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『始まりの日』~市内探索~


●市内散策
「海を見たいと思ったんだ、最初は」
 誰に言うともなしに呟いた天方・忍乃の声が青い水面に飲み込まれていく。
 今は亡き姉の好きだった風景。感傷に浸る心算は無かったのだけれど。
 三高平市の長い朝は既に終わりを告げていた。
 相変わらず雲ひとつ無い蒼空に佇む自己主張の強い太陽が中心を少し過ぎ僅かに傾いている。
 時刻は昼を少し過ぎた頃――極自然に腹の虫も泣く頃だ。
「んー」
 背筋を伸ばす一二三四五六七八・ハヤテの鼻腔を目前の海から流れてくる強い潮の香りがくすぐった。
「新しい街でのんびり釣りもいいもんだなぁ」
 ぷかぷかと浮かぶ『うき』を眺めている。
 埠頭から自前の釣竿を垂らし、気持ちのいい日差しに小さな欠伸をしたハヤテの後ろを一組の男女が通り過ぎた。
「ここが今日から俺たちが過ごす街……なんだかワクワクするね、夕輝」
「香夜と一緒なら、この街でも暮らして行けるような気がします」
 三高平市の外れに位置するこの港の前にも幾人かのリベリスタが足を伸ばしていた。
「歓迎パーティーで、仲良くしましょうってキャラじゃねぇしなぁ……」
 仁帝 メイテノーゼは小さくぼやく。
「ふぅん、ここが三高平市かぁ……と、そこの兄ちゃん、第七倉庫はどの辺だぃ?」
 龍と虎が派手に描かれた大型トラックで乗りつけた遠野 御龍は仕事中である。
 運転席の窓を開け体を乗り出すようにして一つの倉庫の前で作業を続けるフロスト・フォックスアイに声を掛けた。
「ああ、この向こうだ。良く見ろ、番号が振ってあるだろう?」
 彼の倉庫には『FOXNEST』の看板が掛けられていた。銃火器を背負った狐のイラストが描かれている。
「ここは何だ? 武器屋かい?」
「ありがと」と軽く礼を言った御龍は冗談半分にそう訊いた。
「残念ながら、まだ破界器の在庫は無いが……まあ、時間が空いたら見に来るといい」
 そして。
「何? まだ営業してないわよ」
 埠頭の倉庫に迷い込んだアンジェリーク・ブランシュの姿を認め、エナーシア・ガトリングはそんな風に応えた。
「……さっきまで公園に居たのに……迷っちゃったの」
 所在無く一人ごちた彼女にエナーシナはやれやれと肩を竦めて溜息を吐いた。
「何処行きたいの、センタービル? で、はぐれた相手は? 居ない?」
 やや早口めいて的確に必要な情報を集めていく。この場合、泣きそうなアンジェリークの方が頼りないからそれは実にいいバランスだった。
「気にしなくていいわよ、営業前なんだから」
 人がいいのも大変だ。
「……まったく、益体もないわね」
 街中を無目的にぶらつく。
 その行為自体に意味は無いが、幾らかの条件を足してやればその無意味も時に価値を持つものだ。
 即ち、その場所が未だ知らない、そしてこれから世話になる場所だとするならば――目的の無い散策こそ目的にもなろうというモノなのである。
 用の無い港に足を向けるのも、通りをぶらぶら歩くのも基本的には大差無い。
「日本、ジャパン、ヤーパン、来るのも久々ね、懐かしいわ。前来たのと別のとこだけど」
 紫煙をくゆらせながらアレクサンドラ・ミュラー・ルーテンフランツが軽く笑った。
 見える景色というものは時々、人々によって幾らでも変わるモノだ。何十年か昔の余り役に立たなかった同盟国。流れ流れてこんな場所まで辿り着いたのは我ながら中々数奇だと彼女は少し皮肉に思ったが、それも良かろうと唇を小さく歪めている。
 そんな風に時間を過ごしているのはアレクサンドラだけでは無かった。
(まさか自分がこのような所に来るとは思ってもいなかったが……あの冷戦が終わったように……昨今何が起るか解らないものだ)
 奇しくも似たような感慨を覚えていたウラジミール・ヴォロシロフ然り、
「しかしまぁ、まだ無菌過ぎて……どうにもしけてるぜ」
 一人ごちたジャック・ジャック・ジャック然りである。
