MagiaSteam
招かざるイブリースから商隊を防衛せよ!




 ――妙な胸騒ぎがする。
 リベルト商隊小隊長、アデルド・リックは蝋燭の灯火に照らされた為替帳簿から視線を上げた。
 狐の要素を継いだケモノビトであるアデルドは金色の艷やかな尻尾を揺らしながら椅子を立ち、壁に掛けていたお気に入りの紺色シルクハットとマントを素早く身に纏うと移動式住居の出入り口カーテンを開いて外へ出た。
 周囲を確認するも、幾つもの円柱型をした移動式住居といつもの草原が広がっているだけだ。見渡しても丘陵の続く見晴らしのいい場所であり、目的地であるイ・ラプセルの街まで間もなくという場所である。チカチカとした星空と月明かりに照らされ、幾つもの輸出用物資を満載した馬車が連なるキャラバン隊は草原の一角に固まり、焚き火の側で馬は眠りそれを操る行商人らも夢の中であった。
「どうしました、アデルドさん。蛇でも出ましたか?」
 出口の側で立ち歩哨をしていたのは銀の軽鎧に身を包んだ傭兵のノウブルだ。彼はリベルト商隊に付きっ切りで護衛することで金を得ている。
 それでも長くその仕事を任せればある程度この男の事を知ることができる。腕は立ち、余計な詮索をしない。口が達者で冗談もよく言うが、根は真面目な男だ。
「蛇が出たら今頃ハットもマントも羽織らずに飛び出している」
 その傭兵の男の軽口にアデルドは元々尖った鼻先まで伸びる唇を、更に尖らせる。
 何を隠そうアデルドは蛇が大嫌いなのだ。
「嫌な予感がしただけだ」
「予感ですか……。今日もいつもの通り静かな夜ですよ。天気を読める仲間いわく、イ・ラプセル入りする明日の午後までは雨も来ないとのことでしたが」
「天気云々の話をしているわけじゃない。……周辺の警戒は怠り無く行っているんだろうな」
 アデルドがやや怒気を混じらせ、低く言う。と、傭兵の男もやや眉間に皺を寄せる。
「皆優秀な仲間達です。つい先程の周囲の状況報告でも異常なしとのことでしたが」
 ――気の所為だったのだろうか。
「……すまない。信用していない訳じゃないんだ」
「きっと明日の取引で気が昂ぶっているのでしょう。今回は大物の取引があるようじゃないですか。なんでも金が何十枚も動くような取引だとか」
 ヘルメリア王国で開発されつつある新型の大型飛行艇の設計図の売買交渉ことを示唆しているのだろう。
 この取引はあるロマンチストな貴族の依頼であり、実際に設計図は莫大な金を費やし入手している。後は今まで何度と無く重ねてきた交渉の総仕上げ――最終の交渉で如何程の値段をつけるかを考える段階だ。
 リベルト商隊としても相当のリスクを背負った交渉であったが、それも明日で終わる。そう思うと、確かに気が昂ぶっていたのかもしれない。
 私は微かに笑みを浮かべてみせる。
「そうだな、そうかもしれない。今夜は帳簿の整理なんてやめて、ゆっくり眠ることにしよう」
「眠れない時はカモミール・ティーがおすすめです。別名はグッドナイトティーと呼ばれているそうですよ。部下に淹れさせてお持ちしましょうか」
 もちろんその取引の詳細を彼に教えることはしない。彼も深くは詮索しないまま、穏やかに笑ってみせる。互いの与えられた立場を認識し、仕事をきちんとこなすことがより信用を得ることだと彼は知っている。
「そうだな、お願いしようか」
 ポケットから差し出した銅貨三枚はカモミール・ティーと彼への個人的なチップとして丁度いい額だろう。
 傭兵はそれを受け取り、小走りで走り出した。私は移動式住居へのカーテンを開けて中へと入った――その時である。

