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バンシーヘッド。或いは、雨降る夜に泣く子供……。

■音のない夜
パラパラと、小粒の雨が降っていた。
ひどく寒い夜のこと。
人気のない公園。
簡素な遊具と、雑草の茂る地面。
地面には木片や枯葉、そのほかにも多数のゴミが散らばっていた。
公園の周囲は、高い柵に覆われている。
柵には蔦が巻き付いており、道路から中の様子は窺えないだろう。
公園の様子からも、すでに数年ほどの単位でこの場所がろくに使われていないことが分かる。
けれど、しかし……。
『アァァァァァア!!』
真夜中の公園に、突如として響き渡る幼子の泣き声。
それと同時に、雨や風の音が止まった。
雨は降り続け、冷たい風に木の葉は揺れているにも関わらず、唐突に音だけが消えたのだ。
そして……。
公園の中央。なんの前触れもなく、突然にソレは現れた。
背丈はおよそ120~130センチと言ったところか。
身長に比して、やたらと大きな……それこそ背丈の半分ほどにも及ぶほどの異様な大きさの頭部を持った子供の姿。
肌の色は青白く、ぼろ布のような衣服をまとっている。
顔や手足、胴体にも無数の傷が刻まれている。
火傷、裂傷、打撲痕など傷の種類は多様であった。
その瞳は暗く……どうやら眼球が存在していないようだ……大きく開かれた口内には舌も歯も見当たらない。
『アアァァァァ!』
異形の幼子が泣き叫ぶ。
『アアァァーーーーァァ!』
『アア……アァァ!』
その泣き声に呼応するように、どこからともなく同じく異形の幼子が2人……否、2体と呼ぶべきだろうか……姿を現した。
音の消えた公園に、子供たちの泣き声だけが反響していた。
●階差演算室
「皆、揃っているね? それじゃあ、依頼内容を説明するよ」
ぱんぱんと軽快に手を打ち鳴らし、『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)は室内に集った自由騎士たちへと視線を巡らせた。
彼らの手元に渡った資料には、頭部の大きく膨れた子供の写真が掲載されている。
今回のターゲットである還リビト……暫定的な名を(バンシーヘッド)と言う。
「彼ら……もしかすると、彼女らかも知れないけど……は、どうやらこの公園に埋められていたみたいだね。どこの誰が、どういった経緯でそんなことをしたのかは知らないけど、還リビトになっちゃった以上、討伐しなきゃ駄目なんだ」
僅かに視線を伏せ、静かな口調でクラウディアはそう告げた。
しばしの静寂が室内に満ちる。
すぅ、と小さく息を吸う音。顔を上げたクラウディアの表情は、いつのものように笑顔であった。
その目尻にほんの僅かな雫の光。
死して、異形のものと化した幼子たちに対して思うところがあるのだろう。
「戦場となるのは主にこの公園内かな。半径30メートル~40メートルと言った広さで、周囲は柵に覆われているよ。出口は東西南北に一カ所ずつ。周辺には道路や家屋が並んでいるけど、天候やバンシーヘッドたちの能力のおかげで、一般人は寄りつかないと思うよ」
だから、というわけではないがバンシーヘッドを取り逃がさない限りは安心して戦闘に専念できるだろう。
「バンシーヘッドたちの攻撃には[ブレイク]や[スロウ]、[移動不能]の状態異常が付与されているみたい。敵の数は3体だけど、集中攻撃なんて受けちゃったら……」
なんて、言って。
クラウディアはわざとらしく、自身の身体を抱きしめてみせる。
「なんてね。皆ならきっと大丈夫だよね。でも、細心の注意を払ってほしいのはホントだよ」
天候は雨。時間は夜。
視界は悪く、戦場は狭い。
広範囲に渡る攻撃は、場合によっては味方を巻き込みかねないだろう。
加えて……。
「バンシーヘッドたちの能力なのかな。自身を中心に約10メートル内の音を消してしまうみたいなの。音が消えるのは、バンシーヘッドたちが泣いている間だけみたいだけどね」
人間は常に物音に包まれて生活している。完全な無音には慣れておらず、自然と視覚と聴覚を頼りに動き、判断するものだ。
果たして音のない戦場で、本来の実力のうち何パーセントを発揮できるのか。
クラウディアにはそれが不安でならないらしい。
「……美味しい御菓子を用意して、皆の帰りを待ってるからね」
にこり、と。
いつも通りの笑みを浮かべて、クラウディアはそう言った。
パラパラと、小粒の雨が降っていた。
ひどく寒い夜のこと。
人気のない公園。
簡素な遊具と、雑草の茂る地面。
地面には木片や枯葉、そのほかにも多数のゴミが散らばっていた。
公園の周囲は、高い柵に覆われている。
柵には蔦が巻き付いており、道路から中の様子は窺えないだろう。
公園の様子からも、すでに数年ほどの単位でこの場所がろくに使われていないことが分かる。
けれど、しかし……。
『アァァァァァア!!』
真夜中の公園に、突如として響き渡る幼子の泣き声。
それと同時に、雨や風の音が止まった。
雨は降り続け、冷たい風に木の葉は揺れているにも関わらず、唐突に音だけが消えたのだ。
そして……。
公園の中央。なんの前触れもなく、突然にソレは現れた。
背丈はおよそ120~130センチと言ったところか。
身長に比して、やたらと大きな……それこそ背丈の半分ほどにも及ぶほどの異様な大きさの頭部を持った子供の姿。
肌の色は青白く、ぼろ布のような衣服をまとっている。
顔や手足、胴体にも無数の傷が刻まれている。
火傷、裂傷、打撲痕など傷の種類は多様であった。
その瞳は暗く……どうやら眼球が存在していないようだ……大きく開かれた口内には舌も歯も見当たらない。
『アアァァァァ!』
異形の幼子が泣き叫ぶ。
『アアァァーーーーァァ!』
『アア……アァァ!』
その泣き声に呼応するように、どこからともなく同じく異形の幼子が2人……否、2体と呼ぶべきだろうか……姿を現した。
音の消えた公園に、子供たちの泣き声だけが反響していた。
●階差演算室
「皆、揃っているね? それじゃあ、依頼内容を説明するよ」
