アレイスター・クローリー





ぱちぱちぱち。
暗闇の回廊に場違いな拍手が響く。
「語るは未来のトラジティ
世界を流す、水の毒
原初の海のウル・ナンム
反転する世界の構造
ウトナピシュテムの鳩は帰らず
アララト山に至る舟はなく
ゴフェルの木々は砕かれた
さても世界は海に還る
いくとし生けるすべての命は海に潰える運命か」
よく通る朗々とした声。その声は若くも年老いているようにも思える。
「アレイスター・クローリー……」
怪訝そうな声でアクアディーネはその名を呼ぶ。
「はじまったのさ。神の蠱毒が。今やこの世界はカップになみなみと注がれた、ミルクだ」
彼が指をくるりと回せば、に表面張力でかろうじてこぼれないままのミルクが注がれた優雅なカップが現れる。
「ちょっと刺激すれば、そう。こんなふうに」
表面張力を越え、ミルクは流れ出す。
『こうなってしまったらもうおしまいだ。みんなみんな***に帰ってしまう』
「……でも」
「そうだね。そうだね。青の■■■。君はそうだよ。20年前だってそうだった。だから起きたんだよ。あの悲劇が。もうさ、はじまったんだよ。こぼれたミルクはカップには帰らない」
「もうどうにもならないの?」
「ならないね」
「……」
「覚悟をきめなよ■■■。僕ぁね? 君たちこそが可能性<■■■■■■>だと思っているのさ」
「……」
「君だってさぁ、食われるのは嫌だろう? もうさ、守るだけじゃ、静観するだけじゃ世界は音をたてて崩れ去るのさ。他の神■■■達はもうとっくにその気になってるよ」
「道化師……貴方は、なにがそんなに楽しいの?」
「いやいや、愉しくなんてないよ。だって世界の滅びは目の前なんだよ。僕だって死にたくはない。消えたくもない。僕ぁね? タ■■■の■になってほしいんだよ。君たちのうちの誰かにね?」
くつくつと笑う声。その不快な哂いにアクアディーネが目を上げたときにはもう道化師はいない。
――さあ、神の蠱毒を始めよう!!! 神殺しの狂騒曲(カプリチオ)だ。遁走曲(フーガ)だ。千年と八百年の前の聖誕曲(オラトリオ)が描いたタングラムのピリオドを、僕に見せてよ。
朗々たる声は残酷にも悲劇の幕開けを告げた。
神を撃て
神を殺せ
混沌を殺せ! 混沌を鏖殺せよ!
最後に残る神こそが、世界を救うだろう。