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美味しいジビエは材料調達から

●
牧場の朝は早い。王都であればまだ寝静まっている頃から、忙しない足音が響き渡るのはいつもの事。だが。
「た、大変だぁー!」
本日の忙しなさは少し色が異なるらしい。広い牧場の端の方から駆けて来た足音は、先日頼んだ狩人のモノ。増えすぎた害獣が牧場の家畜に仇なす前に間引くべく、近くの森へ向かったはず――ゼイゼイと息を切らす狩人を、集まった牧場の関係者は取り囲んだ。
「……ダメだ、ありゃあダメだ」
「ダメってだけでわかるもんかい、何がどうしたってんだ?」
コップ一杯の水を一息に飲んで、虚ろに繰り返す狩人に焦れた牧場主はその肩をゆすった。ハッと光を取り戻した瞳は慌ててあちこちを彷徨う。
「で、出たんだよ……見間違いなんかじゃねえ、アレは」
「アレは?」
ガチガチと根の合わない歯の隙間から、怖れるように潜めた息を絞り出す。当然だろう、アレと遭遇して無事に戻ってこれたのは、ただ偏に運が良かったから。
「アレは――イブリースだ!森の中にたむろってた害獣が、イブリースになっちまったんだよ!」
抑えきれぬ狩人の叫びが、並べられていたテーブルの間を縫って響き渡った。
●
ほぼ同時刻、水鏡のもたらした情報に『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)は手隙の自由騎士へと連絡を入れる。
「みんな、水鏡の情報だよ。今日はね~、すっごく美味しいかも?」
首を傾げる少女に釣られ、集まった自由騎士達も首を捻る。美味しいとはこれ如何に。
「えっとね、王都近くの牧場の森でイブリース化した野生動物が何体か見付かったんだけど。元々間引くための害獣だったみたいなんだ」
それだけを聞くならありふれた仕事で、特に美味しさは感じられないが――ふと、誰かが気付く。野生動物、間引き、とくれば。
「毎回、間引いた後はパーティーしてたんだって!たのしそうだよね!」
一緒に食べられるかも!と羨ましそうな声に見送られ、自由騎士達は逸る心と共に馬車に乗り込むのであった。
牧場の朝は早い。王都であればまだ寝静まっている頃から、忙しない足音が響き渡るのはいつもの事。だが。
「た、大変だぁー!」
本日の忙しなさは少し色が異なるらしい。広い牧場の端の方から駆けて来た足音は、先日頼んだ狩人のモノ。増えすぎた害獣が牧場の家畜に仇なす前に間引くべく、近くの森へ向かったはず――ゼイゼイと息を切らす狩人を、集まった牧場の関係者は取り囲んだ。
「……ダメだ、ありゃあダメだ」
「ダメってだけでわかるもんかい、何がどうしたってんだ?」
コップ一杯の水を一息に飲んで、虚ろに繰り返す狩人に焦れた牧場主はその肩をゆすった。ハッと光を取り戻した瞳は慌ててあちこちを彷徨う。
「で、出たんだよ……見間違いなんかじゃねえ、アレは」
「アレは?」
ガチガチと根の合わない歯の隙間から、怖れるように潜めた息を絞り出す。当然だろう、アレと遭遇して無事に戻ってこれたのは、ただ偏に運が良かったから。
「アレは――イブリースだ!森の中にたむろってた害獣が、イブリースになっちまったんだよ!」
抑えきれぬ狩人の叫びが、並べられていたテーブルの間を縫って響き渡った。
●
ほぼ同時刻、水鏡のもたらした情報に『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)は手隙の自由騎士へと連絡を入れる。
「みんな、水鏡の情報だよ。今日はね~、すっごく美味しいかも?」
首を傾げる少女に釣られ、集まった自由騎士達も首を捻る。美味しいとはこれ如何に。
「えっとね、王都近くの牧場の森でイブリース化した野生動物が何体か見付かったんだけど。元々間引くための害獣だったみたいなんだ」
それだけを聞くならありふれた仕事で、特に美味しさは感じられないが――ふと、誰かが気付く。野生動物、間引き、とくれば。
「毎回、間引いた後はパーティーしてたんだって!たのしそうだよね!」
一緒に食べられるかも!と羨ましそうな声に見送られ、自由騎士達は逸る心と共に馬車に乗り込むのであった。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.イブリース化した動物の浄化
初めまして、日方と申します。
手探りな所もありますので、まずは軽いジャブから……ということで、ジビエパーティをお楽しみくださいませ。
●場所
牧場の傍の森。浅い場所ならば子供でさえ木の実拾いに来れる程度には見通しが良いが、奥に行くと木々が密集し薄暗い。
●敵情報
・鹿(2頭)
巨大化した角によるすくい上げや突きなど。強化された後ろ足にもご注意。
・猪(2頭)
通常の数倍の突進力が脅威。減速はするものの、突進したまま曲がるという機動力もみせる。
・熊(1頭)
四足と二足の歩行を切り替えながら、鋭く伸びた爪を振り回す。細い木ならなぎ倒すだけの膂力がある。
それぞれ身体能力が強化されていますが、逆に言えばその程度です。特殊な攻撃はしてきません。
敵の初期位置は森の浅い場所と深い場所の境界辺り、自由騎士達の初期位置は牧場から森へと入る辺りです。
●ジビエパーティ
パーティ関連の一式は用意されています。
恐らく夕方頃からの開催になりますので、焚火を囲んでの飲めや歌えの大騒ぎです。調理するもよし、食べまくるもよし、頼めばお土産に包んでくれるかもしれません。時期的に持ち帰る方法は考えた方が良いでしょうが。乳牛の牧場のため、乳製品も出てくるかも?
