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神の御子と異邦人

●
大人という生き物は、子供に、何やら神聖性のようなものを見出してしまう時がある。子供にしてみれば、迷惑な話であろう。
「おお、御子よ……」
「タタラ様の御子よ……」
「どうか我らに、タタラ様の……御言の葉を、賜りたく……」
大勢の大人が、10歳の男の子1人に向かって、神に対するが如く平伏している。
皆、本当に神の姿を見ているのだ。この弥太郎という少年の背後に、タタラ様という土地守の姿を。
村の広場である。
祭壇のようなものが一段高く設けられ、弥太郎はそこに仰々しく座らせられている。
私は、その傍らに控えている。
異国人である私が、こうして「タタラ様の御子」の側近という立場を得る事が出来たのは、まあ大人らしく上手に立ち回った結果と言えよう。
「皆、仲良う過ごせ」
弥太郎が告げた。
「仲間外れがあってはならぬ。権三、熊彦、松之助。その方ら、清次郎を許してやるように。清次郎は共同の仕事を怠けた事、皆によく詫びよ」
神の代言者として大人たちに祭り上げられる事を、この弥太郎という10歳の少年は受け入れた。村の平和のためにだ。
名指しされた男たちが、額を地面に押し付けている。
弥太郎が「タタラ様の御子」でなかったら、こうはいかない。子供が生意気を言っているだけだ。
私は断言する。弥太郎は、単なる子供だ。神の力と言えるようなものなど、何も持っていない。
ただ、右腕が鉄で出来ているだけだ。
鋼鉄の腕。動くと時折、蒸気を噴く。この鉄の腕で弥太郎は、大人3人分5人分の力仕事を軽々とこなす。
タタラ様より神の腕を授かった子供。
村人たちは弥太郎をそう認識し、こんなふうに崇め祭り上げるようになった。
神の御子。神の使者、神の代言者。代行者。
ここアマノホカリでは、キジンはそのような形でしか存在する事が出来ない。
そうでなければ、迫害を受けるだけだ。
●
『くだらん、何が土地守だ』
タタラ様が、憤激している。
『人間ども、わしらを八百万の神だ何だとおだて上げながら手前勝手な願望を押し付けくさる。まったくもって度し難いわ』
女神アクアディーネも実は同じ事を思っているのではないか、と私は一瞬だけ考えた。
「お許し下さい、タタラ様」
弥太郎が、神を宥めている。
「村人は、皆……タタラ様のおかげで、仲良く平和に暮らしています」
『わかっておらんな弥太郎。あの者ども、何かあれば貴様1人に罪を押し被せてくるぞ。寄ってたかって貴様を殺し、貴様の代わりを祭り上げる。そうせねば心の平安を保てんのだ、あの莫迦どもは』
イ・ラプセルでは幻想種と呼ばれる存在。
それが、ここアマノホカリでは神である。土地守と呼ばれる、実存の神。
それらを崇める『神州ヤオヨロズ』という勢力に、この村は含まれている。宇羅幕府から見ても天津朝廷から見ても、叛徒のようなものだ。
ここは神の住まい。村はずれの山の洞窟で、その奥には鉱脈が広がっている。
鉱業と鍛冶で、村人たちは生計を立てていた。
宇羅幕府か天津朝廷の手が入れば、それはもっと大規模なものになるだろう。村も豊かになる。が、何かしら嫌な事も起こる。
鉱山の主である土地守『タタラ様』は、それをひどく警戒しているようであった。だから村人たちに、必要最低限の採掘しか許していない。
必要最低限の採掘すら、今後は許さなくなるかも知れない。そう思えるほど今、タタラ様は怒り狂っている。
岩塊の如き巨体が、1つしかない眼球をメラメラと発光させ、洞窟内で禍々しい光源となっている。
この眼球は火炎放射のための器官で、視力は無い。
目が見えずとも、この神は、村の鍛冶職人たちの誰よりも鋭く鉄を見極め、誰よりも強靱に鉄を鍛え上げる。まさに神がかった鍛冶仕事をしてのける。
タタラ様がそうして鉄を用意してくれた、おかげで私は弥太郎の新しい右腕を作り上げる事が出来たのだ。
『有兵衛……弥太郎を連れ、この地を去れ』
タタラ様が言った。
『わしは村の人間どもを皆殺しにする。この辺り一帯を、人の住まぬ地にする』
私の本名「アルベルト」が、この地では「有兵衛」となった。
私自身は、イ・ラプセルの生まれである。
父が、アマノホカリ人であった。刀鍛冶をしていたらしい。
自分の造ったものが、殺し合いにしか使われない。
父はそれに耐えられず、戦乱の祖国を捨ててイ・ラプセルに流れ着き、あの者たちと出会った。
蒸気鎧装を手がける、技術者の一団であった。
事故などで手足を失った人々のために、彼らは無料あるいは格安で蒸気鎧装の製造を引き受けていた。
その志に父は感銘を受け、少年の私を伴い、彼らと行動を共にした。
鉄を切り裂くアマノホカリの刀剣。それに関する全てを、父は彼らに伝えた。
私は私で彼らから、蒸気鎧装に関する全てを学んだ。
いや、全てではないだろう。それでも弥太郎の腕を造る事は出来た。タタラ様のおかげではあるが。
そのタタラ様を、止めなければならない。
「お、お待ち下さい! そのような事をしてはなりません」
『有兵衛よ。わしはな、あの時にそれをやろうとしたのだ。だが弥太郎が泣いて止めた』
村の同年代の子供たちが、悪ふざけで弥太郎を崖から突き落とした。そのせいで弥太郎は、右腕を失う事となったのだ。
タタラ様は激怒し、その子供たちを殺そうとした。
その時、私が流れ者として村に逗留していたのは、まあ偶然の巡り合わせであろう。
父は結局、あの者たちとは袂を分かつ事になった。
彼らのしている事が、機械の怪物を作り上げるための実験でしかないとわかったからだ。
失意の中で、父は死んだ。
私が父の祖国を訪れたのは、その失意を何とかしたい、という思いがあっての事なのであろうか。
ともかく、新しい腕を得た弥太郎の懇願と説得で、タタラ様は殺戮を思いとどまった。
だが、村人たちが暴走した。
弥太郎を突き落とした子供たちが「タタラ様の御子に無礼を働いた」という罪状で裁かれたのだ。
私刑である。その子供たちは、殺された。
私が見たところ、このアマノホカリという国には大いなる可能性がある。
村の鍛冶職人たちを見ていてもわかるが、この国の民の気質は、例えば蒸気鎧装の部品をこつこつと作り続けるような作業と実に相性が良いのだ。今後の歩み方次第では、ヘルメリア並の技術立国を成し遂げる事も不可能ではない。
