MagiaSteam
玩具の王国




 人は、このような時にイブリース化を遂げるのではないか、とメレス・ライアットは思う。
 町が1つ、消えて失せた。僅かな瓦礫が残っているだけだ。
 とてつもない破壊と略奪が行われた跡である。住民の財産、のみならず住民の身柄が老若男女の差別なく強奪された。
 町そのものが、奪われたのだ。
 敵国の軍勢によって……ではない。
 ヘルメリアの敵国、例えばイ・ラプセルあたりが攻めて来て、この大略奪を行ったのであれば、まあ話は早い。イ・ラプセルへ攻め入り、奪い返すだけである。
 奪い返す相手は、しかしイ・ラプセルではなかった。
「……なあヘルメスよ……あんた一体、何がやりてえ……?」
 母国の神に対する尊意を、メレスは保てなくなっていた。
 ヘルメリア国内の、偵察任務である。
 今はイ・ラプセル国防騎士団に、捕虜か投降兵か傭兵か判然としない形で使われているメレスであるが、元々はヘルメリア兵士である。国内の地理に、イ・ラプセル人よりは通じている。
 ヘルメリア軍に捕らわれたとしても、尋問・拷問で引き出せるようなものをメレスは何も持っていない。失って惜しい人材でもない。
 ヘルメリア人である自分に、このような偵察任務が与えられた理由としては、まあそんなところであろうとメレスは思う。
 もはや廃墟とも呼べぬ町の有り様を、見回し、睨みながら、メレスはもう1つ思った。偵察するものなど何もない、と。
 ヘルメリアは現在どこも、このような有り様だ。
 町が、村が、喰われている。途方もない怪物によって。
 何もないところから、その怪物の動向に繋がるものを見つけるのが自分の任務だ、とメレスは思い直す事にした。
 見回し、睨む。
 目が合った。
 瓦礫の陰。小さな人影が2つ、こちらを盗み見ている。
 幼い、女の子と男の子。姉弟であろう。身を寄せ合い、怯えている。
 メレスは、歩み寄った。
 ビクッと震え上がる弟を、姉が抱き締める。
 身を屈め、目の高さを合わせながら、メレスは問いかけた。
「……何があったか、教えてくれるか?」
「…………お……」
 幼い姉が、声を漏らす。
「……お父ちゃんと、お母ちゃんが……逃げろって……」
 メレスは理解した。
 この姉弟の両親が、自身は怪物に喰われながら、子供たちを逃がしたのだ。
 その怪物に関して聞き出すには、この子らをもう少し落ち着かせなければならないか。
 泣きじゃくる弟に、姉が言葉をかけている。
「……だいじょうぶ……ヘルメスさまが、助けてくれるからね……」
 メレスは、そんな姉弟を強引に抱き捕らえながら跳躍した。
 地面が、砕け散った。
 土や瓦礫の破片を飛び散らせながら、それらは地中から姿を現していた。
 何匹もの、大蛇。そう見えた。激しくうねる液体金属の群れ、にも見える。
 半ば金属化・機械化を遂げた大蛇が、3匹、5匹、いや10匹近く、禍々しい巨大植物の如く地面から生え現れ、暴れ、牙を剥いている。
 あるものは金属製の牙の周囲で炎を渦巻かせ、あるものは猛毒のガスを小刻みに噴射し、あるものは蛇体の先端の頭部が大型のドリルと化していて、それを猛回転させている。
 何匹もの大蛇、でなかった。
 地中に埋もれた胴体から何本もの長頸を生やした、1頭の巨獣である。
「逃げろ!」
 メレスは幼い姉弟を後方へ放り捨てるように解放しつつ、巨獣と対峙した。機械化した右手から、細身の刃がシャキンッと生え伸びる。
 同じく機械化した大蛇たちが、凶暴に鎌首をもたげた。いくつもの飢えた眼光が、怯える姉弟を射すくめている。
 非力な幼子に狙いを定め、妨害者メレスを迂回せんとしている。人を食らう生き物ならば、まあ当然の事だ。
 元々、人を食らう怪物が、キジンの如く半機械化を遂げているのだ。
「そうか、お前も……」
 この町の人々と同じ。ヘルメスが遊び半分で行っている所業の、被害者。
 それは、しかし言っても意味のない事だ。
 思い定め、メレスは踏み込み、細身の刃を一閃させた。今はとにかく、この怪物の注意を自分に引き付けておかねばならない。
 巨大なドリルが、メレスを迎撃した。
 辛うじて、貫通は避けた。
 轟音を立てて回転する螺旋刃が、しかしメレスの胴体を打ち据えながら切り裂いていた。
 血飛沫を噴射しながらメレスは吹っ飛び、地面に激突した。
 倒れたまま、大蛇たちを見上げる。
 おぞましく機械化しながら荒れ狂う怪物。まさしく今のヘルメリアそのものだ、とメレスは思う。
 幼い姉弟が逃げてくれたのかどうかは、わからない。
 2人の両親を含む町の人々も現在、この怪物と同じ有り様を晒しているのではないか。巨大なる破壊神と化した、首都ロンディアナの内部で。
「……あんたを信仰してきた人間に対する……これが仕打ちか、ヘルメス……」
 メレスの呻きが、吐血で潰れる。
「おい、ヘルメス……アクアディーネでもいい、答えろ。答えてくれ、答えやがれ……ッ!」
 血を吐きながら、メレスは叫んだ。
「神の蠱毒ってのは何だ! てめえら神って連中が、人を! 生き物を! オモチャにして遊ぶ事かぁあああああっ!」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.融合種ヒドラの撃破
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 ヘルメリア国内、とある町の跡地に、融合種ヒドラが出現しました。これを討伐して下さい。

