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鉄血の道




 ここシャンバラ皇国は、イ・ラプセルとの戦に敗れ、皇国ではなくなった。
 皇国軍の残党が賊徒と化し、町や村を襲っては撃退される。そんな事態が相次いだ。
 撃退するのはイ・ラプセル総督府の軍勢であったり、自由騎士団であったりした。
 この村は、違う。
 俺たち村の人間が、自身の手で賊徒を撃滅したのである。
 自力で、村を守った。その高揚感は、確かにあった。
 俺の場合、数日で、そんなものは消え失せた。残ったのは、人を殺した感触だけである。
「お前たちには今後、ヴィスマルク本国で軍事調練を受けてもらう事になる」
 猪が、喋っている。
 大柄なケモノビトであった。直立した猪が、軍装をまとっている。そんな男である。
「……覚悟を決めておけ、本格的な調練だ。この村で我々が施した戦闘訓練など、それに比べたら遊びでしかないぞ」
 その遊びで、俺たちは徹底的にしごかれた。血も汗も涙も一滴残らず搾り取られた、という気がした。
 結果、性格が変わってしまった奴もいる。こんなふうにだ。
「耐えます! 耐えて耐えて、もっと強くなります! 国母様の御ために! ヴィスマルク万歳!」
「殺す……殺す……どいつもこいつもぶっ殺しますよドルフロッド隊長……ヴィスマルク万歳……」
 俺の親友の、アドルとマフティである。
 虫も殺せないような奴らであったが、身も心も追い込む連日の戦闘訓練そして実戦で、すっかり洗脳されてしまった。
 虫は殺せなくとも、人は殺せるようになった。
 このドルフロッド・バルドー少尉は俺たちに、集団で人を殺すやり方を徹底的に叩き込んでくれた。
 ここシャンバラの支配者は、イ・ラプセル王国である。
 イ・ラプセルがしかし何やらゴタゴタしている間、ヴィスマルク帝国の軍勢がシャンバラに入り込んで来た。
 この国には、賊徒もいればイブリースもいる。
 シャンバラの民は、脅かされていた。イ・ラプセルを頼るか、ヴィスマルクを頼るか、選択を迫られていたのだ。
 俺たちの村は、後者であった。ヴィスマルク軍の支配を、受け入れてしまった。
 俺も、アドルもマフティも17歳。このくらいの若い男は全員、戦闘訓練を受けさせられた。
 ミトラースは、もういない。お前たちは己の力で、村を守らなければならんのだぞ。
 ドルフロッド少尉はそう言って、ひたすらに俺たちを虐待した。
 やがて本当に、俺たちが自力で村を守らなければならない局面が訪れた。皇国軍残党の一団が、村を襲ったのだ。
 俺たちはドルフロッドの指揮に従い、これを迎え撃った。最低3人がかりで1人殺す。その繰り返しを徹底させられた。
 とにかく、このドルフロッドという男の言うとおりに動くと、面白いように人を殺せるのだ。
 人数で勝る賊徒の群れを、俺たちは殺しまくった。
 1人も逃がすな、とドルフロッドは言った。
 こやつらが何をしようとしたかを考えろ。村の女たち子供たちに、こやつらが何をする気でいたのかを。
 殺し尽くせ。1人が生き残れば、1人の村人が殺される。守るために、殺し尽くせ。
 ドルフロッドの、それは命令と言うより煽動であった。
 俺も、アドルもマフティも他の連中も、煽動に乗って大いに殺戮をした。命乞いをする賊徒たちを、3人がかり5人がかりで切り刻んだ。
 俺は、両親の目の前で。アドルは、恋人サーラの眼前で。マフティは幼い弟妹の見ている前で。
 見ろよサーラ、俺はお前を守った。これからも守ってやれる。俺は、強い男になったんだ。叫びながらアドルは、縛り付けた賊徒の身体を槍で滅多刺しにしたものだ。
 その後、サーラはアドルに会わなくなった。
 アドルは、より過酷な戦闘訓練に逃げ込むようになった。
