MagiaSteam
愛の匂い




「おい、もっと酒を持ってこい!」
 お父さんは私に怒鳴った。
「もう家にお酒は残ってないよ」
「うるせえ、ないんだったら用意しろ!」
「そんなの無理だよ。もうお金がない」
「生意気な口をきくな!」
 お父さんは右手で私の頬を殴った。その場に倒れ込む。お父さんは毎日、朝から晩までお酒を飲んでばかりだ。私が精いっぱい働いて稼いだお金も、全部お酒に溶けていく。いつからこんな生活が続いているのかは、もう覚えていない。死んだお母さんならこんな時どうするのかな。お父さんのことをよろしくね。何でそんな言葉を私に残したのかな。
――私はいったい、何のために生きているのだろう。
「お父さん、今日の夕食は……?」
「お前にはこれで十分だ」
 私の顔に小さな固いパンを投げつけた。床に落ちたそれを、私は這うように拾った。そのまま走って家を出た。
 私は家の近くにある橋の下に向かった。いた。ミントだ。私の姿を見るなり、駆け寄ってきた。舌を出しながら息を荒くしている。
「ほら、遅くなってごめんね」
 私はパンをミントの前に置いた。小さな牙で、必死にかじりついた。わたしは思わず笑みがこぼれた。この姿を見られるのが私の最大の幸せ。
 パンを食べ終わったのを確認すると、私はポケットからぼろぼろになったテニスボールを取り出した。そして、遠くの草むらへと投げた。ミントはそれを全速力で追った。しばらくするとボールを口にくわえたまま、こちらへ戻ってきた。私の目の前に差し出す。
「やっぱり上手だねえ、えらいねえ」
 私はミントの頭を撫でた。嬉しそうににしっぽを振っている。わたしはこんなことしかしてあげられない。でもこの子が楽しんでいる姿を見ると、なんだか私まで嬉しくなる。
――たった一つの私の生きる意味。
 私はもう一度草むらへ、テニスボールを投げた。しかしミントはそれを追いかけなかった。
「あれ、どうしたの」
 私は顔をのぞいた。
「嘘……」
 そう言葉がもれた瞬間、全身に鋭い痛みを感じた。目の前がうっすらと暗くなっていった。
 

「皆に集まっていただいたのは他でもないよ」
 『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)は大きな帽子をかぶり直した。
「イブリース化した犬が、キーラという十二歳の少女を襲ったみたい。皆にはその退治をお願いしたいんだよ。時間は夕方。場所はイ・ラプセルの辺境の街だよ」
 討伐に向かうオラクル達はアクアディーネの祝福を受けている。倒したイブリースを元の犬の姿に戻すことも可能だ。
「それと少女の父親は荒れた生活を送っているらしい。説得すれば改心させることができるかもしれないね」
 深刻な目で一同を見据えた。
「今から行けば、まだ少女の命は救えると思う。お願いね」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
吹雪祥吾
■成功条件
1.イブリースを戦闘不能にする
皆さんこんにちは。吹雪祥吾(ふぶきしょうご)と申します。
冬だからこそこの名前でいいですが、春になると正直困りますよね。
どうぞよろしくお願いします。


今回の目的はイブリース化した、ミントという野良犬を戦闘不能にすることです。
未来予知で被害にあったキーラと呼ばれる少女は、ミントと触れ合うことを何よりの生きがいとしています。
食事を与え、テニスボールで毎日遊んでいます。
このテニスボールは、貴族の家の近くを歩いていた時に、道ばたに転がっているのを拾ったものです。
また、犬だといってもあなどってはいけません。イブリース化した体長は二メートルほどあり、凶暴です。


場所はイ・ラプセルの辺境の街。そこの川にかかっている橋の下です。視界と足場は良好。時間は夕方です。


登場人物は、キーラ、キーラの父親、ミントになります。
どうやらミントは、キーラにしかなついていないようです。触れ合うことは難しいでしょう。
また、キーラの父親は、イブリースを倒した後に、説得して改心させることができます。


イブリースは鋭い爪で切り裂く攻撃をしてきます。
動きは素早く、すばしっこいです。
気性も荒くなっています。


どうか皆さんの手で、キーラを救ってあげてください。



状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
9モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
8/8
公開日
2018年12月23日

†メイン参加者 8人†

『そのゆめはかなわない』
ウィルフリード・サントス(CL3000423)
『ひまわりの約束』
ナナン・皐月(CL3000240)
『イ・ラプセル自由騎士団』
シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)
『戦場に咲く向日葵』
カノン・イスルギ(CL3000025)
『孤高の技巧屋』
虎鉄・雲母(CL3000448)
『慈悲の刃、葬送の剣』
アリア・セレスティ(CL3000222)



