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海の魔女は嵐に謳う

●
白く輝く水平線。それを横切るように一隻の商船が進んでいた。水押が水を切るたびに白い波が立つ。その波音に混じって聞こえてきた音に船員の一人がぽつりと呟いた。
「……歌だ。歌が聞こえる」
「歌? そんなもんどこから?」
隣にいた他の船員が尋ねると、あっちの方から……と船員が指を向ける。その先には穏やかに揺れる水面しかない。
「はあ? なんにもない、ぞ……」
不自然に船員の言葉が切れる。
「……本当だ、歌が聞こえる」
本当だ、本当だ、と船員たちがざわめき出す。その間に徐々に波音に交じる歌は大きくなっていく。
――ララ、ララララ……
女性の声だ。静かな海のように澄んで、そのまま心の奥底に浸透していくような声だ。
「とても綺麗だ……」
一人が呟く。その足はフラフラと船べりに近付いていく。
「もっと、もっと歌を……」
そう言って手を伸ばした瞬間、船が大きく揺れる。そして、その人の身体は船べりを越えて海へと投げ出された。その光景を茫然自失といった様子で眺めていた船員たちはハッと我に返った。
ガツンと船が何がに衝突する大きな音が響く。
「まずい! 船が座礁した!」
「周囲の状況と船の損傷状況を確認しろ!」
航海の出来なくなった船の上で船員たちが大慌てで指示を飛ばし合う。しかし、その間にも歌は響き続けており、空には暗雲が集う。そして、徐々に正気を失っていく船員たちを乗せた船は、降り出した雨や寄ってきた波に運ばれ水底へと沈んでいった。
●
「最近、ある一定の海域で船の遭難が多発してるのよ」
そう語ったのは『マーチャント』ミズーリ・メイヴェン(nCL3000010)だった。
「その海域は通商連がよく通過するところなんだけれどね。調査してみたら、その海域にセイレーンっていう幻想種が住み着きはじめたみたいなのよ」
彼女いわく、セイレーンは美しい歌声で船乗りたちを魅了して船のコントロールを奪ったり、雨雲を呼んで嵐を起こしたりして、船を難破させるらしい。そして、船とともに沈んできた船乗りたちの血肉を食らうのだという。
「みんなにはそのセイレーンの退治をお願いしたいのよ。どうかお願いね」
彼女の依頼を受けて、君たちはその場所へと向かう通商連の船に乗り込んだ。
白く輝く水平線。それを横切るように一隻の商船が進んでいた。水押が水を切るたびに白い波が立つ。その波音に混じって聞こえてきた音に船員の一人がぽつりと呟いた。
「……歌だ。歌が聞こえる」
「歌? そんなもんどこから?」
隣にいた他の船員が尋ねると、あっちの方から……と船員が指を向ける。その先には穏やかに揺れる水面しかない。
「はあ? なんにもない、ぞ……」
不自然に船員の言葉が切れる。
「……本当だ、歌が聞こえる」
本当だ、本当だ、と船員たちがざわめき出す。その間に徐々に波音に交じる歌は大きくなっていく。
――ララ、ララララ……
女性の声だ。静かな海のように澄んで、そのまま心の奥底に浸透していくような声だ。
「とても綺麗だ……」
一人が呟く。その足はフラフラと船べりに近付いていく。
「もっと、もっと歌を……」
そう言って手を伸ばした瞬間、船が大きく揺れる。そして、その人の身体は船べりを越えて海へと投げ出された。その光景を茫然自失といった様子で眺めていた船員たちはハッと我に返った。
ガツンと船が何がに衝突する大きな音が響く。
「まずい! 船が座礁した!」
「周囲の状況と船の損傷状況を確認しろ!」
航海の出来なくなった船の上で船員たちが大慌てで指示を飛ばし合う。しかし、その間にも歌は響き続けており、空には暗雲が集う。そして、徐々に正気を失っていく船員たちを乗せた船は、降り出した雨や寄ってきた波に運ばれ水底へと沈んでいった。
