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●宵闇と誘蛾灯
秋の日は釣瓶落とし――果たして昔の人は上手い事を言うものだ。
季節の変わり目、葉もすっかり落ち切って間近に冬を感じさせる時分にもなれば夕暮れから夜に変わる暇もすっかり短くなってくる。
『長い日の短い昼間』は過ぎ去り、三高平の街は夜の装いへその姿を変えていた。
「……首もと苦し……なんか動きにくいしよー……」
背の高いビルから漏れ出た明かりが日名・リク・航士狼の姿を照らした。
ぶつくさと口の中で呟く彼は居心地が悪そうにしきりに身じろぎをしている。
彼の脳裏を過ぎるのは「場所が場所なんだから、しっかりしなさい」と語気を強めた母親の顔である。
「……後で脱ご」
そう心に決めて小さく溜息を吐いた航士狼の横、道路を一台のリムジンが通り過ぎた。
緋色のイブニングドレスと右目を覆う黒皮製眼帯。後部座席に楚々と座っているのはフランツィスカ・フォン・シャーラッハだ。
一日中、リベリスタ達の姿が尽きなかったセンタービルへと続く大通りには彼等と同じ目的で集まる多くの人影で賑わっていた。
むしろその数は昼間よりも多い位だ。予め告知されていたセンタービルでの歓迎会は今日という日のメインイベントとも言うべき華の為に、である。
尤も航士狼やフランツィスカ、
「曲がりなりにも祝賀行事だろうしな」
(初めての街、初めての人……すごく、ドキドキする……
うち、ちゃんとやってけるかな?友達、できるかな……って、ううん。ねがてぃぶになっちゃいけないよねっ!)
学生らしく折り目正しく制服を着込んだハインリーケ・ベネディクタ・香坂、『おめかし』したこの初佳・クリサンテーモのようにフォーマルな装いの者も居れば、
「お腹減ったにぃ……」
「会場には肉があるのだ。あるのだよっ」
大きなリュックを背負ったカルカカ・カルカ・カカルカ、とぼとぼと歩くその姿を激励するテトラ・テトラ。
「うきゅ? ぱーてぃ! しってる! 食い物、いっぱい! じゅる……肉! ニク! にく! 肉、よこす! うまい肉! ウェヌスタ、ひゃくじゅうのおう! 肉狩る!」
ウェヌスタ・ティグリス・マグヌスのようにカジュアルを通り越して野性味溢れる人々の姿もあった。
相も変わらず統一感も協調性も無い人の波は昼間と結局は同じという事だった。
運命に愛された特別な誰かが通り一辺倒の型に嵌るというのも考えてみれば不自然であるから、さもありなんとも言えるのだが。
「ここで会ったのも何かの縁、せっかくだし一緒に歓迎会場へ向かわないか」
「分かったっす!」
黒崎 章人の言葉にジェスター・ラスールが応えた。
「なあ、アンタも歓迎会に行くのか? 早く行かねーと。メシが無くなったら大変だぜ」
そして、そのジェスターの目の色はその輪にひょいと顔を出したアニーバル・イサナ・オチの一言で見事に変わる。
「!? 早く行かないと料理無くなるっすー! 急ぐっす!」
「……ああ、タダ飯ってのは重要だ」
更には耳聡くサリエル・ファーナーも速度を増した。
同じ目的地を目指すリベリスタ達だが、その心情・内情の方は外見と同じ程度には様々なバラエティに富んでいる。
深いドラマがある者、そうでもない者、むしろ無さ過ぎてもう少しあっても罰は当たらない者、エトセトラ。
「緊張するけど人のよーさんおるとこは好きやな。皆かっこええなあ」
往来を眺めて何気なくそんな風に言ったのは小野田・有馬。その台詞程は声色には緊張が感じられない。
「新しいお友達、いっぱいできるといいなー」
「おねーちゃん、そんなに引っ張らないでよ」
腕を引く楽しげな姉、高瀬 深音に抗議めいた声を上げるのは高瀬 深雨。
「お姉ちゃん、緊張感ないよね……って、よそ見してると転ぶってば!」
見事な位に華やいだ深音の空気よりはもう少しだけ新しい場所に神妙な深雨は小さく嘆息する。
「歓迎会……事務所で見かけたあるなさんもいるかもしれないわね」
「うん。お姉ちゃん、ボク、ここでもはよ友達ほしわ☆」
掛け合いをする姉弟は月星・地球・宇宙と月星・太陽・ころなも一緒である。
「ころな。あのコのこと好きなんでしょ? ふふふ、探偵さんには全てお見通しよ」
「……友達って言うたやんかー」
軽く笑った姉に弟の方は罰が悪そうな顔をして唇を尖らせた。
「ええ、お友達になれるといいわね――」
広いだけの屋敷から出て冷たい空気の中を行く――
「楽しみですわね。これから、どんな人にあってわたくしたちはどう変わったらいいのか」
――神無月 まどかは玲瓏と呟いた。
旧家の家名も小さな肩に圧し掛かる使命感も忘れてはならない大切な一事だ。だが、まどかは握ったカタリの手の温もりに少しだけ安堵した。
「まーくん居ませんねェ……迷子でしょうか? ろっくん、先に歓迎会に行っちゃいましょうかァ~!」
「ったく……あの坊ちゃんはどこにいったのかねえ。そうさなァ、先行っちまうかー」
姿の見えない壬生 匡隆に些か薄情な事を言うのは稲荷山 透夏と日詰 六の二人組だ。
一応後で探すかという気は無い訳では無いのだが、宴会の先に実行があるかと言えばかなり怪しい所である。
「キミ、何ゆらゆらしてんだ」
「どこでもゆらり~ゆらゆらり~、一緒にどー?」
「……キミ、同類だろ、一緒にパーティとやらへ行かねぇか」
ぶつかってきた――何処となく不安なユラ・リ・ユラの動きに梶・リュクターン・五月の方が切り出した。
(お腹空いた……)
本能の赴くままに足を向けるのは糾華。
「美味しい物が食べれるみたいだし、とりあえず行くだけいってみようかな。色んな人と会えそうだしね」
「酒がタダで呑めるってンだから、こりゃ行かない手はないね。
そうさな、真白のオッサンでも捕まえて、いっちょ呑み比べといくのもいい」
ウェスティア・ウォルカニスの何気ない言葉に長曽禰 虎徹が応えた。
「気が付いたら日本に居て……パスポートも財布もないんだ……私、一文無しで……」
「そういう事もあるのだ。そう落ち込まないでまずは歓迎会にでも行って、誰か助けてくれる人を探すといいのだ」
