




「冥府の門は北にありて」
年末最後の夜、しかし一切の闇を排除した光満ちる聖堂の中で、
「神の裁きは遥か天上より来たりて」
無謬たる白の神はそれを語り続けた。
「おお、嘆かわしきかな鋼の冥府。悪鬼住まいし救いなき墓所」
誰もいいない聖堂で、神は両手を広げてひとり、涙する。
これから行われることを思えば、どうしたところで涙は流れよう。
失われるものの重さは、神たる彼の胸に刺し貫くほどの痛みを与える。
人であれば心折れ、膝から崩れ落ちること必定なほどの喪失。
しかし、彼は神である。
耐えねばならぬ。受け入れねばならぬ。
失われるもの達へ、神たる彼は祈り続けるのだ。そしてなお、喜びを。
「我は全てを愛し、全てを慈しみ、それがゆえに悪を憎もう」
耐えるからこその喜びを、歓びを、悦びを。
「我は無限の歓喜を以てこの時を迎えよう。我が喜びとは、悪の討滅である」
そしてミトラースは視線を上げて、天井越しに空を見る。
「我が門より、我が似姿をもちて冥府の門に――裁きを」
聖央都ウァティカヌス外縁部。
そこに、大型の転移魔導装置、聖霊門が設置されている。
そして聖霊門の祭壇上には、魔導技術の粋を集めて製造された高さおよそ20mにもなる特殊合金製のミトラースの神像。
この金属はミルトラルズ鋼と呼ばれる特殊合金で、非常に重く、その上、金属としての剛性、粘性、弾性全てに優れており、非常に強靭で壊れにくいという特性があった。
ただし、高い魔導技術を誇るシャンバラでもこの金属の生成には非常に手間がかかり、この神像を一体用意するだけでも相応のコストが費やされている。
その神像が、これから弾丸として使われる。
「発射許可、下りました!」
純白の神職衣に身を包んだ司教が、聖霊門の管理を行なっている大司教に告げた。
大司教はうなずくと、その場にいる全員へと声を張り上げる。
「我が主ミトラースは愚かなる鉄血の国に神罰を下されることを決定した!」
その声に、場にいる全員が大きく沸き立つ。
「罰を!」
「愚昧なる国に罰を!」
「邪法の国に神罰を!」
「よろしい、諸兄らの声を神は自らのものとして聞き届けるだろう!」
この兵器の使用には、莫大なコストがかかる。
先述の神像の準備もある上に、専用の術式を用いた聖霊門をわざわざ用意せねばならない。さらには、その聖霊門ですら一回使えば使えなくなる、使い捨てのものなのだ。
ゆえに、この兵器自体、序列としてはシャンバラにおいてはアルスマグナに次ぐ第二位として数えられている。
しかしだからこそ、その威力は神造兵器以外の全ての兵器を凌駕する。
強大なる破壊の力を操作することが許された大司教が、万能感から来る興奮のままに手にしていた杖を大きく掲げた。
「――裁きを!」
「「――裁きをッッ!」」
至上の喜びをもって、彼らは叫んだ。
次の瞬間、聖霊門の祭壇上にあった神像が消失した。
シャンバラ皇国北部シェオール山脈。
ヴィスマルクとの国境に存在するその山脈は、ヴィスマルク側からは『喜望峰』と呼ばれている。
その山脈のヴィスマルク側のとある箇所、そこには兵士が駐留している前線基地があった。
神像の転移地点はまさしく、その前線基地のある場所。
ただし、転移したのは遥か12000mという超高度の空の上であったが。
ミトラースの姿をした魔導合金製の神像が、これから重力に従って前線基地へと落下する。
山脈の一部を巻き込んで前線基地が壊滅する、数分前のことであった。
ミトラース(VC: ソガ)