●
「最近、ある一定の海域で船の遭難が多発してるのよ」
そう語ったのは『マーチャント』ミズーリ・メイヴェン(nCL3000010)だった。
「その海域は通商連がよく通過するところなんだけれどね。調査してみたら、その海域にセイレーンっていう幻想種が住み着きはじめたみたいなのよ」
彼女いわく、セイレーンは美しい歌声で船乗りたちを魅了して船のコントロールを奪ったり、雨雲を呼んで嵐を起こしたりして、船を難破させるらしい。そして、船とともに沈んできた船乗りたちの血肉を食らうのだという。
「みんなにはそのセイレーンの退治をお願いしたいのよ。どうかお願いね」
彼女の依頼を受けて、君たちはその場所へと向かう通商連の船に乗り込んだ。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.セイレーンの討伐
●敵情報
・セイレーン
海に住んでいるという幻想種で上半身が女性の身体、下半身が鳥の姿です。美しい歌声で船乗りたちを魅了したり、雨雲を呼んだりして難破させてしまいます。【カームステップ Lv1】を使用している状態で姿を表します。
攻撃方法
・嵐の歌
歌を歌い雨雲を呼びます。歌った次のターンから雨が降りはじめ、移動や飛行、攻撃に支障が生じます。また、海も荒れ始めるため、戦場に海水が入り込んでくることも考えられます。
・アイスコフィン Lv1 魔遠単 【フリーズ1】
・大渦海域のタンゴ Lv1 魔遠敵全【アンコントロール2】【移動不能】
●場所情報
時刻は日中です。この時間帯は干潮なので、足場に海水が入ってくることは殆どありません。その場所までは通商連の船で向かうことになります。
・岩礁
セイレーンが歌を歌うために出てくる場所です。一応地面はありますがゴツゴツとしていて不安定です。さらに海藻類などもあったりするので、気をつけていなければすぐに足を取られてしまうでしょう。
●その他
あまりに時間がかかると満潮となり、戦闘不可能の状態になります。早期決戦を目標にするとよいでしょう。
・セイレーン
海に住んでいるという幻想種で上半身が女性の身体、下半身が鳥の姿です。美しい歌声で船乗りたちを魅了したり、雨雲を呼んだりして難破させてしまいます。【カームステップ Lv1】を使用している状態で姿を表します。
攻撃方法
・嵐の歌
歌を歌い雨雲を呼びます。歌った次のターンから雨が降りはじめ、移動や飛行、攻撃に支障が生じます。また、海も荒れ始めるため、戦場に海水が入り込んでくることも考えられます。
・アイスコフィン Lv1 魔遠単 【フリーズ1】
・大渦海域のタンゴ Lv1 魔遠敵全【アンコントロール2】【移動不能】
●場所情報
時刻は日中です。この時間帯は干潮なので、足場に海水が入ってくることは殆どありません。その場所までは通商連の船で向かうことになります。
・岩礁
セイレーンが歌を歌うために出てくる場所です。一応地面はありますがゴツゴツとしていて不安定です。さらに海藻類などもあったりするので、気をつけていなければすぐに足を取られてしまうでしょう。
●その他
あまりに時間がかかると満潮となり、戦闘不可能の状態になります。早期決戦を目標にするとよいでしょう。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
5/8
5/8
公開日
2020年02月28日
2020年02月28日
†メイン参加者 5人†

●
