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キッシェ・アカデミーの憂うつ「暴れている魔導書」



●学会発表に向けて

 年末の時期に突入したある日のこと。
『魔導科学者』レオ・キャベンディシュ(nCL3000043)は研究室で悩んでいた。

「さて、どうしたものか、と。年始過ぎにある魔導教養学会で発表する私のテーマですが……。今年は、キッシェが保管している『考究魔術百科事典』全3巻の概要を発表する予定ですよね……」

 ちなみに『考究魔術百科事典』全3巻とは、キッシェ魔導図書館の魔術書管理室の一室で保管されている古くて謎が多い魔術書である。今から百年ほど前にキッシェ魔導百科研究会の先生方が編著で著した大層な百科事典だ。

 この百科事典、あまりにも分厚いのと使い勝手が大変悪いので、現在は魔導図書館の一室で眠り続けている。百年ほどが経過した現在、その存在が忘れ去られようとしていた。

 だが、この謎の魔術書はアカデミーのみならずイ・ラプセルの財産でもある。レオが所属する魔導教養学会では、忘れ去られようとしている過去の古典的な魔術書を復興しようという運動が起きていた。

 キッシェ・アカデミーには、多種多様な魔術書の古典が保管されている。当然、キッシェの研究者は学会発表や論文発表に駆り出される。レオ・キャベンディシュも例外ではなかった。学長直々の命令が下り、今から年始過ぎまでに全3巻を解読して概要をまとめることになった。

「いやね、決して、古くて分厚くて難しい本を読むのは嫌ではないのですが……。よりにもよって、私の担当が、あの『考究魔術百科事典』とはねえ……。他の入門的な文献からあの本のことはそれとなく知っているのですが……。何分、百年は、一般人のみならず学者たちからも忘れられていた書物です。とんでもなくマニアック(魔術について本当にどうでもいい内容を物凄く細かく専門的に解説しているらしいのです)だそうなのですよね、あの全集……」

 しかし、そう言ってもいられない。
 時間は迫っているし、早く解読を進めなくてはならない。

 しかも年末のせいもあり、レオは他にも仕事が溜まっていて忙しい。
 魔導科学研究室にいた学生たちに頼んで、キッシェ魔導図書館から全3冊を持ってきてもらうことにした。

●魔導書が暴れている?

 しばらくしても学生たちが帰って来ない。
 おかしいな、と思ったレオは自ら魔導図書館へ向かうことにした。

 研究室を出た、その時……。

 学生たちが大慌てで走って来た!
 しかも手元には魔導書を持っていない。

「レオ先生、大変です、大変なんです!」

 レオはぎょっとしたが、すぐに冷静になる。

「あのねえ、あなたたち? 廊下は走るものではないですよ。それに、何がそんなに大変なのですか?」

「はあ、はあ……。取り乱してごめんなさい。例の魔導書ですが……。魔導書管理室で暴れているんです!」
「ぜえ、ぜえ……。我々だけでは対処ができません! 先生、お願いです、退治してください!」

 ふう、やれやれ、とレオはメガネをかけ直した。

「わかりました。そういうことならすぐに対応します。その場所まで案内してください」

●イブリース化した魔導書

 レオは、魔導書管理室に案内され、扉を開けると……。

 びゅぅぅぅん!!
 凄まじい勢いで魔弾が飛んで来た!

「はっ!!」

 突然のことであったが、レオは持ち前の猫のような身のこなしで魔弾を回避した。

 ぱたぱたぱた……。
 3冊の魔導書が鳥のように飛んでいた。
 レオは教鞭を構え、部屋にそっと入る。

 魔導ランプで照らされている仄暗い部屋は、ざっと見ただけでも荒れている。
 かなり長い間、誰も入っていない部屋なのだろう。
 キッシェ・アカデミーの図書館には、こういう部屋がよくあるようだ。

 レオはメガネを凝らして、飛んでいる魔導書を観察する。
 すると……。

 シャキン!!
 人形兵士が真剣を突き立て、突きの構えで突撃してくる!

「ちっ!」

 レオは転げて、ぎりぎりのところで回避したが……。

 ゴオオオオオオ!!
 今度は魔炎の一撃が放たれる!

