MagiaSteam
その刀、禍津器につき、取り扱い注意



●年越しにはやっぱりお酒
「ガアハハハハ! おら、呑め呑め!」
 アマノホカリ。脈々と連なる山々の合間、人里離れた森の中。
 雑多な作りの小屋がぽつりぽつりと立つ広場の中央では、これでもかと積み上げられた焚き木がごうごうと燃え盛っていた。
「うっぷ……もう呑めねえ……」
「何だよだらしねえな! んぐ、んぐ、んぐ……ぷぁあっ! たまんねえ!」
 三々五々、横倒しになった丸太に持たれて眠ったり、瓶に椀を突っ込んで波打つ酒を一気に煽ったりする男ども。
 誰もが額に角を生やし、無精ひげを伸ばしっぱなしにして、日に焼けがっしりとした身体に薄汚れた毛皮を巻きつけ、腰に粗末な拵えの野太刀を佩いていた。

 年の暮れから続くこの宴は、年が明けた程度では終わりそうもない。
 気絶するように寝ていた男がふらつきながら起き上がり、酔いつぶれた男に代わって酒宴に混ざる。
 そんなふうにして、男どもはだらだらと飲み明かしていたのだった。

 それから、三日。人々が日常に戻る頃、彼らも認めがたい現実に直面していた。
「……もう酒がねえ」
「飯も無いぞ。ここのところ誰も狩りに出てないしな」
 空っぽの瓶や、粟の一粒も入っていない櫃を囲んで腕を組む男ども。
「無けりゃ奪えばいいだろ」
 小屋の一つから出てきた大男のセリフに、男どもは顔をひきつらせて笑う。
「も、もちろんでさぁ、ロクロウのアニキ。これから調達に行くとこで」
 大男はだらりと垂れた前髪の奥から昏い光をちらつかせ、男どもを一瞥する。
「行くぞ」
 剥き身の大太刀を肩に担ぎ、歩きだす大男。手下達はぬらりと光る大太刀の刃紋に生唾を飲み込んで、体の震えを隠しながら後に続いた。


 自身を天津朝廷の使者だと名乗る女性が差し出した手紙に目を通し、『あたしにお任せ』バーバラ・キュプカー(nCL3000007)は疲れたように目頭を揉んだ。
「つまり、そのゴロウだかロクロウだかってのを討伐すればいいのね?」
 使者はこくりと頷いて口を開く。
「それと、禍津器の回収、もしくは破壊をお願いいたします」
 さらりと言ってのける彼女に、バーバラはふぅとため息をついて状況を整理しようと試みた。

 朝廷と幕府それぞれの勢力圏、その境目。なんとも面倒事の絶えなさそうなその場所で、村々が野盗の集団に荒らされ回っているらしい。
 襲われた村は惨憺たる有様で、金品を始め食えるものは何でも、種籾一つ残さず奪われていた。抵抗する村人はもちろん、持てる全てを差し出した村人ですら命や尊厳までをも毟り尽くされたという。
 僅かな生き残りの話では若い娘が何人か拐われていったのだという話だ。

 何度か彼らの討伐に少数編成の部隊を差し向けたらしいが、そのことごとくが返り討ちに会ってしまったのだという。
 首魁はイブリースと化した大太刀を振るい、生半可な鎧ではそれごと一撫でにされてしまうそうな。

 幕府側は我関せずと何一つ対応をしない上に、大規模な討伐隊を編成した際には無用な小競り合いを仕掛けてくる始末。
 後手に回っているうちに、被害は日に日に拡大し、手に負えなくなってしまったのだそうだ。
 僅かな人数で、拐われた娘達を逃した上で野盗を討伐し、その首魁の持つイブリースに対処する。
 まさしく言うは易し、行うは難しと言うやつだ。

「それでその、面剥ぎ、だっけ? その刀のイブリース、じゃない、えっと禍津器を回収できたらどうすればいいの?」
「そちらで処分していただければと思います」
「あら、そう。わかったわ」
 それではよろしくおねがいします、と楚々とした仕草で頭を下げた使者が退室したのを見送ってから、バーバラは何度目かのため息をこぼした。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
櫟井庵
■成功条件
1.禍津器『面剥ぎ』の破壊、または回収
 ご無沙汰しております、櫟井庵です。
 あけましておめでとうございます。
 ということで、新年らしく馬鹿騒ぎしている野郎どもをぶちのめすシナリオになります。