一方、集団心理で凶行に走る時もある。今回のようにだ。
『あやつら、弥太郎の思いを踏みにじりおった……』
タタラ様の巨体が、大木のような1本足で立ち上がった。
『もはや生かしておけぬ! 弥太郎。貴様もはや、あのような者どもとは関わりなく暮らせ。有兵衛、弥太郎を守れ。その腕前あらば生きていけよう。鉄が欲しい時は貴様にだけはくれてやる、さらばだ!』
「タタラ様! お待ち下さい、おやめ下さい!」
「タタラ様ぁ……」
私と弥太郎を残し、タタラ様は洞窟から飛び出して行った。
凄まじい、跳躍であった。
大人という生き物は、子供に、何やら神聖性のようなものを見出してしまう時がある。子供にしてみれば、迷惑な話であろう。
「おお、御子よ……」
「タタラ様の御子よ……」
「どうか我らに、タタラ様の……御言の葉を、賜りたく……」
大勢の大人が、10歳の男の子1人に向かって、神に対するが如く平伏している。
皆、本当に神の姿を見ているのだ。この弥太郎という少年の背後に、タタラ様という土地守の姿を。
村の広場である。
祭壇のようなものが一段高く設けられ、弥太郎はそこに仰々しく座らせられている。
私は、その傍らに控えている。
異国人である私が、こうして「タタラ様の御子」の側近という立場を得る事が出来たのは、まあ大人らしく上手に立ち回った結果と言えよう。
「皆、仲良う過ごせ」
弥太郎が告げた。
「仲間外れがあってはならぬ。権三、熊彦、松之助。その方ら、清次郎を許してやるように。清次郎は共同の仕事を怠けた事、皆によく詫びよ」
神の代言者として大人たちに祭り上げられる事を、この弥太郎という10歳の少年は受け入れた。村の平和のためにだ。
名指しされた男たちが、額を地面に押し付けている。
弥太郎が「タタラ様の御子」でなかったら、こうはいかない。子供が生意気を言っているだけだ。
私は断言する。弥太郎は、単なる子供だ。神の力と言えるようなものなど、何も持っていない。
ただ、右腕が鉄で出来ているだけだ。
鋼鉄の腕。動くと時折、蒸気を噴く。この鉄の腕で弥太郎は、大人3人分5人分の力仕事を軽々とこなす。
タタラ様より神の腕を授かった子供。
村人たちは弥太郎をそう認識し、こんなふうに崇め祭り上げるようになった。
神の御子。神の使者、神の代言者。代行者。
ここアマノホカリでは、キジンはそのような形でしか存在する事が出来ない。
そうでなければ、迫害を受けるだけだ。
●
『くだらん、何が土地守だ』
タタラ様が、憤激している。
『人間ども、わしらを八百万の神だ何だとおだて上げながら手前勝手な願望を押し付けくさる。まったくもって度し難いわ』
女神アクアディーネも実は同じ事を思っているのではないか、と私は一瞬だけ考えた。
「お許し下さい、タタラ様」
弥太郎が、神を宥めている。
「村人は、皆……タタラ様のおかげで、仲良く平和に暮らしています」
『わかっておらんな弥太郎。あの者ども、何かあれば貴様1人に罪を押し被せてくるぞ。寄ってたかって貴様を殺し、貴様の代わりを祭り上げる。そうせねば心の平安を保てんのだ、あの莫迦どもは』
イ・ラプセルでは幻想種と呼ばれる存在。
それが、ここアマノホカリでは神である。土地守と呼ばれる、実存の神。
それらを崇める『神州ヤオヨロズ』という勢力に、この村は含まれている。宇羅幕府から見ても天津朝廷から見ても、叛徒のようなものだ。
ここは神の住まい。村はずれの山の洞窟で、その奥には鉱脈が広がっている。
鉱業と鍛冶で、村人たちは生計を立てていた。
宇羅幕府か天津朝廷の手が入れば、それはもっと大規模なものになるだろう。村も豊かになる。が、何かしら嫌な事も起こる。
鉱山の主である土地守『タタラ様』は、それをひどく警戒しているようであった。だから村人たちに、必要最低限の採掘しか許していない。
必要最低限の採掘すら、今後は許さなくなるかも知れない。そう思えるほど今、タタラ様は怒り狂っている。
岩塊の如き巨体が、1つしかない眼球をメラメラと発光させ、洞窟内で禍々しい光源となっている。
この眼球は火炎放射のための器官で、視力は無い。
目が見えずとも、この神は、村の鍛冶職人たちの誰よりも鋭く鉄を見極め、誰よりも強靱に鉄を鍛え上げる。まさに神がかった鍛冶仕事をしてのける。
タタラ様がそうして鉄を用意してくれた、おかげで私は弥太郎の新しい右腕を作り上げる事が出来たのだ。
『有兵衛……弥太郎を連れ、この地を去れ』
タタラ様が言った。
『わしは村の人間どもを皆殺しにする。この辺り一帯を、人の住まぬ地にする』
私の本名「アルベルト」が、この地では「有兵衛」となった。
私自身は、イ・ラプセルの生まれである。
父が、アマノホカリ人であった。刀鍛冶をしていたらしい。
自分の造ったものが、殺し合いにしか使われない。
父はそれに耐えられず、戦乱の祖国を捨ててイ・ラプセルに流れ着き、あの者たちと出会った。
蒸気鎧装を手がける、技術者の一団であった。
事故などで手足を失った人々のために、彼らは無料あるいは格安で蒸気鎧装の製造を引き受けていた。
その志に父は感銘を受け、少年の私を伴い、彼らと行動を共にした。
鉄を切り裂くアマノホカリの刀剣。それに関する全てを、父は彼らに伝えた。
私は私で彼らから、蒸気鎧装に関する全てを学んだ。
いや、全てではないだろう。それでも弥太郎の腕を造る事は出来た。タタラ様のおかげではあるが。
そのタタラ様を、止めなければならない。
「お、お待ち下さい! そのような事をしてはなりません」
『有兵衛よ。わしはな、あの時にそれをやろうとしたのだ。だが弥太郎が泣いて止めた』
村の同年代の子供たちが、悪ふざけで弥太郎を崖から突き落とした。そのせいで弥太郎は、右腕を失う事となったのだ。
タタラ様は激怒し、その子供たちを殺そうとした。
その時、私が流れ者として村に逗留していたのは、まあ偶然の巡り合わせであろう。
父は結局、あの者たちとは袂を分かつ事になった。
彼らのしている事が、機械の怪物を作り上げるための実験でしかないとわかったからだ。
失意の中で、父は死んだ。
