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【流血の女帝】暴君の先兵

●
「うおおおおおおッ!」
地下遺跡内部に咆哮を響き渡らせながら、ガロム・ザグは踏み込み、大剣を突き込んだ。正面から迫り来るイブリースの巨体に向かってだ。
太古の英雄あるいは戦神の、石像。それがイブリース化し、生き物の滑らかさで動き、襲いかかって来る。
その巨体が、ガロムの刺突・突進に粉砕され、崩れ落ちた。
ぶちまけられた石の破片を蹴散らして、ガロムは駆けた。
動く石像たちが、左右から、後方から、押し寄せて来る。1人で倒し尽くせる数ではなかった。
この地下遺跡に入り込んで、と言うより落下してから、もしかしたら数日は経過しているのかも知れない。携行した食料も水も、とうの昔に尽きている。
「ここが、私の死に場所か……」
飢えて力尽きるよりは、イブリースに殺された方が、オラクルとしては良き死に様であろうか。
「殺されるならば……もう少し、抗ってみようか」
ガロムは立ち止まり、振り返り、大剣を構えた。
動く石像の群れが、襲いかかって来る。
何体、倒せるか。地上へ出すわけにはいかない。1体でも多く道連れにするのが、オラクルとしての自分の務めである。
銃声が、轟いた。
動く石像の何体かが、火花を散らせて揺らぎ、よろめく。それら全身が銃撃に穿たれ、ひび割れている。
「……格好をつけて死ぬのは、最後の最後で良い」
言葉と共に何者かが、ひび割れた石像の1体に激突した。体当たり。続いて膝蹴り、左右の拳。
動く石像が、崩壊した。
「今少し、無様に足掻いてみてはどうかな」
流麗な全身甲冑に身を包んだ男。キジンである事が、ガロムにはわかった。
「何者……」
問いつつ、大剣を振り下ろす。ひび割れた石像の1体を、斬り砕く。
そこでガロムは、腕を引かれた。
「こちらへ!」
右手に銃を持つキジンが、左手でガロムの腕を掴み、走り出す。
石のイブリースたちが、破壊された同族の残骸を轟然と蹴散らし、追って来る。
キジンが、天井に銃を向けて引き金を引いた。
その天井が、降って来た。
轟音が、遺跡全体を揺るがしたかのようであった。
「作動不良の罠を見つけてな。まあ何しろ、旧古代神時代の遺跡だ」
つい今まで遺跡通路の天井であった巨石が、ガロムの後方で壁と化していた。動く石像の群れを、押し潰してくれたのか。単に行く手を塞いだだけ、にしても助かったのは確かである。
「……すまぬ、恩に着る。私はガロム・ザグという」
「我が名はジーベル・トルク。生身のノウブルではないのは、まあ見ておわかりかな」
キジンが名乗り、顎に片手を当てる。
「……ガロム・ザグ。その名を私は、同行者から聞いている。そろそろ会いたい人物として、な。よもやと思うが」
「同行者……?」
「そこに待たせてある」
ジーベル・トルクが視線を投げた、その先では、頼りない人影が石柱の陰に佇んでいた。
みすぼらしい、旅装の青年。弱々しい笑顔が、角灯の明かりに浮かび上がる。
「やあ……旧シャンバラでの活躍、聞き及んでいるよ」
ガロムは、目と耳を疑った。
「……これは、参ったな。母上の次に恐い人と、こんな所で会ってしまう。アクアディーネ様の試練なのだろうか」
●
「この愚か者! 貴様、一体何を考えておるかあッ!」
ガロム・ザグの怒声が、遺跡内部に轟き渡った。
主君アラム・ヴィスケーノの胸ぐらを掴んだまま、彼は遺跡通路を歩いている。
アラムは半ば、引きずられている。
「わ、わかってもらいたいとは言わないよガロム兵長。ただ僕は……ここで何もしなければ、この先、領主として偉そうに振る舞う事が出来なくなるような気がするんだ」
「御領主が! 領主の椅子を離れて、一体何が出来るとお思いであるか!」
「そう言ってやるな、ガロム殿」
ジーベル・トルクは、声をかけた。
「アラム侯爵閣下は……シェルミーネ・グラーク嬢に真ふさわしき夫君であると私は思う。悪し様に言われがちな政略結婚の、良き例となるであろう。何としても、ここを無事に出ていただかなくてはな」
無茶をしがちな令嬢の、勝気な美貌が、ジーベルの胸中に蘇る。
眩しかった。
光学装置でしかない自分の目に、彼女はただ眩しかった。
あの眩しい光を、この機械の手で掴む事は出来ないのだ。
ジーベルは立ち止まった。
広い場所に出ていた。石造りの、大広間。
アラムが角灯を掲げ、広く照らした。
「この遺跡は……誰かの、陵墓であるようだね」
禍々しく照らし出されたのは、いくつもの石像。中央に並べられた2つの石棺。それと、壁面に彫り込まれた異形の何か。
旧古代神時代に信仰されていた、神の姿であろう。女神である。上半身は翼ある美女、下半身は大蛇。そんな姿だ。人面獣身の怪物を、傍らに従えている。
ジーベルは見入った。
「ふむ。ここが墓所、であるならば……死の女神、冥府の女王、といったところか」
「聞いた事はある。グラーク侯爵領の地下に広がる遺跡は、旧古代神時代の陵墓であると」
アラムが言った。
「被葬者は、国王と王妃……その王妃は、残酷な女性であったという。己の美を保つため、大勢の民を殺したと」
「……民を……殺した……」
2つの棺を見据え、ガロムが呻く。
「まるで……ベレオヌス・ヴィスケーノのように、か……」
「ガロム兵長……!」
アラムが息を呑む。
ガロムの両眼が、ぼんやりと光を放っていた。
「……私を、選んだか……依り代にふさわしき者を、待っていたのだな……」
光放つ両眼で、ガロムは見据えている。棺から立ちのぼる、目に見えない何かを。
「私であれば……容易く操る事が出来る、と思ってしまったか……かつて暴君の先兵であった、このガロム・ザグであれば……」
いや。その何かは、すでにガロムの体内に入り込んでいる。
「ガロム兵長……」
駆け寄ろうとするアラムの腕を、ジーベルは掴んだ。
地響きが、起こったからだ。
玄室内の石像が、一斉に動き出していた。先程のものたちと同じ、石造りのイブリースの群れ。
襲いかかって来るそれらを、ジーベルが迎え撃とうとした、その時。
「ジーベル・トルク! その大馬鹿者を連れて逃げろ!」
ガロムが嵐の速度で踏み込み、大剣を振るった。
動く石像が一体、叩き斬られて崩壊した。
さらにもう1体、石のイブリースを斬撃で粉砕しながら、ガロムは人間ではなくなりつつあった。