 ●
 平穏な草原には似合わない手持ち鐘の音。強く鳴らされたそれが意味するところは――非常事態発生。
「起きろッ! 非常事態だ!」
 傭兵たちが叫びながら馬車で眠っていた商人達を叩き起こす。
 何が起きたのかわからないまま、もう一度外へと出ると――ズズンッ! と地面が強く揺れた。
 アドルドはゲルの隙間を縫って走る。開けた場所に出る。既に傭兵たちは銘々に武器を構え、戦闘態勢を整えていた。
「イブリースだっ! 熊のイブリースが現れたッ!」
 幾多もの傭兵達が突っ込んでいくが、それらの攻撃をまるでものともしない――いや、実際攻撃が効いているのかも定かではない。
 そう思わせるほどにイブリース化した熊は、巨大であった。
 豪腕から繰り出される爪の攻撃は地面を抉り、咲いたばかりの名も知らぬ白い花が散っていく。
「ぎゃぁぁぁっ!!」
 別の方向から叫び声が上がった――見れば、別個体のイブリース化した熊が移動式住居を捻り潰していた。まるで紙工作を握り潰すかのようだ。非日常的な光景に、アデルドは恐怖で思わず後ずさる。
 数にして十五名程の傭兵達の必死の抵抗も虚しく、熊は亡骸を食べて更に巨大化し物資を満載した馬車を軽々と持ち上げた――。
 
 ●
「諸君、お集まりいただき恐悦である。今回は緊急事態である」
 片眼鏡――モノクルに細い指を掛け、白髪の老人は一同を見回した。
 クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003) は一人ひとりに語りかけるように説明を始めた。
「我がイ・ラプセル辺境の草原街道にて移動中のキャラバン商隊を狙うイブリース化した巨大熊の存在が水鏡により確認された。数は二匹と少ないが、非常に強力な力を持っている。諸君にはこれを処理して貰う」
 場所は草原。なだらかな丘が続いているだけであり、遮蔽物が殆どない開けた場所だ。地盤はしっかりとしているようだ。天気は晴れだが、時刻は夜。何かしらの明かりを持ったほうがいいだろう。
「イブリース化した熊が人の味を覚えるとより巨大化し、凶暴になる。そうなる前に諸君には早急に決着をつけてほしい」
 件の熊は体長約四メートル。体重は二トン程はあるだろう。漆黒の体毛は闇に溶けており、赤く光る瞳だけが不気味に浮かび上がる。
「尚、商隊の運ぶ物資には医薬品や爆薬の類も多数存在する。どれも貴重なものだ。商隊の物資に損害を出さぬように」
 そんな瞳に怯える商隊は、傭兵が十五名、商人が十名、馬と馬車は五。
 ――諸君であればこの任務を無事完遂させることができるであろう。宜しく頼む。
 クラウスの命を受けた自由騎士達は一斉に振り返ると、走り出した。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
■成功条件
1.イブリース化した二匹の熊を倒す。
 初めまして、ST青柳ゆうすけです。

 イ・ラプセルの街まで間もなくといった場所でイブリース化した野生の熊が二匹発見されました。これを討伐してください。
 アクアディーネの加護を受けた皆様は普通に討伐するだけでイブリース化の解除に成功し、生きたまま熊は元の姿に戻ります。

 イブリース化した熊の攻撃手段は瘴気の射出(魔遠、単または全。BSカース1)及び四肢と牙による攻撃(物近、単または範。BSノックB)です。

 場所は丘陵のついた見通しの良い平野、時間帯は夜です。

 皆さんが現場にたどり着き、戦闘が始まるのはオープニングで警鐘が鳴らされた瞬間となります。
 商隊付きの傭兵らの存在がありますが、彼らはほぼほぼ無力です。商隊を護ることが目的なので、戦闘区域には進んで入ってこないでしょう。
 もちろんリベルト商隊小隊長、アデルド・リックは戦闘区域に入ってこないです。寧ろ命の危険に晒されたこの状況。金を出してまで生き延びようとする筈です。