『マーチャント』ミズーリ・メイヴェン(nCL3000010)から依頼を受けた自由騎士たちは、善は急げと通商連の保有している船でさっそくセイレーンの出没する海域へと出発する。『たとえ神様ができなくとも』ナバル・ジーロン(CL3000441)は、船に乗り込んで真っ先に足場対策としてブーツの底に荒縄を巻き付けている。一方で『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)も対策として履いてきた靴の具合を見ていた。しかし、その脳内ではさるお方から「よくやってくれた、エルシー」と褒められている自分を想像していた。また別の場所では『強者を求めて』ロンベル・バルバロイト(CL3000550)が、本日の相手であるセイレーンの詳細な情報を聞いて、下半身が鳥の姿なら鳥肉として食べられるのでは、と画策していた。それとは別に『命を繋ぐ巫女』たまき聖流(CL3000283)も波に揺られながら考え事をしていた。それは、今までにセイレーンの犠牲となった人々のことだった。
様々な思いを乗せた船は徐々にセイレーンが出没するという岩礁に近付く。そのとき、船に乗っていた一向に微かな歌声が聞こえてきた。その歌に導かれるように空に黒い雲が集い出す。
――セイレーンの歌だ。
誰かが怯えたようにそう言った。
「確かにいい声だけど、カノンだって日頃劇団で発声練習してるんだから! あめんぼあかいなあいうえおー!」
聞こえてきた歌に対抗するように大声を張り上げたのは『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)だった。その声に続いてナバルが聞こえてきた方角に目を凝らす。そして、見えてきた岩礁になるほどと呟く。
「あそこがセイレーンの出るっていう岩礁だな。船を難破させちまうってのは怖いからなぁ、『駆除』しなくちゃ」
「そうですね。行きましょう」
「はい、海の平和を護るために」
そこにエルシーとたまきも続く。
徐々に船が岩礁に近付く。そして船が停泊するか否かのところで斧を担ぎ上げたロンベルが船べりに足をかけた。
「行くぞ」
ロンベルの声を合図にしたかのように、自由騎士たちは一斉に岩礁へと降り立った。
●
岩礁の中心にそれはいた。両の手を空高く掲げ、高らかに歌う女性の影。しかし、その下半身は鳥のようだった。
「あれがセイレーンだね!」
カノンは不安定な足場を物ともせずセイレーンへと近付く。続いてロンベルも器用にセイレーンとの距離を縮めた。
「ちょうど酒のツマミも切れてたし、運が悪かったな鳥肉」
ロンベルはそう言いながらウォーモンガーで自身を奮起させた。ナバルもファランクスで味方全体の防御を固めてから、盾を前にセイレーンへと近付いた。エルシーはセイレーンとの距離を確認するとすぐさま気を殺し音を殺して攻撃態勢に移る。その背後でたまきがアニマ・ムンディで後方支援の態勢に移った。
それぞれが態勢を整えている間にもセイレーンの歌は響き続けていた。徐々にセイレーンの頭上高くに集まり出す暗雲。そこから雫が一つ落ちる。それが戦闘開始の合図となった。
真っ先にセイレーンに攻撃を仕掛けたのは、駆け出していった三人の後ろで気配を消していたエルシーだった。込めた力を速度に変えてセイレーンに急接近する。そしてセイレーンの意識の隙間に滑り込んで鋭い一撃を背後から叩き込んだ。的確に放たれた影狼は完全にセイレーンの意表を突いて並々ならぬダメージを与えた。けれどエルシーの攻撃は終わらない。
「まだまだ。私の全身全霊の拳、受けてみなさい!」
セイレーンの意識が追いつく前に、今度は速度を力に変えて疾風刃・改をセイレーンの身に叩き込む。その攻撃にぎりぎりで意識を追いつかせたセイレーンだったが、鋭い一撃を防ぎ切ることはできず苦しげな悲鳴を上げた。
