変異の猟犬
【五行巡りて】変異の猟犬



 アイヌ族の村へ辿り着いた覚者達は物々しい歓迎を受けるものの、変化の力を持つという巫女、レタルと出会うことができた。
 隔絶された現世で起きていること、レタルに迫っている危機。
 それを語ると守り人達が僅かながらに動揺し、レタルも思い当たるフシがあるのか、少々怯えた様子が見える。
「守り人達が最近森で同胞以外の人影を見るっていってたけど……」
 納得がいったところで、覚者の一人がレタルに問いかけた。
 戦士の力を巡らせる能力、それが憤怒者達がここまでして追いかける理由なのだ。
「あぁ、ボクはね。カムイから授かった5つの力、アペ、シリ、コンル、モシリ、キナをラメトクル達に合った力へ授け治すことができるの」
 変異体が更に変異する、それは五行の力を再度適した力へ当て直す力だった。
 それは奪われれば五行の神秘解明に遅れを取り、殺されたなら謎が増えてしまう。
 FiVEに属する覚者の中で、生まれつきの力と本人の気質が適合していないなら、それを適した形にすることで間接的な戦力強化にもなる。
 奪われても、失ってもならない存在だ。


 博物館での戦闘により、12名中、7名が死亡、壊滅的被害を受ける。
 エムシ奪取後、変異体駆除に15名を投入、12名の死亡を確認、3名は捕虜となったと思われる。
 今回の出来事でFiVEと対峙して1勝1敗だが、その実、全敗に等しい被害を被っていた。
「これは……大きな失態だ」
 装備の破損、喪失は乱暴な話だが金で片がつく。
 しかし、兵員は有限であり、再調達が難しい。
 優秀な部下を無数に死なせてしまった責任が、部隊長である少女の肩に重たくのしかかる。
「……ご主人様、わたくしをお使いください」
 ふと、伝声管から響いたのは少女の声だった。
 独房と書かれた札のついた管の蓋が、若干開いていたらしい。
 椅子から腰を上げ、伝声管の蓋をしっかりと開ければ、申し出の声に答えていく。
「お前には確かに猟犬と名付けたが、狩りよりも実験台になるのが今の責務と分かっているのか?」
「存じあげております、ですが……ご主人様のお仲間様が、わたくしの同胞の勝手で死するのは胸が痛みます。わたくしも憤っております故、何卒機会をお恵みくださいませ……」


 それはレタルと五人の戦士を連れ、FiVEのある五麟市へ戻るため、港へ向かっていた時の事だった。
 ――ガァァンッ!!
 横殴りに叩きつけられた無反動弾が、強引に覚者達の乗っていた車両のタイヤ撃ち砕き、勢いに流され車体が転がる。
 電柱に叩きつけられた車体は、それでも壊れることはないが、タイヤを失った上で横転。
 一同は怪我もなく外に出ることができたが、再度これを走らせるのは無理だろう。
 更に後続していたレタル達の搭乗した車両も同じくタイヤを吹き飛ばされ、横転。
 車両からは混乱したレタルの声が聞こえ、命には別状なさそうだが事態は最悪だ。
 ゴムの焼ける嫌な匂いが広がる公道で、足を奪われてしまう。
「ここまでです」
 RPG-7、中東で使いまわされているロケットランチャーを放り捨てながら、近くの雑木林から飛び出したのは機械尽くめの人影だった。
 合金のボディは人間のような流線を描き、フルフェイスヘルメットからは赤いガラスの瞳が妖しく映る。
 無機質な外見とは裏腹に、美しい黒髪が風に靡いて踊っていた。
 同時に角を曲がって突撃してきたのは、奇妙な車両だ。
 一人乗りのバギーの様なものに装甲を取り付け、ガトリングガンやロケットランチャーを括りつけている。
 車体の一部が旋回する様は、まるで手製の戦車のような安っぽい動きを見せた。
「ここの方々全員に死んでいただきます」
 機械人形から少女の声が響く、同時に這い出した運転手が信号弾を空へ打ち上げる。
「これを見れば仲間が迎えに来るっ、どうにか耐えてくれ!」
 信号弾を一瞥し、後方から出現した車両の方へ視線を向けると、車両の一部がレタル達の閉じ込められた車両へと向かっていく。
 重装甲とはいえ、ロケットランチャーをしこたま撃ち込まれれば、その装甲も持たないだろう。
 耐えるのか、返り討ちにするのか。
 この強襲に覚者達が取る選択は、果たして?


