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暴君の帰還




 大規模な奴隷売買を行っていた組織が、自由騎士団の活躍によって壊滅したという。
 奴隷とは、商品である。金を払って手に入れるものだ。物としては、そこそこ大切に扱われる場合が多い。
 この地の民は、かつて奴隷ですらなかった。
 領主ベレオヌス・ヴィスケーノ侯爵は、身銭を切る事なく命令ひとつで民を無償の労働に駆り出し、民を殺戮し、民から様々なものを搾り取った。
 そのような人物でも、私にとっては恩人である。
 貧しい農民の倅であった私が、ベレオヌス侯によるお引き立てを得て、今やヴィスケーノ侯爵家の兵隊長である。
 他人を高く評価する事を知らぬベレオヌス侯爵が何故、平民の私をそこまで認めてくれたのか。
 私が、オラクルであったからだ。
 侯爵にとってオラクルとは、暴虐を実行するための便利な道具に他ならなかった。私は、少なくとも道具としては高い評価を賜っていたのだ。
 だから私は、ベレオヌス侯爵には逆らえなかった。
 侯爵の命令通りに民衆を鞭打って強制労働へと駆り立て、民衆の僅かな財産を税として奪い去った。
 そんな事を繰り返しているうちに、私の心は壊れてしまったに違いない。
 だから、あんな事をしてしまったのだ。
 現在、この地を治めているのは、ベレオヌス侯の子息アラム・ヴィスケーノ侯爵である。
 21歳の、若き新領主。
 彼は、父親の全てが裏返ったかの如き人物で、優しさだけが取り柄のような若者であった。統治者としては、いささか頼りないとは言わざるを得ない。
 そんな新領主を支えているのが、母君たるマグリア・ヴィスケーノ前侯爵夫人である。
 夫の暴政によって荒れ果てた領内を、彼女は丹念に立て直していった。この地の民衆は、マグリア夫人によって救われたと言ってよい。常日頃、父親の暴虐に怯えていたアラムが今、新領主としてそれなりの顔をしていられるのも、この母親あってこそだ。
 前領主ベレオヌス侯爵は、病で亡くなった。
 表向きには、そのような事になっている。少し調査をすれば、即座に発覚する嘘である。
 少しの調査も入らなかったのは、それどころではない大事件が王都サンクディゼールを揺るがしていたからだ。
 国王崩御。
 新王エドワード・イ・ラプセルの即位。
 その動乱に紛れる格好で、アラム・ヴィスケーノの領主就任も認められた。前領主の死因も、うやむやになった。このあたりもマグリア夫人の手腕であろう。
 そのマグリア・ヴィスケーノ前侯爵夫人が、呟く。
「……取り壊し、埋めてしまうべきですね。このような場所は」
 城の地下室。血の臭いが澱む、石造りの大広間である。錆びた拷問器具が、あちこちに放置されている。
 大勢の罪人が、ここで惨たらしい刑死を遂げた。
 税を納められぬ者。重税に耐えかねて逃げ出し、捕らえられた者。機嫌が悪い時のベレオヌス侯の視界に、うっかり入ってしまった者。全て罪人である。皆ここで、様々な殺され方をした。
 広間の中央は広範囲に渡って縦穴状に大きく凹んでおり、今は人骨で満たされている。ここで殺された人々の屍が、放り込まれていたのだ。
 石造りの縦穴を満たす、無数の骸骨。
 その上に比較的、新しい白骨死体が横たわっている。
 頭蓋骨が、縦にまっすぐ両断されていた。
 我ながら会心の斬撃であった、と今でも私は思う。ベレオヌス侯は、ほとんど苦しむ事もなかったはずだ。
 とても病死者の屍には見えぬ白骨死体を、私は跪いて見下ろしている。
「……奥方様……私は」
「お黙りなさいガロム兵長。前領主ベレオヌス・ヴィスケーノ侯爵は、病で亡くなられたのです。私も貴方も、様々に手は尽くしたのですが」
 マグリア夫人が、私の発言を封じた。