ぱんぱんと軽快に手を打ち鳴らし、『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)は室内に集った自由騎士たちへと視線を巡らせた。
彼らの手元に渡った資料には、頭部の大きく膨れた子供の写真が掲載されている。
今回のターゲットである還リビト……暫定的な名を(バンシーヘッド)と言う。
「彼ら……もしかすると、彼女らかも知れないけど……は、どうやらこの公園に埋められていたみたいだね。どこの誰が、どういった経緯でそんなことをしたのかは知らないけど、還リビトになっちゃった以上、討伐しなきゃ駄目なんだ」
僅かに視線を伏せ、静かな口調でクラウディアはそう告げた。
しばしの静寂が室内に満ちる。
すぅ、と小さく息を吸う音。顔を上げたクラウディアの表情は、いつのものように笑顔であった。
その目尻にほんの僅かな雫の光。
死して、異形のものと化した幼子たちに対して思うところがあるのだろう。
「戦場となるのは主にこの公園内かな。半径30メートル~40メートルと言った広さで、周囲は柵に覆われているよ。出口は東西南北に一カ所ずつ。周辺には道路や家屋が並んでいるけど、天候やバンシーヘッドたちの能力のおかげで、一般人は寄りつかないと思うよ」
だから、というわけではないがバンシーヘッドを取り逃がさない限りは安心して戦闘に専念できるだろう。
「バンシーヘッドたちの攻撃には[ブレイク]や[スロウ]、[移動不能]の状態異常が付与されているみたい。敵の数は3体だけど、集中攻撃なんて受けちゃったら……」
なんて、言って。
クラウディアはわざとらしく、自身の身体を抱きしめてみせる。
「なんてね。皆ならきっと大丈夫だよね。でも、細心の注意を払ってほしいのはホントだよ」
天候は雨。時間は夜。
視界は悪く、戦場は狭い。
広範囲に渡る攻撃は、場合によっては味方を巻き込みかねないだろう。
加えて……。
「バンシーヘッドたちの能力なのかな。自身を中心に約10メートル内の音を消してしまうみたいなの。音が消えるのは、バンシーヘッドたちが泣いている間だけみたいだけどね」
人間は常に物音に包まれて生活している。完全な無音には慣れておらず、自然と視覚と聴覚を頼りに動き、判断するものだ。
果たして音のない戦場で、本来の実力のうち何パーセントを発揮できるのか。
クラウディアにはそれが不安でならないらしい。
「……美味しい御菓子を用意して、皆の帰りを待ってるからね」
にこり、と。
いつも通りの笑みを浮かべて、クラウディアはそう言った。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.バンシーヘッドの討伐
●ターゲット
・バンシーヘッド(×3)
傷だらけの還リビト。
身長120~130センチほどと小柄。背丈の半分ほどは頭部が占めている。
バンシーヘッドが泣いている間は、本体を中心に半径10メートルほどの音が消えるようだ。
[スクリーム] 魔遠単【ブレイク2】
意味をなさない絶叫。
[号哭]魔近範【カース1】
悲しみの籠った泣き声による精神的な負荷攻撃。
[怨嗟]攻近単【移動不能】
ひどく冷たい手で、至近のターゲットを掴み行動不能に陥らせる。
●フィールド
半径30メートル~40メートルほどの広さの公園。楕円形。
園内には障害物などは存在せず、周囲は柵で覆われている。
夜間&雨天。街灯なども存在しないため、視界は極めて悪い。
また、バンシーヘッドが泣いている間は、バンシーヘッドを中心に半径10メートルほどが無音となる。
皆さまのご参加、お待ちしております。
・バンシーヘッド(×3)
傷だらけの還リビト。
身長120~130センチほどと小柄。背丈の半分ほどは頭部が占めている。
バンシーヘッドが泣いている間は、本体を中心に半径10メートルほどの音が消えるようだ。
[スクリーム] 魔遠単【ブレイク2】
意味をなさない絶叫。
[号哭]魔近範【カース1】
悲しみの籠った泣き声による精神的な負荷攻撃。
[怨嗟]攻近単【移動不能】
ひどく冷たい手で、至近のターゲットを掴み行動不能に陥らせる。
●フィールド
半径30メートル~40メートルほどの広さの公園。楕円形。
園内には障害物などは存在せず、周囲は柵で覆われている。
夜間&雨天。街灯なども存在しないため、視界は極めて悪い。
また、バンシーヘッドが泣いている間は、バンシーヘッドを中心に半径10メートルほどが無音となる。
皆さまのご参加、お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
6/8
6/8
公開日
2019年12月05日
2019年12月05日
†メイン参加者 6人†
●
真夜中の公園。人気のない、寒い寒い夜の出来事。
しずしずと。
小粒の雨が降っていた。
衣服に染みこむ水滴が『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)の体温を急速に奪っていく。
ぶるり、と僅かに身を震わせて、気を取り直すように……あるいは、気合いを入れ直すように熱のこもった吐息を吐いた。
「ふぅ……。命を奪われてその上還リビトになるなんて理不尽だよね。それでも還リビトをそのままにはしておけないよ」
そんな彼女の視線の先には、奇妙に膨れた頭部を持つ人影が3つ。
体格からして、どれも子供のようだ。
還リ人……いわゆるゾンビのような存在だ。
元の人格は失われ……もっとも、すでに死人である以上、それははじめから無いとも言えるが……本能の赴くままに人を襲う存在である。
「せめて安らかに眠らせてあげる事しか、私にはできないわね」
「あの子たちは公園に埋められて…それに、身体の傷は…」
まっすぐにバンシーヘッドを見つめ、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)とセアラ・ラングフォード(CL3000634)のは固く唇を結ぶ。
