っ黒なカーテンが目前にあって、視界を断絶されているかのようである。
「気を付けて進むとしよう、マリア嬢」
「うん」
ほとんど熊と言って良いケモノビト、ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)に、ゴーグル姿のソラビト、マリア・ベル(CL3000145)が言葉少なに応えた。お互いの身体をロープで結び、ウェルスが先頭に立って暗闇へと踏み入る。
カンテラを手に提げ、たったの一歩。
それだけで、カンテラの光量が大きく減退した。
ひょう、と小さく風の吹くような音がして、カンテラに入っていた灯りの大半が外へと飛び出し、暗闇の奥へと吸い込まれていったのだ。
「なるほど。……こうなるのか」
不可思議な光景である。彼の後ろでは、まだ暗闇の外にいたマリアも光の行く末を眺めていた。ゴーグルで表情は読めないが、全くの無関心、というわけでもないらしい。
「怖くないか」
「平気だよ」
言いながら、暗闇へと進むウェルスの大きな背中に続いて、マリアも自らを闇に投じた。振り返れば正常に作動するガス灯の灯りが見える。“効果範囲”の外側に近い分、暗視持ちではないマリアでもかろうじて視界は効いているが、それだっていつまで許されるやら。暗いのも狭いのも少しは平気だから、ウェルスへの返答もまた嘘ではないが。
しかし、こうまで不自然な闇の中にいると不安を抑えきれないのもまた事実だった。
彼の大きな手を握る代わりに、彼女はぎゅうと、彼と自分とを繋ぐロープを握って進む。
二人分のカンテラは、それぞれの足元さえろくに照らしてはくれなかった。からからから。十フィート棒で地面をひっかき、先の方を確認しながらでなくては、何につまずき、何を踏んづけてしまうか分かったものではない。
「こういうの、転ばぬ先の杖、って言うんだっけ?」
「そうだな。こう暗くては、準備を怠れば苦労したかも知れない」
暗闇を見通す暗視と、物理的に足元の安全を確かめる十フィート棒。マリアの役割が魔力感知による目標物の直接の探査であるのなら、ウェルスの役割は彼女のサポート、まさしく“杖”といった風であった。
どちらかが、あるいはどの要素が欠けたとしても、難度は今より上がったことだろう。“効果範囲”が限られている以上、見つけようとして見つけられないような条件下にはないものの、時間がかかれば疲労が溜まり、疲労が溜まれば注意が散り、負わなくて良い怪我を負ったかも知れない。
いずれ、ウェルスの暗視が分かれ道を捉えた。マリアの魔力感知も万能ではなく、近づかなければ対象の位置は分からない。
「それまではおおよそ勘、か」
「案外、勘でまとめたチームの方が理に適っていたのかも知れないね」
何となく、で左に折れながら、ウェルスが笑って同意する。
「言えてるな。俺の暗視は透視じゃない。マリア嬢の魔力感知だって有効な距離が限られる。どうしたって運の要素が絡むわけだ」
「もし、“イブリース化したガスランプ”の“光を奪う能力”の範囲がでたらめに広かったら、遭難したのかも」
「ぞっとしない話だ」
そんな会話をしながらも、二人はずいずいと奥へ進んだ。
坑道というのは本来的に、人の使う道である。暗視と杖による確認作業を怠って良いわけではないにしても、そうそう危ないものが転がっているわけもないのだから、二人が探索につまずくことはほとんどなかった。
奥へ進めば進むほど持ち込んだカンテラの灯りが弱まって、その内にマリアの魔力感知が機能し始める。そうなれば、もはや見つけたも同然だ。
「あった。……あれだな」
マリアに従った先で、ウェルスの暗視が“ソレ”を認識する。
「イブリースだね」
「ああ。炎があるのに灯りがない、手提げのガスランプ。光を奪うイブリース、か」
それが例えガスランプでも、イブリースと相対すれば自然と緊張する。しかし、少し様子を見た限りでは本当に、そのガスランプと戦闘になるようなことはなさそうであった。
そんな、大人しい悪魔の浄化を担当したのはマリアである。何か理由があったわけではないが、強いて言うなら、手を空けるなら暗視持ちで緊急事態に対処しやすいウェルスだった、というだけ。
「それにしても不思議な話だな。ガスランプがイブリース化するなんて」