殆ど泣きべそに近い顔で傍らの少女に身の上を語るのはメイエ・イル・グレンツェペリだった。
そんな情けない大人に実に建設的なアドバイスを送るのは齢十にしかならないヴェロニク・ラヴォアジェだ。
歳不相応に情けない顔を見せたメイエと、歳不相応の落ち着きを持ったヴェロニクとを見比べれば環境が人を育てるという説は実に頷ける。
尤も『名門の跡継ぎとして生れ落ち、悠々自適と欧州の片田舎に引き篭もっていた筈が、突然身一つで異国に放り出された』というメイエの境遇は十分同情に余りある。
その癖当人は恐らく悪びれず、メイエをきちんと認識すらしていないというのだからアウィーネ・シトリィン・フォン・ローエンヴァイス伯という人物の豪腕・冷淡ぶりが伺える。
新しい環境に放り込まれるというのは気後れするものでもある。
溜息を吐いた鈴懸 躑躅子、
「……はぁ……」
(……歓迎会か。人の集まる場所や、お祭り騒ぎは苦手なのだがな……
とは言え、今後の様々な行動を考えるならば将来的な味方との接触はしておいた方が良いか)
「私なんかがリベリスタになんてなれるのかしら……」
珠刈・愼迩や千沢 瑞葉は決して気乗りして……という訳では無い。
瑞葉は見てみたいだけだった。自分と同じような存在がどれだけいるのか確かめたかったのだ。
自分の同類がどれだけ居るか。世の存亡に立ち向かう存在がどれだけ居るのか。
目の当たりにした所で『こんなにも居る』とも思えるし、『この位しか居ないのか』とも思えるし――それは詮無い事ではあるのだが――
「歓迎会……色々な環境、境遇を体験した人達が沢山集まるみたいだから、話を交わしてエリューション化についての知識を少しでも多く吸収しておきたいな」
「傷を受けたあの日から、俺の運命が変わりやがった。
そして今、その歯車が加速しだすワケか……ったく、どう転ぶンだかなァ、一体。
まッ、まずは気の合う仲間を見つけねェとな」
その一方で白峰・鞘刃、五条・武の表情は幾らか引き締まっている。
「歓迎会楽しみ……アンジェを助けてくれたあの人もいるといいなぁ」
仄かな期待感と若干の不安感をあどけない美貌に乗せて呟くアンジェリーク・ブランシュが居る。
胸に抱いたお気に入りのクマの縫いぐるみ――『ソレイユ』を抱いてキョロキョロと辺りを見回した。
(怖くないもん、ここはアンジェと同じ人がいて一人じゃないから泣く必要ないもの――)
『可及的速やかに解決するべき問題』を抱える彼女は意を決して道を行く祭 義弘へと声をかけた。
「あ、あの――」
「――ん? 何だ、迷子か」
大人から見れば存外に豊かなる子供の反応というのは分かり易いものだった。
ともすれば少し強面にも見える精悍なる体躯の義弘ではあるがこう見えて甘いモノが好きな所もある。
「泣きそうな顔をするなって。大体分かったからよ」
パーティには彼女が――彼が喜ぶケーキの一つもあるだろう。
面倒見が良いとまでは言わないが、行き先が同じならば可憐なる少女を助けてやるのもついでと思えば大した手間や問題でも無い。
(きっとここでなら、変ではないですよね。私は一人じゃないですよね)
街灯の下に伸びる仲間達の影を見て想うリトルマリア・E・アサインが居る。
「パーティ会場でメタルフレームのお友達が出来れば良いんですけど……」
機械化し成長が鈍った体。人間から見れば違和なる球体の関節も、この場所では珍しいものですらない。
「同じ年くらいの子がいたらいいなぁ……あ、でも、やっぱりかっこいいおじさまがいると嬉しいなっ」
アリステア・ショーゼットの中に高まるのは期待感。
「いーじゃんいーじゃん」
塵馳 雷嘩は熱を持つ胸の内のリズムを胸一杯に吸い込んだ夜気で冷やして、独特の――やや物騒な表現で浮き足立った空気に口角を上げた。
「何かが始まる直前の熱気が渦巻くこの感じ、爆弾が爆発する直前に似ててたまんねーわ」
夜は何一つ姿を変えていない。
夜自体は、時間自体は昨日も、今日も、この瞬間も。何一つどうって事は無い唯の一時なのだ。
しかし、一時に誰かの悲喜こもごもが集まればつられて自然と胸も騒ぐ。
(ここには特に様々な者がおる。うちの様な狐を始め獣の者は当然のこと、それ以外にも機械仕掛けの者や血吸いの者。いや、見ているだけで気も弾むわ)
人間というものは現金なものであるといよいよ思い知り、宮司 佐奈江は微笑んだ。
「……さて、うちも折角だからこの場を楽しむとするかのう」
ホテルの宴会場の如き備えを持つという会場は中々大したものなのだろう。言った彼女の見上げた先には一際強い明かりを漏らすビルがある。
とは言え、現金は現金でも……
「とうとうやってきたの。
ナイトメア・ダウンの爪痕、エリューション事件の最頻地、人類盛衰の分水嶺、異能と異常の集う街、三高平市……でも、そんな事はどうでもいいの」
凛として美作 美咲香が決意する。
「私にとっての大切な事は、ご飯を食べられるかどうか、狭く暗い楽園に引き篭もっていられるかどうか、なの。
リベリスタなら色々支援して貰えるらしいの。楽しみにしておくの。もう三日も何も食べてないの!」
これとか。
ニル・カクリコニは感じる。宴の予感を。
ニル・カクリコニは感じる。おいしい予感を。
ニル・カクリコニは確信する。ごちそうの存在を。
三高平市の街角、街灯の影。月に照らされた夜の中――ニルは何処からともなくやって来た。運命に繰られやって来た。
先に待つ、気配の正体はごちそう……それとも? 喜びか、悲しみか。栄光か、死か。何はともあれ腹が減っては戦は出来ぬ。
「ごちそうどこだー?」
これとか。
(始まりの日は『私』が産声をあげた日――
皮肉な話だ。『私』が誰なのか、いや。『何』なのかすら分からない)
アラストール・ロード・ナイトオブライエンは幾度目か知れない程に繰り返した意味の無い自問に小さく頭を振る。
自身が何者で、何をする為にここに在るのか。今在るのか――そんな単純な事実さえ分からない。確証が持てない。
唯一つ不確定の中に存在する寄る辺は、今アラストール自身が両の足で地面を踏みしめここに在る事。経緯を飛ばして在るという単純事実のみだった。