バンシーヘッドを討つのなら、彼女たちのように強い意思と慈愛の心を持つものが最適だろうか。
「ここは、随分前から公園だったようだな。日当たりも悪くて、人もあまり寄りつかない……そんな湿気た場所だったらしいぜ」
それとも彼……ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)のような任務に忠実な者の方が向いているかもしれない。
どちらにせよ、還リ人(バンシーヘッド)討伐のために、欠かせない重要な要素が1つある。
それは、人ならざる存在に抗えるだけの実力を身につけていることだ。
『アァァァァーー!』
バンシーヘッドが泣き叫ぶ。
「----------……!?」
咄嗟に仲間たちへと警戒を呼びかけた『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)だが、その声は誰にも届かない。
バンシーヘッドの能力による無音空間。
気づけば雨の音も、風の音も消えていた。
『なるほど……これが無音。皆さん、射程外へ移動しましょう』
事前情報により、無音空間が半径10メートルほどであることは知っている。アンジェリカは、手早くハンドシグナルへ切り替えて、仲間たちへと散開を指示した。
それに従い、6人はバンシーヘッドたちを囲むよう公園の四方へ移動を開始。
自由騎士たちの動きにつられたように、3体のバンシーヘッドはよたよたとした動きで、好き勝手な方向へと歩み始める。
そのうち1体はその場に残った『戦姫』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)の方へと向かって来ていた。
何かを求めるように伸ばされた小さな手。
爪が剥がれ、指先の皮膚はズタズタに破れていた。
『ーーーーアァ……』
泣き声が止み、辺りに音が戻ってくる。
「痛ましいですね…子供たちには出来る限りの事をしてあげませんと」
そう言ってデボラは、剣を構えて駆け出した。
●
スキルによって、寒さと暗さには対策済みだ。
それゆえデボラは、寒い夜でも平時と変わらず十全な攻防を行える。
伸ばされたバンシーヘッドの腕を、手にした大盾で受け止めて、代わりとばかりに輝く剣で切りつけた。
ザクリ、と。
バンシーヘッドの額から口元にかけて、新たな傷が刻まれる。
「子供が犠牲になる状況には心が痛みます……子供に剣を振り下ろすことにも……」
血が滲むほどに唇を噛み締め、デボラはそう呟いた。
そんな彼女の背後には、術式を展開途中のセアラの姿。
公園の各所で交戦を開始した仲間たちのために、いつでも回復を行えるよう備えているのだ。
視野を広く保ち、戦場となる公園全体を視界に収める。
傷ついた、或いは、状態異常を受けた仲間がいればすぐに気付けるように……間違っても手遅れになどならないように。
「一刻も早く、還リビトの状態から解放してあげないと……」
デボラの剣を受け、バンシーヘッドの身体に新たな傷が刻まれた。
その瞬間を目にしたセアラの目尻に、ほんの一粒、涙の雫が光ってみえる。
ところ変わって、公園後方。
『アアアアアアアァッァ!』
泣き叫ぶバンシーヘッドに相対するのは、カノンとエルシーの2人である。
2人の耳に入るのは、バンシーヘッドの泣き声ばかり。
雨の音も風の音も、自身の足音や心臓の鼓動さえも聞こえぬ無音の空間。
(……音が聞こえないってこんなに不安なんだ)
さし伸ばされたバンシーヘッドの細い腕を、カノンは拳で払いのける。
さらに追撃を、と大きく1歩踏み込んだ……その瞬間。
バンシーヘッドの足元へ、姿勢を低く迫る人影。
(……っ!?)
寸でのところで拳を止めて、カノンはその場で制止した。
一方、エルシーはよろめいたバンシーヘッドの足元へと潜り込み、立ち上がる勢いを乗せた拳を、その顎目がけて叩き込む。
(この距離なら目標を見失うこともないけれど……)
顎を打ち抜かれ、バンシーヘッドの小さな体が宙へと浮いた。
強制的に口を閉ざされ、泣き声も止む。
「エルシーさん、あぶないよ!」
「っ……。すいません。早く眠らせてあげたくて……少し焦り過ぎました」
互いの姿を常に視界に入れられるよう、2人は素早く左右へ別れて駆け出した。
倒れていたバンシーヘッドが起き上がり、左右へきょろきょろと視線を巡らせる。
どちらから対処すべきか迷っているのだろう……。
けれどしかし、その一瞬の迷いは、近接職2人相手には致命的な隙となる。
まるで示し合せたかのように、2人は同時に拳を振り上げ、バンシーヘッドへ踊りかかった。
マズルフラッシュ。
次いで放たれる鉛の弾丸。
鼻腔をくすぐる硝煙の臭い。
しかして無音……。
本来であれば鳴り響くはずの銃声は、バンシーヘッドの泣き声に掻き消されて聞こえない。
(公園内に散らばっているのが厄介だな……纏まってくれてりゃ、無音空間も狭くて済むのに)
手元の銃へと視線を落とし、ウェルスは内心でそう毒づいた。
引き金を引くたびに感じる確かな反動。
すっかり手に馴染んだ感覚だ。後は、音さえ戻ってくれば完璧だ。
火薬の爆ぜる銃声こそが、銃火器の本領とさえいえるだろう。
(……無音になるのは泣いている間だけ、ってことは……口を塞いじまえばいい)
バンシーヘッドの頭部へ向けて、ウェルスは銃の狙いを定めた。
ウェルスの放った弾丸は、寸分違わずバンシーヘッドの頭部へ飛んだ。
バンシーヘッドは泣き声を止め、その手で弾丸を打ち払う。
「ちっ……正面からじゃ弾かれるか」
舌打ちを零し、ウェルスは再び銃を構える。
狙いを定め、引き金を絞ったその瞬間……。
『アァーーーーーーーーーーッ!!』
バンシーヘッドは絶叫した。
ビリビリと、空気を震わせる大音声。
真正面からそれを浴びたウェルスは、苦悶の表情を浮かべその場に膝を突いた。
そんなウェルスの元へ、バンシーヘッドが歩み寄る。巨大な頭部を、ゆらりかくりと左右へ揺らす、ひどく歪な歩み方。
首の骨が折れているのか、カクンカクンと、一歩進むごとに頭は大きく左右へ斜く。