「もし壊れているわけでもないのなら、理由は気になる」
かくして、浄化が始まった。
●恐怖について
考えてみなくても、不思議な話である。
何がと問われれば、もちろん今回の依頼のことだ。灯りを提供する側のガスランプが根こそぎ辺りの灯りを奪ってしまうだなんて、いくらイブリース化と言っても、そんな逆転現象が起こるものだろうか。
「起こってしまうから、悪魔化、なんて言うのかも知れない」
『イ・ラプセル自由騎士団』ウィリアム・H・ウォルターズ(CL3000276)は、チームの最後尾からそんな相槌を打った。
「性質の反転。確かに、悪魔じみた所業だ。光が闇に反転するだけで、この騒ぎなんだからな」
天井の方に気を配りながら歩くのは、『イ・ラプセル自由騎士団』ボルカス・ギルトバーナー(CL3000092)。チームの中では真ん中、二人に挟まれながらサーモグラフィーで道案内の補助を担当する。
「悪魔のう。だとしても、ワシにはどうも、件のガスランプが不憫に思えて仕方がないのじゃ」
二人が悪魔悪魔とはやす中、『イ・ラプセル自由騎士団』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)だけは少しだけ、違う印象であるようだった。別のチームのウェルスと同じように暗視と十フィート棒で道行の安全を確認しながら進む彼女が、この一行の先頭を請け負っている。
その腰に提げられたカンテラの灯りは乏しく、今にも消えてしまいそうだ。シノピリカは、これをあやすように撫でながら、話を続ける。
「幼き時分より、道具は大切に扱う様に言われたものよ。ぞんざいにされて気分の良いモノなど誰もおらんじゃろう」
「気持ちは分かるが、ぞんざいにされた、というだけでイブリース化するなら、もっと多くの道具がイブリース化してなきゃおかしくないか?」
「地下において灯りは特別じゃ。手提げのガスランプなど、かつては最前線に灯った火に違いない」
どこを崩し、どこを拓き、どこを掘り進めるのか。道ができなければ、天井にガス灯を吊るすこともないのだ。そんな、炭鉱の血脈たる坑道を通すために、手提げのガスランプは鉱夫と共にあったはずである。
が、できてしまえばそれまでだ。天井にはガス灯が煌めき、暗いはずの地下に灯りが溢れる。手提げのガスランプは、更に奥へ進むその時まで使われなくなってしまう。あるいは、採掘が終われば永遠に活躍の場を失ってしまうのかも。
「どっちにしても、捨て置いて良いものではない。手入れをしてしまっておくのが道義というものではないかの?」
「その気持ちは分かる。しかし、まるで道具には心があるってのが前提だな」
「心がない、なんて否定もできないだろう。実際イブリース化は起こったんだ。それが例えゲシュペンストの影響でしかなかったのだとしても」
「そうじゃそうじゃ。大体のうボルカス、おぬしが暗闇を怖いと思うように、どうしてガスランプが自らの未来を憂慮しないと言えるのじゃ?」
「いや、そりゃそうかも知れ……」
はっ。
「いやいやいや。俺は怖がってないぞ」
「え? あ、分かれ道じゃ」
「魔力の反応はないな。もう少しだとは思うが」
ぶつりと会話が途切れて、分かれ道の行く先を決める会議が始まる。と言っても、ウィリアムの魔力感知にイブリースが引っかかっていない以上、シノピリカの暗視もボルカスのサーモグラフィーも決定打にはならないので、勘に頼る他にはなかった。
そうして何となく分かれ道を過ぎ、少ししてボルカスが話を再開する。
「怖くなどないぞ」
「はっはっは、強がらんでも良いじゃろうに。自然な反応じゃ」
「人は普段、陽の下で生活しているんだ。いつも側にあるものを奪われてうろたえない人などいないよ」
フォローなんだか追い打ちなんだか。息を合わせたような二人を相手に、しかし諦めるわけにもいかず、ボルカスは自分が恐怖しているという風説をもう一度否定してみせた。そこで、ああ、と頷いたのがシノピリカであった。
「お主、先ほどから妙にイブリースを否定しておるのは、他人事ではないからじゃな?」
「う」
「使い捨てられるかもという恐怖と、この暗闇の中で覚える恐怖は確かに似ているのかも知れん」