「……く……」
獣の唸りのような小さな音が夜に響く。
五感は否が応無く研ぎ澄まされ、遠く漏れてくる『それ』を逃さない。
要するに、腹減った。何でか知らんけど気付いたらここに立ってて、今は兎に角腹減った。
「あなたはー?」
小鳥遊 あるとに応えるアラストールの声は無闇やたらに凛とする。
「私は――そうだ、私の名はアラストールだ」
……何だ、これとか。
現金が過ぎる連中は見方によっては苦笑の領域と呼べようが、この際それは気にしない。
欠けた記憶(かこ)を追い求め、未だ見ぬ未来を守る為。力一杯、天宮 沙希は言う。
「いざ、アークへ!」
歓迎の時間は総ゆるリベリスタに門戸を開き、華やぐ歓談の時間の中に彼等を誘うのだから。
……いや、まぁ。宴会するだけ何スけどね。
●会場
「オスシ、テンプラ、スキヤキ、ナトウ最高デース!」
扉を開いた結城 竜一を出迎えたのは喧騒の中にも良く通るイントネーションの怪しいアルフォンス・橘の声だ。
「チ、こんなに同業者が居んのかよ。アークさまさまだなこりゃあ」
「結構人が集まってるんだな」
広々としたホールには既に沢山の参加者が集まっている。竜一に続いて会場へ足を踏み入れたジェイド・I・キタムラ、皇 隼人は感心したように呟いた。
「うわぁ……」
竜一の声は殆ど自然に漏れたものだった。会場内はまるで高級ホテルのような佇まい。
物珍しげに見回す彼を田舎者のようだと言う勿れ。そうでなくても中々お目に掛からない見事な位に豪華絢爛なパーティである。
「壮観というべきかの。ま、わざわざ北欧からこの国まで来たのだ。こうでなくては面白くない」
愉快そうに言ったドレス姿のクレア・スチュアートは眩い光景に目を細めた。
「老若男女、強くて儚くて冷たくて熱くて……色々、居て、いい」
蛇結荊 闇喰の言う通り、歓迎会のシーンは兎にも角にも凄まじいまでのごった煮だった。
姿も、空気も、時間も、やり取りも何もかも。会場内でめいめいの時間を過ごしているリベリスタ達は自由そのものだ。
「羽を伸ばすとはこの事でござるな」
「ふわぁ、確かに羽を伸ばせますねぇ~! いや、この場合は耳、ですかねっ」
ウサギは一羽と数えるけれど。新田 頼義に応えた赤澤 千亞の真っ白い兎耳がぴこぴこ揺れる。
「ん~、やっぱり素のままでいるのは気が楽で良いなぁ」
既に幻視を解いている朝比奈・季彦の言葉は喩えようもない位に本音そのものだった。
リベリスタが普段受けるある種の制約の無い場所――同類と理解者だけの風景は当然とも言うべき素晴らしい開放感に満ちている。
「一番の楽しみは食べる事ですけど……」
食いしん坊のセルリーニャ・バジリコに言わせれば、場の雰囲気、幾多の出会いも最高の御馳走の一つである。
「ふむ、これはこれは……すばらしい。研究素材の宝庫ではないか……解剖したい位だよ」
居並ぶリベリスタ達に興奮したエレアノール・エレミア・エイリアスの目が輝いている。
「ここにいる奴、みんな仲間なんだって。すげーよな。今はこれに尽きるよ」
ジュースを片手に携帯で写真を撮りながら花邑 琥介がしみじみと言った。
普段抑圧されている……とまでには一概には言えないが、神秘――つまり自身を秘匿して生活せざるを得ないリベリスタ達は少なからず世界に窮屈さを感じている場合も多い。
「他のリベリスタって此処来るまで殆ど見た事無かったんだよな、アンタはどんなの?」
人好きのするコートニ・シャルトリューズに応えたのは色彩失せた無色の女――大型のヘッドフォンがいやに目を引く一人の女だった。
「私は、メアリアン・ジョン・ドゥ。お名前をお聞きしてもよろしいかしら、ミスタ?」
「ああ、おりゃメタルフレームのスターサジタリー、多倖あれのコートニだ。どうせ近所だろ、宜しくな」
リベリスタにとって何ら心配する事無く自身の存在を他人に晒せるという機会は少なく、余程幸運で無い限りは何もなくして多くの仲間に恵まれる事も中々無い。
「あれ……コレ羽根とかマジモンなんすよね、何かヤバイっすね」
同じ『機械仲間』に安心してその輪に加わった袁 蓉子は見慣れぬリベリスタの姿に多少ビビリが入っていた。
「しかしすげー料理だ。目が眩む。……ここに姉さんが居りゃ完璧なんだが……」
紅谷 鞘の目の前――テーブルの上には和洋折衷、際限なくリクエストに応えた結果であるかのような豪勢な料理達。更には割に無造作に用意された酒やドリンクが並んでいる。
まさに彼が今日胸に期す『食い溜め』をするには最高の環境である。
「あはは。アタシ、よく分からないまま招待されて来ちゃったんですよー」
気楽そのものといった風の時楔・甍が軽く笑い声を上げ、
「アハッ、俺こーゆーの大好き! 食べまくるぞー!」
蜂矢 千宗が分かり易く気合を入れた。
「はいはーい! 白虎飯店からの差し入れやでー♪」
入り口の方から関 喜琳の景気の良い声がした。
「本格中華に日本式中華、飲茶や甜品まで取り揃えてる白虎飯店をよろしくなー♪」
中々、商魂たくましい。
「これうめーなー」
「あ、ぼくも手伝ったんですよ」
感心した顔でもぐもぐとやる犬塚 耕太郎に綿貫 一角が応える。
「へー!」
落ち着き無く辺りをキョロキョロと見回す耕太郎の視界には成る程、ゲストながらに会場内でホストの手伝いをしている何人ものリベリスタ達が映っていた。
「まったく、人手が足りないからってこんな子供まで使わないで欲しいね」
台詞とは裏腹に有沢 せいるは甲斐甲斐しく動き、
「ああ。今日は無礼講だろう? 好きなだけ食べて騒いでくれ。これでも自慢の料理だからな」
パーティの話を聞きつけるなり駆けつけて厨房の方に潜り込んだオニー・ザックは自信たっぷりに言う。
(あ、くらくらする……)
やや覚束ない足取りでホールの配膳に駆け回るのは桜小路・静。
何もそこまで……と言いたくなるような勢いでセンタービルに駆け込んだ彼は「料理でも接客でも何でもやります。仕事下さい!」と頼み込んで今がある。
(今日はこの都市に一流のお料理人が集うと聞いている。楽しみだ。黙々と素材を吟味し、渾身の一品を――これはサバイバルなのだ!)