 俺たちは、村を守った。自分の力で戦った。あの時の俺は、そんな気持ちを高ぶらせていた。
 今なら、わかる。
 俺たちは、村を守るために戦ったわけではない。守るためと称して、人殺しを楽しんでいただけだ。
「鉄血! 鉄血! ヴィスマルク万歳!」
「捧げよう、我が命をヴィスマルクの民に! 我が魂を国母様に!」
 アドルもマフティも、セレンもケリーも他の奴らも、熱狂している。
 俺も含めて全員、人殺しの経験を共有した。もはや熱狂に逃げ込むしかないところへ追い詰められたのだ。
 このドルフロッド・バルドーという怪物によって。
「新兵という連中はな、初めて人を殺すと大抵こうなる」
 怪物が、俺に話しかけてきた。
「だが、お前は違うようだなクリス君。人殺しを楽しんでいた自分を、振り返って冷静に観察している。さぞかし辛かろう」
 皆その辛さに耐えられず、熱狂しているのだ。
「……お前は、良い軍人になれる」
 ドルフロッドの大きな手が、俺の肩を叩いた。
「知っての通り、レガート砦が陥落した。まことに遺憾ながら我々はシャンバラを放棄し、本国に戻って守りを固めねばならん……お前たちは連れて行く。基礎的な訓練を済ませ、実戦をも経験した。お前たちは今や立派なヴィスマルク軍兵士なのだからな」
「や、やめて下さい……どうか……」
 か細い声を発し、木陰から頼りなく姿を現したのは、俺の両親だった。
「息子たちを、連れて行かないで……」
「ご子息は、我らヴィスマルク軍にとって非常に有望な人材です」
 ドルフロッドの口調は、穏やかではある。
「お返しするわけには、いきませんな。門出を祝っておあげなさい。さあクリス君、ご両親に別れの御挨拶を」
「……父さん、母さん……俺、もう村にはいられないよ」
 俺は言った。
「見てたろ? 俺、人を……」
 声が、拳が、震える。
 兵隊の補充。ここシャンバラにおけるヴィスマルク軍の目的は、最初からそれだったのだ。
 虫も殺せなかった俺たちを、人殺しの集団に作り変え、村に居られなくしてヴィスマルク本国へと連れ去って行く。
 それがヴィスマルク軍の目的、であったとしても、人を殺したのは俺だ。俺の意思で動かした、俺の手足だ。
 他人のせいにする。俺たちシャンバラ人は、まずはそこから脱却しなければならない。
「クリス……全てはな、考えもなくヴィスマルク軍を受け入れてしまった、我ら村の大人の責任だ」
 父が言った。
「私たちはミトラース様を失い……次に頼るべきものを安易に求めてしまった。それではいけない、シャンバラは……もう、それではいけないと言うのに……」
「気付くのが遅い」
 ドルフロッドが片手を上げた。
 ヴィスマルク兵が2人、俺の両親の眼前で小銃を交差させた。
「お前たちはな、息子が人を殺す様をただ傍観していたのだ。今更、出来る事などありはせんよ」
 少し離れた建物の陰では、マフティの幼い弟と妹が、おろおろとこちらを盗み見ている。
 俺は、俺たちは、人を殺した。賊徒の口に槍を突っ込んだ手応えを、俺は覚えている。
 この手で、子供たちの頭を撫でる事は出来ない。恋人を抱く事は出来ない。両親の手を取る事も。
 この村で平和に暮らす資格を、俺たちは失ったのだ。
「自由騎士団が、そろそろ駆け付ける。安心しろ、奴らとの戦いに新兵を参加させようとは思わん」
 ドルフロッドが、鎖を握った。
「駆け付けた連中を、俺たちが皆殺しにする……しっかりと見学し、覚悟を決めろ。お前たちにはな、ヴィスマルクの兵士として生きる道しか残されていないのだ」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.ヴィスマルク軍兵士(6名)の撃破。生死不問。
