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サーカスの来た日。或いは、ジェスター&コッペリア

●サーカスの来た日
街の外れにある開けた土地には、サーカスのテントが張られていた。
空は快晴。舞い散る紙吹雪。時折響く空砲の音。
チラシを手に、続々とテントに吸い込まれていく観客たち。
テントの広さも考えれば、キャパシティはおよそ200~300といったところだろうか。
開演まで残すところ30分。
この分なら、初回公演は満員御礼となりそうだ。
笑顔でテントへ向かう観客たちを、テントの頂点から見下ろしながら長身痩躯の仮面の男はくぐもった笑みを零した。
燕尾服にシルクハット、顔を覆う真白いマスク。
手には指揮者が持つようなタクトを握っていた。
彼の名は“ジェスター”
このサーカスの団長にして、たった2人しかいない演者の片割れでもあった。
やがて、観客たちが全員テントに入っていったのを見届け、彼はテントの入り口を閉じる。
そして……。
「さぁて、はじめよう。開幕だ。喜劇か悲劇か、観客たちは我らがサーカスのもう虜。時間を忘れて楽しむといい。心配は無用だ」
と、そこで彼は言葉を切った。
それから、くるりと踵を返し……。
「もう君たちは、帰れない」
そう言い残し、テントの中へと戻っていった。
●道化師の目的
「ってことで、今回の任務は観客たちの救助と、首謀者である“ジェスター”及びその仲間の捕縛だな」
不明な点が多いんだが……と『君のハートを撃ち抜くぜ』ヨアヒム・マイヤー(nCL3000006)は困ったように頭を掻いた。
集まった自由騎士の一人が「不明?」と、問いを口に出す。
ヨアヒムは小さくため息を零すと、事件の概要を語り始めた。
「サーカスの開演は夕方。それから数時間、日付が変わる頃になっても誰もテントから出てこないらしい」
おそらく中で何かあったんだろうな、とヨアヒムは言う。
街にいた騎士が正面からテントへ侵入しようとしたらしいが、入り口から伸びた女性の腕に掴まれ引きずり込まれたっきり、彼もまたテントの外に出てきていない。
だからこそ、自由騎士にお鉢が回って来たようだ。
「迂闊に大人数で攻め込んで、観客に被害が出るのは避けたい。まぁ、まだ生きていれば……だけどな」
つまり、観客の安否を確かめるところから任務はスタートすることになる。
なるほど確かに、少数精鋭での活動を得意とする自由騎士向けの任務と言えるだろう。
「首謀者はこのジェスターという男だな。手品師ってことになるか?」
手品なのか、それともそういう能力なのか……短時間だけ姿を消したり、物質を透過して移動することが可能らしい。
加えて、ジェスターの攻撃には【バーン】や【魅了】の状態異常が付与されている。
「そしてもう1人……これを見てくれ」
そう言ってヨアヒムが差し出したのは1枚のチラシ。
サーカスの宣伝チラシだった。
そこには、ステージの中央でポーズを決めるジェスターと、もう1人……糸の切れた人形のように力なく椅子に腰かけた女性の姿があった。
青白い顔に、目の下から頬、顎にまで走った直線のペイント。
身に着けた衣服は、少々カラフルであるがバレリーナのそれに似ている。
「チラシによれば、彼女の名前は人形遣い“コッペリア”だそうだ。件の騎士をテントに引きずり込んだのはこいつっぽいな」
鍛えた騎士が無抵抗のまま捕らわれたところを見るに、彼女の攻撃には【パラライズ】や【スロウ】が付与されていることが予想される。
……と、ヨアヒムは言う。
「観客たちがどんな状態かはわからないが、テントの中には【移動不能】の罠でも仕掛けられてるかもな」
注意して任務にあたってくれよ、と。
そう言ってヨアヒムは、仲間たちを送り出す。
街の外れにある開けた土地には、サーカスのテントが張られていた。
空は快晴。舞い散る紙吹雪。時折響く空砲の音。
チラシを手に、続々とテントに吸い込まれていく観客たち。
テントの広さも考えれば、キャパシティはおよそ200~300といったところだろうか。
開演まで残すところ30分。
この分なら、初回公演は満員御礼となりそうだ。
笑顔でテントへ向かう観客たちを、テントの頂点から見下ろしながら長身痩躯の仮面の男はくぐもった笑みを零した。
燕尾服にシルクハット、顔を覆う真白いマスク。
手には指揮者が持つようなタクトを握っていた。
彼の名は“ジェスター”
このサーカスの団長にして、たった2人しかいない演者の片割れでもあった。
やがて、観客たちが全員テントに入っていったのを見届け、彼はテントの入り口を閉じる。
そして……。
「さぁて、はじめよう。開幕だ。喜劇か悲劇か、観客たちは我らがサーカスのもう虜。時間を忘れて楽しむといい。心配は無用だ」
と、そこで彼は言葉を切った。
それから、くるりと踵を返し……。
