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【狂機人間】罪を問う者と問われる者




 醜悪なイブリースの群れが、銃撃に薙ぎ払われ、砕け散ってゆく。
 全身甲冑の如き機体を躍動させ、大型の銃を荒々しく振り回す。荒々しく見えて、狙いは恐ろしく正確だ。
 ゲンフェノム・トルクは、完全に甦っていた。数日前、残骸も同然の状態で運ばれて来たキジンがだ。
 彼が引き連れている技術者たちの腕、それもある。
 だが、このゲンフェノムという男自身に、倒れても立ち上がるだけの強さが確かにあったのだ。
「お見事……」
 シェルミーネ・グラークは、認めるしかなかった。
「……死にかけるほどの戦いを、経験してきましたのね」
「私が未熟であったから、不覚を取った。それだけのお話ですよ、ご令嬢」
 イブリースの殲滅を確認しつつ、ゲンフェノムは言った。
「失礼ながら、貴女も随分と腕を上げられた」
「……横から、とどめを刺しただけよ」
 シェルミーネに叩き斬られたイブリースの屍が、足元で干からび崩れてゆく。
「……ジーベルさんは、まだ動けませんの?」
「何、よくある事です」
 ゲンフェノムは受け流した。
 ジーベル・トルクは、彼の息子である。
 息子を実験台にして、自分は高性能のキジンとなった。ゲンフェノム本人は、そう言っている。
 本当にそうなのか、とシェルミーネは思い始めていた。自分は、このゲンフェノム・トルクという男を、おぞましい存在であると決め付けていた、だけではないのか。
「あ……」
 イブリースに襲われていた農民の親子連れが、地面に座り込んだまま、辛うじて聞き取れる声を発した。
「ありがとう……ございます……」
「……お礼ならば領主様に。私に報酬を下さるのは、あの方ですからね」
 素っ気なく、ゲンフェノムは言った。
 農民の子供が、立ち上がって目を輝かせる。
「ちがうよ……ぼくたちを助けてくれたのは、ゲンフェノムさまだよ! お父ちゃん、いつも言ってる。りょうしゅさま、なんにもしてくれないって!」
「こ、こら!」
 父親が慌てて、息子の口を押さえようとする。
 ゲンフェノムは背を向け、無言で歩き出す。シェルミーネが、苦笑を隠しながら、それに続く。
 子供の声だけが、追いかけて来た。
「ありがとう、ゲンフェノムさま! ねえ、りょうしゅさまになってよお!」


 イブリースを討伐し、領民を守る。
 ゲンフェノム・トルクの、傭兵としての働きぶりは申し分ない。
 現領主オズワード・グラークを引退させてゲンフェノムを次期領主に、などという声が領内から聞こえて来るほどにだ。
「愚民どもが……!」
 領主の間で、オズワードは怒りに震えていた。
 今や迂闊に解雇を告げる事も出来ぬほど、ここグラーク侯爵領におけるゲンフェノム・トルクの声望は高まっている。
 出来る事は、こうなれば1つしかなかった。
「侯爵閣下……ゲンフェノム・トルク、お呼びにより参上いたしました」
 名工の手による甲冑、を思わせる流麗な機体が、領主の間に歩み入って来て跪く。
 数日前この機体が、叩き潰された状態で帰って来た。珍しくもイブリース相手に不覚を取り、自由騎士団に助けられたのだという。
(自由騎士団……余計な事を……!)
 思いとは異なる事を、オズワードは言った。
「……イブリースと戦えるほどに、回復したのだな」
「お見苦しい姿を、晒してしまいました」
「動けるならば、1つ仕事をしてもらう」
 オズワードは、声を潜めた。
「……遠出をしてもらいたい。旧シャンバラ領だ」
 憎しみが、口調に出た。
「通行手形の類は、全て用意しておく。貴殿には……人間を1人、この世から消して欲しいのだ」
「……人を殺せ、と?」
「民政官ネリオ・グラーク」
 ゲンフェノムが、何かを言おうとした。
 言わせず、オズワードは言葉を重ねた。
「余計な事は訊くな。貴殿とて、家族の問題に立ち入って欲しくはなかろう? し遂げてくれたならば、貴殿が連れて来た者たちへの更なる厚遇を約束しよう」
 オズワードは、いくらか身を乗り出した。
「動けぬご子息のために、働け」
「……お引き受けしましょう」
 それだけを、ゲンフェノムは言った。
 これで良い。あとは、ジーベル・トルクを動けぬうちに始末する。あの技術者たちもだ。
 それをさせるにふさわしい者たちを、雇ってある。
 去り行くゲンフェノムの背中を、オズワードは睨んだ。
 息子ネリオは、この男と同じ罪を犯した。有能、という大罪である。
 息子など、次男エリオットの如き無能で良いのだ。