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 旧シャンバラ領。とある村にて、若者の集団がヴィスマルク軍に連れ去られようとしております。これを止めて下さい。

 戦いの相手となるヴィスマルク軍部隊は6名編制。内訳は以下の通り。

●ドルフロッド・バルドー(前衛中央)
 ケモノビト、男、32歳。重戦士スタイル。『バッシュLV4』『ギアインパクトLV2』を使用。

●軽戦士(2名、前衛左右)
 『ヒートアクセルLV2』『ピアッシングスラッシュLV2』を使用。

●ガンナー(3名、後衛)
 『ヘッドショットLV2』『バレッジファイアLV2』を使用。

 場所は村の広場、時間帯は真昼。
 この6名と対峙した状態から始めていただきます。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
4モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2020年08月28日

†メイン参加者 6人†




 神が、全てを与える。人々は、ただ享受しているだけで良い。
 ひとつの理想ではあるのだろう、と『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)は思っている。
 その理想を成し遂げるために、教皇ヨハネス・グレナデンは戦い続けた。
 シャンバラの民が、何不自由なく生活の糧を享受する。そのためにヨウセイたちの命を奪う。
 ヨハネス教皇は、誇りと信念と覚悟を持って、そんな差別と搾取と殺戮の道を進み続けたのだ。
 許される事ではない。そして許しなど、ヨハネスは最初から求めてはいなかっただろう。
「そんな覚悟を、信念を……持て、なんて言う方が無茶だよね」
 ひとまとめに集合させられた若者たちの一団に、カノンは語りかけた。
 ヴィスマルク軍によって虐待同然の戦闘訓練を施された、村の若者たち。
「偉そうな事は言わない。君たちには……ただ、見ていて欲しいんだ。カノンたちの戦いを……何を見せられるかは、わかんないけどね」
 カノンは拳を握り、見据えた。黄金色の瞳が燃え上がり、この村の実質的な支配者たちに眼光を叩き付ける。
 6名から成る、ヴィスマルク軍の一部隊。6人とも、見ただけでわかる精兵である。
 部隊長である大柄なケモノビトが、カノンの眼光を正面から受け止めた。
「堂々と……顔を晒して、動き回るのだな。カノン・イスルギ」
「当然」
 カノンは身構えた。
「ヨハネス教皇と、戦った……彼の命を、奪った。カノンはね、それを否定しない。隠しはしない。後悔もしていない。ヨハネスのした事は許せないけど、彼の誇りと覚悟と信念は否定しないし、させないよ」
 牙を伸ばした、猪の頭部。やや猫背気味の、筋骨たくましい巨体。
 ヴィスマルク軍部隊長の姿を、カノンは金色に燃える瞳で睨み据えた。
「ドルフロッド・バルドー少尉……また会ったね。今まで随分と上手いことやってたみたいだけど、ここまでだよ」
「君がシャンバラで奪ったもの……全て、取り返させてもらう」
 言葉と共に『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)の細い全身から、淡い白色の光が溢れ出す。
 軽傷であれば自動的に治療してくれる、魔導医療の輝きが、この場の自由騎士全員を包み込む。無論この敵が軽傷で済ませてくれるはずはなかった。
「この時を……待っていましたよ、ドルフロッド少尉」
 ばさりと修道服を脱ぎ捨て、牝獣的なバトルコスチューム姿を露わにしながら、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が叫び踏み込んで行く。