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
担当ST:常陸岐路
■成功条件
1.レタルを死亡させないこと
2.5分間耐えるか、敵を殲滅
3.なし
【ご挨拶】
 初めましての方はお初にお目にかかります、再びの方はご愛好いただきありがとうございます。
 常陸 岐路です。
 五行巡りてのシリーズもラストに掛かりました、連携を崩すのが鍵となります。


【戦場情報】
[概要:公道と草地]
 中央の公道と東西の両サイドを草地に覆われた場所になります。
 草地の更に奥には雑木林が広がっており、進行していた北側へ進むと十字路があります。
 南側は長い一本道が続いています。

 覚者達が脱出した車両から後方10mに、動揺に横転した装甲車があります。
 中にはレタルと仲間の5人の戦士が閉じ込められていますが、横転した衝撃でドアが歪み、防御の為に強化されたガラスも固く、脱出できずにいます。
 そうそう壊れることはありませんが、あまりに攻撃を受けすぎると攻撃が貫通する恐れがあります。
 スタート時、敵の車両2台がレタル達の閉じ込められた車両へと向かっています。
 また、装甲車の運転手が二人いますが、敵が彼らを直接狙うことはありません。

【信号弾による応援】
 信号弾により、5分程すると同様の車両と重武装の車両が覚者達の回収の為にやってきます。
 それを敵が目にした場合、即座に離脱を試みます。

【敵情報】
 ・Hound 01 ×1
  アイアンコフィン×6

[概要:Hound 01]
 特殊軽量合金を使用したパワードスーツに身を包んだ隔者です。
 近年開発の終了した人工筋肉や、パワードアシストの油圧システムなどを組み込み、発現した者の身体能力を強引に向上させています。
 代償として体術しか使用することができず、回避を行うと身体に大きな負荷がかかり、ダメージを受けてしまいます。
 全体的に攻撃力、命中力、回避力が非常に高いですが、防御力は並程度です。
 装備は天照之不破、高山小拵えと銘を打たれた大小拵えの刀。
 戦時に作られた不銹鋼刀の中でも、かなり出来が良いものが元となっています。

[攻撃方法]
 斬・一の構え
 疾風斬り
 裂波


[概要:アイアンコフィン]
 ハニカム構造のタイヤを使用し、非常に耐久力の高いバギーを元に作られた一人乗り戦車の様な車両です。
 装甲板で運転手が被弾しないように囲まれており、運転席上部が回転し、そこに溶接された重火器が砲塔のように回転します。
 常に動きまわっており、回避力は高いですが、防御力はそれほど高くないです。
 また、搭乗者は今までの憤怒者ほど強くはなく、車両が戦闘不能になった時点で離脱を試みます。


[攻撃方法]
・ガトリングガン:単体の遠距離攻撃です。7.62mmの強烈な特殊弾丸を1秒に60発ほど放つ、強烈な銃火器です。攻撃力、命中率ともに高めです。

・TOWミサイル:非常に強力な遠距離攻撃です。照準を合わせ続けた相手を追尾する、有線式誘導ミサイルです。着弾ポイントから半径10m範囲にも強力な爆風によるダメージが発生します。装弾数二発を打ち切ると、使用不可となります。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年08月11日

■メイン参加者 8人■

『侵掠如火』
坂上 懐良(CL2000523)
『天使の卵』
栗落花 渚(CL2001360)
『F.i.V.E.の抹殺者』
春野 桜(CL2000257)