「ぐっ、しまった!」

 ゴオオオオオオ!!
 レオが丸ごと燃えてしまった。

 丸焼きになったレオは急いで部屋から撤退した。

「先生、大丈夫ですか?」
「って、燃えていますけれど?」

 レオはぱんぱん、と火の粉を払う。
 黒焦げになりながらもメガネが光った。

「はあ、はあ……。おっしゃることがよくわかりました。たしかに、これはこのままだといけませんね。間違いなくイブリース化しています。しかも今回、暴れている魔導書を普通に倒してはいけません。浄化して元通りにしないと学会発表には使えません。それ以前に、アカデミーや国の財産をダメにしたくありませんので、私たちで倒すわけにはいきません」

 では、どうすれば?
 学生たちが不安な目でレオを見る。

「自由騎士団にお願いしましょう……。幸い、私は、自由騎士団向けの教養ゼミで教員を担当しています。自由騎士団の方たちとも少なからずの面識はありますので、彼らに打診してみます。そうですね、これ以上、ひどいことにならないように、今日中に来られる方たちを招集してみます。それでいいですね?」

 ひとまず、何とかなりそうだ、と学生たちは胸をなでおろした。

 百年の眠りから覚めた魔導書は、まるで今まで省みられなかった無念を晴らすが如く暴れている。
 だが、本来、書物は暴れるものではなく、読まれるものだ。

 自由騎士団の方々、ぜひ狂って暴れている魔導書を元の姿に戻して頂けないだろうか。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
■成功条件
1.暴れている魔導書全3冊を倒して浄化すること。
2.浄化後、無事な魔導書全3冊をレオに渡すこと。
3.魔導書管理室の損傷率を35%以下に留めること。
皆さん、こんにちは。魔導書が大好きなST、ヤトノカミです。
今回は珍しくもキッシェからの戦闘依頼となります。
今後もたまにこんな感じで戦闘依頼なんかも出す予定です。

<概略>

要するに、魔導書管理室の一室でイブリース化した魔導書の退治です。
全3冊の魔導書は暴れていますので、無事に浄化するようにお願いします。
間違っても魔導書を破壊してはいけません。それをやると「失敗」判定になります。

浄化した後は、全3冊そろえて、レオに引き渡しましょう。
無事に3冊を引き渡せた時点でシナリオクリアです。

なお、戦闘パートを早めに片付けた場合、レオからおやつと紅茶のご褒美が出ます。

<戦闘場所>

キッシェ魔導図書館にある魔導書管理室の一室が今回の戦闘舞台となります。
こちらの図書館は、要するに魔導書を専門的に管理する図書館となります。
魔導書管理室も一室のみではなく多数の部屋が存在します。
中には禁書目録クラスの魔導書もあるとか、ないとか。

今回、登場する魔導書管理室は、数ある一室の中でも、『考究魔術百科事典』シリーズを保管するお部屋となります。その大仰な名の百科事典が今回のイブリース化した魔導書です。

部屋はとても狭いので注意しましょう。
今回の募集枠は6名ですが、6名+3冊が戦闘するにはちょっと窮屈なところです。
部屋の大きさは正方形で、20m×20m程度です。高さは5m程度です。
書架が数台あります。

この部屋はしばらく誰も掃除をしていなかったので、魔導書やら魔道具やらで、散らかっています。

今回、室内のみでの戦闘ですので、天候は気にしなくていいです。念のため、記しますと、外は晴れです。気温も冬らしい寒さで、室内に暖房はありません。照明は、魔導系のランプが部屋に灯っています。それなりに暗いですので、灯を持ってきてもいいです。

<部屋の損傷率>

今回の戦闘には、「部屋の損傷率」という概念があります。魔導書管理室は本来、魔導書を管理する特別なお部屋ですので、戦闘したり、破壊したりしては、いけない場所です。皆さんや魔導書が暴れると、部屋が傷み、損傷率が上がって行きます。

損傷率は35%以下に留めるようにお願いします。(損傷率0%からのスタート)36%以上になりますと、依頼は「失敗」になります。レオがアカデミーから部屋を弁償するようにと説教されます。

