



そして――。世界は動き始める。

パノプティコン
『キ・ラ・シ・ク・イ・リ・セ・ナ・ト! キ・ラ・シ・ク・イ・リ・セ・ナ・ト!』
『キ・ラ・シ・ク・イ・リ・セ・ナ・ト! キ・ラ・シ・ク・イ・リ・セ・ナ・ト!』
『地域1115』――そうよばれる場所にあるのは巨大な塔だった。
否、塔だけしかなかった。そこに住むすべての者は塔の中で生活し、塔の中で仕事を得ていた。
一番下にいる階層の者――マザリモノは、言葉を喋ることを許されなかった。その労働力以外のものは不要と、言語を封じられた。寝食もノウブルに飼われることでどうにか確保できた。
その上にいる者は、一つの言葉を与えられた。しかし、言葉の意味は教えてもらえなかった。
その上にいる者は、更に言葉を与えられた。それが生活で使う挨拶だと知ったが、具体的な意味は解らなかった。
『キ・ラ・シ・ク・イ・リ・セ・ナ・ト! キ・ラ・シ・ク・イ・リ・セ・ナ・ト!』
『キ・ラ・シ・ク・イ・リ・セ・ナ・ト! キ・ラ・シ・ク・イ・リ・セ・ナ・ト!』
言葉の管理。与えられた言葉以外を喋る事など許さないと管理され、それを破った者は下の階層に落とされた。
唯一の救いは、下層に落ちても這い上がるチャンスはあることだ。パノプティコンは徹底した能力主義。下にいる者は財産を奪われ、仕事も厳しい。しかし上に上がれば上がるほど生活レベルは上がり、出来ることも増えてくる。
高い能力を持つ者ほど、幸せになれる。国に認められれば、幸せになれる。故に与えられた仕事を頑張る。頑張ればいずれ幸せになると信じ、最初に与えられた言葉を繰り返す。
『キ・ラ・シ・ク・イ・リ・セ・ナ・ト! キ・ラ・シ・ク・イ・リ・セ・ナ・ト!』
『キ・ラ・シ・ク・イ・リ・セ・ナ・ト! キ・ラ・シ・ク・イ・リ・セ・ナ・ト!』
それは神に助けを請う言葉。神様、私達をお救いください。パノプティコンの国民すべてが唱える言葉。どういう言語体系なのかも知らない。だがそれ以外は許されない。大陸の共通語などどれだけ喋っていないだろうか。それでも生きていけるのだから、幸せだった。
唯一の例外は――
「イ・ラプセルがヴィスマルクの防衛に成功しました」
パノプティコンの国王『王族1687』。そう名付けられた個体だけは、大陸共通語を喋ることを許されていた。
『<ヴィスマルク>キ・ラ・シ! チ・リ・ニ・ヒ・イ!』
答えたのはパノプティコンの神である『アイドーネウス』だ。この国の国民すべてに番号を付けて管理している神。管理ドローンを飛ばし、常に国民を見守っている。
「なんと!? それが事実ならいまだ神の蟲毒は……」
『ン・イ・ト! キ・ラ・シ・ニ・ト・ミ・ラ・カ・シ・イ・チ・シ・ン・イ・カ!』
「了解しました。あとイ・ラプセルに関してはどうしましょう? ヴィスマルクの権能を得たようですが……」
『ノ・ニ・リ・リ! ス・ラ・コ! セ・リ・ナ・ミ・シ・イ・ス! ナ・ト・ナ・ス・セ!』
「――了解いたしました」
一礼して『王族1687』は塔の最上階から去る。
そして神の座に残るのはアイドーネウス。そしてその神造兵器である『国民管理機構』。
バベルの塔と呼ばれる塔の中、国民全てを管理するキューブ状の情報集合体。
狂える塔の狂える神。それが与える管理は幸せに満ちている――
とある砂漠地帯
「なるほど、ソウか……イ・ラプセルが……」
とある雪原地帯
「ふむ、世界が動き始めるか」
とある海原
「へぇ、なるほどねえ。面白くなってきそうじゃないか」
船首の手すりに腕を付き、コルセアの女がその美しい唇の弧を深くする。
「あの、いけ好かないヴィスマルクを討っただって? 景気がいいにも程がある! ようし、海賊旗をあげな! 気分がのった!」
女がカトラスを真っ直ぐに向ける先はヴィスマルク。
「祭りが始まるよ! あの男も動きだすに決まってる。野郎ども! こっちもぼやぼやしてられないよ!」
とある海上で――
「はっ、いい風が吹いてきたぜ! 時代が荒れそうな風だな!」
遠く、イ・ラプセルの方を見ながらクマのケモノビトが笑みを浮かべていた。
「親分、どうしますか?」
「決まってる。この流れに乗らなきゃ男が廃るってもんよ。お前達もそうだろう!」
サメの歯がついた棍棒を掲げ、男が叫ぶ。船員たちもそれに同意するように歓声を上げた。
マストから帆が広がり、船が進む。ドクロの旗を掲げた船が、海洋で暴れ出した。
とある船団
「ええ、ええ、あの国に議長は早速向かった様子。議長であるのにあのフットワークの軽さが議長たる所以か。それはともかく、戦争が始まる。武器の仕入れは密に、正確に、多すぎてもいけない。少なすぎてもならない。世界をバランスを統べるのは商業であるべきだ」
アイドーネウス(VC: ひゅの)