MagiaSteam




神の遺産

●
あのヘルメスという神は、最後の最後でヘルメリア国民に対し、言い訳の出来ぬ裏切りをしでかした。
だからヘルメリアの民は、侵略者イ・ラプセルの祭神アクアディーネを、それほど抵抗なく受け入れたようである。
そこが、シャンバラとは違う。
かの国には未だにミトラースを信仰する者たちがいて、イ・ラプセルの占領政策が今ひとつ進展しない要因となっている。
そこを狙って、ヴィスマルク帝国が工作を仕掛けている気配もあるようだ。
ヘルメリアは、シャンバラとは違う。ヴィスマルクとは隣接しているとは言え陸続きではないし、民はアクアディーネ信仰を受け入れている。
ここ旧ヘルメリアに、ヴィスマルクによる工作・暗躍を許す要因はない。
「……なんて、俺が思ってるだけかも知れないけどな」
海を見据えながら、メレス・ライアットは苦笑した。
ヘルメリア北東部の海峡である。対岸はヴィスマルクで、かの帝国が何かしら仕掛けて来るとしたら、艦隊による直接的な軍事侵攻しか今のところは考えられない。
こちら側から艦隊で迎え撃つ準備は当然、整っている。この海岸線一帯は軍事基地として開発され要塞化しているが、その役割は今やヴィスマルク海軍の迎撃、だけではなかった。
ヘルメリア内陸部にも、敵が存在している。
それは機神ヘルメスの、負の遺産とも言うべき存在であった。
「……あのヘルメスってのは本当に、ろくな事しやがらねえ」
メレスは呻いた。
元々ヘルメリアの歯車騎士団に所属していたメレスであるが、今はイ・ラプセル軍の一部隊長である。
生き残った歯車騎士団とイ・ラプセル軍との、橋渡しのような事もしてみた。どれほど役に立ったのか自分ではわからないが、それなりには評価されたからこその部隊長就任、なのであろうか。
配下の兵は、ほとんど新兵である。気心の知れた元歯車騎士団員たちは皆、別の部隊に配属されてしまった。
この新兵たちを見ていると、メレスは思わざるを得ない。
「イ・ラプセルのお偉方は……ヘルメリアを、どうやら流刑地と認識してらっしゃる」
メレスは頭を掻いた。
「ま、いいか。とりあえず自己紹介を頼むぜ、お嬢さん方」
「は、はい……あのう、初めまして。部隊長様」
今回、新兵として押し付けられて来たのは、2人組の少女だった。
片方が、ぺこりと頭を下げる。ミズヒトの幼い少女である。
「マチュア・レムザと申します。こちらは、わたしの仲間のメイフェム・グリム……ほらメイフェム様、ご挨拶をしませんと」
「……誰を、殺せばいいの?」
オニヒトの、大柄な少女であった。今ひとつ正気を感じさせない目を、メレスに向けている。
「……貴方を?」
「違う! ヴィスマルク軍の連中だ。まあ攻めて来たらの話だが」
メレスは言った。早くも、疲れた。
ミズヒトの治療士と、オニヒトの重戦士。
自己紹介はさせたが、このオラクルの少女2名に関する資料にはメレスも目は通してある。
2人とも、かつては自由騎士団に所属していた。
何らかの事情で自由騎士団を除名・追放されたオラクルが度々、この対ヴィスマルク最前線に新兵として送り付けられて来る。
そして大抵、メレスの部隊に押し付けられる事となる。
「話は聞いている……メイフェム・グリム。お前、今は刑に服している最中なんだってな?」
「戦って、働いて、償いをする。そのような判決を、いただきました」
答えたのはマチュアの方である。
メイフェムは、部隊長と会話をする気もないまま、海に歩み入ろうとしている。
「ヴィスマルク軍を……皆殺しに、して来ればいいのね? わかったわ……」
「攻めて来たらって言ったろ!」
メレスは、メイフェムの腕を掴んだ。がっしりと筋肉の締まった細腕。
「まあいずれこっちから攻めて行く事になるかも知れんが今じゃあない! 何にしても出撃命令が出てからだ!」
メイフェムは無言で、その腕を振るった。
物のようにメレスは放り投げられ、錐揉み状に落下した。
「メイフェム様! ダメです」
マチュアが言うと、メイフェムは入水寸前で立ち止まった。
「……ごめんなさい、部隊長様」
「な、なるほど。あんた方の関係性が何となくわかったぜ」
マチュアに助け起こされながら、メレスは言った。
「要はマチュアさん、危険物の扱いは君に一任しておけばいいと。よろしく頼むぜ」
「はい、お任せ下さい」
マチュアが言う。メイフェムは、ぼんやりとヴィスマルク方面を見つめている。
その時、警報が鳴り響いた。
「……出やがったな」
「え……部隊長様、敵襲なんですか?」
マチュアが海峡に向かって、片手を庇にする。
「ヴィスマルクの方々が……?」
「そっちじゃない、内陸の方さ。ま、ついて来な」
●
ヘルメリア特有の、乾いた寒風が吹きすさぶ原野。
荒れ果てた地面を粉砕しながら、異形の軍勢が地中から姿を現わしつつあった。
いや、軍勢とは言えないであろう。統率のない、単なる群れだ。だが戦術兵法の類で撃滅できる相手ではない。
機械をまとう、骨格。
そんな姿の怪物たちが、軍勢規模で押し寄せて来る。
要塞港を背に、その怪物たちを迎え撃つ形で、イ・ラプセル軍は原野に布陣していた。
今、海の方からヴィルマルク軍が攻めて来たら挟撃である。ひとたまりもない。
「町や村を襲われるより、まし……そう思うしかないな」
メレスは、機械の右手から細身の刃を伸長させた。
「そんな事が起こらないように、ここで滅ぼす。喜べ新兵、皆殺しだぞ」
「いいわね……」
メイフェムが、巨大な槌矛を振りかざす。お気をつけて、とマチュアが叫ぶ。
襲い来るものたちを、メレスは睨み据えた。
死せる者たち、である。人の屍であれば、還リビトと呼ばれているところだ。
だが、これらは違う。皆、怪物の屍であった。
巨大な骸骨が、蒸気機器類の残骸をまとっている。
残骸であるはずの機械が、蒸気ではなく瘴気を噴出させている。
巨大なチェーンソーが、ドリルが、轟音を立てて回転する。火炎放射器が、瘴気を燃料とする炎を小刻みに噴射する。
機神ヘルメスの、悪しき遺産。