「部屋の損傷率」は基本的に戦闘が激しくなる度に上昇します。

<敵対NPC>

今回、倒すべき敵は3冊います。

●『考究魔術百科事典』第1巻「考究魔導術百科」

いわゆる魔導術系の理論を網羅している百科事典です。当然、魔導術系のスキルをランク2まで、レベル3まで駆使します。デフォルト攻撃は、近接攻撃の百科事典アタックと遠距離攻撃の魔弾です。移動手段は飛行です。

●『考究魔術百科事典』第2巻「考究錬金術百科」

いわゆる錬金術系の理論を網羅している百科事典です。当然、錬金術系のスキルをランク2まで、レベル3まで駆使します。デフォルト攻撃は、近接攻撃の百科事典アタックと遠距離攻撃の魔弾です。移動手段は飛行です。

●『考究魔術百科事典』第3巻「考究治癒術百科」

いわゆる治癒術系の理論を網羅している百科事典です。当然、治癒術系のスキルをランク2まで、レベル3まで駆使します。デフォルト攻撃は、近接攻撃の百科事典アタックと遠距離攻撃の魔弾です。移動手段は飛行です。

全3冊に共通することですが、元が魔導書ですので、戦闘タイプとしては典型的な魔導系です。HPはそんなに高くないですが、MPがすごく高いです。物理系の攻撃や防御はあまり得意ではありませんが、魔導系の攻撃や防御が得意です。

陣形はばらばらで素早く部屋を飛び回っています。

3冊の関係はそれぞれが対等で、特にボスはいません。

<トラップ>

●魔導書管理室は荒れているだけあって、そこらへんに魔導書が落ちています。魔導書管理室という名前の通り、魔導書が詰まっている本棚も立っていたり、倒れていたりします。

『紅文字の書』
『アイスコフィンの書』
『コキュートスの書』
『ユピテルゲイヂの書』
『スパルトイの書』
『ティンクトラの雫の書』
『メセグリンの書』
『クリアカースの書』

などが、数十冊、そこら辺に散らばっています。
これらの魔導書は踏んだり蹴ったりすると発動します。
『メセグリンの書』と『クリアカースの書』は運良く回復できる魔導書ですが、他の魔導書は全て攻撃系ですのでダメージや状態異常などを受けてしまいます。

なお各魔導書のレベルに関してはランダムです。

落ちている魔導書1冊のトラップが発動するごとに「部屋の損傷率」は1%上昇します。

*注意*

上記トラップの書籍シリーズは、『考究魔術百科事典』全3巻のイブリース化の影響で効果を持っています。イブリース化を鎮静すると、これらの書籍シリーズは通常の書物に戻ります。

●結界装置

部屋の中心部に大きな魔導の柱があります。この柱からは結界が出ています。つまり、魔導書全3冊のステータス強化をしています。ステータス強化は特に防御系の能力を強化します。この柱はデフォルト攻撃10発程度で壊れます。(本来は魔力の流れを管理する柱ですが、魔導書のイブリース化に伴い、魔導書強化などの誤作動をしています)

柱を破壊すると魔導書は弱体化します。ですが、「部屋の損傷率」が+5%となります。破壊するかしないか、は皆さんの判断にお任せします。柱には攻撃手段はありません。

<特殊コマンド>

今回の戦闘では2つの特殊コマンドが使えます。

【掃除】

このコマンドを「プレイング」で入力すると、散らばっている魔導書を回収できます。つまり、トラップの数を減らして、仲間たちの戦闘がより安全になります。ただし、この【掃除】を担当する場合、直接的な戦闘には参加ができなくなります。

【退室】

このコマンドを「プレイング」で入力すると、倒して浄化した魔導書を抱えて部屋を退室できます。いわゆる戦場からの撤退のことです。一度、【退室】すると戦場の部屋には戻ることができません。ですが、暴れている魔導書は部屋の外までは追ってきませんし、当然、部屋の外にはトラップはありません。つまり、ご自身の戦闘撤退と引き換えに、回収した魔導書を100%安全に守るコマンドです。

<味方NPC>

今回もレオ・キャベンディシュというキッシェ・アカデミーの教員NPCが登場です。
ネコミミで、メガネで、学究肌の優男です。
彼は、オラクルの皆さんや学生さんが好きですので、気兼ねなく話しかけることができます。