私が父の祖国を訪れたのは、その失意を何とかしたい、という思いがあっての事なのであろうか。
ともかく、新しい腕を得た弥太郎の懇願と説得で、タタラ様は殺戮を思いとどまった。
だが、村人たちが暴走した。
弥太郎を突き落とした子供たちが「タタラ様の御子に無礼を働いた」という罪状で裁かれたのだ。
私刑である。その子供たちは、殺された。
私が見たところ、このアマノホカリという国には大いなる可能性がある。
村の鍛冶職人たちを見ていてもわかるが、この国の民の気質は、例えば蒸気鎧装の部品をこつこつと作り続けるような作業と実に相性が良いのだ。今後の歩み方次第では、ヘルメリア並の技術立国を成し遂げる事も不可能ではない。
一方、集団心理で凶行に走る時もある。今回のようにだ。
『あやつら、弥太郎の思いを踏みにじりおった……』
タタラ様の巨体が、大木のような1本足で立ち上がった。
『もはや生かしておけぬ! 弥太郎。貴様もはや、あのような者どもとは関わりなく暮らせ。有兵衛、弥太郎を守れ。その腕前あらば生きていけよう。鉄が欲しい時は貴様にだけはくれてやる、さらばだ!』
「タタラ様! お待ち下さい、おやめ下さい!」
「タタラ様ぁ……」
私と弥太郎を残し、タタラ様は洞窟から飛び出して行った。
凄まじい、跳躍であった。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.幻想種・一本ダタラの撃破
お世話になっております。ST小湊拓也です。
アマノホカリのとある村で、妖怪「一本ダタラ」が村人たちを殺戮しようとしております。これを止めて下さい。普通に戦って体力を0にしていただければ、生存状態のまま戦闘不能になります。
一本ダタラの攻撃手段は、怪力と跳躍を駆使しての白兵戦(攻近単)、及び火炎放射(魔遠、単BSバーン3または範BSバーン2または全BSバーン1)。
場所は山中、洞窟前の開けた岩場。時間帯は真昼。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
アマノホカリのとある村で、妖怪「一本ダタラ」が村人たちを殺戮しようとしております。これを止めて下さい。普通に戦って体力を0にしていただければ、生存状態のまま戦闘不能になります。
一本ダタラの攻撃手段は、怪力と跳躍を駆使しての白兵戦(攻近単)、及び火炎放射(魔遠、単BSバーン3または範BSバーン2または全BSバーン1)。
場所は山中、洞窟前の開けた岩場。時間帯は真昼。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
4/6
4/6
公開日
2020年09月04日
2020年09月04日
†メイン参加者 4人†
●
『ほう』
一本ダタラが、まずは『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)に興味を示した。
『おぬしも……か』
「俺もまた神の使い、あるいは魔物の類……という事になってしまうのかな」
アデルが、まずは穏やかに会話を試みている。
「キジンとは、そういうものではないという事。この国に広く知らしめたいと思っているところだ」
『ふむ、弥太郎と同じく鋼の手足を持つ者。それに……おぬしは、異国の神の歩き巫女か」
「おっ、いいですね巫女さん」
そんな返事をしながら『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は、修道服を脱ぎ捨てた。
「我が名はエルシー・スカーレット、女神アクアディーネに仕えております。ええとタタラ様、後ろの洞窟にいらっしゃる有兵衛さんと弥太郎さんに免じて、どうか寛大なる御対応をいただきたく」
『村の者どもを殺すな、と言うか』
一本ダタラの顔面の中央で、火の玉が燃え輝く。
それは眼球なのであろうが、炎の塊にしか見えなかった。
『わざわざ……お前たちは異国から、人助けをするために来たのか?』
「ああ。もちろん、それだけじゃあないさ」
まさしく餌を探し求める熊のように、『星達の記録者』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が巨体を這いつくばらせて地面の匂いを確かめている。時折、土を舐めている。
「……申し分なしの鉱脈だぜ。なかなか、いい土地じゃないか」
『人語を話す獣か……言葉だけではないな。人どもの欲に、すっかり染まっておる』
「旦那、悪い事は言わねえ」
ウェルスが起き上がり、言った。
「この鉱山は俺たちに任せろ。利権を全部よこせってワケじゃあねえ、一枚噛ませてくれるだけでいい。幕府や朝廷なんて連中が入って来るより、だいぶマシになるぜ」
『ふん、商い人か。いや獣だが……』
一本ダタラの燃え盛る単眼が、続いて天哉熾ハル(CL3000678)に向けられた。
『商いをする獣。それに……何と、鬼がおるではないか。おぬし宇羅一族ゆかりの者か?』
「どうかしらね。この国はアタシらオニヒトの祖国、みたいなものだって聞いてたけど」
火球そのものの目を、ハルがじろりと睨み返す。
「気に入らない事ばっかりで、ね……今ひとつ、故郷に帰って来たって気になれないワケよ」
『なるほど気に入らんか。わしの、村人どもへの思いと同じよな』
「最初に確認しておくけど、ねえ一本ダタラさん」
ハルは言った。
「この山……元々アンタが住んでた場所? 先住権みたいなもの、あるとしたら村の人たちじゃなくアンタの方と。そういう認識でいいのかしら」
『元々わしがいた。気が付いたら人間どもが周りにいて、村など作っておった』
一本ダタラの後方の洞窟から、人影が2つ、恐る恐る這い出して来た。青年と、男の子。
有兵衛と弥太郎。この一本ダタラという神が心を許す、ただ2人の人間である。
『鉄が欲しいと言うから、本当に必要な分だけはくれてやった。それだけよ』
「……アンタが最初に、中途半端に人間と関わったのが元凶。そう思ってたけど」
苛立たしげに、ハルが頭を掻いて髪を乱した。
「ここは元々、アンタの土地なのよね。半端に関わったのは人間の方から……付き合い方、少しは考えろって思ったけど。それはアンタに言う事じゃないのよね」