 ジャックが今、可及的速やかに片付けるべき課題として探しているのは多少爛れて生臭い場所――つまりは大人が時間を潰す為のギャンブル場であった。
 少々古臭い電光看板が象る『GAME OVER』の文字。ジャックの求めるモノにはもう少し、である。
「あ……やっとあった……」
「ぐるぐさんと遊びーましょ」
 しかし、斬風 糾華にとってはまさに求めていたもので、暇そうな店員――歪 ぐるぐにとってもいい時間潰しの相手であった。
 まぁ、彼女を迎え入れたゲームセンターが次々ハイスコアを叩き出される運命にあるのは余談として。
 街とは人の生活の集合体である。
 たとえどれだけ立派な入れ物を用意したとしても、最後にして最大のピースである人が嵌らなければ意味は無い。
 誰が為の場所か、誰が為の三高平か――それを考えれば、俄かに活気付く街はその姿をまさに本来のモノへと変えていく羽化の途中を思わせた。
 主観の数だけ存在する価値観の全てを満たす為の材料はまだ足りないと言い切れる。この街がやがて息づき、成長を始めれば――やがては色々なモノが増えるのだ。
 市内を少し珍しげに眺めながら昼下がりの時間を潰している人間は決して少なくは無かった。
「この街の本屋さんは……後はどんな感じなのかしら?」
 久地院 鈴音と御笠・萩蒔、仁帝 メイテノーゼ、一条・C・ウルスラは何時の間にやら連れ立って歩いていた。
「所変われば品変わる。新しい土地では何より新しい本との出会いが楽しみですね」
 フレッサ・M・グラントーゼの言葉に一同は頷いた。
 リベリスタは人より長い時間を潰す為に本を好む事が良くある。
 そうでなくても割と読書はポピュラーな趣味であると言えるから同好の士も易く集まるというものである。
『【古書店】函南書屋』、『夕闇の図書館』、『三高平市中央図書館《ミネルヴァの梟》』に『私設夜間図書館【夜波図書館】』……。
 やはりと言うべきかリベリスタの蔵書は実に興味深い。その存在は彼等を大いに喜ばせ、目的地が同じならばと何となく同行する事となったのである。
「さあ、新生活に備えて買い物するわよ!」
「はりきっちょんなぁ……そんなに要るもんあったけのぅ?」
「ちょっと! 何めんどくさがってるの!」
「え、や、めんどくさがっとらんて……信用あらんのぅ……」
 この二人はやや覇気の足りない百都 妙信を愛鷹 尾子が叱咤激励するかのような構図である。
 元々居た場所で御近所同士。新しく始まる生活でもやはり御近所同士。世話焼きの尾子は『たえくん』と呼ぶ傍らの彼を小柄な容姿に反してリードするかのようにやや忙しなく歩いていた。
「全く……これだから目が離せないのよ。いい? あたしだって始めての独り暮らしで、その……不安だし、しっかりしてよね! もうっ!」
(……素直に言えば良いのにのぅ)
 若干気負う所がある彼女の場合――本来ならば、そんな時位は変わらずゆったりとした構えの妙信を頼れば良い話なのだが、簡単にそう出来ない……より厳密に言うならば『そう表現出来ない』辺りがこの尾子の可愛げであるとも言えるだろう。
 商業地区には新生活を始める為に必要なモノが大抵は揃う大型のモールが構えられている。
 当然と言うべきか、三高平の商業地区は既に活気に沸いていた。勿論それ以前から幾らかの人は住んでいたのだがそれはそれとして……である。
 人が多く集まれば当然運命も寄り集まるものである。
「呼ばれてここまでやってきたが……俺にホストは無理だろう!?」
『重慶花園』で甲斐・仁志が抗議めいた。
 その丁度下の道路では、
「そこの君、ちょっと地図を見せて下さらない?」
「きみ、一人でお散歩なの? 偉いね!」
 声をかけてきた小さな少女――ルーネ・アステリアを見て小鳥遊 詩音がにっこりと笑う。
 歓迎会までの時間を潰していた彼女は地図を片手に三高平をぶらついている最中だった。
「そんなトコ」
 歳不相応の感がある程に落ち着いた受け答えをするルーネはその実詩音より年上だったが、彼女は子供のなりがいちいち訂正して説明するより便利に働く事を良く知っていた。