融合種の死骸が、イブリース化を遂げながら群れを成しているのだ。
攻撃命令を待ちながら、メレスは呟いた。
「ヴィスマルクの仕業……なんて事は、ないよな……?」
あのヘルメスという神は、最後の最後でヘルメリア国民に対し、言い訳の出来ぬ裏切りをしでかした。
だからヘルメリアの民は、侵略者イ・ラプセルの祭神アクアディーネを、それほど抵抗なく受け入れたようである。
そこが、シャンバラとは違う。
かの国には未だにミトラースを信仰する者たちがいて、イ・ラプセルの占領政策が今ひとつ進展しない要因となっている。
そこを狙って、ヴィスマルク帝国が工作を仕掛けている気配もあるようだ。
ヘルメリアは、シャンバラとは違う。ヴィスマルクとは隣接しているとは言え陸続きではないし、民はアクアディーネ信仰を受け入れている。
ここ旧ヘルメリアに、ヴィスマルクによる工作・暗躍を許す要因はない。
「……なんて、俺が思ってるだけかも知れないけどな」
海を見据えながら、メレス・ライアットは苦笑した。
ヘルメリア北東部の海峡である。対岸はヴィスマルクで、かの帝国が何かしら仕掛けて来るとしたら、艦隊による直接的な軍事侵攻しか今のところは考えられない。
こちら側から艦隊で迎え撃つ準備は当然、整っている。この海岸線一帯は軍事基地として開発され要塞化しているが、その役割は今やヴィスマルク海軍の迎撃、だけではなかった。
ヘルメリア内陸部にも、敵が存在している。
それは機神ヘルメスの、負の遺産とも言うべき存在であった。
「……あのヘルメスってのは本当に、ろくな事しやがらねえ」
メレスは呻いた。
元々ヘルメリアの歯車騎士団に所属していたメレスであるが、今はイ・ラプセル軍の一部隊長である。
生き残った歯車騎士団とイ・ラプセル軍との、橋渡しのような事もしてみた。どれほど役に立ったのか自分ではわからないが、それなりには評価されたからこその部隊長就任、なのであろうか。
配下の兵は、ほとんど新兵である。気心の知れた元歯車騎士団員たちは皆、別の部隊に配属されてしまった。
この新兵たちを見ていると、メレスは思わざるを得ない。
「イ・ラプセルのお偉方は……ヘルメリアを、どうやら流刑地と認識してらっしゃる」
メレスは頭を掻いた。
「ま、いいか。とりあえず自己紹介を頼むぜ、お嬢さん方」
「は、はい……あのう、初めまして。部隊長様」
今回、新兵として押し付けられて来たのは、2人組の少女だった。
片方が、ぺこりと頭を下げる。ミズヒトの幼い少女である。
「マチュア・レムザと申します。こちらは、わたしの仲間のメイフェム・グリム……ほらメイフェム様、ご挨拶をしませんと」
「……誰を、殺せばいいの?」
オニヒトの、大柄な少女であった。今ひとつ正気を感じさせない目を、メレスに向けている。
「……貴方を?」
「違う! ヴィスマルク軍の連中だ。まあ攻めて来たらの話だが」
メレスは言った。早くも、疲れた。
ミズヒトの治療士と、オニヒトの重戦士。
自己紹介はさせたが、このオラクルの少女2名に関する資料にはメレスも目は通してある。
2人とも、かつては自由騎士団に所属していた。
何らかの事情で自由騎士団を除名・追放されたオラクルが度々、この対ヴィスマルク最前線に新兵として送り付けられて来る。
そして大抵、メレスの部隊に押し付けられる事となる。
「話は聞いている……メイフェム・グリム。お前、今は刑に服している最中なんだってな?」
「戦って、働いて、償いをする。そのような判決を、いただきました」
答えたのはマチュアの方である。
メイフェムは、部隊長と会話をする気もないまま、海に歩み入ろうとしている。
「ヴィスマルク軍を……皆殺しに、して来ればいいのね? わかったわ……」
「攻めて来たらって言ったろ!」
メレスは、メイフェムの腕を掴んだ。がっしりと筋肉の締まった細腕。
「まあいずれこっちから攻めて行く事になるかも知れんが今じゃあない! 何にしても出撃命令が出てからだ!」
メイフェムは無言で、その腕を振るった。
物のようにメレスは放り投げられ、錐揉み状に落下した。
「メイフェム様! ダメです」
マチュアが言うと、メイフェムは入水寸前で立ち止まった。
「……ごめんなさい、部隊長様」
「な、なるほど。あんた方の関係性が何となくわかったぜ」
マチュアに助け起こされながら、メレスは言った。
「要はマチュアさん、危険物の扱いは君に一任しておけばいいと。よろしく頼むぜ」
「はい、お任せ下さい」
マチュアが言う。メイフェムは、ぼんやりとヴィスマルク方面を見つめている。
その時、警報が鳴り響いた。
「……出やがったな」
「え……部隊長様、敵襲なんですか?」
マチュアが海峡に向かって、片手を庇にする。
「ヴィスマルクの方々が……?」
「そっちじゃない、内陸の方さ。ま、ついて来な」
●
ヘルメリア特有の、乾いた寒風が吹きすさぶ原野。
荒れ果てた地面を粉砕しながら、異形の軍勢が地中から姿を現わしつつあった。
いや、軍勢とは言えないであろう。統率のない、単なる群れだ。だが戦術兵法の類で撃滅できる相手ではない。
機械をまとう、骨格。
そんな姿の怪物たちが、軍勢規模で押し寄せて来る。
要塞港を背に、その怪物たちを迎え撃つ形で、イ・ラプセル軍は原野に布陣していた。
今、海の方からヴィルマルク軍が攻めて来たら挟撃である。ひとたまりもない。
「町や村を襲われるより、まし……そう思うしかないな」
メレスは、機械の右手から細身の刃を伸長させた。
「そんな事が起こらないように、ここで滅ぼす。喜べ新兵、皆殺しだぞ」
「いいわね……」
メイフェムが、巨大な槌矛を振りかざす。お気をつけて、とマチュアが叫ぶ。
襲い来るものたちを、メレスは睨み据えた。
死せる者たち、である。人の屍であれば、還リビトと呼ばれているところだ。
だが、これらは違う。皆、怪物の屍であった。
巨大な骸骨が、蒸気機器類の残骸をまとっている。
残骸であるはずの機械が、蒸気ではなく瘴気を噴出させている。