レオとお話をするとき、皆さんのPCさんの口調はそのままでも大丈夫です。
「キャベンディシュ先生」よりも「レオ先生」の方が呼ばれ慣れているそうです。

レオは自由騎士団ではないので、権能がないため、戦闘には不参加です。
今回の「リプレイ」での登場は、基本的に魔導書の引き渡しの場面のみです。

<EX>

アドリブを特に入れたい人は、「アドリブ多め」とご入力を。ラーメンで例えると、「ニンニクアリヤサイマシアジカラメ」みたいなものです。

<その他>

今回は、戦闘前に事前付与できます。


解説は以上です。
よろしくお願いします。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
10モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2018年12月09日

†メイン参加者 6人†



●入室

 カチャ、キィィィ――。
 魔導書管理室の扉が開かれる……。

「うわー、難しそーな本がいっぱいだねー! 魔導系の人には垂涎ものだろうなー」

 開室一番に思わずそう感想を漏らしたのは『エルローの歌姫』カノン・イスルギ(CL3000025)だ。管理室は魔導ランプが灯っていてもやや暗いが、部屋全体に魔導書が散らばっているのがまず目に入った。

「還リビト騒動の次はイブリース騒動とは……忙しい学校ね」

 同じく部屋を覗き込んでいるのは『慈愛の剣姫』アリア・セレスティ(CL3000222)だ。実は、アリアは本日、非番だ。先ほど、学内で自由騎士団とばったり出会い、そのまま合流した。それにしても、暴れている魔導書の姿がないが……。

「忘却されたが故に暴れ出した魔導書の気持ちはわからないでもない。でも、荒れた部屋で暴れたままというのは非常に困る。過激な大掃除になるかな……」

 槍を携えている『キッシェ博覧会学芸員』ウィリアム・H・ウォルターズ(CL3000276)は、学徒として本に同情しつつも、仕事はしっかりやるつもりだ。獲物の姿をきょろきょろと確認するが、どうも見当たらない。

 後方に『真理を見通す瞳』猪市 きゐこ(CL3000048)が杖をついて控えている。

「えへへへ♪ 百年物の魔導書とかすっごく面白そうな物あるわね♪」

 楽しそうだ。
 リュンケウスの瞳を駆使して、異質な室内を見渡すが、例の魔導書は!?

 きゐこの隣には、2丁拳銃を携帯している『クマの捜査官』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)がいる。

「キッシェ・アカデミーの魔導書管理室か……。まあ、興味深いよな、きゐこ嬢。だが、サクッと終わらせようぜ!」

 教員レオのピンチを救うため参戦した『実直剛拳』アリスタルフ・ヴィノクロフ(CL3000392)は、室内が目に入るや否や、わなわなとしていた。

「……こんなに散らかして。ええい、我慢ならん!! 掃除してやる!!」

 ちょっと潔癖なところもある彼は、別の意味でもやる気になっていた。

 入室前に、アリスタルフ以外は各自、実力を高める事前付与をした。

●回復役を落せ!

 照明があまり明るくない上に敵の姿が見当たらない。
 清掃しようと殺気立っている自由騎士団の気配を感じて、隠れてしまったのであろう。

 前衛のアリア、ウィリアム、カノンが各自の格闘の構えをして、恐る恐る部屋に入る。
 静かだ……。

 後衛のきゐこ、ウェルス、アリスタルフも大丈夫らしいと、そおっと部屋に入る。
 何も起こらない……。

 全員が入室した直後、どこかで、ばさっと音がした。
『上だ!』
『上よ!』
 目星が利いているアリスタルフときゐこが叫んだ。
『飛んでいやがるぞ!』
 暗い中でも見渡せるウェルスも続いて叫んだ。

 魔導書3冊は床下の遥か上で飛んでいた。

「回復役を狙えばいいんだね!?」
 カノンが仲間に確認するものの……。

「そうね。でも、どれが回復役なの!?」
 アリアはそう答え返すとヒヤッとした。
 そう、百科事典の魔導書3冊はどれも外見が似ている。
 ぱっと見で判別できず、レオから特徴も聞いていなかったのだ!