「…この子たちは、もしかしたら愛を知らぬまま、その短い生涯を終えたのでしょうか? 或いは、終わらせられた…いえ、どちらでも構いませんね」
バンシーヘッドとウェルスの間に、巨大な十字架を構えたアンジェリカが駆け込んだ。
彼女の頭上には光の珠が浮いている。
まばゆい光が、バンシーヘッドを照らし出した。
アンジェリカは、地面に十字架を突き刺すとまっすぐにバンシーヘッドへ視線を注ぐ。
その身を盾に、ウェルスの身を庇うつもりか……。
否、そうではない。
「その悲しみを……その魂を、救済します」
十字架から手を放し、彼女は何かを放り投げる。
どうやらそれは、拳大のボールのようだ。
ボールはまっすぐ雨に濡れた地面を転がり、バンシーヘッドの足元へ。
瞬間。
『アァアアア……!!』
ボールは弾け、辺りに冷気をばら撒いた。
フリーズボム。
アンジェリカが放ったボールの正体である。
炸裂と同時に薬液をばら撒き、瞬間的に周囲の空気やターゲットを凍らせる……そんな効果を備えたスキルだ。拳大のサイズに収まっているとは思えないほど効果は高い。
事実、下半身を氷に囚われたバンシーヘッドは、身動きが取れないでいるのだから。
「セアラ様は、ウェルス様の回復を! この場は私が引き受けます」
視界の端では、地面に膝を突いたウェルスが荒い呼吸を繰り返していた。どうやらバンシーヘッドの攻撃が直撃したらしく、状態異常と大きなダメージを負ってしまっているようだ。
「わ、分かりました。ウェルス様、すぐに治療いたしますので!」
カンテラを掲げ、セアラは駆ける。
そんな彼女に反応し、バンシーヘッドが口を開いた。
すぅ、と。
その薄い胸が大きく膨らむ。
叫ぶための空気を吸い込んだのだろう。
だが……。
「やらせませんよ。それが私の役割なれば……私はそれを貫くのみ!」
バンシーヘッドの眼前に立ち塞がるは巨大な盾。
デボラは盾を体に引き付け、その持ち手を握り直した。
そして剣を地面に突き刺し、腰を落として衝撃に備える。
その直後……。
『ィィィアアアアアアアアアアアア!!』
デボラの身体を、金切り声が貫いた。
一方その頃、
カノンとエルシーの絶え間ない殴打に晒されて、バンシーヘッドは公園の隅へと後退していた。
他の仲間たちとは、10メートル以上の距離が離れている。
バンシーヘッドが泣き叫ぶ度、周囲の音は消え去るが、カノンとエルシーはこの短期間の間に、それに見事順応してみせた。
元より、肉弾戦を好む2人だ。
反射神経や直感、動きを読むという行為には優れていたのかもしれない。
カノンが前に出れば、エルシーは即座に援護に回る。
エルシーが背後へ迂回すれば、バンシーヘッドを惹きつけるべくカノンが派手に技を使った。
そうして生まれた隙に、確実に攻撃を捻じ込んでいくのだ。
むろん、仲間たちから離れたことで回復を受けられないなどのデメリットもある。はじめのうちはセアラの術の範囲内にいたので問題なかったのだが、こうも隅へと移動してしまった以上は、まともに支援も受けられないでいる。
(ふぅ……ちょっとやばめかも)
体力の少ないカノンのほうが、先に限界を迎えそうだ。
エルシーは、心配そうな視線をカノンへと向ける。無音のため、声に出して問うことができないのだ。
カノンは努めて笑みを浮かべ『だいじょーぶ、です』と口の動きでそう伝えた。
とはいえ、その青ざめた顔色は、とてもではないが“大丈夫”には見えない。
けれど、カノンは後退しない。
後退できない、理由があるのだ。
(パンシーヘッド達は埋められてた。外の音も届かず、自分達の声も届かない。この無音がもたらす不安と恐怖は彼らのそれなんだ)
そう思うと、自然と涙が頬を伝う。
ガントレットを付けた手では、涙を拭うこともできない。
だがら彼女は、流れる涙もそのままに、バンシーヘッドへ踊りかかった。
しとしとと降る雨に混じって、カノンの涙が零れて落ちる。
泣き声が止んで、音が戻った。
「待っていて。いま楽にしてあげる。そうしたら、もう泣かなくていいのよ」
すぅ、とエルシーは大きく空気を吸い込んだ。
それに応じて、エルシーの纏う威圧感が強まっていく。
「…エルシーさん、お願い!」
タン、と。
地面を蹴って、カノンは大きく背後へ跳んだ。
バンシーヘッドが空気を吸い込む。
また、泣き叫ぶつもりだろう。
だが、遅い。
「うぅ……ァアアアアアアアアアアアアアアアア!」
空気を震わす大音声。
獣の咆哮にも似たエルシーの雄叫びが、バンシーヘッドを飲み込んだ。
頭を押さえ、バンシーヘッドが身をよじる。
瞬間……。
「……願わくば君達の魂が、無事に天国へ行けますように
助走をつけて、駆ける小さな人影が一つ。
全身全霊を込めたカノンの拳がバンシーヘッドの胸を貫く。
ゴォン、と。
どこかで鐘の音が鳴った。
●
カノンとエルシーがバンシーヘッドを撃破したのと時は同じく。
「これでよし……ですかね」
セアラを中心に、淡い燐光が飛び散った。
きらきらと、光は吸い込まれるようにウェルスの身体に降り注ぎ、その身体から蓄積されたダメージを取り除いていく。
「助かったぜ。これでまだ戦える」
一度は剥がされたサテライトエイムを自身に付与し、ウェルスはゆっくり銃を構える。
視線の先では、バンシーヘッドとアンジェリカがめまぐるしく位置を入れ替えながら、交戦していた。
アンジェリカの十字架が、バンシーヘッドの腕を払う。
骨が折れて、払われた右腕はだらんと力無く体の横に垂れ下がった。
残った左腕で、バンシーヘッドはアンジェリカの手首を掴む。
(----っ! 体が……)
アンジェリカの動きが止まった。
バンシーヘッドが腕を振り上げ、アンジェリカへと殴りかかる。
十字架でガードしようにも動けない。
位置も悪く、ウェルスの援護も不可能だ。
だが……しかし。
「私にお任せを」
水に濡れた赤い髪が舞い踊る。
セアラの足元から燐光が舞いあがった燐光は、一度彼女の頭上で弾け、それからまっすぐアンジェリカの元へ収束していった。
じわり、と。
アンジェリカの身体に、燐光と共に熱が広がる。
(動ける……これなら!)