手探りな所もありますので、まずは軽いジャブから……ということで、ジビエパーティをお楽しみくださいませ。
●場所
牧場の傍の森。浅い場所ならば子供でさえ木の実拾いに来れる程度には見通しが良いが、奥に行くと木々が密集し薄暗い。
●敵情報
・鹿(2頭)
巨大化した角によるすくい上げや突きなど。強化された後ろ足にもご注意。
・猪(2頭)
通常の数倍の突進力が脅威。減速はするものの、突進したまま曲がるという機動力もみせる。
・熊(1頭)
四足と二足の歩行を切り替えながら、鋭く伸びた爪を振り回す。細い木ならなぎ倒すだけの膂力がある。
それぞれ身体能力が強化されていますが、逆に言えばその程度です。特殊な攻撃はしてきません。
敵の初期位置は森の浅い場所と深い場所の境界辺り、自由騎士達の初期位置は牧場から森へと入る辺りです。
●ジビエパーティ
パーティ関連の一式は用意されています。
恐らく夕方頃からの開催になりますので、焚火を囲んでの飲めや歌えの大騒ぎです。調理するもよし、食べまくるもよし、頼めばお土産に包んでくれるかもしれません。時期的に持ち帰る方法は考えた方が良いでしょうが。乳牛の牧場のため、乳製品も出てくるかも?
状態
完了
完了
報酬マテリア
5個
1個
1個
1個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
6/6
6/6
公開日
2019年08月21日
2019年08月21日
†メイン参加者 6人†
●思惑はそれぞれに
晴天の下をガタゴト揺れる馬車の中。
「今日は森の中でイブリース化してしまった動物さん達を浄化、そしてジビエ料理にするということで」
美味しくいただきましょう、とふんわり微笑う『新緑の歌姫(ディーヴァ)』秋篠 モカ(CL3000531)に、『誰ガタメの願イ』月ノ輪・ヨツカ(CL3000575)は頷いた。『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)の言葉通り、確かに『自分達にとっては』美味い話だ。
「イブリース化し、その末狩られてしまうのは哀れとも言える、が」
その身を無駄にはすまい、と心に誓う。ヨツカの決意に被せるように叫び声が馬車内に響いた。
「うひゃー! まさかの格闘家のあこがれ熊殺しチャンス到来だぜ!」
『ゴーアヘッド』李 飛龍(CL3000545)は、引き締まった身体をぶるりと震わせる。怖気づいた?いいや当然、武者震いだ。ワクワクする少年の隣では。
「浄化したイブリースの獣にとどめを刺して美味しく頂く……問題ないんだろうことは分かる。分かるが……」
『殲滅弾頭』ザルク・ミステル(CL3000067)が視線を窓の外に投げて呟く。人にとっては害獣でも自然にとってはそうではなく――色々と、難しい。悩む背に衝撃が走る。
「そんじゃザルク、いっちょ熊殺しチャレンジやろうぜ!」
「飛龍……ああ、よろしく頼む」
年相応に無邪気な顔を向けられ、ザルクは苦笑を漏らして肩を竦めた。一連のやりとりに『おいしいまいにち』リグ・ティッカ(CL3000556)は首を傾げる。
「飛龍さんは熊とおすもうするのです?」
のこったのこった!ってしなくては。頭に浮かんだ単語に、傾げた首は反対側へ。アマノホカリの方のなにか、おすもうとかいうやつの作法的なものだと思うのですが、なぜリグはこんなことを知ってるのです?はてはて。その肩を『炎の踊り子』カーシー・ロマ(CL3000569)は重々しく叩いた。
「害獣退治はスピード勝負なんだよ。一秒長引けばその分被害が増えるから。それに」
吐息を溜め、悲壮な顔は更なる憂いを増す。焦燥に揺れる瞳は、神秘的な格好と相まって厳かな雰囲気を纏わせ。震える唇が懸念を紡いだ。
「それに……ストレスを与えると肉が美味しくなくなっちゃうから!!」
食いしん坊のリグなら、俺の気持ちわかってくれるって信じてる!全身全霊の叫びに、リグは雷に打たれたようにカーシーの手を取った。
「おいしいゴハンのためなら、リグは前のめりでいきますです!」
食いしん坊達の心が一つになった所で、馬車がゆっくりと動きを止めたのだった。
●戦闘はあっさりと
虹球を瞼裏に隠し、意識を研ぎ澄ませる。踏み入った森の中、もう何度目かのサーチ。
「――見付けた!」
ようやっと反応を得たカーシーは、カッと目を見開いて褐色の腕を伸ばす。広げた掌に、何かがぽとりと落ちた。
「さすがフェアリーだね、絶対あると思ったんだ……食べれるキノコ!」
「真面目にやれ」
「あたっ」
ザルクは呆れた半眼で容赦なくカーシーの頭に手刀をかます。何となくそうしなければいけない気がした。
「いやいや、ちゃんと警戒しているよだいじょーぶ!」
全てはタダ肉のために。キリッと真面目な顔が示したのは三方向。スキルの性質上どうしても曖昧となる情報を、ヨツカの紫瞳が生い茂る木々越しに見透かす。
「鹿、猪、熊……だな」
言葉に頷き合うと、事前の打ち合わせ通り六人は別れ走り出した。
彼方此方と動物達が逃げ惑う。揺らされ巣から落ちた雛に迫る猪に、最悪を予見した親鳥は悲痛に鳴き。
「モカ!……ぐっ!」
間一髪、雛の前に走り込んだヨツカが野太刀を地に突き刺す。その直後、衝突する猪を抑え込む間に、モカが背の小さな羽根を羽ばたかせ雛を掬いあげた。
「もう大丈夫ですよ」
そっと巣に戻し降りる足元を狙い、もう一匹が突っ込んでくる。野太刀に力を込めたまま、視線を向けてヨツカは吼えた。
「お前の相手はヨツカだ!!」
雄叫びが叩き付けられる。獰猛な視線がぶつかり合い――猪は、無意識に一歩を引いた。引いてしまった。
「怯んだな――ヨツカに、怯えたな?」
オニが、笑った。
鹿を探して三千里。途中、擬態のつもりか両手に枝を拾ったリグは、その五つに別れた葉を見て突然に閃いた。時期はちょっぴり早いかもしれないが、かしこい自分にはわかる。
「これはつまりそう、もみじ狩りだってことです!」
「な、何だってー!?」
同じく持った枝を、うっかりさんなカーシーは驚きに叩き鳴らした。音に呼ばれ、茂みからぬっと巨大な角が現れる。目が合った。
「どーもどーも、タダ肉のためにきたよー! あっはいお呼びじゃないですよねごめーん!」
落ち着いてーとステップを踏む足は凪いだ海のよう。なんだか鹿も柔らかな瞳を――するはずもなく。掬い投げようとする角から慌てて逃げだすカーシー。かと思いきや、向かいからもう一匹に迫られて無様にスッ転んでしまう。彼の運命や如何に!?