 ヒドラの首は8本。これら全てを独立した敵として扱います。胴体は地中にあり、暴れる8本首の全てを倒さない限り手を出す事は出来ませんが、8本の首全ての体力が0になった時点でヒドラは死亡します。

 敵の詳細は以下の通り。

●大蛇首タイプA(2本、前衛)
 攻撃手段は毒牙(攻近単、BSポイズン3)。

●大蛇首タイプB(2本、前衛)
 攻撃手段はドリル(攻近単、貫通2)。

●大蛇首タイプC(2本、後衛)
 攻撃手段は火炎放射(攻遠範、BSバーン1)。

●大蛇首タイプD(2本、後衛)
 攻撃手段は毒ガス噴射(攻遠範、BSポイズン2)。

 時間帯は真昼。
 元ヘルメリア兵士メレス・ライアット(キジン、男、20歳。軽戦士スタイル)がヒドラと戦ってはいますが、状況開始時点では敗れて死にかけ、倒れております。あと一撃で死亡する状態ですが、回復を施し、指示通り戦わせる事は可能です。(ラピッドジーンLV2、ヒートアクセルLV2、ピアッシングスラッシュLV1を使用)。

 少し離れた所では、生存者である幼い姉弟が怯えています。このままではヒドラの餌になるしかないでしょう。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
10モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2020年03月11日