体の自由を取り戻したアンジェリカは、回避も防御もしなかった。
振り下ろされるバンシーヘッドの細腕を、十字架の端に引っ掛けるようにして受け流す。
衝撃を完全に殺すことは出来なかったのか、僅かに苦悶の表情を浮かべる。けれど、視線はまっすぐにバンシーヘッドを見据えていた。
鳴き声が止む。
虚ろな眼窩で、バンシーヘッドはアンジェリカを見上げた。
「……次こそは、幸せな人生を歩めますように」
静かに目を閉じ、アンジェリカはそう呟いた。
その直後、渇いた銃声が鳴り響く。
ウェルスが銃の引き金を引いたのだ。
放たれた弾丸は、まっすぐバンシーヘッドの額を射抜く。
『------------アァ』
掠れた悲鳴をあげながら、バンシーヘッドは後ろ向きに倒れていった。
そんなバンシーヘッドの頭部を、アンジェリカの十字架が打ち砕く。
頭部を失い、バンシーヘッドの身体は崩れた。
はじめからそんなものどこにもなかったみたいに、塵と化して、地面に積もる。
傷だらけの子供の死体が、これ以上誰かに傷つけられることのないように。
祈りのつもりか、アンジェリカは塵の上に十字架を突き立て、視線を伏せた。
「……この時期の雨は流石に冷えるな」
アンジェリカの元へウェルスが歩み寄り、そんな言葉を投げかけた。
視線を伏せたそのままに、アンジェリカは震える声で言葉を紡ぐ。
「えぇ、本当に。……寒くて寒くて、身体が震えて止まりません」
俯いたアンジェリカの目元から、ボタボタと雫が滴っている。
雨粒なのか……それとも……。
震える聖女の全身に、冷たい雨が降り注ぐ。
盾とは本来、身を守るための兵装である。
けれど、その実体は分厚く重たい金属の塊だ。
常人を凌駕した膂力でもって、それを叩きつけられたら……果たして一体どうなるのか。
答えは簡単……吹き飛ぶのである。
「やぁぁっ!!」
裂帛の気合と共に、デボラは大盾を前面へ押し出す。
盾を前にした体当たりだ。
バンシーヘッドの身体が吹き飛んで、地面を数度跳ねて倒れた。
「……あ、あぶなかった。交霊術に集中し過ぎました……」
ふらり、とデボラの身体が揺れる。
その顔色は真っ青で、瞳はどこか虚ろであった。
そんなデボラの背を、セアラはそっと寄り添うようにして支える。
セアラの手を通じて、デボラの身体に淡い光が注ぎ込まれた。
「お、おぉ? ありがとうございます。体力が回復しましたわ!」
「これが私の役割ですから。それより……また来ます」
セアラの視線の先には、よたよたと起き上がるバンシーヘッドの姿があった。
「下がっていてください。すぐに終わらせてまいります」
そう言ってデボラは、再度盾を体の前に掲げてみせる。
姿勢を低くし、力を溜める。
まるで放たれる寸前の矢のようだ。
限界まで引き絞られて……。
『アァァアーーーーーーーーーーーーーーァア!!』
バンシーヘッドの慟哭と共に、デボラという名の矢は放たれた。
まっすぐにバンシーヘッドの瞳を見つめ、デボラは駆ける。
そして……。
(これが私にできる精一杯です。どうか、安らかに眠ってください)
バンシーヘッドの小さな体を、デボラの盾が弾き飛ばした。
骨の砕ける音がして、バンシーヘッドは宙を舞う。
その身は地面に落ちることなく……。
空中で、塵と化して崩れて消えた。
しとしとと、冷たい雨が降り注ぐ。
誰もいなくなった公園に、静かな歌が響き渡った。
歌っているのはカノンである。
やわく目を閉じ、囁くように旋律を紡ぐ彼女の様子を、仲間達はただ黙って見守っていた。
これは、鎮魂歌。
死体さえも残らなかったバンシーヘッドたちへ向けた、カノンなりの手向けの歌。
泣き声はもう、聞こえない。
真夜中の公園。人気のない、寒い寒い夜の出来事。
しずしずと。
小粒の雨が降っていた。
衣服に染みこむ水滴が『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)の体温を急速に奪っていく。
ぶるり、と僅かに身を震わせて、気を取り直すように……あるいは、気合いを入れ直すように熱のこもった吐息を吐いた。
「ふぅ……。命を奪われてその上還リビトになるなんて理不尽だよね。それでも還リビトをそのままにはしておけないよ」
そんな彼女の視線の先には、奇妙に膨れた頭部を持つ人影が3つ。