 ゲンフェノム・トルク伯爵は、他人との会話を好まぬ人物であった。
 その一方、人脈作りに長けてもいた。趣味である蒸気鎧装の蒐集を通じて、思わぬ方向にまで交友関係を広げていたものだ。
 あの男も、その人脈に連なる1人であった。
 鍛冶職人だった。
 アマノホカリの出身者、であったのかどうか定かではないが倭刀を作り上げる技術を有しており、それを我々に数年かけて教授してくれた。
 数年の逗留の後、その男はゲンフェノムの城を去った。
 そして、ゲンフェノムは理想とも言うべきキジンとなった。
 このジーベル・トルクを踏み台として、だ。
 寝台に横たわった、もはや残骸とも言える巨体を、私は見下ろした。
 我々は、このジーベル・トルクに様々な実験を施し、問題点を出し尽くす事で、ゲンフェノムのあの機体を作り上げたのだ。
 ジーベルは、問題点の塊とも言うべきキジンと成り果てて今、限界を迎えつつある。
 後付けの蒸気鎧装で、不格好に膨れ上がった巨体。
 装甲の隙間に管を差し込み、点滴によって生身部分に栄養を送り込んでいる。生命は維持されているものの意識はない。
 己の意識など、とうの昔に失われていたのかも知れない。
「ねえリノックさん……私に、出来る事は」
 領主令嬢たるシェルミーネ・グラークが、そんな事を言ってくれている。
「……何も、ないのでしょうけれど……」
「ありがとう。そのお気持ちは、ジーベルに伝わっておりますよ」
 領主城館の一区画が、こうして貸与されている。それだけでも我々にはありがたい。
 私リノック・ハザンを含む計7人の技術者が、ここでゲンフェノム及びジーベルの整備を行っている。
 シェルミーネ嬢がジーベルを見舞いに来てくれたのだが、ゲンフェノムは不在であった。
 先程、出立したところである。行き先は旧シャンバラ。仕事であるらしいが、内容を教えてはくれなかった。
 足音が聞こえた。
 ゲンフェノムが忘れ物でもしたのか、と私は思ったが、入って来たのはゲンフェノムではない。
 5人。うち4人はキジンである。
 皆、ジーベルの何歩か手前の出来損ないである。怪物そのものの呻き声を発し、機械の鉤爪やドリルを振りかざしている。
 我々を、皆殺しにしようとしている。
 シェルミーネが剣を抜き、ジーベルを庇う。
「……やめておけ令嬢。あんたを巻き添えにしようって気はない」
 キジンではない1人が言った。
「久しぶりだな、リノックさん」
「ブレック・ディラン……か」
「雇われた。仕事をするかどうかは、まだ決めてないがな」
 かつて兵士として、ゲンフェノム伯爵に仕えていた若者である。
 キジンたちは4人とも、我々が手がけた失敗作だ。
「……来るべきものが来た、というわけだな。私1人の命だけで、許してはくれぬか」
「早まるなよリノックさん。あんた方を皆殺しにするかどうかは……そいつ次第」
 ブレックが、横たわるジーベルに銃を向ける。
「立て、ゲンフェノム・トルク。あんたには、自分の言葉で言わなきゃならん事があるはずだ」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
シリーズシナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.刺客5名の説得もしくは撃破
2.動けぬキジン及び技術者7名の生存
 お世話になっております。ST小湊拓也です。
 シリーズシナリオ『狂機人間』全5話中の第3話であります。