「もう君たちは、帰れない」
そう言い残し、テントの中へと戻っていった。
●道化師の目的
「ってことで、今回の任務は観客たちの救助と、首謀者である“ジェスター”及びその仲間の捕縛だな」
不明な点が多いんだが……と『君のハートを撃ち抜くぜ』ヨアヒム・マイヤー(nCL3000006)は困ったように頭を掻いた。
集まった自由騎士の一人が「不明?」と、問いを口に出す。
ヨアヒムは小さくため息を零すと、事件の概要を語り始めた。
「サーカスの開演は夕方。それから数時間、日付が変わる頃になっても誰もテントから出てこないらしい」
おそらく中で何かあったんだろうな、とヨアヒムは言う。
街にいた騎士が正面からテントへ侵入しようとしたらしいが、入り口から伸びた女性の腕に掴まれ引きずり込まれたっきり、彼もまたテントの外に出てきていない。
だからこそ、自由騎士にお鉢が回って来たようだ。
「迂闊に大人数で攻め込んで、観客に被害が出るのは避けたい。まぁ、まだ生きていれば……だけどな」
つまり、観客の安否を確かめるところから任務はスタートすることになる。
なるほど確かに、少数精鋭での活動を得意とする自由騎士向けの任務と言えるだろう。
「首謀者はこのジェスターという男だな。手品師ってことになるか?」
手品なのか、それともそういう能力なのか……短時間だけ姿を消したり、物質を透過して移動することが可能らしい。
加えて、ジェスターの攻撃には【バーン】や【魅了】の状態異常が付与されている。
「そしてもう1人……これを見てくれ」
そう言ってヨアヒムが差し出したのは1枚のチラシ。
サーカスの宣伝チラシだった。
そこには、ステージの中央でポーズを決めるジェスターと、もう1人……糸の切れた人形のように力なく椅子に腰かけた女性の姿があった。
青白い顔に、目の下から頬、顎にまで走った直線のペイント。
身に着けた衣服は、少々カラフルであるがバレリーナのそれに似ている。
「チラシによれば、彼女の名前は人形遣い“コッペリア”だそうだ。件の騎士をテントに引きずり込んだのはこいつっぽいな」
鍛えた騎士が無抵抗のまま捕らわれたところを見るに、彼女の攻撃には【パラライズ】や【スロウ】が付与されていることが予想される。
……と、ヨアヒムは言う。
「観客たちがどんな状態かはわからないが、テントの中には【移動不能】の罠でも仕掛けられてるかもな」
注意して任務にあたってくれよ、と。
そう言ってヨアヒムは、仲間たちを送り出す。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.ジェスター&コッペリアの捕縛
2.観客たちの救出
2.観客たちの救出
●ターゲット
ジェスター(ノウブル)×1
燕尾服にシルクハット、顔を覆う真白いマスクという姿の長身痩躯の奇術師。
名もないサーカス団の団長でもある。
彼の目的は不明だが、観客たちをテント内に閉じ込めていることは事実。
・コンフューズ[攻撃]A:魔遠範【バーン2】【魅了】
派手な色の火炎をまき散らすジャグリングボールによる攻撃。
コッペリア(ノウブル)×1
青と白の髪色をした女性。
無表情。服装は派手な彩色だが、バレリーナのステージ衣装に似ている。
ジェスターの部下であり、相棒ともいえる存在である。
名もないサーカス団の唯一の団員。
人形師という役職であることから、人形を操る術を持っていることが予想される。
また、通常攻撃に【スロウ1】が付与されている。
・操葬劇[攻撃]A:物遠貫【パラライズ2】
糸や、糸につながれた人形の腕による攻撃。
●場所
サーカステント内部。
明かりは灯っていることが確認されている。
入り口から入ってすぐから三日月型に半分ほどが観客席。
半分から先は円形のステージとなっている。
※ステージを観客席が包み込むような配置。
また、中に入った観客たちが出てこないことからステージ内部には【移動不能】の罠が仕掛けられているようだ。
ステージの入り口以外を斬り裂いて侵入することも可能だろう。
ジェスター(ノウブル)×1
燕尾服にシルクハット、顔を覆う真白いマスクという姿の長身痩躯の奇術師。
名もないサーカス団の団長でもある。
彼の目的は不明だが、観客たちをテント内に閉じ込めていることは事実。
・コンフューズ[攻撃]A:魔遠範【バーン2】【魅了】
派手な色の火炎をまき散らすジャグリングボールによる攻撃。
コッペリア(ノウブル)×1
青と白の髪色をした女性。
無表情。服装は派手な彩色だが、バレリーナのステージ衣装に似ている。
ジェスターの部下であり、相棒ともいえる存在である。
名もないサーカス団の唯一の団員。
人形師という役職であることから、人形を操る術を持っていることが予想される。
また、通常攻撃に【スロウ1】が付与されている。
・操葬劇[攻撃]A:物遠貫【パラライズ2】