「二度と日の目を見れない恐怖、だな」
「まあ、そこまでシンパシーを感じてるわけじゃねえが……」
使い捨てられ忘れ去られた先には、きっと暗闇が待っている。誰かと共にあれば照らすことのできた暗闇に、共にあれなくなったことで呑まれてしまうのだ。もし、モノでしかないカンテラに心があって、そこまでの苦悩があったのだとすれば、そこから不安や不信が芽生えても不思議ではない。
それらが膨れ上がってイブリース化してもおかしくはない。
むろん、考えすぎのきらいはある。そもそもボルカスはイブリース化するほどの恐怖に苛まれていないし、もし心があったとしても、カンテラとノウブルとでは有り様も全く違うものであろう。
しかしながら、暗闇を恐れる気持ちに差異はない。それが物理的であるのか、あるいは心理的であるのかというだけの話であって。
「興味深い。カンテラも恐怖を感じるのかどうか」
「ワシはむしろ、ボルカスが暗闇を怖がる、という方が興味深いのう」
「ほっとけ」
「ギャップというやつじゃの。おなごというのは、そういうところに弱かったりするのぎゃ!?」
悲鳴だった。言葉を噛んだわけではなかったのは、同時に響いた、ごつん、という鈍い音からも明白であった。ボルカスもウィリアムも長身な方だが、輪をかけてシノピリカは背が高い。故に炭鉱に入ってからというもの、彼女はそこかしこに頭をぶつけていた。
その度に心配して声をかけていたボルカスも、今度ばかりはここぞとばかりに。
「人をからかうからだ」
と報復してやったのである。ウィリアムはと言えば、ボルカスの調子に乗っかったわけではなく、しかし彼女を気遣う言葉を吐かなかった。
「見つけた。イブリースだ」
●正しいひと、間違ったもの
せーのっ。
「前」
「前にゃ!」
「前だ!」
カンテラの火はとうに消え、三人は既にお互いを目視で確認できなくなっていた。そういう状況にあっても、道具一つ、知恵一つでお互いの向いている方向を揃えることが可能である。
まずは、先頭に立つ『下水道暮らし』ダンケル・アルトマン(CL3000010)が向きたい方を向いて、三人の身体を繋ぐロープを後ろ手に引っ張る。
その力はダンケルの後ろ、ミケ・テンリュウイン(CL3000238)へと伝わるので、彼女は引っ張られた方向に身体の正面を向けて、同じように後ろ手にロープを引く。
後は、最後尾の『知りたがりのクイニィー』クイニィー・アルジェント(CL3000178)が向きを正せば、これで一様にダンケルの向いている方と一緒になるわけだ。
彼らは分かれ道に至る度にそうやって整列し、どの道を選ぶべきかを一斉に指差して決めていた。
根拠は“勘”だが、三人の勘が一致するのならバカにできたものでもない。増してや、ここまでの全ての分かれ道で意見が一致している。もはや当てずっぽうの領域は脱しているだろう。
「ぜ、全員、前だな」
ダンケルが、自分を含めた勘の一致を確認して先導を始める。既に役立たずとなったカンテラの代わりに一行の足元の安全を確かめるのは十フィート棒。そして、ダンケルの傍らでせっせと働く一体のリス型のホムンクルスである。
大きな障害はダンケルが、小さな障害はクイニィーの操るリスたちが。視力の代わりに音で互いの距離や行動を図るダンケルとリスの斥候コンビは、なかなかどうして釣り合いが良く、探索が滞ることもなかった。
“勘”の共通点で括られたチームながら、下手をすれば、その道中は誰よりもスムーズだったのかも知れないのだ。
果たして、無事にイブリース化したガスランプも発見された。浄化役を申し出たクイニィーは、しかし、それにすぐには触れなかった。
警戒してのことではない。ただ、思うところがあったのだ。
「どうしてイブリース化しちゃったんだろうね?」
イブリース化には理由がある。負の感情か、あるいはゲシュペンストの影響か。
もしも心があったなら、このガスランプは何に悩み、苦しんだのだろう。坑道の中で忘れられたと感じ、寂しいあまりに悪魔と化したのか。
「まぁ、ランプに寂しいなんて感情あるとは思わないけど!」
吹っ切るように言いながら、ガスランプを抱えて浄化を始める。
ひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。