 開戦、それと同時に『正位置の愚者』トール・T・シュミット(CL2000025)が後ろにいる運転手たちへ大声で呼びかける。
「お前達はここから逃げてくれ! それと」
 ちらりとレタル達がいる車を一瞥するも、中から聞こえる声は小さく、ここで大声で呼びかけても届きそうにない。
 傍にいた桂木・日那乃(CL2000941)目配せすると、思念で彼女へ伝えてほしい言葉を伝達していく。
(「レタルさん達、聞こえる? 敵が襲ってきた、から……助けに行くまで、車の中で身を守ってて。それと」)
 ここからはトールが戦士たちへ伝えたかった言葉だ。
(「トールさんが、姫さまは頼んだ、って」)
 閉じ込められ、力を振るえずにいた戦士達だったが、任せるという信頼の言葉に、任せろと心強い言葉で返した。
 万が一車両が壊れることがあっても、彼らが防いでくれるだろうと、その言葉に安心すると、迫り来る車両へと向き合っていく。
 そして、ここにもひっそりと戦意滾らせ反撃の構えを取る男がいた。
 『侵掠如火』坂上 懐良(CL2000523)である。
(「ボクっ娘なアイヌ巫女さんとかサイコーじゃないですか。となると、オレもがんばるしかないじゃないですか」)
 ――どうやら、彼の好みにレタルがドンピシャだったようだ。
 因みに、筆者はこの一文を最初に眼にした瞬間、違うプレイングを受け取ったのではないかと二度見したが、紛れも無くこのシナリオのプレイングである。
(「いいところ見せて、惚れて貰おうって考えるのはフツーのことじゃないですか。誰だってそうするから、オレだってそうするわ! ついでに釣り橋効果を狙ったりな!」)
 前羽の構えの様に、刀を前へ掲げる守りの体勢に入りながら敵の動きを注視しつづける。
 この戦いを無事に終え、レタルとのひと夏のアバンチュールを叶えんが為に。
「はあ、後は連れてくだけなのに……しつこい、なぁっ」
 前衛に飛び出し、葉柳・白露(CL2001329)が白無垢と白露を交差させる一閃を瞬時に放つ。
 ギャリッと装甲の表面を削るものの、手応えは殆ど無く、掠めた程度のようだ。
「本当ね、全くしつこい連中だわ」
 春野 桜(CL2000257)が不機嫌そうに吐き捨てると、地面に綿貫を突き立てる。
 蛇蝎の如く忌み嫌い、根絶を謳って他人の迷惑も顧みない。
 そして困れば都合よく兵器として使い潰そうとする。
 反吐が出るとはまさにこの事だろう。
(「だから殺しましょう、えぇ殺しましょう、殺しましょう。クズは殺しましょう? 彼女達を害す者は敵は殺す、私達の為、彼女達の為、夢見の彼の為」)
 護の為、やはり彼女はあの作り笑顔の裏にある狂気に気づいていた。
 護も公には口にしないだろうが、皆殺しという彼女の思惑は当たっている。
 しかし、憤怒者に向けた感情が少しだけ、彼らの思惑と食い違いがあるのは、今は知る由もない。
 そんな憎悪を込めた蔦が、地獄へ引きずり落とさんと地面から手を伸ばし、動きを封じに掛かる。
 だが、当たったのは車両の1台にだけ。
 動きまわる車両を狙うのは、なかなかに難しい。
「よそ見してる余裕なんて、あると思うなよ!」
 それでも攻撃を繰り返す意味はある。
 回避行動に気を取られたところを狙い、トールがその合間に大気の水分を圧縮し、津波の様にうねらせて放つ。
 回避先へ向けてはなった水流は、まるで敵車両を吸い込むように直撃させていく。
「ぐぁぁっ!?」
 車両がきしみ、タイヤが倒れまいと必死に踏ん張るが、4台の車両は装甲が所々凹み、小さなスパークも一瞬だが見えた。
(「五行の力を再度適した力へ当て直す力……きっとF.I.V.E.に必要な力だけど」)
 『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)がトールに続くように前に出れば、巨大な注射器を豪快にフルスイングした。
(「今は何よりレタルさん達の安全が大事だから、私は私にできることを精一杯やるよ!」)
 横薙ぎに生まれる破壊の突風が、車両を打ち払おうと襲いかかるが、既に体制を整えていた車両はギリギリながら嵐の外に逃げ出す。
 1体だけ逃げ遅れた車体が被弾すると、目に見えて装甲の潰れ具合が顕著になり、タイヤを削る音とは異なる、金属の異音が混じり始めた。