「まあ、そういうこった。幻想種との付き合い方は、ヒトの方でしっかり考えなきゃいかん」
ウェルスの言う「ヒト」とは無論、人間……ノウブルやキジンだけを指すわけではない。彼のようなケモノビト、ハルたちオニヒト、それにミズヒト、ソラビト、マザリモノ、ヨウセイ。全てが「ヒト」なのだ。
幻想種は、それら全ての種族に先んじて、この世界に出現した。紛れもない先住者である。
「とは言え、なあ旦那」
説得の口調で、ウェルスは言った。
「人間を殺すのは、やっぱりやめた方がいい。幕府やら朝廷、下手すりゃイ・ラプセルやヴィスマルクにまで、武力介入の理由を与えるようなもんだ。あんたは殺されて鉱山は奪われる。人を殺す怪物なんだから仕方ないって事になっちまう」
『人を殺す怪物。そうよ、わしはまさにそれよ!』
一本ダタラが吼えた。
『止めてみよ。あのような者どもに守る価値があると思うなら、守ってみせよ!』
「……そうさせて、いただきます」
エルシーは踏み込んだ。
別方向から、アデルが踏み込んでいる。両者、このまま進めば交差する。
交差地点に、一本ダタラの巨体がある。巨岩の如き身体を支える1本だけの脚は、まるで大樹だ。
「……数の優位を活かした戦い方を、させてもらうぞ」
言葉と共に、アデルの身体から蒸気が噴出する。
出力制限が解除された突進と、エルシーの獣の如き疾駆が、超高速で交差した。双方向からの強襲が、大樹そのものの1本足を直撃する。
エルシーの、拳と蹴り。アデルの、ジョルトランサー及びアームバンカー。全て、命中した。火花が咲き乱れ、爆炎が渦を巻く。
あまりにも強固な手応えが、返って来た。
まるで跳ね返されたようにエルシーもアデルも、後方に揺らいだ。
巨大な1本足に、どれほどの痛撃を与えたのか、見ただけではわからない。
『1度、なあ。宇羅幕府の手先どもが、わしを殺しに来た事がある。鉄を奪うために』
言葉と共に、一本ダタラの単眼が燃え上がり炎を噴く。
『お前たちは……そやつらよりも、ずっと手強い。本気で叩き潰すとしよう』
「タタラ様! おやめ下さい!」
弥太郎が叫び、こちらへ走り寄って来ようとする。有兵衛が、それを止める。
単眼から迸った炎が、エルシーを、アデルを、ハルを、焼き払っていた。
「……この……力……」
荒れ狂う炎の海のどこかから、ハルの声が聞こえて来る。
「村の人たちなんて……ひとたまりも、ないわね……」
炎が、水蒸気に変わりながら消滅してゆく。大雨でも降って来たかのように。
上空に巨大な杯があって水で満たされており、ひっくり返ってぶちまけられた。そんな感じでもある。
「気に食わない事があれば……皆殺しにして、最初っから何もなかった事に出来る……」
ぶちまけられたのは、癒しの力であった。
ウェルスが、太い指で印を結び、念じている。
その念が、癒しの力で満たされた杯を召喚し、ひっくり返したのだ。
生じたばかりの大火傷が、全身から消え失せてゆくのを、エルシーは体感した。
同じく治療を得たハルが、水蒸気の中から、ゆらりと踏み込んで行く。
「機嫌の良し悪しで、生かすも殺すも思いのまま……当然よね。それだけの、力があるんだから……」
よろめくような踏み込みが、そのまま疾駆になった。物陰を音もなく走り抜ける、肉食獣の疾駆。
「……そんな奴には、わかんないでしょうね! 命ってね、どんなものでも重くて尊くて、だけど儚くて、あっという間に失われてしまう……皆殺しが簡単に出来ちゃう奴には、わかんないでしょうねええええええッッ!」
医者の叫びだ、とエルシーは思った。
獣の牙の如く、ハルの倭刀が一閃し、一本ダタラの巨大な脚部を直撃する。
炎を宿す岩塊、のような巨体が、微かに揺らいだのだろうか。
洞窟の方で、悲痛な叫びが起こった。
「タタラ様!」
「キミが、弥太郎……優しい子なのね」
飛びすさり、倭刀を構え直しながら、ハルは微笑んだ。端麗な唇が少しだけめくれて美しい牙が見えた。
「優しい子の意思を尊重する……それを理由にね、アタシのワガママで! アンタをぶちのめすわよ、タタラ様」
●
放っておく、そっとしておいてやる、という選択肢は残念ながらあり得ない。ウェルスは、そう思う。
これだけの鉱山である。宇羅幕府が、天津朝廷が、あるいはヴィスマルクが、必ず手を出してくる。
そうなる前に、イ・ラプセルの管理下に置くべきであった。
この一本ダタラが、いかに強力な幻想種であろうと、宇羅幕府やヴィスマルクの軍事力を単身で跳ね返せるわけがない。
だからイ・ラプセルによる管理と保護を受け入れろ、などと言ったところで聞き入れてくれるはずのない一本ダタラが、跳躍した。
鉄鉱石の塊の如き巨体が、1本足の脚力で高々と宙を舞ったのだ。
そして、落下して来る。隕石を思わせる自由落下。
エルシーが、真下から狙いを定めている。
「駄目だ、避けろシスター……」
倒れ、立ち上がれぬまま、ウェルスは呻いた。
全身、こんがりと焼けている。猛烈な火炎放射を、もはや何度食らったのかわからない。
気の塊が砲弾と化し、エルシーの両手から立て続けに放たれていた。上空に向かってだ。
気の対空速射が、一本ダタラを直撃した。鉱石のような体表面で、光の砲弾がことごとく砕け散る。
白色光の飛沫を蹴散らして、一本ダタラは激しく着地した。
巨大な1本足が、エルシーを踏み潰していた。血飛沫と土が、大量に飛散する。
エルシーは、地面に埋まっていた。
踏みにじりにかかる一本ダタラの巨体が、爆発と共に揺らいだ。
跳躍したアデルが、ジョルトランサーの一撃を叩き込んだのだ。
地響きを立てて倒れた一本ダタラが、しかし即座にゴロリと回って起き上がる。そして、着地したアデルと対峙する。
燃え盛る単眼と、静かに点灯する光学装置が、睨み合った。
一本ダタラが、片腕を振り上げ拳を握る。岩塊の豪腕。
そこに、ハルが食らい付いていた。美しい牙が、岩肌そのものの外皮に突き刺さっている。消耗した力を、吸血で回復せんとしている。
そのまま、一本ダタラは豪腕を振るった。
振り落とされたハルの身体が、地面に激突する。
その様を睨む単眼から、炎が噴出した。
ウェルスは無理矢理に立ち上がり、狙撃銃を構えた。
「……とっておきを使う時が、来たようだな」
狙いは一本ダタラ、ではなく上空である。