 間違われるのも慣れたもの。地図を差し出すお姉さん――詩音の手元を少し背伸びして覗き込み「ふむふむ」とばかりに小さく頷く。
「有難う、助かったわ」
「ねぇ、これから一緒にお散歩しない?」
 礼の言葉を口にしたルーネは不意の提案に少しだけ目を丸くした。
 出会いというものは何処にでも転がっているものだ。そう言えば子供のなりはそれを時に助長する――
「だりぃ……っていうか眠ぃ……」
「……あの、お友達になってくれませんか!?」
「は、はぁ?」
 黒砂・鬼雨が線の細い青年――雨檻 璃砂に突然そんな声を掛けられたのは面倒な役所の手続きを終え街をぶらついている時の出来事だった。
 余りに唐突な展開に面食らう鬼雨、璃砂の方はと言えば真剣そのものといった風である。
 たまたま目にした自分と同じクマのビーストハーフ、一期一会を信じたかどうかは定かでは無いが――思い切ってみたのが真相だった。
「……ん、あー、俺は鬼雨だ。まぁ……なんだ、よろしくな」
 緊張漲る顔に押された訳では無いがそんな風に応えた鬼雨に、璃砂は力を緩めてふわりと笑う。
 ふとしたきっかけで一緒に歩く事になったのは深町・由利子とロウエン・アーミティッジも同じだった。
 切っ掛けは満ちに迷ったロウエンが偶然カフェから出てきた由利子に道を尋ねた事だったが、何となく身の上話等もすれば情も沸く。
(……円はどうしているかしら)
 肝心要の由利子の方はエリューション事件で夫を亡くし自身も重傷を負った過去さえさて置いて、兎にも角にも娘の事にしか興味は無いのだから、ややロウエンも報われない感はあるのだが。
「携帯のナビも捨てた物では無いね、概ね時間通りの到着だ」
 懐中時計に視線を落とした時 間が満足そうに頷いた。
 間の流儀によれば『時間は無駄にしたくない。それはより素敵な事に割り当てたいから』。
 そんな彼が今訪れたのは新しい三高平市内の建物の中でも一際瀟洒でアーティスティックな建物だった。
「成る程、確かに芸術ね」
 別段極めて深い造詣がある訳では無かったが棗は何となく頷いた。
 筆記の英字で書かれた『アトリエ・ステラ』の看板は極彩色の異彩を放って目立っている。
 タウンガイドにも載っていた謎の写真館を訪れたのは二人だけでは無い。
「謎のオーナーさん気になるのー。謎って位だから謎も知ってるのー。オーナーさんにりんごが探してる『リンゴの国』を知ってるか聞くのー」
 ぽややんとした口調の八月十五日・りんご、更にはヨハン・ライヒハートの姿もある。
 市内を行くリベリスタはこの時間になって益々増え続けていた。
「はっふー! 良い場所だねぃ、ここは!」
「……ああ。中々住みやすそうだな」
 公園の移動店舗『珈琲館「あかつき」』で買ったカップを片手にアナスタシア・カシミィルが言い、司馬 鷲祐が頷いた。
 彼女等に同道するのはもう一人、
「いや、いい場所だとは思うが……放っておいたら二人して迷子になりかねないから困る」
 何処まで本気かそんな風に溜息を吐いた大川 隆樹を加えた三名だった。
 三人は歓迎会までの時間を市内の探索に当てていた。「大丈夫、大丈夫」と安請け合いする二人を眺め、それから路地の片隅でばたつく二人――舞苑 立華と埼内・梨香に視線をやって隆樹は「だといいんだが」と肩を竦めた。
「わっあ、ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか? わああ拾います!」
「わ、だ、大丈夫? 怪我は? ごめ、荷物ありがと……!」
「まだ慣れてないから迷って……」
「君もリベリスタ……だよね。……迷った? あー、確かにここ広いもんね」
 成る程、立華と梨香のやり取りは分かり易い。
「……良かったら一緒に本部まで行く? 歓迎会してるって」
「……連れて行って貰えるとすごく助かる、かも」
 渡りに船な梨香の提案に立華は一も二も無く頷いた。
「あ、えっと。あたしは梨香。埼内梨香よ、宜しくね」