 イ・ラプセル国内。地方領主グラーク侯爵家の邸内にて、動けぬキジン(ジーベル・トルク、と呼ばれていた何者か)が、介護の技術者7名もろとも刺客の一団に殺されるかも知れない状況です。

 刺客は5名。うち4人がキジンで、ノウブルの青年ブレック・ディラン(男、21歳、ガンナー。前シナリオ『殺戮者と復讐者』にて初登場)に率いられております。

 ブレックには今のところ殺戮の意思はなく、動けぬキジンに罪を問いかけていますが、このキジンは会話が出来る状態ではありません。

 刺客側のキジン4名は、違法なキジン化のせいで正気を失いかけています。このままでは間違いなく凶行に及ぶでしょう。
 会話が完全不可能というわけではありませんので、自由騎士団の説得ならば聞き入れてくれるかも知れません。
 無論、戦って撃破していただいても構いません。
 説得で引き下がらせるにせよ、戦闘で撃退するにせよ、ともかく刺客5人から動けぬキジンと技術者7名を守っていただくのが今回の目的となります。

 リノック・ハザン(ノウブル、男、46歳)をはじめ技術者7人は全員が非戦闘員です。
 現場には他に領主令嬢シェルミーネ・グラーク(ノウブル、女、18歳。軽戦士スタイル。『ラピッドジーンLV1』『ヒートアクセルLV1』を使用)がいて、彼らを守ろうとしております。刺客たちが襲って来れば戦いますが、自由騎士団の指示には従ってくれるでしょう。

 戦闘になった場合、刺客5人は全員が前衛として戦います。
 ブレック・ディランは『ヘッドショットLV2』『ウェッジショットLV2』を使用。キジン4名は、兵器化した蒸気鎧装を用いての白兵戦(攻近単)のみで攻撃をします。

 時間帯は真昼。場所は領主城館内の一区画で、戦闘を行うには充分な広さがあります。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
9モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
8/8
公開日
2020年06月19日