空から落ちる雫が本格的に自由騎士たちの視界を覆いはじめた。
エルシーの後に続いたのはカノンだった。エルシーの攻撃によってできたセイレーンの隙に滑り込もうと足を踏みしめるも、強くなった雨によってずるりとバランスが崩れる。しかし、渾身の集中力でなんとか体勢を戻したカノンは今度こそと高らかに叫ぶ。
「ラー!!!♪」
雄叫びとともに振り上げられた拳は確実にセイレーンを地に叩き落とした。その衝撃によってセイレーンは身体が麻痺して思うように動けず地に伏せたまま呻いている。その好機を見逃さずにロンベルとナバルがそれぞれ武器を掲げる。
「そらァ!」
「よいしょっと!」
ロンベルの斧が遠慮なくセイレーンの胴に叩き込まれ、続いてナバルがシールドバッシュでセイレーンを押しつぶすように盾で殴りつけた。
怒涛の攻撃で数多の傷を負ったセイレーンだったが、そうすることで自由騎士たちを一箇所にまとめるのが狙いだったのかもしれない。ロンベルとナバルに押し潰されながらも立ち上がり、その場で大渦海域のタンゴを踊る。すると、セイレーンの舞に合わせて周囲の魔力が全てを巻き込む不可視の渦となって自由騎士たちに襲いかかった。
「わあ!?」
「きゃっ!!」
「クソッ!」
「うおっと!」
セイレーンの周囲にいたカノン、エルシー、ロンベル、ナバルがその大渦に捕らえられてしまう。そこに後方から状況を注視していたたまきがヒュギエイアの杯で四人を大渦から救い出した。
「大丈夫ですか!?」
たまきが四人に声をかければ、異口同音に無事であることを告げる。
「問題ありません、たまきさん!」
「まだまだ余裕だ」
「ナイス援護!」
「たまきおねーさん、ありがとう!」
仲間たちの無事を確認でき、たまきはほっと一息つく。しかし、まだ戦いは終わっていない。自由騎士たちはすぐに意識を切り替えて目の前にセイレーンに集中した。
雨脚が強くなっている。その雨に後押しされて海は荒れていき、徐々に自分たちの足場に海水が迫ってきていた。
「皆さん、あまり時間はなさそうです!」
たまきがいち早く海面の状況に気付き声を上げる。
「なら、次で決めちゃおうか」
「ええ、そうですね」
「よし、行くぞ!」
「きっちり仕留めてやるぜ」
セイレーンは空に手を掲げて空気中の水分を操っていた。それは徐々に冷えていき生命活動を停止させる氷になろうとしている。凝固しだしたそれをロンベルとナバルが斧と盾で叩き壊してセイレーンまでの道を作る。その道を辿ってエルシーとカノンが速さ、そして咆哮を乗せた拳をセイレーンの身体に叩き込んだ。それを受けてセイレーンは雨に塗れた岩礁にばしゃりと倒れ伏した。それと同時に氷になりかけていた水分が砕け散り、雨の中に混じって流れていった。
●
セイレーンが意識を失ったからか、空を覆っていた暗雲が徐々に晴れていく。雨も次第におさまり、海も平常の穏やかさを取り戻しつつあった。地に倒れ伏しているセイレーンを前にエルシーとロンベルがこの後セイレーンをどうするかの話し合いをしていた。
「……セイレーンって言葉は通じるのかしら?」
「話してどうすんだ」
「もし話が通じるなら和解できないかと思ったんです」
駄目なら止めを指す必要があるかもしれないけれど、と告げるエルシーに、ロンベルはひとまずエルシーにこの場を預けて周囲にセイレーンの巣がないかを探してくることを伝えた。
その一方、カノン、ナバル、たまきは自分たちをここまで連れてきてくれた通商連の船まで報告に戻っていた。
「セイレーンの駆除はできたぞ!」
「もう大丈夫だよ!」
岩礁から船員に向かってナバルとカノンが叫ぶ。その知らせを聞いて通商連の人々はほっとしたように表情を和らげた。一足先に船に乗り込んだたまきは、先程の嵐で怪我をした人がいないかを尋ねていた。