●敵情報
・野盗
 野武士くずれの山賊です。オニヒトのサムライで、数が多く、洗練されているとは言えませんが連携も取ってきます。
 大振りな野太刀による斬撃はそれなりに痛いでしょう。
 とはいえ、レベルはそれほど高くなく、雑兵です。
 生き伸びるためにはどんな卑劣な手段もいとわないクズです。
 誰しも自分が一番かわいいので、ロクロウに従っています。

・首魁『面剥ぎ』ロクロウ
 イブリースと化した大太刀に魅入られたオニヒトのサムライです。
 三メートルに迫ろうかといいう身長から繰り出される大上段は恐るべき威力でしょう。
 腕や足は丸太のように太く、大きく突き出た腹は僅かな贅肉をまとった筋肉の塊です。
 容姿から見て取れるように、鈍重、剛力、粗雑です。
 誰であろうが斬れればなんでもよいらしいです。

・禍津器『面剥ぎ』
 作者不明。その切れ味に魅入られた者は、斬り飛ばした頸から顔の皮を剥ぐことに得も言われぬ快感を覚えるのだとか。
 刃長六尺四寸、刃紋重花丁子、無銘。
 要するに妖刀の類で、持つものにこの滅茶苦茶長い大太刀を振るえるだけの力を授けます。今ならもれなく狂気がセットでついてきます。

●場所など補足情報
 険しい山間にある森の中に根城を築いています。通路として利用されている道以外は斜面がきつく、低木などが生い茂っていてまともに通行できません。
 森は日中でも薄暗く、いたるところに篝火が焚かれて居ます。夜間はより見通しが悪く、道が曲がりくねっているため走るには明かりなど何かしらの対策が必要でしょう。

 沢や村につながる道などがいくつかあり、それぞれ時折見張りが巡回するようです。
 中腹まで登ると、大きく開けた広場に出ます。そこには寝床や倉庫などの小屋がいくつか立てられており、その中でも一際大きい家屋からは野卑た声と女性の悲鳴が聞こえてきます。

 朝廷と幕府がにらみ合いをしている中、好き放題暴れまわった結果彼らの物資は潤沢で、日夜問わず酒宴が開かれているようです。

 成功条件が禍津器『面剥ぎ』の破壊、または回収のみであるように、野盗の全滅や村娘の救助はシナリオの成否に影響しません。
 何をどうしようと、イブリースを排除できれば野盗共はいずれ自然消滅するでしょう。相応の被害を出し続けながら。

 根城を襲撃する時間、方法などに制限はありません。特に決めない場合は、日中に正面から突撃することになります。
状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
4モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2021年01月22日

†メイン参加者 6人†



●陽動班
 暁光が遠くの山を照らし、わずかずつではあるが周囲の暗闇を払拭していき、静謐な一日の始まりを告げようとしていた。
 神秘的な朝もやの中、しんと澄み渡る空気に時折下品な笑い声が混ざる。
 この山を根城にする野盗達のものだ。
 己が欲望を満たすためだけに、おおよそ奪えると考えられる全てを奪ってきた。
 彼らに天誅をくださんと決意あらわに山道をゆく影が四つ。

 道の途中、日中でも常に焚かれ続けている篝火台に差し掛かる。ちょうど折返しに設けられたそれは、通常時であれば坂の下を遠くまで見通せるまさに見張りにはもってこいの場所だった。
「くぁあ……。寒ぃ……頭痛ぇ……ったく、こんなもやで見張りなんてできるわけねえだろ……」
 影に身をひそめる四人の視界の先では、ぼんやりと光るそのもやに一つの姿が映し出されていた。
 見張りに出されたことに対する愚痴をこぼし、座り込む男。
「ぷはぁ……やっぱ二日酔いには迎え酒だな。いや、たまにはこう静かに呑むのも悪くねえ」
 暖をとるように焚き火台に向かって一人盃を傾ける彼に忍び寄るのは『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)。
「ふッ……!」
 発声は最小限に、練り上げた気を男に叩き込む。
「ぎゃっ!?」
 突然のことにどうすることも出来ず突き上げられるようによろめいて立ち上がった男に、すかさず『サルーテ・コン・ラ・パスタ』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)がその手に持つ巨大な十字架を振り上げ急所を叩き潰した。
「ぎゅぷ……」
 仰向けに倒れ白目をむき、泡を吹いてびくびくと震えるオニヒト。
 手元の球体に魔力を注ぎながら、彼の様子を観察していた『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は、その魔力を霧散させ
「相変わらず、君たちは容赦無いね……」
 と吐息混じりにつぶやく。
「する必要がないもの、こんな外道」
 パンパンと手を払いながら吐き捨てるように言うエルシー。その隣ではアンジェリカが男を簀巻きにしつつ、同意していた。
 そこへようやく追いついた『キセキの果て』ニコラス・モラル(CL3000453)。
「お、お嬢ちゃん達速すぎ……ちょっと休憩にしない? おじさん疲れちゃった」
 茶目っ気たっぷりに言う彼に一同はため息をついて歩き出した。
「あっ、ちょちょちょ、おじさんを一人にしないでってば」