†メイン参加者 8人†




 キジンが4名。
 あの時のケニー・レインより幾分ましな状態ではないか、と『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は思った。だからと言って無論、放ってはおけない。
 うち1人が、言葉を発した。
「……何てぇザマァ晒してやがる……ゲンフェノム伯爵様よぉお……」
 巨大な寝台に横たえられた、大型のキジン。機械の屍、と言っても良さそうな有り様だが、まだ辛うじて生きてはいるはずだ。
「俺たちを……散々、切り刻んで……おかしな実験、繰り返して……アンタいってえ何やりたかったんだああっ!」
「待って、ちょっと待ちなさい」
 横たわるキジンを守る格好で剣を構えたまま、令嬢シェルミーネ・グラークが困惑している。
「人違いよ。彼の名前はジーベル・トルク、ゲンフェノムではないわ。ゲンフェノムは……」
 その美貌が、青ざめてゆく。
「…………ゲンフェノム・トルクは……」
「僕たちと……同じ考えに、至ってしまったようだね。シェルミーネ」
 マグノリアは声をかけた。
 地方貴族グラーク侯爵家の、城館。その一区画である。
 気配を消す事もなく、ぞろぞろと踏み込んで来た自由騎士7名に、シェルミーネはようやく気付いたようだった。
「あなたたち……」
「ご機嫌よう、シェルミーネさん」
 まずは『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が挨拶をした。
「私が組んだメニュー、ちゃんとこなしてくれてるみたいですね。構え方で、わかりますよ」
「……少し前まで、筋肉痛で死にかけていたわ」
 自分は今でも死にそうになる、とマグノリアは思った。
「それよりも。あなたたちが来た、という事は……」
「そう。我々が無理矢理にでも、この場を収めるという事だ」
 言葉と共に『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が、進み出て来て場を見渡す。
 復讐が、行われようとしていた。
 復讐される側は、8名。横たわる大型のキジンと、彼を整備そして介護する7人の技術者。
 その全員を庇う事が出来る位置に、『朽ちぬ信念』アダム・クランプトン(CL3000185)がすでに立っている。
 復讐者は5名。4人のキジンと、そしてノウブルの青年が1人……銃撃手ブレック・ディランである。
「……あんた方が、来ちまったのか」
 ブレックが苦笑している。
「まったく、水鏡ってやつは……」
「アレも万能ってわけじゃなくてね。みんなで現場に着いた時には、もう人死にが出ちゃってたりしてて」
 銃を構えたブレックの眼前に、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が躊躇なく立った。
「だけど今回は間に合ったみたい……お話くらいは聞いてくれる、って事でいいんだよね? ブレックさん」
「話、か」
 小柄なカノンの頭越しに、ブレックは銃口をジーベルに向けている。否。ジーベル・トルクである、とマグノリアたちが信じていたキジンに。
「話はな、そいつの口から直に聞かないと意味がないんだよ」
「……だろうな」
 言いつつ『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)がカノンと並んで立ち、復讐者5名と対峙する。
「だが……俺もキジンだから、わかる。そいつは今、話が出来る状態じゃあない」
 左手の親指を、アデルは寝台上のキジンに向けた。
「だから話の出来る奴から事情を聞きたい。リノック・ハザン、それにブレック・ディランとそこの4人……色々と、聞かせてもらうぞ。いくらか力尽くで悪いが」
「……あんたたちの痛み、わかるなんて言わないよ」
 あの時のケニーの如く機械の怪物になりかけたキジン4名に、『水底に揺れる』ルエ・アイドクレース(CL3000673)が語りかける。
「だけど、少し待ってくれないか。最後どうなるにしても、真実は……知っておくべきだと思うし、俺たちも知りたい。まずはリノックさん、あんたの話を聞いてみたいな」
「……あなた方の、気付いておられる通りだと思うが」
 技術者7名の代表者……リノック・ハザンが、重い口を開き始める。
 テオドールが片手を上げ、中断を促した。
 マグノリアも気付いた。闘争の気配が、屋外から伝わって来る。
 ばらばらと、足音が遠ざかって行く。逃亡の足音。
 やがて、8人目の自由騎士が場に入って来た。
「アナタたち、信用されてないわねえ」
 天哉熾ハル(CL3000678)だった。言葉は、ブレックたち復讐者5名に向けられたものだ。
「見張ってる連中が大勢いたわよ。まあ見張りだけじゃ済まない感じがしたから、ちょっと声かけてみたんだけど」
「そうしたら、襲いかかって来ましたか」
 エルシーが、続いてアデルが言った。
「何人、殺した? 死体は隠しておいた方がいい」