そもこの集まりを料理人王者決定戦サバイバルと勘違いしている一ノ松・風道といい、誰も彼も内情や経緯は様々だ。
……ゲストに働かせるというのもどうかという話ではあるのだが、そこはそれ姫草・幽霊男の言葉を借りれば「僕は此処に『お客様』として来たわけじゃない」。
それにアークという場所は言い方を悪くすれば変人奇人に慣れている。リベリスタなる人種と深く関わるに際して厳格なルーリングを行なうよりも『いい加減な大らかさ』が重宝されるという事を責任者の沙織は骨の髄まで知っていた。
「……まぁ、前に住んでた北海道で行った『オフ会』の雰囲気だね、これは」
的確過ぎる事を言うアクタバン・シュブルンドゥ。アクタバンの言うのは『PBWの集まり』であるから、まぁ、何だ。
「納得。アタシはうらら、これからよろしくね」
偶然やって来た釈迦如来・麗が輪に入る。
「なんというか、まあ、賑やかなもんだなあ」
「アークはこいつらを纏めることが出来るのかね。……どうあれ、俺は『俺の法』に従うまでだが」
苦笑混じり、溜息混じりに言ったフィオレンティア・アーク、漢神 辰馬に、
「……さあね。まぁ、そういう人達だよね」
人間観察をするように周囲のやり取りを眺めながら竜胆・俊彦が微毒めいた突っ込みを吐く。
尤も律儀にそんな風に言う彼自身も余り他人の事を言えた義理ではないのは御愛嬌。
敢えて壁際で集まった面々の様子を伺うのは彼だけでなく、仁科 孝平、夜城 将清、雨森 ハインケル 和馬、鬼ヶ島 正道、ライア・アライアルと実に数多い。
「この私を楽しませられそうな人は居るのかしらね?
外見だけじゃなく、雰囲気から、こう、只者ではない……と思わせるような人とか」
「多くの中からそんな者を見出すのもまた一興」
プリム・プリンシパルの何気ない一言に、僅かに顔の向きを変えた逢坂 彩音が答えた。
「煙いか? 悪いが遠慮しない主義でな」
そんな彩音の所作をどう受け取ったか、隣で壁に寄りかかっていた池端 二喜は手にした携帯灰皿をちらと見せて肩を竦める。
吸殻のマナーは守っても火は消さない。己の中に決めている一つの流儀である。
「楽しんでるよ、この空気を」
視線は持ち込んだ本から上げずに函南 ソラトは何となく話の輪に入る。
元より人の多いのは好かない彼女だが、彼等と同じような人間観察と酒の味は期待する所だった。
この日この場に居る事自体こそ最も重要だと、そう思う彼女の唯一にして最大の誤算は――持ち込んだ在庫の本が面白過ぎる事だった。
退屈の保険の為に持ち込んだ程度の心算だったが、一度引き込まれると我慢が効かないのはとうの昔に自認している部分である。
(何せ、我が函南書屋には宿に収まらない程の在庫が有る。そして僕の人生には読み切れない程の本があるからね――)
かくしてソラトは目と頭の容量の半分を本に向け、耳と残りの半分を雑然とした空気に向け、残る半分で酒の味を楽しんでいるという訳である。
参加する事に意義がある、奇しくも考えた通りの結果になったソラトに言わせれば歓談の様は無軌道で無計画で……取り敢えず見ているだけでそれなりの面白味はあるのだった。
「戦士には休息も必要でしょ。まだ戦ってない? 些細な事よ」
お気に入りの青いドレスを纏ったブリジット・パウエルが華やかに笑った。
「これ辺り、作った人に『れしぴ』を教えて貰いたいもんじゃのぅ」
「同感です」
武尾 フミの言葉に白銀 玲香が頷いた。
(わー、すごい綺麗なお姉さん。けど、なんで筑前煮を真剣な顔で食べてるんだろ?)
戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫は玲香の横顔を眺めてふと思う。
確かにクールビューティーをそのまま形にしたかのような彼女がやたらに神妙な顔をして筑前煮をもぐつく光景はある意味でシュールである。
「もぐもぐもぐもぐ」
「うわぁ、すごい……」
更にその横で和食の皿を空にし続ける砦ヶ崎 玖子等、最早言うに及ばない。
「気を取り直して、おねーさん、一口わけてくださいな♪」
人懐こく言った舞姫に表情を殆ど変えずに玲香が振り向いた。
「ふむ。多種多様な女性とお近づきになる……じゃない。取材をさせてもらうチャンスだな」
「とにかく知り合いは多い方がいいですからねぇ。あたしは鳴海ってもんです。お代をいただければなんでもやりますよ」
そこへ手でファインダーの形を作って彼女等を覗き込むようにしたリスキー・ブラウン、飄々としていながらも中々社交的な鳴海・清十郎が加わった。
「わぁ……! いなり寿司まであります! んまーい!」
「お狐さんにはやっぱりお稲荷さんですよね~」
案の定、匡隆探し等忘却の彼方へ放り投げた透夏の傍らで神之門 玉藻がもふもふの尻尾を機嫌良く揺らしていた。
「みんなはどうしてここにきたの?」
「今、僕の時間はパスタが独占している、待ちたま……ぐ」
志摩鳥 朱音の問いには人の数だけ答えがある。今、間が最優先するべきは口の中の素晴らしいペペロンチーノの方だった。
「手羽、手羽! ウェヌスタ、好物!」
「きゃあ、何!? 何なの!?」
「た、たべられますー!?」
羽に飛び掛らんばかりのウェヌスタに梅子とエフィカがきゃいきゃいと騒ぎながら逃げ惑う。
「あらあら」
「まあまあ」
「そこの双子のお嬢さん、僕といっしょにご飯食べな――」
挨拶をしようとしたアリスにミルフィ、お誘いの言葉を言いかけた御厨・夏栖斗の目の前を梅子が疾風のように駆け抜けた。
その際体がぶつかった雨蜘蛛 ライ 雷地が面倒くさそうな視線を彼女に向けた。当人は気付いている様子すら無いが。
「……時に」
「何でしょうか、桃子様」
ぽつりと取り残された桃子はミルフィに向き直り問い掛ける。
「私だけスルーするというのはどういう事でしょうか?」
「……………さて、どうしてでしょう?」
「ストップストップ、桃子ちゃん。そんなに殺気ださないで、ね?」