糸や、糸につながれた人形の腕による攻撃。
●場所
サーカステント内部。
明かりは灯っていることが確認されている。
入り口から入ってすぐから三日月型に半分ほどが観客席。
半分から先は円形のステージとなっている。
※ステージを観客席が包み込むような配置。
また、中に入った観客たちが出てこないことからステージ内部には【移動不能】の罠が仕掛けられているようだ。
ステージの入り口以外を斬り裂いて侵入することも可能だろう。
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
6個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
4/8
4/8
公開日
2020年05月17日
2020年05月17日
†メイン参加者 4人†
●
街の外れにある開けた土地には、サーカスのテントが張られていた。
雲一つない夜空には、妙に赤い丸い月。
月の光を浴びる三角形のシルエット。
シンと静まり返ったサーカステントを、不気味そうに眺める住人達の姿。
夕方、開幕したサーカスだが、どういうわけか入った者たちは未だに1人も出てこないまま。
おまけに、様子を見にテントを開けた騎士が何者か内部へ引きずり込まれるという事件もあった。
そうして、街の住人や騎士たちではどうすることもできなくなり、呼び出されたのが自由騎士たち……と、いうわけだ。
サーカスの団長は【ジェスター】と名乗る奇術師だ。
さらにもう1人、【コッペリア】という人形遣いの女性もいる。
以上2名が、このサーカス団の構成員。
「このような事件解決も自由騎士であり、イ・ラプセルの貴族たる私の務め。速やかに対応しよう」
腰に備えた武器に手を触れ『黒薔薇』キース・オーティス(CL3000664)はきつい眼差しでサーカステントの入り口を睨む。
黒い髪と騎士服が、夜の風になびいていた。
「えぇ。これは立派な拉致監禁。どのような理由があろうと、決して許される行為ではありません。どうせくだらない理由なのでしょうけれどね」
同じく、テントを睨みつけるは『てへぺろ』レオンティーナ・ロマーノ(CL3000583)だ。その背に生えた白い翼が、感情の昂ぶりに合わせて、バサリと強く空気を打った。
早速とばかりに歩を進める2人を呼び止め『酔鬼』氷面鏡 天輝(CL3000665)は、腰のひょうたんに手を伸ばす。
「ちょっと待て。テントに入る前に景気づけに一口飲ませろ」
そういってひょうたんに口を付け、中身を喉へ流し込む。
数秒ほどそうしていただろうか。ゴクリ、と喉を鳴らして天輝は酒精の香る吐息を零した。
なるほど確かに一口は一口。いささか量は多いようだが。
「では行きましょう。私の推測では……観客達はおそらく観客席に座った状態で捕らわれていると思うのよね」
天輝が酒を飲み終えたのを確認し、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が前へ出た。
握りしめた拳が、僅かにだが震えているのが見て取れる。
無辜の民を監禁したサーカス団に対し、強い怒りを覚えているのだろう。
もしもテントの入り口が、降ろされた布ではなく固い扉だったなら、彼女は迷うことなくそれを殴り壊していたことが予想される。
そうならなかったのは、サーカス団にとって幸か不幸か。
「突入よ!」
入り口に垂らされた布を引き千切り、エルシーはそう叫びをあげた。
●
左右から伸びる無数の腕。
白く、艶のあるそれは人形の腕だ。
「来ると思ったわ」
朱色の籠手で無数の腕を払いのけ、エルシーは大きく前方へ跳んだ。
人形たちの注意がエルシーへと向いたその一瞬の隙を突き、残る3名も次々とテントの内部へ駆け込んでいく。
果たして……。
「なにを、しているの……?」
と、レオンティーナは呟くようにそう言った。
彼女の視線の先には、ライトアップされた広いステージ。
その中央に佇む、人形のように美しい女性と、その周囲を舞い踊る無数の等身大の人形たち。女性はピクリとも身じろぎをせず、また表情の一つも変えはしない。
彼女の名はコッペリア。
拍手も喝采も、吐息の一つも聞こえないまま、ステージの上で彼女は人形遣いとしての職務を全うし続けていた。
半円を描くように配置された観客席。
そのすべてに、人が座っていた。
身じろぎもせず、浅い呼吸を繰り返す虚ろな表情の観客たち。誰一人として瞬きもせず、そのせいか皆、眼球は乾燥し、充血していた。
「呼吸はしているし、意識もあるようだけれど……いえ、どうなのかしら?」
通路際に座っていた女性の顔を覗き込み、エルシーはそう呟いた。
その間も、ステージ脇からは次々に人形が現れ自由騎士たちに襲い掛かる。
ふらり、とよろけるように駆け出した天輝が、すれ違い様にそのうち1体に足払いをかけ転倒させた。