大岩の向こうから聞こえる激しい音に、ザルクは首を捻った。
「何かと争っている?」
「見るのが早いぜ! おれっち前につっこむから後ろからどっかんどっかんって具合に任せたぞ!」
「ちょ、待っ……あーもう」
信頼されてるといえば聞こえはいいが。飛龍のざっくりな言葉に遠い目で後を追う。はたしてそこには。
「うひゃー! 熊のお代わりじゃねえか!」
「水鏡が間違っていた……? いや、片方は野生の熊か!」
片目に傷を負った熊が、魔熊の一撃を受け止め耐えている。よく見ると、その後ろには怪我をした子兎の姿が。それを認識した瞬間、ザルクは不可視の魔弾を魔熊の足元に放っていた。
「てめえの相手はおれっちだぜ!」
奇しくもヨツカと似た台詞を吐き、飛龍は神速の肘を魔熊の懐へ。だが寸前で差し込んだ前脚をバネに、魔熊は後ろへ飛んで距離を取る。仁義なき殴り合いが始まった。
オニに怯んだ猪は、与しやすしとみてかモカに標的を定めた。繰り返す突進で少女を縫い留める、が。
「ん、このリズムですね」
何かを把握した足が、タンッ、と地を蹴る。刻み始めたステップは徐々に速く、疾く、猪を翻弄し始め。その分厚い毛皮に幾筋もの傷が走る。いつしか逆に縫い留められてしまった猪に、モカはゆるりと頭を下げた。まるで終演を告げる歌姫の如くに。
「――私の方が、速かったようです」
疾さを、風に。レイピアの切っ先は、嵐となって猪を打ち倒す。拍手喝采とばかりに、親鳥が喜び鳴いた。
歌姫の舞台の後方、鍔迫り合いを弾き制したヨツカは畳みかけるように地面を野太刀で殴る。極大爆裂に吹き飛ばされる猪に追随し、懐かしさに目を細める。
「師匠との狩りでも、このような大物はそうそうなかったな」
あの時からどれほど成長しているだろうか。追い付いたその時の、土産話にしてくれる、と。握る柄に力を込め、気合を入れて振り抜く。無造作に見えるその所作は、確かな技に裏打ちされた一振り。
「その身、糧とさせてもらおう」
倒れ伏した猪に、ヨツカは静かに合掌した。
迫りくる角にあわあわと後退るカーシー。じりじりと追い詰める二匹の鹿に虹色の瞳は焦りを帯び。そして。
「……なーんちゃって!」
悪戯っぽく瞬いた。同時に、大渦が巨体を絡めとる。驚きもがく一匹に向け、影を纏ったリグが気配を殺し滑り込む。
「踊り子さんはおさわり禁止なのですよ」
ブゥン、と。耳元を掠める虫の羽音。鹿がそれを認識するより早く、蜂鸟が角を砕き脳天を突く。遅れて、カーシーの疾風の刃が示し合わせたようにもう一匹の角を刈り取った。何故かって?ボディを傷付けたら肉が不味くなっちゃうからね!
「まっかなもみじ(おにくの方)、たのしみですね!」
「やーはー、もみじもみじー!」
ハイタッチする食いしん坊達は、ゆっくりと獲物に視線を向けた。ヤバい喰われる、それを最期に鹿の思考はブラックアウトした。
近接の不利を悟ったか、距離を取って手当たり次第に木々を圧し折り投げ始めた魔熊。飛龍は片目の熊の前に陣取り、飛んでくるそれらを打ち払っていた。
「よけーなことすんな、って顔してんな」
横目で見る熊は傷だらけで立っているのもやっとなはず。なのに、その瞳の矜持は消えていない。
「へへっ、そーゆーの嫌いじゃない、ぜっ!」
一際大きな巨木を蹴り壊す。その影に隠れ振るわれた魔熊の鋭い爪は、だが肘ごとあらぬ方向に曲がった。
「意外と知能があるようだが……俺を忘れてるようじゃ、な」
回転式拳銃が立て続けに火を噴く。再びかけられた拘束は一瞬で引きちぎられ――その一瞬があれば、十分だった。
「次はタイマンでやろうぜ!」
力を一点集束した飛龍の拳によって、その場に崩れ落ちる魔熊。勝鬨を上げ後ろを向くと、片目の熊の姿はすでに無い。
「コイツを止めようとしてたんだ、片目の奴はここのヌシかもな。……悪いな」
脳天に鉛玉を一発。ダメ押しのもう一発を押し込んで、ザルクは魔熊に黙祷を捧げた。
●準備はしっかりと
綺麗に一撃で仕留められた獣を前に、ザルクはナイフを取り出した。
「ある意味こっからが本番か」
狩人に習い解体を手伝う。肉や皮の剥がし方、刃物の入れ方、こういう知識は無駄にはならない。
「おお、まっかっかですよ」
血抜きはすませてきたが、やはり締めたての肉は新鮮な赤が目立つ。涎を堪えて覗き込むリグに苦笑してみせた。
「戦場とは別のエグさがあるよな、屠殺屠畜って。俺たちが生活して飯を食うのに必要な事なんだけどな」
「命は繋がれていくモノ、無駄にしなけりゃいーのさ」
複雑な想いを抱きながらも、礼儀として目を逸らさず切り分けるザルクに。通りすがり、両手にたくさんの酒瓶を抱えて運ぶカーシーが、ウィンク一つを残していった。
ザルクによって綺麗に解体された肉塊を前に、リグは精神を集中する。ここを疎かにしてはいけない。
「やわらかくなぁーれ、なのです!」
カッ、と見開いた瞳がぎゅっとした硬い筋肉の部分を的確に見抜き、叩いて柔らかくしていく。