「これも天命というものでありましょう」
「私は……大逆の罪を……」
「ガロム兵長、その罪を負うべきは私である」
 そんな言葉と共に1人の若者が、石の大広間に踏み入って来た。
 マグリア夫人が、口調鋭く叱りつける。
「政務をおろそかにしてはなりませんよ侯爵閣下。このような場所へおいでになる暇など、貴方には無いはず」
「母上もお聞き下さい。私は、国王陛下に訴え奉りたいと思うのです……前領主ベレオヌス侯爵を殺めたるは、この私アラム・ヴィスケーノであると」
「世迷い言も程々になさい」
 マグリア夫人が、息子の言葉を即座に切り捨てた。
「エドワード国王陛下はお忙しい方。つまらぬ訴え事で、お手とお耳を煩わせてはなりません」
「父上が、現れるのです……私の、夜毎の夢に」
 アラム侯爵が、頭を抱え膝をつく。
「元はと言えば、全て私が……私が父上を殺したも同然ではありませんか! だってガロム兵長は、私を守るために」
「侯爵閣下……そのような事、おっしゃってはなりません」
 私は言った。
 この若者を侯爵閣下と呼ぶのは、やはりいささか抵抗がある。私にとっての侯爵閣下は、今なおベレオヌス侯ただ1人だ。
 アラム・ヴィスケーノは幼い頃から、父親とは似つかぬ柔弱な公子であった。
 その父親に対してアラムは、ある時、言った。
 今少し、民衆を慈しんで下さいますように……と。
 控え目な諫言である。柔弱な若君が、なけなしの勇気を振り絞ったのだ。
 ベレオヌス侯爵は怒り狂い、止めに入った妻マグリアもろとも息子を打擲した。
 そして私に命じたのだ。この妻と息子を殺せ、と。
 私は剣を抜き、生まれて初めてベレオヌス侯の命令に逆らった。
 その罰を与えるため、であろうか。
 石の縦穴から、ベレオヌス侯が這い上って来る。両断された頭蓋骨に、憤怒と憎悪の形相が浮かんだように私には見えた。
 動く白骨死体に、縦穴の中の人骨が群がり集まって行く。
 人骨の群れが、ひと塊になって、石の縦穴から盛り上がって来る。
 それは、骨の巨人であった。
 無数の骸骨が、ベレオヌス侯を中核として巨大な人型を形成している。
 死せる暴君が、民衆の屍をまとって甦る光景。
 アラム侯爵は、座り込んだまま呆然としている。
 そんな息子を抱き庇いながら、マグリア夫人が辛うじて声を発する。
「これは……よもや、このような事が……」
「……お逃げ下さい、奥方様」
 私は剣を抜き、骨の巨人と対峙した。
 屍のイブリース化。還リビト、と呼ばれる現象である。この怪物に、生前のベレオヌス侯の自我など無論ない。
 だが私にとっては……否。この場にいる3名にとっては、絶対者ベレオヌス・ヴィスケーノの帰還に他ならないのである。
「あ……あああ、やはり父上は! 我々を許しては下さらない!」
「お黙りなさい侯爵閣下! さあ立って、逃げるのです早く! ガロム兵長、貴方も」
 還リビトは、生命あるものを殺戮せずにはいられない。骨の巨人をこのまま地上へ、城外へ出してしまっては。
 この地の民は、暴君の復活という、この上ない災厄に見舞われる事となる。
 ならば。かつて暴君の尖兵として民を大いに虐げた私が、なすべき事は1つ。
 私は吼えた。ウォーモンガー。己の、全ての力を呼び起こす咆哮。
 異形のものと化した主君に、私は斬りかかって行った。重戦士の斬撃・バッシュ。
 それが命中する前に、人骨で組成された巨大な豪腕が、私を叩きのめしていた。
 石畳に激突し、血を吐きながら、私は骨の巨人に語りかけていた。
「死して、なお……民衆を、虐げ殺めんとなさるのですか……侯爵閣下……」
 やはり私にとって、侯爵閣下とはベレオヌス・ヴィスケーノただ1人なのである。 


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.骨の巨人(還リビト)の撃破