たっぷりと溜めた後、取り敢えずミルフィは嘯き、勇気ある雁行 風香は余計な一言を吐き出した。
「出していませんが何か?」
はい、仰る通りです。
笑顔が怖い桃子さんをウェヌスタが本能的に避けたのは正解であると言えるだろう。
(こんなに賑やかな場所にお邪魔するのは初めて。もっと嫌な鼓動になってしまうかと思っていたけれど……ハズレ、ね。不思議な気分)
一 花菱の感じているのは何時に無い高揚だった。
慣れない感覚ながら中々居心地が良い気分。周囲で歓談する『仲間達』を見回した彼女はふふ、と笑う。
「お腹一杯食べて良いのでしょう?」
誰ともなしに訊いた言葉が宙を彷徨う。
「お寿司、ピラフ、エビフライ、ローストビーフ……沢山、食べたいのよ」
靴音が鳴る。夜空色のドレスと覗く狼の尻尾がゆらゆら揺れる。さっきまで仲間を見ていた花菱の瞳は今はもう料理に釘付け。
「アールグレイ、好いですわね」
「ボクも来たばかりで勝手が判らないのだけど、よろしく……」
品の良い香りに目を細めたセルリーニャに端のテーブルの星雲 亜鈴がうっすらと微笑んだ。
「リンゴがいっぱいなのー」
どうやらりんごにも及第点が頂けたらしい。
「……ん、中々いけるわね」
棗の目がこの時ばかりは女の子らしく丸くなる。
「苺ショートにモンブラン、フルーツタルトにチョコレート。カロリーは気にしない事にするわ♪」
白い大皿に幾つもケーキを取った時々雨・メルの頬が緩む。
「いちごー!」
何故か殺気立つ悠木 そあらの皿にひょいひょいといちごを積む沙織。
「……どうぞ」
「どうも」
何故だか助手だか秘書だかの如くその作業をサポートしている高原 恵梨香。
何かを言いたげな彼女の頬は小さくひくひくと動いている。
元よりこういう場の得意でない彼女が、ここまで着いて来てしまったのは本部で会った沙織の口車によるものだ。
「テイクアウトも、御相談に乗ります」
「……………」
「おー、怖ぇ」
握手のついでに沙織の耳元に囁いたスタイル抜群の嘯祇 鼎 哉の様子を見るなり目元を俄然吊り上げている。
「いちご~♪」
そあらの調子は変わらない。
「まだあるぞ」
「こんなに沢山貰っちゃってもいいのですか? 良い人です……」
「私達の『船旅』の無事を願って……乾杯」
「乾杯」
餌付けを半ばに声に振り向いた沙織は、細いグラスを差し出したミュゼーヌ・三条寺を認めて軽く微笑んだ。
「ごきげんよう、沙織さん。お父上は御壮健かしら?」
ドレス姿のフランツィスカがそんな彼に言葉を掛ける。
「……ああ、どっちかな。良くも悪くも親父、かね」
「やっぱり……貴樹様はお見えにならないのですね。残念ですわ」
「まぁね。でも『そういう姿』を見れて俺としては光栄だけど」
「おめでとうございます、と申し上げて宜しいのかしら。此れからの苦難を思えば、そうとも言えませんけれど……共に一歩を踏み出せる事は、喜ばしく思いますわ」
「こちらこそ。何が喜ばしいかは、置いとくけど」
美人に対しては是非も無いのか野々塚・美侑希に返す言葉もやや歯が浮く。
尤も朱鷺色の翼を広げる彼女の瞳に揺れた微笑はこれから来る『刺激的な日々の方』を見つめていたから――プレイボーイとしては面白く無いのかも知れないが。
「時村、さん。ありがとうございます。これから、よろしくお願いします」
オルガ・C・メイティス、
「お役に立てるかしら」
人込みをすり抜けてアティカ・リタ・ヴィルシュテッター、
「これからはこの街が俺の庭。仕事柄、コネは作っておくに越した事は無いんでね」
ジョージ・ハガーが沙織の姿を見つけてやって来た。
「やあ、初めまして。俺はジョージ。
……日本語が上手? そりゃそうだ、こう見えて日本人なんだぜ?」
「……まさか、そりゃ無ぇと思ったら……」
オートワウ・ネイ・ジャッファがこめかみに指を当てて呟いた。
「こんな時も本当に白衣姿で変わんねぇのな、おっさん。
……まぁ、それはそれとして。装備とか頼むぜ、おっさんの天才っぷりにも期待してるからよ!」
「そうなんだよ! 僕も拘りが在ってさぁ!」
「任せとけ……って、うお!? いきなりだな、お前」
自分と今までやり取りをしていたのはオートワウ。
横合いから突然テンション高く顔を出した久繰 遥に智親は面食らった顔をする。
「貴方もリベリスタなのか?」
「いや、俺は普通の人間だ。それは……奥さんの方だな」
桐島 玖郎の言葉に智親は年甲斐もなくはにかんだ顔をした。
「こんにちは、はじめましてなのです!」
「おうおう、元気があって良き哉、良き哉」
清酒を嗜むシャークにやたらに元気良い挨拶をしているのは同じインヤンマスターの雛森・まかぜだ。
そんな挨拶の場から然程も離れぬテーブルでは、
「これも、いかがですか?」
「うむ、ごくろー」
当人曰く『故郷』を思わせる――始まりの場所に相応しいマドレーヌを差し出した神田 涼子に風芽丘・六花が偉そうに頷いている。
――諸君は総力戦を望むか?
諸君は今まさに想像しうる以上の素晴らしく、徹底的な総力戦を望むか?
此の世に蔓延る万難辛苦たる怪物共は言う。三千大世界に放逐され、愛されぬ無明共は言う。リベリスタは日本への忠誠を失ったと。
しかし、私は諸君に尋ねる。敢えて諸君に尋ねよう。
諸君はこの世界の勝利を信じるか。
我等が後にこそ道を造る完全なる勝利をアークと共に、我らと共に信仰するか。
……よろしい。ならば立て、今こそ嵐だ!
「はなしながいぞー、おっさんー」
その六花はと言えば、妙な軍靴の音の色濃いツヴァイフロント・V・シュリーフェンの演説に野次を飛ばす事にも余念が無い。
「あ、おい、それは俺の肉だ、とるんじゃねぇ!」
「なにをー! それはあたしのにくなのだー!」
そして、静内・惣太郎との肉の争奪戦にもすかさず参加。騒がしく忙しいお子様である。
(……これ、タッパーに詰めて持って帰っちゃまずいもんかね?)
柴 竜介は我関せずと割と真剣な目で料理の皿を凝視していた。
(パーティ! 美人なお姉さま方に御奉仕するチャンス!)