という高く薄い音だった。
風の吹く、あるいは小さな鳥の鳴く、あるいは“光が鳴らす”音。
ガスランプの火に灯りが戻ったかと思えば、その火からぱあ、と堰を切ったようにして、光が鳴きながら溢れ出す。
「きれーい!」
「すごいにゃー! すごいにゃー!」
さながら、坑道の宙を泳ぐ魚たち。目で追えば、それらが自らの元いたガス灯や、ダンケルたちの持っていたカンテラへと戻っていくのが分かった。
坑道が歓喜に震えているような幻想的な光景だが、しかし、そう長くは続かなかった。時間にすれば一分もない、ほんの一時。
力尽きたように火の消えた元イブリースのガスランプを振り回して喜ぶクイニィーとミケをよそに、ダンケルだけはじいと静かに、その光景をを眺めていたのだった。
「オイラは……」
灯りの宿ったガス灯を見上げながら、ダンケルが口を開く。それは、クイニィーの提示した疑問への彼なりの返答でもあった。
「な、なんとなく、なんとなく、だけど……オイラ、このランプに親近感……みたいなものを感じるんだ」
暗い下水道で、誰にも必要とされず、泥棒などをしながら生活していた時期がある。こうしてオラクルになる前の話だが、その頃のことを思い返せば、彼はランプへの同情を禁じ得なかった。
つまりは。
「誰かに必要とされたかったから灯りを奪った、……イブリース化した、ってことにゃ?」
「お、オイラがオラクルになった、ように」
「でも、オラクルになることとイブリースになることは全然違うよ」
クイニィーが自分のカンテラの灯を消して、また点ける。イブリースの効果範囲内にあったなら、その火は瞬く間に奪われて弱まり、消えたことだろうが、今はもう堂々として燃え続けている。
灯りの奪われる様子をクイニィーは何度か試し、その度にすごいすごいとはしゃいでいたものだが、浄化が済んだ以上は幻の体験となってしまった。同じようなイブリースが出現しない限り、経験することもなくなっただろう。
「周りの灯りを奪ったのは、も、もしかしたらコイツ、まだ灯りとして使って欲しかったんじゃねえかな……って。その能力は、め、めいっぱいの抵抗だったんだ」
「分からないでもないにゃ。ミケだって、まだ踊れるし歌えるのに、それを止めろと言われたら抵抗するにゃ。でもにゃー」
「そう、でも、その気持ちが間違っちゃったら意味ないじゃない!」
「間違い……」
「仮に、本当にランプが寂しいと思ったならさ、それは」
もっと、違う形で発露できるように努力すべきだった、のではないだろうか、と。
●彼らの照らす未来はいずこ
坑道を出た一行を待っていたのは、地図の回収と護衛役とを務める自由騎士が一人と、依頼主である『発明家』佐クラ・クラン・ヒラガ(nCL3000008)であった。
ガスランプは一旦ウェルスの下に集められ、それからまとめて佐クラに渡された。商人としてのコネを深めようという魂胆もあったわけだが、果たして彼女の印象に残ったかどうか。
というのも、話がすぐにガスランプの処遇へと移ってしまったからだった。大方の意見としては、丁重に扱って欲しいということ。新たな活躍の場があれば使ってやって欲しいということ。
例え研究材料になるのだとしても、埃を被るよりはずっとマシである。
「あんたはんらの気持ちはよぅ分かりました。無碍にはしないようきばらせてもらいますねん。お任せください」
どうあれ、それらの熱意は彼女を通して引き取り先にも伝わるだろう。
願わくば。彼らが彼らの未来を照らせる日の訪れますように。
事前にマッピングを担当した自由騎士によれば、能力の範囲内は本当に真っ暗だったらしい。妙に楽しそうな様子だったので、実はそうでもないのでは? と少々緩んだ気構えも、坑道を進み、その暗闇を目の当たりにすれば自然と引き締まるのであった。
真っ暗、とはきっと、こういう時に使うのだ。人気がない、という以外には何の変哲もなく、天井のガス灯に照らされた坑道の途中から、唐突に光が失われて先が見えない。まるで真っ黒なカーテンが目前にあって、視界を断絶されているかのようである。
「気を付けて進むとしよう、マリア嬢」
「うん」