「皆さん、大丈夫でしたか?」
たまきの問いかけに皆一様に大丈夫だと返す。そのことにたまきはようやく胸を撫で下ろした。
ロンベルが周囲を確認しに行っている頃、エルシーはセイレーンと対面していた。セイレーンは先程までの戦闘で自由騎士たちに手を出してはいけないと判断したのか、意識を取り戻しても襲ってくる様子はなかった。そんなセイレーンにエルシーはこの海域で嵐を呼ばないようにしてほしいと伝える。次いで、歌うにしても人間を魅了しないように加減することはできないのか、と。セイレーンは前者の意見には肯定を、後者の問いには否定の意を告げた。
「それなら、ここじゃない場所に場所を移してもらえませんか? できれば人が近くに来ない場所とか」
エルシーの提案にセイレーンは静かに頷いた。どうやら、セイレーン自身に人間と敵対する意志はないようだ。エルシーとセイレーンがそんなやり取りをしていると、エルシーを呼ぶ二つの声が聞こえてきた。
「あ、セイレーン起きたんだね」
「大丈夫なのか? また襲ってきたりとか……」
やってきたカノンとナバルが目を覚ましているセイレーンを見て、口々に言う。それに対してエルシーは、敵対する意志がなさそうであることを伝えた。それを聞いてカノンとナバルはそれならとこの場は見逃すことに同意する。そこに周囲を確認していたロンベルが戻ってきた。
「見たところ、このあたりに巣とかはなかった。で、そいつはどうするんだ?」
「敵意はないようだし、生息域を変えてもらうことにしました」
話し合いの結果を聞いてロンベルは少しばかり不満げにするが、それもイ・ラプセルの特色なのだろうとひとまず今日の夕飯のメニュー変更を決定した。
「それじゃ、戻るか!」
ナバルの言葉に三人は頷いて、通商連の船が停泊している場所まで戻っていく。
徐々に満ちていく潮に慌てながら戻れば、船の上からたまきが四人を呼んでいた。
「皆さん、そろそろ潮が満ちてしまいます! 早く船に戻ってください!」
なんとか足の踏み場が無くなる前に船に辿り着いた四人に船員たちがタオルなどを差し出してきた。それを受け取って海水や雨水を拭き取っていると、船が波に乗って動き出す。ゆらゆらと揺れる船は徐々にセイレーンのいた岩礁から離れていく。自由騎士たちが今一度岩礁の方に視線を向けると、船を見送っていたセイレーンがその場から飛び去る姿が見えた。瞬く間にその影は小さくなり、晴れ渡った空の青に溶けていく。
「これでもうこの海域は大丈夫ですね」
静かにその光景を見ていたたまきがぽつりと零した。その背後でナバルは船員から受け取ったタオルで戦闘に使っていた盾の水分を拭き取っている。
「帰ったら装備をしっかりメンテしないとなー。絶対錆びるぞ……うへえ……」
ぼやくナバルを見ながらロンベルは少しばかりセイレーンに、正確にはセイレーンの肉を心残りに思っていた。エルシーはこれで通商連に少しでも貸しを作れたかしらと考えている。カノンは飛んでいったセイレーンを見送ると、唐突に船の甲板の中央に陣取った。突然の行動に手の空いている船員や他の四人はなんだなんだと視線を向けた。
「みんなお疲れ様! せっかくだから労いの意味も込めて、セイレーン程綺麗じゃないけど、船乗りさん達の為に歌わせてもらうね♪」
そうしてカノンは劇団の芝居で習い覚えた舟唄を歌い出す。船乗りたちに馴染みの深いそれは徐々に徐々に船員から船員へと伝わっていく。やがてその歌は船全体に響き渡る。
白く輝く水平線。それを横切るように一隻の船が進んでいく。水押が水を切るたびに白い波が立つ。嵐を払った歌声を乗せて、その船は晴れ渡る空の下、イ・ラプセルの港へと帰還していった。