勿論、健全な意味で。さりとて霧ヶ谷 かすみには炎が萌えた。誤字。
「『セイギノミカタ』ってのは、そんなにやりがいのある仕事なのか?」
「だって、居なかったら誰かが困るだろ?」
新田・快の何気ない問いに鉄平は真っ直ぐな目をしてそう答えた。
「……ま、そりゃそうかも知れないが……」
快はふと考える。考えを巡らせたが無条件に受け入れられる程鉄平の言葉は軽くは無かった。
(……俺はこの力をどう使えば良い? こんな半端モンに『フェイト』なんぞを授けたカミサマを恨むぜ)
語れば落ち、愚痴にしかならないだろう。小さく溜息を吐いた快に鉄平は人好きのする笑顔で言った。
「……と、難しい顔をしてどうしたんだよ。折角なんだし、楽しもうぜ」
「ありがとよ。お前、良い奴だな」
広い会場内のそこかしこでは会話の花が咲いていた。
「こんばんは。ねえねえ、高校生かな? ちょっとお喋りしない?」
「お、そっちも高校に編入する人?」
社交的なトオカ・スタニスラフにサイダーを片手に持った作頭 つくばは笑いかけた。
「僕、作頭つくば。さがしらじゃなくて、さかしら。面倒だったら、つくばでOK。よろしく」
実に爽やかなやり取りである。
「わたしどうしちゃったのかにゃあ。にゃあ?」
「おやおや、困りましたね。まったく困ってませんけど」
ビールに酔って猫舌で頬をぺろりとやるリエナ・バータに明智 珠輝は全く怯む気配も無い。
「エフィカ受付譲先輩は何歳なんスか!?」
「好きな食べ物と異性のタイプはなんすか!?」
「天使同士仲良くしてほしいッス!」
「受付って大変なんスか!?」
「最後に質問を……愛と生きるってなんスか……?」
これ等全て三柳・燕による立て続けの猛烈アタックである。
「あ、あわわわわわ……」
必然と言うべきかエフィカの反応はこうなっていた。
「んきゃー!?」
スヴァトスラーフ・マクシーム・ダシアが周囲を巻き込んで盛大にすっ転ぶ音が破滅的な音を立てるのに構わず、松下・利助は一人の少女の下へ歩み寄る。
「はろーお嬢さん、どうして寂しそうな顔をしてるの?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい」
優しい利助の言葉にも人見知りの激しいアリシア・ガーランドは恐縮し切るばかりである。
本家日本人より手慣れたコメツキバッタのような日本式の深いお辞儀があっちこっちにがつんと当たり余計な被害を巻いている。
「ご、ごごごごめんなさい!」
「気にしなくていいし、キミが嫌じゃないんならオレに構ってよ」
「ごめんなさ(ry」
慣れにはもう少しの時間が必要そうだった。
「アイヤ~! ワタシ、劉鈴命アルよー! パパに『強い奴と闘ってこい』言われてこの三高平市に来たアルよ!」
「ひょっとして、またアルかー!?」
此方は劉鈴命と美楼。
「あー、丸腰だと落ち着かないなあ」
「これから……どんな戦い、が、あるのか楽しみ、です」
居心地が悪そうに物騒を漏らすウーニャ・タランテラや周囲を見つめ、周りに聞こえるか聞こえないか位の声でもっと物騒な事を呟いているのは星川・天乃だ。
「戯けっ、儂は子供ではないわっ!」
やたらに可愛らしいアレクサンドル・ヴェルバが抗議の声を上げるその向こうでは、
「に、しても可愛いコ、多いじゃん?」
「いえ、ですから私は男性なんですってば!」
冗談交じりに軽い調子で言う三峰 みことに人生通算で五万回は間違えられたと豪語するクレア・クライスがやや恨めし気な声を上げていた。
「ほ、本職とはいえ……ばっ、場違いな……格好と、人混みで……かっ、会話も……」
「あー、『木花神社-ONLINE』宜しくお願いしまーす」
会社の宣伝ついでの参加である。『木花神社』ののぼりを持った木花 柚乃は巫女服を着たまま赤面し何やらぶつぶつと言っている。
兄の木花 紅葉の方はと言えば割とマイペースを保ったまま周囲の人に刷り立ての名刺を配ったりと忙しい。
「あ、あの、これ……」
意を決した柚乃の手が案内のパンフレットを差し出した。
神社へのお参りを日課にするサイド・ウッドホッグが知っていたら、ある意味重宝がるかも知れない。
「えっちな本はどこに隠してたのかしら? 男の子だもの、やっぱりベッドの下かしら!」
「御存知の通り手に入れようにもどうかという時代柄ですよ。それに日本家屋は布団が主流だったでしょうに」
『同年代』のマリアム・アリー・ウルジュワーンのくだらなくも手痛い追求を狩生は軽く避けてみせる。
偶然。松永 凪と八咫羽 とこの指先が同じグラスの上で触れた。
「お姉ちゃん、とこは譲った方がいいと思うの」
「これはとあが先にもらったんだもん!」
立て続けに漏れた言葉は同じくとこの口から発せられたもの。
「どうぞ」
嬉しそうにグラスを取るとこ――とあの姿を眺めて凪は目の前の少女が戦う理由を考える。
「これ、可愛いからぐるぐさんが貰っちゃいますねー。えーと、ぐ、る、ぐ、さんじょーと」
柱にぺたぺたと貼り付けられた奇妙なウサギの絵を一枚、ぐるぐが剥がそうとしている。
「じー」
「うっ、怪盗ぐるぐさんピンチの気分!」
真白イヴの視線に咎められて、飴を押し付けた彼女はすかさず脱兎する。
「うさぎ……」
「ウサギ好き? これ。ウサ耳パーカー、着てみる?」
続くイヴとうさ子のやり取りは噛み合っているような噛み合っていないような微妙な所だ。
「ふおおー! キタコレ、激写! でござるっ!」
そんな二人を見て何故だか有頂天に興奮した病引丙・萌子がデジカメのシャッターボタンを連打している。
実に怪しい姿ではあるが、怪しさという意味では野茨 幸も負けては居ない。
「ンフフフ……あの子なんか、すっごい美味しそ……ゲフン、可愛いわねぇ……」
その対象は十五~二十程度の少年少女の姿全般。漏れ出る物色の言葉が何とも言えぬ危険なオーラを発している。
「あの子はなんでここに居るのかしらね……?」
テーブルについてグラスを僅かに傾け、ベリッシア・アラミティルは小さく呟いた。
イヴに限らず歳若くしてこの場所にある人間は少なからず特別な事情を持っている事が殆どである。
(父親に言われたから? 仕事だから? それとも……)
それとも、の先を彼女は持っては居なかった。今は未だ訊いても答えるとは思えない――ウサギに執心する少女の本音は知りようも無い。