(「まあ、面白そうな物が出て来たじゃないか。悪食や。今回はおっさんに従って貰うわよ」)
 穢を喰らい過ぎて狂ってしまった相棒に語りかけながら、緒形 逝(CL2000156)が猟犬へと接近していく。
「この国で見られるとは思わなかったぞう。薄い見た目からして……身体強化、一辺倒かね。ストックされたモーション以外は苦手なんでないの?」
 だから何だと、言葉にすることなく赤いガラスが睨みつける。
 刀を右に左に振り回し、軽やかなステップで避けるリズムを確かめつつ、テンポを崩す突きを放つ。
「そう言うのって、瞬間的かつ強力な入出力に連続して耐えられない構造が多い。アメリカの開発局も課題にしてた部分だ」
 半身になって避けたところで反対の手を一気に付き出し、その体を捕まえようとするが、そのまま再度ステップを踏まれて避けられてしまう。
「……分からんかね? 見た目通り繊細だって事さね、頭と背面はセンサーの塊である場合が大半だしね。さぁ、命削ってあげるから、予想を裏切っておくれよ」
(「……この男、口調とは裏腹に壊れていらっしゃるようですね」)
 猟犬は戦いというよりは、品定めされ、舌舐めずりをされるような心地を覚える。
 フルフェイスのシールドに隠れた瞳は、愉悦を浮かべることなく彼女を見据えるのだろう。
「世界の神秘をここで消させるわけにはいかないのです、消すのなら、
まずはこの御羽たちを倒してからにするのです」
 逝の後ろで期を窺っていた『赤ずきん』坂上・御羽が、その力を解き放つ。
 大気に一気に溶け込み、霧となって広がる神秘の力はトリモチの様な粘度を持って憤怒者達へ襲いかかった。
「くっ、五行の力ですね……っ」
 攻防の力を弱めるそれは、もともと防御を念頭に置いていない彼らの脆さを更に助長することとなる。
 猟犬は回避による衝撃のダメージ以外はまるで負っていないが、逝の異質な雰囲気と直感的な圧投への警戒、そして追い詰めるような御羽の術とプレッシャーを強く感じさせられていた。


 反撃と迫り来る猟犬に、守りの体制を見せる逝。
 何ら特別でもない、普遍的な袈裟斬りは基本に忠実ながら鋭く素早い。
 バックステップで回避を試みる逝だが、思っていた以上に深い踏み込みが彼の胸を切り裂いた。
 痛みに顔を歪めながら着地すると、そこ目掛けてTOWミサイルが迫る。
 更に大きくサイドステップを踏み、ミサイルは背後の地面へ直撃し、誰を巻き込む事もなく爆ぜた。
「そうきたかね」
 一発目は囮、二発目が本命と、直ぐ目の前まで迫るミサイルに逝は咄嗟に腕を交差させて堪える。
 身体が吹き飛ばされそうな痛みが、ジンジンと全身を蝕む。
(「こっちにはバギーが2台、やはり車を優先なのですね」)

 ドドォンッ! ドドォンッ!!
「かふ……っ!」
 それはさながら、絨毯爆撃の様な反撃だった。
 接近した中でも、一撃を当ててきた渚を警戒し、敵車両4台が一斉に渚に向けてTOWミサイルを叩き込んだのだ。
 逝にしかけた手法と同じく、一発目は囮であり、二発目を直撃され、転げたところを狙った三発目を避けさせ、その先に追い打ちの四発目。
(「一撃一撃がすごく重い、覚者じゃないからって油断してたわけじゃないけど……」)
 体中の裂傷からは血が滲み、打ち付けた部分は鈍痛が重なりあう。
「今回復する、から……」
 よろりと立ち上がる彼女へ、日那乃が癒やしの雨を振らせていく。
 逝も一緒に回復させながら、前衛という防波堤を維持しようとするのだが、激しいダメージに心配そうに背中を見つめる。
「ありがとう……大丈夫だよ、前衛は任せて? いつもは回復役だけど、私だって鍛えてるんだから!」
 まだ戦える、痛みが残る身体を気合で引っ張りあげて立ち上がると、兄弟注射器を肩に担ぐ。

「どうした? ちょこまか逃げまわってないと戦えないのかな?」
 挑発の言葉を掛けながら白露が刀を振るうも、車体を捉えられずにいる。
 思っていたより逃げ足の速さが、ダメージのテンポを遅らせていた。
 桜も種を放ち、棘蔦で攻撃を試みるが育ちきる前に避けられてしまう。
「きっちりやらせてもらうぜ!」
 レタルの為にと、頃合いをみて前衛へ抜け出すと横薙ぎの刃が地面を捲り上げるように振るわれる。
 ちょうど4台が並んだ瞬間を狙い、2台の車両をその軌道に巻き込んだ。
 ギャリッ! と金属が裂ける響きは確実な当たりを知らしめ、覚者達の連携が憤怒者を追い詰める。
「まだまだっ!」
 更に追い打ちと渚が懐良の攻撃と入れ違うように大振りの巨大注射器を叩き込み、再び別の1台を打ちつけた。
「くそっ……! IC5、6は Hound の援護にいけ!」
 今しがた攻撃を食らった車両から響く声に、既に壊れかけだった2台が猟犬の方へと向かっていく。
 先ほどの渚への攻撃も、最初に仕掛けたのはあの車両だったと、遠目に様子を見ていたトールは見逃さなかった。