「俺は舞苑立華。こちらこそ宜しく」
「行くよー!」
「……はいはい」
 アナスタシアの声に隆樹は出会いのシーンから視線を切って足を早めた。
 この後の時間でアナスタシア達三人と『フォックスネスト』のフロストが一緒になるのは余談である。
 兎にも角にもこの日本の特異点とも言える位、神秘の集まった街である。
 出会いは偶然なのだろうが同時に必然であると言えるのかも知れなかった。
 些細なぶつかり合いや迷子が切っ掛けだったとしても、それがこの先の重大な岐路とならないとも限らない。勿論、可能性を言うならばそれはこの三高平に限った事では無いのだが――特別な世界に生きれば『そういうもの』を嗅ぎ分ける嗅覚は自ずと鋭くもなる。
 殆ど根拠の無い主観ではあるが、そういった主観が時に恐るべき精度を発揮する事をリベリスタ達は知っていた。
「……困ったな、迷っちゃった……」
「ヒャッハァー! 仏サマの声に導かれるままに来たが、流石御仏のお声は強烈だぜェ!」
「……!?」
 はしゃいだ様子に少しだけ困った表情を乗せた笹 簓に今度は強烈な驚きの色が加わっていた。
 目前に現れたモヒカンの男――大道 仁義の長身を包むのはパンク風の改造僧衣。覗く腕には目を引くタトゥーが彫りこまれている。
 そんな男が突然良く通る声を発しながら目の前に回りこむように現れて驚かないでか。若干恐怖混ざりの視線を向けている簓に気付かない仁義は胸を張る。
「ここァ、救いを求める連中が集まる街に違い無ェ! よし来たァ! 仏サマの教えを説いてやるぜェ! っと、オメェ、今困ってたろォ!?」
「……は、はい……み、道に迷って……」
「良し来たァ! 迷える衆を導くのは仏サマの十八番だァ!」
 エレキギター等持っていたら即座にかき鳴らしそうなオーバーアクションで仁義は叫んだ。
 余り人の話を聞いていなさそうな雰囲気こそあれ、彼は実は親切だった。人は見た目に拠らないね。
「あ、すいません、シティホール三高は……。
 え? ここ、三高平市? 静岡!? リベリスタ? アーク?
 ナニソレ? ふむふむ、ほほう……キラーン、拙者好みの超展開ktkr!」
 奇人は奇人を集めるのか一行は電車を乗り間違ってここへやって来た四方山 連徳も加えて天竺……じゃなくてセンタービルを目指す。
「引きこもりなのに三高平市に移り住むことになってしまったお。早く自分の家に帰ってエロゲーしたいお」
 この際だから内藤 アンドレも引っ張り込んでおく。
「タヴァーリッシ! ちょいとそこの色男、時村のせがれの召集ってのはこっちでいいのかい?」
「おお、これは良いタイミングで御座る」
 丁度、そこに雷鳥・タヴリチェスキーのトレーラー『パンテレイモン1944』が通りかかる。車体に書かれた『Nas Ne Dogonyat』の字が目立っている。
「ようよう、そこいくあんちゃんねーちゃんおっちゃんにボーズにおじょうさん。俺も混ぜてチョーダイよ」
 そこへ赤峯 ソウハが加わった。
「死なばもろとも! さあ、あんたも乗ってくかい?」
 騒がしい出会いは出会いで置いておくとして……一方で落ち着いて市内の散策をしている人間も少なくは無い。
「見て、見て! ミルフィ! 素敵なお店!」
「アリスお嬢様、お待ち下さい。そう急ぐと転んでしまいます……!」
 普段の落ち着いたお嬢様然とした様子も嘘のように華やいだ雰囲気を撒くアリス・ショコラ・ヴィクトリカに手を引かれ、ミルフィ・リア・ラヴィットは少しだけ困った微笑を浮かべた。
 仕えるべき主のリクエストに応えて街へと繰り出したのは暫く前の出来事である。見慣れない光景にはしゃぐアリスに付き合い、ミルフィは既にかなりあちこちを引っ張り回されていた。
(ですが、これも良いかも知れませんね)
 柔らかいアリスの金髪が太陽の光を受けてきらきらと光彩を放っていた。
 太陽の下に遊ぶ吸血鬼というのも皮肉な話だが――生命力が弾けるような主の笑顔を見る事はミルフィにとっても本意であった。
