戦争というものの在り方

「やあやあ、灰煙。お邪魔しているよ」
 蒸気王との会談を終え、自室に戻ったヘルメスは目をぱちくりと瞬かせた。
「やあ、アレイスター・クローリー・トリスメギストス、久々だね。ヴィスマルク出兵の話はきいたよ」
 穏やかな声で、ヘルメスは目の前の闖入者に話しかける。
「その名前は捨てたさ、今はアレイスター・クローリー、ところでいい紅茶だね」
 まるでその部屋の主人のようにふるまい、来客用のソファに腰を沈めたクローリーは銀のカップになみなみと継がれた高級茶葉の香りを楽しんでいる。
「キーモン。東洋的な香りがいいだろう? ほかにもフォートナムメイソンもおすすめだよ。蒸気王のお気に入りだ」
「今、ヘルメリアでは空前の紅茶ブームなんだって?」
「そうだね。ブームもあって通商連にはお世話になってるよ。吹っ掛けられて困っているさ。まったく商人ってやつは強欲だ」
「なるほどね? で、その対価は?」
 凍る空気。ヘルメスはその美しい相貌を笑みの形に歪めるが、到底笑っているようには見えない。
 クローリーはローブの中から黒い粘土状の半固形物がつまった小瓶を取り出し、ことりとテーブルに置いた。
「アルカロイドってのはさ、少量なら問題はないんだけどね。事実麻酔にも使われてはじめている」
「はは、うちの植民地のケシ畑が吹き飛んだっていうのは聞いたけど、君かぁ」
「あのさあ、灰煙。僕ぁ、戦争をしろと言ったさ。言ったよ。けどそっちじゃあない。そっちには神はいない。無駄だよ。君んとこのディファレンスエンジンがどう答えたかは知らないけどさ、そういうルートは迷惑なわけ。それに美しくない」
「美学で戦争に勝てれば苦労はないよ。とはいえ君に迷惑をかけることができたのならそれはそれで効果があったと思うことにするよ。神のいない地域への干渉を嫌がるという君の『美学』も分かったとこだし良しとしよう。
 東方地域を麻薬流通で麻痺させ、ヘルメリアの新たな財源とする。いい作戦だと思ったけど、君や通商連を敵に回すのは得策ではないか。諦めるとするよ」
 やれやれと、ヘルメスは首を振った。