砕けた人形の部品が飛び散る。
「さぁて、次はどんな見世物で楽しませてくれるんじゃ?」
次のターゲットへと狙いを変える天輝だが……。
「まて、まだ終わっていない!」
飛び散ったパーツの一部が宙に浮き、背後から天輝へと襲い掛かった。
駆け寄ったキースが、空中にレイピアを走らせる。
プツン、と何かの切れる音がして人形のパーツは地面に落ちた。
「おぉ、すまんのぉ」
「いや、問題ない。だが……今のは糸で動かしていたのか? コッペリアの糸は見切れるだろうか?」
「どうじゃろう? レオンティーナ、上からはどうじゃ?」
観客たちを避けるように移動しながら、天輝とキースはステージへと向かう。
テントの天井付近にまで飛翔したレオンティーナが上空から観客席を見下ろすが……。
「駄目ですわ。糸が細すぎて視認できません」
レオンティーナからの報告を聞いて、キースは一つ頷いた。
ステージ上へと視線を向け、告げる。
「マドモアゼル、このような茶番は早々にやめてはいかがか?」
テント内にキースの声が響き渡った。
けれど、コッペリアはキースを一瞥さえもしない。
ステージ上では美麗な球体関節人形たちが愉快に踊り続けていた。
観客の1人を立ち上がらせようとしたエルシーだったが、上手くいかずに顔をしかめた。
観客の身体は、まるで席に固定されたようにピクリとも動かないのだ。
よくよく目を凝らしてみれば、その全身には細い糸が巻き付いていた。
「糸……それなら」
引き千切ってやる、と糸に手をかけたエルシー。
だが、何かの気配を察知し素早くその場から跳び退る。
直後、先ほどまでエルシーの居た位置で破裂音。
7色の火花が散った。
「観客を連れ出すのは止してもらおう。見たまえ、まだコッペリアの出番は終わっていない」
コツコツと、革靴の底を鳴らしながらステージの脇から1人の男が歩み出る。
シルクハットを被った男……サーカスの団長であるジェスターだ。
「貴方が首謀者かしら? 観客達をすぐに解放しなさい!」
床を蹴って、エルシーは跳んだ。
彼女の現在地では、観客を巻き込み兼ねないからだ。けれど、ステージ脇のジェスターはエルシーの様子を窺うばかりで一向に攻撃に移りはしない。
真白いマスクの下に隠されたジェスターの表情が、どのようなものかは分からないが。
どうやら彼は、観客に危害を加えるつもりはないようだ……と、エルシーはそう判断した。
「まずはジェスターを何とかしたいところだが……人形が鬱陶しいな。コッペリアは私が抑えておこう」
左右の手にレイピアとマンゴーシュを構え、キースはステージへ跳びあがる。
左右から襲い掛かる人形の腕が、キースの全身を打ちのめすが、即座にレオンティーナがそれを治療。
淡い燐光の軌跡を引きながら、キースはステージ中央へと迫る。
レイピアが一閃。
キースの元に集う、無数の腕を斬り落とす。
「余はジェスターじゃな。じゃぐりんぐぼうる? と言ったか。なるほど、見事なモノじゃ。だが、屋内でやるにはちと派手すぎるのう」
放たれた冷気の魔弾が、ジェスターの手元で炸裂。まき散らされた青い閃光が、ジェスターの手元にあったカラフルなボールを凍結させた。
その隙に、エルシーがジェスターとの距離を詰めた。
舞い踊るような独特なステップ。エルシーの回避能力と、精神系の状態異常に対する耐性を上昇させた。
「はぁっ!!」
雄叫びと共にエルシーの拳が放たれる。
「ちっ……」
舌打ちと共にジェスターが回避。
エルシーの拳は、ステージの端へと打ち込まれた。
1点に集約された衝撃が、ステージの端を木っ端微塵に吹き飛ばす。籠められた威力に比べて、破壊の範囲は広くはない。それだけ、力を集約した一撃だったということだ。
命中すれば、ジェスターに大きなダメージを与えられたことだろう。
だが……。
「消えおった……やりにくい相手じゃのう」
エルシーの傍へと駆け付けた天輝は、そう呟いて視線を左右へ巡らせる。
戦況がどう転じようと、レオンティーナのやるべきことは変わらない。
仲間の傷と状態異常を癒し、戦線を支えること。
そのため彼女は前に出ず、後衛からの支援役として仲間たちの様子をつぶさに観察し続ける。
けれど……。
「治療されては面倒なのですよ」
なんて、囁くような呟きが聞こえ。
「え、きゃっ!?」
直後、レオンティーナの視界は7色の閃光に埋め尽くされた。
炎に包まれ、落下したレオンティーナへ向けて天輝は【アステリズム】を行使。
ジェスターの投げたボールが、天輝へと襲い掛かる。
ふらり、と酔拳独特の動作でそれを回避するが完全には回避しきれない。
「じゃが、レオンティーナから意識を逸らせば……」
身体の各所に火傷を負いながらも、天輝は口角を笑みの形に吊り上げる。
「えぇ、回復はお任せくださいませ!」
と、そう告げて。