銃声が轟き渡る、と同時に、ハルの全身が炎に包まれた。
花火の如く打ち上げられた銃弾が、空中で破裂した。
光が、自由騎士4人に降り注ぐ。翡翠色の、魔力の光。
癒しの光、であった。治療魔力を上空で爆散させ、味方全員に降らせて注ぐ。魔導医療である。
ウェルスの全身で、焼けただれた肉と皮膚が癒えてゆく。が、縮れた獣毛までは元に戻らない。
「……ったく、こいつは手入れが大変だぜ。おい生きてるか、お姉さん方」
「……助かったわ、熊さん。焼け死ぬ寸前だったところ」
激しく渦巻く炎の中で、倭刀が一閃した。
オニヒトの女剣士が、紅蓮の渦を切り裂いて姿を現す。翡翠色の光に治療された美貌が、一本ダタラに向かって不敵に微笑む。
「さ……アンタから吸い取った力よ、食らってみなさい!」
倭刀の切っ先が、火の粉を蹴散らしながら光を発した。気の光。
それが、咆哮にも似た轟音と共に放たれ、一本ダタラに突き刺った。
鉄鉱石の塊のような巨体が、揺らいだ。
これまで蓄積した痛手が出始めている、とウェルスは思った。
「ふ……や、やってくれるじゃあ、ないですか……」
半ば血まみれの肉塊と化し、地面に埋まっていたエルシーが、アデルに発掘されながら立ち上がる。
「貴方の、この馬鹿力……村の人たち、本当にみんな死んじゃいます。止めますよ、それは」
「もうやめておけ、旦那」
ウェルスは言った。
「お前さんなりに、村の連中を皆殺しにしなきゃならん理由があるんだろう。言葉の説得で思いとどまってくれるわけはないよな、そりゃ。だから俺たちは戦ってるわけなんだが……その馬鹿力で負わせた傷、俺が片っ端から治しちまうぞ」
一本ダタラに、銃口を向ける。
「旦那に、勝ち目はねえって事だ」
『ならば、まずは貴様から殺す……』
「遅い遅い、そいつは真っ先に済ませねえと」
にやりと、ウェルスは牙を見せた。
「お前さんアレだな、パワーはあっても実戦慣れが今ひとつか。ま、いい勉強だと思いな」
●
何かしらの治療術式を実行しようとしたウェルスに対し、アデルが軽く片手を上げ、やんわりと拒絶の意思を示した。
「……すまん。ようやく、本格的にエンジンがかかってきたところでな」
「……火事場の馬鹿力に頼るのも、いい加減にしないと。命がいくつあっても足りないぜ」
「わかっている。だがな……勝負所だ。使えるものは、何でも使う」
よろり、と立ち上がりかけたアデルに向かって、一本ダタラが単眼を燃え上がらせる。
「……1つ訊こう、一本ダタラよ」
火炎放射寸前の眼球を見据え、アデルは言った。
「お前の、その目……先程から派手に火を噴いているが、視力に影響はないのか?」
『目が見える、という感覚を生来わしは知らぬ。目とは普通、敵を焼き殺すためのものではなく……己の周囲の有り様を知るためのものであるらしい、とは弥太郎から聞いておるがな』
「そうか……お前は元々、目が見えないのか」
アデルが、ジョルトランサーを構えた。
「ならば……焼き殺すしか使い道のない、その物騒な器官。今ここで叩き潰しても、この先、生きてゆく分に支障はないな」
『やって見せよ!』
吼える一本ダタラの眼前に、弥太郎が駆け入ろうとする。
それをハルは、掴んで止めた。
「は、放して下さい……タタラ様を、お止めしなければ」
「ここまで来たら戦いを押し通すしかないのよ。そうしないとね、止まるものも止められない」
弥太郎の小さな身体を、ハルは抱き寄せた。
柔らかな肉体の感触と、金属の硬さが、抱擁の中で同居している。
少年の、機械の右腕を、ハルはそっと撫でた。
「……いい腕よね。日常生活とか、どう?」
「問題ありません。力仕事も出来ます……タタラ様と有兵衛さんが下さった、最高の腕です」
蒸気鎧装を知らぬ人々から見れば、まさしく「神の腕」という事になるのだろう。
この弥太郎という少年はしかし、もっと尊いものを持っている、とハルは思う。
一本ダタラの単眼から、炎が噴出した。アデルを焼き殺す炎。
いや、噴出の寸前。
「させませんよっ!」
エルシーが跳躍していた。
鋭利・強固な握り拳が一本ダタラの、顔面か胴体か判然としない部分に叩き込まれる。
1本足の巨体がよろめき、火炎が空中にぶちまけられる。
その瞬間、アデルの身体が発射された。一本ダタラへと向かって、砲弾の如く。
刺突の形に構えられたジョルトランサーを、先端として。
燃える単眼に、アデルという名の砲弾が突き刺った。
突き刺ったランサーから、一本ダタラの体内へと、爆発そのものが流し込まれてゆく。
爆炎が、一本ダタラの巨大な全身あちこちから噴き出していた。
「これが……俺の、切り札だ……」
爆発に押し出され、吹っ飛んで来たアデルの身体を、ハルは抱き止めた。
倒れた一本ダタラは、起き上がらない。ただ呻くだけだ。
『……殺さんのか……わしを……』
「……言いましたよ。私たちはね、貴方を殺しに来たんじゃなく止めに来たんです」
エルシーが言った。
「それにね。この鉱山には今後も、ちゃんと管理をなさる方が必要なんです」
「同調圧力で人殺しをやらかすような連中に、任せられるわけがないだろう。いずれイ・ラプセルの手が入るにしても、あんたがやるんだよ旦那」
言いつつウェルスが、またしても癒しの力の雨を降らせた。
「……これで、その潰れた目玉も元に戻る。また火を噴けるようにもなるだろう。そうなってから、また懲りもせず皆殺しをやり始めるようなら」
「……俺たちは今度こそ、お前を殺さなければならなくなる」
アデルが言った。
「だから、もうやめておけ」
『この山に、人どもが入って来る……それは避けられん、のか……』
一本ダタラの声は、弱々しい。
『結果、それで村が豊かになる……ならば、わしなど居らぬ方が良い……か』
「そこまで卑屈になる必要はない。今ならまだ、共存って形に持って行ける」
ウェルスの口調に、熱意が宿る。
「この手の揉め事はな、俺たちの国でも頻繁に起こっているし俺も関わった事がある。今後この国でも起こるだろう……俺たちがな、最悪の形にはさせない」
『…………』
しばしの静寂の後、
「貴方は……」
弥太郎が、アデルを見上げ言った。
「……貴方も、ですか?」
「そう、お前と同じだ弥太郎」
アデルは片膝をつき、弥太郎と目の高さを近付けた。
「……痛かっただろうな」