 また、この記述以降、熊の呼称はそれぞれ熊α、熊βとします。

 それでは、皆様のご武運を祈ります。
状態
完了
報酬マテリア
5個  1個  1個  1個
12モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
5/8
公開日
2020年03月21日

†メイン参加者 5人†




 暗闇の中、冒険者達は一斉に走る。まるで暗闇など気にしていないかのような勢いで地面を蹴る。
 自体は一刻を争うのだと、誰もが理解していた。
「ねぇねぇ、アデルドの取引しようとしていた飛行船ってすっごく大きいんだよね! 沢山の人を乗せて、お空を自由に飛べる物なのだ! ナナン、知ってるよ!」
 そんな張り詰めた空気の中、淡い紫の頭髪と年相応の小さな身体のノウブル『ひまわりの約束』ナナン・皐月(CL3000240)だけはリラックスしているようだ。いつもと変わらぬ笑みを浮かべている。
「ふふっ、ナナン様は物知りですね。確かにその通りです。飛行船での空の旅はどんなに素敵なことでしょう」
 修道服に身を包み、頭部から金色の二等辺三角形の獣耳を生やした狐ベースのケモノビト『祈りは強く』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)はナナンの無邪気な言葉にも穏やかな笑顔で対応している。
「飛行船、素敵ですよね。水鏡で図面を見た限りでは随分と大きなそれに見えましたが……」
 ピンクに近い赤の艶やかなロングヘアを後ろへと大きくなびかせながらセアラ・ラングフォード(CL3000634)も会話に混ざる。
「えぇ~っ、あの飛行船ってそんなにおっきいのが出来上がるんだ~!? いいなぁ~! ナナンも乗ってみたいよ~!」
「あの一瞬でよく判断できましたね。さすがはセアラ様」
「いえ、ちょっと思うこともありましたので……でも、ナナン様の言う通り私も乗ってみたいです」
 目的地へと急ぎながらも、飛行船についての話で盛り上がる三人を少し後方に見つつ――
「これから戦闘だってのに、随分と明るい雰囲気になっちまったなぁ……」
 風の精霊とノウブルの混血が故に漆黒の左眼と緋色の右眼、小麦色の肌を惜しげも無くさらけ出した『砂塵の戦鬼』ジーニー・レイン(CL3000647)は先行しながら囁いた。
「……」
 しかし、同じく先行する大柄な茶色の熊のケモノビト、『森のホームラン王』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)は渋い表情を浮かべたままだ。
 眉間に皺を寄せて、まるで何かを考え込んでいるかのようだ。
「おいこら、ウェルスッ! 聞いてるのか!」
「え、あぁ。俺か?」
「これから戦闘なんだからよ、もっとしゃんとしろよ。後ろの三人はまぁまぁリラックスできてるみてぇだが、お前は肩に力入りすぎじゃねぇのか?」
「討伐はちゃんと行うさ。イブリースと対峙したら、どっちの熊の力が上か見せつけてやる」
 ウェルスの言葉にジーニーはくくっ、と歯を見せて笑う。
「何がおかしい?」
「……悩みの種は熊じゃないってことは、雄がひとりってことが悩み事かい?」
 茶化すようなジーニーの声にウェルスは思わず振り返る。
 金の毛並みを持つシスター、優しい表情を浮かべるドクター、無邪気さを醸し出す少女――そして、隣には強さと美しさを備えた重戦士の姿。
 偶然とは言え、このパーティーメンバーで紅一点ならぬ緑一点(?)であった。
「ハーレムで緊張してんのか?」
「するわけ無いだろうッ!」
 茶化すような楽しげなジーニーの言葉にウェルスは若干赤面しつつ、地面を蹴る。
 小高い丘を登り切ると、俄に騒がしさを増した商隊の一行を発見した。