「確かに……少し前の、私であれば! 貴様の思い通りに動いたであろう。ベレオヌスの命令通りに民を捕え、民を殺し、民から奪い尽くしていた私であれば! 貴様の命令通り人々を殺戮し、大いに血を浴びていただろう! 暴君に逆らえぬ私であれば!」
動く石像たちが、ことごとく粉砕されている間。
ジーベルはアラムを掴んだまま、有無を言わせず玄室を飛び出していた。
「ジーベル卿……は、離してくれ! ガロム兵長が」
「自分がいたところで何も出来ぬと、頭では理解しているのだろう?」
現時点における最優先事項。それは、この若者の身の安全を確保する事である。
通路の天井が、降って来た。
その下をジーベルは間一髪、アラムを引きずり駆け抜けた。
「アラム・ヴィスケーノ! 馬鹿は程々にして、良き君主となれよ!」
天井であった巨石が、アラムの後方で壁となり通路を塞ぐ。
その寸前まで、ガロムの声が聞こえていた。
「そして古の暴君、流血の女帝よ! 私に憑いたが最後、もう逃がしはせぬ……このガロム・ザグが貴女を、虚無の海へとお連れ申し上げる」
「うおおおおおおッ!」
地下遺跡内部に咆哮を響き渡らせながら、ガロム・ザグは踏み込み、大剣を突き込んだ。正面から迫り来るイブリースの巨体に向かってだ。
太古の英雄あるいは戦神の、石像。それがイブリース化し、生き物の滑らかさで動き、襲いかかって来る。
その巨体が、ガロムの刺突・突進に粉砕され、崩れ落ちた。
ぶちまけられた石の破片を蹴散らして、ガロムは駆けた。
動く石像たちが、左右から、後方から、押し寄せて来る。1人で倒し尽くせる数ではなかった。
この地下遺跡に入り込んで、と言うより落下してから、もしかしたら数日は経過しているのかも知れない。携行した食料も水も、とうの昔に尽きている。
「ここが、私の死に場所か……」
飢えて力尽きるよりは、イブリースに殺された方が、オラクルとしては良き死に様であろうか。
「殺されるならば……もう少し、抗ってみようか」
ガロムは立ち止まり、振り返り、大剣を構えた。
動く石像の群れが、襲いかかって来る。
何体、倒せるか。地上へ出すわけにはいかない。1体でも多く道連れにするのが、オラクルとしての自分の務めである。
銃声が、轟いた。
動く石像の何体かが、火花を散らせて揺らぎ、よろめく。それら全身が銃撃に穿たれ、ひび割れている。
「……格好をつけて死ぬのは、最後の最後で良い」
言葉と共に何者かが、ひび割れた石像の1体に激突した。体当たり。続いて膝蹴り、左右の拳。
動く石像が、崩壊した。
「今少し、無様に足掻いてみてはどうかな」
流麗な全身甲冑に身を包んだ男。キジンである事が、ガロムにはわかった。
「何者……」
問いつつ、大剣を振り下ろす。ひび割れた石像の1体を、斬り砕く。
そこでガロムは、腕を引かれた。
「こちらへ!」
右手に銃を持つキジンが、左手でガロムの腕を掴み、走り出す。
石のイブリースたちが、破壊された同族の残骸を轟然と蹴散らし、追って来る。
キジンが、天井に銃を向けて引き金を引いた。
その天井が、降って来た。
轟音が、遺跡全体を揺るがしたかのようであった。
「作動不良の罠を見つけてな。まあ何しろ、旧古代神時代の遺跡だ」
つい今まで遺跡通路の天井であった巨石が、ガロムの後方で壁と化していた。動く石像の群れを、押し潰してくれたのか。単に行く手を塞いだだけ、にしても助かったのは確かである。
「……すまぬ、恩に着る。私はガロム・ザグという」
「我が名はジーベル・トルク。生身のノウブルではないのは、まあ見ておわかりかな」
キジンが名乗り、顎に片手を当てる。
「……ガロム・ザグ。その名を私は、同行者から聞いている。そろそろ会いたい人物として、な。よもやと思うが」
「同行者……?」
「そこに待たせてある」
ジーベル・トルクが視線を投げた、その先では、頼りない人影が石柱の陰に佇んでいた。
みすぼらしい、旅装の青年。弱々しい笑顔が、角灯の明かりに浮かび上がる。
「やあ……旧シャンバラでの活躍、聞き及んでいるよ」
ガロムは、目と耳を疑った。
「……これは、参ったな。母上の次に恐い人と、こんな所で会ってしまう。アクアディーネ様の試練なのだろうか」
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「この愚か者! 貴様、一体何を考えておるかあッ!」
ガロム・ザグの怒声が、遺跡内部に轟き渡った。
主君アラム・ヴィスケーノの胸ぐらを掴んだまま、彼は遺跡通路を歩いている。
アラムは半ば、引きずられている。
「わ、わかってもらいたいとは言わないよガロム兵長。ただ僕は……ここで何もしなければ、この先、領主として偉そうに振る舞う事が出来なくなるような気がするんだ」
「御領主が! 領主の椅子を離れて、一体何が出来るとお思いであるか!」
「そう言ってやるな、ガロム殿」
ジーベル・トルクは、声をかけた。
「アラム侯爵閣下は……シェルミーネ・グラーク嬢に真ふさわしき夫君であると私は思う。悪し様に言われがちな政略結婚の、良き例となるであろう。何としても、ここを無事に出ていただかなくてはな」
無茶をしがちな令嬢の、勝気な美貌が、ジーベルの胸中に蘇る。
眩しかった。
光学装置でしかない自分の目に、彼女はただ眩しかった。
あの眩しい光を、この機械の手で掴む事は出来ないのだ。
ジーベルは立ち止まった。
広い場所に出ていた。石造りの、大広間。
アラムが角灯を掲げ、広く照らした。
「この遺跡は……誰かの、陵墓であるようだね」
禍々しく照らし出されたのは、いくつもの石像。中央に並べられた2つの石棺。それと、壁面に彫り込まれた異形の何か。
旧古代神時代に信仰されていた、神の姿であろう。女神である。上半身は翼ある美女、下半身は大蛇。そんな姿だ。人面獣身の怪物を、傍らに従えている。
ジーベルは見入った。
「ふむ。ここが墓所、であるならば……死の女神、冥府の女王、といったところか」
「聞いた事はある。グラーク侯爵領の地下に広がる遺跡は、旧古代神時代の陵墓であると」
アラムが言った。
「被葬者は、国王と王妃……その王妃は、残酷な女性であったという。己の美を保つため、大勢の民を殺したと」
「……民を……殺した……」