 猟犬と逝の戦いは、ダメージだけを見れば間違いなく猟犬のほうが圧している。
 しかし、それでも構うことなく彼女に食らいつき、隙あらば掴みかかろうとする貪欲さを見せ、メンタルではまるで圧されていない。
「おや、あのガラクタ達、だいぶボコボコだよ。 幾ら力の差があるにしても雑兵すぎやしないかね?」
「あの方々は自ら棺に入ると志願した勇敢な方々です、貴方がたの様な力を当然とする痴れ者には、理解し難いようですね」
 攻撃を避けたところで猟犬は、自ら踏み込んで接近し、横薙ぎに刃を振るう。
 しかし、僅かにブレが生じた動きでは逝を捉えることが出来ずに、刃は空を切る。
「涼しい口調の割に、辛辣な言い方をするじゃないの。もしかして怒ってるのかね?」
「ご冗談を」
 後ろへ飛びのいた彼の着地地点へ撃ち込まれるミサイル、回復を受けたとはいえ、この痛みは堪える。
 追撃のミサイルを横飛びに避ければ、援軍にきた車両がガトリングガンを一斉掃射した。
 着弾と同時に爆ぜる弾丸、じっくりとダメージが逝を追い詰める。
「おいたは、だめなのです!」
 ばっと猟犬へ向けて掌を翳す御羽。
 何が起きるかはまるで目に見えないが、何かを察知した猟犬は咄嗟に飛びのいた。
 相手の感情を煽る不可視の力を彼女に向けて放ったのだが、あと一歩のところで避けられてしまう。
(「避けられてもおっけーなのです」)
 当たれば攻撃を制限できる、外してもダメージを誘発できる。
 その二択はどちらに転んでも、少女にとってはメリットがあった。


「新しいオモチャがあって良いねえ、でもそういう系って……とても引きずり下ろしたくなる」
 二度の空振り、しかし、覚者は人為らざる者に目覚めた存在だ。
 破壊の叡智を結晶化させたと言える兵器に対しても、それは人以上の力を放てる。
「もう、目が慣れたよ」
 通りすぎようとした車両を、ピンポイントで狙う。
 斜めに一瞬で斬り上げ、勢いと装甲を切り裂いた後、素早い横薙ぎが車体を切り捨てる。
「地面に足付けて遊ぼうよ、自称真人間さん?」
 黒煙とスパークを溢れさせる車体が起動を停止すると、慌てふためいて憤怒者が飛び降りていく。
「クズは殺すわ」
 桜も前進し、綿貫に宿した猛毒の刃を横一閃に振りぬいた。
 指令を出す車体を狙っての攻撃だが、その軌道には降りたばかりの憤怒者もいる。
「が……っ」
 どす黒い刃に切り裂かれ、潰れた断末魔と共に憤怒者が血だまりに沈む。
 狙った車体には当たらなかったが、満足そうに暗い笑みを浮かべる。
 更に懐良が車体を切り裂き、司令塔もやられたと思ったのだが……車体を捨てず、強引に戦いを継続しようとしていた。
「IC5,6! そのまま」
「こっちにもどれ! 援護を頼む!」
 司令の声に、トールが司令塔の声に似せた叫びを飛ばす。
 壊れる寸前だった車体を逃がしたのは、火力になりつつ狙われる心配がない猟犬の援護につけたほうが長持ちするという考えだったのだろう。
 それを悟った彼は、真逆の司令を飛ばしたのだ。
 敵が今避けたいのは手数を減らすこと、司令塔が無理して動いてでも踏みとどまるのは時間稼ぎであると看破した。
「貴様ぁっ!」
「ここで決めさせてもらいます!」
 腕章を翳すように構えた渚が煙を吐く車体に近づくと、フルスイングの一振りを叩き込み、そのまま地面を蹴って宙で回転し注射器で更に叩きつける。
 そして止めの一発を地面へ叩きこむように振り下ろせば、車体は小さな爆発を起こし、放り出された憤怒者は焼け転がり、火が収まる頃には辛うじて息をする程度だった。