†メイン参加者 6人†




「……だいじょうぶ……ヘルメスさまが、助けてくれるからね……」
 幼い姉が、もっと幼い弟に、そんな言葉をかけている。
 この子供たちも最終的には、ヘルメスの所業を知る事になるのか、と『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)は思う。
(……神……とは……? 神の、蠱毒とは……?)
 心の中で、問いかけてみる。
(このような事をしなければ……本当に、世界が滅びてしまうのですか? 神々よ……)
 同じ疑問を、元ヘルメリア兵士メレス・ライアットも抱いているようであった。血を吐きながら叫んでいる。
「神の蠱毒ってのは何だ! てめえら神って連中が、人を! 生き物を! オモチャにして遊ぶ事かぁあああああっ!」
「その問いの答え……ヘルメスに直接、聞く事にしましょう」
 倒れているメレスを庇う形に、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が立った。ばさり、と修道服を脱ぎ捨てながら。
 それを『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)が掴み止め、丁寧に畳む。
「あんまり脱ぎ散らかしちゃ駄目よ」
「あ……どうも、すいません。アンネさん」
「……ねえメレス、今それを叫んでも仕方がないわ。それより、しっかりしなさい」
「あんたら……」
 メレスが、呆然と上体を起こす。
 そこへ『強者を求めて』ロンベル・バルバロイト(CL3000550)が、眼光と怒声を浴びせた。
「おいこらヘルメリア人! でかぶつ相手に突っ込んでくのは感心だがな、弱けりゃ自殺にしかならねえんだぞ。わかってんのか」
「何だと……」
 死にかけのメレスが、反発心を燃やす。
 ロンベルが、さらに牙を剝く。ある方向に、親指を向けながら。
「自殺が、お前の答えか? おい」
 その先では『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が、幼い姉弟を促し、導き、戦闘領域外へと連れて行く。
「その大層な右腕は鉄屑か? てめえがくたばって、あのガキどももヒドラの餌。そいつが貴様の最終結論か!? 違うだろ、ほら早く立て!」
 言葉と共にロンベルが戦斧を構え、エルシーと並んで前衛に立つ。同じく、メレスを庇う格好だ。
 よろよろと立ち上がるメレスに、『罰はその命を以って』ニコラス・モラル(CL3000453)が手を貸した。
「……少しばかり、悪運に頼り過ぎだな。メレス」
 水飛沫のような光が、きらきらとメレスの身体に吸い込まれて行く。ニコラスの魔導医療である。
「悪運ってのは案外、しょうもないところで尽きるぞ」
「そうなったら死ぬ、か……」
 回復を得たメレスが、呟く。
「まあ俺が死んだって、あんたらがいる。何も心配ねえさ」
「そうはいかないんだよメレス・ライアット。お前さんには、ちょっと頼みたい事がある。だから生き延びてもらう」
 マグノリアに連れられて行く姉弟に、ニコラスは視線を投げた。
「動けるようになったんなら動いてくれ。あの子たちには、お前さんが必要だ……どう動くのが一番、役に立つかっていう取捨選択なだけよ」
 ニコラスの言う『頼みたい事』を、メレスはおぼろげに理解したようである。
「歯車騎士団の連中を……助けようってのかい」
「ほっとけないもの。ほっといたら死んじまうメレス君みたいなのが、まだ何人もいるんだろ?」
 ニコラスが笑う。メレスが微かに苦笑し、走り出す。