巨大なチェーンソーが、ドリルが、轟音を立てて回転する。火炎放射器が、瘴気を燃料とする炎を小刻みに噴射する。
機神ヘルメスの、悪しき遺産。
融合種の死骸が、イブリース化を遂げながら群れを成しているのだ。
攻撃命令を待ちながら、メレスは呟いた。
「ヴィスマルクの仕業……なんて事は、ないよな……?」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.イブリース(8体)の撃破
お世話になっております。ST小湊拓也です。
旧ヘルメリア領内で、融合種の屍がイブリース化して大群を成し、イ・ラプセル地方軍がこれを討伐せんとしております。
自由騎士の皆様には、この討伐軍の一部隊として戦っていただきます。
皆様の相手となるイブリースは8体。以下の通りです。
●融合種オーガーの屍(2体、前衛)
攻撃手段は右腕の大型チェーンソー(攻近範)。
●融合種ユニコーンの屍(2体、前衛)
頭部が完全にドリルと化しており、これで突進をして来ます(攻近単、貫通2)。
●融合種ファイヤードレークの屍(2体、後衛)
頭部が完全に火炎放射器と化しており、火を噴きます(魔遠範、BSバーン2)。
●融合種ミノタウルスの屍(2体、後衛)
大砲を背負っており、瘴気の砲弾を撃ってきます(魔遠単、BSポイズン2)。
同程度の規模の群れが大量にいて、周囲でイ・ラプセル軍の様々な部隊と戦っております。
上記8体の撃破とほぼ時を同じくして、皆様以外の各部隊も勝利を収めるでしょう。
場所は原野、時間帯は真昼。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
旧ヘルメリア領内で、融合種の屍がイブリース化して大群を成し、イ・ラプセル地方軍がこれを討伐せんとしております。
自由騎士の皆様には、この討伐軍の一部隊として戦っていただきます。
皆様の相手となるイブリースは8体。以下の通りです。
●融合種オーガーの屍(2体、前衛)
攻撃手段は右腕の大型チェーンソー(攻近範)。
●融合種ユニコーンの屍(2体、前衛)
頭部が完全にドリルと化しており、これで突進をして来ます(攻近単、貫通2)。
●融合種ファイヤードレークの屍(2体、後衛)
頭部が完全に火炎放射器と化しており、火を噴きます(魔遠範、BSバーン2)。
●融合種ミノタウルスの屍(2体、後衛)
大砲を背負っており、瘴気の砲弾を撃ってきます(魔遠単、BSポイズン2)。
同程度の規模の群れが大量にいて、周囲でイ・ラプセル軍の様々な部隊と戦っております。
上記8体の撃破とほぼ時を同じくして、皆様以外の各部隊も勝利を収めるでしょう。
場所は原野、時間帯は真昼。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
6/6
6/6
公開日
2020年07月10日
2020年07月10日
†メイン参加者 6人†
●
ドリルやチェーンソーが、轟音を立てて猛回転をしている。
その轟音が、慟哭に聞こえた。怒りの絶叫にも聞こえた。
このイブリースたちは、泣き叫び、怒り狂っているのだ、と『機神殺し』ザルク・ミステル(CL3000067)は思った。
してやれる事など、何もない。いや、あるとすればただ1つ。
ヘルメリア人として、見て見ぬ振りをしない。それだけだ。
思い定めながらは、ザルクはCWTスペシャルとカスタムリボルバーを構えた。
「やる気満々だな、ザルクの旦那」
同じく2挺拳銃を手にした『海蛇を討ちし者』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が、言葉をかけてくる。
「まさかとは思うが……責任、みたいなもの感じちゃいないか? 余計なお世話だったらすまん」
「俺が……おかしな気負い方でもしている、と?」
ザルクは苦笑した。
「……確かに、そうかもな」
ヘルメスの遺したイブリース。悪しき機神の、負の遺産。
それだけで、どこか冷静ではいられなくなってしまう自分を、ザルクは全く把握出来ていないわけではなかった。
戦場を見据える。
前衛では、装甲歩兵隊が懸命に、イブリース群の前進を食い止めている。ザルク、それに『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が引き連れていた部隊である。
「頼みますよ皆さん! いいところ、見せて下さいね!」
激励の声を発しながら、エルシー自身も踏み込んで行く。凹凸のくっきりとしたボディラインが獰猛に捻転し、戦闘的な太股が跳ね上がって蹴りが一閃する。鋭利な拳が、旋風の速度で繰り出される。
押し寄せるイブリースたちに向かってだ。
機械をまとう骨格。そんな姿のイブリースが、群れを成していた。残骸であるはずの機械類が、瘴気を動力源として禍々しく稼働している。
稼動するドリルやチェーンソーをかわしながらエルシーは、真夏の台風と大時化を思わせる乱打連撃を叩き込んでいた。
揺らぐイブリースに向かって、疾風が吹いた。『ウインドウィーバー』リュエル・ステラ・ギャレイ(CL3000683)の踏み込みである。
「当たり前だけどさ……戦争が終わったからって、すぐに大団円! ぱらららー! とは、ならないよな。やっぱりっ」
超高速の斬撃が、イブリースの1体に叩き込まれる。半機械化した大柄な骸骨が、右腕のチェーンソーでリュエルを迎撃し損ねたまま、よろめいている。
その後方で攻撃態勢に入っている怪物たちに、ザルクとウェルスは銃口を向けた。
同じく機甲武装を施された骸骨である。大砲を背負った人型の巨体と、火炎放射器そのものの頭部を有する四足獣。
砲撃と放火が行われるよりも早く、ザルクは引き金を引いていた。
イブリースたちが痙攣し、動きを止めた。左手のカスタムリボルバーから射出された、束縛結界。
その間、右手のCWTスペシャルからは猛火の弾幕が迸り、すでに骨格である怪物たちを完全に火葬すべく燃え上がる。
炎に灼かれるイブリースたちに、
「戦争ってのは、事後処理の方が大変だったりしてな!」
