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夜闇に彷徨う幼子の影。或いは、泣き声の響く墓所…

●嘆く者
「一体これは何事かしら?」
そう呟いて、彼女は右手で目を覆う。
黒いドレスに白い肌。
銀の髪を揺らめかせ、飄々と、目の前の現実を直視する。
彼女の名はアンリカと言った。
年齢不詳の高貴な雰囲気を纏う女性であった。
彼女は国の至るところに家を持っているのだが、今回数年ぶりにそのうち一つを訪れた。
とある街の墓所の裏手にある屋敷だ。
数年ぶりにその屋敷へ訪れた彼女は、その日の晩に小さな子供の泣き声を聞いた。
それ以来、毎夜……。
ある時は屋敷の一階で。
ある時は墓所の真ん中で。
アンリカはほんの一瞬だけ、小さな子供の影を見た。
「どこの子どもか知らないけれど、放置しておくのも……ねぇ?」
と、そんなことを呟いて。
彼女はふと、思い出す。
そういえば、以前関わりを持った自由騎士という者たちが、こういった怪異を専門としているという話ではなかっただろうか、と。
●依頼発注
「ってわけで、ちょっと行って来てほしいのよね」
と、そう言って『あたしにお任せ』バーバラ・キュプカー(nCL3000007)はふふんと得意げに胸を逸らして笑ってみせる。
「アンリカの屋敷とその周辺を捜索して、怪奇現象……子供の泣き声や影の正体を突き止めて来てほしいというのが依頼の内容よ。あたしの勘だと、場合によっては戦闘が発生するかもね」
怪奇現象とはいえ、この世界には還リ人や悪魔などが存在している。
人知れず発生したそういう存在が、今回の騒動の原因でないとも限らない。
「アンリカの屋敷は2階建て。地下室があるらしいわね。屋敷の裏手にはなかなか広い墓地が存在しているわ。子供の姿……バンシーと呼称するわね……を見たのは屋敷や墓地という話だから、その辺りを集中して探せば何か見つかるのではないかしら?」
ちなみに、現在もアンリカは屋敷に滞在しているらしい。
そのことからも、今のところは【バンシー】がアンリカに実害を与えてはいないことが分かる。
もっともそれは、アンリカが子供の影に対して何ら行動を……例えば、積極的に近寄るなど……起こしていないから、かもしれない。
「ま、どちらにせよ放置は出来ないわよね。さくっと解決して来てちょうだいね?」
と、そう言って。
バーバラは自由騎士たちを送りだすのだった。
「一体これは何事かしら?」
そう呟いて、彼女は右手で目を覆う。
黒いドレスに白い肌。
銀の髪を揺らめかせ、飄々と、目の前の現実を直視する。
彼女の名はアンリカと言った。
年齢不詳の高貴な雰囲気を纏う女性であった。
彼女は国の至るところに家を持っているのだが、今回数年ぶりにそのうち一つを訪れた。
とある街の墓所の裏手にある屋敷だ。
数年ぶりにその屋敷へ訪れた彼女は、その日の晩に小さな子供の泣き声を聞いた。
それ以来、毎夜……。
ある時は屋敷の一階で。
ある時は墓所の真ん中で。
アンリカはほんの一瞬だけ、小さな子供の影を見た。
「どこの子どもか知らないけれど、放置しておくのも……ねぇ?」
と、そんなことを呟いて。
彼女はふと、思い出す。
そういえば、以前関わりを持った自由騎士という者たちが、こういった怪異を専門としているという話ではなかっただろうか、と。
●依頼発注
「ってわけで、ちょっと行って来てほしいのよね」
と、そう言って『あたしにお任せ』バーバラ・キュプカー(nCL3000007)はふふんと得意げに胸を逸らして笑ってみせる。
「アンリカの屋敷とその周辺を捜索して、怪奇現象……子供の泣き声や影の正体を突き止めて来てほしいというのが依頼の内容よ。あたしの勘だと、場合によっては戦闘が発生するかもね」
怪奇現象とはいえ、この世界には還リ人や悪魔などが存在している。
人知れず発生したそういう存在が、今回の騒動の原因でないとも限らない。
「アンリカの屋敷は2階建て。地下室があるらしいわね。屋敷の裏手にはなかなか広い墓地が存在しているわ。子供の姿……バンシーと呼称するわね……を見たのは屋敷や墓地という話だから、その辺りを集中して探せば何か見つかるのではないかしら?」
ちなみに、現在もアンリカは屋敷に滞在しているらしい。
そのことからも、今のところは【バンシー】がアンリカに実害を与えてはいないことが分かる。