「焼肉にハンバーグ、固まり肉をじっくりローストもよいですね。まずは味見を」
「待て、味見で喰らい尽くす気か」
念の為、と厨房を覗いたヨツカは、味見というには分厚すぎる肉塊を見て己の選択の正しさを確信した。待てど暮らせど料理が出てこない所だった。
「はいはい! おれっちも味見係やりたーい!」
「私もお手伝いしますよ!」
乱入する飛龍に、両拳をふんす!と握るモカ。一気に賑わう厨房に、料理担当の牧場のおばちゃん達は豪快に笑う。
「ならお嬢ちゃん、芋を剥いてくれるかい」
「任せてください! やったことありませんけど、何とかなります!」
「待てモカ、それは逆だ」
「うっひゃーーうめえ!」
「なになに?おにくまつり始まってたー?」
ジルを鳴らすカーシーまで現れた、人口密集の厨房の外。
「肉……足りるのか?」
最後の一匹を解体しながらザルクが遠い瞳で仰いだ空に、煮炊きの煙が上がり始めた。
●パーティは賑やかに
薄紫の空の下、焚火が燃え盛る。
「うひょー!肉祭りだな!」
「タダ酒ー! タダ肉ー!」
「走るなっての」
並ぶご馳走に群がる食いしん坊達に苦笑しながらも、ザルクの足も速い。何故なら。
「もりもり食べますですよ、今日こそはリグがいちばん食べますのです!」
すでに一角を更地にし始めている魔獣がいるから。示し合わせた訳でもなく皆はバラけた。少しでも被害を減らすために。
「くぅーうめえ!」
焼肉ゾーンにてガツガツ食べる飛龍。これが己の血となり肉となるのだ、しっかり蓄えねば、と伸ばした箸が空振る。
「ん? ……あ! ティッカ、その肉はおれっちが狙っていたもの!?」
「時は移ろうもの……肉もまた然り、なのです」
ドヤ顔で口をもぐもぐさせてるリグに地団太を踏みながらも飛龍は素早く頭を働かせる。この場は文字通り弱肉強食、奪われた、ならば己も奪うしかない。
「くっ!ならばおれっちは――ヨツカの肉を狙うしかねぇ!」
「甘いぞ」
振り向きざまの箸捌きは、しかしがっちり囲い込んでいたヨツカにあえなく阻まれる。うかうかしていたら魔獣に食われるのだ、対策を講じないはずがない。悔しがる暇も無く、真顔のオニにそっと背後を示され飛龍はおそるおそる振り向いた。
「前菜はこの辺りで……次は鍋にするのです」
満足そうなリグの周り、焼けてない肉さえも消えていた。腹ペコの少年は崩れ落ちた。
「皆さん、楽しそうですね」
「静かに、奴に気付かれる……うん、美味い旨い。独特の臭みがあるけども、悪くないな」
ミルクを両手にほわほわ眺めるモカの影、限りなく気配を消してザルクはジビエを味わう。魔獣は行った、今のうちに――
「リグの下準備したお肉はいかがですか」
「ああ、この肉のチーズ巻き凄いな。濃厚ですごく美味い……ティッカ!?」
「おいしかったらリグを崇めてくださってもいいのですよ。もぐもぐ」
「おい一人占めするな、こっちにも分けろっての!」
こんな時だけ機敏なリグは、ザルクの伸ばした手をすり抜けて行ってしまう。ガクリと落とした肩に、柔らかな手が乗せられた。
「ミルク、飲みますか?」
差し出されたコップは、とても暖かかった。ホットなので。
宴もたけなわ、酔いも程よく回る頃。
「タダ肉とタダ酒があって、音楽と踊りが無いなんてありえないよね?」
一杯ひっかけたご機嫌なカーシーが立ち上がる。開けた場所に進み出れば、額の赤い滴に焚火が揺らめいて。シャン、とレグが鳴る。静かに舞う音の流れに、透き通った歌声が乗る。
「命の祈りを――糧への感謝を」
背の小さな羽根をふわりとはためかせ、モカは歌う。少しでも空へ、昇った魂へと届くように。柔らかな声は、喧騒に騒めいていた場を優しく宥め落ち着かせていく。
「あの時は雉、だったか」
まったりとした調べに、ヨツカの思考は想い出の海に浸る。獣を狩り、その肉を食らう。師匠との旅はそのようなその日暮らしが多く、何が起こるかわからなくて――だからこそ、楽しかった。
「――必ず、追い付いてみせる」
刺して焼いただけのシンプルな串を掲げ、改めて空に誓う。後押しするように、モカの歌声が余韻を残して高く響いた。そして訪れる静寂。観客が我に返るまでのその一瞬に。
「さてさて……しんみりゆったりもいーけど、俺の本領発揮はバカ騒ぎ、なんだよね」
にんまり笑うカーシーの、手にはいつの間にかお馴染みのダラブッカ。ガラリと空気を変えてアップテンポに打ち鳴らした。
「さーさーお耳を拝借! 聞くも涙語るも涙の大立ち回り! あっ涙はないかもてへー」
軽快なリズムに乗せて、ひとくさり謳い上げるは自由騎士達の活躍。頼もしい守り手がいるんだから、今夜も安心して酔っ払えるってもんさ!飛び跳ねて大立ち回りと振り下ろした腕を、編み上げのお洒落な靴がはっしと受け止める。
「怖いこわーい鹿の角ですよ! ふんす!」
どうやら大立ち回りの相手をしてくれるようだ。精一杯の怖い顔を向けるモカに、カーシーは目を見開いて。小さく笑うと、大袈裟に驚いてドンドコ飛び退った。