レオンティーナは、自分や仲間たちへ回復術を行使しながら再び空中へと舞い上がった。
周囲へ撒かれた無数のボールが、カラフルな火炎を周囲は散らす。
青、赤、黄色に緑、橙、紫、白とまき散らされた火炎を避けるようにして、ふらりよろりと天輝はジェスターへと迫る。
ぬるり、と伸ばされた天輝の腕がジェスターの腕を掴んだ。
天輝の腕には大きな火傷。火炎の壁を無理やり突き破って、ジェスターへ手を伸ばしたらしい。
腕を封じられては、奇術師も碌に技を披露できまい。
事実、ジェスターの動きは精細を欠き、焦っているのが良く分かる。
「観客の皆さまには、サーカスが終わるまでの飲酒はご遠慮願っておりますので!」
ジェスターの前蹴りが、天輝の腹部に突き刺さる。
天輝がよろけた隙に、ジェスターはその場で姿を消した。
「1人では無理か……隙を突かねばの。隙はエルシーがなんとかしてくれるじゃろ。なんとかしてくれ」
「えぇ、任せてください。一瞬でも注意を引ければ、天輝さんがなんとかしてくれるのでしょう?」
胸の前で拳を打ち付け、エルシーはその場で目を閉じた。
視覚を閉ざした代わりに、鋭敏になった彼女の聴覚がわずかな足音を捉える。
火炎の隙間を縫うようにして、何者かが移動している音である。
「そこぉっ!」
カッ、と目を見開いたエルシーが、足音の発生源目掛け拳を振り上げ跳びかかる。
「きっと皆さん、サーカスに心ときめかせて行ったにちがいありません。子供達も多くいる事でしょう。そのような気持ちにつけ込んで、悪事を働く輩は許すわけにはまいりません。必ず捕縛して、罪を償わさせます」
キースへ向けて、レオンティーナはそう語る。
それを受け、キースは深く頷いた。
無数の人形の腕に殴られ、彼の身体は青あざだらけだ。けれど、レオンティーナによる回復術が、キースの傷をすぐに癒す。
だが、それもいつまでも続かない。
ましてや、ジェスター&コッペリアを倒した後には、観客たちの治療も残っているのだ。
そのための余力も残しておかねばならないのだが……。
「今は出し惜しみをしておける場面ではありませんから」
さらに回復術を重ねてかける。
淡い燐光がキースの傷を癒し、その体力をほぼ全快にまで補充する。
それを受け、キースは片手のマンゴーシュを振り回した。
「どうしても観客を開放する気がないというなら、私の黒薔薇を貴様の血で赤く染める事となる」
放たれるは神速の3連撃。
コッペリアへの進路を塞ぐ邪魔な人形を粉微塵に粉砕し、キースは一気に加速する。
●
血を吐きながら、ジェスターはよろりと立ち上がる。
胸部を殴られ、あばらや内臓に損傷を負ったのだろう。
だが、彼の戦意は未だに衰えてはいない。
「観客は奪わせませんよ。彼女の……コッペリアの笑顔が戻るまで、彼らには付き合ってもらう!」
怒鳴るようにジェスターは告げる。
その言葉を聞き、天輝は首を傾げた。
「どういうことじゃ?」
と、そう問うた天輝へ、ジェスターは一瞬視線を向けた。
その隙に、エルシーは再度ジェスターへ接近。
放たれる殴打の嵐を躱しつつ、ジェスターはくっくと肩を震わせた。
戦争に巻き込まれ、でサーカスの仲間が死に絶え、彼女は笑顔を失った。
それでも彼女はステージに立ちたがる。ステージに立っている間は、心なしか彼女も嬉しそうだった。だからジェスターは、終わることのないサーカスの夜を実現する計画を立てたのだ。
ただ1人生き残った仲間のために、ジェスターはその他大勢の観客たちを犠牲にすることに決めた。
果たしてそこに、どれほどの葛藤があったのだろう。
ジェスターはそれを語らない。
コッペリアはそれを語れない。
だからこれは、誰も知ることのない真実。
「こちらの事情だ。気にするな!」
と、そう告げて。
ジェスターは、自分の周囲にボールを撒いた。
両腕を頭の前でクロスさせ、エルシーは火炎の壁へと飛び込んだ。
身体が燃える。皮膚が焼ける。
けれど、所詮は炎。物理的にエルシーの進行を阻むことはできない。
「なっ……」
驚愕の声を零すジェスターの頬にエルシーの拳が打ち込まれる。
マスクが砕け、ジェスターの身体は宙を舞う。
そこへ……。
「サーカスか。なかなかワクワクするひと時であったぞ」
天輝の放った青い魔弾が着弾し、ジェスターの身体を凍結させた。
ピタリ、と。
コッペリアの動きが止まる。
彼女の視線は、凍り漬けになったジェスターへと向けられていた。
「ジェ、ス……タ―……団長」
掠れた声で、コッペリアはジェスターの名を呟く。
その声は、誰の耳にも届かない。
ただ……。
「何が目的でこのような真似をした? 他に仲間はいるのか? まぁ、すべては捕縛後に聞かせてもらおう」
その大きな隙を、見逃すほどキースは甘い男ではない。
疾風の如きの3連撃が、コッペリアの身体を斬り裂いた。
薄れゆく意識の中、最後にコッペリアが目にした光景は……。