「今は、もう平気です……貴方も」
「最初の頃はな、泣き喚いて何度も気絶をした」
言いつつアデルは、ちらりと光学装置を動かした。
「有兵衛……アルベルト氏、だな。あんたがこの村にいてくれて、本当に良かったと思う」
「他に……出来る事が、私にはありませんから」
有兵衛が、頭を下げた。
「……皆様には、何とお礼を」
「初めまして、アルベルトさん」
エルシーも、ぺこりと一礼をした。
「あの……リノック・ハザンという人を、ご存じですか」
「私の、2人目の師匠です」
1人目は、刀鍛冶であったという父親なのだろう、と思いながらハルは言った。
「……アナタのお父様にも、お会いしたかったわ」
「父は……亡くなりました。失意の中で」
「怪物を作る実験に嫌気が差した、か」
アデルは今、とある1人のキジンと、その周囲にいた人々を思い出している。それがハルにはわかる。
「だがな、その実験で命や生き方を救われた者もいる。それは、覚えておいて欲しい」
「貴方たちは……あの子を、ご存じなのですか」
息を呑みながら、有兵衛が訊いてくる。
「自力で這い這いも出来なかった、あの子を……」
「私が保証しますよ。あの人は怪物なんかじゃない、人間です」
エルシーが、力強く即答した。
「絶対人間、ぜつ☆にん! ですよ。あんな人間らしい人、ノウブルにだってそんなに居ません」
『ほう』
一本ダタラが、まずは『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)に興味を示した。
『おぬしも……か』
「俺もまた神の使い、あるいは魔物の類……という事になってしまうのかな」
アデルが、まずは穏やかに会話を試みている。
「キジンとは、そういうものではないという事。この国に広く知らしめたいと思っているところだ」
『ふむ、弥太郎と同じく鋼の手足を持つ者。それに……おぬしは、異国の神の歩き巫女か」
「おっ、いいですね巫女さん」
そんな返事をしながら『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は、修道服を脱ぎ捨てた。
「我が名はエルシー・スカーレット、女神アクアディーネに仕えております。ええとタタラ様、後ろの洞窟にいらっしゃる有兵衛さんと弥太郎さんに免じて、どうか寛大なる御対応をいただきたく」
『村の者どもを殺すな、と言うか』
一本ダタラの顔面の中央で、火の玉が燃え輝く。
それは眼球なのであろうが、炎の塊にしか見えなかった。
『わざわざ……お前たちは異国から、人助けをするために来たのか?』
「ああ。もちろん、それだけじゃあないさ」
まさしく餌を探し求める熊のように、『星達の記録者』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が巨体を這いつくばらせて地面の匂いを確かめている。時折、土を舐めている。
「……申し分なしの鉱脈だぜ。なかなか、いい土地じゃないか」
『人語を話す獣か……言葉だけではないな。人どもの欲に、すっかり染まっておる』
「旦那、悪い事は言わねえ」
ウェルスが起き上がり、言った。
「この鉱山は俺たちに任せろ。利権を全部よこせってワケじゃあねえ、一枚噛ませてくれるだけでいい。幕府や朝廷なんて連中が入って来るより、だいぶマシになるぜ」
『ふん、商い人か。いや獣だが……』
一本ダタラの燃え盛る単眼が、続いて天哉熾ハル(CL3000678)に向けられた。
『商いをする獣。それに……何と、鬼がおるではないか。おぬし宇羅一族ゆかりの者か?』
「どうかしらね。この国はアタシらオニヒトの祖国、みたいなものだって聞いてたけど」
火球そのものの目を、ハルがじろりと睨み返す。
「気に入らない事ばっかりで、ね……今ひとつ、故郷に帰って来たって気になれないワケよ」
『なるほど気に入らんか。わしの、村人どもへの思いと同じよな』
「最初に確認しておくけど、ねえ一本ダタラさん」
ハルは言った。
「この山……元々アンタが住んでた場所? 先住権みたいなもの、あるとしたら村の人たちじゃなくアンタの方と。そういう認識でいいのかしら」
『元々わしがいた。気が付いたら人間どもが周りにいて、村など作っておった』
一本ダタラの後方の洞窟から、人影が2つ、恐る恐る這い出して来た。青年と、男の子。
有兵衛と弥太郎。この一本ダタラという神が心を許す、ただ2人の人間である。
『鉄が欲しいと言うから、本当に必要な分だけはくれてやった。それだけよ』
「……アンタが最初に、中途半端に人間と関わったのが元凶。そう思ってたけど」
苛立たしげに、ハルが頭を掻いて髪を乱した。
「ここは元々、アンタの土地なのよね。半端に関わったのは人間の方から……付き合い方、少しは考えろって思ったけど。それはアンタに言う事じゃないのよね」
「まあ、そういうこった。幻想種との付き合い方は、ヒトの方でしっかり考えなきゃいかん」
ウェルスの言う「ヒト」とは無論、人間……ノウブルやキジンだけを指すわけではない。彼のようなケモノビト、ハルたちオニヒト、それにミズヒト、ソラビト、マザリモノ、ヨウセイ。全てが「ヒト」なのだ。
幻想種は、それら全ての種族に先んじて、この世界に出現した。紛れもない先住者である。
「とは言え、なあ旦那」
説得の口調で、ウェルスは言った。
「人間を殺すのは、やっぱりやめた方がいい。幕府やら朝廷、下手すりゃイ・ラプセルやヴィスマルクにまで、武力介入の理由を与えるようなもんだ。あんたは殺されて鉱山は奪われる。人を殺す怪物なんだから仕方ないって事になっちまう」
『人を殺す怪物。そうよ、わしはまさにそれよ!』
一本ダタラが吼えた。
『止めてみよ。あのような者どもに守る価値があると思うなら、守ってみせよ!』
「……そうさせて、いただきます」
エルシーは踏み込んだ。
別方向から、アデルが踏み込んでいる。両者、このまま進めば交差する。
交差地点に、一本ダタラの巨体がある。巨岩の如き身体を支える1本だけの脚は、まるで大樹だ。
「……数の優位を活かした戦い方を、させてもらうぞ」
言葉と共に、アデルの身体から蒸気が噴出する。
出力制限が解除された突進と、エルシーの獣の如き疾駆が、超高速で交差した。双方向からの強襲が、大樹そのものの1本足を直撃する。