「お、いい感じの太鼓の音が聞こえてきたな、こりゃカーシーの演奏か?」
八分目の腹をさすりながら、飛龍は視線を巡らせる。やんやと野次の飛ぶ舞台では、踊り子二人が所狭しと踊り演じている。
「踊りを踊るのも鍛錬になるって師匠が言ってたことあったんだよな」
格闘と踊りは共通点がある、なるほどじっくり見れば立ち回りには目を唸らせるものがある。飛龍はニィっと笑って。
「うっしゃー! おれっちは猪だぜ!」
演舞の輪に突進した。千切っては投げの大乱闘に、リグと攻防をしながら見物していたザルクは呟く。
「足りないのは熊か」
それは本当に何の気なしの言葉。ただ喧騒に紛れ解けるはずの。チーズを一口齧る背後に影が差した。
「な、ッ……ザルク!」
「何――お前、あの時の!?」
唐突に表れた片目の熊に、喧騒が悲鳴に変わる。腰を浮かしかけたヨツカを押し止めるように、熊は一声だけ吼えた。静まり返る中、飛龍だけが無造作に近付く。だってコイツからは敵意を感じない。首を傾げるオニの子に鼻を鳴らすと。熊は片手に持っていたモノを投げた。
「アレは――脂のぷりっぷり乗った鮭なのです!」
目を魚マークにして腹を鳴らすリグ。喰らい尽くした肉はどこへ行ったのか。とまれ、その言葉に飛龍は熊をまじまじと見る。これはもしや。
「礼――ってやつか?」
熊は再び不本意そうに吼える。合っているかはわからないが『借りは返した』と言っているようで。知らず、口の端に笑みが浮かぶ。用はすんだと森の奥に消える熊に、今度タイマンしようぜと大きく叫んだ。
「難儀な事だ――熊がな」
「いや、他人事じゃないと思うぞ」
しみじみと呟くヨツカの肩を叩き、ザルクは指をさす。
「ジビエの次は鮭パーティなのですよ!!」
「やははー! 飲めや歌えや踊れや踊れ!」
「次は何を歌いましょうか」
邪気を払うには陽気が肝心と、再び盛り上がるパーティはザルクの予想通り夜を越え。翌朝、帰る馬車には。
「おいしそーなバター! ありがと!」
「チーズ巻ならばクラウディアも食べられそうだ」
各々膝に乗せるくらいのお土産と。
「帰ったら熟成させるのです……これだけあれば三日はもつのですよ」
人がギリギリ乗れるくらいのスペースを残し、リグの購入した食材が山と積まれていたのだった。
晴天の下をガタゴト揺れる馬車の中。
「今日は森の中でイブリース化してしまった動物さん達を浄化、そしてジビエ料理にするということで」
美味しくいただきましょう、とふんわり微笑う『新緑の歌姫(ディーヴァ)』秋篠 モカ(CL3000531)に、『誰ガタメの願イ』月ノ輪・ヨツカ(CL3000575)は頷いた。『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)の言葉通り、確かに『自分達にとっては』美味い話だ。
「イブリース化し、その末狩られてしまうのは哀れとも言える、が」
その身を無駄にはすまい、と心に誓う。ヨツカの決意に被せるように叫び声が馬車内に響いた。
「うひゃー! まさかの格闘家のあこがれ熊殺しチャンス到来だぜ!」
『ゴーアヘッド』李 飛龍(CL3000545)は、引き締まった身体をぶるりと震わせる。怖気づいた?いいや当然、武者震いだ。ワクワクする少年の隣では。
「浄化したイブリースの獣にとどめを刺して美味しく頂く……問題ないんだろうことは分かる。分かるが……」
『殲滅弾頭』ザルク・ミステル(CL3000067)が視線を窓の外に投げて呟く。人にとっては害獣でも自然にとってはそうではなく――色々と、難しい。悩む背に衝撃が走る。
「そんじゃザルク、いっちょ熊殺しチャレンジやろうぜ!」
「飛龍……ああ、よろしく頼む」
年相応に無邪気な顔を向けられ、ザルクは苦笑を漏らして肩を竦めた。一連のやりとりに『おいしいまいにち』リグ・ティッカ(CL3000556)は首を傾げる。
「飛龍さんは熊とおすもうするのです?」
のこったのこった!ってしなくては。頭に浮かんだ単語に、傾げた首は反対側へ。アマノホカリの方のなにか、おすもうとかいうやつの作法的なものだと思うのですが、なぜリグはこんなことを知ってるのです?はてはて。その肩を『炎の踊り子』カーシー・ロマ(CL3000569)は重々しく叩いた。
「害獣退治はスピード勝負なんだよ。一秒長引けばその分被害が増えるから。それに」
吐息を溜め、悲壮な顔は更なる憂いを増す。焦燥に揺れる瞳は、神秘的な格好と相まって厳かな雰囲気を纏わせ。震える唇が懸念を紡いだ。
「それに……ストレスを与えると肉が美味しくなくなっちゃうから!!」
食いしん坊のリグなら、俺の気持ちわかってくれるって信じてる!全身全霊の叫びに、リグは雷に打たれたようにカーシーの手を取った。
「おいしいゴハンのためなら、リグは前のめりでいきますです!」
食いしん坊達の心が一つになった所で、馬車がゆっくりと動きを止めたのだった。
●戦闘はあっさりと