ほとんど熊と言って良いケモノビト、ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)に、ゴーグル姿のソラビト、マリア・ベル(CL3000145)が言葉少なに応えた。お互いの身体をロープで結び、ウェルスが先頭に立って暗闇へと踏み入る。
カンテラを手に提げ、たったの一歩。
それだけで、カンテラの光量が大きく減退した。
ひょう、と小さく風の吹くような音がして、カンテラに入っていた灯りの大半が外へと飛び出し、暗闇の奥へと吸い込まれていったのだ。
「なるほど。……こうなるのか」
不可思議な光景である。彼の後ろでは、まだ暗闇の外にいたマリアも光の行く末を眺めていた。ゴーグルで表情は読めないが、全くの無関心、というわけでもないらしい。
「怖くないか」
「平気だよ」
言いながら、暗闇へと進むウェルスの大きな背中に続いて、マリアも自らを闇に投じた。振り返れば正常に作動するガス灯の灯りが見える。“効果範囲”の外側に近い分、暗視持ちではないマリアでもかろうじて視界は効いているが、それだっていつまで許されるやら。暗いのも狭いのも少しは平気だから、ウェルスへの返答もまた嘘ではないが。
しかし、こうまで不自然な闇の中にいると不安を抑えきれないのもまた事実だった。
彼の大きな手を握る代わりに、彼女はぎゅうと、彼と自分とを繋ぐロープを握って進む。
二人分のカンテラは、それぞれの足元さえろくに照らしてはくれなかった。からからから。十フィート棒で地面をひっかき、先の方を確認しながらでなくては、何につまずき、何を踏んづけてしまうか分かったものではない。
「こういうの、転ばぬ先の杖、って言うんだっけ?」
「そうだな。こう暗くては、準備を怠れば苦労したかも知れない」
暗闇を見通す暗視と、物理的に足元の安全を確かめる十フィート棒。マリアの役割が魔力感知による目標物の直接の探査であるのなら、ウェルスの役割は彼女のサポート、まさしく“杖”といった風であった。
どちらかが、あるいはどの要素が欠けたとしても、難度は今より上がったことだろう。“効果範囲”が限られている以上、見つけようとして見つけられないような条件下にはないものの、時間がかかれば疲労が溜まり、疲労が溜まれば注意が散り、負わなくて良い怪我を負ったかも知れない。
いずれ、ウェルスの暗視が分かれ道を捉えた。マリアの魔力感知も万能ではなく、近づかなければ対象の位置は分からない。
「それまではおおよそ勘、か」
「案外、勘でまとめたチームの方が理に適っていたのかも知れないね」
何となく、で左に折れながら、ウェルスが笑って同意する。
「言えてるな。俺の暗視は透視じゃない。マリア嬢の魔力感知だって有効な距離が限られる。どうしたって運の要素が絡むわけだ」
「もし、“イブリース化したガスランプ”の“光を奪う能力”の範囲がでたらめに広かったら、遭難したのかも」
「ぞっとしない話だ」
そんな会話をしながらも、二人はずいずいと奥へ進んだ。
坑道というのは本来的に、人の使う道である。暗視と杖による確認作業を怠って良いわけではないにしても、そうそう危ないものが転がっているわけもないのだから、二人が探索につまずくことはほとんどなかった。
奥へ進めば進むほど持ち込んだカンテラの灯りが弱まって、その内にマリアの魔力感知が機能し始める。そうなれば、もはや見つけたも同然だ。
「あった。……あれだな」
マリアに従った先で、ウェルスの暗視が“ソレ”を認識する。
「イブリースだね」
「ああ。炎があるのに灯りがない、手提げのガスランプ。光を奪うイブリース、か」
それが例えガスランプでも、イブリースと相対すれば自然と緊張する。しかし、少し様子を見た限りでは本当に、そのガスランプと戦闘になるようなことはなさそうであった。
そんな、大人しい悪魔の浄化を担当したのはマリアである。何か理由があったわけではないが、強いて言うなら、手を空けるなら暗視持ちで緊急事態に対処しやすいウェルスだった、というだけ。
「それにしても不思議な話だな。ガスランプがイブリース化するなんて」
「もし壊れているわけでもないのなら、理由は気になる」
かくして、浄化が始まった。
●恐怖について
考えてみなくても、不思議な話である。