「あぁ、誰も……誰も、笑ってくれないのね」
虚ろな表情で、ステージを見る観客たちの姿であった。
自分は間違っていたのだと。
コッペリアの頬を涙が伝う。
ジェスター&コッペリアを捕縛し、クリスティーナはすぐさま観客席へと飛んでいく。
「観客の皆さんの健康状態を確認します。でも、数が多いです。私だけでは手が足りません」
皆さまもご協力を、と。
仲間たちへ手助けを求め、観客席を縦横無尽に飛び回る。
街の外れにある開けた土地には、サーカスのテントが張られていた。
雲一つない夜空には、妙に赤い丸い月。
月の光を浴びる三角形のシルエット。
シンと静まり返ったサーカステントを、不気味そうに眺める住人達の姿。
夕方、開幕したサーカスだが、どういうわけか入った者たちは未だに1人も出てこないまま。
おまけに、様子を見にテントを開けた騎士が何者か内部へ引きずり込まれるという事件もあった。
そうして、街の住人や騎士たちではどうすることもできなくなり、呼び出されたのが自由騎士たち……と、いうわけだ。
サーカスの団長は【ジェスター】と名乗る奇術師だ。
さらにもう1人、【コッペリア】という人形遣いの女性もいる。
以上2名が、このサーカス団の構成員。
「このような事件解決も自由騎士であり、イ・ラプセルの貴族たる私の務め。速やかに対応しよう」
腰に備えた武器に手を触れ『黒薔薇』キース・オーティス(CL3000664)はきつい眼差しでサーカステントの入り口を睨む。
黒い髪と騎士服が、夜の風になびいていた。
「えぇ。これは立派な拉致監禁。どのような理由があろうと、決して許される行為ではありません。どうせくだらない理由なのでしょうけれどね」
同じく、テントを睨みつけるは『てへぺろ』レオンティーナ・ロマーノ(CL3000583)だ。その背に生えた白い翼が、感情の昂ぶりに合わせて、バサリと強く空気を打った。
早速とばかりに歩を進める2人を呼び止め『酔鬼』氷面鏡 天輝(CL3000665)は、腰のひょうたんに手を伸ばす。
「ちょっと待て。テントに入る前に景気づけに一口飲ませろ」
そういってひょうたんに口を付け、中身を喉へ流し込む。
数秒ほどそうしていただろうか。ゴクリ、と喉を鳴らして天輝は酒精の香る吐息を零した。
なるほど確かに一口は一口。いささか量は多いようだが。
「では行きましょう。私の推測では……観客達はおそらく観客席に座った状態で捕らわれていると思うのよね」
天輝が酒を飲み終えたのを確認し、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が前へ出た。
握りしめた拳が、僅かにだが震えているのが見て取れる。
無辜の民を監禁したサーカス団に対し、強い怒りを覚えているのだろう。
もしもテントの入り口が、降ろされた布ではなく固い扉だったなら、彼女は迷うことなくそれを殴り壊していたことが予想される。
そうならなかったのは、サーカス団にとって幸か不幸か。
「突入よ!」
入り口に垂らされた布を引き千切り、エルシーはそう叫びをあげた。
●
左右から伸びる無数の腕。
白く、艶のあるそれは人形の腕だ。
「来ると思ったわ」
朱色の籠手で無数の腕を払いのけ、エルシーは大きく前方へ跳んだ。
人形たちの注意がエルシーへと向いたその一瞬の隙を突き、残る3名も次々とテントの内部へ駆け込んでいく。
果たして……。
「なにを、しているの……?」
と、レオンティーナは呟くようにそう言った。
彼女の視線の先には、ライトアップされた広いステージ。
その中央に佇む、人形のように美しい女性と、その周囲を舞い踊る無数の等身大の人形たち。女性はピクリとも身じろぎをせず、また表情の一つも変えはしない。
彼女の名はコッペリア。
拍手も喝采も、吐息の一つも聞こえないまま、ステージの上で彼女は人形遣いとしての職務を全うし続けていた。
半円を描くように配置された観客席。
そのすべてに、人が座っていた。
身じろぎもせず、浅い呼吸を繰り返す虚ろな表情の観客たち。誰一人として瞬きもせず、そのせいか皆、眼球は乾燥し、充血していた。
「呼吸はしているし、意識もあるようだけれど……いえ、どうなのかしら?」
通路際に座っていた女性の顔を覗き込み、エルシーはそう呟いた。
その間も、ステージ脇からは次々に人形が現れ自由騎士たちに襲い掛かる。
ふらり、とよろけるように駆け出した天輝が、すれ違い様にそのうち1体に足払いをかけ転倒させた。
砕けた人形の部品が飛び散る。
「さぁて、次はどんな見世物で楽しませてくれるんじゃ?」
次のターゲットへと狙いを変える天輝だが……。
「まて、まだ終わっていない!」
飛び散ったパーツの一部が宙に浮き、背後から天輝へと襲い掛かった。
駆け寄ったキースが、空中にレイピアを走らせる。
プツン、と何かの切れる音がして人形のパーツは地面に落ちた。
