ヘルメリア・議会

「ほう。これがヴィスマルクが誇る強襲船の資料か」
 伝声管を通じて、その声が会議室に響く。
 テーブルにいるのはヘルメリアを運営する議員だ。彼らはその上座にある伝声管を敬うように首を垂れている。
「エンジンはサクソンⅤ型を三十二基と言った所か。だがそれだけでは船を宙に浮かす出力は得られまい。他の何らかの作用があるのだろうな」
「他の、と申しますと?」
「少なくとも蒸気によるものではない。神か魔か。その類であろう」
「さすがは『蒸気王』、慧眼であらせられる」
 貴族達は帰ってきた答えに感嘆の声をあげる。
 過日のイ・ラプセルでの戦役で姿を現したヴィスマルク強襲船。機密に機密を重ねた強襲船の情報は少なく、此度の闘いでもそのフォルムが手に入ったに過ぎない。第三者が見たスケッチから、『蒸気王』と呼ばれた者は大雑把ではあるがそのスペックを割り出したのだ。
「してどうなされます『蒸気王』、空から攻められては『プロメテウス』も意味を為しません」
「捨て置け。機動力は侮りがたいが単艦では『プロメテウス』ほどの殲滅力はない。防衛に徹すればそれでよい。
 現に、イ・ラプセルは勝利した」
 イ・ラプセル。その名が出た瞬間に、貴族達はざわめき立つ。
「そうです。彼らが神殺しをなしたことも問題です――」「ヴィスマルクの権能を手に入れたというのなら、神造兵器も――」「ここは打って出るべきでは――」「奴隷確保のためにも――」
「静粛に」
 伝声管から響く『蒸気王』の一言で議会は静まり返る。
「祖国を想い、イ・ラプセルを討たんと発起する気持ち、余は喜ばしい。
 ならば法に従い議会と行こう。『ディファレンス・エンジン』、よいか?」
 カチ、カチ、カチ。三度歯車が鳴る音が議会室に響く。それは『ディファレンス・エンジン』が事を了承した時の合図。
「『イ・ラプセルを今攻めるべきか否か』……余は反対だ。遠征で得られるメリットは少ない。今は地盤を固める時だ」
「我々の意見は『賛成』です。食料、土地、奴隷、そして女神。遠征費はかかりますが、それに見合うだけの報酬はあります」
 対立する『蒸気王』と貴族達の意見。そして――
 ボーン、ボーン、ボーン、ボーン…………!
 四度の鐘の音。それは『ディファレンス・エンジン』が議題に反対した時の合図。
「以上だ。賛成一、反対二。現状、イ・ラプセルは様子見とする」
『蒸気王』の言葉に不承不承だが納得する議員達。だがそれがこの国――蒸気発祥の国ヘルメリアの国政。
『蒸気王』『貴族院』『ディファレンス・エンジン』の三つで決められる議会制度。

「いいのかい? バベッジも未来を見る神造兵器には興味があるのだろう?」
 暗闇の中、一人の男性が『蒸気王』に語りかける。
「構わん。先も行ったが今は地盤を固める時だ。人を集めるだけの軍事国家や宗教に頼る国に後れを取るつもりはない」
『蒸気王』は地図を見ながら、男性の言葉に答える。
「地盤ね……。言っては何だけど、ヘルメリアのテックレベルは他国の群を抜いている。弓矢と鉄砲レベルだ。それでもまだ足りないと?」
「ああ、足りぬ。何せこの世界には『神』がいる。何が起こるかわからないからな。
 なぁ、ヘルメス?」
『蒸気王』は傍らに立つ男性――ヘルメスを見た。それはヘルメリアの神の名。神造兵器『人機融合装置』をもって、あらゆるものをキジンと化す蒸奇の神。
 好青年に見える神はその問いに、
「何が起こるかだって? それこそ『神』ですらわからないよ」
 と自虐的に答えた。


ヘルメス(VC: 誤侍郎