体格からして、どれも子供のようだ。
還リ人……いわゆるゾンビのような存在だ。
元の人格は失われ……もっとも、すでに死人である以上、それははじめから無いとも言えるが……本能の赴くままに人を襲う存在である。
「せめて安らかに眠らせてあげる事しか、私にはできないわね」
「あの子たちは公園に埋められて…それに、身体の傷は…」
まっすぐにバンシーヘッドを見つめ、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)とセアラ・ラングフォード(CL3000634)のは固く唇を結ぶ。
バンシーヘッドを討つのなら、彼女たちのように強い意思と慈愛の心を持つものが最適だろうか。
「ここは、随分前から公園だったようだな。日当たりも悪くて、人もあまり寄りつかない……そんな湿気た場所だったらしいぜ」
それとも彼……ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)のような任務に忠実な者の方が向いているかもしれない。
どちらにせよ、還リ人(バンシーヘッド)討伐のために、欠かせない重要な要素が1つある。
それは、人ならざる存在に抗えるだけの実力を身につけていることだ。
『アァァァァーー!』
バンシーヘッドが泣き叫ぶ。
「----------……!?」
咄嗟に仲間たちへと警戒を呼びかけた『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)だが、その声は誰にも届かない。
バンシーヘッドの能力による無音空間。
気づけば雨の音も、風の音も消えていた。
『なるほど……これが無音。皆さん、射程外へ移動しましょう』
事前情報により、無音空間が半径10メートルほどであることは知っている。アンジェリカは、手早くハンドシグナルへ切り替えて、仲間たちへと散開を指示した。
それに従い、6人はバンシーヘッドたちを囲むよう公園の四方へ移動を開始。
自由騎士たちの動きにつられたように、3体のバンシーヘッドはよたよたとした動きで、好き勝手な方向へと歩み始める。
そのうち1体はその場に残った『戦姫』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)の方へと向かって来ていた。
何かを求めるように伸ばされた小さな手。
爪が剥がれ、指先の皮膚はズタズタに破れていた。
『ーーーーアァ……』
泣き声が止み、辺りに音が戻ってくる。
「痛ましいですね…子供たちには出来る限りの事をしてあげませんと」
そう言ってデボラは、剣を構えて駆け出した。
●
スキルによって、寒さと暗さには対策済みだ。
それゆえデボラは、寒い夜でも平時と変わらず十全な攻防を行える。
伸ばされたバンシーヘッドの腕を、手にした大盾で受け止めて、代わりとばかりに輝く剣で切りつけた。
ザクリ、と。
バンシーヘッドの額から口元にかけて、新たな傷が刻まれる。
「子供が犠牲になる状況には心が痛みます……子供に剣を振り下ろすことにも……」
血が滲むほどに唇を噛み締め、デボラはそう呟いた。
そんな彼女の背後には、術式を展開途中のセアラの姿。
公園の各所で交戦を開始した仲間たちのために、いつでも回復を行えるよう備えているのだ。
視野を広く保ち、戦場となる公園全体を視界に収める。
傷ついた、或いは、状態異常を受けた仲間がいればすぐに気付けるように……間違っても手遅れになどならないように。
「一刻も早く、還リビトの状態から解放してあげないと……」
デボラの剣を受け、バンシーヘッドの身体に新たな傷が刻まれた。
その瞬間を目にしたセアラの目尻に、ほんの一粒、涙の雫が光ってみえる。
ところ変わって、公園後方。
『アアアアアアアァッァ!』
泣き叫ぶバンシーヘッドに相対するのは、カノンとエルシーの2人である。
2人の耳に入るのは、バンシーヘッドの泣き声ばかり。
雨の音も風の音も、自身の足音や心臓の鼓動さえも聞こえぬ無音の空間。
(……音が聞こえないってこんなに不安なんだ)
さし伸ばされたバンシーヘッドの細い腕を、カノンは拳で払いのける。
さらに追撃を、と大きく1歩踏み込んだ……その瞬間。
バンシーヘッドの足元へ、姿勢を低く迫る人影。
(……っ!?)