ウェルスの銃撃が、降り注いでいた。
炸裂弾頭の豪雨が、爆炎と化してイブリースの群れを焼き払う。
炎と束縛結界による拘束に、しかし1体だけが抗い、砲撃を実行していた。
瘴気の砲弾が、ザルクを直撃する。
「ぐっ……!」
血を吐き、悲鳴を噛み殺しながらザルクは、衝撃と毒気が全身を蝕んでゆくのを感じた。
傷付き毒されたその身体が、淡く白い光にうっすらと包まれている。
「……すまないが僕は今回、回復と補助に専念させてもらうよ」
言葉と共に『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が投げかけた、癒しの光である。
「頑強な敵だ……どうやら、長丁場になる」
全身を蝕む毒と激痛が、いくらかではあるが薄らいでゆく。この白い光の中で長時間を過ごせば、放っておいても傷が完全に癒えてゆく。
この敵たちがしかし、そんな時間をくれるはずはなかった。
白き癒しの輝きをまぶされた自由騎士団に、イブリースたちがチェーンソーを叩きつけて来る。ドリルを突き込んで来る。束縛結界も、どれほど保つかはわからない。
そんな敵に、『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が杖を向ける。
「まだまだ、ヘルメリアも落ち着かぬ……か」
厳かに、儀式の如く杖をかざす、その動きに合わせて霜が降った。冷気が、白い蛇のようにうねる。
氷の荊が、イブリースたちを絡め取りながら切り裂いていった。
凶暴な冷気を制御しつつ、テオドールが嘆息する。
「シャンバラにおいても、ミトラースの亡霊が未だ人々の心を惑わせている。神々の遺したもの、それは……神々それ自体よりも難儀なるもの、か」
●
エルシーの拳が、蹴りが、ドリルやチェーンソーの猛撃をかわし受け流しながらイブリースに叩き込まれてゆく。機甲武装した巨大な白骨たちが、鮮血の如く火花を散らせて揺らぎよろめく。
比べて、自分の攻撃はあまりにも軽い、とリュエルは痛感せざるを得ない。
「エルシーの攻撃は、すげえなあ。だらららだららら、だんっ、からドゴォオッ! って感じ。そ、それに比べてオレのはっ」
チェーンソーの斬撃が、降り注いで来る。
辛うじて回避しながらリュエルは、スタースティンガーの細い刃を一閃させた。速さにだけは自信がある。
だが。高速で打ち込んだ細身の刃は、瘴気で稼働し続ける機甲部分に弾かれ、跳ね返りながらしなっていた。
「ダメだぁ! びよよぉ〜ん、って感じ」
「いけませんよリュエルさん。空元気でも、口だけでもいいから、もっと景気のいい擬音を!」
よろめくリュエルの背中を、エルシーが半ば叩いて支える。
「空元気でもね、出し続けていればそのうち本物の元気になるんです。絶対元気、ぜつ☆げん! ですよ」
「うーん体育会系……」
チェーンソーの轟音が迫る。無限の瘴気を燃料に猛回転し続ける斬撃。
それが、リュエルとエルシーをもろともに薙ぎ払う……直前で、目に見えない壁にでもぶつかったかのように火花を散らし、あらぬ方向へと跳ね返った。
後方からの、銃撃であった。ザルクの拳銃から迸ったマズルフラッシュを、リュエルは一瞬だけ視認した。
「す、すげえ。バチューン! って感じ……じゃオレも」
リュエルは踏み込み、刺突を繰り出した。
「行くぜえ、ズドォオオオンッ! ってなあ、どうかな」
スタースティンガーの細い切っ先が、そんな音を立てる事もなく滑らかに、機甲部分に突き刺さった。
衝撃がイブリースを貫通し、後方にいる1体をも穿つ。
会心の手応えを、リュエルは呆然と握り締めた。
「ズドォオオオン……だけで、強くなれるワケねえよなあ……そっか、あんたの仕業か」
「イブリースたちの装甲と出力に『劣化』の概念を与えておいた」
マグノリアが言った。
「君も無理はせず、限界だと思ったら下がるように……そのシスターに付き合うのは、よほど体力的な余裕がある時だけにしておきたまえ」
「まだまだ! 大丈夫ですよ。マグノリアさんもリュエルさんも、ねっ!?」
「おうふっ……」
エルシーが背中を叩いてくる。気力を無理矢理に注入された、ようにリュエルは感じた。
●
束縛結界と氷の荊による拘束の中、イブリースが瘴気を噴射しながら無理矢理に身体を動かしている。束縛を、ふりちぎろうとしている。
「させぬよ……」
テオドールが杖を動かす。
氷の荊がそれと連動し、イブリースたちをメキメキと締め上げてゆく。機甲部分が歪み潰れ、細かな部品類が骨の破片と一緒に飛び散った。
その苛烈な束縛に抗いながら、1体が炎を吐いた。火炎放射器そのものの頭部から、血を吐くような猛火の嵐が迸ったのだ。
ウェルスは、かわした。かわしきれず、獣毛と皮膚が焼けた。
マグノリアの施してくれた癒しの光が、全身を包んでいる。この程度の火傷は、生じる傍から癒えてゆく。
「……苦しいか。そうだろうなあ」
泣き叫ぶが如く炎を吐き続けるイブリースに、ウェルスは語りかけた。
「神様のやらかしを、後始末する……これもまあ、オラクルの割と優先順位高めな仕事でな」
言葉と共に、左右2挺の大型拳銃をぶっ放す。
フルオートの蒸気機関射撃。灼熱の弾幕が、イブリースたちを粉砕してゆく。
1体が、粉砕されながらも砲撃を決行していた。
瘴気の砲弾が、ザルクの身体をかすめたようだ。
「そうそう何度も……直撃は、喰らわねえよっ」
いくらか揺らぎながらもザルクは狙いを定め、引き金を引いていた。CWTスペシャルの銃口から、純白の砲火が噴出する。
退魔の銃撃を受けたイブリースが、背負った砲身もろとも砕け散った。
別の1体が、骨の破片を垂れ流しながら突進して来る。瘴気を動力源として猛回転するドリルが、潰れ砕けゆく全身を引きずっているかのようである。
それを、エルシーが迎撃した。
「こんな事しか、してあげられない神職ですけど……」
鋭利な両手の五指が牙となり、ドリルをかわしながらイブリースに突き刺さる。
その両手から、咆哮そのものの気の奔流が放たれた。砕けかけていたイブリースが、完全に粉砕されて飛び散った。
