インディオ

 冬の風が大地を冷やし、木の枝を大きく揺らす。
 目に見える範囲に敵影はないが、彼らは確実にこちらに向かってくるだろう。出立の準備はしておいた方がいいかもしれない。どのみち長居をするつもりはなかったが、川の精霊(ワナゲメズワク)と子供達の相性が良かった。もう少し遊ばせたかったが――
「アタカパ!」
 名前を呼ばれて我に返る。斥候に向かっていた仲間だ。その表情を見るに、予測が当たっていたのだろうと暗澹な気分になる。鳥の羽根を使った髪留めに動物の意味を示す入れ墨。腰には斧と精霊の名を刻んだ木の聖印。
 北方に住む者は、彼らの事をインディオと呼んでいた。自然に生き、精霊に祈る者。
「パノプティコンの兵士が山脈付近を探っている。今はまだこちらに気づいていないようだが――」
「分かった。ここを離れよう。四季の女神(エスツァナトレヒ)も不吉の風を告げている」
 アタカパと呼ばれた男は重々しく頷き、仲間に指示を出す。テントをたたんで馬に乗せ、老人や子供を優先的に馬車に乗せていく。蒸気機関らしいものは何もない。
「何処に移動する?」
「骨占いによれば西方が吉と出た。先行した者達の報告を照らし合わせても問題はない」
「待て、途中にパノプティコンの街がある。襲撃するか? 追手を足止めする意味でも攻める価値はあるぞ」
 いきり立つインディオの戦士達。パノプティコンに故郷を追われ、これまで逃亡生活を強いられてきたのだ。そのストレスがパノプティコンの人間に向くのは当然と言えよう。
 だがアタカパはパイプを咥えて沈黙し、紫煙と共に言葉を吐き出す。
「そこに戦士がいるなら身の安全のために戦おう。だがそうでないのなら通り過ぎるべきだ」
「アタカパ!? パノプティコンを許すのか!」
「戦士が戦いで死ぬのは当然だ。だがそうでないものを殺すのは自然の流れに反する。大いなる魂の流れを汚せば、その報いは子供に帰ってくるのだ」
「……しかし」
「我らは自然の中に生きる。その誇りを忘れるな」
 アタカパの言葉に他のインディオたちもはっとしたように頷いた。怒りで我を忘れていたが、それが彼らの本分なのだ。
 もしそれに従い滅びるなら、それもまた自然の流れ。最後までその誇りをもって戦おう。

 アタカパ率いるブル族が故郷を終われて逃亡すること、実に二十ヶ月。
 多くのパノプティコン兵の追撃を逃れながらも、一度も民間人を襲撃することはなかったという。

アタカパ・ブル(VC: フテ寝