何がと問われれば、もちろん今回の依頼のことだ。灯りを提供する側のガスランプが根こそぎ辺りの灯りを奪ってしまうだなんて、いくらイブリース化と言っても、そんな逆転現象が起こるものだろうか。
「起こってしまうから、悪魔化、なんて言うのかも知れない」
『イ・ラプセル自由騎士団』ウィリアム・H・ウォルターズ(CL3000276)は、チームの最後尾からそんな相槌を打った。
「性質の反転。確かに、悪魔じみた所業だ。光が闇に反転するだけで、この騒ぎなんだからな」
天井の方に気を配りながら歩くのは、『イ・ラプセル自由騎士団』ボルカス・ギルトバーナー(CL3000092)。チームの中では真ん中、二人に挟まれながらサーモグラフィーで道案内の補助を担当する。
「悪魔のう。だとしても、ワシにはどうも、件のガスランプが不憫に思えて仕方がないのじゃ」
二人が悪魔悪魔とはやす中、『イ・ラプセル自由騎士団』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)だけは少しだけ、違う印象であるようだった。別のチームのウェルスと同じように暗視と十フィート棒で道行の安全を確認しながら進む彼女が、この一行の先頭を請け負っている。
その腰に提げられたカンテラの灯りは乏しく、今にも消えてしまいそうだ。シノピリカは、これをあやすように撫でながら、話を続ける。
「幼き時分より、道具は大切に扱う様に言われたものよ。ぞんざいにされて気分の良いモノなど誰もおらんじゃろう」
「気持ちは分かるが、ぞんざいにされた、というだけでイブリース化するなら、もっと多くの道具がイブリース化してなきゃおかしくないか?」
「地下において灯りは特別じゃ。手提げのガスランプなど、かつては最前線に灯った火に違いない」
どこを崩し、どこを拓き、どこを掘り進めるのか。道ができなければ、天井にガス灯を吊るすこともないのだ。そんな、炭鉱の血脈たる坑道を通すために、手提げのガスランプは鉱夫と共にあったはずである。
が、できてしまえばそれまでだ。天井にはガス灯が煌めき、暗いはずの地下に灯りが溢れる。手提げのガスランプは、更に奥へ進むその時まで使われなくなってしまう。あるいは、採掘が終われば永遠に活躍の場を失ってしまうのかも。
「どっちにしても、捨て置いて良いものではない。手入れをしてしまっておくのが道義というものではないかの?」
「その気持ちは分かる。しかし、まるで道具には心があるってのが前提だな」
「心がない、なんて否定もできないだろう。実際イブリース化は起こったんだ。それが例えゲシュペンストの影響でしかなかったのだとしても」
「そうじゃそうじゃ。大体のうボルカス、おぬしが暗闇を怖いと思うように、どうしてガスランプが自らの未来を憂慮しないと言えるのじゃ?」
「いや、そりゃそうかも知れ……」
はっ。
「いやいやいや。俺は怖がってないぞ」
「え? あ、分かれ道じゃ」
「魔力の反応はないな。もう少しだとは思うが」
ぶつりと会話が途切れて、分かれ道の行く先を決める会議が始まる。と言っても、ウィリアムの魔力感知にイブリースが引っかかっていない以上、シノピリカの暗視もボルカスのサーモグラフィーも決定打にはならないので、勘に頼る他にはなかった。
そうして何となく分かれ道を過ぎ、少ししてボルカスが話を再開する。
「怖くなどないぞ」
「はっはっは、強がらんでも良いじゃろうに。自然な反応じゃ」
「人は普段、陽の下で生活しているんだ。いつも側にあるものを奪われてうろたえない人などいないよ」
フォローなんだか追い打ちなんだか。息を合わせたような二人を相手に、しかし諦めるわけにもいかず、ボルカスは自分が恐怖しているという風説をもう一度否定してみせた。そこで、ああ、と頷いたのがシノピリカであった。
「お主、先ほどから妙にイブリースを否定しておるのは、他人事ではないからじゃな?」
「う」
「使い捨てられるかもという恐怖と、この暗闇の中で覚える恐怖は確かに似ているのかも知れん」
「二度と日の目を見れない恐怖、だな」
「まあ、そこまでシンパシーを感じてるわけじゃねえが……」