もっともそれは、アンリカが子供の影に対して何ら行動を……例えば、積極的に近寄るなど……起こしていないから、かもしれない。
「ま、どちらにせよ放置は出来ないわよね。さくっと解決して来てちょうだいね?」
と、そう言って。
バーバラは自由騎士たちを送りだすのだった。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.バンシーの正体究明
●ターゲット
バンシー(???)×1
子供の影、あるいは泣き声。
アンリカの屋敷や屋敷裏の墓地で見かけられる。
正体不明。目的不明。
アンリカはバンシーを見かけると、務めて無視を決め込んでいるようだが……。
場合によっては交戦の可能性もあり、その際は[パラライズ2][アンラック2]の状態異常を付与してくるだろう。
●場所
アンリカの屋敷とその裏にある墓所。
屋敷は2階建て。地下室もある。
墓所はそれなりに規模が大きい。
子供の影や泣き声が聞こえてくるのは、決まって夜の間だけだと言うが……。
バンシー(???)×1
子供の影、あるいは泣き声。
アンリカの屋敷や屋敷裏の墓地で見かけられる。
正体不明。目的不明。
アンリカはバンシーを見かけると、務めて無視を決め込んでいるようだが……。
場合によっては交戦の可能性もあり、その際は[パラライズ2][アンラック2]の状態異常を付与してくるだろう。
●場所
アンリカの屋敷とその裏にある墓所。
屋敷は2階建て。地下室もある。
墓所はそれなりに規模が大きい。
子供の影や泣き声が聞こえてくるのは、決まって夜の間だけだと言うが……。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
3/6
3/6
公開日
2020年02月19日
2020年02月19日
†メイン参加者 3人†

●
『別に構わないのだけれどね……子供の影が見えたり泣き声が聞こえたりするのは決まって夜になってからなのよね』
そういって婦人……アンリカは窓の外へと視線を向けた。
空には厚い雲。今にも雪か雨の降りだしそうだ。
寒いから、というわけではないのだろうがアンリカの肌は、血の気の失せたみたいに白い。
黒いドレスに身を包んだ彼女は、ソファーに腰掛け頬杖を突いた。
場所はアンリカの屋敷、その応接室だ。
暖炉の前には2人の自由騎士たちの姿がある。
「まぁ、固いこと言わないでくれよ。ところでアンリカさん、夕食は肉がいいな!」
暖炉の炎に手を翳しながら、『砂塵の戦鬼』ジーニー・レイン(CL3000647)は顔だけをアンリカの方へと向けてそう言った。
『勝手に焼いたら?』
すい、と手袋に覆われた手で暖炉の炎を指し示し、アンリカは囁くようにそう返す。
「お夕飯の件はともかくとして、いくつかお尋ねしたいのだけれど……」
いいかしら? と、暖炉の前から離れ『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)はアンリカの前へとやって来た。
小首を傾げるアンリカへエルシーはいくつかの質問を投げかける。
質問の内容は大きくわけて以下の3点。
この家をこれまで他人に貸した事はあるか?
屋敷裏の墓所に眠っている人達はどういった者たちなのか?
墓所のすぐ裏なんて場所にどうして屋敷を建てたのか?
エルシーの問いに対して、アンリカは興味なさそうに「さぁ?」と答える。
『他人に家を貸したことはないし、土の下にいる人たちのことも知らない。この場所に屋敷を建てたのは私だけれど、ただ土地が売りに出されていたからに過ぎないわ』
いくつもある別荘の一つよ、なんて。
頬に手を当て、そう呟いた。
「そう……困ったわね。立地から考えて墓所に眠る関係者か。それとも以前この屋敷に住んでいた人の関係者かだと思うのだけれど」
アンリカから得られた情報では、怪異の正体を特定するには至らない。
人の形をしているということは、還リビトだろうか。
まさか本当に子どもの幽霊といったことはあるまい、とエルシーは顎に手を当て考え込んだ。
「戻ったぜ。こっちは何かわかったか?」
しばらくして、『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)が屋敷へと戻って来た。
昼間のうちに下調べをしておきたいということで、彼は墓所を周回していたのである。