その破片を蹴散らすように、もう1体。轟音を立てるチェーンソーに引きずられ、エルシーに斬りかかる。
真っ二つに叩き斬られたのは、しかしそのイブリースの方であった。チェーンソーもろとも両断され、そのまま崩れ落ちてゆく。
それが、どうやら最後の1体であった。
「このような事態……ヘルメリア全土に、拡散していなければ良いのだが」
テオドールが、白い短剣を己の首筋に当てていた。自身の肉体を通しての、呪力の斬撃。
その短剣をくるりと回転させ、鞘に納める。
エルシーが息をついた。
「……すいません、助かりましたテオドールさん」
「何の。私は、安全な所にいるのでな。よく見えるというだけの事」
テオドールが、戦場を見渡している。
あちこちで、ここと同規模の戦いが繰り広げられていた。ここヘルメリア北東部を守るイ・ラプセル軍と、イブリースの大群。
その戦いも、ひとまずの収束であった。イ・ラプセル軍の各部隊が、ここと同じくイブリースたちを討滅したところである。
疲れ果てた様子の部隊が1つ、近付いてきた。
「よう……あんた方も、来てくれたのか」
「メレスさん! お久しぶり……相変わらず、死にかけていますね」
エルシーの言う通り、メレス・ライアットは負傷しているようであった。いや、傷そのものは癒えている。ただ体力は尽き果てている。
そんなメレスに肩を貸しているのは、1人の大柄な少女だった。オニヒトの女戦士である。
無言・無表情の美貌が、エルシーに向けられた瞬間、一変した。白く鋭い牙が、剥き出しになった。
「おおっとメイフェムさん……貴女も相変わらずですねえ、いいですよー。空元気も元気です」
メレスを放り捨て、殴りかかって来たメイフェム・グリムを、エルシーがにこやかに抱き止める。
放り捨てられたメレスを、もう1人のオニヒトが受け止めていた。
リュエルが、呆気にとられながら声をかける。
「そ、そっちも片付いたみたいだね……だけどまあ何て言うか、ちょっと問題のある奴らがヘルメリアに流されてるって話、どうも本当なのかな」
「うん。もしかしたらアナタたちも、その枠かもね」
メレスを掴んで立たせながら、天哉熾 ハル(CL3000678)は微笑んだ。
「メイフェムってば大活躍だったわよ? この子ね、イブリース退治でもさせてないと人を殺しかねない感じ。マチュアがいなかったら、どうなってる事か」
「す、すみません。お恥ずかしいところを……こら! 駄目ですよメイフェム様」
小さなミズヒトの少女が、叱りつける。それでようやくメイフェムは、エルシーから離れた。
「……力が有り余ってるのか、メイフェム嬢。まあ貯めておけ、この先いくらでも必要になる」
言いつつウェルスは巨体を屈め、マチュア・レムザと目の高さを近付けた。
「……あれから、大変だったろうな」
「いえ、戦って働いて償いが出来る。アクアディーネ様の、お慈悲です」
にこりと微笑むマチュアに、エルシーも言葉をかけた。
「マチュアさんだけが頼りですねえ。メイフェムさん、力は絶好調みたいだけど心は……あんな事があって、心が本調子じゃないのも相変わらず。本当は、神職の私が何とか出来ればいいんですけど」
「はい。あのですね、メイフェム様は元からこんな感じです」
無言でエルシーに掴みかかろうとするメイフェムを押しとどめながら、マチュアは言った。
「恋をして、舞い上がって、おバカをして、皆様に止めていただいて。また元に戻っちゃっただけなんです。お気になさらないで下さい。メイフェム様を甘やかしてはダメです」
「……なかなかの言われようではある。一体、何があったと言うのか」
テオドールが顎に片手を当てる。ウェルスは頭を掻いた。
「まあ、ちょいと……やりきれない話があってな」
「オレ、読んだよ。その報告書」
リュエルが言った。
「何かこう、吟遊詩人としちゃ放っておけないんだけど、迂闊に触っちゃダメと言うか……そんなお話だよね」
「ん? いいじゃねえか。詠ってみろよ」
ウェルスは、リュエルの背中を叩いた。
「いつもの擬音ばっかりのヤツでいいから。あれ、酒飲みながら聴くと楽しいんだよなあ」
「素面の未成年が、大人の酔っ払いに囲まれて詠うっての、なかなか大変なんだぜ」
そんな会話をしている場合では突然、なくなった。
チェーンソーの轟音が、鳴り響いたのだ。
粉砕されたはずの、イブリースの屍が1体。実は屍になりきれておらず、同類たちの残骸を蹴散らしながら斬りかかって来る。ほぼ崩れかけた骨格部分が、残骸になりかけつつ最後の瘴気で猛稼働するチェーンソーに引きずられている。
そのチェーンソーをかいくぐり、小柄な人影が踏み込んで行く。
マグノリアだった。
細い掌が、魔力を宿したままイブリースに叩き込まれたところである。
直撃と同時に迸った魔力が、イブリースを完全に粉砕し、消し飛ばした。
エルシーが手を叩く。
「……お見事! 完成したんじゃないですか、その技」
「まだまだ。今のは、身体がとっさに動いただけ……狙って出せないようでは、ね」
言いつつマグノリアは、今や本当に残骸と化したイブリースたちを観察している。
「神の造り上げた怪物たちが……神の消滅と同時に生命を終え、その屍がイブリースと化す。ゲシュペンストの干渉を受けるほどの、負の感情……怨念、憎悪、なのだろうか。神に対する……」
「神のやらかしが、色々と厄介事を遺す」
ザルクが、海の方を……ヴィスマルク帝国の方向を、睨み据えた。
「……そいつを利用しようって連中が、いないとも限らんが」
「ヴィスマルクの仕業なら、奴ら海の方からも同時に攻めて来るはずだと思う」
メレスが言った。ハルが補足する。
「海の方は、静かなもんよ。攻めて来るなら、こんな機会ないって言うのに」
「だから今回に限って言えば、ただイブリースが大量に出て暴れただけ……だと思うぜ。今後も続くようなら、わからんが」
「最悪の事態は、想定しておくべきだろうな」
ザルクが腕組みをする。