 まずい!
 すぐに察したウィリアムは全員に向かって叫ぶ。

『全員、全力で防御だ! 来るぞ!』

 初動の攻撃は上3m付近にいた魔導書陣からの魔導が炸裂した。

 自由騎士団側から見て左側の魔導書は……。
 空中に古代文字を現し、盛る魔炎を発射!

 そして彼らから見て右側の魔導書は……。
 人形兵士を召喚して、上段からの袈裟斬りで襲う!

 真ん中の魔導書のみ、魔弾を練成し、放つのみだった。

 がきぃぃぃん!!

 ガードしていた前衛が魔導攻撃を浴びてしまう。
 それぞれアリアが魔炎、カノンが上段斬り、ウィリアムが魔弾を。
 全力で防御しただけあり被害は思ったよりも大きくはない。

 ウィリアムは被弾しつつも、ニヤリと笑う。

「わかった! 真ん中の奴の正体が『考究治癒術百科』だ! 左の奴が撃ったのは緋文字。魔導士スタイル。右の奴が撃ったのはスパルトイ。錬金術スタイル。消去法から言って、残る真ん中の奴しかいない!!」

 それがわかれば、こっちのもの。
 各自が反撃に移る。

 反撃最初に動いたのは、衣服がやや燃えているアリアだ。
 高速度で残像をゆらめかせながら、火の粉が飛び散り、机や書架を蹴って、飛び上がる。
 瞬く間に『考究治癒術百科』の上背後を取り、葬送の願いが影狼の牙を剥く!

 上背後からの斬撃を浴び、叩き落とされる魔導書。
 落ちてくるタイミングで、今度はカノンが重たいアッパーの一撃を放つ。
 凄まじい衝撃が響き渡り、魔導書は再び宙を舞う。

 宙を舞ったかと思うと、次に来るのはウィリアムが放つ人形兵士の猛烈な二連続攻撃。
 殴られる度に本の体力は削られる。

 さらに後方からはウェルスの神速二連射撃が火を噴く。
 猛烈な弾丸も本をさらに追い詰める。

 これでとどめか。後方からはきゐこによる冷凍の魔導が迫る。
 もはや鳥のように飛べなくなった魔導書は、氷結の一撃と共に果てた。

 浄化により光を放ち、イブリース化が抜けた魔導書は、その場に落下……。
 急いで来たアリスタルフが本をキャッチした。

 やったぞ! 回復役を落した!
 友軍の誰もが半分ぐらい勝利を確信していた。
 その時だった……。

「考究治癒術百科」が自由騎士団の集中攻撃を受けていた時、他の2冊は何をしていたのか?

 礼を受け取れと言わんばかりに魔導書が荒れた。
「考究魔導術百科」からのお礼は、最大レベルのユピテルゲイヂだ。
 強烈な電磁波が放たれた上、ずっしりとした重力の波に自由騎士たちが膝をつく。

「考究錬金術百科」からのお礼は、最大レベルのティンクトラの雫だ。
 怪しい炸薬が盛られたフラスコが大爆発を起こす!
 これはカノンに命中し、毒や火傷で苦しそうだ。

 反撃はこれだけで終わらなかった。
 放たれた範囲攻撃や炸薬爆発によって、床に散らばっている魔導書も巻き込まれていた。
 名もなき魔導書4冊が作動する。

 後衛にいる二人。
 ウェルスには、アイスコフィンによる氷の一撃が。
 きゐこには、緋文字による火炎の一撃が。

「ぐはっ……。大丈夫か、みんな!? 待ってろ、今、ハーベストレインかけてやる!」
「くうう、なんなの? 痛ったいわね……!」

 本を守っているアリスタルフには人形兵士から拳の顔面連撃が。

 頬をさすりながら……。
「痛てて! ん、あれ!? 本は……ふう、無事だ!」

 前衛3人には、容赦なく追加のユピテルゲイヂが爆発した。
 危うい電磁力場が3人の体力やら速度やらをげっそりと再び奪う。

「はあ、はあ……。やるね、魔導書? カノン、ふらふらだよ……」
 カノンも今の連続攻撃はきついようで、倒れないのがやっとだ。
 ネツァクの加護が輝いた。

「くっ、さすがに百年物の魔導書は強い……。だが、負ける訳にはいかない!」
 苦しそうなウィリアムは、黄金の光を発生させ、のろのろと治癒術を展開する。

「ふう、ふう……。人の服を焼いた上に私をぼろぼろにするとは……。お仕置きが必要ね!」
 アリアの服の損傷はそんなでもないが、今の魔導連続攻撃はさすがに心身に堪えた。

