



違和感

何か違う。
水の国。イ・ラプセル女神アクアディーネは、水鏡をのぞきこみその違和感に眉を顰める。
最近頻発する還リヒトの事件。幽霊列車ゲシュペンストが、このイ・ラプセルを中心に縦横無尽に走っているということなのだろう。
アクアディーネはふぅ、と一つため息を落とした。
過日のヴィスマルクの上陸戦が原因だろう。あの戦いで命を落とした国民は多い。悲しみ、怨嗟、憎しみ。そういった負の感情がこの国を覆っている。故にゲシュペンストが来た。理屈としてはそんなものだ。
そも、還リヒトというものの定義とはヒトの死体という物質が動き出す現象である。
イブリース化における物質が動きだす現象と変わらない。
その姿はいわゆるゾンビのような形であったり、スケルトンのような骨であったり、ゴーストのようなものに姿を変えたりと多様ではあるが、すべては同一である。
ヒトは魂を持つ特別な存在であると定義し、故に多少のロマンチシズムと不可逆の死への抵抗として「還リヒト」という分類ができただけだ。
死んだ者に感情はない。意思もない。大まかな行動は生前に縛られてしまう。その言葉に意味などはない。
――なのに。
とある、事件と屋敷跡で意思のようなものを感じる行動をする還リヒトが現れたのだ。
気のせいかもしれない。考えすぎかもしれない。
けれど。
「 あのかたが今なにを思っているのかはわからないけれど、それがメッセージであるのならば 」
最初にゲシュペンストの発生があったのはいつだっただろうか。
そう、300年前。水晶の神が喪失したころからだ。
そしてここにきてゲシュペンストの齎す力の変化。それは不吉なものしか想像することができない。
「 やっぱり、あの道化師の言ってることは本当なのですね 」
世界が滅ぶという、あの道化師の言葉を否定したかった。だけれども、ヴィスマルクの女神を「殺した」あのときから、この危うい世界の傾きは加速しているように見える。
おそるおそると。
アクアディーネは、もっと先の未来を水鏡に演算させる。演算能力の限界は10年程度である。現在の時点から、遠く離れれば離れるほどにその精度は下がっていく。10年先の未来の精度はおおよそ8%程度。それほどに未来というものは不確定なのだ。
たとえば、10年先に画期的な発明がされる。しかしその発明者が何らかの事故で亡くなった場合、その未来はなくなる。その発明者に未来を教えたとする。彼がその未来に甘え、研究を怠ったのであれば、おなじようにその未来はなくなる。
未来をみた自分の言葉は良くも悪くも10年の未来を操る。それはやってはいけないことなのだ。神だからこそしてはいけないと、そう思う。
ちなみにプラロークが演算して、未来を見る限界値は現状では1年先程度。確度としては30%程度である。
普段はアクセスを行わないその10年先の未来にアクアディーネは触れる。
――空白が見えた。
「!!」
なにもない。空白。焦り、5年後を見る。
空白。
3年後。
空白。
「うそ、でしょ」
演算装置は無(null)を吐き出している。
1年後は見える。2年後も見える。3年後以降は空白に閉ざされ見えることがなかった。