「アタシを何だと思ってるの。全員ちゃんと自分の足で逃げ帰れるくらいには加減したわよ。つまんない仕事でも命令だからやらなきゃいけない、かわいそうな連中だもの」
「父の……オズワードの、手の者ですか……」
 シェルミーネが俯いた。
「……グラーク家の、お恥ずかしい部分を……見せてしまいました」
「貴女が恥じる事ではないよ、シェルミーネ嬢」
 テオドールが言う。
「……貴女は、強く気高い心をお持ちだ。恥じる事はない」
「私の、自慢の修行仲間ですよ」
「エルシー……私は貴女の、不出来な弟子よ」
 恥じ入るシェルミーネの顔に、ハルが見入った。
「アタシは……むしろ凄いと思うわよ、アナタ。こんなダメ人間ばっかりの家庭で、よくぞここまでまともなお嬢様に育ったもの」
「あまり、我らの雇い主の悪口を言って下さるな」
 リノックが言うと、アダムがようやく口を開いた。
「……雇い主の方が、貴方たちを切り捨てようとしている。ご存じとは思うが」
 言いつつ、復讐者たちの方を見やる。
「ブレックさん、貴方たちは……」
「ここの領主に雇われた。まず、そこのデカブツは殺す」
 ブレックの視線が、カノンやアダムを迂回して、寝台上のキジンに向けられる。
「そしてリノックさん、あんた方のうち何人かは生かして捕らえておく。それが仕事の内容だ」
「人質、というわけか……もう1人のキジンが、シャンバラから戻って来た時のための」
 マグノリアは言った。
 もう1人のキジン。自分たちが、ゲンフェノム・トルクと呼んでいた存在。
「最低じゃないかよ、ここの領主……」
 ルエが天井を仰いだ。
「貴族って連中は、本当に……あ、ごめん。テオドールさんが、そんなんじゃないってのはわかってるよ」
「いっその事、テオドールがこの地を治めてみるかい。シェルミーネの後見人として」
 あながち冗談でもなくマグノリアが言うと、アデルが同調した。
「どうする伯爵。ベルヴァルド家による、この地の武力制圧……俺は、協力する」
「……お気持ちだけ、いただいておくとしよう」
 テオドールは咳払いをした。そしてブレックの方を向く。
「貴卿は、この度の仕事に関して……依頼主も、内容も、全てを我々に明かしてしまった。仕事そのものを放棄する、と見受けるが」
「そいつは希望的観測が過ぎるな。俺たちは、最悪の事態を想定した上で、ここにいる」
 ブレックの言う、最悪の事態。それが何であるのかは、この場にいる全員が理解しているだろう。
 口にしたのは、アダムである。
「全員を、殺し尽くす……リノックさんたち、のみならず僕たちも。その選択さえ、貴方がたは視野に入れているのだね」
「もちろん、あんたらに勝てるわけがない。皆殺しにされるのは俺たちの方だろう……に、してもだ」
「まさに最悪ですね」
 エルシーが言った。
「絶対最悪。ぜつ☆あく、です。させませんよ、そんな事は」
「最悪の事態。避けねばなるまい、お互いにな」
 テオドールが、ブレックの目を見据える。
「ここで首尾良く仕事をやり遂げたとして……貴卿、その後はどうするのだ。オズワード・グラーク侯爵がいかなる御仁であるかは理解したろう? そのような人物の走狗と成り果てる未来を選ぶのか」
「……未来……素晴らしい、言葉だ……」
 辛うじて会話の出来るキジン4名の、1人が言った。
「だが自由騎士の人よ……私たちの時間はね、止まったままなのですよ。未来に……進む事も、出来ない……」
「誰かを殺せば……未来に、進めるのかな」
 カノンが、意を決したように言葉を発する。
「人を殺しちゃいけない、なんて偉そうに言う資格カノンにはないけど……ねえ、知ってる? 人殺しってね、止まんなくなっちゃうんだよ」
「1人殺せば、2人目も殺せる」
 アデルが言う。
「3人、5人、10人と、平気で殺せるようになる。戦場では、そうだ」
「ここにいる人たちに、そんなふうになって欲しくないな」
 言いつつ、カノンが拳を握る。人の命を奪った事のある、小さな拳。
「始まっちゃった戦争を、止めるのは難しい。だけどね……今ここで起こるかも知れない人殺しは、ここにいる皆で止める事が出来るんだよ。だから」
「お話を、しましょう」
 エルシーが、言葉を引き継いだ。
「ブレックさん、貴方のお兄さんは『誰も恨むな』『ゲンフェノム伯爵様を恨むな』と言っておられたのですよね。私、そこに真実があると思うんです……ここにいる全員で受け止めるしかない、とてつもなく重い真実です」
「それを……ジーベル、いやゲンフェノム・トルク。君は、自分で語らなければならない。そこはブレックの言う通りだ」
 寝台上のキジンにマグノリアは語りかけ、キラキラと魔導医療の光を投げかけた。
 この光で、傷を癒やす事は出来る。
 だが、死にゆく者の生命力を活性化させる事など出来るのか。
「自分の、命と身体を……捧げて、ここまで来たのだね」
 医療の光を宿す片手で、マグノリアはそっとゲンフェノムの装甲を撫でた。
「……それも限界に近い。遠からず君は、本当に限界を迎える……その前に、伝えておかなければならない事があるだろう? ゲンフェノム・トルク……」