「イヴちゃん。俺、テオ。色々しんどいけどさ、一緒に頑張ろうね!」
「……ん……」
テオドリヒ・ナオト・セラタに笑いかけられたイヴは確かに少し嬉しそうには見えたけれど。
「パパ、何でこんなところに居るのよ、探しちゃったじゃない!」
「え、ア、アイラか……おまえ、何でこんな所にいるんだ」
この歓迎会は思わぬ再会をもアシストしていた。
アイラ・クロカワ・ソレルとその父、黒川 智が対面したのは相当に久し振りの出来事であった。
アイラは智がプロレスラーとしてメキシコに渡った時に出来た娘である。事情から生き別れなければならなくなった以後も仕送りを欠かした事は無い。
彼女を溺愛する智は今、この瞬間までアイラも妻も――メキシコで平和に暮らしていると確信していたのだが――
「パパを探しにきたのよ!」
答えはまさにシンプル・イズ・ベストを体現していた。
ふらりふらりとしていて中々所在の掴み難い智に業を煮やし、ならばとこの機会に来日したアイラの目論みは見事に成功したという訳だ。
少し眉を吊り上げ、唇を尖らせた彼女はそれでも――嬉しそうに久方ぶりの父の胸の中に飛び込んで顔を押し付けていた。
「こんにちは。君もこんな集まりは苦手な口かい?」
「ああ、そう得意でも無いな。……嫌い、とまでは言わないが」
壁際でドリンクを舐める巌夫に話しかけてきたのは安藤 想花だった。
「私もそうなんだ。良かったら一緒に食べながら話でもしよう」
巌夫はどちらかと言えば寡黙な性質だが誘われたならば殊更に断る理由も無い。
「……お互い損な性分だな」
横から口を挟んだ坂本 ミカサに小さく頷くと想花はふっと表情を緩めた。
「私は安藤想花、剣の道を志す者だ。好きなように呼んでくれ」
一方で多数で盛り上がっているテーブルもある。
「……や。君が……黒猫?」
「ああ、『Deep Red』の」
ドライ・マティーニのオリーブを噛む伸暁に声を掛けたのは幸原 紅野だった。
「大した事は無いんだけどね。同じ音楽をやる者同士、少し話をしてみたいだけさ」
彼だけでは無い。
「なァ、お前ェのその格好、もしかして音楽とか好きか?」
「僕エレクトロとかゴアトランスとか好きだけどロックでもメタルでも何でも聞くし。
ファッションもサイバー意外にゴスだってパンクだってかっけーじゃん?」
『LiveHouse-Distortion』の主――今夜は饒舌な武に早口で言ったデイビッド・エンジェル。
気付けばテーブルの周りには似た趣味の持ち主達が集まっていた。
「即興ライヴでもやっとくかい? 黒猫さん」
武の冗談めいた一言に伸暁は『ロックに』嘯いた。
「俺は一曲幾らの『アマ』なのさ」
「のぶ! のぶ!」
興奮するあるなの尻尾を引っ張るドレッド レッド。
「あんですかー!」
「あんまり『ブラックキャット』の服装に似てるもんだから」
同好のテーブルと言えば松葉と葛葉・颯のテーブルも地味に静かに盛り上がっているようだった。
こんな場所にも持ち込んだ『松山さん』と颯の自慢の盆栽を並べては枝振り等を眺めて見ては嘆息を漏らしている。
又違うテーブルから歓声が上がる。
「やぁやぁ、楽しんでるぅ?」
神那の眺めたテーブルの上には『ツマミ』が小分けにされて並んでいた。
「ピーナッツ一に対してチーズは三、サラミは五でオイチョカブだ。賭け事てな人間のクセが個性が如実に出るモンさ。
さあ、張った張った! 張り方いないか? では、歌います」
「せ、せっかく歓迎してもらうんだから、俺からも何かお返しをした方がいいのかな……え、えーと、564番、七布施三千、歩いて棒に当たれます!」
「一曲披露してあげる、えっちぃ歌だけどね……ふふっ」
まったく見事に堂に入った大田原 和美にややテンパった七布施三千、すっかり出来上がった祠條 奏が続く。
その隣のテーブルでは望月 観尋が挑発めいた台詞を飛ばしていた。
「ふん。平和ボケしてるな。こんな歓迎会バカらしくてやってらんねぇぜ。
……まぁ、飲み比べだろうとなんだろうとオレが負けることなんざねぇんだけどよ」
「これだけ上等な酒があれば幾らでも楽しめる」
「言ったなー!? よーし、うちは負けへんで……!」
セシル・カーシュは余裕の風を吹かせ、和風ゴシックの衣装に身を包んだ依代 椿はここぞとばかりに拳を握る。
「お酒は飲むと楽しいから好きだ」
「宴とくりゃ……『飲み比べ』だろ!」
「まあキャロが勝つのは目に見えてるですけどぉ♪」
自身の酒癖以外を概ね愛しているハイデ・黒江・ハイト、更には繁森 虎太郎、キャロット・C・フランボイルがそこへ乗った。
「よーし、おにいさん張り切ってブッキーしちゃうぞー」
西ヶ原 ウェルテルが早速些細なゲームを本格的に煽り始めている。
「ありゃ、駄目だ」
済し崩し的に始まる事になった飲み比べの現場を眺めて降魔・散人は深い深い溜息を吐いた。
医師免許を持つ彼はこの会場内の面倒を見てやろうと思っていたのだが……
「リベリスタたるもの、飲み比べでも礼節を守らなくてはね?」
全く他人事のようにリリスが言う。
「あれは悪酔いしそうですね!」
「あらあら……大丈夫でしょうか?」
『助手役』のパルフェ・オブリビオン・シオ、シエル・ハルモニア・若月とも見解は一致していた。
「仕方ねぇ……」
散人は一人でシャドーボクシングを始めていた。
「……先生、何を?」
「準備運動」
問うシエルに散人は当然のような顔をして言った。
「いい大人なんですから、もう少し自制心を持って、しっかりして下さい!」
言ってくれる閏橋 雫は優しい方だ。
散人のは酔っ払いは取り敢えず吐かせておくに越した事は無いという乱暴なる判断である。
実は最も激しいピッチでグラスを空にしているのは黙々と飲んでいる牙王院・鉄子その人なのだが。
楽しい時間は続く。
くるくるとその色合いを変えながら、万華鏡のようにその目を楽しませ、心を弾ませる。
「パーティは楽しめてるかい」
「ああ、時村室長」
見事なドレスを着て細いカクテルグラスを傾ける大御堂 彩花はふらりと近付いてきた沙織に視線をやる。
「流石にパーティは手慣れたモンだ」
「いえいえ、それ程でも。室長こそお手の物ではありませんか?」
絶妙の切り返しに沙織はだが苦笑いをした。
「俺はもう少し静かなの専門なの。何なら静かなテラスに行く?」
言葉は冗談そのものだ。若輩ながらに『完璧超人』の異名を頂く彩花の方もそれは想定の範囲内で、