『マーチャント』ミズーリ・メイヴェン(nCL3000010)から依頼を受けた自由騎士たちは、善は急げと通商連の保有している船でさっそくセイレーンの出没する海域へと出発する。『たとえ神様ができなくとも』ナバル・ジーロン(CL3000441)は、船に乗り込んで真っ先に足場対策としてブーツの底に荒縄を巻き付けている。一方で『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)も対策として履いてきた靴の具合を見ていた。しかし、その脳内ではさるお方から「よくやってくれた、エルシー」と褒められている自分を想像していた。また別の場所では『強者を求めて』ロンベル・バルバロイト(CL3000550)が、本日の相手であるセイレーンの詳細な情報を聞いて、下半身が鳥の姿なら鳥肉として食べられるのでは、と画策していた。それとは別に『命を繋ぐ巫女』たまき聖流(CL3000283)も波に揺られながら考え事をしていた。それは、今までにセイレーンの犠牲となった人々のことだった。
様々な思いを乗せた船は徐々にセイレーンが出没するという岩礁に近付く。そのとき、船に乗っていた一向に微かな歌声が聞こえてきた。その歌に導かれるように空に黒い雲が集い出す。
――セイレーンの歌だ。
誰かが怯えたようにそう言った。
「確かにいい声だけど、カノンだって日頃劇団で発声練習してるんだから! あめんぼあかいなあいうえおー!」
聞こえてきた歌に対抗するように大声を張り上げたのは『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)だった。その声に続いてナバルが聞こえてきた方角に目を凝らす。そして、見えてきた岩礁になるほどと呟く。
「あそこがセイレーンの出るっていう岩礁だな。船を難破させちまうってのは怖いからなぁ、『駆除』しなくちゃ」
「そうですね。行きましょう」
「はい、海の平和を護るために」
そこにエルシーとたまきも続く。
徐々に船が岩礁に近付く。そして船が停泊するか否かのところで斧を担ぎ上げたロンベルが船べりに足をかけた。
「行くぞ」
ロンベルの声を合図にしたかのように、自由騎士たちは一斉に岩礁へと降り立った。
●
岩礁の中心にそれはいた。両の手を空高く掲げ、高らかに歌う女性の影。しかし、その下半身は鳥のようだった。
「あれがセイレーンだね!」
カノンは不安定な足場を物ともせずセイレーンへと近付く。続いてロンベルも器用にセイレーンとの距離を縮めた。
「ちょうど酒のツマミも切れてたし、運が悪かったな鳥肉」
ロンベルはそう言いながらウォーモンガーで自身を奮起させた。ナバルもファランクスで味方全体の防御を固めてから、盾を前にセイレーンへと近付いた。エルシーはセイレーンとの距離を確認するとすぐさま気を殺し音を殺して攻撃態勢に移る。その背後でたまきがアニマ・ムンディで後方支援の態勢に移った。
それぞれが態勢を整えている間にもセイレーンの歌は響き続けていた。徐々にセイレーンの頭上高くに集まり出す暗雲。そこから雫が一つ落ちる。それが戦闘開始の合図となった。
真っ先にセイレーンに攻撃を仕掛けたのは、駆け出していった三人の後ろで気配を消していたエルシーだった。込めた力を速度に変えてセイレーンに急接近する。そしてセイレーンの意識の隙間に滑り込んで鋭い一撃を背後から叩き込んだ。的確に放たれた影狼は完全にセイレーンの意表を突いて並々ならぬダメージを与えた。けれどエルシーの攻撃は終わらない。
「まだまだ。私の全身全霊の拳、受けてみなさい!」
セイレーンの意識が追いつく前に、今度は速度を力に変えて疾風刃・改をセイレーンの身に叩き込む。その攻撃にぎりぎりで意識を追いつかせたセイレーンだったが、鋭い一撃を防ぎ切ることはできず苦しげな悲鳴を上げた。