エルシーの、拳と蹴り。アデルの、ジョルトランサー及びアームバンカー。全て、命中した。火花が咲き乱れ、爆炎が渦を巻く。
あまりにも強固な手応えが、返って来た。
まるで跳ね返されたようにエルシーもアデルも、後方に揺らいだ。
巨大な1本足に、どれほどの痛撃を与えたのか、見ただけではわからない。
『1度、なあ。宇羅幕府の手先どもが、わしを殺しに来た事がある。鉄を奪うために』
言葉と共に、一本ダタラの単眼が燃え上がり炎を噴く。
『お前たちは……そやつらよりも、ずっと手強い。本気で叩き潰すとしよう』
「タタラ様! おやめ下さい!」
弥太郎が叫び、こちらへ走り寄って来ようとする。有兵衛が、それを止める。
単眼から迸った炎が、エルシーを、アデルを、ハルを、焼き払っていた。
「……この……力……」
荒れ狂う炎の海のどこかから、ハルの声が聞こえて来る。
「村の人たちなんて……ひとたまりも、ないわね……」
炎が、水蒸気に変わりながら消滅してゆく。大雨でも降って来たかのように。
上空に巨大な杯があって水で満たされており、ひっくり返ってぶちまけられた。そんな感じでもある。
「気に食わない事があれば……皆殺しにして、最初っから何もなかった事に出来る……」
ぶちまけられたのは、癒しの力であった。
ウェルスが、太い指で印を結び、念じている。
その念が、癒しの力で満たされた杯を召喚し、ひっくり返したのだ。
生じたばかりの大火傷が、全身から消え失せてゆくのを、エルシーは体感した。
同じく治療を得たハルが、水蒸気の中から、ゆらりと踏み込んで行く。
「機嫌の良し悪しで、生かすも殺すも思いのまま……当然よね。それだけの、力があるんだから……」
よろめくような踏み込みが、そのまま疾駆になった。物陰を音もなく走り抜ける、肉食獣の疾駆。
「……そんな奴には、わかんないでしょうね! 命ってね、どんなものでも重くて尊くて、だけど儚くて、あっという間に失われてしまう……皆殺しが簡単に出来ちゃう奴には、わかんないでしょうねええええええッッ!」
医者の叫びだ、とエルシーは思った。
獣の牙の如く、ハルの倭刀が一閃し、一本ダタラの巨大な脚部を直撃する。
炎を宿す岩塊、のような巨体が、微かに揺らいだのだろうか。
洞窟の方で、悲痛な叫びが起こった。
「タタラ様!」
「キミが、弥太郎……優しい子なのね」
飛びすさり、倭刀を構え直しながら、ハルは微笑んだ。端麗な唇が少しだけめくれて美しい牙が見えた。
「優しい子の意思を尊重する……それを理由にね、アタシのワガママで! アンタをぶちのめすわよ、タタラ様」
●
放っておく、そっとしておいてやる、という選択肢は残念ながらあり得ない。ウェルスは、そう思う。
これだけの鉱山である。宇羅幕府が、天津朝廷が、あるいはヴィスマルクが、必ず手を出してくる。
そうなる前に、イ・ラプセルの管理下に置くべきであった。
この一本ダタラが、いかに強力な幻想種であろうと、宇羅幕府やヴィスマルクの軍事力を単身で跳ね返せるわけがない。
だからイ・ラプセルによる管理と保護を受け入れろ、などと言ったところで聞き入れてくれるはずのない一本ダタラが、跳躍した。
鉄鉱石の塊の如き巨体が、1本足の脚力で高々と宙を舞ったのだ。
そして、落下して来る。隕石を思わせる自由落下。
エルシーが、真下から狙いを定めている。
「駄目だ、避けろシスター……」
倒れ、立ち上がれぬまま、ウェルスは呻いた。
全身、こんがりと焼けている。猛烈な火炎放射を、もはや何度食らったのかわからない。
気の塊が砲弾と化し、エルシーの両手から立て続けに放たれていた。上空に向かってだ。
気の対空速射が、一本ダタラを直撃した。鉱石のような体表面で、光の砲弾がことごとく砕け散る。
白色光の飛沫を蹴散らして、一本ダタラは激しく着地した。
巨大な1本足が、エルシーを踏み潰していた。血飛沫と土が、大量に飛散する。
エルシーは、地面に埋まっていた。
踏みにじりにかかる一本ダタラの巨体が、爆発と共に揺らいだ。
跳躍したアデルが、ジョルトランサーの一撃を叩き込んだのだ。
地響きを立てて倒れた一本ダタラが、しかし即座にゴロリと回って起き上がる。そして、着地したアデルと対峙する。
燃え盛る単眼と、静かに点灯する光学装置が、睨み合った。
一本ダタラが、片腕を振り上げ拳を握る。岩塊の豪腕。
そこに、ハルが食らい付いていた。美しい牙が、岩肌そのものの外皮に突き刺さっている。消耗した力を、吸血で回復せんとしている。
そのまま、一本ダタラは豪腕を振るった。
振り落とされたハルの身体が、地面に激突する。
その様を睨む単眼から、炎が噴出した。
ウェルスは無理矢理に立ち上がり、狙撃銃を構えた。
「……とっておきを使う時が、来たようだな」
狙いは一本ダタラ、ではなく上空である。
銃声が轟き渡る、と同時に、ハルの全身が炎に包まれた。
花火の如く打ち上げられた銃弾が、空中で破裂した。
光が、自由騎士4人に降り注ぐ。翡翠色の、魔力の光。
癒しの光、であった。治療魔力を上空で爆散させ、味方全員に降らせて注ぐ。魔導医療である。
ウェルスの全身で、焼けただれた肉と皮膚が癒えてゆく。が、縮れた獣毛までは元に戻らない。
「……ったく、こいつは手入れが大変だぜ。おい生きてるか、お姉さん方」
「……助かったわ、熊さん。焼け死ぬ寸前だったところ」
激しく渦巻く炎の中で、倭刀が一閃した。
オニヒトの女剣士が、紅蓮の渦を切り裂いて姿を現す。翡翠色の光に治療された美貌が、一本ダタラに向かって不敵に微笑む。
「さ……アンタから吸い取った力よ、食らってみなさい!」
倭刀の切っ先が、火の粉を蹴散らしながら光を発した。気の光。
それが、咆哮にも似た轟音と共に放たれ、一本ダタラに突き刺った。
鉄鉱石の塊のような巨体が、揺らいだ。
これまで蓄積した痛手が出始めている、とウェルスは思った。
「ふ……や、やってくれるじゃあ、ないですか……」
半ば血まみれの肉塊と化し、地面に埋まっていたエルシーが、アデルに発掘されながら立ち上がる。
「貴方の、この馬鹿力……村の人たち、本当にみんな死んじゃいます。止めますよ、それは」
「もうやめておけ、旦那」
ウェルスは言った。