 薄汚れた小川を、オレンジの夕焼けが照らしていた。光は反射して、二つの影を輝かせていた。
 ササッと音がした。次の瞬間、一人の少女が、イブリースとキーラをつけ離した。
「下がってて!」
 『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)だ。
「あ、あなた達は?」
「自由騎士団の者だ。君を守るために来たんだ」
 『スケープゴート』ウィルフリード・サントス(CL3000423)は、手袋をはめ直しながら近づいてきた。
「自由騎士団? ミントは、ミントはどうなっちゃったんですか?」
「今はイブリース化してるんだ。でもカノン達なら元に戻せる。絶対お友達をうしなわせたりしないから!」
 カノンは太陽のような笑顔ではげました。キーラは声が出ないようだった。うまく状況をのみ込めていないようだ。
「大丈夫です、落ち着いてください。わたし達、自由騎士団がどうにかしてみせます」
 ティラミス・グラスホイップ(CL3000385)はキーラの肩に手を置いた。
「あ、ありがとうございます。どうか、どうかミントを救ってください」
 キーラはすがりつくような声を出した。それを見て、自由騎士たちはそれぞれにうなづいた。
「離れんじゃねえぞ」
 『孤高の技巧屋』虎鉄・雲母(CL3000448)はキーラに寄り添った。
 イブリースはにらみつけてきた。見るもの全てを切り裂いてしまいそうな眼光だ。
――ウオオオオオオン。
 いかくするように吠えてきた。お腹の底に響くような殺気だった声だ。
 それをきいて、ウィルフリードはウォーモンガ―を使った。力が強化された。続くように、『ビッグ・ヴィーナス』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)は、オーバーロードを自分に付与した。さらにトミコ・マール(CL3000192)はスティールハイを使い、自身の防御力を高めた。
「さあ、やるよー」
 『ちみっこマーチャント』ナナン・皐月(CL3000240)は武器を構えた。




 鋭い爪が、宙を切り裂いた。次の瞬間、金属がぶつかるような音がたった。 シールドバッシュでイブリースの攻撃を受け止めたのだ。トミコだった。
「ははっ!! アタシの鉄の防御、崩せるものなら崩してみるがいいさっ!!」
 イブリースは一瞬、体勢を崩した。
「すぐ済むから、ちょっとだけ大人しくしていてね!」
 その隙を見逃さず、『慈愛の剣姫』アリア・セレスティ(CL3000222)は烈風刃・改を放った。暴風でイブリースの動きが封じられる。 それを見て、シノピリカは左腕で思い切り殴った。猛烈な蒸気が漏れる。SIEGER・IMPACT 改二だ。
 それに続くように、ウィルフリードはバスターソードを地面に叩きつけた。強力な衝撃波が、イブリーズを襲った。オーバーブラストだ。
 追い打ちをかけるように、カノンが震撃を放った。その拳は、体に跡をつけるほどのダメージを与えた。
 イブリースは吠えた。痛みに耐えるような声だ。地面を揺るがすような響きがあった。息が荒くなり、目つきが鋭くなった。
 そしてそのまま、近くにいたカノンに詰め寄った。次の瞬間、鋭い爪で切り裂いた。彼女はうめき声をあげて、その場に倒れ込んだ。
「大丈夫かの?」
 シノピリカが駆け寄った。しかしそこにも隙が生まれた。彼女もまたイブリースの爪にやられてしまったのだ。
「急いで回復を!」
 ティラミスはノートルダムの息吹を使った。二人の傷がみるみる癒されていく。 
「ありがとなのじゃ、助かったのじゃ」
「いえいえ、さあ、あともうひと踏ん張りですよ」
「いい加減、倒れるのだ!」
 ナナンはバッシュを放った。しかしイブリースの動きは、さきほどよりも素早くなっていた。間一髪で攻撃がかわされたのだ。
 そのままイブリースはキーラの方へと駆けていった。大きな影が少女を覆う。爪を振り上げて切り裂こうとした。キーラは恐怖で目をつむった。
「危ない!」
 トミコがぎりぎりのところで、攻撃をはじいた。そこですぐにアリアがエコーズを使い、イブリースの足場を崩した。その隙にティラミスは、テレキネシスでイブリースを引っ張り、キーラから離した。そして虎鉄が人形兵士を作り出した。人形兵士は攻撃を加えていった。
「このまま、押し切るのじゃ!」
 シノピリカは剣をイブリースの頭に突き立てた。そのまま勢いよくお尻まで切り裂いた。ナナンもそれに続いてツヴァイハンダーで攻撃した。たたみかけるように、ウィルフリードが正面から胸を切りつけた。痛恨の連続バッシュだ。
――ウオオオオオオン。
 イブリースは全身を地面に叩きつけ、苦しみもだえた。しかし荒い息を吐きながら、よろりと立ち上がった。
「……冗談でしょ」
 自由騎士たちはげんなりと肩を落とした。皆はもう疲労しきっていた。
 イブリースは前衛に詰め寄った。そして巨大な爪を振り上げた。その時だった。
「お願い! 元に戻って!」
 カノンが震撃を撃ち込んだ。急所を狙った渾身の一撃だった。影狼で、気付かれないよう、イブリースの意識外から忍び寄っていたのだ。
 イブリーズはその場に音を立てて倒れた。少しの沈黙があった。地面には小さくなった、か細い野良犬が横たわっていた。