「いいえ。オルパさんの方は……あぁ、いえ。いいわ」
オルパの浮かない表情を見て、大した収穫は得られなかったことをエルシーは察する。
「自然共感で墓所や屋敷の植物に聞いてみたんだけど……駄目だな。大した事はわからなかった」
「大したことじゃなけりゃ、何かわかったのか?」
オルパの言葉に、ジーニーはそう問いを被せた。
暖炉の前から動くつもりはないようだ。
斧を傍らに寝かせ、すっかりくつろいでしまっている。
「まぁ、泊りになるだろうから別に休むのは構わないが……大したことではないけれど、どうやら件の子供の影には実態があるようだぜ」
植物の一体から読み取った感情の中に「踏まれた。痛い」といったものがあった、とオルパは語る。
「まぁ、ちょくちょく霊が現れるようじゃ落ち着いて生活もできないだろう。夜まで世話になってもいいか?」
『……解決してくれるのなら、どうぞお好きにしてちょうだい』
ご自由に、と。
談話室の椅子を指し示し、アンリカはそう告げたのだった。
●
日が暮れる。
西の空に太陽が沈み、辺りは闇に包まれた。
「よし、行くか。なんか地下室が怪しそうだよなぁ」
暖炉の前から立ち上がり、戦斧を担いでジーニーは言う。
彼女の言葉を合図としたかのように、エルシーやオルパもまた椅子から立って部屋の外へと出て行った。
ひらひらと手を振り、アンリカはそれを見送っている。
屋敷の廊下に出たところで、ジーニーは地下室への入り口方向へと足を向けた。
どうやら彼女は地下室の捜査へ赴くようだ。
そんな彼女と別れ、オルパは墓所へと歩を進める。
2人を見送ったエルシーは、腰に手を当てしばし悩んだ。
「さて、私はどうしようかしら」
墓所の入り口でハープを抱え、オルパはそれを爪弾いた。
ポロロン、と。
軽く、澄んだ音色が響き渡る。
「バンシーやい。出ておいで~♪」
高らかに歌いあげる黒衣の青年の姿を、エルシーは少し離れた位置から見守っていた。
およそ3分……オルパが一曲歌い上げるのに費やした時間である。
演奏の腕はなかなか巧みだ。歌声だって、賞賛を浴びるに値するものだろう。
だが、舞台は墓所。
オーディエンスは規則正しく並んだ墓石ばかり。
拍手も喝采も得られくことなく、ただ静寂のみが広がった。
アンリカが見聞きしたと言う子供の影も、泣き声もない。
「仕方ないか。もう一曲……」
「ねぇ、それでバンシーは出てくるの?」
「ん? エルシー殿か。いや、俺達が楽しい雰囲気でいれば釣られて出てこないかなと思ってな。そうだ、エルシー殿、踊ってみろよ」
「……遠慮しておくわ」
捜査は足でするものだ、というわけでもないのだろうが。
オルパの誘いを断って、エルシーは屋敷へと引き返す。
オルパが演奏をしている間に、ぐるりと一周、墓所を見回っていたのだが、いまだにそれらしい影や泣き声を補足するには至っていない。
仲間の方はどうなっているのか、と気になって戻って来たエルシーだったが、この様子ではどうにも期待できなさそうだ。
少なくともオルパの傍に、バンシーは現れていない。
「ジーニーさんの方はどうかしら」
と、そういって。
エルシーは一度、屋敷の中へ戻ることにした。
狭い地下室に詰まれた木箱。
中身は空のワインボトルや、骨董品の皿や壺。
それらをせっせと開封しながら、ジーニーは額の汗をぬぐった。
「いねぇな。バンシー……死を告げる妖精の名前だったと思うけど」
そう呟いてジーニーは片目を閉じて、周囲を見回す。
彼女の片目は[慚愧の瞳]……人の死んだ場所で、最後の1分間の記憶を垣間見ることができる技能である。
だが、地下室にはそれらしい記憶は残っていない。
「ここじゃないのか……やっぱ墓所……ん?」
ふわり、と。
ジーニーの金髪が風に揺れる。
背後を見やるが、地下室入口の扉はしっかりと閉まっているようだ。
つまり風は、どこか別の場所から入ってきたということになる。
と、なると……。
「どこか、外に通じてるのか?」
手にしていたカンテラを床に置き、暗闇の中ジーニーはそっと目を閉じた。
屋敷の地下へ降りたエルシーが見たのは、せっせと壁を掘り返すジーニーの姿であった。
戦斧で壁の一角を破壊し、瓦礫を取り除いている最中のようだ。
「何をしているの?」
「ん? エルシーか。ほら、この先、見てみろよ」
「この先って……通路かしら、それ?」
ジーニーの掘り返していた壁の向こうには、なるほど確かに真っ暗な空間が広がっていた。