虹球を瞼裏に隠し、意識を研ぎ澄ませる。踏み入った森の中、もう何度目かのサーチ。
「――見付けた!」
ようやっと反応を得たカーシーは、カッと目を見開いて褐色の腕を伸ばす。広げた掌に、何かがぽとりと落ちた。
「さすがフェアリーだね、絶対あると思ったんだ……食べれるキノコ!」
「真面目にやれ」
「あたっ」
ザルクは呆れた半眼で容赦なくカーシーの頭に手刀をかます。何となくそうしなければいけない気がした。
「いやいや、ちゃんと警戒しているよだいじょーぶ!」
全てはタダ肉のために。キリッと真面目な顔が示したのは三方向。スキルの性質上どうしても曖昧となる情報を、ヨツカの紫瞳が生い茂る木々越しに見透かす。
「鹿、猪、熊……だな」
言葉に頷き合うと、事前の打ち合わせ通り六人は別れ走り出した。
彼方此方と動物達が逃げ惑う。揺らされ巣から落ちた雛に迫る猪に、最悪を予見した親鳥は悲痛に鳴き。
「モカ!……ぐっ!」
間一髪、雛の前に走り込んだヨツカが野太刀を地に突き刺す。その直後、衝突する猪を抑え込む間に、モカが背の小さな羽根を羽ばたかせ雛を掬いあげた。
「もう大丈夫ですよ」
そっと巣に戻し降りる足元を狙い、もう一匹が突っ込んでくる。野太刀に力を込めたまま、視線を向けてヨツカは吼えた。
「お前の相手はヨツカだ!!」
雄叫びが叩き付けられる。獰猛な視線がぶつかり合い――猪は、無意識に一歩を引いた。引いてしまった。
「怯んだな――ヨツカに、怯えたな?」
オニが、笑った。
鹿を探して三千里。途中、擬態のつもりか両手に枝を拾ったリグは、その五つに別れた葉を見て突然に閃いた。時期はちょっぴり早いかもしれないが、かしこい自分にはわかる。
「これはつまりそう、もみじ狩りだってことです!」
「な、何だってー!?」
同じく持った枝を、うっかりさんなカーシーは驚きに叩き鳴らした。音に呼ばれ、茂みからぬっと巨大な角が現れる。目が合った。
「どーもどーも、タダ肉のためにきたよー! あっはいお呼びじゃないですよねごめーん!」
落ち着いてーとステップを踏む足は凪いだ海のよう。なんだか鹿も柔らかな瞳を――するはずもなく。掬い投げようとする角から慌てて逃げだすカーシー。かと思いきや、向かいからもう一匹に迫られて無様にスッ転んでしまう。彼の運命や如何に!?
大岩の向こうから聞こえる激しい音に、ザルクは首を捻った。
「何かと争っている?」
「見るのが早いぜ! おれっち前につっこむから後ろからどっかんどっかんって具合に任せたぞ!」
「ちょ、待っ……あーもう」
信頼されてるといえば聞こえはいいが。飛龍のざっくりな言葉に遠い目で後を追う。はたしてそこには。
「うひゃー! 熊のお代わりじゃねえか!」
「水鏡が間違っていた……? いや、片方は野生の熊か!」
片目に傷を負った熊が、魔熊の一撃を受け止め耐えている。よく見ると、その後ろには怪我をした子兎の姿が。それを認識した瞬間、ザルクは不可視の魔弾を魔熊の足元に放っていた。
「てめえの相手はおれっちだぜ!」
奇しくもヨツカと似た台詞を吐き、飛龍は神速の肘を魔熊の懐へ。だが寸前で差し込んだ前脚をバネに、魔熊は後ろへ飛んで距離を取る。仁義なき殴り合いが始まった。
オニに怯んだ猪は、与しやすしとみてかモカに標的を定めた。繰り返す突進で少女を縫い留める、が。
「ん、このリズムですね」
何かを把握した足が、タンッ、と地を蹴る。刻み始めたステップは徐々に速く、疾く、猪を翻弄し始め。その分厚い毛皮に幾筋もの傷が走る。いつしか逆に縫い留められてしまった猪に、モカはゆるりと頭を下げた。まるで終演を告げる歌姫の如くに。
「――私の方が、速かったようです」
疾さを、風に。レイピアの切っ先は、嵐となって猪を打ち倒す。拍手喝采とばかりに、親鳥が喜び鳴いた。
歌姫の舞台の後方、鍔迫り合いを弾き制したヨツカは畳みかけるように地面を野太刀で殴る。極大爆裂に吹き飛ばされる猪に追随し、懐かしさに目を細める。
「師匠との狩りでも、このような大物はそうそうなかったな」
あの時からどれほど成長しているだろうか。追い付いたその時の、土産話にしてくれる、と。握る柄に力を込め、気合を入れて振り抜く。無造作に見えるその所作は、確かな技に裏打ちされた一振り。
「その身、糧とさせてもらおう」
倒れ伏した猪に、ヨツカは静かに合掌した。
迫りくる角にあわあわと後退るカーシー。じりじりと追い詰める二匹の鹿に虹色の瞳は焦りを帯び。そして。
「……なーんちゃって!」
悪戯っぽく瞬いた。同時に、大渦が巨体を絡めとる。驚きもがく一匹に向け、影を纏ったリグが気配を殺し滑り込む。
「踊り子さんはおさわり禁止なのですよ」
ブゥン、と。耳元を掠める虫の羽音。鹿がそれを認識するより早く、蜂鸟が角を砕き脳天を突く。遅れて、カーシーの疾風の刃が示し合わせたようにもう一匹の角を刈り取った。何故かって?ボディを傷付けたら肉が不味くなっちゃうからね!