「この国は……やっとヘルメスから解放されたんだ。つまらない仕掛けをする奴らがいるなら、俺は許さん」
「やはり気負っているな、貴卿。まあ、その思いは皆同じだ」
言いながらテオドールも、ヴィスマルクの方を見据えている。
「イブリースを利用……などという事が出来るのだとしたら、それこそまさに最悪の事態と言うべきであろうな」
「ない、と俺は信じたい。イブリースを動かすなんて事、神にだって出来はしないはずなんだ」
そこで、ザルクは言葉を切った。重い沈黙が、場を支配した。
それを、ウェルスは破った。
「……出世したもんだな、メレスの旦那」
「何か色々と押し付けられているだけ、って気もするがな」
マチュアに何やら説教をされているメイフェムの方を見やって、メレスが苦笑する。
マグノリアが言った。
「ありがとう、メレス」
「……何がだ?」
「まだ平和とは程遠い、このヘルメリアの地で……君は今まで、様々な事を『繋いで』きてくれたんだね。僕たちの分まで……」
「俺は……足掻いていた、だけさ」
「足掻く事すら出来ない奴だと、俺は最初、思っていたよ」
ウェルスは、頭を下げた。
「……すまなかった」
「まだだよ。そう簡単に、他人を信じるもんじゃあない」
メレスが笑う。
「今回以上の土壇場なんて、この先いくらでもある。そうなったら……俺は、裏切るかも知れないぜ」
「その時は、その時さ」
ウェルスは顔を上げ、ニヤリと微笑み返した。
「今度は……弾切れは、起こさないぜ?」
ドリルやチェーンソーが、轟音を立てて猛回転をしている。
その轟音が、慟哭に聞こえた。怒りの絶叫にも聞こえた。
このイブリースたちは、泣き叫び、怒り狂っているのだ、と『機神殺し』ザルク・ミステル(CL3000067)は思った。
してやれる事など、何もない。いや、あるとすればただ1つ。
ヘルメリア人として、見て見ぬ振りをしない。それだけだ。
思い定めながらは、ザルクはCWTスペシャルとカスタムリボルバーを構えた。
「やる気満々だな、ザルクの旦那」
同じく2挺拳銃を手にした『海蛇を討ちし者』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が、言葉をかけてくる。
「まさかとは思うが……責任、みたいなもの感じちゃいないか? 余計なお世話だったらすまん」
「俺が……おかしな気負い方でもしている、と?」
ザルクは苦笑した。
「……確かに、そうかもな」
ヘルメスの遺したイブリース。悪しき機神の、負の遺産。
それだけで、どこか冷静ではいられなくなってしまう自分を、ザルクは全く把握出来ていないわけではなかった。
戦場を見据える。
前衛では、装甲歩兵隊が懸命に、イブリース群の前進を食い止めている。ザルク、それに『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が引き連れていた部隊である。
「頼みますよ皆さん! いいところ、見せて下さいね!」
激励の声を発しながら、エルシー自身も踏み込んで行く。凹凸のくっきりとしたボディラインが獰猛に捻転し、戦闘的な太股が跳ね上がって蹴りが一閃する。鋭利な拳が、旋風の速度で繰り出される。
押し寄せるイブリースたちに向かってだ。
機械をまとう骨格。そんな姿のイブリースが、群れを成していた。残骸であるはずの機械類が、瘴気を動力源として禍々しく稼働している。
稼動するドリルやチェーンソーをかわしながらエルシーは、真夏の台風と大時化を思わせる乱打連撃を叩き込んでいた。
揺らぐイブリースに向かって、疾風が吹いた。『ウインドウィーバー』リュエル・ステラ・ギャレイ(CL3000683)の踏み込みである。
「当たり前だけどさ……戦争が終わったからって、すぐに大団円! ぱらららー! とは、ならないよな。やっぱりっ」
超高速の斬撃が、イブリースの1体に叩き込まれる。半機械化した大柄な骸骨が、右腕のチェーンソーでリュエルを迎撃し損ねたまま、よろめいている。
その後方で攻撃態勢に入っている怪物たちに、ザルクとウェルスは銃口を向けた。
同じく機甲武装を施された骸骨である。大砲を背負った人型の巨体と、火炎放射器そのものの頭部を有する四足獣。
砲撃と放火が行われるよりも早く、ザルクは引き金を引いていた。
イブリースたちが痙攣し、動きを止めた。左手のカスタムリボルバーから射出された、束縛結界。
その間、右手のCWTスペシャルからは猛火の弾幕が迸り、すでに骨格である怪物たちを完全に火葬すべく燃え上がる。
炎に灼かれるイブリースたちに、
「戦争ってのは、事後処理の方が大変だったりしてな!」
ウェルスの銃撃が、降り注いでいた。
炸裂弾頭の豪雨が、爆炎と化してイブリースの群れを焼き払う。
炎と束縛結界による拘束に、しかし1体だけが抗い、砲撃を実行していた。
瘴気の砲弾が、ザルクを直撃する。
「ぐっ……!」
血を吐き、悲鳴を噛み殺しながらザルクは、衝撃と毒気が全身を蝕んでゆくのを感じた。
傷付き毒されたその身体が、淡く白い光にうっすらと包まれている。
「……すまないが僕は今回、回復と補助に専念させてもらうよ」
言葉と共に『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が投げかけた、癒しの光である。
「頑強な敵だ……どうやら、長丁場になる」
全身を蝕む毒と激痛が、いくらかではあるが薄らいでゆく。この白い光の中で長時間を過ごせば、放っておいても傷が完全に癒えてゆく。
この敵たちがしかし、そんな時間をくれるはずはなかった。
白き癒しの輝きをまぶされた自由騎士団に、イブリースたちがチェーンソーを叩きつけて来る。ドリルを突き込んで来る。束縛結界も、どれほど保つかはわからない。
そんな敵に、『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が杖を向ける。
「まだまだ、ヘルメリアも落ち着かぬ……か」
厳かに、儀式の如く杖をかざす、その動きに合わせて霜が降った。冷気が、白い蛇のようにうねる。