「ルナードさんの仇、討たせてもらいます! もちろんね、そんな事したって死んだ人は喜んでくれません。これは私の私的感情、私的制裁です! 絶対制裁、ぜっ☆さい! ですよっ!」
 鋭利な拳が、強靱な美脚が、ドルフロッドに向かって荒れ狂う。灼熱の太陽と大時化を、カノンは幻視した。
 ならば自分は、竜巻となろう。
 そう思い定め、カノンは跳躍した。エルシーと比べて圧倒的に未成熟なボディラインが激しく捻転し、あまり長くない両脚が超高速で弧を描く。斬撃にも似た回転蹴り。
 エルシーとカノン、両名による格闘打撃の嵐が、ドルフロッドを直撃していた。
 彼の左右を固めるヴィスマルク兵2名が、巻き添えを食らって吹っ飛び、血飛沫を咲かせる。
 ドルフロッドは、よろめきながらも踏みとどまっていた。頑強な猪の顔面で、前傾気味の巨大な上半身の各所で、カノンとエルシーの猛打・連撃を全て受けている。
「見た目通りの頑丈さ、ですねえ」
 肘打ちと回し蹴りを叩き込みながら、エルシーが不敵に笑う。
「レガート砦で討ち死にしちゃってないか、心配でしたよ……貴方は私が、直接! こうやって! ぶっ飛ばす! そう決めていました」
「……光栄の極み」
 ドルフロッドの声、と共に鎖が鳴った。
 エルシーの身体が、へし曲がって血飛沫をぶちまける。
 腹の辺りに、棘の生えた鉄球がめり込んでいた。
「エルシーちゃん……!」
 回転蹴りを終え、着地しながら、カノンは呻く。
 そこへ後衛のヴィスマルク兵3名が、銃口を向けてくる。
 狙いを定めて引き金を引くのは、しかしこちらの銃士の方が早かった。
「させない……!」
 雷鳴の如き銃声。
 大口径拳銃の反動を、強靱な両の細腕で受け止めながら、『竜弾』アン・J・ハインケル(CL3000015)が言った。
「あんたらは、アレか。この村の連中を、しごいて搾って鍛えてやってたんだよな」
 迸る爆火の弾幕が、ヴィスマルク軍の銃撃兵たちを薙ぎ払う。
「ま……弱い奴を強くしてやろうってのは、嫌いじゃあない」
「この国の連中を、見ているとな」
 鉄球の付いた鎖を重く鳴らしながら、ドルフロッドが言う。
「色々と……叩き直して、やりたくなるのだよ」
「……ちょっと、同感です」
 エルシーが血を吐きながら、よろよろと立ち上がる。
「それは、それとして……貴方たちのしている事は、許せません」
「許しを得よう、という気はないのでな……」
 ドルフロッドが、にやりと牙を剥く。エルシーは、彼の次なる攻撃に備えたようである。
 しかし直後、疾風の如く踏み込んで来たのは先程、吹っ飛んで倒れた2名のヴィスマルク兵であった。立ち上がると同時に抜剣し、凄まじい刺突を繰り出す。
 剣閃の衝撃が2つ、エルシーを直撃・貫通し、後方のマグノリアに突き刺っていた。
 鮮血をしぶかせて揺らぐ両名を、気遣っている場合ではない。
 アンの弾幕に灼き払われた銃撃兵3人が、痛手に歯を食いしばりつつ反撃に出たのである。3つの銃口が、烈火を放つ。速射、連射。
 銃撃の嵐が、自由騎士6名を粉砕する勢いで吹き荒れた。
 全身に、銃弾が突き刺って来る。血を吐きながら、カノンは片膝をついた。
 満を持してか、ドルフロッドが猛然と突っ込んで来る。鎖鉄球が唸りを発し、カノンを猛襲する。
 その一撃は、しかし空を切った。
 カノンが回避した、わけではない。
 ドルフロッドの豪腕に、巨体に、白く冷たいものが絡んで巻き付き、鎖の操作を狂わせたのだ。
「うぬ……っ」
 ドルフロッド、だけではない。
 ヴィスマルク兵6名全員が、鋭利な氷の荊によって、幾重にも縛り上げられ切り裂かれてゆく。
