



相克、或いは相似

そして“魔女狩り将軍”ゲオルグは光満ちる純白の空間で報告を終えた。
「ゲオルグ・クラーマー、此度の働き、ご苦労。汝の神に対する献身を、我ら教皇庁は高く評価している。あとで今回の褒賞を与えよう」
「いえいえ、ジョセフ大司教様。もったいない、実にもったいないお言葉でございます。私は所詮下賤な魔女狩り風情でございます。それがこうして、聖央都にまします大司教様にお目通りが叶うなど、ああ、このたびの聖務を無事に行うことができてこのゲオルグめは心底よりうれしく思います!」
「……フン、相も変わらずよく口が回る」
いきなりその場にひざまずいて手を合わせて祈り始めたゲオルグを、ジョセフは静かに見下ろした。そして見下した。
「私個人は汝の行ないこそが罪であると考えているのだがな」
「ああ! なんたること! 私如き下賤の者の行ないがよもやジョセフ大司教様のような高貴なる方の意識を曇らせていようとは! なんたることでしょう! 申し訳ございません、申し訳ございません!」
「何が下賤か。汝、本来であれば聖央都にあるべき身である分際で」
「…………」
ゲオルグの道化めいた物言いに囚われることなく、ジョセフが指摘する。
「下賤とは準神民や上級信民の連中を言うのだ。汝、真に神を想うのであれば聖央都で主に仕え、身命全てを捧げるべきであろう。それこそが我ら、主ミトラースに選ばれし上級神民のありようではないか?」
「それじゃあ意味がないんですわ、大司教様」
答えたゲオルグの声質が変わっていた。
浮ついた印象はなくなって、その声は低く、そして力強くなる。
「私ァね、神の敵を討ちたいんですよ。この手で。ええ、神に逆らう者共を、私自らがこの手で懲らしめ、罰し、仕留め、身の程を知らしめる。主ミトラースの威光を示すのに、これ以上の手段はございますか?」
「…………」
「ま、あんたにゃ言っても無駄でしょうけどねぇ。これまでもずっと、この話題じゃあ平行線だ。ええ、いいかげん数えるのも馬鹿らしい回数ですよねぇ」
肩をすくめて、ゲオルグはジョセフに背を向けた。
「ゲオルグ、どこへ行く」
「話は終わったんで、帰りますわ。これからの準備もありますしねぇ」
「これから……。イ・ラプセルの連中か」
「ええ、ええ。そうですとも。すでにお話ししましたが、大司教様。連中、どんな手段かは知りませんが、情報の獲得が異常に早いと来ていやがる」
「それはすでに聞いている」
「もしかしたら、この話もすでにあっちに漏れているかもしれませんな」
ゲオルグの言葉にジョセフは答えなかった。
彼はシャンバラの大司教として、魔道の御業を心より信奉している。
だが同時に、自分達にとっての未知があることくらいは認識していた。
我らの知らぬ情報獲得の手段。
神が実在する世界である。そんなもの、むしろあって当然ではないか。
「ン~フフフ♪ いやはや、忙しくなりそうですね」
「フン……」
歩きはじめるゲオルグに、ジョセフもまた背を向けた。
イ・ラプセルの未知の技術については、考えるべきだが優先度は高くない。
今、最優先して考えるべきはイ・ラプセル北部にある開通直前の聖霊門だ。
放置など論外。
今一度、今度はさらに増員して戦力を寄越す必要があるだろう。
だがこれほどの大仕事、亜人などに任せていいものか。
「イ・ラプセルの蛮民共に主ミトラースの威光を知らしめるための第一歩、やはり準神民如きには任せてはおけぬか」
ジョセフが漏らした呟きにゲオルグがふと足を止めて、
「大司教様」
「まだ何かあるのか」
笑みを浮かべたままのゲオルグに、一切笑わないジョセフが応じる。
「イ・ラプセルの連中、あれでなかなか芯が強い。足元をすくわれぬよう、注意した方がいいでしょうねぇ」
「珍しいな。汝が自分以外の者に忠告とは」
「なぁに――」
ゲオルグの笑みが増した。
「兄が弟を心配するのは、ごくごく普通のことだろ?」
「汝が血の繋がった兄というのも、身の毛がよだつ話ではあるのだがな」
「ン~フフフ♪」
ジョセフ・クラーマーの硬い声にいつもの笑みを返し、ゲオルグ・クラーマーはそのまま歩き去っていった。
一人、純白の空間に残ったジョセフが小さく呟く。
「主ミトラースよ、愚かなる我が兄ゲオルグを見守りたまえ」