「あ、けれどもわたくし門限がありまして……御免あそばせですわっ!」
すげなくかわしてその身とドレスの裾を翻す。
どったん、ばったん
嗚呼、彼女がメタルフレームで無かったら。
外見には表れないその内面が超過重量で無かったならば、その背を追いかけた余計な一言は無かったのだろうけど。
「靴を忘れるなよ、顔の赤いシンデレラ――」
●そして更ける夜/長い一日の終わり
「最近はどこもかしこも肩身が狭いからなぁ」
最近値上がりした――それでも辞める事は出来なかった煙草を咥えて広中・大基は冷たい夜気に身を浸した。
高いビルの屋上に出れば夜は一層冷えて感じられた。
「……ま、こういう事もあるか」
ごうと風が鳴る。広いコンクリートの屋上を見回せばそこにはパーティの喧騒から離れた先客達が落ち着いた時間を過ごしていた。
「あーぁ、なんでこんなことしてんだ俺……」
どうにも馴染めずエスケープしてきた霧島 俊介である。
「よかったら一緒に食べない?」
所在無さげな俊介に微笑んで言ったのは神楽坂・斬乃だった。
成る程、静かな場所まで避難した彼女の手元の大皿には階下の素晴らしい料理が山と盛られていた。
「煩いのは御免だからねぇ」
答えるでなしに答えたのは早瀬 莉那だ。単独行動を好む一匹狼らしく彼女は彼女のマイペースを保ったままである。
「歓迎、歓迎ねえ……はっ、くだらねえ」
緊張感が無さ過ぎる、そう思った雪白 凍夜ではあったが……
(――されど迷い子達に祝福在れかし)
何れ戦友になるかも知れない面々の姿を頭の中に思い描き、
「ま、今日位良いか……だよな、雛姫」
今は亡き妹にそんな風に語りかけた。
長かった一日が終わろうとしている。
同じ時間に生きているというのは――果たして不思議な縁である。
考え方も、生き方も違うのに静寂の夜の共有はこの瞬間完全に等しいのだから。
(俺がリベリスタになった時もこんな夜空だったな)
ふと昔を思い出したワッシー・ケンタロスは内心だけで呟いて澄んだ夜空を見上げた。
星の瞬く一面の闇色は当然のように応えない。そしてそれを彼は知っていた。
「獣の体を持つ者も、吸血鬼といったフォークロアの存在もここに居る。
昔はTRPGとか色々やったけど、僕も実は何処かの何処かの誰かにとってのPCなのかも知れないな」
新谷 誠嗣は自覚して馬鹿馬鹿しい事を考えた。
それは箱の外の外への『メタ思考』。無論詮無い妄想だがそんな疑いを持ってしまう程に造物主というものは罪深くエゴイスティックだ。
「わたしは忘れません。あの日、平和のために散った人々の事を」
殆ど誰にも聞こえないような声で天野 唯は呟いた。
訪れた十一年前の事件の慰霊碑で沙織に出会ったのも今日の出来事だった。
――父には、戦う事を決めたと伝えました――
決意を口にすれば自ずと想いも強くなった。
(人並みに学を修め、仕事に就き、恋をして、子供を授かって──
私はそうして幸せに生きてきました。けれど、私が最早人間ではなく、人間には戻れないと云う事は変わりません。
死から逃れる為の代償としての、この力。それを厭った処で、結果は変わりなどせず。
ならばそれを受け入れ、人々の為に役立てる事が私の使命でしょうから――)
果たして、アシュリー・ベイリアルが思い描く通りに。それ以上にも。
戦いはやがて始まるだろう。満喫する夜は最後の猶予の時間なのかも知れない。
「――また来るね。お母さん――」
慰霊碑を後にしてアリス・E・マキナは唇を引き結ぶ。
「良い夜ですね」
「君がいなければ」
伊勢 一日、福永 米松の御近所同士のやり取りは殺伐として冗句めいた。
「沙織ちゃん……」
「ん……」
夜の三高平公園では緋室・雛凰と鷹峰・沙織が『瑕』を撫で合う。
変わってしまった無機質の手触りに確認するように触れ、お互いを慈しんでいた。
変化が不運だとしても、それを強いた運命が望まぬモノだったとしても――せめて二人だからこそ、救いもある。
ベンチに座った二人の指先が絡み合った。
「願わくば、ここが俺の『死に場所』であらん事を」
望まぬ自身の生に鬼崎 洋兵は唾棄するかのような呪いを吐き、
「歓迎会より血の宴がお好みか……」
闇の濃い路地を見つめ、アッサムード・アールグは此の世の何処かで新たに生まれる未だ見ぬ怪異にくつくつと笑って言葉を投げる。
「夕焼けの海、それから夜の海か」
片桐 十字は兄の事を少しだけ思い出して思い出と潮風にその身を任せ、
「ああ、やっぱりこうでないとな――」
玲香を誘った竜尾 駆は月夜を駆ける。
「今僕は、母さんと同じ存在としてこの場所に立っている……」
生きているとも死んでいるとも知れない『彼女』を想い、矢神・唯遠は決意を新たにする。
「母さんの歩んだ道を辿る事で、何かが見付かる気がするんだ。
だから、行こう──その先にある真実がどんなものでも、決して目を逸らしはしない」
揺らがない。
「何もかも変っちまったなあ」
時間が街を変えても。
渡井 アンリの記憶とは結びつかない新しい場所に変えてしまっても。
「此処に確か大きな通りがあって、あの日もケーキと娘の欲しがってたぬいぐるみ抱いて……娘の誕生日だったんだ。
俺の家も妻も娘も跡形もなくなっちまって、俺はこんな体になって……思い出が無いからか。
無いからか、そのせいかな、あんま悲しくねえのは」
誰かに聞かせる訳でも無く、或いは聞かせたいのかも知れず――自分を理解しないままアンリは夜に独白した。
「公園に、おおきなみずうみに、いっぱいのうみ」
昼間回った三高平市の姿をその脳裏に描いて満天星・朱華は歌うように呟いた。
「これからよろしくね、わたしたちの新しいまち」
――ふふ、すばらしいワンダホーびゅーてぃふぉー!
わたくしこの11年間、悶々とした日々を焦らし焦らされ弄ばれた気分でございます!
しかし今宵、多くの紳士淑女ロリ!などなどお集まりになられたご様子!
始まるのです、テレビから映し出されるチープな物語のようなこの現実!
期待に漏れず悪趣味で、酷く馬鹿馬鹿しいこの現実!
さてさて……こうご期待! といたしましょう!
道化を気取る仇城 紳士が夜に哄笑(わら)う。
これがそう、アーク最後のプレリュード。
<おわり?>
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