2.アラム・ヴィスケーノ及びマグリア・ヴィスケーノの生存
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 イ・ラプセル国内、とある地方貴族の居城に、無数の人骨で構成された巨大な還リビトが出現しました。
 オラクルである兵隊長ガロム・ザグがこれと戦い、敗れ、殺されかけているところへ皆様に駆け付けていただきます。

 この還リビト……骨の巨人の攻撃手段は、怪力による白兵戦(攻近単、BSカース2)。

 ガロム・ザグ(ノウブル、男、23歳)は、あと一撃でも食らえば普通に死亡する状態です。
 スキルによる回復は可能。治療して戦わせる事も出来ます。重戦士スタイルで武器は剣、『バッシュLv2』『ウォーモンガーLv1』『ライジングスマッシュLv1』を使用し、基本的に皆様の指示には従います。

 彼の後方には地方領主アラム・ヴィスケーノ侯爵とその母君マグリア夫人がいますが、こちらは完全な戦力外。骨の巨人に1度でも攻撃されたら、回避も防御も出来ずに2人まとめて死亡します。

 場所は城の地下、石造りの大広間。いくつかの燭台が灯っており、骨の巨人を問題なく視認する事が出来ます。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
9モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2019年11月17日

†メイン参加者 6人†




 一目でわかる。兵隊長ガロム・ザグは、農民出身の武人であると。
 基礎体力は、幼い頃からの農作業で培われたものであろう。それが戦闘訓練で鍛えられ、結果として筋骨隆々ではないものの粘りのある強健な身体が出来上がった。それは兵士の甲冑の上からでも見て取れる。『たとえ神様ができなくとも』ナバル・ジーロン(CL3000441)は、親近感を覚えずにはいられなかった。
 無論、血まみれで倒れ伏しているガロムだけが要救助者ではない。
 彼の後方で身を寄せ合う一組の母子……この地の現領主アラム・ヴィスケーノ侯爵と、その母君たるマグリア前領主夫人。
 3人をまとめて背後に庇う格好で、ナバルは立ち身構えた。
「自由騎士ナバル・ジーロンだ! 魔物よ、これ以上は誰も傷付けさせないぞ!」
 屍のようだったガロムが、その名乗りに弱々しく反応する。
「……じ……自由騎士……だと……」
「そう、自由騎士だ。邪魔をするぞ」
 言葉と共に、ずしり、と重い人影が踏み込んで来る。『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)であった。
 ガロムを叩きのめしていた巨大な怪物が、無数の人骨で構成された豪腕を振るったところである。
 その一撃をアデルが、装甲まとう全身で防御を固め、受け止めた。
「おいおい、無茶をするな。相変わらず」
 苦笑じみた声を発したのは『灼熱からの帰還者』ザルク・ミステル(CL3000067)である。
「自分でメンテナンス出来るから、ぶっ壊れてもいい……なんて思ってるんだとしたら、ヘルメリアの連中と大して違わないぜ」
「まずは敵の力を知る。それが、戦場で生き残る道へと繋がる」
 アデルが言う。
 ザルクは変わった、とナバルは思う。以前は、ヘルメリアという国名を口に出す事もなかった。
「……なかなかの力だ。手強い敵と、認識するべきだと思う」
 言葉と共に、アデルの顔面装甲が光学装置の輝きを点す。機械の眼光が、人骨で組成された怪物の巨体に向けられる。
 大量の白骨死体で出来た、巨人。
 石造りの大広間の中央、縦穴状の巨大な凹みから、上半身だけを這い出させている。
 その骨巨人が、吼えた。怨念の咆哮、であるのか。
