イ・ラプセル、キノコタワー近く。
 狩人の服装をした男が奇妙なタワーを見上げ、そして通り過ぎる。先のシャンバラ襲撃の際に出来上がった塔だが、キノコの形をする必然性はあるのだろうか? 物資貯蓄用であるならあえて上の階を広げる必要はなく、灯台及び信号用なら光源から遠く離す意味がない。あえて頭頂部分を広げてしまう戦術的必然性はないのではないだろうか? イ・ラプセルの自由騎士は何を考えているのか。狩人はそう思っていた。
 ――より正確には、彼の上司であるヘルメリアの議員が。
 ヘルメリアは各国にスパイを送り込んでいる。先のシェオール山脈を襲った襲撃事件もすでにヘルメリアの上層部では知られていた。スパイ技術の向上はは蒸気王即位から徹底され、いくつかの秘密機関を有するまでに至った。
 イ・ラプセルにも幾人かのスパイがいる。彼が知るだけで五名。その協力者を含めればその数十倍。
 そしてそのうちの四割は『偽情報』を持つ者だ。正確に言えば『正しいがバレても構わない』情報を持つ者。イ・ラプセルに捕まり情報を渡す前提の者達だ。
 アクアディーネの権能の一つ――水鏡と呼ばれるものが情報捜査に関する者であることはヘルメス様の話からで分かっている。だがそれがどの程度の精査を持つかはわからない。なにせ他国のデウスギアの情報だ。ヴィスマルクの大陸弾道砲しかり、シャンバラのアルス・マグナしかり、パノプティコンの国民管理機構しかり。大まかな方向性は解っているが、詳細までは分からない。
 分からないなら探るまでだ。情報を持つ者を放ち、イ・ラプセルがどの情報を掴んだかで水鏡の精度を計る。例えば水鏡が『北の街にヘルメルアのスパイが潜伏している』と言う情報を得れば、ほぼ必ず軍からのアクションがある。そのスパイがどういう行動をして、何が理由で水鏡に感知されたか。
 どのスパイが捕まったかは、そのスパイが喋った情報から理解できる。情報を得れば軍が動く。その動きを見れば、どのスパイが動いたかが分かる。
 情報戦のキモは隠すことではない。致命的でない情報を公開し、敵の動きを操作することだ。
 
「しかし……この塔だけはわからないな」
 首をひねる狩人。そして一つの結論に至る。
 これはイ・ラプセル側の情報捜査の一環ではないのだろうか。この塔を見ての行動で、イ・ラプセルもヘルメリアの情報網を探っているのでは?
 成程、そう考えればこの奇異さも理解できる。明らかに不自然故に、誰もが興味を抱いてしまうのだから。
 小国とはいえ侮れない。彼は油断することなく、駒に徹する――