2つの棺を見据え、ガロムが呻く。
「まるで……ベレオヌス・ヴィスケーノのように、か……」
「ガロム兵長……!」
アラムが息を呑む。
ガロムの両眼が、ぼんやりと光を放っていた。
「……私を、選んだか……依り代にふさわしき者を、待っていたのだな……」
光放つ両眼で、ガロムは見据えている。棺から立ちのぼる、目に見えない何かを。
「私であれば……容易く操る事が出来る、と思ってしまったか……かつて暴君の先兵であった、このガロム・ザグであれば……」
いや。その何かは、すでにガロムの体内に入り込んでいる。
「ガロム兵長……」
駆け寄ろうとするアラムの腕を、ジーベルは掴んだ。
地響きが、起こったからだ。
玄室内の石像が、一斉に動き出していた。先程のものたちと同じ、石造りのイブリースの群れ。
襲いかかって来るそれらを、ジーベルが迎え撃とうとした、その時。
「ジーベル・トルク! その大馬鹿者を連れて逃げろ!」
ガロムが嵐の速度で踏み込み、大剣を振るった。
動く石像が一体、叩き斬られて崩壊した。
さらにもう1体、石のイブリースを斬撃で粉砕しながら、ガロムは人間ではなくなりつつあった。
「確かに……少し前の、私であれば! 貴様の思い通りに動いたであろう。ベレオヌスの命令通りに民を捕え、民を殺し、民から奪い尽くしていた私であれば! 貴様の命令通り人々を殺戮し、大いに血を浴びていただろう! 暴君に逆らえぬ私であれば!」
動く石像たちが、ことごとく粉砕されている間。
ジーベルはアラムを掴んだまま、有無を言わせず玄室を飛び出していた。
「ジーベル卿……は、離してくれ! ガロム兵長が」
「自分がいたところで何も出来ぬと、頭では理解しているのだろう?」
現時点における最優先事項。それは、この若者の身の安全を確保する事である。
通路の天井が、降って来た。
その下をジーベルは間一髪、アラムを引きずり駆け抜けた。
「アラム・ヴィスケーノ! 馬鹿は程々にして、良き君主となれよ!」
天井であった巨石が、アラムの後方で壁となり通路を塞ぐ。
その寸前まで、ガロムの声が聞こえていた。
「そして古の暴君、流血の女帝よ! 私に憑いたが最後、もう逃がしはせぬ……このガロム・ザグが貴女を、虚無の海へとお連れ申し上げる」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.イブリース(1体)の撃破
お世話になっております。ST小湊拓也です。
シリーズシナリオ『流血の女帝』全5話中、第4話であります。
旧古代神時代の地下陵墓、その玄室内において、オラクルの重戦士ガロム・ザグが悪しきものに憑かれ、イブリースと化しました。
彼は陵墓内で死んで朽ち果て、悪しきものを道連れにしようとしております。
ガロムを助けるためには戦って倒し、浄化する事が必要となります。
ガロムは大剣による通常攻撃の他、『バッシュ』『ライジングスマッシュ』を使用します。
玄室内には光源が設置されておりませんが、ガロムの身体が禍々しく発光しているため戦闘に支障はありません。
ガロム自身は『暗視』を持っております。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
シリーズシナリオ『流血の女帝』全5話中、第4話であります。
旧古代神時代の地下陵墓、その玄室内において、オラクルの重戦士ガロム・ザグが悪しきものに憑かれ、イブリースと化しました。
彼は陵墓内で死んで朽ち果て、悪しきものを道連れにしようとしております。
ガロムを助けるためには戦って倒し、浄化する事が必要となります。
ガロムは大剣による通常攻撃の他、『バッシュ』『ライジングスマッシュ』を使用します。
玄室内には光源が設置されておりませんが、ガロムの身体が禍々しく発光しているため戦闘に支障はありません。
ガロム自身は『暗視』を持っております。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
7/8
7/8
公開日
2020年11月22日
2020年11月22日
†メイン参加者 7人†

●
石像の破片が、散乱している。『智の実践者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は、まずは息を呑むしかなかった。
「あの動く石像の群れを……単身、撃滅するとは」
このガロム・ザグが剛の者であるのは知っている。
それがイブリースと化したのだ。容易い戦いには、ならないだろう。
「…………去れ、自由騎士団……」
たくましい全身を禍々しく発光させながら、ガロムは言った。
「この遺跡を、地上から塞げ……そして私を、このまま……ここで、朽ち果てさせてくれ……」
抜き身の大剣を、ガロムは構えている。その巨大な刃に、禍々しい光が流れ込む。
「この悪しき魂……私が、虚無の海へと連れて行く……」
「そういうのいいから」
怒りを露わに、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が言った。
「まったく、オズワードさんと言いガロムさんと言い、男ってバカばっかり!」
「……そう。男ってのは、もうちょっと賢く生きないとな」
ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が、にやりと牙を見せる。
「なあガロムの旦那。あんたの心意気は立派だが、道連れってのはどうにも効率が良くねえ……生きてもらうぜ。もっと沢山、仕事をしてもらうぜ」
「……愚か、とは私も思う」
言葉と共にテオドールは、呪力の錬成に入った。
「その愚かさが、しかし好ましい……ともあれ、貴卿を死なせるわけにはいかん。浄化に入らせてもらうぞ」
「やめろ……貴公らとの戦いは、こやつを活性化させる……」
ガロムは、牙を食いしばっている。
「極上の獲物でしかないのだ、こやつにとって貴公らは……殺して、血を浴びる……そうする事で、最上の美を獲得出来ると、こやつは……本気で信じている……それしか、残っておらぬ……」
苦しげに、ガロムは微笑んだ。
「この、醜い男の肉体がな……人々の生き血を浴びる事で、美しく変わると……思い込んでいるのだよ。この哀れな悪霊は……」