 華やかな明色の店構え、扉の前にかかった真新しいプレートには可愛らしい『OPEN』の字が座っていた。
「ええと、鈴宮紅茶館『フィーリングベル』。ダージリンのいい匂いだわ!」
「本場を知る一流のレディは甘くは無いわよ!」
 アリスの見つめた扉が騒がしく開く。開けたのは二人より一足早く甘美な香りに誘われた梅子・エインズワースであった。
「ああ、そこの黒髪の美しいお嬢さん――!」
「美しいのはあたしだけど、待たないってば!」
 その彼女を――どう言う巡り合わせか――追いかけていくのはカルナス・レインフォード。
 今日も今日とて麗しき少女を探求する『夢追い人(ロマンチスト)』の彼は偶然見かけた梅子に魅入られたのであった。
 いや、思春期まっさかりを地で行く彼の一目惚れにどれだけの信憑性があるのかは知れないが。
「まずはおいしいストロベリーサンデーのあるお店、見つけなきゃ……」
「おじさん所、甘いのもあるよ」
 一方別の街角では決意を新たにする月丘・伊織に『猫の足跡』の開店準備を整えた黒葛・義久がここぞとばかりに声を掛ける。
 少女をこの上無く愛好する義久。少女を何よりも愛して止まない義久。多少変態的なのは御愛嬌、決して行き過ぎず、踏み外さぬ(……と自分では思っている)彼が長い髪をポニーテールに纏めた伊織たんに親しげに声をかけるのは、太陽が東から昇る位に必然ではあったが……まぁ、彼が『見た目そう見えない少年』である事等些細な事実である。西だった。
「ヨハンナさん、このボロ雑巾買い取って」
 そしてその頃、『五番街何でも屋『ストーン』』には(ある意味で)招かれざる客が足を踏み入れていた。
「突然だね。……なンか小汚いのが落ちてるけど、なンだいこりゃ」
 顔見知りの朱子が引きずってきたボロ雑巾(ラキ)を目にしての一言である。
「……れびなすって名前で、ちょっと動くよ」
「れびなすじゃねぇ! レヴィナスだっ!」
 しかし悲しいかな、返って来た応答はヨハンナの疑問を十分に解決するモノだとは言えなかった。ボロ雑巾のあげた抗議の声もこの上無くどうでも良い。
 ……と、言うより動いたからどうなのだと――喉元まで出かかった言葉をヨハンナはそのまま飲み込んだ。
 知れている。「ちょっと面白いよ。動くし」とか言うに決まっている。ヨハンナは頭痛を禁じ得ず、こめかみに指を当てて目を瞑る。
「ああ、もう! 要するに面倒事だろ? 分かったよ」
 ラキの風体を見れば状況は容易に知れる。ヨハンナは面倒だと覚悟を決めた。要するに取り敢えず何とか面倒を見ろという事なのだろうと。
「……言っとくけど、あたしだって越してきたばっかりなンだからね。腹減ったなら勝手に食いなよ」
「助かるっ!」
 朱子の手を離れたラキはまさに解き放たれた獣の如くである。
 そんな軒先の面白いやり取りは往来までも届いていた。
「……色々な所があるもんだ」
 そのやり取りを耳にした内の一人、バイト先を探していた加律 巌夫は呟いた。
「アーク……それは救世の方舟でしょうか。それとも終末の棺でしょうか」
 アーデルハイト・フォン・シュピーゲルはオープンカフェで紅茶のカップを軽く置く。
「――私も、舞台に上がるとしましょうか」
 不必要な位にいい天気にユリア・T・アマランス(てんしのかげ)が空を飛ぶ。
(この街を、この空を、もっと好きになりたいから――)
 想いを乗せて羽が舞う。
 ビルの上でぼんやりと――掌に落ちた羽根と眼窩の世界を見比べて春津見・小梢はふと思った。
 これは幸先の良さを表しているのか、何なのか――。



●三高平公園
 ……今でも豪快な笑顔を思い出すよ。
 あの、笑顔を思い出すんだ。
 アーク本部活動開始……ついにこの日が来たんだよ、お父さん。
 お父さんがこの場所に来る為に株投資でお金を作ってくれたのは五年前だったね。
 四年前に味を占めて博打に嵌って貯金全部使い果たして蒸発したのもお父さんだったね。
 久々に帰ってきたと思ったら俺のギターで世界を驚かせてやんぜ! とかぬかしやがったのは三年前だったかな?

