何者であろうと~【北方迎撃戦】5~

 気が付けば、やけに近くで車輪が回る音がしていた。
「う……」
 いつの間にか寝ていたらしい。
 目覚めた『魔女狩りを狩る魔女』エル・エル(CL3000370)が身を起こそうとする。
 だがダメだ。全く体が動かない。
 それどころかロクに力も入れられない。指先一つにすらも。
「何だ、目が覚めたのか?」
 すぐ隣から、声は聞こえてきた。
 聞き覚えのある声。
「……ザルク?」
「ああ」
 『蒼影の銃士』ザルク・ミステル(CL3000067)が、声も短くそう答えた。
 どうやら自分と彼はどこかに並んで寝ているらしい。
「ここは、どこ……?」
「荷車の上だ。車輪の音が聞こえるだろ」
「ええ、うるさいくらいよ」
「目覚めて早々、そのくらいの口を叩ける元気はあるのか。凄いな」
「体は全然動かないけどね……」
「そこで不貞腐れるなよ。動けないのはおまえだけじゃない」
 ザルクの口ぶりからすると、彼も、そしてあの戦いに参加した他の面々も同じ感じか。
 皆、傷つき、倒れて、今は荷車に乗せられているような有様、か。
 思い返す、“聖霊門”を巡る、シャンバラ大司教率いる正規軍との戦い。
「あの戦いは、どうなったの?」
「どうにかなったぞ。どうにか、な……」
 何とも歯切れの悪い答え。こうして生き残れているのならば、勝ったのだろうが――
「…………ッ」
 記憶を掘り返して、エルは反射的に奥歯を噛み締めた。
 思い出してしまったのだ。自分があの戦いの中で浴びせられた言葉を。
 自分の拠り所としていたものを、バッサリと切り捨てられた。
「私は――」
「別におまえが何者であろうと、俺には関係ないな」
 だが機先を制するように、ザルクが己の意見を言葉として紡いだ。
「おまえが誰だろうと、関係ない。それは個人の事情でしかないからな」
「…………」
「だが、それと同時におまえは自由騎士だ。それは忘れるなよ。俺達は、騎士なんだ」
 叱るのでもなく、諭すのでもなく、言い含めるのでもなく、ただ突き付ける。
 どれだけねじくれていても、神の祝福を授かったという事実は変わらない。
「……分かっているわ、それくらい」
「なら、いいんだが。――ああ、それとな」
「何よ」
「正念場の戦いでまで殺すの殺さないのはやめてくれ。そういうのは後回しで頼む」
「全部終わってからじゃ、魔女狩りを殺せないじゃない」
「……実はタフだな、おまえ。」
 そういう答えになるだろうとは思っていたので、ザルクはそれ以上言うのをやめた。
 エルも喋り疲れて口を閉ざし、そのまま空を仰ぎ見る。
 そろそろ日も没しようという時間帯。
 茜色に染まった秋の空が、いつになく奇麗に思えた。

関連依頼:
『【北方迎撃戦】水の国に祝福を 』 (吾語ST)