土や石ではなく、空間。
それも、どうやらある程度整備されたものらしい。
「この先が怪しいと思うんだよな」
と、カンテラを手にしたジーニーは言う。
「まぁ、怪しいわよね」
果たして、地下室に隠された通路の先は一体どこへ通じているのか。
顔を見合わせ、2人は地下通路へと足を踏み入れた。
一方そのころ。
墓所を歩いていたオルパは、子供の泣き声をその耳に捉えた。
足を止め、泣き声の出どころを探るオルパは、どうやらそれが墓所の中央にある納骨堂から聞こえてきていることに気づく。
「幼子の泣き声といえば、大抵は母親絡みだと相場が決まってはいるが……さて」
どうだろうな、と。
ダガーに手を伸ばし、オルパは慎重に墓所の中央へ向け歩を進めていく。
幼子の怪異……バンシーの奇襲を警戒してのことだ。
「鍵が壊れているのか……なるほどな」
見れば、納骨堂の扉には壊れた鍵がぶら下がっていた。
だが、幼子の泣き声はいつの間にか聞こえなくなっている。
中途半端に開いた扉が、夜風に揺れてキィキィと軋んだ音を鳴らした。
「…………」
息を潜め、オルパは納骨堂の扉へと手を伸ばす。
その瞬間……。
『ぅぁぁぁああん‼』
「っ!?」
オルパの背後に現れた何者かの気配。
何者か……決まっている。バンシーだ。
泣き声を聞いたオルパの体がびくりと震える。
「ぐ……」
咄嗟にダガーへ手を伸ばすが、体が動かない。
パラライズの状態異常だ。
身動きが取れないでいるオルパの傍から、バンシーの気配は遠ざかる。
向かった先は、どうやら屋敷の方向らしい。
通路を抜けたエルシーとジーニーが辿り着いたのは、納骨堂の地下だった。
正確に言うのなら、通路の先にあった壁をぶち抜いた向こう側……である。
「秘密の抜け道? それとも、何らかの理由で封鎖されていたのかしら?」
「……さぁな? わかんねぇけど、バンシーの出どころはたぶんここで合ってるんじゃないか?」
そういってジーニーは、納骨堂の隅に置かれた小さな棺桶を指さした。
蓋が外れた棺桶の中には、誰の遺体も収まっていない。
棺桶の周囲には、真新しい泥まみれの足跡。
そして……。
「ところで、何やってんだよ?」
風に吹かれて開いた扉のその先に、硬直したまま動けないでいるオルパがいた。
オルパから、バンシー出現の報を聞いた2人は急ぎ屋敷へ引き返した。
2人の視線の先には、黒いドレスを纏った少女の影。
少女の影……バンシーは、とてとてと軽い足音を鳴らしながら廊下を駆けていく。
廊下に響く微かな泣き声。
「なんだか悲しい泣き声だわ……」
なんて、言って。
エルシーは走る速度をあげた。
カンテラに照らし出された少女の姿は可憐であった。
古めかしい黒いドレスから覗く肌の色は青白い。
瞑られた瞼の下には、おそらく眼球が存在しないのだろうとジーニーは思う。
「屍蝋化……と、言うのだったかしら」
屍蝋化……。人の死後、湿度や気温の関係で、遺体が腐らず蝋のように変化する現象だ。
遺体とは思えぬほどの長期間……場合によっては、数百年以上もの間、生前の容姿を維持し続けると言われている。
おそらく、バンシーの正体は納骨堂に忘れ去られていた誰かの遺体が還リビトと化したものだろう。
「なぁ、君。ココで何してるんだ?」
「なぜ泣いているの? 何か伝えたい事があるの?」
2人がバンシーに追いついたのは、屋敷の地下だ。
バンシーは、どうやらジーニーの見つけた地下通路を探していたらしい。
2人の問いにバンシーは答えない。
ジーニーは武器を下ろして、ゆっくりとバンシーへ近づいていく。
瞬間……。
『ぅああああん‼』
バンシーの泣き声が大きくなった。
「……っ!?」
どうやら、ある程度以上近づくと、攻撃を仕掛けてくるらしい。
一気に距離を近づけるか、遠距離からの攻撃を放てばダメージや状態異常を受けずに、討伐することも可能だろう。
けれど、ジーニーはそれをしなかった。
戦斧を下ろしたまま、数歩後ろへと下がる。
バンシーは泣き声を小さくし、じっと2人の様子をうかがっているようだ。
「ねぇ、落ち着いて。私は貴方達を退治しに来たのではないわ」
果たして、エルシーの言葉はバンシーの耳に届いたのか。
応えを返さないままに、バンシーはゆっくり地下通路へ向け歩き始める。
●
追いついてきたオルパと、エルシー、ジーニーの3人はゆっくりとバンシーの後を追う。
ジーニーの発見した地下通路を、バンシーは何かを探すような動作で進んでいた。