 還リビトに生前の自我や記憶は無い、はずではある。
 だが生前のベレオヌス侯と関わりある人々には、死せる暴君の怒声に聞こえてしまうようであった。
「お許し下さい……父上、どうかお許しを……」
 アラム侯爵が、震え、ひれ伏している。
「母上を、ガロム兵長を……民衆を、お許し下さいますよう……この私の命ひとつで、どうか……」
「そういう事をさせないためにも、私たちは来たんです。ほら立って、侯爵閣下」
 震え上がる領主を、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が無理矢理に引きずり立たせる。
「さ、お母様も。ミスター・ガロム! お2人を連れて、早く安全な場所へ」
「化け物退治は、俺たちに任せてもらおう」
 1頭の熊が、ずいと狙撃銃を構えながら言う。『ラスボス(HP50)』ウェルス・ライヒトゥーム(CL3000033)である。
 その言葉に、死にかけたガロム兵長が、またしても反応を示した。
「化け物……」
「そう。あんたの御主君じゃあない、単なる化け物だ」
 ウェルスは容赦ない。
「俺たちに任せておけばいいのさ。あんたはもう、忠臣としての道を全うしたんだ」
「忠臣……違う。私は……逆臣だ……」
 ガロム兵長の心は今、負傷した肉体よりも死にかけている、とナバルは感じた。
 死にかけたガロムを、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)の細腕が抱き起こす。
「前領主への忠誠心は、どうやら本物であるようだね。ガロム・ザグ……ここでは兵長殿と呼ぶべきなのかな」
 光の粒子が、マグノリアの微笑みと共に発生し、ガロム兵長の負傷した身体にキラキラと流れ込む。癒しの光、キュア・ライト。
 治療を施されたガロムの身体が、よろよろと立ち上がる。弱々しい。心が、まだ癒えていない。
 そんな兵長の様を、マグノリアが興味深げに観察する。
「さあ、これで動けるようになったろう。君の、やりたい事をするといい」
 細い全身で、大気中のマナを吸収しながら、マグノリアは笑った。
「何かが出来るようになった途端、やりたい事なんて実は何も無かった……なんていうのもね、よくある話ではある。君はどうかな、ガロム兵長。今、君は何をしようとしている?」
「私は……」
「……まだ、無理そうだな」
 ザルクが、ガロムの肩をぽんと叩く。
「そこの熊さんの言う通り、戦いは俺たちに任せておけ。最初のうちは、な」
「ガロム・ザグ。今のお前に出来る事は、ただ1つ」
 アデルが、骨の巨人の眼前でジョルトランサーを構える。
「そこの非戦闘員2名を、上階へ避難させる。戦うにしても逃げるにしても、それを済ませてからの話だ」
「1つ、余計な事を言わせてもらう……逃げるのはな、癖になるぞ」
 言いつつザルクが、回転式拳銃を抜く。そして骨の巨人を見据える。
「この化け物、相当に手強い。戦える奴の助力が必要だ。要救助者の避難を済ませる、ついででいい……覚悟を決めてくれると、助かる」
「覚悟……」
「立ち向かう覚悟だ。ガロム、お前はいくつかのものに立ち向かうべきだと俺は思う」
 回転式拳銃が、火を吹いていた。
 純白の砲火が、骨の巨人を直撃していた。退魔の銃撃。
「ベレオヌス・ヴィスケーノという名の恐怖。その恐怖に抗えなかった、過去の自分……もっとも恐怖だけじゃあない。この前侯爵閣下は、お前を恩義で縛っていた。1度は恐怖に立ち向かった、その結果として恩義の方を台無しにしちまった……とお前が悩んでいるなら、その悩みにも立ち向かってみないか」
 ガロムは言葉では何も応えず、背を向けた。
 そして侯爵母子を導き、引き連れ、この地下広間を出て行った。