 閑古鳥 比翼子の見上げた青空でサムズアップしていた『お父さん』の顔があの、どうしようもなく、罰の悪そうな、そう。
 無謀なチャレンジをしては家族全員を引っ掻き回し、混乱と絶望の坩堝に叩き込んでくれたあの時の――しょうもねぇ少年のような表情に変わっていた。
「……あたしはお父さんの代わりにこの商店とお母さんを守るから! だからもう帰ってこなくていい!」
 やや斜めに傾いだ『閑古鳥商店』の看板をバックに、数千個にものぼる売れないたわしの在庫、そのダンボールを前に少女は強く言い放った。
「嬢ちゃん、そこのプリンくれ」
「お代はきっちり貸しにつけておきますからね。一円単位でこのメモに」
 金平 源次の傍らに立っているのは桃子・エインズワースであった。
 まるで持ち合わせが無い源次は勢いのままに(カツアゲのような勢いで)楚々とした桃子にかぶり寄ったのだが、これは相手が最悪だった。
 たっぷり『修正』された源次はややぐったりとして此処に到る。ニコニコとした桃子からは余りそういう『危険な匂い』はしないのだが。
「はいはい、でも駄菓子のしかないよ」
 些か複雑な比翼子の家庭の事情に天が応えたのかどうかは知らないが、三高平公園に向かう人は多く道すがらの店は名前と裏腹な俄かな繁盛を見せていた。
 何処で何をしているのか肝心な時にアルバイトは居らず、たわしは相変わらず売れなかったが駄菓子は幾らか売れていた。
 ……原価二円の駄菓子を幾つ売れば幾らの儲けになるのか等言わぬが華という話。
「あ、公園みぃつけた!」
 ふわりと空を駆け、俯瞰した風景からその場所を見つけたのは満天星・朱華だった。
 三高平公園は市内で生活する人間の為に作られた大規模なレクリエーション施設である。
 季節ごとの木々が様々に植えられた遊歩道に大きな池、運動や集会を行なうに都合の良い広々としたスペースもしつらえられている。
 三高平市に足を踏み入れたリベリスタ達の中にも昼間の時間をこの場所で潰している者は多かった。
「……やれやれ、ですね」
 まどろみ、ふらついていた氷雨・那雪を竜牙 狩生が見つけたのは暫く前の事だった。

 ――どこか、いいお昼寝の場所……知らない?