 アンネリーザが、声を投げる。
「子供たちを、頼んだわよ!」
 そうしながら素早く装填を終え、スナイパーライフルを構える。
 銃口が向けられた、その先では、8体もの怪物たちが猛り狂っていた。
 否。8本もの長頸を生やしうねらせる、1頭の巨獣である。
 融合種ヒドラ。
 キジンの如く半機械化した8本の大蛇が、逃げて行く姉弟に向かって伸びようとする。
「子供を狙うなんて卑怯! ……と、言いたいところですがっ」
 エルシーが踏み込んだ。凹凸のくっきりとしたボディラインが、竜巻の如く捻転した。拳、手刀、肘打ち、回し蹴り。あらゆる攻撃が、真夏の日射と海荒れの如く吹き荒れる。そして大蛇たちを打ち据える。
「食べやすい獲物を狙うのは当然、ですよね……生きなきゃ、いけないんだから」
 人を食らって生きる怪物。その大蛇首の1本が鎌首をもたげ、毒牙を剥き、エルシーに食らいつこうとして激しく揺らいだ。閃光のような銃撃に、撃ち抜かれていた。
「貴方も、被害者……」
 アンネリーザの銃から、硝煙が立ちのぼる。
 被害者であろうと、斃さねばならない。それはアンネリーザも、理解はしているだろう。
 このヒドラが融合種ではなく、生身の幻想種であったとしても、人を喰らうのであれば殺処分の対象である。
(もちろん、それは……あなたの行いを正当化する理由にはなりませんよ、ヘルメス……)
 声の届かぬ神に対し、心の中で語りかけながら、ティルダはふわりと藍花晶の杖を掲げた。攻撃の呪力を、錬成する。
 それが迸る……前に、しかしヒドラが反撃に転じていた。
 8つの蛇頭が一斉に、毒牙を一閃させ、ドリルを回し、炎を吐き、猛毒の気体を噴射する。
 様々な攻撃の嵐が、自由騎士たちを強襲した。
 ティルダの、呼吸が止まった。灼けつくような激痛が、胸の内部で燃え上がる。毒を、吸ってしまった。
 呼吸の回復と同時に、ティルダは血を吐いた。攻撃呪力の錬成は、辛うじて続けた。
 仲間たちが全員、身を折り、膝をつき、血飛沫を散らせている。誰がいかなる攻撃を喰らったのか、視認は出来なかった。ティルダが受けたのは、毒の気体だけだ。
 同じく毒を受けたニコラスが、血の咳をしながら弱々しく術具をかざす。不浄の鍵剣。
「全員……倒れず、帰れる……程度には、おじさんも頑張らないと……な」
 癒しの力がキラキラと放散し、自由騎士たちを包み込む。ティルダの身体にも、染み込んでくる。
 聖杯から注がれた水が、穢れを洗い流すかの如く、毒の痛手が消え失せてゆくのをティルダは感じた。
「……助かったぜ、旦那」
 血まみれのロンベルが、ゆらりと、よろめくように踏み込んで行く。
 ニコラスが声をかける。
「毒やら火傷やらの治療……だけじゃなく、体力の回復もした方がいいかね?」
「悪いな。気持ちだけ……ありがたく、もらっとくわ!」
 まさに手負いの獣そのものの、戦斧の一閃が、半機械の大蛇たちを激烈に薙ぎ払った。火花が、体液の飛沫が、細かな金属の破片が、飛び散った。
「俺ぁどうもな、死にかけじゃねえと本当の力が出ねえのよ」
「あんたが女の子だったらな、無理にでも回復してやるところだが。まあ程々にね」
 言いつつニコラスが、こちらを見る。
「で……ティルダ嬢は、毒消しだけで平気かね?」
「大丈夫……ありがとう、ございます」
 錬成した呪力を、ティルダは解放した。
 解放されたものが、氷の荊となって大蛇たちを拘束し、凍てつかせ、切りさいなむ。
 暴れ狂うヒドラを、冷たい呪力で束縛しながら、ティルダは呻いた。
「わたし……ヘルメスが許せません。ミトラースの次に……もしかしたら、同じくらいに……っ!」