「自由騎士団です! 皆、逃げてー!」
 ナナンが大声で注意喚起を行い、周囲の商人や傭兵らを下がらせる。幸い、まだ犠牲者は出ていないようだった。
 駆けつけた自由騎士団がなんとかイブリースした二匹の熊達の間に飛び込み、対峙する。
「でっけぇ熊じゃねぇか、面白い戦いになりそうだぜぇ……! 俺はこっちの熊に向かうからな!」
 ジーニーは畏怖の表情を浮かべる商人らとは全く違う表情――寧ろこれから始まる戦いを愉しむような表情――を見せている。
「ふふっ……では、私は打ち合わせの通り、此方の熊を処理させてもらいましょうか。どうぞ、宜しくお願いしますね」
 ジーニーの対峙する熊――αと名付けた――とは別の個体、熊βへと向かうのはアンジェリカである。穏やかな表情で熊に一礼すらするほどの余裕であった。
「皆さん、どうか怪我のないように……!」
 セアラは味方全体に白く光る魔法、ノートルダムの息吹を付与する。幸い熊αと熊βは自由騎士団の登場によって然程距離を開けることはなく――寧ろ、暗闇の中で美しく光るその魔法はその注目を自由騎士団へと向ける働きをした。
「アンジェリカ!」
 ウェルスはシスターの名を呼ぶと、その掌を大きく上に掲げる。同時、アンジェリカが片手で引き抜いた巨大な装飾付き十字架「断罪と救済の十字架」が淡くブルーに光る。
 ウェルスのスクリプチャーだ。十字架の持つ攻撃力を更に底上げする効果を持つ。
「タイマン張るのは少々荷が重いかもしれないが、頼むぞ」
「ふふっ……ウェルスさんこそ、狙った獲物をしっかり撃ち抜いてくださいね?」
 ぬかせ。不敵な笑みを浮かべるアンジェリカに対し、ウェルスは自らのマギナ=ギアから引き抜いた蒸気式榴弾砲にスクリプチャーを付与させつつ、前線から一度後方へと下がる。
 イブリース化した熊達との戦いの火蓋が、切って落とされた。


「へっへ! ナナンはねぇ……初っ端から強烈なのいっちゃうよ!」
 熊αへと向かったのはジーニーとナナンだ。身軽で素早い動きを見せるナナンは、巨大な熊αの懐に一気に肉薄。小柄な彼女と変わらないのではないかというほど巨大な剣を引き抜くと、力強く踏み込んで一気に刃を振るう!
 ギアインパクトが土埃を巻き上げて熊αの肉体を激しく切り上げ、熊は振り下ろそうとした爪を強制的にキャンセルさせられ、堪らず動きを止める。
「なかなかやるな! だが、パワーなら俺も負けないぜ!」
 素早く身を翻したその背後から、片柄が槌、もう片方の柄が斧である超重量の「鋼の戦斧」を構えたジーニーが踊るように跳躍した。怪力を十二分に発揮し、大きく振りかぶった槌を熊αの顔面に叩きつける。
 熊αは堪らずに叫び声を上げ、ゴフゥッ……! と唸り声を上げながら後ろへと下がる。
「ナナン、商隊から遠ざかるように少しずつ誘導するぞ」
「わかったよ! ――っとぉっ!」
 刹那、熊の爪による連続攻撃が放たれる。力強く攻撃する左腕は白い花の咲き乱れる大地を刳り返しながらナナンへと迫るが、間一髪で「柳凪」を繰り出した彼女は巨大な爪から身を翻して避けることに成功した。
 そして、無力な商隊から離れるように移動したジーニーへと追いすがるように熊は一気に地面を揺らしながら彼女に近づき、返す右の爪を叩き下ろす!
「ハァァッ!!」
 しかし、ジーニーは鋼の戦斧でその爪の薙ぎ払いを完全に抑え込む! ガギィッ! ギリギリィッ! と凄まじい力同士が切迫し合う。
「ジーニー!」
 ナナンが思わず走り出そうと地面を蹴ったその瞬間――
「待たせたなッ! ナナン、伏せてろ!」
 暗闇を切り裂くように鋭い声に、咄嗟にナナンは花の絨毯に飛び込んで頭を抱えた。
「とっておきだ! たっぷり食らいやがれ……!」
 後方で蒸気式榴弾砲に充填していたウェルスはフルチャージを終えたのだ。大柄な彼が膝立ちで蒸気式榴弾砲を構え引き金を引くと――その極太の銃口に溜め込まれた魔力により青白い光が溜め込まれ。ズドォンッ!! と周囲に凄まじい銃声を響かせつつ「浄化滅砲・対悪魔擲弾」は発射されたのだ。
「ひえぇぇぇぇっ!!」
「うおぉぉぉぉぉっ!!?」
 凄まじい光の弾丸は熊αに肉薄していたジーニーも驚かせるほどの破壊力だった。着弾と同時に撒き散らされるのは祝福を受けた銀粉と水銀であり、イブリース化した熊を包み込んで瘴気を祝福で癒やしていく。
「ガッァァァァァァァッ!!!!」
 熊αの叫びは痛みか猛りか――狂うように叫ぶ熊は、血走った赤い瞳を自由騎士へと向ける。
「へへっ……熊ちゃんはまだまだ元気って感じだねぇ! でも、私らも負けねぇぜ!」
「びっくりしたぁ……けれど、まだまだこれからだねっ!」
 熊αと対峙する二人は真っ向からその眼光を睨み返しつつ――ジーニーはバーサークを、ナナンはバッシュの連続攻撃を放っていく。