「ここに何かあったのか? 根本的な原因解決につながるといいのだが」
そう問うたのはオルパである。
「さてな? さっきも通ったけど、特にそれらしいものは……」
なかったぜ、と。
そう答えようとしたジーニーだったが、不意に言葉を断ち切った。
どうした?と、オルパは視線で問いかける。
「あれ……」
と、呟くようにそう言って。
ジーニーは、床に蹲るバンシーの背を指さした。
ジーニーの掲げたカンテラの明かりに、きらりと何かが反射する。
それはどうやら、小さなペンダントのようだ。
「さっき通った時は気づかなかったわね」
「床の隙間にでも嵌ってたんじゃねぇかな?」
囁くように、エルシーとジーニーは言葉を交わす。
どうやらバンシーは、そのペンダントを拾おうとしているようだった。
「あれを探して、屋敷や墓所をうろついていたのか?」
一応、ということでダガーを手にしていたオルパだが、どうやら現状バンシーに戦闘の意思が無いことに気づき、それをしまった。
「還リビトに自我はなかったはずだけれど……」
「だが、行動それ自体には生前の面影を残していた還リビトもいたはずだぜ?」
なるほど確かに、滅び去る直前に何かしらの言葉を発した還リビトも存在した。
「なんだか、還リビトっぽい感じでもないな」
「本当に、何なのかしら……」
ペンダントを胸に抱き、バンシーは泣き声をあげていた。
その様子をじっと見つめながら、3人は対応について話し合う。
「ねぇ、貴方……貴方はそのペンダントを探していたの?」
一歩ずつ、バンシーの元へと歩み寄りながらエルシーはそう問いかけた。
バンシーは泣くばかりで何も答えない。
やがて、バンシーの目の前にまで歩み寄ったエルシーは、そっとその胸にバンシーを掻き抱く。
優しく、けれどしっかりと……。
抱きしめられたバンシーは、ぴたりと泣き声を止めた。
そして……。
『うぁぁぁぁん』
まるで、赤ん坊のように。
泣き声をあげて……それっきり、その動きを止めてしまった。
『地下通路、ねぇ? 知らないけれど……屋敷を建てた人たちが建設中に見つけて、そのまま埋めちゃったのかもしれないわね』
報告を聞いたアンリカは、バンシーの拾ったペンダントを眺めながらそう言った。
現在、バンシーの遺体は納骨堂の棺桶に戻されている。
事件解決の報告と今後の方針を話し合うために、3人はアンリカの元へ戻って来ているのだ。
ペンダントを眺めながら、アンリカはしばし思案する。
そして……。
『もしかしたら、この屋敷の建っている場所も元々は墓地だったのかしら? ともかく、その小さな少女の遺体は私の方で埋葬しておくわ』
ペンダントも一緒にね、と。
アンリカはペンダントの裏を指でなぞりながらそう呟いた。
掠れて読めはしないけれど、そこには誰かの名前と、ほんの一言のメッセージが刻まれている。
こうして、名もなき少女はこの世を去った。
還リビトか、それとも本当に幽霊なのか……。
その正体は不明のままに。
『別に構わないのだけれどね……子供の影が見えたり泣き声が聞こえたりするのは決まって夜になってからなのよね』
そういって婦人……アンリカは窓の外へと視線を向けた。
空には厚い雲。今にも雪か雨の降りだしそうだ。
寒いから、というわけではないのだろうがアンリカの肌は、血の気の失せたみたいに白い。
黒いドレスに身を包んだ彼女は、ソファーに腰掛け頬杖を突いた。
場所はアンリカの屋敷、その応接室だ。
暖炉の前には2人の自由騎士たちの姿がある。
「まぁ、固いこと言わないでくれよ。ところでアンリカさん、夕食は肉がいいな!」
暖炉の炎に手を翳しながら、『砂塵の戦鬼』ジーニー・レイン(CL3000647)は顔だけをアンリカの方へと向けてそう言った。
『勝手に焼いたら?』
すい、と手袋に覆われた手で暖炉の炎を指し示し、アンリカは囁くようにそう返す。
「お夕飯の件はともかくとして、いくつかお尋ねしたいのだけれど……」
いいかしら? と、暖炉の前から離れ『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)はアンリカの前へとやって来た。
小首を傾げるアンリカへエルシーはいくつかの質問を投げかける。
質問の内容は大きくわけて以下の3点。
この家をこれまで他人に貸した事はあるか?
屋敷裏の墓所に眠っている人達はどういった者たちなのか?