 退魔の銃撃に穿たれた骨巨人が、怒りの咆哮を響かせながら、ずるりと石畳を這う。縦穴状の凹みから這い出しつつある巨体は、人型の下半身を有していないようであった。両脚はなく、無数の人骨で組成された胴体が大蛇の如く伸びている。
 そんな異形の巨体で侯爵母子を追おうとする還リビトの眼前に、ナバルは立ち塞がった。
 骨の巨人……無数の人骨の中枢たるベレオヌス侯の白骨死体を、じっと見据える。
 頭蓋骨が、頭頂部から綺麗に両断されている。狙ってもこうはいかない、とナバルは思う。剣術の対人稽古には自分も励んだものだが、頭を狙ってまっすぐ振り下ろしても、大抵は肩や鎖骨に入ってしまう。
「ガロムさん。貴方の腕前、見事だと思う」
 骨巨人を見据えたまま、ナバルは声を投げた。
「貴方ほどの剣士、戻って来てくれたら大いに助かる、とだけは言っておくよ」
「それまでは、私たちが……!」
 エルシーが、修道服を脱ぎ捨てた。いくらか目のやり場に困るバトルコスチューム姿が、露わになった。
「死んだ人に、私の魅力が通用するとも思えませんからね。『緋色の誘惑』じゃなく『零元』で行かせてもらいますよ。さあ死に損ないの暴君、私の無礼を罰してみなさい!」
 骨巨人の殺意が、エルシーに向いた。無数の人骨でガッチリと固まった拳が、彼女を襲う。
 その襲撃よりも速く、エルシーは踏み込んでいた。
「否……貴方を罰するのは私たち。絶対に罰を与えます。ぜつ☆ばつ!」
 鋭利な拳が、強靭な美脚が、旋風の如く骨巨人を打ち据える。人骨の破片が飛散する。
 エルシーは無論、巨人の中枢部たる前侯爵の白骨死体に狙いを定めているようだが、骨巨人の体表面で無数の人骨が蠢いて移動し、常に中枢部を防護している。
 暴君が、民衆を盾にしているのだ。
「……構いません。これも供養、聖なる闘技で片っ端から粉砕してあげる。骨の砕ける音が鎮魂歌よ!」
 鎮魂の骨折音を鳴らしながらも、巨大な還リビトは意外に敏捷な動きを止めない。人骨の塊である拳が、隕石の如くエルシーを襲う。
 ナバルは踏み込み、その一撃を盾で受けた。
 盾もろとも、ナバルは錐揉み回転をしながら吹っ飛んだ。
 凄まじい物理的衝撃と共に、おぞましい何かが自分の中に流れ込んで来るのを、ナバルは感じた。
(やめろ……おい、やめろよ……)
 宙を舞いながら、ナバルは見た。
 それは、この地でかつて行われていた事であって今、目の前で起こっている事態ではない。だから止める事も出来ない。
(何で……どうして、こんなに酷い事が出来るんだよ……)
「……さん! ナバルさん!」
 エルシーの声が聞こえる。
 ナバルは石畳に墜落し、倒れていた。
「……大丈夫。打ち合わせ通り、いきましょう」
 槍にすがりつくようにして、立ち上がる。
「エルシーさんが攻撃で、オレが防御……」
「大丈夫なんでしょうね!? 本当に」
「……何か、どえらいものを見せられたんじゃないか?」
 大型狙撃銃の引き金を引きながら、ウェルスが言った。ザルクと共に、後衛からの援護射撃を行っているところである。
「……わかりますか」
「このベレオヌス侯って殿様の事、ちょいと調べてみたんだがな」
 ウェルスの銃撃が、前領主を守る民衆の白骨死体をことごとく粉砕してゆく。
「……まあ、これと同じ規模の還リビトがあと2、30体は出て来てもおかしくない事をやらかしている」
「人を……大勢、殺した……」
 ナバルは呟いた。言葉にすると、本当にそれだけの事になってしまう。
「それを見せられたんだろう。平気か?」
「平気……でも、ないです。少し前のオレなら、立ち直れなかったかも」
 ナバルは、盾と槍を構えた。
 ザルクとウェルスによる射撃援護を得たアデルが、骨の巨人にジョルトランサーを撃ち込んだところである。空になった炸薬カートリッジが宙を舞い、人骨の破片が大量に飛散する。
「今のお前さんなら大丈夫、だな。ナバル」