「まっかなもみじ(おにくの方)、たのしみですね!」
「やーはー、もみじもみじー!」
ハイタッチする食いしん坊達は、ゆっくりと獲物に視線を向けた。ヤバい喰われる、それを最期に鹿の思考はブラックアウトした。
近接の不利を悟ったか、距離を取って手当たり次第に木々を圧し折り投げ始めた魔熊。飛龍は片目の熊の前に陣取り、飛んでくるそれらを打ち払っていた。
「よけーなことすんな、って顔してんな」
横目で見る熊は傷だらけで立っているのもやっとなはず。なのに、その瞳の矜持は消えていない。
「へへっ、そーゆーの嫌いじゃない、ぜっ!」
一際大きな巨木を蹴り壊す。その影に隠れ振るわれた魔熊の鋭い爪は、だが肘ごとあらぬ方向に曲がった。
「意外と知能があるようだが……俺を忘れてるようじゃ、な」
回転式拳銃が立て続けに火を噴く。再びかけられた拘束は一瞬で引きちぎられ――その一瞬があれば、十分だった。
「次はタイマンでやろうぜ!」
力を一点集束した飛龍の拳によって、その場に崩れ落ちる魔熊。勝鬨を上げ後ろを向くと、片目の熊の姿はすでに無い。
「コイツを止めようとしてたんだ、片目の奴はここのヌシかもな。……悪いな」
脳天に鉛玉を一発。ダメ押しのもう一発を押し込んで、ザルクは魔熊に黙祷を捧げた。
●準備はしっかりと
綺麗に一撃で仕留められた獣を前に、ザルクはナイフを取り出した。
「ある意味こっからが本番か」
狩人に習い解体を手伝う。肉や皮の剥がし方、刃物の入れ方、こういう知識は無駄にはならない。
「おお、まっかっかですよ」
血抜きはすませてきたが、やはり締めたての肉は新鮮な赤が目立つ。涎を堪えて覗き込むリグに苦笑してみせた。
「戦場とは別のエグさがあるよな、屠殺屠畜って。俺たちが生活して飯を食うのに必要な事なんだけどな」
「命は繋がれていくモノ、無駄にしなけりゃいーのさ」
複雑な想いを抱きながらも、礼儀として目を逸らさず切り分けるザルクに。通りすがり、両手にたくさんの酒瓶を抱えて運ぶカーシーが、ウィンク一つを残していった。
ザルクによって綺麗に解体された肉塊を前に、リグは精神を集中する。ここを疎かにしてはいけない。
「やわらかくなぁーれ、なのです!」
カッ、と見開いた瞳がぎゅっとした硬い筋肉の部分を的確に見抜き、叩いて柔らかくしていく。
「焼肉にハンバーグ、固まり肉をじっくりローストもよいですね。まずは味見を」
「待て、味見で喰らい尽くす気か」
念の為、と厨房を覗いたヨツカは、味見というには分厚すぎる肉塊を見て己の選択の正しさを確信した。待てど暮らせど料理が出てこない所だった。
「はいはい! おれっちも味見係やりたーい!」
「私もお手伝いしますよ!」
乱入する飛龍に、両拳をふんす!と握るモカ。一気に賑わう厨房に、料理担当の牧場のおばちゃん達は豪快に笑う。
「ならお嬢ちゃん、芋を剥いてくれるかい」
「任せてください! やったことありませんけど、何とかなります!」
「待てモカ、それは逆だ」
「うっひゃーーうめえ!」
「なになに?おにくまつり始まってたー?」
ジルを鳴らすカーシーまで現れた、人口密集の厨房の外。
「肉……足りるのか?」
最後の一匹を解体しながらザルクが遠い瞳で仰いだ空に、煮炊きの煙が上がり始めた。
●パーティは賑やかに
薄紫の空の下、焚火が燃え盛る。
「うひょー!肉祭りだな!」
「タダ酒ー! タダ肉ー!」
「走るなっての」
並ぶご馳走に群がる食いしん坊達に苦笑しながらも、ザルクの足も速い。何故なら。
「もりもり食べますですよ、今日こそはリグがいちばん食べますのです!」
すでに一角を更地にし始めている魔獣がいるから。示し合わせた訳でもなく皆はバラけた。少しでも被害を減らすために。
「くぅーうめえ!」
焼肉ゾーンにてガツガツ食べる飛龍。これが己の血となり肉となるのだ、しっかり蓄えねば、と伸ばした箸が空振る。
「ん? ……あ! ティッカ、その肉はおれっちが狙っていたもの!?」
「時は移ろうもの……肉もまた然り、なのです」
ドヤ顔で口をもぐもぐさせてるリグに地団太を踏みながらも飛龍は素早く頭を働かせる。この場は文字通り弱肉強食、奪われた、ならば己も奪うしかない。
「くっ!ならばおれっちは――ヨツカの肉を狙うしかねぇ!」
「甘いぞ」
振り向きざまの箸捌きは、しかしがっちり囲い込んでいたヨツカにあえなく阻まれる。うかうかしていたら魔獣に食われるのだ、対策を講じないはずがない。悔しがる暇も無く、真顔のオニにそっと背後を示され飛龍はおそるおそる振り向いた。
「前菜はこの辺りで……次は鍋にするのです」
満足そうなリグの周り、焼けてない肉さえも消えていた。腹ペコの少年は崩れ落ちた。
「皆さん、楽しそうですね」
「静かに、奴に気付かれる……うん、美味い旨い。独特の臭みがあるけども、悪くないな」
ミルクを両手にほわほわ眺めるモカの影、限りなく気配を消してザルクはジビエを味わう。魔獣は行った、今のうちに――
「リグの下準備したお肉はいかがですか」
「ああ、この肉のチーズ巻き凄いな。濃厚ですごく美味い……ティッカ!?」
「おいしかったらリグを崇めてくださってもいいのですよ。もぐもぐ」
「おい一人占めするな、こっちにも分けろっての!」
こんな時だけ機敏なリグは、ザルクの伸ばした手をすり抜けて行ってしまう。ガクリと落とした肩に、柔らかな手が乗せられた。
「ミルク、飲みますか?」
差し出されたコップは、とても暖かかった。ホットなので。
宴もたけなわ、酔いも程よく回る頃。