寸でのところで拳を止めて、カノンはその場で制止した。
一方、エルシーはよろめいたバンシーヘッドの足元へと潜り込み、立ち上がる勢いを乗せた拳を、その顎目がけて叩き込む。
(この距離なら目標を見失うこともないけれど……)
顎を打ち抜かれ、バンシーヘッドの小さな体が宙へと浮いた。
強制的に口を閉ざされ、泣き声も止む。
「エルシーさん、あぶないよ!」
「っ……。すいません。早く眠らせてあげたくて……少し焦り過ぎました」
互いの姿を常に視界に入れられるよう、2人は素早く左右へ別れて駆け出した。
倒れていたバンシーヘッドが起き上がり、左右へきょろきょろと視線を巡らせる。
どちらから対処すべきか迷っているのだろう……。
けれどしかし、その一瞬の迷いは、近接職2人相手には致命的な隙となる。
まるで示し合せたかのように、2人は同時に拳を振り上げ、バンシーヘッドへ踊りかかった。
マズルフラッシュ。
次いで放たれる鉛の弾丸。
鼻腔をくすぐる硝煙の臭い。
しかして無音……。
本来であれば鳴り響くはずの銃声は、バンシーヘッドの泣き声に掻き消されて聞こえない。
(公園内に散らばっているのが厄介だな……纏まってくれてりゃ、無音空間も狭くて済むのに)
手元の銃へと視線を落とし、ウェルスは内心でそう毒づいた。
引き金を引くたびに感じる確かな反動。
すっかり手に馴染んだ感覚だ。後は、音さえ戻ってくれば完璧だ。
火薬の爆ぜる銃声こそが、銃火器の本領とさえいえるだろう。
(……無音になるのは泣いている間だけ、ってことは……口を塞いじまえばいい)
バンシーヘッドの頭部へ向けて、ウェルスは銃の狙いを定めた。
ウェルスの放った弾丸は、寸分違わずバンシーヘッドの頭部へ飛んだ。
バンシーヘッドは泣き声を止め、その手で弾丸を打ち払う。
「ちっ……正面からじゃ弾かれるか」
舌打ちを零し、ウェルスは再び銃を構える。
狙いを定め、引き金を絞ったその瞬間……。
『アァーーーーーーーーーーッ!!』
バンシーヘッドは絶叫した。
ビリビリと、空気を震わせる大音声。
真正面からそれを浴びたウェルスは、苦悶の表情を浮かべその場に膝を突いた。
そんなウェルスの元へ、バンシーヘッドが歩み寄る。巨大な頭部を、ゆらりかくりと左右へ揺らす、ひどく歪な歩み方。
首の骨が折れているのか、カクンカクンと、一歩進むごとに頭は大きく左右へ斜く。
「…この子たちは、もしかしたら愛を知らぬまま、その短い生涯を終えたのでしょうか? 或いは、終わらせられた…いえ、どちらでも構いませんね」
バンシーヘッドとウェルスの間に、巨大な十字架を構えたアンジェリカが駆け込んだ。
彼女の頭上には光の珠が浮いている。
まばゆい光が、バンシーヘッドを照らし出した。
アンジェリカは、地面に十字架を突き刺すとまっすぐにバンシーヘッドへ視線を注ぐ。
その身を盾に、ウェルスの身を庇うつもりか……。
否、そうではない。
「その悲しみを……その魂を、救済します」
十字架から手を放し、彼女は何かを放り投げる。
どうやらそれは、拳大のボールのようだ。
ボールはまっすぐ雨に濡れた地面を転がり、バンシーヘッドの足元へ。
瞬間。
『アァアアア……!!』
ボールは弾け、辺りに冷気をばら撒いた。
フリーズボム。
アンジェリカが放ったボールの正体である。
炸裂と同時に薬液をばら撒き、瞬間的に周囲の空気やターゲットを凍らせる……そんな効果を備えたスキルだ。拳大のサイズに収まっているとは思えないほど効果は高い。
事実、下半身を氷に囚われたバンシーヘッドは、身動きが取れないでいるのだから。
「セアラ様は、ウェルス様の回復を! この場は私が引き受けます」
視界の端では、地面に膝を突いたウェルスが荒い呼吸を繰り返していた。どうやらバンシーヘッドの攻撃が直撃したらしく、状態異常と大きなダメージを負ってしまっているようだ。
「わ、分かりました。ウェルス様、すぐに治療いたしますので!」
カンテラを掲げ、セアラは駆ける。
そんな彼女に反応し、バンシーヘッドが口を開いた。
すぅ、と。
その薄い胸が大きく膨らむ。
叫ぶための空気を吸い込んだのだろう。
だが……。
「やらせませんよ。それが私の役割なれば……私はそれを貫くのみ!」
バンシーヘッドの眼前に立ち塞がるは巨大な盾。
デボラは盾を体に引き付け、その持ち手を握り直した。
そして剣を地面に突き刺し、腰を落として衝撃に備える。
その直後……。
『ィィィアアアアアアアアアアアア!!』
デボラの身体を、金切り声が貫いた。
一方その頃、
カノンとエルシーの絶え間ない殴打に晒されて、バンシーヘッドは公園の隅へと後退していた。
他の仲間たちとは、10メートル以上の距離が離れている。
バンシーヘッドが泣き叫ぶ度、周囲の音は消え去るが、カノンとエルシーはこの短期間の間に、それに見事順応してみせた。
元より、肉弾戦を好む2人だ。
反射神経や直感、動きを読むという行為には優れていたのかもしれない。
カノンが前に出れば、エルシーは即座に援護に回る。
エルシーが背後へ迂回すれば、バンシーヘッドを惹きつけるべくカノンが派手に技を使った。
そうして生まれた隙に、確実に攻撃を捻じ込んでいくのだ。
むろん、仲間たちから離れたことで回復を受けられないなどのデメリットもある。はじめのうちはセアラの術の範囲内にいたので問題なかったのだが、こうも隅へと移動してしまった以上は、まともに支援も受けられないでいる。
(ふぅ……ちょっとやばめかも)
体力の少ないカノンのほうが、先に限界を迎えそうだ。
エルシーは、心配そうな視線をカノンへと向ける。無音のため、声に出して問うことができないのだ。
カノンは努めて笑みを浮かべ『だいじょーぶ、です』と口の動きでそう伝えた。
とはいえ、その青ざめた顔色は、とてもではないが“大丈夫”には見えない。
けれど、カノンは後退しない。
後退できない、理由があるのだ。
(パンシーヘッド達は埋められてた。外の音も届かず、自分達の声も届かない。この無音がもたらす不安と恐怖は彼らのそれなんだ)
そう思うと、自然と涙が頬を伝う。