 途中、何人か見張りを先ほど同様にしばきあげた自由騎士たちは開けた場所に出る。
 樹間に身を隠しながら、様子をうかがう四人。
 この辺りまで来るともやは晴れ、ちょうど朝日に照らされて影が長く伸びていた。
 広場では大きな焚き火を囲んで数人が酒を飲み、その周りにはピクリとも動かず突っ伏している男たちも何人か見受けられた。
「あちらも準備は出来ているでしょうか」
 アンジェリカが小さくこぼした問いに注意深く広場に視線を向けていたマグノリアが答える。
「あちらは斜面を突っ切っている。こちらと違い戦闘もしていないだろうから、問題はないだろう」
「それもそうですね。では、始めましょうか」
 アンジェリカは優しげな笑顔を浮かべ、広場へと足を踏み出した。

「いたわね、ゴミクズ共。私が全員処分してあげるわ。かかってきなさい」
 端正な顔を怒りに染め、静かに言い放つエルシー。
「な、なんだてめぇら! なにもんだ!」
 彼女の放つプレッシャーに盃を放り捨て、立ち上がる男たち。
「あなた達には関係無いことよ!」
 彼らと交わすものはもはや拳以外無いとばかりに踏み出そうとするエルシーの肩をニコラスが掴む。
「まぁまぁ、そう逸るなって。せっかくの美人さんが台無しだぞ?」
「っ、ニコラスさん、なんのつもりですか?」
「ちょいとおじさんに任せてよ。ほら、ここまでいいとこなしだからさ」
 ひょうひょうとのたまうニコラスに思わず眉を潜めつつ、一歩下がるエルシー。
「ありがとさん。さてさて、なるほどなるほど」
 周囲の小屋からもぽつりぽつりと現れ合流していく野盗達を端から眺め、ニコラスは胡散臭い笑みを顔に貼り付ける。
「なぁ、お前さん達。一つ提案なんだが、俺たちに協力しないか? そうすればお前さん達は見逃してやろう」
「ちょ、何を……!」
 ニコラスはエルシーに手のひらを向け制止し、続ける。
「お前さん達もやりたくてやっていたわけじゃないんだろう? わかる、わかるよ。俺も苦労してきたからな。上からの命令ってやつは厄介だよなぁ」
 まるで今にも肩を組んで盃を交わそうと言わんばかりに親しげに語りかけるニコラス。
「お前さん達も怖いんだよな? あの人斬りにいつ自分たちが斬られるか。お前さん達を繋いでいるのは信頼じゃない、恐怖だ。なぁ、ここらでいっちょ、自由になってみないか?」
 心中の恐怖感をするりと撫でられ、ざわつく野盗達。
 後もう一息だと判断したニコラスが矢継ぎ早に彼らの心を揺さぶっていく。
 そんなやり取りを尻目に、広場の中央までいつの間にか歩を進めていたアンジェリカがなにやらごそごそと作業をしていた。
「な、なぁ、アンタは何してんだ? それ、食いモンか?」
 すっかり毒気を抜かれてしまった野盗の一人は、アンジェリカに近寄って小首をかしげる。
「あら、ご存知ないのですか? これはパスタといって、それはとてもとても素敵なものですよ」
「へ、へぇー……ぱすた、ね。そんなハイカラなもん食べたことねえや」
「ふふ、それはとても残念ですね。さて」
 期待感をふくらませる野盗にニコリと笑いかけアンジェリカは。
「この麺が茹で終わるのが先か……私達が制圧するのが先かのチキンレースを始めましょう」
「へ?」
「全てを飲み込め、大渦」
 野盗達が出揃うのを待っていたマグノリアが魔力を開放。突如現れた大渦はニコラスの話を聞くべく集まっていた者たちや、酔いつぶれて眠ったままの野盗を巻き込んで行く。
 男どもの悲鳴が上がる中、焚き火を挟んで広場の向こうでは、二つの影が暗躍していた。