 ウェルスが、牙を見せて微笑んだ。
「クリアカースの必要は無し。じゃ、しばらく攻撃に専念させてもらうぜ」


 マグノリアは、舞った。
 躍動する細身を中心として、魔力が激しく渦を巻く。
 魔道の大渦が、骨の巨人を薙ぎ払っていた。
「ガロム兵長が、戻って来るか……無論それも興味深い。だけど、今の僕は」
 人骨の鎧を削られながらも暴れ狂う巨人を、マグノリアは観察し続けた。
「……君に対して興味が尽きないのさ、ベレオヌス・ヴィスケーノ。生前の意思を持たない還リビトでも、こうして見ていればわかる。君は、ずっと揺れ動いていた。怯えていた。明日にでも、誰かが自分の権力を奪いに来る……その怯えを隠すために殊更、残虐に振る舞ってしまう。わからない……そんな弱い心の持ち主が、ガロム・ザグのような手練れのオラクルを長らく隷属させていた。何故、どうやって……わからない、興味深い」
「暴君とか言われてる連中には、そういう奴が多くてな」
 ザルクの手の中で、回転式拳銃が火を噴いた。
「脅したり優しくしたり、綺麗事を言ったり、さりげなく恩を着せたりでな、特にガロムみたいな真面目な奴を逆らえなくしちまう。ま、ある種のカリスマ性、人心掌握」
 炎の力を宿した銃撃が、骨巨人の体表面を焼き砕いてゆく。民衆の遺骨が十数人分、火葬されて灰に変わった。
「……そういう、イブリースとは別の意味で化け物じみた連中がな、この国にもまだ大勢いる。ここしばらく忙しすぎて、忘れちまっていたがな」
「忙しい戦いの日々で、君は揺るがない心を培ってきたのかな。ザルク」
 骨の巨人が、炎に焼かれ灰をまき散らしながら、アデルに拳を叩き付けている。
 その様を見据え、次なる攻撃の準備に入りつつ、マグノリアは言った。
「以前は、あれほど火を恐れていた君が」
「恐れていた、わけじゃあないが……ま、一区切りついたって事だ」
 轟音が、石の大広間を揺るがした。
 アデルが、巨人の拳に粉砕されて爆発した。そう見えた。
 粉砕されたかの如く装甲が開き、爆炎が迸っていた。内蔵火器の一斉射。
 爆炎に灼かれた骨巨人が、激しく後方に揺らぎながら大量の遺灰を放射する。
「……マグノリア・ホワイト。貴様、喋り過ぎだ」
 言いながら、アデルが倒れる。
「黙って戦いに専念しろ……と言いたいが、興が乗ると黙ってはいられない奴だったな。お前は……」
「性分でね、大目に見てくれたまえ。それよりもっ」
 マグノリアは、繊細な片手で拳銃を形作った。
 猛毒の炸薬が、生成と同時に骨巨人の中枢付近で爆発した。ベレオヌス侯の遺骨をとっさに庇った民衆が、砕けて散った。
「……傷は重そうだね。アデル・ハビッツ」
「大した事はない……」
「そんなわけないでしょうアデルさん! 無茶し過ぎです!」
 エルシーが叫ぶ。彼女自身も、かなり消耗しているのが見て取れる。
 その傍らで、ナバルが倒れていた。
「それに、ナバルさんも!」
「……ちょっと、狙いたい技が……」
 辛うじて聞き取れる声を、ナバルは発した。
 口がきけるうちに無理をやめさせるべきだ、とマグノリアは思った。
「……僕が、前衛に出ようか?」
「冗談も休み休みにな、御老体」
 規則正しく狙撃銃を連射し、骨の巨人を削りながら、ウェルスが前進して来る。
 マグノリアは言葉を返した。
「何と失敬な。二百年生きているけど、健康そのものだよ僕は。今ひとつ体力は付かないけれど」
「少し身体を鍛える事だな……シスター・エルシー、その2人を引きずって後退してくれ。あと戦いが終わったら、ここにいる二百歳児を鍛えてやってくれ。とりあえず前衛に出るとしたら俺だろう」
「いいですね。マグノリアさんは、もう少し身体を動かした方がいいかも知れません」
 エルシーが、にこりと剣呑な笑みを浮かべた。
「それより、ウェルスさんが動く必要はなさそうです……ほら、来てくれました」