 銃撃の嵐に辛うじて耐え抜いた『智の実践者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)と『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)が、血まみれで杖を掲げていた。
 テオドールは、闇そのものの塊のような黒き杖で。ティルダは、藍花晶の杖で。
 氷の荊を、制御操作している。
 呪術士2人分の魔導拘束が、ヴィスマルク兵6名に凍傷と裂傷を負わせている間。
 マグノリアが、見えざる鎖で天地を繋げていた。
 天の力と地の力が、絶大なる治癒力となって自由騎士たちの肉体に流れ込む。
 突き刺さっていた銃弾が全て、カノンの全身から押し出された。
 失われた血液が、天地の力によって補給されてゆくのを、カノンは体感していた。
 魔導医療を実行しつつ、マグノリアが言う。
「手酷くやられたね……特に、シスター」
「ありがとう……助かりました、マグノリアさん」
 倒れていたエルシーが、治療を受けて立ち上がる。
「だけど私は……そんなには、治してくれなくていいですよ」
「死に際に発動する力を、狙っているのか」
 テオドールが言った。血まみれの身体に、天地の治癒力が注ぎ込まれてゆく。
「正直、感心はしないが……」
「……程々にしないと駄目ですよ、エルシーさん」
 血色の戻りつつある顔で微笑みながらティルダが、可憐な五指でゆっくりと杖を捻る。
 氷の荊がなおも強烈に、ヴィスマルク兵たちを締め上げてゆく。
 拷問にも等しい呪術操作を行いながら、ティルダは言葉をかけた。
「ドルフロッド・バルドー少尉……わたしも、あなたにお会いしたかったです」
 涼やかな声、静かな口調。
 だが、とカノンは思う。ティルダは今もしかしたら、ミトラースよりも許し難いものを見つけてしまったのかも知れない。
「わたしの大切な友達を……人殺しの道に、引き込んでくれた方」
「ヒト殺しの道、か……ふふ、気に入らんのかね? 拷問上手のお嬢さん」
 凍傷に、裂傷に、束縛に、抗いながらドルフロッドは言った。
「彼女には適性があった。ヒトを狩る適性……それは、お前たちも同様」
 切り裂かれ凍てついた巨体が、しかし氷の荊を振りほどき引きちぎりにかかる。
「全員、ヴィスマルク軍へ来い……自由騎士団の2倍、3倍の待遇を約束しよう」
「……惜しいな。実に悲しむべき事だと、私は思う」
 テオドールが、黒き杖を水平に構えたまま、念を強めたようである。
 ちぎれかけた氷の荊が、蛇の如く執拗に、ドルフロッドの巨体に絡まり刺さってゆく。
「共に民を守る。それが理想であると貴卿は言った。全く同感、と言いたいところであるが」
 テオドールの両眼が、呪力を宿し、淡く禍々しく発光している。
 その目が一瞬だけ、村の若者たちに向けられた。
「わざと道を誤らせる、そのやり方……賛同する事は出来ぬ。彼らを、返してもらうぞ」
「返す、だと……まるで、所有物だな……っ」
 ドルフロッドは剛力を振り絞り、氷の荊に抗い続ける。
「貴様らも、我らと同じく……あやつらを、モノとして扱うのか」
「無論いずれ彼らには、己の意志で己の道を歩んでもらう。だが今は……いくらか強引な、導きが必要なのだ」
 テオドールの両眼が、呪力の輝きを増しながら、若者たちを見据える。
「わかれ! 貴卿らはな、引き返す事が出来ないわけではない。最後の手綱を、自ら切ろうとしているだけだ……それに、気付いてもらうぞ」


 エルシーの拳が、赤熱した。
 赤く熱く輝く一撃が、ドルフロッドの鳩尾に突き刺さる。緋色の衝撃が巨体を貫通し、後方の銃撃兵に命中した。
 ドルフロッドは血を吐きながらも踏みとどまるが、銃撃兵はさらに後方へと吹っ飛んでいた。
 その身体が、銃声と共に空中で跳ね、墜落した。
 アンによる、とどめの狙撃であった。