 姉はリアン、弟はロアン、という名前であるらしい。
 マグノリアも名乗り、小さな姉弟の、それぞれの手を取った。
「……さあ。これで、僕たちは友達だ」
 そんな言葉で安心してもらえるはずもなく、リアンもロアンも無言でマグノリアを見つめている。怯えた眼差し。
 マグノリアとしては、微笑むしかなかった。
「何も詐欺を働こうとしているわけではないよ。ただ……友達として、少し図々しい質問をさせて欲しいんだ」
 視界の隅を、真紅の閃光がかすめた。
 エルシーの拳が、緋色の衝撃となって大蛇2体を貫通する。
 自分も早急に、戦いに戻らなければならない。だが、とマグノリアは思う。
 この幼い姉弟の心を、救う。それは自惚れであるにしても、救いのきっかけを2人の心にとどめておく。それもまた、ここで仕遂げておかねばならぬ戦いではないのか。
「神様のヘルメスと、君たちのパパとママ……どちらが、好きかな? 君たちの『大好き』で『大切』な方を、僕らは必ず助けるよ」
 マグノリアの問いに、リアンもロアンも答えない。2人とも、俯いてしまう。
 咆哮が、轟いた。
 ロンベルの、吐血を伴う雄叫び。血まみれの獣毛と筋肉が猛々しく躍動し、大型の戦斧が暴風を巻き起こす。
 その斬撃が、大蛇を1本、両断した。刎ね飛ばされたヒドラの頭部が、砕け散る。
 力尽きたかのように、ロンベルが膝をつく。
 そこへ大蛇が1体、同族の仇討ちの如く喰らい付いて行った。
 そして砕け散った。アンネリーザの狙撃に、粉砕されていた。
 その銃声に掻き消されかけた、小さな声を、しかしマグノリアは聞き逃さなかった。
 怯える弟を抱き締めたまま、リアンは小さく、だが確かに答えたのだ。
「……ありがとう。よく教えてくれたね」
 マグノリアは、姉弟の頭を撫でた。
「大丈夫、ヘルメス様は怒ったりしない……本当の神様なら、ね」
「……あんた方にとって本当の神様ってのは、アクアディーネだけだろう」
 メレス・ライアットが、歩み寄って来ていた。
「マグノリア・ホワイト……俺も、あんたに訊きたい事がある」
「何なりと」
「……アクアディーネは、信用出来るのか」
「出来る。と言ったところで、君がアクアディーネを信じるかどうかはね」
 言いつつマグノリアは、メレスと擦れ違った。
「アクアディーネは確かに、イ・ラプセルの神だ。だけど僕たちは彼女に、心まで隷属しているわけではない……アクアディーネは、そんなもの求めてはいないからね」
 軽く、メレスの肩を叩く。
「アクアディーネを信仰する必要はない……自分の心を信じて、動いて欲しいな」
「…………」
 無言のメレスに、リアンとロアンが擦り寄って行く。
「2人を頼んだよ、メレス・ライアット」
 3人、まとめて背後に庇う格好で、マグノリアは歩いた。仲間たちのいる戦場へと向かって。
 力尽きかけたロンベルに、ニコラスが声をかけている。
「治すぞ、虎の旦那。これ以上の死にかけは、さすがに見過ごせないからな」
 癒しの光が、自由騎士たちを包み込んだ。魔道医学の、高等術式。
 治療中の自由騎士たちに向かって、大蛇の1体が猛毒を吐きかけようとする。
 大口を開いた顔面が、そのままグシャリと歪み潰れた。見えざる巨大な手によって、握り潰されている。
 ティルダが片手をかざし、可憐な五指で何かを掴む仕草をしていた。呪いの握撃。
 他の大蛇たちが猛り狂おうとする、その様を見据えながら、マグノリアは細身を翻した。
「リアン、ロアン……君たちの思いは受け取ったよ。必ず……助け出す」
 君たちの、大切な、大好きな存在を。
 そこまでは言わずマグノリアは、破壊の魔力を解放した。
 解放されたものが激しく渦を巻き、大蛇の頭部をいくつか粉砕していた。
「他者からの肯定……それが信仰、というものなのかな」
 ここにはいない神に対し、マグノリアは言い放った。
「だとしたらヘルメス、君はもう神として終わりだ……リアンとロアンは、君を否定した。君は、子供たちに見離されたんだよ……」