 キーラは飛び出すように走りだし、ミントの元に駆け寄った。
「大丈夫? 怪我はない?」
 ミントは立ち上がると、キーラを見つめ返した。そしてそのままきびすを返し、草むらの中へ走って消えていった。
「私のこと、怖くなっちゃったのかな」
 キーラの瞳からは涙があふれていた。
「みんな無事に生きていただけ、よしとしようじゃないか」
 トミコは励ますように笑った。
「……そうですね。ミントならきっと自力で生きていけます」
「大丈夫? クッキー、食べる?」
 アリアは心配そうに差し出した。
「あ、ありがとうございます」
 キーラは涙をぬぐって受け取った。その時だった。
「こんなところで油を売っていたのか!」
 キーラの父親だった。顔を赤くほてらせ、怒りの表情をしている。
 途端に小川の水が宙に舞い、キーラの父親をびしょびしょにした。
「酔いは覚めたかしら、駄目男さん?」
 ティラミスのテレキネシスだ。
「いきなり何しやがる!」
「話は全て聞いていますよ」
「何だと?」
「いい大人が子供だけを働かせて自分は酒を飲むだなんて、プライドは無いんですか? はっきり言ってみっともないです! 
 貴方一人が勝手に酔っ払う分にはいいですよ。ですけどその自暴自棄な行動に、自分の娘を巻き込むのが貴方と奥さんの幸せなのかしら? 違うって言うならつべこべ言わずに……働け!」
「お、お前に説教される筋合いなんざねえ!」
 虎鉄はキーラの父親に近づき、胸ぐらをつかんだ。
「なあ、あんた。今回は無事だったから良かったけどよ、自分の娘が殺されたかもしれねえんだ。このこと、どう思ってんだよ。何があったのか知れねえけどよ! 自分の娘にいつまでも甘えてんじゃねえよ!」
 キーラの父親は手を振り払った。
「お、お前らに、俺の何がわかる!」
 トミコは彼の体を揺さぶった。
「何を甘ったれたことをいってんだい!! 子は親を見て育つんだ!! やけになる前に自分の周りをきちんと見てみなよ。アンタが本来見せるべき姿を誰よりも心待ちにしていた存在が、見えないのかい!!」
「うるせえ! うるせえ! うるせえ!」
 キーラの父親は頭を左右に振った。カノンは彼の眼を真っすぐ見据えた。
「キーラちゃんはおじさんに殴られて酷い目にあっても、どんなに辛くても、おじさんの所から逃げ出さなかった。それは例えどんな父親でもまだキーラちゃんがおじさんを愛してるからだとカノンは思う。でも今のおじさんはただ愛される事にあぐらをかいてるだけだよ!」
 キーラの父親はうつむいた。
「お前らに……俺の何が……理解できるっ……何がっ……」
 ナナンは涙を浮かべながら彼の胸を叩いた。
「キーラちゃんはお父さんとお母さんの、愛の結晶でしょう? ねえ、思い出して! キーラちゃんが産まれた時のこと、キーラちゃんが初めてしゃべった時のこと、初めて歩いた時のこと……うぅ……お母さんが死んじゃう前の時のこと! お願いだから、一度思い出してみて!」
 キーラの父親は頭を抱えた。やがてその場にひざをついた。
――うおおおおおおおおおおおおお。
 そのまま地面におでこをこすりつけた。
「……すまない……すまない……すまない」
 声は震えていた。
「俺は妻を失ってから、生きる気力を失ってしまったんだ。仕事もやめちまって、酒を飲んでは気をまぎらわす毎日。本当はキーラには、こんな俺を早く見捨ててほしかったんだ。こんな俺の世話なんかしてたら、キーラまでもダメになっちまう。だから早く家を出て、独り立ちしてほしかった。しびれを切らして、早く逃げ出してほしかった。どこか他の場所で幸せになってほしかったんだ。
 でもキーラは、なぜか俺を見捨てなかった……だからわけもわからないまま、俺はどんどん自暴自棄になっちまっていった……そしていつの間にか、キーラが自分の娘だということを忘れちまっていた……俺はやりすぎた……やりすぎちまったよ」
 父親の顔は、涙でぐしゃぐしゃに崩れていた。キーラは彼の胸に頭を寄せた。
「どんなにひどいことをされても、私はお父さんの元を離れないよ」
「どうしてだ……どうして……」
「だって、家族だもん」
 キーラは優しげに笑いかけた。
「家族?」
「そうだよ、家族。『どんなに苦しくても、どんなにひどい状況になっても、家族の間には確かな愛があるの』それがお母さんが残した、最後の遺言。お父さんは何より大切な、家族だから」
 キーラの父親はまた叫び声を上げた。小さな街に悲しみの声がとどろいた。おたけびはしばらく続いた。
 やがてシノピリカが、父親の背中に手を当てた。
「おぬしの気持ちはようわかる。じゃが取り返しのつくことなど、この世には無い。お主が身勝手に手を上げた時点で、もはや一線は越えられておる。それでも許しが欲しいなら、心を入れ替え、父親としての務めを果たす事じゃ。まかり間違っても、二度と心のままに暴力を振るうのでは無いぞ」
「わかったよ。目が覚めた。俺も心を入れ替える。これからはキーラと二人で、ちゃんと協力し合って暮らしていくことにするよ」
 ウィルフリードはキーラの目線までかがんだ。
「お父さんは悲しかっただけなんだ。本当は君のことも愛していた。それはわかってやってくれ」 
「もちろんです。天国でお母さんも喜んでいると思います」
 自由騎士たちの表情に笑みが浮かんだ。川から吹く涼しい風が彼らを包んだ。