●奇襲班
「ぎゃあああ……」
 斜面を迂回し、一際大きな家屋が見える場所で待機していた『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)に巨大な熊が忍び寄る。
『始まったな』
「わっ、びっくりしたぁ、驚かさないでよウェルスさん」
 獣化変身により巨大な熊と化した『ラスボス(HP50)』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)はギラリと牙をむき出しにしすまんすまんと片手を上げる。
『ざっと近くの小屋を調べてきたが、この辺りの小屋はだいたい倉庫だった。やはり村娘たちはあの家の中だろう』
「うん、早く行こう、ウェルスさん」
『ああ』
 もはや崖と言って差し障りのない斜面を素早く駆け下りていく二人。ひと気のない裏手を一直線に駆け抜け、家屋に取り付く。
 リュンケウスの瞳を発動したカノンが中の様子を伺うと、一人野盗が残っているのが確認できた。
 ウェルスと目配せをし、カノンはそのまま裏手から、ウェルスは正面へと回り込み周囲を警戒し始めた。

「へへ、優しくしてやるからよぉ……そんなに震えるなよぉ……興奮しちゃうだろぉ」
 部屋の隅で身を寄せ合ってすすり泣く村娘たちににじり寄る野盗。
 不快感に顔を歪めつつ、カノンは影を滑るように野盗の背後に移動。素早く拳を突き立てる。
「がッ!?」
 完全に不意を突かれ、何が起きているのか把握できないまま続く二撃目に野盗は崩れ落ちた。
「ひっ、ひいいい……お助けぇ……」
「助けに来たよ。もう少しだけ騒がずに待ってて」
「へ……? あ……」
 男の影から現われ、ろうそくの明かりに照らされたカノンが安心させるよう笑顔を見せる。
 ようやく助けがきたのだと理解した村娘たちは、なんとか笑みを返すも、すぐに顔を歪め悲痛な声を押し殺して泣き出してしまった。
 カノンはその様子に胸を痛めつつ、開放のため今まさに戦っている仲間達と合流するべく家屋を後にした。

 代わるように顔を覗かせるウェルス。
『じゃあ、俺達が戻ってくるまで、絶対に鍵は開けないでくれよ』
 その容姿にぎょっとしつつもこくこくとうなずく村娘にウェルスはニコリと牙を見せ、カノンと共に広場へと急行した。

●戦闘開始
「ハァアアアアッ」
 立ち直れない彼らに向かって飛び出したエルシーの繰り出す両手両足が、野盗共を片っ端から叩きのめしていった。流れるように繰り出される一連の打撃はさながら舞踊だ。
「やりたい放題したツケを払って頂きましょう。お覚悟を」
 横合いからアンジェリカが野盗共を一網打尽に薙ぎ払う。大渦に巻き込まれた野盗共は、わずかばかりを残して軒並み倒れ伏してしまった。
「おうおう、楽しそうなことやってんじゃァねえかよ……」
 かろうじて難を逃れた数人が遅れてやってきたロクロウのもとへ集まりようやく戦闘態勢をとる。
「……君達は、多くを奪った。君達の命程度では払いきれないほどの、多くのものを」
 マグノリアは陣形を取り始める野盗共に指先を向け、その向こう、ゆらりと幽鬼のように自由騎士たちを眺める大男を見据える。
「ねぇ、君……。其の刀は何処で手に入れた物だい? 失礼だが、君に買えるような物には見えないが……」
「ンなことどうだっていいだろ……よくおぼえてねぇしよォ……。それにしてもてめぇラ、綺麗なツラしてんなァ……剥いだらすげえ気持ちいいんだろうなァ……」
「……そう」
 もはやまともな会話は出来ないと判断したマグノリアは、彼らに向けて秘奥を放つ。
 突如襲う脱力感に困惑する野盗達に、背後から二つの影が急襲する。
「まったく、同じオニヒトとして情けないよ!」
 ブーツに包まれた細い足が野盗を捉える。その見た目に反して、まるで破城槌をその身で受けたかのようにくの字に折れ吹き飛ばされる野盗。続くもう一撃によりもはや陣形と呼べるものは無くなっていた。
『ほらほら、俺に攻撃を当てられるものなら当ててみろ!』
 そこへ飛び込む体長三メートルの巨大な熊。
 攻撃と呼ぶのもおこがましい野盗達の抵抗を巨体に似合わぬ身のこなしで避け、咆哮と共に丸太のような腕を叩きつける。