「ガロムさん、でしたね。貴方の外見的な美醜に関してはともかく」
遺伝子レベルの加速を自身に施しながら、『祈りは歌にのせて』サーナ・フィレネ(CL3000681)が言った。
「その方は、ずっとここにいて……そんな事だけを、考えていたのですね。美しくなる事、生き返って綺麗になる事だけを」
「……身につまされます。男の人がバカばっかりならね、こと美容に関しては女も同じくらいにバカですから」
静かな言葉を発しているのは、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)である。
静かな口調が、昂ぶってゆく。
「私がね、美容でどれだけ苦労しているか……ふ、ふっふふふ。ねえ大昔の女王様? 人を殺して血を浴びるとか、そんなんで綺麗になれたら世の中の女は誰も苦労なんかしないんですよおおおおおッ!」
「落ち着いて下さい、エルシー様」
セアラ・ラングフォード(CL3000634)が、なだめつつ言う。
「……ガロム様。貴方は、お身体を自由に動かせる状態であれば、間違いなく御自分の命をお絶ちになっているところ」
「それが出来ないからこそ、地の底で衰弱死を遂げようとしている……もちろん、させないよ」
言いつつ『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が、ガロムに向かって繊手をかざす。何か、術式を施しているようである。
「主君アラムの事を、愚か者などと……言う資格は君にはないよガロム・ザグ。そこもまた、君の良さだとは思うけれど」
「…………貴様ら……ッ!」
ガロムが、踏み込んで来た。
その踏み込みを実行する意思は、古の残虐なる王妃のもの。だが繰り出される一撃は、重戦士ガロム・ザグの鍛え抜かれた戦闘能力によるものだ。
それを、まずはエルシーが迎え撃った。
「良くない女に捕まっちゃいましたねえガロムさん。今、引っ剥がしてあげます。痛いけど我慢ですよ!」
禍々しい光をまとう大剣が振り下ろされる、よりも速く、エルシーの鋭利な拳が一閃した。
地下遺跡全体を震撼させるような一撃が、ガロムの鳩尾を凹ませていた。
血を吐き、よろめくガロムの身体に、冷気の嵐が襲いかかる。
「……ガロムさん。貴方を、死なせはしませんよ」
サーナが剣を抜き、舞っている。しなやかな細身の躍動に合わせ、氷雪の粒を大量に含んだ極寒の気流が吹き荒れていた。
「私が、アクアディーネ様の権能を行使しているんです……死なせません」
吹雪の精霊を召喚する剣舞。それは、殺意と復讐心を鎮めるための儀式にも見えた。
半ば凍り付き、凍傷を負いながらも、冷気の束縛を振りほどこうとするガロムの身体に、ウェルスがいつの間にか二丁拳銃を押し当てている。至近距離。忍び寄る獣の速度であった。
「あんたの頑丈さは知っている。が、コイツには耐えられるかなっ!」
雷鳴の如き銃声が、立て続けに轟いた。
零距離の銃撃が、ガロムを吹っ飛ばす。
鮮血と禍々しい光の飛沫を散らせ、石畳に激突したガロムが、しかし即座に立ち上がり踏み込んで来る。
凶光を帯びたる大剣の切っ先が、ウェルスを穿つ。
今度は、ウェルスの方が吹っ飛んでいた。
毛むくじゃらの巨体が、後方に立つマグノリアの細身を直撃する。両者ひとかたまりに倒れ込み、悲痛な音を発した。
マグノリアの、恐らくは肋骨に亀裂が入った、とテオドールは見た。
ウェルスが、身を起こしながら血を吐いている。
「ぐっ、がふッ……す、すまねえ御老体! 無事か」
「……無事ではないけれど、まあ大丈夫さ……それにしても。力を半減させて、なお……この威力……」
苦しげに微笑むマグノリアを、ウェルスがよろりと助け起こす。
その間カノンが、ガロムに拳を叩き込んでいた。空を切り取るが如く、弧を描く一撃。
「大昔の腐れ女王! 自分じゃ何も出来ないからって、ガロムさんに取り憑くのは許さないよっ!」
ガロムの身体が、へし曲がる。その身を包む凶光も、激しく揺らぐ。
「まさしく……カノン嬢の、言う通り」
テオドールは白き短剣を抜き放ち、錬りに錬り上げた呪力を解放した。
「自ら事を為す力もなく、依り代として役立つ者の訪れを地の底でただ待ち続けておられた……長き年月。おいたわしき、かな」
呪力を宿す刃を、テオドールは己の首筋に当てた。
ガロムの身体から血飛沫と、それを上回る量の凶光の飛沫が噴出する。
自分の身体を切り裂いたわけでもないのにテオドールは、凄まじく強固な手応えを感じていた。
ガロムの中にいる何者かが、呪いの刃に抗っている。短剣を握るテオドールの手が、震えた。
傍らでセアラが、負傷したマグノリアとウェルスに向かって、たおやかな片手をかざしている。
「思い上がり、かも知れませんが……楽にして、差し上げたいですね」
優美な五指でキラキラと魔導医療の光を振り撒きながら、セアラは言った。
「あのような非道い事をなさった方であっても……いえ、だからこそ」
「……そうだな。この世に居させておくのは、かわいそうってもんだ」
傷の癒えたウェルスが、再び零距離射撃を狙って踏み込む。
同じく治療を受けたマグノリアが、それを援護する形に細腕を伸ばし、片手で拳銃を形作った。
「流血の女帝……僕は、お前に興味がある……お前と言い、ベレオヌスと言い……」
美しい指先が、銃声を発した。白銀色の銃火が迸っていた。
「何故、ああも怯える? 恐怖心に苛まれただけで何故、あそこまで惨たらしい事が出来る……? 理解、不能……」
聖なる魔導力の弾丸が、ガロムの身体に突き刺さる。
ガロムは歯を食いしばり、悲鳴を殺した。
だが。何者かの悲鳴を、テオドールは確かに聞いた。
音声なき悲鳴に、マグノリアが言葉を返す。
「……それは、それ。お前をこの世に残しておけないというのは、僕も同感だ。往くべき所へ、往くがいい……お前はもう、この世界に居てはいけない」
●
破壊の魔力を振り撒きながら、セアラは舞っている。
優美な肢体の捻転・回転に合わせて渦巻く魔力が、ガロムの全身から凶光を削り取っているかのようだ。
鮮血の霧と光の破片を飛散させつつもガロムは踏み込み、大剣を振るう。
その一撃をカノンが、羅刹破神の構えで受けた。
血飛沫をぶちまけながら双方、共に揺らいだ。
揺らいでいたガロムが踏みとどまり、構え直し、斬りかかる。
そう見えた瞬間、衝撃が弾けた。