「お前さんなりに、村の連中を皆殺しにしなきゃならん理由があるんだろう。言葉の説得で思いとどまってくれるわけはないよな、そりゃ。だから俺たちは戦ってるわけなんだが……その馬鹿力で負わせた傷、俺が片っ端から治しちまうぞ」
一本ダタラに、銃口を向ける。
「旦那に、勝ち目はねえって事だ」
『ならば、まずは貴様から殺す……』
「遅い遅い、そいつは真っ先に済ませねえと」
にやりと、ウェルスは牙を見せた。
「お前さんアレだな、パワーはあっても実戦慣れが今ひとつか。ま、いい勉強だと思いな」
●
何かしらの治療術式を実行しようとしたウェルスに対し、アデルが軽く片手を上げ、やんわりと拒絶の意思を示した。
「……すまん。ようやく、本格的にエンジンがかかってきたところでな」
「……火事場の馬鹿力に頼るのも、いい加減にしないと。命がいくつあっても足りないぜ」
「わかっている。だがな……勝負所だ。使えるものは、何でも使う」
よろり、と立ち上がりかけたアデルに向かって、一本ダタラが単眼を燃え上がらせる。
「……1つ訊こう、一本ダタラよ」
火炎放射寸前の眼球を見据え、アデルは言った。
「お前の、その目……先程から派手に火を噴いているが、視力に影響はないのか?」
『目が見える、という感覚を生来わしは知らぬ。目とは普通、敵を焼き殺すためのものではなく……己の周囲の有り様を知るためのものであるらしい、とは弥太郎から聞いておるがな』
「そうか……お前は元々、目が見えないのか」
アデルが、ジョルトランサーを構えた。
「ならば……焼き殺すしか使い道のない、その物騒な器官。今ここで叩き潰しても、この先、生きてゆく分に支障はないな」
『やって見せよ!』
吼える一本ダタラの眼前に、弥太郎が駆け入ろうとする。
それをハルは、掴んで止めた。
「は、放して下さい……タタラ様を、お止めしなければ」
「ここまで来たら戦いを押し通すしかないのよ。そうしないとね、止まるものも止められない」
弥太郎の小さな身体を、ハルは抱き寄せた。
柔らかな肉体の感触と、金属の硬さが、抱擁の中で同居している。
少年の、機械の右腕を、ハルはそっと撫でた。
「……いい腕よね。日常生活とか、どう?」
「問題ありません。力仕事も出来ます……タタラ様と有兵衛さんが下さった、最高の腕です」
蒸気鎧装を知らぬ人々から見れば、まさしく「神の腕」という事になるのだろう。
この弥太郎という少年はしかし、もっと尊いものを持っている、とハルは思う。
一本ダタラの単眼から、炎が噴出した。アデルを焼き殺す炎。
いや、噴出の寸前。
「させませんよっ!」
エルシーが跳躍していた。
鋭利・強固な握り拳が一本ダタラの、顔面か胴体か判然としない部分に叩き込まれる。
1本足の巨体がよろめき、火炎が空中にぶちまけられる。
その瞬間、アデルの身体が発射された。一本ダタラへと向かって、砲弾の如く。
刺突の形に構えられたジョルトランサーを、先端として。
燃える単眼に、アデルという名の砲弾が突き刺った。
突き刺ったランサーから、一本ダタラの体内へと、爆発そのものが流し込まれてゆく。
爆炎が、一本ダタラの巨大な全身あちこちから噴き出していた。
「これが……俺の、切り札だ……」
爆発に押し出され、吹っ飛んで来たアデルの身体を、ハルは抱き止めた。
倒れた一本ダタラは、起き上がらない。ただ呻くだけだ。
『……殺さんのか……わしを……』
「……言いましたよ。私たちはね、貴方を殺しに来たんじゃなく止めに来たんです」
エルシーが言った。
「それにね。この鉱山には今後も、ちゃんと管理をなさる方が必要なんです」
「同調圧力で人殺しをやらかすような連中に、任せられるわけがないだろう。いずれイ・ラプセルの手が入るにしても、あんたがやるんだよ旦那」
言いつつウェルスが、またしても癒しの力の雨を降らせた。
「……これで、その潰れた目玉も元に戻る。また火を噴けるようにもなるだろう。そうなってから、また懲りもせず皆殺しをやり始めるようなら」
「……俺たちは今度こそ、お前を殺さなければならなくなる」
アデルが言った。
「だから、もうやめておけ」
『この山に、人どもが入って来る……それは避けられん、のか……』
一本ダタラの声は、弱々しい。
『結果、それで村が豊かになる……ならば、わしなど居らぬ方が良い……か』
「そこまで卑屈になる必要はない。今ならまだ、共存って形に持って行ける」
ウェルスの口調に、熱意が宿る。
「この手の揉め事はな、俺たちの国でも頻繁に起こっているし俺も関わった事がある。今後この国でも起こるだろう……俺たちがな、最悪の形にはさせない」
『…………』
しばしの静寂の後、
「貴方は……」
弥太郎が、アデルを見上げ言った。
「……貴方も、ですか?」
「そう、お前と同じだ弥太郎」
アデルは片膝をつき、弥太郎と目の高さを近付けた。
「……痛かっただろうな」
「今は、もう平気です……貴方も」
「最初の頃はな、泣き喚いて何度も気絶をした」
言いつつアデルは、ちらりと光学装置を動かした。
「有兵衛……アルベルト氏、だな。あんたがこの村にいてくれて、本当に良かったと思う」
「他に……出来る事が、私にはありませんから」
有兵衛が、頭を下げた。
「……皆様には、何とお礼を」
「初めまして、アルベルトさん」
エルシーも、ぺこりと一礼をした。
「あの……リノック・ハザンという人を、ご存じですか」
「私の、2人目の師匠です」
1人目は、刀鍛冶であったという父親なのだろう、と思いながらハルは言った。
「……アナタのお父様にも、お会いしたかったわ」
「父は……亡くなりました。失意の中で」
「怪物を作る実験に嫌気が差した、か」
アデルは今、とある1人のキジンと、その周囲にいた人々を思い出している。それがハルにはわかる。
「だがな、その実験で命や生き方を救われた者もいる。それは、覚えておいて欲しい」
「貴方たちは……あの子を、ご存じなのですか」
息を呑みながら、有兵衛が訊いてくる。
「自力で這い這いも出来なかった、あの子を……」
「私が保証しますよ。あの人は怪物なんかじゃない、人間です」
エルシーが、力強く即答した。
「絶対人間、ぜつ☆にん! ですよ。あんな人間らしい人、ノウブルにだってそんなに居ません」