「凄い……」
 後方に控えているセアラは思わず囁いた。イブリース化した巨大な熊βに立ち向かうのは、たったひとり。アンジェリカである。
 彼女はウェルスからスクリプチャーを付与された後、自らを奮い立たせるように叫び、ウォーモンガーを自身に課す。更に攻撃力を底上げする。
 巨大な十字架を掲げ、膂力のある熊と攻撃をぶつけ合う。その度に凄まじい炸裂音が辺りに響き渡り、互いに一歩も譲らぬ凄まじい攻防を見せている。
「ハァァッッ!」
 気合を込めたアンジェリカの叫び。踏み込んで強烈に振り上げる十字架によるギアインパクトは熊βの腸を食い破らんとするほどに食い込み、熊の動きを止める。
「そりゃぁぁぁっ!」
 大きなスキを見せた熊β。その小さく開いた綻びを見逃さず、アンジェリカは地面を踏みしめて十字架を拘束で払う。熊の頭部に食らわせた連続攻撃はトリロジーストライクだ。
 凄まじい攻防に思わず拳を握りしめながら応援していたセアラは――ふと、我に戻った。
「援護しなきゃ……! アイスコフィンッ!」
 開いた腕の中に大きく収束する青い魔力の光。周辺の空気中の水分を任意のタイミングで凍結させるそれを、大きくセアラは放った。
 今まさにアンジェリカと鍔迫り合いで拮抗する熊βはその光に包まれた瞬間――パキィンッ、と小気味よい音を立てて凍結した。
「アンジェリカ様ッ……」
「ふーっ……なかなかしぶといですね」
 それでなくとも熊の連撃を堪えるのは屈強な戦士でも難しい。体格が華奢なアンジェリカがタイマンで殴り合うのは相当な体力と精神を消耗するだろう。
「私も精一杯後ろから援護しますから」
 セアラは癒やしの魔法、セグメリンでアンジェリカの体力を回復させながら口元を引き締める。
「前には行かせません……だから、あちらで戦ってる皆さんも癒やしの魔法をかけて差し上げてください」
 微かにアンジェリカは顎をしゃくり、セアラも熊αとジーニー、ナナンの様子を見た。向こうも熊の強靭なパワーと膨大な体力に手を焼いているようだった。
 幸いにもハーベストレインは上手く掛けられる程度の距離感だ。
「……はい、もちろんです」
 そこまで確認して意思疎通をした瞬間、熊を覆っていた氷がビキィッ! と音を立てる。 
 それは戦闘再開の鐘の音のようにも聞こえた。
「ところで……もうひとりの後衛はどちらに?」
 アンジェリカが十字架を構え直しながら熊と対峙し――囁いた。
「あれ……ウェルスさん!? そういえばウェルスさんはどこ……!?」
「探している余裕はなさそうですね。 全く……」
 ――帰ってきたらウェルスさんも全力で浄化して差し上げることにしましょう。
 囁くようなアンジェリカの言葉は冷凍状態から復活した熊の咆哮よりも恐ろしいものにセアラは感じたのだった。