ガロムの身体が、吹っ飛んで石壁に叩き付けられる。
カノンは、残心の構えを取っている。
エルシーの動体視力をもってしても、見て取る事は出来なかった。拳を打ち込むために必要な動作が、いくつも省略されたかのようである。だが威力は本物だ。
「……神の……見えざる手……」
血まみれのまま、カノンは呟いた。
「カノンの新技……今、一体何を喰らったのか。自分がどうぶっ飛ばされたのか、知りたいでしょ? こんなとこで……死んでる、場合じゃないよガロムさん……」
満身創痍の小さな身体が、膝から崩れ、倒れ伏す。
同じく満身創痍の身体を引きずるようにして、エルシーはカノンを背後に庇った。
「さすが……ですねガロムさん。私たちが、ここまで追い込まれるなんて……」
ガロムは立ち上がり、ゆらりと大剣を構えている。燃え輝く両眼は、光る涙を流しているようでもある。
エルシーは笑いかけた。
「お互い、ここからが本番……でしょうか、ね」
足元が覚束ない。自分もカノンと同じく、限界が近い。
あと一撃。残る力は、それだけだ。
猛然と踏み込んで来ようとするガロムの身体を、セアラが魔力の大渦で押しとどめている。
「幾度でも申し上げますよ、ガロム様……私たちは、貴方をお助け致します。貴方に拒否権はありません」
「そう……人を助けたいと思うならば、相手方の自由意思を尊重してはならないのだ」
そこに、冷気の嵐が加わった。
テオドールが厳かに杖を掲げ操り、氷のマナを制御している。
「貴卿がこの場で、悪しき魂もろとも朽ち果てる……あるいは、それが最良の手段なのやも知れぬ。だが」
「……アクアディーネ様は、ある程度の悪手は認めて下さいますから」
サーナが、精霊召喚の剣舞を披露し続ける。ぱたぱたと翅を動かし、氷雪風を巻き起こしているようでもある。
両者による氷の術式が、玄室内に猛吹雪を吹かせていた。鋭利な氷塊を大量に含む寒気の渦が、ガロムの全身を凍て付かせ切り苛む。
吹雪の大渦に巻き込まれる形にエルシーは、よろりと踏み込んで行った。覚束ない足取りで無理矢理、石畳を踏み締めた。
「……人助けの押し売り、受けてもらいますよ!」
石畳に、エルシーの足跡が刻印された。死に際の力を振り絞っての踏み込み。
閃光を伴う拳の一撃が、ガロムに叩き込まれていた。
エルシーは力尽き、膝をついた。
ガロムは吹っ飛んで石壁に激突し、跳ね返って来る。大剣を振り上げながらだ。
かわせない、叩き斬られる、と思われたその瞬間。
轟音と共に、何かが飛び散った。ウェルスの両手からだ。
「さあどうだ……相変わらず1度しか撃てねえが、今回は特別製だぜ! まあいつもそうだが」
大型銃身の、破片であった。
ガロムの力強い胸板に、6つの弾痕が穿ち込まれている。
7つ目が、即座に生じた。
「ガロム……本当は、わかっているのだろう?」
マグノリアの細い指先から、魔導の炸薬弾が放たれていた。
「君は、自分が罪を犯したと思っている。ならば……こんな自己犠牲で、その罪を消す事は出来ない。何故なら君が、君自身を許そうとしないからだ」
ガロムの全身が、炎に包まれる。
その炎が、禍々しい光を焼き尽くしていった。
●
「くそっ、逃げやがったぞ」
交霊術を用いようとしていたウェルスが、天井を睨み、牙を剥く。
何が逃げたのかは、聞くまでもなかった。
「……見よ……言わぬ事ではない……」
ガロムが呻く。
「……助けてくれた事は、感謝する……おかげでしかし、あやつを虚無の海へと連れて行く事が出来なかった……私の身体を抜け出して、どこへ逃げ込んだものやら……難儀な事になるぞ」
セアラとマグノリアが2人がかりで、ガロムを含む全員に魔導医療を施したところである。
そのセアラが、まずは言った。
「ここで決着が付く相手だとは、私たちも思ってはいませんよ。もうひとつ、戦いが必要となるでしょう」
「貴卿との戦いほど、難儀な事にはならぬと思う」
テオドールが微笑む。
「彼女は、ガロム・ザグという最強の依り代を失った……元々、自力では何も出来ぬ哀れな亡国の女帝よ」
「かわいそうなのは確かだよね。きっちり仕留めてあげないと」
カノンが、左掌に右拳を打ち込んだ。
「……ねえガロムさん、これだけは言っておくけど。アラムさんにはね、あなたが必要なんだよ」
「……あの大馬鹿者が」
「マグノリアさんが言いましたよ。貴方に、それを言う資格はありません」
サーナは言った。
そのマグノリアは、石壁をじっと見つめている。
上半身は妖艶なる美女、下半身は禍々しき大蛇。そんな怪物の姿が一面に彫り込まれた壁を。
「死の女神……冥府の、女王……」
マグノリアは呟いた。
「少し文献を調べてみた。古の王国において、かの王妃は忌み嫌われ恐れられ……この怪物と、ほぼ同一視されていたという」
死の女神を、マグノリアは見据えている。
「ガロムの肉体を追い出された彼女に、向かう先があるとすれば……この女神像ではないか、と僕は思っていたのだけどね。違ったようだ」
「ふむ。ここにはもう何もいません、か」
エルシーが角灯を掲げ、玄室内を見回した。
「……ここって、金銀財宝が大量にあったんですよねえ。グラーク家の人たちが片っ端から持ち出しちゃった後ですか、まったくもう」
「……リュンケウスの瞳で、欲望のオーラが見えますよ」
「それはそうですよぉサーナさん、美とお金こそが女の2大欲求! 絶対的欲求、ぜっ☆きゅー! ですよ。うふふ、この中で『流血の女帝』に一番近いのは私かも知れませんねえ」
「……恐い事を言わないで下さい。貴女がイブリース化したら、私たちの手には負えません」
「ちょっと、何しみじみと頷いてるんですかテオドールさんもマグノリアさんも」
エルシーの会話相手役をその両名に押し付けながら、サーナも玄室内を見渡した。
この場で重んずるべき存在は、死の女神でも金銀財宝でもなく、陵墓の主たる被葬者2名である。
2つの石棺。その片方に、サーナは片手を触れた。
「こちらに王様もいらっしゃるのに……王妃様は独りぼっち、なのでしょうか」
「元々は、王様の浮気が原因らしいからな」
ウェルスが言った。
「王様にも何か話が聞けねえかと思ったんだが、駄目だった。何しろ旧古代神時代の墓だもんな……何万年も残留思念を残せる奴なんて、そうはいない」
「その数少ない1人が……流血の、女帝」