 マグノリアによって悪しき『概念』を押しつけられた大蛇たちが、傷を負いながら毒にのたうち、呪いに固まり、血液と機械油の混ざりものを飛び散らせ、息絶えてゆく。
「すまない……安らぎとは程遠い死に、なってしまったね」
 そんな事を言っているマグノリアに向かって突然、息絶えたはずの大蛇が一体、鎌首をもたげて大口を開く。
 洞窟のような喉の奥から、炎が迸る……寸前。その口中に、銃撃が突き刺さった。アンネリーザの長銃が、空の薬莢を排出する。
 揺らぐ大蛇の頭部に、エルシーは拳を叩き込んでいた。粉砕の手応えを、しっかりと握り締めた。
 頭部を失った大蛇が、地面に投げ出されて弱々しくうねり、動かなくなる。
 それが最後の1体である事を確認しつつ、エルシーは残心の構えを取った。そして言う。
「敵の戦闘不能を確認するまで、油断は禁物ですよマグノリアさん。絶対禁物、ぜっ☆きん! です」
「すまない、シスター……それに、アンネリーザも」
「ヘルメスは……本当に、遊びで? こんな事を……?」
 ヒドラの屍を、アンネリーザは見つめている。
「……ごめんなさい……どうか、安らかに……」
「……ミトラースだって、こんな事はしませんでした」
 同じく祈りを捧げながら、ティルダが言った。
「神の蠱毒……本当は、アクアディーネ様だって嫌なんじゃないかなって、わたし思います」
「……神々に、真意を問いただす時が……そろそろ、近付いているのかも知れないね」
 マグノリアが、たおやかな細腕を組んでいる。
「ヘルメスが……それに答えてくれるかどうかは、わからないけれど」
「今は」
 アンネリーザが振り向いた。
 メレス・ライアットが、幼い姉弟を伴い、歩み寄って来たところである。
 メレスに随分と懐いている姉弟に、アンネリーザは微笑みかけた。
「……今はただ、救えた命に喜びましょう。その子たちが無事で良かった……貴方もね、メレス」
「まあ貴方は無事じゃなかったわけですが、お手柄でしたねメレスさん」
 エルシーが声をかける。メレスは軽く、頭を掻いた。
「ヘルメス、だけじゃあない。俺は……アクアディーネを信じていいのかどうかも、わからん。だから神様じゃなく、あんた方に礼を言う……本当に、ありがとう」
「そうだ。事を実際にやらかすのは神様じゃあねえ、お前や、俺たちだ」
 ロンベルが言う。
 メレスは、鋭く眼光を向けた。
「あんたは……何かやらかす、つもりかい。この先」
「さて、な」
 ロンベルは、にやりと牙を剥いた。
「……ちったぁマシな貌になったじゃねえか。この先、俺が何かやらかしたら殺して止める。そういう貌だぜ」
「そうやって……誰彼構わず喧嘩を売って歩くのは、そろそろやめたらどうですか」
 ティルダが、言葉をかける。
 牙を剝く猛獣の笑みが、彼女に向けられる。
「誰彼構わず、じゃあねえんだな。俺が喧嘩を売るのは、見込みのある奴にだけだ」
 言葉と共にロンベルが、ティルダの傍らを通り過ぎる。
「何か1つ、間違ってたら……おめえさんと戦う事に、なってたかもなあ。そこいらの男どもより、ずっと骨のあるティルダ嬢」
「……冗談でも、そういう事は言わないで下さい。冗談じゃないなら尚更です」
 ティルダは言い、ロンベルは笑う。
 そしてアンネリーザが、ロンベルの眼前に立ち塞がる。
「そうなったら私、ティルダに加勢するわよ。もちろん」
 高速のリロードを華麗にこなす繊手が、拳銃を形作る。綺麗な指先が、銃口となってロンベルの分厚い胸板を突く。
「暴れ足りない様子だけど、まあ……大暴れをする力は、温存しておきなさい」
「……そうだな」
 ロンベルの獣の眼光も、ティルダのオッドアイも、アンネリーザの眼鏡越しの眼差しも、今はこの場にいない神を見据えている。
 ヘルメス。
 決戦の時は、近い。心の中で、エルシーは語りかけた。
(神の蠱毒とは何か……メレスさんの問いは、そのまま私たちの問いでもあります。逃がしはしません、答えてもらいますよ。ヘルメス神)
「やれやれ、終わったな。とりあえず」
 重篤な負傷者がいない事を、ニコラスが確認している。
「ロンディアナに、どうにかして殴り込む……その前哨戦としちゃ、少しばかりキツかったかな」
「あんたは」
 メレスが話しかけた。
「あのヘルメスって神に……随分と早い段階で、見切りをつけたんだな」
「色々、手遅れになる前にと思ってさ。まあ、いくつか間に合わなかった事もあるんだが」
 ニコラスが、遠くを見つめたようだ。
「お前さんが叫んだ通り……ヘルメスにとっちゃ人は玩具、もしくはチェスの駒。要るなら大事に、要らなきゃ切り捨て。ゲームだよ、つまり」
 不安げにしている幼い姉弟に、ニコラスの目がちらりと向く。
「他の神様はどうか知らんが、ヘルメスにとっちゃまさにそれが神の蠱毒ってわけだ。世界を滅ぼさないためには、そんなくだらんゲームが必要なんだとさ……もちろん今、生きてる奴らにゃそんな事関係ないわけで」
「ですね」
 エルシーは身を屈め、幼い姉弟と目の高さを合わせた。
 今、懸命に生きている子供たちを、どうにか守る事が出来た。今回の戦いは、それだけで良い。
 ただ何かしら情報を入手出来るのであれば、なお良い。
 持参した菓子の包みを、エルシーは差し出した。
「えー、っと。あなたたち」
「お姉さんがリアン、弟がロアンだ。よろしく、シスター」
「ありがとうマグノリアさん。ええとリアンさんロアンさん、もう大丈夫ですよ。安心して……あなたたちが見たものについて、教えてくれますか?」
「その前に。これを着て下さい、エルシーさん」
 ティルダが、アンネリーザから受け取ったものを半ば無理矢理、エルシーに着せかける。
 最初に脱ぎ捨てた、修道服だった。
「子供の目の前なんですから隠しましょう。その太股とか、横から見えちゃってる胸とか」
「だ、駄目ですか……」
 そんな事をしている間にリアンが、菓子の包みを受け取ってくれた。中身の大部分を、弟に手渡している。
 情報など別に得られずとも良い、とエルシーは思った。 

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

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