氷の荊が、イブリースたちを絡め取りながら切り裂いていった。
凶暴な冷気を制御しつつ、テオドールが嘆息する。
「シャンバラにおいても、ミトラースの亡霊が未だ人々の心を惑わせている。神々の遺したもの、それは……神々それ自体よりも難儀なるもの、か」
●
エルシーの拳が、蹴りが、ドリルやチェーンソーの猛撃をかわし受け流しながらイブリースに叩き込まれてゆく。機甲武装した巨大な白骨たちが、鮮血の如く火花を散らせて揺らぎよろめく。
比べて、自分の攻撃はあまりにも軽い、とリュエルは痛感せざるを得ない。
「エルシーの攻撃は、すげえなあ。だらららだららら、だんっ、からドゴォオッ! って感じ。そ、それに比べてオレのはっ」
チェーンソーの斬撃が、降り注いで来る。
辛うじて回避しながらリュエルは、スタースティンガーの細い刃を一閃させた。速さにだけは自信がある。
だが。高速で打ち込んだ細身の刃は、瘴気で稼働し続ける機甲部分に弾かれ、跳ね返りながらしなっていた。
「ダメだぁ! びよよぉ〜ん、って感じ」
「いけませんよリュエルさん。空元気でも、口だけでもいいから、もっと景気のいい擬音を!」
よろめくリュエルの背中を、エルシーが半ば叩いて支える。
「空元気でもね、出し続けていればそのうち本物の元気になるんです。絶対元気、ぜつ☆げん! ですよ」
「うーん体育会系……」
チェーンソーの轟音が迫る。無限の瘴気を燃料に猛回転し続ける斬撃。
それが、リュエルとエルシーをもろともに薙ぎ払う……直前で、目に見えない壁にでもぶつかったかのように火花を散らし、あらぬ方向へと跳ね返った。
後方からの、銃撃であった。ザルクの拳銃から迸ったマズルフラッシュを、リュエルは一瞬だけ視認した。
「す、すげえ。バチューン! って感じ……じゃオレも」
リュエルは踏み込み、刺突を繰り出した。
「行くぜえ、ズドォオオオンッ! ってなあ、どうかな」
スタースティンガーの細い切っ先が、そんな音を立てる事もなく滑らかに、機甲部分に突き刺さった。
衝撃がイブリースを貫通し、後方にいる1体をも穿つ。
会心の手応えを、リュエルは呆然と握り締めた。
「ズドォオオオン……だけで、強くなれるワケねえよなあ……そっか、あんたの仕業か」
「イブリースたちの装甲と出力に『劣化』の概念を与えておいた」
マグノリアが言った。
「君も無理はせず、限界だと思ったら下がるように……そのシスターに付き合うのは、よほど体力的な余裕がある時だけにしておきたまえ」
「まだまだ! 大丈夫ですよ。マグノリアさんもリュエルさんも、ねっ!?」
「おうふっ……」
エルシーが背中を叩いてくる。気力を無理矢理に注入された、ようにリュエルは感じた。
●
束縛結界と氷の荊による拘束の中、イブリースが瘴気を噴射しながら無理矢理に身体を動かしている。束縛を、ふりちぎろうとしている。
「させぬよ……」
テオドールが杖を動かす。
氷の荊がそれと連動し、イブリースたちをメキメキと締め上げてゆく。機甲部分が歪み潰れ、細かな部品類が骨の破片と一緒に飛び散った。
その苛烈な束縛に抗いながら、1体が炎を吐いた。火炎放射器そのものの頭部から、血を吐くような猛火の嵐が迸ったのだ。
ウェルスは、かわした。かわしきれず、獣毛と皮膚が焼けた。
マグノリアの施してくれた癒しの光が、全身を包んでいる。この程度の火傷は、生じる傍から癒えてゆく。
「……苦しいか。そうだろうなあ」
泣き叫ぶが如く炎を吐き続けるイブリースに、ウェルスは語りかけた。
「神様のやらかしを、後始末する……これもまあ、オラクルの割と優先順位高めな仕事でな」
言葉と共に、左右2挺の大型拳銃をぶっ放す。
フルオートの蒸気機関射撃。灼熱の弾幕が、イブリースたちを粉砕してゆく。
1体が、粉砕されながらも砲撃を決行していた。
瘴気の砲弾が、ザルクの身体をかすめたようだ。
「そうそう何度も……直撃は、喰らわねえよっ」
いくらか揺らぎながらもザルクは狙いを定め、引き金を引いていた。CWTスペシャルの銃口から、純白の砲火が噴出する。
退魔の銃撃を受けたイブリースが、背負った砲身もろとも砕け散った。
別の1体が、骨の破片を垂れ流しながら突進して来る。瘴気を動力源として猛回転するドリルが、潰れ砕けゆく全身を引きずっているかのようである。
それを、エルシーが迎撃した。
「こんな事しか、してあげられない神職ですけど……」
鋭利な両手の五指が牙となり、ドリルをかわしながらイブリースに突き刺さる。
その両手から、咆哮そのものの気の奔流が放たれた。砕けかけていたイブリースが、完全に粉砕されて飛び散った。
その破片を蹴散らすように、もう1体。轟音を立てるチェーンソーに引きずられ、エルシーに斬りかかる。
真っ二つに叩き斬られたのは、しかしそのイブリースの方であった。チェーンソーもろとも両断され、そのまま崩れ落ちてゆく。
それが、どうやら最後の1体であった。
「このような事態……ヘルメリア全土に、拡散していなければ良いのだが」
テオドールが、白い短剣を己の首筋に当てていた。自身の肉体を通しての、呪力の斬撃。
その短剣をくるりと回転させ、鞘に納める。
エルシーが息をついた。
「……すいません、助かりましたテオドールさん」
「何の。私は、安全な所にいるのでな。よく見えるというだけの事」
テオドールが、戦場を見渡している。
あちこちで、ここと同規模の戦いが繰り広げられていた。ここヘルメリア北東部を守るイ・ラプセル軍と、イブリースの大群。
その戦いも、ひとまずの収束であった。イ・ラプセル軍の各部隊が、ここと同じくイブリースたちを討滅したところである。
疲れ果てた様子の部隊が1つ、近付いてきた。
「よう……あんた方も、来てくれたのか」
「メレスさん! お久しぶり……相変わらず、死にかけていますね」
エルシーの言う通り、メレス・ライアットは負傷しているようであった。いや、傷そのものは癒えている。ただ体力は尽き果てている。
そんなメレスに肩を貸しているのは、1人の大柄な少女だった。オニヒトの女戦士である。