 刹那の一瞬で不在扱いにされたウェルスは――その実、移動式住居の影から熊αに狙いを定めウルサマヨル・ルナティクスのトリガーを引いていた。狙撃銃であるそれは狙いを定める前に接近されたら対応ができないので、超遠距離である位置を確保している。
 射撃し、様子を確認。リロードを行い再び射撃のために構える。その淡々とした動作を繰り返しているウェルスの耳朶を微かに聞き覚えのある声が叩く。
「今のところ、こちらに犠牲者は出ていないのだな。ならばいい。傭兵らには熊を積荷と商人に爪の先も触れさせるなと伝えておけ」
 微かな声だったが、そちらへと視線を向けると金色の毛並みの尻尾と整った顔立ち。水鏡で見たアデルド・リックの姿があった。
「――」
 ウェルスは商人であり、ケモノビトでもある。だから、最初から――水鏡で状況を確認したその瞬間から――強い違和感を抱いていた。
 戦闘は佳境を迎え、イブリース化した熊にも相当の疲労が見て取れる。戦闘が終了すれば、アデルドと二人っきりで話すチャンスはないかもしれない。
「ウェルス ライヒトゥーム……」
 熊の様子を伺っていたウェルスに、意外にも先に声を掛けてきたのはアデルドであった。
「そうだ、ウルスス商会のウェルスだ」
「……自由騎士団にも属していたのかい。いやはや、見事な腕前だ。まさかこういった形で会うことができるとは思っていなかっ――」
「今は戦闘中だ。御託はやめろ」
 アデルドの言葉を遮り、ウェルスは銃を構え、的確に熊へと狙いを定めて放つ。
「ヘルメリアとイ・ラプセルがどういう状況でこの通商ルートがどれだけ危険なのかお前は知っているのか」
 その短い言葉はアデルドの商人としての違和感を指摘するものだった。
「商隊にはヘルメリアとは一切関係のない場所からの物資を積み、通商ルートを偽装したつもりだったんだがな。情報源は?」
「それは……」
 水鏡階差運命演算装置――というものはウェルスが自由騎士だからこそ入手できた情報だ。
 しかし、アデルドは白い手袋を嵌めた両手を微かに掲げると首を左右に振った。
「だが、情報源は最早どうだっていい。飛行船の図面の取引を知っている、という事自体がもう既に私の失態だよ」
 自嘲気味に話すアデルドの姿が、みるみる変化していく。美しい金色の毛並みは艶のある皮膚へと変化していき、すっかりノウブル当然となる。
 紺色のシルクハットを取れば、唯一ノウブルに限りなく変化しても残った金色の二等辺三角形の獣耳だけが残っていた。
「私は諜報員だったのさ。イ・ラプセルではケモノビト、ヘルメリアではノウブルの商人を装って諜報を行っていた。……イ・ラプセルに命を捧げる騎士諸君らと同じように、私もイ・ラプセルに機密情報を運ぶことで貢献しようとしていたんだがね。……状況は一気に悪くなった。戦闘状態となった今、私の同胞も次々と拿捕されていった」
「……では、その図面の取引というのは」
「私の最後の仕事さ。飛行船は技術の結晶だ。現状で作り得る最高の飛行船の図面を持ち帰れば国力がどの程度のものか、ある程度の示しにもなるだろう?」
 ウェルスは大きく息を吐いた。どうやら『昔話』をする必要はないようだ。蒸気銃の遊底を強く引き、空薬莢を排出。次の射撃に備える。
「もう情報戦を仕掛けられる段階ではない。国と国のぶつかり合いだ。此処から先の未来は私のような存在ではなく、君達のような自由騎士らによって運命が決まっていくのだろうな」
「……ひょっとしたら、そうなのかもしれない」
 轟音と共に狙撃銃から放たれた弾丸は的確に熊αの眉間を捕らえたのだった。