 あっという間に地面に倒れていく野盗達を眺め、ロクロウは数を数えていた。
「ここのつぅ、とぉ……あー……頸だらけだァ……」
 濁りきったその目にもはや理性はなく、欲望のままに大太刀を振り回した。
「ギャッ!?」
「がふっ」
 禍津器、『面剥ぎ』。波打つ刃紋は、最後に残った野盗達の血を吸って妖しく輝いた。
「っ……何してるのよ、相手は私よ!」
 もはや度し難いロクロウの蛮行に、エルシーが怒気をあらわに一歩踏み出す。
「ああ、お望み通り、まずはてめェからだ」
 たらりと血が溢れるのをそのままに、エルシーへと歩み寄っていくロクロウ。
「では、危ない物は危ないのでナイナイしちゃいましょうね」
 エルシー以外視界に入っていないロクロウの横合いから飛び出したアンジェリカが『面剥ぎ』を握るその手を狙い、断罪と救済の十字架を叩きつける。
 どぐしゃ、と鈍く湿った音とともに、ロクロウの手首が砕ける。が、しかし、もはや機能しないであろうというダメージを負ったにも関わらず、『面剥ぎ』はその手に握りしめられたままだ。
「あひゃひゃあッ」
 おぞましい笑い声を放つロクロウに立て続けに二本の矢が襲う。魔力で作り出されたそれらがロクロウの肩に突き刺さり、鮮血を散らすが、彼は眉一つ動かさない。
「ツラァ剥がせろォオオオオオオ」
 ぐわんと腕を振りかぶり、大上段に『面剥ぎ』を構える。
 狙われているエルシーは素早くバックステップ。おおよそで測った間合いから大きくその身を外す。
 構わず振り下ろしたロクロウの斬撃は空を斬り裂き地面を叩き割る。
 すかさず反撃のため間合いを詰めようとしたエルシーだが、研ぎ澄まされた知覚が空気のゆらめきを捉え、直感に従い横っ飛びに回避した。
「くっ……!」
 僅かに避けそこねた飛ぶ斬撃が、エルシーの太ももをかすめ、血飛沫が舞う。
「エルシー!」
 見た目以上に深い傷に、ニコラスがすかさず魔力を放つ。手で抑えているにも関わらず出血の止まらなかったその傷が、あっという間にふさがっていった。
「助かりました、ニコラスさん」
「なぁに、気にしなさんな。これも俺の役目だしな」

 エルシーが体勢を立て直す間、ウェルスがロクロウの前に立ちふさがる。
 直立し、ロクロウを上から見下ろすウェルス。
「邪魔な熊だぜェ……熊のツラ剥いでもつまんねェっての……」
『まぁそう言うなよ。退屈はさせないぜ』
 邪魔者を払うように横薙ぎに振り払われた『面剥ぎ』を四足歩行になることでかいくぐり突進。
「ちィッ……!」
 巨体に突撃され、ロクロウは僅かによろめき舌打ちをする。
「おっと、時間切れか」
 獣化変身が途切れ、通常のサイズに戻ったウェルスの前に小さな影が躍り込む。
「てやぁっ!」
 身体に乗った速度を殺すこと無く、腰を回転させ全エネルギーを拳の先に伝導させた一撃。まるで戦車砲のような左フックが、ロクロウの脇腹に沈み込む。
「ぐ、げ……っ」
 それまで蓄積したダメージと相まって、たたらを踏むロクロウ。
「みんな、今だよ」
 呼びかけつつ、冷たい眼差しとともに指を向けるマグノリア。それは寸分たがわず彼の心臓を指していた。
「ぐはぁアッ!?」
 弾丸とかした劇薬が胸板を穿ち、小さな血飛沫を上げる。次の瞬間、ロクロウは全身を駆け巡る灼熱に目を見開き、左手で傷口をかきむしっていた。