「おぉ、すまんのぉ」
「いや、問題ない。だが……今のは糸で動かしていたのか? コッペリアの糸は見切れるだろうか?」
「どうじゃろう? レオンティーナ、上からはどうじゃ?」
観客たちを避けるように移動しながら、天輝とキースはステージへと向かう。
テントの天井付近にまで飛翔したレオンティーナが上空から観客席を見下ろすが……。
「駄目ですわ。糸が細すぎて視認できません」
レオンティーナからの報告を聞いて、キースは一つ頷いた。
ステージ上へと視線を向け、告げる。
「マドモアゼル、このような茶番は早々にやめてはいかがか?」
テント内にキースの声が響き渡った。
けれど、コッペリアはキースを一瞥さえもしない。
ステージ上では美麗な球体関節人形たちが愉快に踊り続けていた。
観客の1人を立ち上がらせようとしたエルシーだったが、上手くいかずに顔をしかめた。
観客の身体は、まるで席に固定されたようにピクリとも動かないのだ。
よくよく目を凝らしてみれば、その全身には細い糸が巻き付いていた。
「糸……それなら」
引き千切ってやる、と糸に手をかけたエルシー。
だが、何かの気配を察知し素早くその場から跳び退る。
直後、先ほどまでエルシーの居た位置で破裂音。
7色の火花が散った。
「観客を連れ出すのは止してもらおう。見たまえ、まだコッペリアの出番は終わっていない」
コツコツと、革靴の底を鳴らしながらステージの脇から1人の男が歩み出る。
シルクハットを被った男……サーカスの団長であるジェスターだ。
「貴方が首謀者かしら? 観客達をすぐに解放しなさい!」
床を蹴って、エルシーは跳んだ。
彼女の現在地では、観客を巻き込み兼ねないからだ。けれど、ステージ脇のジェスターはエルシーの様子を窺うばかりで一向に攻撃に移りはしない。
真白いマスクの下に隠されたジェスターの表情が、どのようなものかは分からないが。
どうやら彼は、観客に危害を加えるつもりはないようだ……と、エルシーはそう判断した。
「まずはジェスターを何とかしたいところだが……人形が鬱陶しいな。コッペリアは私が抑えておこう」
左右の手にレイピアとマンゴーシュを構え、キースはステージへ跳びあがる。
左右から襲い掛かる人形の腕が、キースの全身を打ちのめすが、即座にレオンティーナがそれを治療。
淡い燐光の軌跡を引きながら、キースはステージ中央へと迫る。
レイピアが一閃。
キースの元に集う、無数の腕を斬り落とす。
「余はジェスターじゃな。じゃぐりんぐぼうる? と言ったか。なるほど、見事なモノじゃ。だが、屋内でやるにはちと派手すぎるのう」
放たれた冷気の魔弾が、ジェスターの手元で炸裂。まき散らされた青い閃光が、ジェスターの手元にあったカラフルなボールを凍結させた。
その隙に、エルシーがジェスターとの距離を詰めた。
舞い踊るような独特なステップ。エルシーの回避能力と、精神系の状態異常に対する耐性を上昇させた。
「はぁっ!!」
雄叫びと共にエルシーの拳が放たれる。
「ちっ……」
舌打ちと共にジェスターが回避。
エルシーの拳は、ステージの端へと打ち込まれた。
1点に集約された衝撃が、ステージの端を木っ端微塵に吹き飛ばす。籠められた威力に比べて、破壊の範囲は広くはない。それだけ、力を集約した一撃だったということだ。
命中すれば、ジェスターに大きなダメージを与えられたことだろう。
だが……。
「消えおった……やりにくい相手じゃのう」
エルシーの傍へと駆け付けた天輝は、そう呟いて視線を左右へ巡らせる。
戦況がどう転じようと、レオンティーナのやるべきことは変わらない。
仲間の傷と状態異常を癒し、戦線を支えること。
そのため彼女は前に出ず、後衛からの支援役として仲間たちの様子をつぶさに観察し続ける。
けれど……。
「治療されては面倒なのですよ」
なんて、囁くような呟きが聞こえ。
「え、きゃっ!?」
直後、レオンティーナの視界は7色の閃光に埋め尽くされた。
炎に包まれ、落下したレオンティーナへ向けて天輝は【アステリズム】を行使。
ジェスターの投げたボールが、天輝へと襲い掛かる。
ふらり、と酔拳独特の動作でそれを回避するが完全には回避しきれない。
「じゃが、レオンティーナから意識を逸らせば……」
身体の各所に火傷を負いながらも、天輝は口角を笑みの形に吊り上げる。
「えぇ、回復はお任せくださいませ!」
と、そう告げて。
レオンティーナは、自分や仲間たちへ回復術を行使しながら再び空中へと舞い上がった。
周囲へ撒かれた無数のボールが、カラフルな火炎を周囲は散らす。
青、赤、黄色に緑、橙、紫、白とまき散らされた火炎を避けるようにして、ふらりよろりと天輝はジェスターへと迫る。
ぬるり、と伸ばされた天輝の腕がジェスターの腕を掴んだ。
天輝の腕には大きな火傷。火炎の壁を無理やり突き破って、ジェスターへ手を伸ばしたらしい。