「ジーニー、そろそろトドメさしてあげようねぇ!」
 熊αの攻防も佳境に迫っていた。息を切らせ、一つ一つの動作に疲労の色が強く見える熊αを見て、ナナンは一旦距離を置いた。
 バーサークを使用したジーニーは微かに犬歯の見える笑みを浮かべると、ナナンと入れ違いに前へ出て、
「そうだな、そろそろ引導を渡してやろう! オラァァッ!」
 ドシュゥゥウッ! と斧が突き上げられ、熊αの分厚い腹部の毛並みを引き裂く。
 豪快な一撃に熊αが怯んだスキを見て――流れるような動きで熊の横をすり抜けたジーニーと入れ違いに眼前に現れるのはナナンである。
「ドッ――」
 大剣ツヴァイハンダーを真上から大きく――振り下ろす!
「カァァァァァァン!!」
 凄まじい一撃が熊αに叩き込まれ――熊はあえなく後ろへと倒れた。即座にイブリース化が解除され元の野生熊の姿へと戻って気絶している。
「やったぁ!」
「よっし!」
 討伐完了し、鋼の戦斧を肩に構え直すジーニーとぴょんぴょん跳ね回るナナンはハイタッチを交わした。


「! ……あちらは一足先に終わってしまったようですね」
 アンジェリカと共に遠距離からアイスコフィンで戦っていたセアラは熊αが崩れ落ちる瞬間を確認し囁いた。
「アンジェリカさん! あちらは終わったようですよ!」
「ふふっ……それではこちらもそろそろ終わりにしましょう」
 熊と真正面で殴り合っていたアンジェリカも反応し――熊の爪をバックステップでかわした。
 そして、腰を低く落としたまま断罪と救済の十字架を大きく引いて力をため――
「どうか、この熊らに平穏と安らぎを――」
 祈りを乗せた囁きと共に踏み込んだアンジェリカは、ドゴォォォォッ! と防風が周囲に吹き荒れるほどの速度で十字架を熊の側頭部に叩き込む!
 天穿つ喝采の一撃を食らった熊は大きく吹き飛ばされて――地面を転がって、起き上がることはなかった。祈りが通じたようで浄化が進んでいき、元の姿に戻っていく。
「やったぁ! アンジェリカさんっ!」
「見事な後方支援があってこそでした」
 駆け寄るセアラは十字架を背に戻すアンジェリカに抱きついて勝利の喜びを分かち合う。
 全ての戦闘が終了し、その一部始終を見守っていた商人と傭兵らは歓喜の声を上げたのだった。


 アンジェリカとウェルスの動物交流スキルで熊らは本来の生息域に戻ってもらうと自由騎士団のメンバーは商隊の幌馬車に乗せてもらった。
「このハーブティは美味しいですね……実に優雅なひと時です」
「ささやかではありますが、護衛のお礼です。お気に召して頂けたら幸いです」
 アデルドの計らいによりお茶菓子が振る舞われ、自由騎士らは束の間のティータイムを過ごすのだった。

†シナリオ結果†

大成功

†詳細†

称号付与
『空への憧れを募らせる』
取得者: ナナン・皐月(CL3000240)
『全力浄化された熊』
取得者: ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)
『常に全力浄化系シスター』
取得者: アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)
『戦場の天使』
取得者: セアラ・ラングフォード(CL3000634)
『素直じゃないバーサーカー』
取得者: ジーニー・レイン(CL3000647)
特殊成果
『カモミールティーの葉』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員
FL送付済