「皆、頑張って……」
 強力な火器に打ちのめされても、立ち上がる逝と渚にひたすらに癒やしの雨を浴びせていく。
 トールも回復の手伝いをしてくれているのもあり、どうにかダメージの悪化を防ぐことができている。
 彼女の回復なくして今回の作戦は実らなかったといえよう。
「これ以上は無意味。そう悟ったらお退き下さい! なにもご主人とやらの為に命を懸ける必要なんて無いでしょうに」
 既に相手の戦力は大きく削がれている、御羽は猟犬を指さし呼びかける。
「コール、シグナルレッド」
 その声に反応し、スーツの一部が動く。
 背中から空へ放たれた信号弾は、赤色を放ちながらゆっくりと滑空する。
「退けないのなら、全力で私たちを殺しに来なさいよ。貴方の力、如何ほどか御羽が相手です!」
 その言葉に無言のまま刀を構える猟犬とそばにいる車両は攻撃をする様子がない。
 しかし、援護に向かった2台は別だ。
 桜のオーバーキルと、司令塔の重傷に怒り狂い、吶喊するかの如くガトリングを撃ち放つ。
 桜に多少のダメージを与えるが、それでひっくり返るはずがない。
「次の新しいおもちゃが必要かな?」
 突撃した車両の前に立ち塞がる白露が、タイヤを狙った地面すれすれの薙ぎ払いを放つ。
 グリップと機動力を奪われた車体が前のめりになりながら擦れ違うと、追い打ちに全力の縦一閃を背後に叩きこみ、動力部を寸断する。
「これで終わりだ!」
 更にもう1台を懐良が迎撃し、車体は煙を吹く。
 転げ出た憤怒者達を、桜が見逃すはずもなかった。
 毒の刃が一瞬で彼らを絶命させるが、死にかけだった司令塔は殺さずに残している。
(「捕虜は一人いれば十分よね」)
 必要なことを吐かせる頃には死にそうな方を残す辺り、殺すつもりなのは変わりない。
「私には大罪があります。いえ、この変異種の力を持つ全ての者に」
 その言葉と共に、猟犬は残った2台と共に一斉に道路の十字路へと走る。
 遠くからアクセル全開で突っ込んでくる大型トレーラーが、迎えのようだ。
「それを償うまで、私の命はご主人様のモノなのです」
 猟犬がそれに飛び移り、後ろの貨物コンテナからタラップが降ろされ、そこへ二台の車両が飛び込んでいく。
(「あれで隠して……。西園寺さん、出処わかるかな」)
 明らかな攻撃車両を持ち込むのも、あれを使ったのだろうと日那乃の疑問が晴れていくが、何故護が出処を突き止めないのかも気になっていた。
 そんな思考を遮るように、コンテナの奥に光が反射する。
「っ! そこの人、撃たれる!」
 あの時と同じ、口封じの狙撃に気づいた日那乃が叫ぶ。
 その射線に御羽が飛び出すと同時に、轟音と共に小さな爆発が発生する。
「殲滅はすれども、殺しは避けるのです」
 流石にダメージはあるが、苦笑いを浮かべるぐらいは容易い程度だ。
「やれやれ、最後まで面倒な奴らだね」
 情報源を無遠慮に潰しに来る憤怒者に、白露は呆れた溜息を零す。
 刀を収めつつ、遠くへ消えていくトレーラーを見送った。
「これで敵の追撃も一応終わり、かな。もう来ないと良いけど、そうもいかないんだろうね」
 その時はまた阻んでみせると薄っすらと微笑みながら、お疲れ様と皆へ労いの言葉をかける。
 全てを万事片付け、覚者は大きな勝利を得たのだった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『”狂気”に応ずる者』
取得者:春野 桜(CL2000257)
特殊成果
なし



■あとがき■

 ご参加いただきありがとうございます、如何でしたでしょうか?
 MVPについては、声色変化を上手く使い、相手の作戦を狂わせる事を考えたトールさんへお送りします。
 ですが、次点でとても大切だと思っていたのは日那乃さんです。
 回復に専念していただけたことで、今回の作戦をスムーズに通すことが出来た影の功労者だと思います。
 正直なところ、回復がなかったら不味かったと思うところも少々。
 これでレタルがFiVEに加わります、皆様の尽力のおかげです!
 また別のシナリオもご参加いただけますと幸いです。
 改めまして、ご参加いただきありがとうございました!




 
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