 今の攻防戦で部屋の損傷率は13%まで上昇している。
 自由騎士団は、いかに逆転するのだろう?

●二手に

「考究治癒術百科」を落し、自由騎士団が大ダメージを負ったその後……。

 魔導書らは、ばさばさと羽ばたいて後方、上に逃げ、態勢を立て直す。
 自由騎士団側も、これを機にと、回復に急いだ。
 だが、ウェルスもウィリアムも、元がヒーラー専門職ではない。その上、ヒーラーの数が足りていない。
 多少の損傷率は覚悟の上で、きゐこが『クリアカースの書』と『メセグリンの書』を目利きで発見し、仲間たちに回復を分け与えた。損傷率が2%上昇した。

 魔導書に高度な知能はないだろうが、彼らは書架を狙っていたらしい。
 部屋の奥でぐらぐらしていた書架数台が崩され、トラップが増えてしまった。

 だが、掃除係のアリスタルフも負けてはいない。
 手当たり次第、散らばっている魔導書を集め、隅の机の上に本を重ねて行く。

 さて、次はどちらから落とすのか?

「魔導術の方を先に落しましょう! ハイレベルな攻撃魔導をまた浴びたら大変よ!」
 アリアが皆に提案する。

「次は錬金術の方を落すぞ! ハイレベルなパナケアで回復されたら大変だからな!」
 ウェルスがアリアの提案を覆すかのような指示を出す。

(しまった! 指揮官を誰にするか決めてなかったな?)
 やり取りを見ていたウィリアムは、はっとなる。

 魔導書からは魔弾とホムンクルスがかっ飛んでくる。
 攻撃をくらいながらも、あきれたカノンが呼びかける。

「もうどっちからでもいいよ! ほら、じゃあ、近くにいる人同士が組んで対処しようよ!」

 カノン同様、部屋の損傷率を上げないために、きゐこも氷撃をあえて受けて応える。

「争っている場合ではないわ! そうね、二手に分かれましょう!」

「考究魔導術百科」の相手は、アリアとカノンが。
「考究錬金術百科」の相手は、ウィリアム、ウェルス、きゐこになった。
 アリスタルフは、黙々と落ちている本を回収し、掃除を続ける。

***

 アリアは後半戦開始直後、天井を見上げていた。
 この部屋の高さは5m程度ある。
 敵は飛んでいる。
 これを活かせないものか、と。

「カノンさん! お願いがあるんだけれど……」
「何? どんなこと?」

「私がおとりをやるわ。本が私を攻撃したら、本を捕まえて、おもいっきり上に投げるなりしてくれるかしら?」
「お安い御用だね!」

 会話している二人の間に緋色の魔導が飛んでくる。
 アリアがわざとらしく攻撃を受ける。

「痛いわね、このどア本! 誰からも読んでもらえないって、あなた、本としてプライドはないの!?」

 アリアはそう叫び、あっかんべえをして、お尻をぺんぺんと叩いた。
 言葉が通じている訳ではないが、魔導書は挑発に悪意を認めた。

 急直下攻撃!
 上斜め3mの距離から、百科事典の直角攻撃がアリアを襲う!

 同じ頃、カノンは逆立ちしていた。
 研ぎ澄まされたバランス感覚で、散らばっている本と本の間に両手をつけ、バネを作る。
 アリアに直進して来る魔導書に向かって、斜めからカノンがおもいっきり跳ね上がった!

 右足の脚力一点に力を集中させたカノンの蹴りが魔導書の表紙に鮮やかに決まる。
 凄まじい衝撃の力と共に、蹴られた本は宙を舞う!