空から落ちる雫が本格的に自由騎士たちの視界を覆いはじめた。
エルシーの後に続いたのはカノンだった。エルシーの攻撃によってできたセイレーンの隙に滑り込もうと足を踏みしめるも、強くなった雨によってずるりとバランスが崩れる。しかし、渾身の集中力でなんとか体勢を戻したカノンは今度こそと高らかに叫ぶ。
「ラー!!!♪」
雄叫びとともに振り上げられた拳は確実にセイレーンを地に叩き落とした。その衝撃によってセイレーンは身体が麻痺して思うように動けず地に伏せたまま呻いている。その好機を見逃さずにロンベルとナバルがそれぞれ武器を掲げる。
「そらァ!」
「よいしょっと!」
ロンベルの斧が遠慮なくセイレーンの胴に叩き込まれ、続いてナバルがシールドバッシュでセイレーンを押しつぶすように盾で殴りつけた。
怒涛の攻撃で数多の傷を負ったセイレーンだったが、そうすることで自由騎士たちを一箇所にまとめるのが狙いだったのかもしれない。ロンベルとナバルに押し潰されながらも立ち上がり、その場で大渦海域のタンゴを踊る。すると、セイレーンの舞に合わせて周囲の魔力が全てを巻き込む不可視の渦となって自由騎士たちに襲いかかった。
「わあ!?」
「きゃっ!!」
「クソッ!」
「うおっと!」
セイレーンの周囲にいたカノン、エルシー、ロンベル、ナバルがその大渦に捕らえられてしまう。そこに後方から状況を注視していたたまきがヒュギエイアの杯で四人を大渦から救い出した。
「大丈夫ですか!?」
たまきが四人に声をかければ、異口同音に無事であることを告げる。
「問題ありません、たまきさん!」
「まだまだ余裕だ」
「ナイス援護!」
「たまきおねーさん、ありがとう!」
仲間たちの無事を確認でき、たまきはほっと一息つく。しかし、まだ戦いは終わっていない。自由騎士たちはすぐに意識を切り替えて目の前にセイレーンに集中した。
雨脚が強くなっている。その雨に後押しされて海は荒れていき、徐々に自分たちの足場に海水が迫ってきていた。
「皆さん、あまり時間はなさそうです!」
たまきがいち早く海面の状況に気付き声を上げる。
「なら、次で決めちゃおうか」
「ええ、そうですね」
「よし、行くぞ!」
「きっちり仕留めてやるぜ」
セイレーンは空に手を掲げて空気中の水分を操っていた。それは徐々に冷えていき生命活動を停止させる氷になろうとしている。凝固しだしたそれをロンベルとナバルが斧と盾で叩き壊してセイレーンまでの道を作る。その道を辿ってエルシーとカノンが速さ、そして咆哮を乗せた拳をセイレーンの身体に叩き込んだ。それを受けてセイレーンは雨に塗れた岩礁にばしゃりと倒れ伏した。それと同時に氷になりかけていた水分が砕け散り、雨の中に混じって流れていった。
●
セイレーンが意識を失ったからか、空を覆っていた暗雲が徐々に晴れていく。雨も次第におさまり、海も平常の穏やかさを取り戻しつつあった。地に倒れ伏しているセイレーンを前にエルシーとロンベルがこの後セイレーンをどうするかの話し合いをしていた。
「……セイレーンって言葉は通じるのかしら?」
「話してどうすんだ」
「もし話が通じるなら和解できないかと思ったんです」
駄目なら止めを指す必要があるかもしれないけれど、と告げるエルシーに、ロンベルはひとまずエルシーにこの場を預けて周囲にセイレーンの巣がないかを探してくることを伝えた。
その一方、カノン、ナバル、たまきは自分たちをここまで連れてきてくれた通商連の船まで報告に戻っていた。
「セイレーンの駆除はできたぞ!」
「もう大丈夫だよ!」
岩礁から船員に向かってナバルとカノンが叫ぶ。その知らせを聞いて通商連の人々はほっとしたように表情を和らげた。一足先に船に乗り込んだたまきは、先程の嵐で怪我をした人がいないかを尋ねていた。