使い捨てられ忘れ去られた先には、きっと暗闇が待っている。誰かと共にあれば照らすことのできた暗闇に、共にあれなくなったことで呑まれてしまうのだ。もし、モノでしかないカンテラに心があって、そこまでの苦悩があったのだとすれば、そこから不安や不信が芽生えても不思議ではない。
それらが膨れ上がってイブリース化してもおかしくはない。
むろん、考えすぎのきらいはある。そもそもボルカスはイブリース化するほどの恐怖に苛まれていないし、もし心があったとしても、カンテラとノウブルとでは有り様も全く違うものであろう。
しかしながら、暗闇を恐れる気持ちに差異はない。それが物理的であるのか、あるいは心理的であるのかというだけの話であって。
「興味深い。カンテラも恐怖を感じるのかどうか」
「ワシはむしろ、ボルカスが暗闇を怖がる、という方が興味深いのう」
「ほっとけ」
「ギャップというやつじゃの。おなごというのは、そういうところに弱かったりするのぎゃ!?」
悲鳴だった。言葉を噛んだわけではなかったのは、同時に響いた、ごつん、という鈍い音からも明白であった。ボルカスもウィリアムも長身な方だが、輪をかけてシノピリカは背が高い。故に炭鉱に入ってからというもの、彼女はそこかしこに頭をぶつけていた。
その度に心配して声をかけていたボルカスも、今度ばかりはここぞとばかりに。
「人をからかうからだ」
と報復してやったのである。ウィリアムはと言えば、ボルカスの調子に乗っかったわけではなく、しかし彼女を気遣う言葉を吐かなかった。
「見つけた。イブリースだ」
●正しいひと、間違ったもの
せーのっ。
「前」
「前にゃ!」
「前だ!」
カンテラの火はとうに消え、三人は既にお互いを目視で確認できなくなっていた。そういう状況にあっても、道具一つ、知恵一つでお互いの向いている方向を揃えることが可能である。
まずは、先頭に立つ『下水道暮らし』ダンケル・アルトマン(CL3000010)が向きたい方を向いて、三人の身体を繋ぐロープを後ろ手に引っ張る。
その力はダンケルの後ろ、ミケ・テンリュウイン(CL3000238)へと伝わるので、彼女は引っ張られた方向に身体の正面を向けて、同じように後ろ手にロープを引く。
後は、最後尾の『知りたがりのクイニィー』クイニィー・アルジェント(CL3000178)が向きを正せば、これで一様にダンケルの向いている方と一緒になるわけだ。
彼らは分かれ道に至る度にそうやって整列し、どの道を選ぶべきかを一斉に指差して決めていた。
根拠は“勘”だが、三人の勘が一致するのならバカにできたものでもない。増してや、ここまでの全ての分かれ道で意見が一致している。もはや当てずっぽうの領域は脱しているだろう。
「ぜ、全員、前だな」
ダンケルが、自分を含めた勘の一致を確認して先導を始める。既に役立たずとなったカンテラの代わりに一行の足元の安全を確かめるのは十フィート棒。そして、ダンケルの傍らでせっせと働く一体のリス型のホムンクルスである。
大きな障害はダンケルが、小さな障害はクイニィーの操るリスたちが。視力の代わりに音で互いの距離や行動を図るダンケルとリスの斥候コンビは、なかなかどうして釣り合いが良く、探索が滞ることもなかった。
“勘”の共通点で括られたチームながら、下手をすれば、その道中は誰よりもスムーズだったのかも知れないのだ。
果たして、無事にイブリース化したガスランプも発見された。浄化役を申し出たクイニィーは、しかし、それにすぐには触れなかった。
警戒してのことではない。ただ、思うところがあったのだ。
「どうしてイブリース化しちゃったんだろうね?」
イブリース化には理由がある。負の感情か、あるいはゲシュペンストの影響か。
もしも心があったなら、このガスランプは何に悩み、苦しんだのだろう。坑道の中で忘れられたと感じ、寂しいあまりに悪魔と化したのか。
「まぁ、ランプに寂しいなんて感情あるとは思わないけど!」
吹っ切るように言いながら、ガスランプを抱えて浄化を始める。
ひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。
という高く薄い音だった。
風の吹く、あるいは小さな鳥の鳴く、あるいは“光が鳴らす”音。
ガスランプの火に灯りが戻ったかと思えば、その火からぱあ、と堰を切ったようにして、光が鳴きながら溢れ出す。