「おう!」
 マグノリアの呼びかけに応じたウェルスは、拳銃というには歪なハンドキャノンを構える。
「全弾くれてやる!」
 サイズ、火薬量、何もかもが規格外の巨弾が入ったシリンダーを一瞬で撃ち尽くす。放たれた弾丸は全て『面剥ぎ』を捉え、その刀身に大きな亀裂を走らせた。
「ハァアアッ!」
 回復を終えたエルシーが弾丸を追いかけるように飛び込み、どす黒い血を流す胸の孔めがけ裂帛の気合を乗せた一撃を叩き込む。
「があああっ!?」
 限界を迎え、ぐらりと巨体が傾くところへ左右からアンジェリカが神速の連撃を叩き込む。ほぼ同時に放たれた六つの攻撃は、黄金の軌跡を輝かせ全てがロクロウの右腕を捉え、粉々に砕く。
「妖刀伝説はここで終焉だよ!」
 アンジェリカに吹き飛ばされかけたロクロウの反対側、素早く回り込んだカノン必殺の一撃が巨体を地面に叩きつける。
 荘厳な鐘の音はロクロウの悲鳴をかき消し、野山一帯に響き渡った。

●終幕
 自由騎士たちの全力攻撃を立て続けに受け、倒れ伏してなお『面剥ぎ』を手放さないロクロウ。動かなくなってしまった右腕に代わり、左腕を伸ばそうとするところへニコラスが歩み寄り、右手の指を不浄の鍵剣で斬り飛ばした。
「ぐげえええっ……」
「まったく、大した執着心だこと」
「こんなもの、さっさと浄化するにかぎるわ。それでいいわよね?」
 エルシーの問いかけにうなずく一同。エルシーはそれにうなずき返してから、拳を叩きつけた。
 浄化されると同時に、粉々に砕け散る刀身。それらひとつひとつはみるみるうちに縮んでいき、小刀程度のサイズになっていた。
「あ、あれ? 小さくなっちゃった」
「脇差、というものがイブリース化して巨大になったのだろうね」
 マグノリアの推察にエルシーが納得したようにうなずく。
「放置するのもアレだから、きちんと持ち帰りましょう」
 ふたりはしゃがみこんで、刀のかけらを拾い集め始めた。

 イブリースの浄化とともに気絶したロクロウを捕縛したカノンは、待機させていた衛生部隊を率いて村娘たちのもとへと向かう。
「あっ、おじさんもそっちにいこうっと」
「えー? 変なことするんだったらそっちで野盗を縛っててよ」
 カノンの怪訝な顔をまるで気にすること無くニコラスは決め顔を作り。
「こう見えておじさん、魔導医学に精通してるんだぜっ」
「……もー、変なことしないでよ?」
「そんなに信用ない? 俺」
「うん」
 即答するカノンに大げさに肩を落として見せるニコラスであった。

 一通り野盗達を縛り上げひとまとめに転がし終えたウェルスは、手近にあった大きな板切れに木炭で文字を書き付けていく。
「何を書いていらっしゃるのですか? ウェルス様」
 同じく野盗達をしばり上げ終えたアンジェリカが覗き込む。
「ん? ああ、役立たずの幕府連中にちと一筆な」
「あらあら、まぁ」
 目立つように広場の中央に立てつけられた板には、『悪名高き野盗、間抜け腰抜け腑抜けの幕府に代わり、朝廷の名の下に自由騎士が処す』と書かれていた。
「よし、こんなもんだろ」
「お疲れさまでした、ウェルス様。ところで、ちょうどパスタが茹で上がったのですが一皿如何ですか?」
「え、あ、おお……いただくとするよ」
「はい、とっても美味しいですよ。では、私は皆様にパスタを振る舞ってまいります。きっと拐われてきた娘たちもお腹が空いているでしょうし」
「そうか、そうだな。……おお、美味いなこれ」

 こうして、地域一帯に災禍を振りまいた野盗達はひとり残らず捕縛され、朝廷に引き渡された。
 人々が彼らに受けた傷が癒えるには時間がかかるだろうが、それでも危機は去ったのだ。

†シナリオ結果†

大成功

†詳細†


†あとがき†

その刀、禍津器につき、取り扱い注意にご参加くださり、誠にありがとうございました。

久しぶりのシナリオでとても不安だったのですが、皆様にプレイングを頂いた瞬間どこかへいってしまいました。
MVPは個人的にツボだったアンジェリカ・フォン・ヴァレンタインさんへ。
パスタ食いてえ。
FL送付済