「タダ肉とタダ酒があって、音楽と踊りが無いなんてありえないよね?」
一杯ひっかけたご機嫌なカーシーが立ち上がる。開けた場所に進み出れば、額の赤い滴に焚火が揺らめいて。シャン、とレグが鳴る。静かに舞う音の流れに、透き通った歌声が乗る。
「命の祈りを――糧への感謝を」
背の小さな羽根をふわりとはためかせ、モカは歌う。少しでも空へ、昇った魂へと届くように。柔らかな声は、喧騒に騒めいていた場を優しく宥め落ち着かせていく。
「あの時は雉、だったか」
まったりとした調べに、ヨツカの思考は想い出の海に浸る。獣を狩り、その肉を食らう。師匠との旅はそのようなその日暮らしが多く、何が起こるかわからなくて――だからこそ、楽しかった。
「――必ず、追い付いてみせる」
刺して焼いただけのシンプルな串を掲げ、改めて空に誓う。後押しするように、モカの歌声が余韻を残して高く響いた。そして訪れる静寂。観客が我に返るまでのその一瞬に。
「さてさて……しんみりゆったりもいーけど、俺の本領発揮はバカ騒ぎ、なんだよね」
にんまり笑うカーシーの、手にはいつの間にかお馴染みのダラブッカ。ガラリと空気を変えてアップテンポに打ち鳴らした。
「さーさーお耳を拝借! 聞くも涙語るも涙の大立ち回り! あっ涙はないかもてへー」
軽快なリズムに乗せて、ひとくさり謳い上げるは自由騎士達の活躍。頼もしい守り手がいるんだから、今夜も安心して酔っ払えるってもんさ!飛び跳ねて大立ち回りと振り下ろした腕を、編み上げのお洒落な靴がはっしと受け止める。
「怖いこわーい鹿の角ですよ! ふんす!」
どうやら大立ち回りの相手をしてくれるようだ。精一杯の怖い顔を向けるモカに、カーシーは目を見開いて。小さく笑うと、大袈裟に驚いてドンドコ飛び退った。
「お、いい感じの太鼓の音が聞こえてきたな、こりゃカーシーの演奏か?」
八分目の腹をさすりながら、飛龍は視線を巡らせる。やんやと野次の飛ぶ舞台では、踊り子二人が所狭しと踊り演じている。
「踊りを踊るのも鍛錬になるって師匠が言ってたことあったんだよな」
格闘と踊りは共通点がある、なるほどじっくり見れば立ち回りには目を唸らせるものがある。飛龍はニィっと笑って。
「うっしゃー! おれっちは猪だぜ!」
演舞の輪に突進した。千切っては投げの大乱闘に、リグと攻防をしながら見物していたザルクは呟く。
「足りないのは熊か」
それは本当に何の気なしの言葉。ただ喧騒に紛れ解けるはずの。チーズを一口齧る背後に影が差した。
「な、ッ……ザルク!」
「何――お前、あの時の!?」
唐突に表れた片目の熊に、喧騒が悲鳴に変わる。腰を浮かしかけたヨツカを押し止めるように、熊は一声だけ吼えた。静まり返る中、飛龍だけが無造作に近付く。だってコイツからは敵意を感じない。首を傾げるオニの子に鼻を鳴らすと。熊は片手に持っていたモノを投げた。
「アレは――脂のぷりっぷり乗った鮭なのです!」
目を魚マークにして腹を鳴らすリグ。喰らい尽くした肉はどこへ行ったのか。とまれ、その言葉に飛龍は熊をまじまじと見る。これはもしや。
「礼――ってやつか?」
熊は再び不本意そうに吼える。合っているかはわからないが『借りは返した』と言っているようで。知らず、口の端に笑みが浮かぶ。用はすんだと森の奥に消える熊に、今度タイマンしようぜと大きく叫んだ。
「難儀な事だ――熊がな」
「いや、他人事じゃないと思うぞ」
しみじみと呟くヨツカの肩を叩き、ザルクは指をさす。
「ジビエの次は鮭パーティなのですよ!!」
「やははー! 飲めや歌えや踊れや踊れ!」
「次は何を歌いましょうか」
邪気を払うには陽気が肝心と、再び盛り上がるパーティはザルクの予想通り夜を越え。翌朝、帰る馬車には。
「おいしそーなバター! ありがと!」
「チーズ巻ならばクラウディアも食べられそうだ」
各々膝に乗せるくらいのお土産と。
「帰ったら熟成させるのです……これだけあれば三日はもつのですよ」
人がギリギリ乗れるくらいのスペースを残し、リグの購入した食材が山と積まれていたのだった。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
称号付与
『熊の好敵手』
取得者: 李 飛龍(CL3000545)
『命の連鎖を想う』
取得者: ザルク・ミステル(CL3000067)
『鎮魂から演舞まで』
取得者: 秋篠 モカ(CL3000531)
『飲めや歌えの大騒ぎ』
取得者: カーシー・ロマ(CL3000569)
『喰らい尽くす魔獣』
取得者: リグ・ティッカ(CL3000556)
『懐かしき狩猟の味』
取得者: 月ノ輪・ヨツカ(CL3000575)
取得者: 李 飛龍(CL3000545)
『命の連鎖を想う』
取得者: ザルク・ミステル(CL3000067)
『鎮魂から演舞まで』
取得者: 秋篠 モカ(CL3000531)
『飲めや歌えの大騒ぎ』
取得者: カーシー・ロマ(CL3000569)
『喰らい尽くす魔獣』
取得者: リグ・ティッカ(CL3000556)
『懐かしき狩猟の味』
取得者: 月ノ輪・ヨツカ(CL3000575)
†あとがき†
初めての依頼に、ご縁を有難うございました。楽しいプレイングに、フフリとなりながら書かせていただきました。お陰様で己の拙い部分も色々と見えましたが、精進してまいりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
FL送付済