テオドールが腕組みをした。
「……参りましょう。この玄室内で為すべき事は、もうありません」
しばしの静寂を、セアラが破った。
「この地下遺跡に閉じ込められた方が、他にもいらっしゃるのでしょう? 私たちの知る限りでは、あとお2人ほど」
「……アラム・ヴィスケーノとジーベル・トルクは、そこから出て行った」
ガロムの指した方向は、しかし石壁である。
「通路が塞がったり開いたり、そんな仕掛けが大量に施されているらしいな。この遺跡は」
言いつつウェルスが荷物を開き、棒やロープを取り出している。
「最高に運が良ければ、その2人……今頃もう地上に出ていたりしてな。ま、こっちも色々準備はしてある。2人を捜すにしても一旦は戻るにしても、慎重に行こうぜ」
「ガロムさんも行きましょう。立って歩けますか? 痛いところ、ありますか?」
エルシーが、ガロムを助け起こした。
「私は、あっちこっち痛いです」
「貴公らと……戦ってみたい、という思いがな、私の心に全く無かったわけではないのだ」
ガロムは苦笑し、言った。
「……教えてくれマグノリア・ホワイト。私は、私自身を許してしまうべきなのか? そのような事が、許されるのだろうか」
「君には、難しい事だろうね……」
マグノリアは、答えながら答えを模索しているようであった。
「少なくとも僕たちには、許せないと言って君を断罪する資格はない。君は、臣下として主の命令に従っていただけなのだろう? 何故、と思う心もあったのだろうが……それを、忠義という蓋で押さえ込んだ。僕たちが君と同じ立場であったとして、それ以外の事が出来たかどうかはわからない」
「何も考えず、貴族だからというだけで従って下さる方々がいます」
セアラが言った。
「私たち貴族が、それで大いに助かっているのは事実……であるにしても、御自分でお考えになる事はとても大切だと思いますよ」
「過去……どんなに非道い事をした、としても」
別にガロムを励ますつもりはなく、サーナも言った。
「それを神様に押し付けないだけ、貴方はましです。ガロムさん」
石像の破片が、散乱している。『智の実践者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は、まずは息を呑むしかなかった。
「あの動く石像の群れを……単身、撃滅するとは」
このガロム・ザグが剛の者であるのは知っている。
それがイブリースと化したのだ。容易い戦いには、ならないだろう。
「…………去れ、自由騎士団……」
たくましい全身を禍々しく発光させながら、ガロムは言った。
「この遺跡を、地上から塞げ……そして私を、このまま……ここで、朽ち果てさせてくれ……」
抜き身の大剣を、ガロムは構えている。その巨大な刃に、禍々しい光が流れ込む。
「この悪しき魂……私が、虚無の海へと連れて行く……」
「そういうのいいから」
怒りを露わに、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が言った。
「まったく、オズワードさんと言いガロムさんと言い、男ってバカばっかり!」
「……そう。男ってのは、もうちょっと賢く生きないとな」
ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が、にやりと牙を見せる。
「なあガロムの旦那。あんたの心意気は立派だが、道連れってのはどうにも効率が良くねえ……生きてもらうぜ。もっと沢山、仕事をしてもらうぜ」
「……愚か、とは私も思う」
言葉と共にテオドールは、呪力の錬成に入った。
「その愚かさが、しかし好ましい……ともあれ、貴卿を死なせるわけにはいかん。浄化に入らせてもらうぞ」
「やめろ……貴公らとの戦いは、こやつを活性化させる……」
ガロムは、牙を食いしばっている。
「極上の獲物でしかないのだ、こやつにとって貴公らは……殺して、血を浴びる……そうする事で、最上の美を獲得出来ると、こやつは……本気で信じている……それしか、残っておらぬ……」
苦しげに、ガロムは微笑んだ。
「この、醜い男の肉体がな……人々の生き血を浴びる事で、美しく変わると……思い込んでいるのだよ。この哀れな悪霊は……」
「ガロムさん、でしたね。貴方の外見的な美醜に関してはともかく」
遺伝子レベルの加速を自身に施しながら、『祈りは歌にのせて』サーナ・フィレネ(CL3000681)が言った。
「その方は、ずっとここにいて……そんな事だけを、考えていたのですね。美しくなる事、生き返って綺麗になる事だけを」
「……身につまされます。男の人がバカばっかりならね、こと美容に関しては女も同じくらいにバカですから」
静かな言葉を発しているのは、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)である。
静かな口調が、昂ぶってゆく。
「私がね、美容でどれだけ苦労しているか……ふ、ふっふふふ。ねえ大昔の女王様? 人を殺して血を浴びるとか、そんなんで綺麗になれたら世の中の女は誰も苦労なんかしないんですよおおおおおッ!」
「落ち着いて下さい、エルシー様」
セアラ・ラングフォード(CL3000634)が、なだめつつ言う。
「……ガロム様。貴方は、お身体を自由に動かせる状態であれば、間違いなく御自分の命をお絶ちになっているところ」
「それが出来ないからこそ、地の底で衰弱死を遂げようとしている……もちろん、させないよ」
言いつつ『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が、ガロムに向かって繊手をかざす。何か、術式を施しているようである。
「主君アラムの事を、愚か者などと……言う資格は君にはないよガロム・ザグ。そこもまた、君の良さだとは思うけれど」
「…………貴様ら……ッ!」
ガロムが、踏み込んで来た。
その踏み込みを実行する意思は、古の残虐なる王妃のもの。だが繰り出される一撃は、重戦士ガロム・ザグの鍛え抜かれた戦闘能力によるものだ。
それを、まずはエルシーが迎え撃った。
「良くない女に捕まっちゃいましたねえガロムさん。今、引っ剥がしてあげます。痛いけど我慢ですよ!」
禍々しい光をまとう大剣が振り下ろされる、よりも速く、エルシーの鋭利な拳が一閃した。