「もう助けはいらないと思いますが、念のため、たまに二人の様子をうかがうようにします」
 カスカ・セイリュウジ(CL3000019)がこちらに近づいてきた。
「それは助かるのじゃ、まかせるのじゃ」
 シノピリカは帽子に手を当ててみせた。
「これで、一件落着ですね」
 ティラミスは耳をピンと立てた。
「当然の結果だ」
 虎鉄はたばこをふかした。
「これでカノン達も、もうお友達だからね」
 カノンはキーラの手を握った。
「嬉しいです」
 握り返した。
「ミントちゃんがいなくなったのは、残念だったね。あまり気を落とさないようにね」
 アリアはキーラの頭をさすった。
「もう大丈夫ですよ」
 キーラは笑ってみせた。強がっていることは、皆わかっていた。
「じゃあ、わたし達は帰ります。全て皆さんのおかげです。本当にどうもありがとうございました」
 頭を下げた。
「何てお礼をすればいいのか」
 父親もそれに続いて頭を下げた。
「お礼なんかいらないよ」
 ナナンはニコニコして、右手を横に振った。
「別にたいしたことをしたわけじゃないからな」
 ウィルフリードは自分の服をさっと払った。
「じゃあ、元気でやりなよ」
 トミコは腕を組んで声をかけた。
「それでは、お世話になりました」
 二人は家へ戻ろうとした。その時だった。キーラの右足の後ろを、何かがつついた。振り返った。ミントだった。口に何かくわえている。それを足元に差し出してきた。ぼろぼろになった、テニスボールだった。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

称号付与
『癒しの回復師』
取得者: ティラミス・グラスホイップ(CL3000385)
『頼れるガーディアン』
取得者: トミコ・マール(CL3000192)
『クールな黒騎士』
取得者: ウィルフリード・サントス(CL3000423)
『家族おもい』
取得者: ナナン・皐月(CL3000240)
『凛とした金髪騎士』
取得者: シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)
『家族おもい』
取得者: カノン・イスルギ(CL3000025)
『クールな新米錬金術師』
取得者: 虎鉄・雲母(CL3000448)
『チャンスメーカー』
取得者: アリア・セレスティ(CL3000222)
『銀髪の助っ人』
取得者: カスカ・セイリュウジ(CL3000019)

†あとがき†

皆さんどうもお疲れ様です。

キーラとその父親、ミントの未来はとても明るいものとなりました。全ては皆さんの素晴らしい活躍があったからです。

MVPははキーラの父親に、昔のことを思い出させてくれたナナンさん。

参加どうもありがとうございました!
FL送付済