「皆さん、大丈夫でしたか?」
たまきの問いかけに皆一様に大丈夫だと返す。そのことにたまきはようやく胸を撫で下ろした。
ロンベルが周囲を確認しに行っている頃、エルシーはセイレーンと対面していた。セイレーンは先程までの戦闘で自由騎士たちに手を出してはいけないと判断したのか、意識を取り戻しても襲ってくる様子はなかった。そんなセイレーンにエルシーはこの海域で嵐を呼ばないようにしてほしいと伝える。次いで、歌うにしても人間を魅了しないように加減することはできないのか、と。セイレーンは前者の意見には肯定を、後者の問いには否定の意を告げた。
「それなら、ここじゃない場所に場所を移してもらえませんか? できれば人が近くに来ない場所とか」
エルシーの提案にセイレーンは静かに頷いた。どうやら、セイレーン自身に人間と敵対する意志はないようだ。エルシーとセイレーンがそんなやり取りをしていると、エルシーを呼ぶ二つの声が聞こえてきた。
「あ、セイレーン起きたんだね」
「大丈夫なのか? また襲ってきたりとか……」
やってきたカノンとナバルが目を覚ましているセイレーンを見て、口々に言う。それに対してエルシーは、敵対する意志がなさそうであることを伝えた。それを聞いてカノンとナバルはそれならとこの場は見逃すことに同意する。そこに周囲を確認していたロンベルが戻ってきた。
「見たところ、このあたりに巣とかはなかった。で、そいつはどうするんだ?」
「敵意はないようだし、生息域を変えてもらうことにしました」
話し合いの結果を聞いてロンベルは少しばかり不満げにするが、それもイ・ラプセルの特色なのだろうとひとまず今日の夕飯のメニュー変更を決定した。
「それじゃ、戻るか!」
ナバルの言葉に三人は頷いて、通商連の船が停泊している場所まで戻っていく。
徐々に満ちていく潮に慌てながら戻れば、船の上からたまきが四人を呼んでいた。
「皆さん、そろそろ潮が満ちてしまいます! 早く船に戻ってください!」
なんとか足の踏み場が無くなる前に船に辿り着いた四人に船員たちがタオルなどを差し出してきた。それを受け取って海水や雨水を拭き取っていると、船が波に乗って動き出す。ゆらゆらと揺れる船は徐々にセイレーンのいた岩礁から離れていく。自由騎士たちが今一度岩礁の方に視線を向けると、船を見送っていたセイレーンがその場から飛び去る姿が見えた。瞬く間にその影は小さくなり、晴れ渡った空の青に溶けていく。
「これでもうこの海域は大丈夫ですね」
静かにその光景を見ていたたまきがぽつりと零した。その背後でナバルは船員から受け取ったタオルで戦闘に使っていた盾の水分を拭き取っている。
「帰ったら装備をしっかりメンテしないとなー。絶対錆びるぞ……うへえ……」
ぼやくナバルを見ながらロンベルは少しばかりセイレーンに、正確にはセイレーンの肉を心残りに思っていた。エルシーはこれで通商連に少しでも貸しを作れたかしらと考えている。カノンは飛んでいったセイレーンを見送ると、唐突に船の甲板の中央に陣取った。突然の行動に手の空いている船員や他の四人はなんだなんだと視線を向けた。
「みんなお疲れ様! せっかくだから労いの意味も込めて、セイレーン程綺麗じゃないけど、船乗りさん達の為に歌わせてもらうね♪」
そうしてカノンは劇団の芝居で習い覚えた舟唄を歌い出す。船乗りたちに馴染みの深いそれは徐々に徐々に船員から船員へと伝わっていく。やがてその歌は船全体に響き渡る。
白く輝く水平線。それを横切るように一隻の船が進んでいく。水押が水を切るたびに白い波が立つ。嵐を払った歌声を乗せて、その船は晴れ渡る空の下、イ・ラプセルの港へと帰還していった。