ガントレットを付けた手では、涙を拭うこともできない。
だがら彼女は、流れる涙もそのままに、バンシーヘッドへ踊りかかった。
しとしとと降る雨に混じって、カノンの涙が零れて落ちる。
泣き声が止んで、音が戻った。
「待っていて。いま楽にしてあげる。そうしたら、もう泣かなくていいのよ」
すぅ、とエルシーは大きく空気を吸い込んだ。
それに応じて、エルシーの纏う威圧感が強まっていく。
「…エルシーさん、お願い!」
タン、と。
地面を蹴って、カノンは大きく背後へ跳んだ。
バンシーヘッドが空気を吸い込む。
また、泣き叫ぶつもりだろう。
だが、遅い。
「うぅ……ァアアアアアアアアアアアアアアアア!」
空気を震わす大音声。
獣の咆哮にも似たエルシーの雄叫びが、バンシーヘッドを飲み込んだ。
頭を押さえ、バンシーヘッドが身をよじる。
瞬間……。
「……願わくば君達の魂が、無事に天国へ行けますように
助走をつけて、駆ける小さな人影が一つ。
全身全霊を込めたカノンの拳がバンシーヘッドの胸を貫く。
ゴォン、と。
どこかで鐘の音が鳴った。
●
カノンとエルシーがバンシーヘッドを撃破したのと時は同じく。
「これでよし……ですかね」
セアラを中心に、淡い燐光が飛び散った。
きらきらと、光は吸い込まれるようにウェルスの身体に降り注ぎ、その身体から蓄積されたダメージを取り除いていく。
「助かったぜ。これでまだ戦える」
一度は剥がされたサテライトエイムを自身に付与し、ウェルスはゆっくり銃を構える。
視線の先では、バンシーヘッドとアンジェリカがめまぐるしく位置を入れ替えながら、交戦していた。
アンジェリカの十字架が、バンシーヘッドの腕を払う。
骨が折れて、払われた右腕はだらんと力無く体の横に垂れ下がった。
残った左腕で、バンシーヘッドはアンジェリカの手首を掴む。
(----っ! 体が……)
アンジェリカの動きが止まった。
バンシーヘッドが腕を振り上げ、アンジェリカへと殴りかかる。
十字架でガードしようにも動けない。
位置も悪く、ウェルスの援護も不可能だ。
だが……しかし。
「私にお任せを」
水に濡れた赤い髪が舞い踊る。
セアラの足元から燐光が舞いあがった燐光は、一度彼女の頭上で弾け、それからまっすぐアンジェリカの元へ収束していった。
じわり、と。
アンジェリカの身体に、燐光と共に熱が広がる。
(動ける……これなら!)
体の自由を取り戻したアンジェリカは、回避も防御もしなかった。
振り下ろされるバンシーヘッドの細腕を、十字架の端に引っ掛けるようにして受け流す。
衝撃を完全に殺すことは出来なかったのか、僅かに苦悶の表情を浮かべる。けれど、視線はまっすぐにバンシーヘッドを見据えていた。
鳴き声が止む。
虚ろな眼窩で、バンシーヘッドはアンジェリカを見上げた。
「……次こそは、幸せな人生を歩めますように」
静かに目を閉じ、アンジェリカはそう呟いた。
その直後、渇いた銃声が鳴り響く。
ウェルスが銃の引き金を引いたのだ。
放たれた弾丸は、まっすぐバンシーヘッドの額を射抜く。
『------------アァ』
掠れた悲鳴をあげながら、バンシーヘッドは後ろ向きに倒れていった。
そんなバンシーヘッドの頭部を、アンジェリカの十字架が打ち砕く。
頭部を失い、バンシーヘッドの身体は崩れた。
はじめからそんなものどこにもなかったみたいに、塵と化して、地面に積もる。
傷だらけの子供の死体が、これ以上誰かに傷つけられることのないように。
祈りのつもりか、アンジェリカは塵の上に十字架を突き立て、視線を伏せた。
「……この時期の雨は流石に冷えるな」
アンジェリカの元へウェルスが歩み寄り、そんな言葉を投げかけた。
視線を伏せたそのままに、アンジェリカは震える声で言葉を紡ぐ。
「えぇ、本当に。……寒くて寒くて、身体が震えて止まりません」
俯いたアンジェリカの目元から、ボタボタと雫が滴っている。
雨粒なのか……それとも……。
震える聖女の全身に、冷たい雨が降り注ぐ。
盾とは本来、身を守るための兵装である。
けれど、その実体は分厚く重たい金属の塊だ。
常人を凌駕した膂力でもって、それを叩きつけられたら……果たして一体どうなるのか。
答えは簡単……吹き飛ぶのである。
「やぁぁっ!!」
裂帛の気合と共に、デボラは大盾を前面へ押し出す。
盾を前にした体当たりだ。
バンシーヘッドの身体が吹き飛んで、地面を数度跳ねて倒れた。
「……あ、あぶなかった。交霊術に集中し過ぎました……」
ふらり、とデボラの身体が揺れる。
その顔色は真っ青で、瞳はどこか虚ろであった。
そんなデボラの背を、セアラはそっと寄り添うようにして支える。
セアラの手を通じて、デボラの身体に淡い光が注ぎ込まれた。
「お、おぉ? ありがとうございます。体力が回復しましたわ!」
「これが私の役割ですから。それより……また来ます」
セアラの視線の先には、よたよたと起き上がるバンシーヘッドの姿があった。
「下がっていてください。すぐに終わらせてまいります」
そう言ってデボラは、再度盾を体の前に掲げてみせる。
姿勢を低くし、力を溜める。
まるで放たれる寸前の矢のようだ。
限界まで引き絞られて……。
『アァァアーーーーーーーーーーーーーーァア!!』
バンシーヘッドの慟哭と共に、デボラという名の矢は放たれた。
まっすぐにバンシーヘッドの瞳を見つめ、デボラは駆ける。
そして……。
(これが私にできる精一杯です。どうか、安らかに眠ってください)
バンシーヘッドの小さな体を、デボラの盾が弾き飛ばした。
骨の砕ける音がして、バンシーヘッドは宙を舞う。
その身は地面に落ちることなく……。
空中で、塵と化して崩れて消えた。
しとしとと、冷たい雨が降り注ぐ。
誰もいなくなった公園に、静かな歌が響き渡った。
歌っているのはカノンである。
やわく目を閉じ、囁くように旋律を紡ぐ彼女の様子を、仲間達はただ黙って見守っていた。
これは、鎮魂歌。
死体さえも残らなかったバンシーヘッドたちへ向けた、カノンなりの手向けの歌。
泣き声はもう、聞こえない。