 胡乱とした目で問いかけられて今にも崩れ落ちそうだった彼女をひょいと抱き上げて彼が連れてきたのがこの公園の木陰だったのだ。
(……悪くないもんだ。こんな時間も、でも落ち着きすぎても思い出しちまうな)
 鮮やかに色付いた木の幹に手を当てて野上 郁久はふと厳しかった修行時代の事を思い出していた。
「精進が足りん」と怒鳴り散らす師匠の顔。失礼ながらにひらりと落ちてきた赤い葉を見て思い出したのは怒るその頭が茹蛸のようだったからだろうか。
「全ての平和を取り戻すなんて、常々真顔で言ってたっけ……」
 郁久には目に映る世界が平和で無い等とは信じ難かった。同時に平和である等という事も――だが。
 脳裏を過ぎった矛盾の色に彼は小さく嘆息した。
「……人は『ああいうの』を夢見すぎって言うんだろうがよ。師匠の大目標、ちょいと拝借するよ――」
 園内を歩くのは彼だけでは無かった。
「やっぱ施設の整った公園はいいな。のんびり昼寝ができる……♪」
 陽だまりの芝生に寝そべり気持ち良さそうに背を伸ばしたシィル・B・ダークラムの鼻先に不意に一本の猫じゃらしが揺れていた。
(む……誰だ。俺の安らかな寛ぎタイムを邪魔する奴は)
 そうは思ってもやはり本能的反射には抗い難い。手で穂先をぺしと払ったシィルは彼の顔に小さな影を落とした人の気配に視線をやる。
「起してしまってごめんなさい、貴方は同類さんかしら?」
「ねぇ迷子さん、ソレ見れば分かるよね」
 自身の言葉に続いてすかさず突っ込みを入れた那由他に迷子は自然な所作で小首を傾げて見せた。
 柔らかく微笑んだ迷子は分かっていて訊いたふしがある。
「同類? ああ、あんたらもリベリスタか」
 ぶっきらぼうに答えたシィルの眠たげな視線は揺れる猫じゃらしを追っていた。
 そんなシィルの姿を見ながら迷子と那由他は視線で意図を交換し合う。意見はすぐに一致……と言うより迷子の希望を那由他の方が受け入れたのだが。
「ねえ、私達と一緒に来ない?」
「は……?」
 突然の誘いだが、そこには迷子なりの理屈があった。
「魔女に――猫は付き物でしょ?」
「ああ……」
 未だに猫じゃらしは揺れている。いちいち集中を乱されるその動きにシィルは面倒臭そうに答えを返す。
「一緒にでも何でも行ってやるから……とりあえずそれをとっとと下ろせ……」
 ゆったりとした癒しの空間には千差万別、人の数だけの時間がある。
 白樺 命は通りすがる子供を見る度にこれから自分に架せられる使命を重く受け止めていたし、
「お前野良か? じゃ、俺と来る?」
 今度はシィルならぬ正真正銘の野良猫を抱き上げた三角・鳴葉はへにゃっと人懐こい笑顔を浮かべていた。
「近所の人は親切だったし、街も綺麗だし、これからの生活がとても楽しみ。ふふ」
 カソック姿の花城 知恵は公園で一休みといった所。ちなみにこんな口調でも男である。
「このバーガー美味しいんだよっ」
「確かに。卵が中々合いますね」
 ベンチでは天月・光と雪白 桐が昼食の時間を過ごしていた。
 ついさっきまでは知り合いですら無かった二人である。散策中の光がアルバイトの休憩中だった桐に衝突した事で始まった関係だ。
 しかし、古今東西ありとあらゆる書籍やらで繰り返されてきた黄金の偶然というのは時に現実にも起こり得るらしい。
 何となく桐の事が気になった光が『お詫びに』昼食に誘った事で今がある。
「三高平市のことはよく知らないから一緒に冒険しようよっ♪」
「暇な時なら構いませんよ」
 この後、別れる二人が名前すら名乗るのを、聞くのを忘れた事に後で気付くのも又運命。
「おー、たくさん来るなあ。かわいい女の子とかは来るのかな?」
 一方でこちらは一人、買い込んだハンバーガーを大口で頬張る呉実 陣牙は、道路を走る引越し用のトラックを見る度にそんな気楽な声を上げていた。
「これ……日本語どうゆう意味やろか?」