墓所のすぐ裏なんて場所にどうして屋敷を建てたのか?
エルシーの問いに対して、アンリカは興味なさそうに「さぁ?」と答える。
『他人に家を貸したことはないし、土の下にいる人たちのことも知らない。この場所に屋敷を建てたのは私だけれど、ただ土地が売りに出されていたからに過ぎないわ』
いくつもある別荘の一つよ、なんて。
頬に手を当て、そう呟いた。
「そう……困ったわね。立地から考えて墓所に眠る関係者か。それとも以前この屋敷に住んでいた人の関係者かだと思うのだけれど」
アンリカから得られた情報では、怪異の正体を特定するには至らない。
人の形をしているということは、還リビトだろうか。
まさか本当に子どもの幽霊といったことはあるまい、とエルシーは顎に手を当て考え込んだ。
「戻ったぜ。こっちは何かわかったか?」
しばらくして、『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)が屋敷へと戻って来た。
昼間のうちに下調べをしておきたいということで、彼は墓所を周回していたのである。
「いいえ。オルパさんの方は……あぁ、いえ。いいわ」
オルパの浮かない表情を見て、大した収穫は得られなかったことをエルシーは察する。
「自然共感で墓所や屋敷の植物に聞いてみたんだけど……駄目だな。大した事はわからなかった」
「大したことじゃなけりゃ、何かわかったのか?」
オルパの言葉に、ジーニーはそう問いを被せた。
暖炉の前から動くつもりはないようだ。
斧を傍らに寝かせ、すっかりくつろいでしまっている。
「まぁ、泊りになるだろうから別に休むのは構わないが……大したことではないけれど、どうやら件の子供の影には実態があるようだぜ」
植物の一体から読み取った感情の中に「踏まれた。痛い」といったものがあった、とオルパは語る。
「まぁ、ちょくちょく霊が現れるようじゃ落ち着いて生活もできないだろう。夜まで世話になってもいいか?」
『……解決してくれるのなら、どうぞお好きにしてちょうだい』
ご自由に、と。
談話室の椅子を指し示し、アンリカはそう告げたのだった。
●
日が暮れる。
西の空に太陽が沈み、辺りは闇に包まれた。
「よし、行くか。なんか地下室が怪しそうだよなぁ」
暖炉の前から立ち上がり、戦斧を担いでジーニーは言う。
彼女の言葉を合図としたかのように、エルシーやオルパもまた椅子から立って部屋の外へと出て行った。
ひらひらと手を振り、アンリカはそれを見送っている。
屋敷の廊下に出たところで、ジーニーは地下室への入り口方向へと足を向けた。
どうやら彼女は地下室の捜査へ赴くようだ。
そんな彼女と別れ、オルパは墓所へと歩を進める。
2人を見送ったエルシーは、腰に手を当てしばし悩んだ。
「さて、私はどうしようかしら」
墓所の入り口でハープを抱え、オルパはそれを爪弾いた。
ポロロン、と。
軽く、澄んだ音色が響き渡る。
「バンシーやい。出ておいで~♪」
高らかに歌いあげる黒衣の青年の姿を、エルシーは少し離れた位置から見守っていた。
およそ3分……オルパが一曲歌い上げるのに費やした時間である。
演奏の腕はなかなか巧みだ。歌声だって、賞賛を浴びるに値するものだろう。
だが、舞台は墓所。
オーディエンスは規則正しく並んだ墓石ばかり。
拍手も喝采も得られくことなく、ただ静寂のみが広がった。
アンリカが見聞きしたと言う子供の影も、泣き声もない。
「仕方ないか。もう一曲……」
「ねぇ、それでバンシーは出てくるの?」
「ん? エルシー殿か。いや、俺達が楽しい雰囲気でいれば釣られて出てこないかなと思ってな。そうだ、エルシー殿、踊ってみろよ」
「……遠慮しておくわ」
捜査は足でするものだ、というわけでもないのだろうが。
オルパの誘いを断って、エルシーは屋敷へと引き返す。
オルパが演奏をしている間に、ぐるりと一周、墓所を見回っていたのだが、いまだにそれらしい影や泣き声を補足するには至っていない。
仲間の方はどうなっているのか、と気になって戻って来たエルシーだったが、この様子ではどうにも期待できなさそうだ。
少なくともオルパの傍に、バンシーは現れていない。
「ジーニーさんの方はどうかしら」
と、そういって。
エルシーは一度、屋敷の中へ戻ることにした。
狭い地下室に詰まれた木箱。