「まったく、イブリース並みに頑丈な連中だぜ。殺す気で狙ってぶっ放しても、そうそう死にやしねえ。それとも、こいつが権能って奴かい」
 形良い五指を高速躍動させて装填作業を済ませながら、アンが言う。
「……ま、便利は便利だぁな」
 辛うじて死んではいないヴィスマルク兵が5人、屍の如く倒れ伏している。
 ただ1人、立ち踏みとどまっているドルフロッドが、鎖を短く持って鉄球を振るう。
 その一撃を、エルシーは左腕で受け流した。
「何……っ」
「ドルフロッド……君の剛力は、封じさせてもらった」
 マグノリアが、赤い、液体らしきものの入った魔導具を掲げている。
「今の君は、半分も力を発揮する事が出来ない……もはや勝敗は見えたと言えるだろう。戦いをやめるのだね……軍人ならば、引き際を見誤ってはいけない」
「軍人……なればこそ……勝手に、戦いをやめるわけにはゆかぬ」
 呻き、よろめくドルフロッドに、アンが拳銃を向けた。
「ヴィスマルク本国から撤退命令が出てんだろ? 恥じる事はねえ、逃げちまいな」
 殺意に近いものを抱きながら、アンは狙いを定めている。ティルダは、そう感じた。
 逃げなければ殺す。アンは、そう言っているのだ。
「逃げても生き残りゃ勝ち、踏みとどまっても死んじまえば負けだ。軍人さんなら……負けねえ戦いをしないと、だぜ」
「……当然、その人たちは置いて行ってもらいますよ」
 戦いを見つめ、青ざめている若者たちに、ティルダは視線を向けた。
「連れて行かせは、しません」
「酷い事を……」
 血まみれの顔で、ドルフロッドは微笑んだ。若者たちに、親指を向ける。
「こやつらが……もはや、真っ当な市井人として生きてゆけると思うのか!」
 力の半減した巨体が、それでも自由騎士団に向かって猛然と動きかける。
 そして硬直し、鮮血を噴いた。見えざる刃が、ドルフロッドを叩き斬っていた。
「生きてゆかせるとも。彼らには、足掻いてもらう」
 テオドールが、白き呪いの短剣を、己の首筋に当てていた。
「道を選ぶのは彼ら自身であって、貴卿ではないのだよ」
「自ら道を選ぶ……だと……」
 ドルフロッドは激昂した、ようであった。
「我々や貴様たちですら、出来ているとは言えぬ事! この者どもに出来るわけがなかろうが!」
 血まみれの豪腕が、鎖を振るう。
「こやつらにはな、もはや兵士として敵国を蹂躙する道しか残されておらんのだよ! 神の蠱毒の尖兵となって殺し合う、我らオラクルのようになぁああっ!」
 鉄球が襲いかかって来る、よりも早くティルダは片手を掲げた。
 たおやかな五指で、目に見えぬものを握り潰しにかかった。
「あなたは、人を……」
 ティルダの言葉に合わせてドルフロッドの巨体が、硬直しながらメキメキッ! と捻れ歪んでゆく。目に見えぬ巨人にでも捕らわれ掴まれているかのように。
「罪を重ね続ける道に、追い込もうと言うんですか……人を殺したから、兵士になるしかない……これからも、人を殺すしかない……そんなふうに……」
 ドルフロッドが、歪みながら血を吐いた。
 このままでは、殺してしまうのではないか。その前に自分は、この手を止める事が出来るのか。
「あの子に……そうした、みたいに……っ!」
「……あの娘はな……天性の、狩猟兵だ……」
 ドルフロッドの声は、辛うじて聞き取れる。
「ヒトを狩り殺す道に……いずれ、戻って来る……友情・愛情の類で、殺戮の天性を止められはせんよ……」
 自分の殺意も、もはや止められない。
 ティルダが思いかけた、その時。
 獣の咆哮が、響き渡った。
 ドルフロッドの巨体が、歪みながらへし曲がっていた。
「……黙ろっか、そろそろ」
 カノンの、突進。
 小さな両手が、五指を牙としてドルフロッドの胴体に食い込み、そして咆哮そのものの気の奔流を放ったのだ。