地下遺跡全体を震撼させるような一撃が、ガロムの鳩尾を凹ませていた。
血を吐き、よろめくガロムの身体に、冷気の嵐が襲いかかる。
「……ガロムさん。貴方を、死なせはしませんよ」
サーナが剣を抜き、舞っている。しなやかな細身の躍動に合わせ、氷雪の粒を大量に含んだ極寒の気流が吹き荒れていた。
「私が、アクアディーネ様の権能を行使しているんです……死なせません」
吹雪の精霊を召喚する剣舞。それは、殺意と復讐心を鎮めるための儀式にも見えた。
半ば凍り付き、凍傷を負いながらも、冷気の束縛を振りほどこうとするガロムの身体に、ウェルスがいつの間にか二丁拳銃を押し当てている。至近距離。忍び寄る獣の速度であった。
「あんたの頑丈さは知っている。が、コイツには耐えられるかなっ!」
雷鳴の如き銃声が、立て続けに轟いた。
零距離の銃撃が、ガロムを吹っ飛ばす。
鮮血と禍々しい光の飛沫を散らせ、石畳に激突したガロムが、しかし即座に立ち上がり踏み込んで来る。
凶光を帯びたる大剣の切っ先が、ウェルスを穿つ。
今度は、ウェルスの方が吹っ飛んでいた。
毛むくじゃらの巨体が、後方に立つマグノリアの細身を直撃する。両者ひとかたまりに倒れ込み、悲痛な音を発した。
マグノリアの、恐らくは肋骨に亀裂が入った、とテオドールは見た。
ウェルスが、身を起こしながら血を吐いている。
「ぐっ、がふッ……す、すまねえ御老体! 無事か」
「……無事ではないけれど、まあ大丈夫さ……それにしても。力を半減させて、なお……この威力……」
苦しげに微笑むマグノリアを、ウェルスがよろりと助け起こす。
その間カノンが、ガロムに拳を叩き込んでいた。空を切り取るが如く、弧を描く一撃。
「大昔の腐れ女王! 自分じゃ何も出来ないからって、ガロムさんに取り憑くのは許さないよっ!」
ガロムの身体が、へし曲がる。その身を包む凶光も、激しく揺らぐ。
「まさしく……カノン嬢の、言う通り」
テオドールは白き短剣を抜き放ち、錬りに錬り上げた呪力を解放した。
「自ら事を為す力もなく、依り代として役立つ者の訪れを地の底でただ待ち続けておられた……長き年月。おいたわしき、かな」
呪力を宿す刃を、テオドールは己の首筋に当てた。
ガロムの身体から血飛沫と、それを上回る量の凶光の飛沫が噴出する。
自分の身体を切り裂いたわけでもないのにテオドールは、凄まじく強固な手応えを感じていた。
ガロムの中にいる何者かが、呪いの刃に抗っている。短剣を握るテオドールの手が、震えた。
傍らでセアラが、負傷したマグノリアとウェルスに向かって、たおやかな片手をかざしている。
「思い上がり、かも知れませんが……楽にして、差し上げたいですね」
優美な五指でキラキラと魔導医療の光を振り撒きながら、セアラは言った。
「あのような非道い事をなさった方であっても……いえ、だからこそ」
「……そうだな。この世に居させておくのは、かわいそうってもんだ」
傷の癒えたウェルスが、再び零距離射撃を狙って踏み込む。
同じく治療を受けたマグノリアが、それを援護する形に細腕を伸ばし、片手で拳銃を形作った。
「流血の女帝……僕は、お前に興味がある……お前と言い、ベレオヌスと言い……」
美しい指先が、銃声を発した。白銀色の銃火が迸っていた。
「何故、ああも怯える? 恐怖心に苛まれただけで何故、あそこまで惨たらしい事が出来る……? 理解、不能……」
聖なる魔導力の弾丸が、ガロムの身体に突き刺さる。
ガロムは歯を食いしばり、悲鳴を殺した。
だが。何者かの悲鳴を、テオドールは確かに聞いた。
音声なき悲鳴に、マグノリアが言葉を返す。
「……それは、それ。お前をこの世に残しておけないというのは、僕も同感だ。往くべき所へ、往くがいい……お前はもう、この世界に居てはいけない」
●
破壊の魔力を振り撒きながら、セアラは舞っている。
優美な肢体の捻転・回転に合わせて渦巻く魔力が、ガロムの全身から凶光を削り取っているかのようだ。
鮮血の霧と光の破片を飛散させつつもガロムは踏み込み、大剣を振るう。
その一撃をカノンが、羅刹破神の構えで受けた。
血飛沫をぶちまけながら双方、共に揺らいだ。
揺らいでいたガロムが踏みとどまり、構え直し、斬りかかる。
そう見えた瞬間、衝撃が弾けた。
ガロムの身体が、吹っ飛んで石壁に叩き付けられる。
カノンは、残心の構えを取っている。
エルシーの動体視力をもってしても、見て取る事は出来なかった。拳を打ち込むために必要な動作が、いくつも省略されたかのようである。だが威力は本物だ。
「……神の……見えざる手……」
血まみれのまま、カノンは呟いた。
「カノンの新技……今、一体何を喰らったのか。自分がどうぶっ飛ばされたのか、知りたいでしょ? こんなとこで……死んでる、場合じゃないよガロムさん……」
満身創痍の小さな身体が、膝から崩れ、倒れ伏す。
同じく満身創痍の身体を引きずるようにして、エルシーはカノンを背後に庇った。
「さすが……ですねガロムさん。私たちが、ここまで追い込まれるなんて……」
ガロムは立ち上がり、ゆらりと大剣を構えている。燃え輝く両眼は、光る涙を流しているようでもある。
エルシーは笑いかけた。
「お互い、ここからが本番……でしょうか、ね」
足元が覚束ない。自分もカノンと同じく、限界が近い。
あと一撃。残る力は、それだけだ。
猛然と踏み込んで来ようとするガロムの身体を、セアラが魔力の大渦で押しとどめている。
「幾度でも申し上げますよ、ガロム様……私たちは、貴方をお助け致します。貴方に拒否権はありません」
「そう……人を助けたいと思うならば、相手方の自由意思を尊重してはならないのだ」
そこに、冷気の嵐が加わった。
テオドールが厳かに杖を掲げ操り、氷のマナを制御している。
「貴卿がこの場で、悪しき魂もろとも朽ち果てる……あるいは、それが最良の手段なのやも知れぬ。だが」
「……アクアディーネ様は、ある程度の悪手は認めて下さいますから」
サーナが、精霊召喚の剣舞を披露し続ける。ぱたぱたと翅を動かし、氷雪風を巻き起こしているようでもある。
両者による氷の術式が、玄室内に猛吹雪を吹かせていた。鋭利な氷塊を大量に含む寒気の渦が、ガロムの全身を凍て付かせ切り苛む。
吹雪の大渦に巻き込まれる形にエルシーは、よろりと踏み込んで行った。覚束ない足取りで無理矢理、石畳を踏み締めた。