 アリアは葬送の願いを中段に構え、風の流れを感じ取っていた。

「大人しくして! 後でレオ先生がちゃんと読むから!」

 愛刀から繰り出される鋭い風の斬撃が空中を漂う獲物を狙う!
 疾風刃・改の一撃が完成した!
 カノンによる衝撃とアリアによる刃で敗北した魔導書は、そのままきらきらと浄化されて落下して行く。

「おっと、本が……!」
 落ちて痛む前に、見計らっていたアリスタルフが走って来て、ナイスキャッチ。
 彼は部屋の掃除をしつつも、戦闘の動きには随時、注意していたのだ。

 魔導書2冊を回収し終え、アリスタルフの両手は塞がった。
 掃除も回収もそろそろ頃合いかな、と彼は急いで退室する。

 なお部屋の損傷率は、今の戦闘で+5%。

***

 対「考究錬金術百科」の班は、前方で羽ばたく魔導書の前で陣形を組み直していた。
 ウィリアムが槍を構えて前衛に立ち、その後衛にウェルスときゐこが陣取った。

「いざ勝負!!」

 飛び交う魔導書を追うように、ウィリアムが槍を振り回す。
 だが部屋は狭い。20m四方だ。
 もう一方の班もいるので、面積がその半分で戦っているようなものだ。
 彼が周囲に注意して動いていても……。

「あっ、しまった!」

 魔導書を突くつもりが、回避され、その後ろにあるすかすかの書架を倒してしまった。
 ティンクトラの雫やら緋文字やらの魔導書が爆撃音を立てて炸裂する。

 幸い、長物での攻撃だったため、倒した書架や発動した魔導書とは距離があった。
 ウィリアムは、直撃は避けられた。

 もちろん後方にいるウェルスときゐこも何もしていない訳ではない。
 ウェルスは銃撃で、きゐこは魔導で狙うが、何分、飛び逃げる魔導書に攻撃があまり当たらない。
 それどころか、たまに周辺の書架や違う魔導書まで誤って攻撃してしまった。

 きゐこは、部屋の損傷率の問題もそうだが、獲物を仕留められず気が気でなかった。そこで、あることを思いつく。

(そうよ! 魔導書に攻撃が当たらないなら、当たるように固定すればいいわ!)

 きゐこは前衛に向かって叫ぶ。

「ウィリアムさん! 悪いけれど、おとりやってくれるかしら?」

 ウィリアムは槍で百科事典攻撃を防ぎながら、答える。

「え? おとりをやれと!?」

 事態を把握したウェルスも一緒に叫ぶ。

「それだぜ! ウィリアムの旦那、すまんが頼む! 俺らが何とかするから!!」

 ウィリアムも仲間の意向を理解し、わかった、やってみる、と叫び返す。

(要は、魔導書が私だけに向くようにすればいい訳だな? ならば、やることは……!!)

 ウィリアムは槍を捨てた。そして両手を広げた。

「さあ、私の胸に飛び込んで来なさい! 私の学問への愛で、あなたを浄化してあげよう!」

 当然、魔導書にウィリアムからの愛の告白は理解できない。
 だが、彼は槍を捨てて両手を広げていることで無防備だ。

 魔導書は、最高レベルの熱い炸薬でウィリアムを爆撃した。
 これが魔導書からの答えだ、とも言わんばかりに……。

「でかした旦那! 骨は拾ってやる!!」

 ウェルスは強化された銃撃力を滾らせ、最高速度の連続射撃を撃ち込む!
 ウィリアムという標的に集中していて隙だらけだった魔導書は、存分に撃たれるしかなかった。

「ごめんね、ありがとう、ウィリアムさん。とどめは私が!!」

 きゐこは、彼女が持っている最高の実力で練成した魔導を完成させる。
 魔導書周辺の空間がカチコチと凍り付く。
 マナが熱を霧散させ、絶対零度の氷の監獄≪雪女郎の果ての果て≫が魔導書を捕らえた。

 カチカチ、ガチャコオオオン!!