無言・無表情の美貌が、エルシーに向けられた瞬間、一変した。白く鋭い牙が、剥き出しになった。
「おおっとメイフェムさん……貴女も相変わらずですねえ、いいですよー。空元気も元気です」
メレスを放り捨て、殴りかかって来たメイフェム・グリムを、エルシーがにこやかに抱き止める。
放り捨てられたメレスを、もう1人のオニヒトが受け止めていた。
リュエルが、呆気にとられながら声をかける。
「そ、そっちも片付いたみたいだね……だけどまあ何て言うか、ちょっと問題のある奴らがヘルメリアに流されてるって話、どうも本当なのかな」
「うん。もしかしたらアナタたちも、その枠かもね」
メレスを掴んで立たせながら、天哉熾 ハル(CL3000678)は微笑んだ。
「メイフェムってば大活躍だったわよ? この子ね、イブリース退治でもさせてないと人を殺しかねない感じ。マチュアがいなかったら、どうなってる事か」
「す、すみません。お恥ずかしいところを……こら! 駄目ですよメイフェム様」
小さなミズヒトの少女が、叱りつける。それでようやくメイフェムは、エルシーから離れた。
「……力が有り余ってるのか、メイフェム嬢。まあ貯めておけ、この先いくらでも必要になる」
言いつつウェルスは巨体を屈め、マチュア・レムザと目の高さを近付けた。
「……あれから、大変だったろうな」
「いえ、戦って働いて償いが出来る。アクアディーネ様の、お慈悲です」
にこりと微笑むマチュアに、エルシーも言葉をかけた。
「マチュアさんだけが頼りですねえ。メイフェムさん、力は絶好調みたいだけど心は……あんな事があって、心が本調子じゃないのも相変わらず。本当は、神職の私が何とか出来ればいいんですけど」
「はい。あのですね、メイフェム様は元からこんな感じです」
無言でエルシーに掴みかかろうとするメイフェムを押しとどめながら、マチュアは言った。
「恋をして、舞い上がって、おバカをして、皆様に止めていただいて。また元に戻っちゃっただけなんです。お気になさらないで下さい。メイフェム様を甘やかしてはダメです」
「……なかなかの言われようではある。一体、何があったと言うのか」
テオドールが顎に片手を当てる。ウェルスは頭を掻いた。
「まあ、ちょいと……やりきれない話があってな」
「オレ、読んだよ。その報告書」
リュエルが言った。
「何かこう、吟遊詩人としちゃ放っておけないんだけど、迂闊に触っちゃダメと言うか……そんなお話だよね」
「ん? いいじゃねえか。詠ってみろよ」
ウェルスは、リュエルの背中を叩いた。
「いつもの擬音ばっかりのヤツでいいから。あれ、酒飲みながら聴くと楽しいんだよなあ」
「素面の未成年が、大人の酔っ払いに囲まれて詠うっての、なかなか大変なんだぜ」
そんな会話をしている場合では突然、なくなった。
チェーンソーの轟音が、鳴り響いたのだ。
粉砕されたはずの、イブリースの屍が1体。実は屍になりきれておらず、同類たちの残骸を蹴散らしながら斬りかかって来る。ほぼ崩れかけた骨格部分が、残骸になりかけつつ最後の瘴気で猛稼働するチェーンソーに引きずられている。
そのチェーンソーをかいくぐり、小柄な人影が踏み込んで行く。
マグノリアだった。
細い掌が、魔力を宿したままイブリースに叩き込まれたところである。
直撃と同時に迸った魔力が、イブリースを完全に粉砕し、消し飛ばした。
エルシーが手を叩く。
「……お見事! 完成したんじゃないですか、その技」
「まだまだ。今のは、身体がとっさに動いただけ……狙って出せないようでは、ね」
言いつつマグノリアは、今や本当に残骸と化したイブリースたちを観察している。
「神の造り上げた怪物たちが……神の消滅と同時に生命を終え、その屍がイブリースと化す。ゲシュペンストの干渉を受けるほどの、負の感情……怨念、憎悪、なのだろうか。神に対する……」
「神のやらかしが、色々と厄介事を遺す」
ザルクが、海の方を……ヴィスマルク帝国の方向を、睨み据えた。
「……そいつを利用しようって連中が、いないとも限らんが」
「ヴィスマルクの仕業なら、奴ら海の方からも同時に攻めて来るはずだと思う」
メレスが言った。ハルが補足する。
「海の方は、静かなもんよ。攻めて来るなら、こんな機会ないって言うのに」
「だから今回に限って言えば、ただイブリースが大量に出て暴れただけ……だと思うぜ。今後も続くようなら、わからんが」
「最悪の事態は、想定しておくべきだろうな」
ザルクが腕組みをする。
「この国は……やっとヘルメスから解放されたんだ。つまらない仕掛けをする奴らがいるなら、俺は許さん」
「やはり気負っているな、貴卿。まあ、その思いは皆同じだ」
言いながらテオドールも、ヴィスマルクの方を見据えている。
「イブリースを利用……などという事が出来るのだとしたら、それこそまさに最悪の事態と言うべきであろうな」
「ない、と俺は信じたい。イブリースを動かすなんて事、神にだって出来はしないはずなんだ」
そこで、ザルクは言葉を切った。重い沈黙が、場を支配した。
それを、ウェルスは破った。
「……出世したもんだな、メレスの旦那」
「何か色々と押し付けられているだけ、って気もするがな」
マチュアに何やら説教をされているメイフェムの方を見やって、メレスが苦笑する。
マグノリアが言った。
「ありがとう、メレス」
「……何がだ?」
「まだ平和とは程遠い、このヘルメリアの地で……君は今まで、様々な事を『繋いで』きてくれたんだね。僕たちの分まで……」
「俺は……足掻いていた、だけさ」
「足掻く事すら出来ない奴だと、俺は最初、思っていたよ」
ウェルスは、頭を下げた。
「……すまなかった」
「まだだよ。そう簡単に、他人を信じるもんじゃあない」
メレスが笑う。
「今回以上の土壇場なんて、この先いくらでもある。そうなったら……俺は、裏切るかも知れないぜ」
「その時は、その時さ」
ウェルスは顔を上げ、ニヤリと微笑み返した。
「今度は……弾切れは、起こさないぜ?」