中身は空のワインボトルや、骨董品の皿や壺。
それらをせっせと開封しながら、ジーニーは額の汗をぬぐった。
「いねぇな。バンシー……死を告げる妖精の名前だったと思うけど」
そう呟いてジーニーは片目を閉じて、周囲を見回す。
彼女の片目は[慚愧の瞳]……人の死んだ場所で、最後の1分間の記憶を垣間見ることができる技能である。
だが、地下室にはそれらしい記憶は残っていない。
「ここじゃないのか……やっぱ墓所……ん?」
ふわり、と。
ジーニーの金髪が風に揺れる。
背後を見やるが、地下室入口の扉はしっかりと閉まっているようだ。
つまり風は、どこか別の場所から入ってきたということになる。
と、なると……。
「どこか、外に通じてるのか?」
手にしていたカンテラを床に置き、暗闇の中ジーニーはそっと目を閉じた。
屋敷の地下へ降りたエルシーが見たのは、せっせと壁を掘り返すジーニーの姿であった。
戦斧で壁の一角を破壊し、瓦礫を取り除いている最中のようだ。
「何をしているの?」
「ん? エルシーか。ほら、この先、見てみろよ」
「この先って……通路かしら、それ?」
ジーニーの掘り返していた壁の向こうには、なるほど確かに真っ暗な空間が広がっていた。
土や石ではなく、空間。
それも、どうやらある程度整備されたものらしい。
「この先が怪しいと思うんだよな」
と、カンテラを手にしたジーニーは言う。
「まぁ、怪しいわよね」
果たして、地下室に隠された通路の先は一体どこへ通じているのか。
顔を見合わせ、2人は地下通路へと足を踏み入れた。
一方そのころ。
墓所を歩いていたオルパは、子供の泣き声をその耳に捉えた。
足を止め、泣き声の出どころを探るオルパは、どうやらそれが墓所の中央にある納骨堂から聞こえてきていることに気づく。
「幼子の泣き声といえば、大抵は母親絡みだと相場が決まってはいるが……さて」
どうだろうな、と。
ダガーに手を伸ばし、オルパは慎重に墓所の中央へ向け歩を進めていく。
幼子の怪異……バンシーの奇襲を警戒してのことだ。
「鍵が壊れているのか……なるほどな」
見れば、納骨堂の扉には壊れた鍵がぶら下がっていた。
だが、幼子の泣き声はいつの間にか聞こえなくなっている。
中途半端に開いた扉が、夜風に揺れてキィキィと軋んだ音を鳴らした。
「…………」
息を潜め、オルパは納骨堂の扉へと手を伸ばす。
その瞬間……。
『ぅぁぁぁああん‼』
「っ!?」
オルパの背後に現れた何者かの気配。
何者か……決まっている。バンシーだ。
泣き声を聞いたオルパの体がびくりと震える。
「ぐ……」
咄嗟にダガーへ手を伸ばすが、体が動かない。
パラライズの状態異常だ。
身動きが取れないでいるオルパの傍から、バンシーの気配は遠ざかる。
向かった先は、どうやら屋敷の方向らしい。
通路を抜けたエルシーとジーニーが辿り着いたのは、納骨堂の地下だった。
正確に言うのなら、通路の先にあった壁をぶち抜いた向こう側……である。
「秘密の抜け道? それとも、何らかの理由で封鎖されていたのかしら?」
「……さぁな? わかんねぇけど、バンシーの出どころはたぶんここで合ってるんじゃないか?」
そういってジーニーは、納骨堂の隅に置かれた小さな棺桶を指さした。
蓋が外れた棺桶の中には、誰の遺体も収まっていない。
棺桶の周囲には、真新しい泥まみれの足跡。
そして……。
「ところで、何やってんだよ?」
風に吹かれて開いた扉のその先に、硬直したまま動けないでいるオルパがいた。
オルパから、バンシー出現の報を聞いた2人は急ぎ屋敷へ引き返した。
2人の視線の先には、黒いドレスを纏った少女の影。
少女の影……バンシーは、とてとてと軽い足音を鳴らしながら廊下を駆けていく。
廊下に響く微かな泣き声。
「なんだか悲しい泣き声だわ……」
なんて、言って。
エルシーは走る速度をあげた。
カンテラに照らし出された少女の姿は可憐であった。
古めかしい黒いドレスから覗く肌の色は青白い。
瞑られた瞼の下には、おそらく眼球が存在しないのだろうとジーニーは思う。
「屍蝋化……と、言うのだったかしら」
屍蝋化……。人の死後、湿度や気温の関係で、遺体が腐らず蝋のように変化する現象だ。
遺体とは思えぬほどの長期間……場合によっては、数百年以上もの間、生前の容姿を維持し続けると言われている。