 氷獄が出来上がった姿は時が停止したように美しい。そして、一瞬で壊れた。
 力尽きた魔導書は浄化され、きらきらとそのまま落下した。

 熱い告白の問答で負傷したウィリアムが魔導書を大事に回収する。

「ふう……。魔導書が無事で本当に良かった……」

 戦闘が終わり、ウェルスがウィリアムを光の雨で癒しながら、ふ、と笑う。

「旦那、本当に学問や本が好きなんだな? なんか羨ましいぜ!」

 きゐこも隣で、にこやかに頷く。

「むしろ、本が好きな私たちだからこそ、この依頼を引き受けたのかもしれないわね」

 ちなみに部屋の損傷率は今の戦闘で+9%
 今までの合計で29%。
 レオはアカデミーから弁償させられずに済むようだ。

●大掃除

 戦闘後、レオと自由騎士団は、魔導書管理室の掃除をすることになった。

 掃除好きなアリスタルフが率先して、倒れた書架を立て直し、埃や屑をぱたぱたと払う。
 隅の机の上に集めていた本は、分類した上で整理整頓だ。
 部屋が綺麗になる度にアリスタルフは満足そうな笑みを浮かべていた。

「提案があります。本を定期的に虫干ししてはどうでしょうか?」

 レオもぱたぱたと叩きながら頷く。

「そうですね。では、掃除が終わったら、次はそうしましょう」

 モップで床を拭いていたきゐこがレオに話しかける。

「ところで先生。今後、この部屋の管理権ってどうなるのかしら?」

 レオは叩きながら回答する。

「この部屋に関しては、私共の魔導科学研究室との共同管理になるよう申請しておきました。ん、なんで?」

 きゐこが楽しそうに答える。

「ここにある魔導書、読んでみたいのよ!」

 ふふ、とレオが笑う。

「熱心ですね。かまいませんが、例の全3巻以外にめぼしい魔導書はありませんよ?」

 ウェルスも椅子に乗りながら魔導ランプを磨きつつ、会話に加わる。

「なあ、レオ先生。『考究治癒術百科』って読んでもいいか? 例えば、キジン化された体を元に戻す方法とか、載ってねえかな?」

 レオは、ううん、と唸る。

「結論から言いますと、その方法は載っていないでしょうね。何分、百年前に編集された百科事典ですから。現在かそれより未来の知識には追いつけないでしょう」

 ウィリアムも本の表紙を布で綺麗にしながら問いかける。

「解読は手伝うことができるのだろうか? 本からすれば読まれない上に埃っぽいわで不満だったのだろう。有志で解読してみては?」

 協議の上、きゐこが魔導術を、ウィリアムが錬金術を、ウェルスが治癒術を担当して、解読の手伝いをすることになった。

 カノンが重そうな魔導書を抱えて持って来た。

「ねーねー、これはどんな意味なのかなー?」

 次回の演劇で魔導士を題材にしようと思ったカノンが、面白そうな本を見つけては質問しに来たのだ。

「ええと? それはですね、う……」

 本を受けったレオは、ぎくり、と腰が痛かった。
 先ほど、レオが一人で部屋を偵察した時、回避の際に痛めたようだ。

 アリアが重い本を代わりに受け取った。

「だからねえ……。こういう危険な仕事は、無理せず私をすぐに呼んでください!」
「ははは、アリアさんには勝てませんね。では、次回以降もぜひ自由騎士団に頼りますよ!」

 あはは、とみんなで笑えて、暴れている魔導書事件は無事に幕を閉じたのであった。

 了

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

称号付与
『『考究錬金術百科』の解読者』
取得者: ウィリアム・H・ウォルターズ(CL3000276)
『『考究魔導術百科』の解読者』
取得者: 猪市 きゐこ(CL3000048)
『『考究治癒術百科』の解読者』
取得者: ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)
特殊成果
『『考究魔術百科事典』研究論文』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員

†あとがき†

魔導書の浄化と大掃除ありがとうございました。

MVPはアリスタルフさんです。
縁の下の力持ちみたいな役割はとても助かりました。

称号は、きゐこさん、ウィリアムさん、ウェルスさん。
魔導書解読の申し出の巻数に見合った称号を出させて頂きました。

ドロップは、皆さんです。
後日完成した論文がプレゼントです。

12月半ばにゼミの忘年会もやりますので、ご期待ください。
FL送付済