「……人助けの押し売り、受けてもらいますよ!」
石畳に、エルシーの足跡が刻印された。死に際の力を振り絞っての踏み込み。
閃光を伴う拳の一撃が、ガロムに叩き込まれていた。
エルシーは力尽き、膝をついた。
ガロムは吹っ飛んで石壁に激突し、跳ね返って来る。大剣を振り上げながらだ。
かわせない、叩き斬られる、と思われたその瞬間。
轟音と共に、何かが飛び散った。ウェルスの両手からだ。
「さあどうだ……相変わらず1度しか撃てねえが、今回は特別製だぜ! まあいつもそうだが」
大型銃身の、破片であった。
ガロムの力強い胸板に、6つの弾痕が穿ち込まれている。
7つ目が、即座に生じた。
「ガロム……本当は、わかっているのだろう?」
マグノリアの細い指先から、魔導の炸薬弾が放たれていた。
「君は、自分が罪を犯したと思っている。ならば……こんな自己犠牲で、その罪を消す事は出来ない。何故なら君が、君自身を許そうとしないからだ」
ガロムの全身が、炎に包まれる。
その炎が、禍々しい光を焼き尽くしていった。
●
「くそっ、逃げやがったぞ」
交霊術を用いようとしていたウェルスが、天井を睨み、牙を剥く。
何が逃げたのかは、聞くまでもなかった。
「……見よ……言わぬ事ではない……」
ガロムが呻く。
「……助けてくれた事は、感謝する……おかげでしかし、あやつを虚無の海へと連れて行く事が出来なかった……私の身体を抜け出して、どこへ逃げ込んだものやら……難儀な事になるぞ」
セアラとマグノリアが2人がかりで、ガロムを含む全員に魔導医療を施したところである。
そのセアラが、まずは言った。
「ここで決着が付く相手だとは、私たちも思ってはいませんよ。もうひとつ、戦いが必要となるでしょう」
「貴卿との戦いほど、難儀な事にはならぬと思う」
テオドールが微笑む。
「彼女は、ガロム・ザグという最強の依り代を失った……元々、自力では何も出来ぬ哀れな亡国の女帝よ」
「かわいそうなのは確かだよね。きっちり仕留めてあげないと」
カノンが、左掌に右拳を打ち込んだ。
「……ねえガロムさん、これだけは言っておくけど。アラムさんにはね、あなたが必要なんだよ」
「……あの大馬鹿者が」
「マグノリアさんが言いましたよ。貴方に、それを言う資格はありません」
サーナは言った。
そのマグノリアは、石壁をじっと見つめている。
上半身は妖艶なる美女、下半身は禍々しき大蛇。そんな怪物の姿が一面に彫り込まれた壁を。
「死の女神……冥府の、女王……」
マグノリアは呟いた。
「少し文献を調べてみた。古の王国において、かの王妃は忌み嫌われ恐れられ……この怪物と、ほぼ同一視されていたという」
死の女神を、マグノリアは見据えている。
「ガロムの肉体を追い出された彼女に、向かう先があるとすれば……この女神像ではないか、と僕は思っていたのだけどね。違ったようだ」
「ふむ。ここにはもう何もいません、か」
エルシーが角灯を掲げ、玄室内を見回した。
「……ここって、金銀財宝が大量にあったんですよねえ。グラーク家の人たちが片っ端から持ち出しちゃった後ですか、まったくもう」
「……リュンケウスの瞳で、欲望のオーラが見えますよ」
「それはそうですよぉサーナさん、美とお金こそが女の2大欲求! 絶対的欲求、ぜっ☆きゅー! ですよ。うふふ、この中で『流血の女帝』に一番近いのは私かも知れませんねえ」
「……恐い事を言わないで下さい。貴女がイブリース化したら、私たちの手には負えません」
「ちょっと、何しみじみと頷いてるんですかテオドールさんもマグノリアさんも」
エルシーの会話相手役をその両名に押し付けながら、サーナも玄室内を見渡した。
この場で重んずるべき存在は、死の女神でも金銀財宝でもなく、陵墓の主たる被葬者2名である。
2つの石棺。その片方に、サーナは片手を触れた。
「こちらに王様もいらっしゃるのに……王妃様は独りぼっち、なのでしょうか」
「元々は、王様の浮気が原因らしいからな」
ウェルスが言った。
「王様にも何か話が聞けねえかと思ったんだが、駄目だった。何しろ旧古代神時代の墓だもんな……何万年も残留思念を残せる奴なんて、そうはいない」
「その数少ない1人が……流血の、女帝」
テオドールが腕組みをした。
「……参りましょう。この玄室内で為すべき事は、もうありません」
しばしの静寂を、セアラが破った。
「この地下遺跡に閉じ込められた方が、他にもいらっしゃるのでしょう? 私たちの知る限りでは、あとお2人ほど」
「……アラム・ヴィスケーノとジーベル・トルクは、そこから出て行った」
ガロムの指した方向は、しかし石壁である。
「通路が塞がったり開いたり、そんな仕掛けが大量に施されているらしいな。この遺跡は」
言いつつウェルスが荷物を開き、棒やロープを取り出している。
「最高に運が良ければ、その2人……今頃もう地上に出ていたりしてな。ま、こっちも色々準備はしてある。2人を捜すにしても一旦は戻るにしても、慎重に行こうぜ」
「ガロムさんも行きましょう。立って歩けますか? 痛いところ、ありますか?」
エルシーが、ガロムを助け起こした。
「私は、あっちこっち痛いです」
「貴公らと……戦ってみたい、という思いがな、私の心に全く無かったわけではないのだ」
ガロムは苦笑し、言った。
「……教えてくれマグノリア・ホワイト。私は、私自身を許してしまうべきなのか? そのような事が、許されるのだろうか」
「君には、難しい事だろうね……」
マグノリアは、答えながら答えを模索しているようであった。
「少なくとも僕たちには、許せないと言って君を断罪する資格はない。君は、臣下として主の命令に従っていただけなのだろう? 何故、と思う心もあったのだろうが……それを、忠義という蓋で押さえ込んだ。僕たちが君と同じ立場であったとして、それ以外の事が出来たかどうかはわからない」
「何も考えず、貴族だからというだけで従って下さる方々がいます」
セアラが言った。
「私たち貴族が、それで大いに助かっているのは事実……であるにしても、御自分でお考えになる事はとても大切だと思いますよ」
「過去……どんなに非道い事をした、としても」
別にガロムを励ますつもりはなく、サーナも言った。
「それを神様に押し付けないだけ、貴方はましです。ガロムさん」