 流星にも似た斬撃が、骨の巨人に叩き込まれていた。
 無数の遺骨で組成された巨体が、細かな破片を散らせて揺らぐ。
 その眼前に、ガロム・ザグは着地していた。
「……来たか」
 アデルが、ナバルに肩を貸しながら立ち上がる。
 エルシーが、ガロムの背中をぽんと叩いた。
「過去との決別の時、ですね。貴方の手で、やって見せて」
 変わり果てた前領主と対峙したまま、ガロムは言う。
「過去を……切り捨てる事は、出来ない」
「……そうだな」
 ザルクが言った。
「過去は、抱えたまま未来へ進むしかないと思うぜ。その……第一歩だ」
「やろう、ガロムさん」
 ナバルが、槍を構えた。
「貴方が本当に求めるもの……断罪か、贖罪か、それはわからない。何であろうと、それはこの戦いで手に入れるしかないと思う。余計なお世話だろうけど手伝わせてもらうよ」


 骨巨人の重い拳を喰らいながら、ナバルが槍を振るった。渾身の一撃が、ベレオヌス侯の白骨死体を直撃する。
 危険に身を晒しながら、最後には勝利を収穫する。まさしくナバルの戦い方だ、とウェルスは思う。
 ナバルは膝をつき、そして骨の巨人は崩れ落ちた。
「見事……」
 倒れていたガロムが、ザルクに支えられながら呻く。
 ナバルが、そちらを向いた。
「ごめん。とどめはガロムさんの手で……と、思ってたんだけど」
「実戦だ。そう思い通りにはいかん」
 言いつつガロムは、かつての主君が跡形もなく崩壊してゆく様を、じっと見つめている。
「……殉死を考えているのか」
 アデルが言った。
「ガロム・ザグ。お前は自らの意志で盲従の道を捨て、主君の無法に対し刃を振るった。真の忠義である、と俺は思う……生きろ。お前に、恥じるべきところはない」
「ここで死ねる……私はどうやら、そう期待していたようだ」
「世の中、期待通りにいかないって事さ」
 ザルクが笑う。
 マグノリアが、すっと動いた。
「ともあれ終わったようだね。では僕は一足先に」
 彼の首根っこを、エルシーが掴んだ。
「この沢山の遺骨……このままにはしておけません。弔いの手続きをしなければ」
「し、シスター。それに関して、僕が手伝える事など何も」
「ああ、マグノリアさんは帰ったらとりあえず走り込みです。頑張りましょうね」
「ふふふ。誰か、僕を助けてみないか」
 マグノリアの言葉を無視して、ザルクが言った。
「さて……前の領主は結局、病死。その後イブリース化して厄介事を引き起こしてくれたが、自由騎士とガロム兵長の手で無事、解決と。そういう事だな」
「アクアディーネ様の力が及ばない所で……こういう事、まだ起こってるかも知れないんだね。だからこそ、オレたちが」
 ナバルが、拳を握っている。
 ウェルスは会話の輪を離れ、広い背中を石壁に預けた。
「……ベレオヌス侯爵の怪死を、今になって蒸し返す人たちが」
 石柱の陰から、話しかけてくる者がいる。
「王都に、いるのやらいないのやら」
「エドワード王による暗殺、なんて話にしたい連中が」
「いるのやら、いないのやら」
「とにかく。侯爵の死因調査のために、王都から人が派遣されたらしいな?」
「その調査官が、私でして」
 石柱の陰で、その男はにこやかに笑っている。
「いやはや、私ごとき無能な学徒にそのような大役……通商連方面のどなたがね、王都の人事関係の方々に結構な額のお賄賂を」
「肝心の調査を済ませろ。ベレオヌス・ヴィスケーノ侯爵の死因、調査官殿はどう思う」
「困りました、何しろ遺体が残っておりません」
「ま、見たままを報告すりゃあいい」
 柱の陰を見ずに、ウェルスは言った。
「ベレオヌス侯は病死……遺骨すら崩れて消えるほど、ひどい病気でな」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済