 キジンは生まれながらに罪を背負っている、と彼は言った。
 自分などはその最たるものであろうとアダムは思う。
 罪など数えていたら戦場では生きていけんぞ、と言ってくれたのは、このアデル・ハビッツだった。
「まずは、お前たちの話を聞きたい」
 ブレックの同行者であるキジン4名に、アデルは語りかけている。
「確認しておこう。お前たちは……一応は権力者であったゲンフェノム・トルク伯爵によって、無理矢理に改造を施されたのか?」
「……悪かったな……自分の、意思だよ……」
 1人が言った。
「俺には、力が必要だった……4人とも、そうさ……ゲンフェノム伯爵は、力を欲しがってる奴を言葉巧みに誘って集めて」
「騙された、と言いたいわけか」
 アデルの口調には、容赦がない。
「自分の意思でキジン化を望む……余程の事情だな。事故で手足を失った、あるいは誰かを殺したかった、助けたかった、そんなところだろう。それ自体は否定せん。蒸気鎧装は安い買い物ではないが」
 光学装置が、リノックら技術者たちにちらりと向けられる。
「お前たちは……無料で、キジン化を行っていたのだな?」
「……当然。実験なのだから」
 リノックが、わざとらしい笑みをキジンたちに向ける。
「君たちは、実によく貢献をしてくれたよ。我らの技術の向上にね」
「……リノックさん、貴方は憎まれ役を引き受けようとしているね。1人で、罪を被ろうとしている」
 アダムは言った。
「それは残念ながら美徳ではない。貴方が今するべきは、真実を語る事。それ以外にないと思う」
「俺は、お前たちの真実にも興味があるな」
 アデルが、冷たく点灯する光学装置でキジン4名を見据える。
「騙された。死ぬほど痛い施術を受けた。結果、いくらか不格好なキジンになってしまった……なるほど、確かに恨むべき事ではある。だが恨みだけか? 恩恵は何もなかったのか? 例えば、不格好なりに自力で歩けるようになった。あるいは、力で敵わなかった相手に復讐を遂げる事が出来た。キジン化には間違いなく、そういう一面もあるのだぞ」
 咆哮が響いた。
 キジンの1人が怒り狂い、鉄塊の豪腕でアデルに殴りかかろうとしている。それをブレックが止めた。
 アデルは、なおも言う。
「恩恵を忘れ、恨みだけを残すのか。都合が良すぎる、とは思わないのか」
「……なあアデル先輩。あんた、説得する気なんかこれっぽっちもないだろ」
 ルエが言った。
「正論を並べるってのはさ、他人を説得する時に一番やっちゃいけない事……あんた、こいつらをわざと怒らせて憎しみを引き受けるつもりだな」
「説得と論破は似て非なるもの……かしらね」
 ハルが溜め息をつく。そしてブレックたちを見やる。
「とにかく。やるなら、お仕事上ぶちのめすしかないワケだけど……アナタたちもねぇ。もしかしたら復讐なんて、する気なくなりかけてるんじゃないの?」
「……俺は、ゲンフェノム本人の言葉を聞きたい。復讐をやるかどうかは、その後だ」
「聞いての通りだよ、リノックさん」
 寝台上のキジンに、アダムは視線を向けた。
「もはや、この場にいる全員が知っている。彼がジーベルさん、ではなくゲンフェノム・トルク元伯爵ご本人であると」
「……ずっと隠し通せる、わけはないと思ってはいた」
「来るべきものが来た。それはつまり、復讐される事を覚悟していた、と?」
 エルシーが訊いた。
「復讐されると、わかっていながら……ひどい実験を続けた理由。それは、あの人を助けるため? 自己弁護でも正当化でもいいです、はっきり答えて下さい」
「……助けたわけではない。それもまた、実験さ」
 リノックが暗く笑う。
「自力で這う事も出来ない肉塊を、最強のキジンに作り変える……技術者として、これほど心躍る研究が他にあると思うのかね」
「その研究に……ゲンフェノム・トルクは、他人のみならず己の身をも捧げた」
 ゲンフェノムの装甲に手を触れ、俯いたまま、マグノリアが呟く。