 へし曲がり揺らぐドルフロッドに向かって、続いてエルシーが踏み込んで行く。
「ええ、黙らせましょうか。そろそろね……」
 唸る鎖鉄球が、エルシーを迎え撃った。
 歪み曲がっていたドルフロッドが、その剛力と自然治癒力を振り絞り、反撃に出たのである。
 猛然と動いた巨体が、全てを振り切った。氷の荊も、見えざる巨人の手も、力の半分を封ずる劣化の呪力も。
 今度はエルシーの身体が、歪みへし曲がりながら鮮血をぶちまけ、吹っ飛んでいた。
「……勝敗が見えた、だと……」
 エルシーを抱き止め、息を呑んでいるマグノリアに、ドルフロッドの眼光と言葉が向けられる。
「俺には……俺の勝利、ヴィスマルクの勝利しか、見えておらぬ!」
 なおも鎖を振るおうとするドルフロッドが、しかし次の瞬間、激しく揺らいで血飛沫を散らせた。
 竜の咆哮を思わせる、銃声と共にだ。
「……そうだな。戦う奴ってのは、そうでなきゃいけねえ」
 アンの、必殺の銃撃であった。
「それでこそ、だぜ。ヴィスマルク軍人……」
「まさしく……敬意を表さねばならぬ、か」
 テオドールが、存在しない弓を引く。
 屍のようだったエルシーが、マグノリアの細腕の中から立ち上がる。
「やってくれるじゃあ、ないですか……そう! ココからが本番って事ですよ!」
「ヴィスマルクの猛将……君のその力、何度でも半減させてもらうよ」
 マグノリアが魔導具を掲げ、ドルフロッドの巨体に劣化の呪縛をもたらす。
 テオドールが呪力の矢を放ち、エルシーが死に際の力を発動させながらドルフロッドを強襲する。
 続いて踏み込んで行こうとする少女に、ティルダは言葉をかけた。
「……ありがとう、カノンさん」
 一瞬だけカノンは微笑み、姿勢低く駆けて蛙の如く跳躍した。
 カノンは先程、ドルフロッドに食らわせた一撃で、ティルダの殺意をも粉砕してくれたのだ。
 自由騎士たちの容赦ない攻撃が、ドルフロッドに集中する。
 鐘の音が、高らかに鳴り響いた。


「どうしろって、言うんだ……俺たちに……」
 若者たちが、途方に暮れている。
「これから先……この村で……」
「村を守る。それしかなかろう」
 テオドールが言った。
「人を害する手は、人を守る事も出来る……荒んだ心のままで良い、守り続けるのだ。あとは時が解決してくれる」
「村に住めないと言うのなら……村はずれに、寮のようなものを造るのも良い、と僕は思うよ」
 ヴィスマルク軍という依存先を失ってしまった若者たちに、マグノリアは語りかけた。
「君たちの居場所は……ヴィスマルク軍ではない。君たちが守るべきは、顔も知らぬ他国の国母ではないだろう。いいかい、これだけは君たちの思いに関係なく強調しておくよ。何度でも」
 俯き顔をそらす若者たち1人1人の目を、マグノリアは見つめた。
「……君たちは、村を守った。それが事実であり全てだ。それに関しては」
 捕縛されたヴィスマルク兵6名に、マグノリアはきらきらと魔導医療の光を投げかけた。最低限の治療。
「ドルフロッド・バルドー……君に、いくらかは感謝をするべきかも知れない」
「……ちょいと、気になる事を言ってたよな。さっき」
 アンが言った。
「自分の意志で、自分の道を往く……俺たちオラクルに、それが出来てねえと」
「……心のどこかで、気付いているのではないのか」
 ドルフロッドの言葉に応えたのは、エルシーだった。
「アクアディーネ様たちの、もう1つか2つ上の方に……何と言いますか、チェスの名人気取りな方々がいらっしゃると」
「僕たちを駒にして……か」
 マグノリアは空を見上げた。
「神の蠱毒の、その先にあるもの……それに備えておくべき、なのかも知れないね。僕たちは……」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済