 遅めの昼食(サンドイッチ)をもぐつきながら、三高平市の資料とリベリスタについての説明に悪戦苦闘しているのはチャスティティ・チェンバレン。会話が可能になっても世界一習得の難しい言語の類であると言われている日本語の記述――それも専門用語を読み解くのは生半可な苦労では無い。
 白い長袖のワンピースにロングスカートを僅かにはためかせた神無月・優花の向こうにはそのチャスティティがさっきブラック・コーヒーを買い求めた源 カイの改造ライトバン――『あかつき』がすっかり溶け込んで通常営業を続けている。
 ゆっくりとした時間の流れを突然派手な姿に変えたのは棘のある響く伴奏と榊原 大和のしなやかなダンスだった。
「あ、すごいですー♪ 路上パフォーマンスですわね」
 パチパチと手を叩きそうな仕草をしたセシリア・バレリアナ・ヴァレンティーナが目を輝かせた。
 用意したMP3プレイヤーから流れ出すメロディは『ブラックキャット』の『Rainy Brack』。バラードを思わせるタイトルを裏切るパンチのあるサウンドである。
 リズムに合わせて機敏に動く大和にとってダンスはお手の物。特にブラックキャットのナンバーはやり慣れている十八番だった。
 中々の腕前にざわつくギャラリーが集まってくる。公園内で過ごしているのは時間を持て余している人間も少なくは無いから俄然の人気である。
 そんな状況に多少誇らしくなりながら大和はふと聞いた話を思い出した。
(……本物のNOBUに遇えたら最高だけど、流石に無理かな?)
 黒猫のあだ名がついた将門 伸暁はインディーズ界隈の有名人である。何でもその彼もこの三高平に居るとか。
 それを聞いた時、少なからず大和は興奮を覚えたものだった。まさか、そう都合良く会えるとも思っては居なかったが――
「やるね、アイツ」
「……? ええ、お上手ですわね」
「……っ!?」
 思わず噴き出した大和はこの瞬間、ハッキリとリズムとメロディを踏み外した。
 正面で彼のパフォーマンスに見入っていたセシリアの真横に気付けばあのNOBUが居る。
 この街の場合、そういう事もある――という事なのだろうか。或いはこれも運命(フェイト)の導きか。
「おおー!」
 広場の方でその時新たな歓声が上がる。
「どうせ三高平には関係者しかいないんだ、能力を隠す必要も無ぇだろ!」
「ふむ、困りましたな。この穏やかな時間を壊すには忍びないのですが……」
 騒動の主は斜堂・影継だ。やや力を持て余していた彼はセバスチャン・アトキンスを見るなり勝負を挑んだのである。
「強いヤツと戦いたいんだってな。俺は強いぜ。腕に刻んだ『鉄腕』の二文字に恥じない程度にな!」
「アイヤー!?」
 似たようなやり取りは竜一と李 美楼の間でも起きていた。
「みんなー、笑って☆ せっかくの親睦だし、記念写真を撮ろうよ!」
「回復は任せとけー。しっかりなー」
 カメラを構える風生 鉄之助、煽るメアリ・ラングストン。
「おう!」
 盛り上がる(片一方の)当事者。
「そこの可愛いお嬢さん!俺の聖母(マリア)になってくれないか!」
 騒ぎのどさくさに紛れて(残念な)ナンパを展開する亜門・京四郎。
「新しい場所、やっぱりどきどきするっすね。どんなことが起きるのか、誰と出会えるか今から楽しみっす――」
 遠く聳えるセンタービルを見上げた結契・獅堂の言葉は少なくとも半分以上は本音だった。
 何とも言えない状況ではあるが、それ相応に珍しい人生を歩む人々が一度に会せばこんなもの。
「やれやれ、色々動き出して……ああ、こっからが始まりだな」
 ベンチを立ち後ろ向きにコーヒーの空き缶を放り投げ、ぶらりと歩き出しながら白木 衛。
「ありゃ、幸運」
 からん、からんと音が鳴る。くずかごの中で甲高い音を立てたそれは彼のいい加減な占いによる所の大吉を示していた。
 先は見えない。だが、それは誰にも面白味でもあるのだった。
 運命をかき混ぜた混沌のスープは何処をすくって飲んでも一口には言い表せない複雑怪奇な味わいなのだから。




<つづく>

       
▲上部へ