「自分の身体で、様々な問題点を出し尽くすために……そして、誕生と同時に存在を抹消された息子を、救うために……」
 その目が、復讐者5名に向けられる。
「無論それで、ゲンフェノムの行いが正当化されるわけはない。だけど……蒸気鎧装を身にまとう意味、技術のための犠牲……それを、この場にいる誰よりも知っているのは……彼、だよ」
 マグノリアの言葉を聞きながら、アダムは天井を仰いだ。
 キジンは、生まれながらに罪を背負う。自分も、そしてこの場にいない彼も。
「……リノックさん、もうひとつ教えて欲しい……」
 見えぬ空を見つめたまま、アダムは問いかけた。
「この父子は何故、名を偽っているのだろう……? 今ここに居ない彼は何故、父親の名を名乗っているのか」
「……親父のやらかしを全部しょい込むためさ」
 答えてくれたのは、ルエである。
「あのジーベル・トルクって奴、贖罪って呪いを自分にかけちまってる。なあ……あんたら、どう思う?」
 ブレックの同行者4名に、ルエは問いを投げた。
「自力で這い這いも出来なかった赤ちゃんがさ、今じゃ元気に動き回ってイブリースとも戦える。あんたらが酷い目に遭ったおかげだよ。当然、許せないよな? だけどそれ以上に、あいつが自分自身を許せないでいる。何かしら罪を償った気分になれるような事を、しないではいられないんだよ」
「だから私に、金を払わせてもくれない」
 テオドールが腕組みをする。
「父親の罪を償うため、父の名を名乗る……ゲンフェノム・トルクへの復讐を、全て受ける。か」
「厄介なところに入り込んじゃってるわねえ、あのギラギラな彼」
 溜め息をつきながらハルが、シェルミーネの方を向く。
「そう! その彼がね、アナタのお兄さんの命を狙っているワケよ」
「ネリオ・グラークの……!」
 シェルミーネが青ざめた。
「それも……父の、命令で……?」
「残念ながら、ね」
 この場にいる全員を、ハルは見渡した。
「大体の事はわかったようだし、ここはもういいでしょ? アタシらも早急に動かないと……ギラギラの彼を、止めるためにね」
「……そうだ……早急に、消えて失せろ……自由騎士ども……」
 声がした。発声器官が辛うじて生きているのか、あるいは機械音声か。
「私の耳元で、青臭い綺麗事を喚くな……吐き気がするわ……」
「そんな事言ってカノンたちを怒らせて、ここから出て行かせようってわけ?」
 意識を取り戻したゲンフェノム・トルクに、カノンが微笑みかける。
「そうなれば、誰もブレックさんたちを止められない。で、君は殺してもらえる……と。残念、自由騎士団にその手は通用しなーい」
「それが貴卿の……ご自身の言葉なのか。ゲンフェノム・トルク卿」
 テオドールが呻き、重々しく目を閉じる。
 やがて、ブレックが背を向けた。
「……生き恥を晒せ、ゲンフェノム・トルク。楽には、させねえよ」
 言葉を残し、歩み去って行く。キジン4名と共にだ。
 じっと見送るリノックに、マグノリアが言葉をかけた。
「彼らに対して……罪滅ぼしの、真似事をしてみる気はないか」
「……あの者たちを、今少しまともなキジンに作り直せと?」
「今の君たちの技術なら、不可能ではないと思うが」
 リノックは即答せず、考え込んでいる。
 カノンが言った。
「……確かに、カノンたちも行かなきゃだね。ネリオさんが危ない」
「公爵家の御仁が、動いてはおられるようだが」
 テオドールの口調は、重い。
「ともかく……リノック・ハザン卿。もはや、ここに留まるのは危険であろう」
「……ジーベル様が、お戻りになるまでは動けぬ」
「あの人は、私たちが何とかしますから」
 エルシーの言葉をぼんやりと聞きながらアダムは、ここにはいない1人のキジンに語りかけていた。
「思い上がりを承知で、言わせてもらうよ……ジーベル・トルク、貴方は僕だ」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済