国王崩御

 城内がやけにざわついていた。イ・ラプセル王子エドワード・イ・ラプセルはとうとうこのときが来たかと目を瞑る。
「国王崩御にございます」
 告げられる声は思っていた通りのものだ。数ヶ月前から彼の父親であるイ・ラプセル国王は病の床についていた。昨日夜半より、意識がなくなり、今だ。
 彼は気丈な態度で国王の眠る部屋に入る。ベッドのそばには彼の母が泣きながら縋り付いていた。
「ミッシェル・イ・ラプセル。貴方はハイオラクルとして立派な人生を送りました」
 母の泣き声と、子供の頃からよく知る女神の声がマーブルになってエドワードの耳朶をうつ。
「父上」
 彼の父はもうなにも答えない。
「俺は……私は貴方に変わり、このイ・ラプセルを導きます」
 涙も流さずエドワードはそう誓う。弱冠25歳。国王としてその玉座につくのは些か若いと言える年齢だ。
 国の重さが双肩にのしかかる。
「エド」
 まるで水のような透き通った声が若き国王を呼ぶ。
「略式になりますが、手をだしていただけますか?」
 水の女神。イ・ラプセルの神アクアディーネはその小さな手をエドワードに向ける。
 彼はその小さな手に自分の手を重ねた。
「エド、随分大きな手になりましたね。ほんのまえはあんなにちいさかったのに」
 自分より大きな手。それをみつめアクアディーネは寂しそうに微笑む。彼女はこうして何度歴代のイ・ラプセルの王を看取ってきたのだろうか。
「アクアディーネの名のもとに。エドワード・イ・ラプセルをハイオラクルとして王と認めます」
 もともとエドワードはオラクルであった。ハイオラクルになって何が変わるかなど意識はしていなかった。
 ――しかしそれは違った。オラクルとハイオラクルというものの違いをその瞬間理解する。  突如酩酊する足元。手のひらから伝わる彼女の過去、彼女とイ・ラプセルの歴史が彼の脳に流れ込んで負荷をかける。
「……そうか」
 エドワードは震える声で一言だけそういった。
「はい」
 アクアディーネもまた応答する。
「父上はこの秘密と生きてきたのだな」
 エドワードは強がりで笑みを浮かべるが随分引きつっていただろう。叩きつけられたハイオラクルとしての使命とその神に関わる世界の秘密。だから。
 だからこそ彼は強く誓う。
「エドワード・イ・ラプセル。我が身命をもってアクアディーネ様に付き従うことを誓います」
 はっきりと答えたその声にアクアディーネは泣きそうな笑顔になる。
「ごめんね。ごめんね。エド」
 その小さな謝罪の声は伝わってしまっただろうか。
 運命は否応もなく彼をそして国民たちを戦乱に叩き込むだろう。それが宿命であったとしても。
 可憐な少女にしか見えない女神にはエドワードのその誓いはとても悲しいことに思える。

 時に神暦1818年5月1日。
 ――それがすべての始まりであった。