

夜の森にて

「いやはや奇妙、実に奇妙。これはどう考えるべきなのか。悩む。実に悩みますねぇ」
深い森の中、男はあごに手を当ててそんなことを呟いた。
「ねぇ、司教様、司教様。ちょっとおかしいと思いませんか? ねぇ?」
「また貴公か! 今度は何だ、私は儀式の最中なのだぞ!」
今まさに“門”を開通させるための儀式を行なっていた黒頭巾の司教が、男に向かって声を荒げる。
だが、叫ばれても男はまったく気にした様子もなく、
「おっと、失礼。これは失礼いたしました。しかし、しかし、これは懸念なのですよ司教様」
自分の話を止めるどころかまだ話続けようとしてきた。
これに司教は辟易するが、だが言っても止まらないのであればどうしようもない。
「……一体、何が懸念だというのだ」
「おかしい、これはおかしいですよ司教様。ねぇ、おかしいとは思いませんか?」
「だから、何がおかしいというのだ!」
「――おや、これは意外。まさか聡明たる司教様でも分からないとは、これはまさに意外!」
男は、大きな体を派手に動かし、芝居がかった動きで両腕を広げた。
「ゲオルグ、貴公、私を愚弄するか!」
「いえいえ滅相もございません! 私めは卑しき“魔女狩り”風情でありますれば、まさか我らが神ミトラースに仕えし聖職者であるところの司教様を侮るなどと、どうしてそのようなことができましょうか。私めは司教様を尊敬してやみません。だからこそ意外だと申したのです!」
舌ばかりがよく回る道化め。
私のことなど犬以下としか思っていまいに!
司教は奥歯を噛み締めるが、だがこのゲオルグは教皇猊下のお気に入り。
自分の力ではこの男をどうしようもない。歯噛みしつつも、司教は男に先を促した。
「……御託はいい、何を懸念しているかを話せ」
「ええ、ええ、それではお話させていただきます。そう、この私めは懸念。心より懸念しているのです。なぜ、魔女マリアンナは我が“魔女狩り”から逃れることができたのか!」
「それは、イ・ラプセルとかいう異郷の蛮族共が邪魔をしてきたからであろう」
「そこなのですよ、司教様!」
「何がだ!」
「分からない? 分かりませんか? その蛮族がやってきたタイミングが、あまりにもおかしいのです! 魔女マリアンナが追い詰められたまさにその時に連中は現れたのです! そして! 奴らと戦った“魔女狩り”達はこう言われたそうです。――『ここはイ・ラプセルの領土だ』と」
「……何?」
言われて、司教はようやく話のおかしさに気づいた。
「おや、ようやくお分かりになられたようで。重畳。これは実に重畳」
いちいちこの男の言うことが癇に障るが、黒頭巾の司教はもう気にしないことにした。
そう、おかしい。確かにおかしい。
何故、イ・ラプセルの蛮族共は“魔女狩り”達が異国の人間であることを知っていたのだ?
どこかで遭遇していた?
そんなことはあるはずがない。ならば、一体?
「魔女マリアンナと“魔女狩り”の交戦中に割って入ってきたタイミング、そしてその言動。いやはや、これは何とも奇妙な話にございますね。イ・ラプセルは神がいて、一度はヴィスマルクに勝っているとはいえ、所詮は弱小の国。国力が他と比べて劣っていることに変わりはございません。ならば、組織としての情報収集力もそう大したものではないはず。そう考えるべきでしょう。しかし、しかし! 彼らは我らの侵入をすでに知っており、しかも、我らが異国の者であることも知っていた!」
歌い上げるようにして男が語る。
司教の中にある疑問も、こうやって一つ一つ挙げられればいよいよ大きくなった。
「そう、これはまるで――」
そして“魔女狩り将軍”は黒頭巾の司教に己の推測を告げた。
「まるで、イ・ラプセルの連中は未来を予め知っているかのようではありませんか」