おそらく、バンシーの正体は納骨堂に忘れ去られていた誰かの遺体が還リビトと化したものだろう。
「なぁ、君。ココで何してるんだ?」
「なぜ泣いているの? 何か伝えたい事があるの?」
2人がバンシーに追いついたのは、屋敷の地下だ。
バンシーは、どうやらジーニーの見つけた地下通路を探していたらしい。
2人の問いにバンシーは答えない。
ジーニーは武器を下ろして、ゆっくりとバンシーへ近づいていく。
瞬間……。
『ぅああああん‼』
バンシーの泣き声が大きくなった。
「……っ!?」
どうやら、ある程度以上近づくと、攻撃を仕掛けてくるらしい。
一気に距離を近づけるか、遠距離からの攻撃を放てばダメージや状態異常を受けずに、討伐することも可能だろう。
けれど、ジーニーはそれをしなかった。
戦斧を下ろしたまま、数歩後ろへと下がる。
バンシーは泣き声を小さくし、じっと2人の様子をうかがっているようだ。
「ねぇ、落ち着いて。私は貴方達を退治しに来たのではないわ」
果たして、エルシーの言葉はバンシーの耳に届いたのか。
応えを返さないままに、バンシーはゆっくり地下通路へ向け歩き始める。
●
追いついてきたオルパと、エルシー、ジーニーの3人はゆっくりとバンシーの後を追う。
ジーニーの発見した地下通路を、バンシーは何かを探すような動作で進んでいた。
「ここに何かあったのか? 根本的な原因解決につながるといいのだが」
そう問うたのはオルパである。
「さてな? さっきも通ったけど、特にそれらしいものは……」
なかったぜ、と。
そう答えようとしたジーニーだったが、不意に言葉を断ち切った。
どうした?と、オルパは視線で問いかける。
「あれ……」
と、呟くようにそう言って。
ジーニーは、床に蹲るバンシーの背を指さした。
ジーニーの掲げたカンテラの明かりに、きらりと何かが反射する。
それはどうやら、小さなペンダントのようだ。
「さっき通った時は気づかなかったわね」
「床の隙間にでも嵌ってたんじゃねぇかな?」
囁くように、エルシーとジーニーは言葉を交わす。
どうやらバンシーは、そのペンダントを拾おうとしているようだった。
「あれを探して、屋敷や墓所をうろついていたのか?」
一応、ということでダガーを手にしていたオルパだが、どうやら現状バンシーに戦闘の意思が無いことに気づき、それをしまった。
「還リビトに自我はなかったはずだけれど……」
「だが、行動それ自体には生前の面影を残していた還リビトもいたはずだぜ?」
なるほど確かに、滅び去る直前に何かしらの言葉を発した還リビトも存在した。
「なんだか、還リビトっぽい感じでもないな」
「本当に、何なのかしら……」
ペンダントを胸に抱き、バンシーは泣き声をあげていた。
その様子をじっと見つめながら、3人は対応について話し合う。
「ねぇ、貴方……貴方はそのペンダントを探していたの?」
一歩ずつ、バンシーの元へと歩み寄りながらエルシーはそう問いかけた。
バンシーは泣くばかりで何も答えない。
やがて、バンシーの目の前にまで歩み寄ったエルシーは、そっとその胸にバンシーを掻き抱く。
優しく、けれどしっかりと……。
抱きしめられたバンシーは、ぴたりと泣き声を止めた。
そして……。
『うぁぁぁぁん』
まるで、赤ん坊のように。
泣き声をあげて……それっきり、その動きを止めてしまった。
『地下通路、ねぇ? 知らないけれど……屋敷を建てた人たちが建設中に見つけて、そのまま埋めちゃったのかもしれないわね』
報告を聞いたアンリカは、バンシーの拾ったペンダントを眺めながらそう言った。
現在、バンシーの遺体は納骨堂の棺桶に戻されている。
事件解決の報告と今後の方針を話し合うために、3人はアンリカの元へ戻って来ているのだ。
ペンダントを眺めながら、アンリカはしばし思案する。
そして……。
『もしかしたら、この屋敷の建っている場所も元々は墓地だったのかしら? ともかく、その小さな少女の遺体は私の方で埋葬しておくわ』
ペンダントも一緒にね、と。
アンリカはペンダントの裏を指でなぞりながらそう呟いた。
掠れて読めはしないけれど、そこには誰かの名前と、ほんの一言のメッセージが刻まれている。
こうして、名もなき少女はこの世を去った。
還リビトか、それとも本当に幽霊なのか……。
その正体は不明のままに。