「きれーい!」
「すごいにゃー! すごいにゃー!」
さながら、坑道の宙を泳ぐ魚たち。目で追えば、それらが自らの元いたガス灯や、ダンケルたちの持っていたカンテラへと戻っていくのが分かった。
坑道が歓喜に震えているような幻想的な光景だが、しかし、そう長くは続かなかった。時間にすれば一分もない、ほんの一時。
力尽きたように火の消えた元イブリースのガスランプを振り回して喜ぶクイニィーとミケをよそに、ダンケルだけはじいと静かに、その光景をを眺めていたのだった。
「オイラは……」
灯りの宿ったガス灯を見上げながら、ダンケルが口を開く。それは、クイニィーの提示した疑問への彼なりの返答でもあった。
「な、なんとなく、なんとなく、だけど……オイラ、このランプに親近感……みたいなものを感じるんだ」
暗い下水道で、誰にも必要とされず、泥棒などをしながら生活していた時期がある。こうしてオラクルになる前の話だが、その頃のことを思い返せば、彼はランプへの同情を禁じ得なかった。
つまりは。
「誰かに必要とされたかったから灯りを奪った、……イブリース化した、ってことにゃ?」
「お、オイラがオラクルになった、ように」
「でも、オラクルになることとイブリースになることは全然違うよ」
クイニィーが自分のカンテラの灯を消して、また点ける。イブリースの効果範囲内にあったなら、その火は瞬く間に奪われて弱まり、消えたことだろうが、今はもう堂々として燃え続けている。
灯りの奪われる様子をクイニィーは何度か試し、その度にすごいすごいとはしゃいでいたものだが、浄化が済んだ以上は幻の体験となってしまった。同じようなイブリースが出現しない限り、経験することもなくなっただろう。
「周りの灯りを奪ったのは、も、もしかしたらコイツ、まだ灯りとして使って欲しかったんじゃねえかな……って。その能力は、め、めいっぱいの抵抗だったんだ」
「分からないでもないにゃ。ミケだって、まだ踊れるし歌えるのに、それを止めろと言われたら抵抗するにゃ。でもにゃー」
「そう、でも、その気持ちが間違っちゃったら意味ないじゃない!」
「間違い……」
「仮に、本当にランプが寂しいと思ったならさ、それは」
もっと、違う形で発露できるように努力すべきだった、のではないだろうか、と。
●彼らの照らす未来はいずこ
坑道を出た一行を待っていたのは、地図の回収と護衛役とを務める自由騎士が一人と、依頼主である『発明家』佐クラ・クラン・ヒラガ(nCL3000008)であった。
ガスランプは一旦ウェルスの下に集められ、それからまとめて佐クラに渡された。商人としてのコネを深めようという魂胆もあったわけだが、果たして彼女の印象に残ったかどうか。
というのも、話がすぐにガスランプの処遇へと移ってしまったからだった。大方の意見としては、丁重に扱って欲しいということ。新たな活躍の場があれば使ってやって欲しいということ。
例え研究材料になるのだとしても、埃を被るよりはずっとマシである。
「あんたはんらの気持ちはよぅ分かりました。無碍にはしないようきばらせてもらいますねん。お任せください」
どうあれ、それらの熱意は彼女を通して引き取り先にも伝わるだろう。
願わくば。彼らが彼らの未来を照らせる日の訪れますように。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
†あとがき†
MVPは、ガスランプに寄り添う優しいあなたに。
もしも普段使っている物があなたに牙を剥いたなら、
あなたはそれを更に大切に扱うようになるでしょう。
そうなる前から大切に扱っておきたいものです。
刃物に歯向かわれては一溜りもありませんからね。
おや? 手元のハサミの様子が……ぎゃーす!
もしも普段使っている物があなたに牙を剥いたなら、
あなたはそれを更に大切に扱うようになるでしょう。
そうなる前から大切に扱っておきたいものです。
刃物に歯向かわれては一溜りもありませんからね。
おや? 手元のハサミの様子が……ぎゃーす!
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