腕を封じられては、奇術師も碌に技を披露できまい。
事実、ジェスターの動きは精細を欠き、焦っているのが良く分かる。
「観客の皆さまには、サーカスが終わるまでの飲酒はご遠慮願っておりますので!」
ジェスターの前蹴りが、天輝の腹部に突き刺さる。
天輝がよろけた隙に、ジェスターはその場で姿を消した。
「1人では無理か……隙を突かねばの。隙はエルシーがなんとかしてくれるじゃろ。なんとかしてくれ」
「えぇ、任せてください。一瞬でも注意を引ければ、天輝さんがなんとかしてくれるのでしょう?」
胸の前で拳を打ち付け、エルシーはその場で目を閉じた。
視覚を閉ざした代わりに、鋭敏になった彼女の聴覚がわずかな足音を捉える。
火炎の隙間を縫うようにして、何者かが移動している音である。
「そこぉっ!」
カッ、と目を見開いたエルシーが、足音の発生源目掛け拳を振り上げ跳びかかる。
「きっと皆さん、サーカスに心ときめかせて行ったにちがいありません。子供達も多くいる事でしょう。そのような気持ちにつけ込んで、悪事を働く輩は許すわけにはまいりません。必ず捕縛して、罪を償わさせます」
キースへ向けて、レオンティーナはそう語る。
それを受け、キースは深く頷いた。
無数の人形の腕に殴られ、彼の身体は青あざだらけだ。けれど、レオンティーナによる回復術が、キースの傷をすぐに癒す。
だが、それもいつまでも続かない。
ましてや、ジェスター&コッペリアを倒した後には、観客たちの治療も残っているのだ。
そのための余力も残しておかねばならないのだが……。
「今は出し惜しみをしておける場面ではありませんから」
さらに回復術を重ねてかける。
淡い燐光がキースの傷を癒し、その体力をほぼ全快にまで補充する。
それを受け、キースは片手のマンゴーシュを振り回した。
「どうしても観客を開放する気がないというなら、私の黒薔薇を貴様の血で赤く染める事となる」
放たれるは神速の3連撃。
コッペリアへの進路を塞ぐ邪魔な人形を粉微塵に粉砕し、キースは一気に加速する。
●
血を吐きながら、ジェスターはよろりと立ち上がる。
胸部を殴られ、あばらや内臓に損傷を負ったのだろう。
だが、彼の戦意は未だに衰えてはいない。
「観客は奪わせませんよ。彼女の……コッペリアの笑顔が戻るまで、彼らには付き合ってもらう!」
怒鳴るようにジェスターは告げる。
その言葉を聞き、天輝は首を傾げた。
「どういうことじゃ?」
と、そう問うた天輝へ、ジェスターは一瞬視線を向けた。
その隙に、エルシーは再度ジェスターへ接近。
放たれる殴打の嵐を躱しつつ、ジェスターはくっくと肩を震わせた。
戦争に巻き込まれ、でサーカスの仲間が死に絶え、彼女は笑顔を失った。
それでも彼女はステージに立ちたがる。ステージに立っている間は、心なしか彼女も嬉しそうだった。だからジェスターは、終わることのないサーカスの夜を実現する計画を立てたのだ。
ただ1人生き残った仲間のために、ジェスターはその他大勢の観客たちを犠牲にすることに決めた。
果たしてそこに、どれほどの葛藤があったのだろう。
ジェスターはそれを語らない。
コッペリアはそれを語れない。
だからこれは、誰も知ることのない真実。
「こちらの事情だ。気にするな!」
と、そう告げて。
ジェスターは、自分の周囲にボールを撒いた。
両腕を頭の前でクロスさせ、エルシーは火炎の壁へと飛び込んだ。
身体が燃える。皮膚が焼ける。
けれど、所詮は炎。物理的にエルシーの進行を阻むことはできない。
「なっ……」
驚愕の声を零すジェスターの頬にエルシーの拳が打ち込まれる。
マスクが砕け、ジェスターの身体は宙を舞う。
そこへ……。
「サーカスか。なかなかワクワクするひと時であったぞ」
天輝の放った青い魔弾が着弾し、ジェスターの身体を凍結させた。
ピタリ、と。
コッペリアの動きが止まる。
彼女の視線は、凍り漬けになったジェスターへと向けられていた。
「ジェ、ス……タ―……団長」
掠れた声で、コッペリアはジェスターの名を呟く。
その声は、誰の耳にも届かない。
ただ……。
「何が目的でこのような真似をした? 他に仲間はいるのか? まぁ、すべては捕縛後に聞かせてもらおう」
その大きな隙を、見逃すほどキースは甘い男ではない。
疾風の如きの3連撃が、コッペリアの身体を斬り裂いた。
薄れゆく意識の中、最後にコッペリアが目にした光景は……。
「あぁ、誰も……誰も、笑ってくれないのね」
虚ろな表情で、ステージを見る観客たちの姿であった。
自分は間違っていたのだと。
コッペリアの頬を涙が伝う。
ジェスター&コッペリアを捕縛し、クリスティーナはすぐさま観客席へと飛んでいく。
「観客の皆さんの健康状態を確認します。でも、数が多いです。私だけでは手が足りません」
皆さまもご協力を、と。
仲間たちへ手助けを求め、観客席を縦横無尽に飛び回る。