【鬼と人】鬼の恩返し
●
「思いを形にする」という言葉がある。
愛情や友好、感謝などの気持ちは風化してしまう可能性があるが、言葉だけでなく物として送ればその時の思いを保つ事ができる。
そしてそんな俗物的な事を考えるのは、何も人だけでは無いようだ。
「だからこの前の礼も兼ねてさ。 アンタ達…FiVEだっけ? …に、やろうと思ったのさ」
夢見の久方 真由美(nCL2000003)に向かって腕を組みながら大声で話す女性。
遠慮せずにお掛け下さいと言う真由美の言葉を字面通りに受け取ったその女性は、ドカリと豪快に椅子に腰かけ語り始める。
しっかりとした作りの椅子がギシリと軋むほどの立派な体躯に節くれ立った筋肉。
そして何より彼女が異質な存在である事を主張するかのように頭から突き出した2本のツノ。
これで僅かにでも敵意が感じられればFiVE内は蜂の巣を突いたような騒ぎとなっただろう。
以前の依頼で「鬼の子」の母として覚者の前に現れたその女性。
その女性が礼がしたいとFiVE本部に突然顔を出し、報告を受けた真由美が対応をしてると言う成之である。
鬼の母は豪快に足を組み、真由美が言葉を挟む余裕もない程次々と言葉を重ねる。
「いや、アンタ達も強いもんだね、助かったよ。 アタシみたいなか弱い乙女だけじゃ、あの時は少しまずかったかもしれないしさ」
自らを乙女と称するその女性の組んだ腕は、そのまま牡牛を締め落とすことすらできそうな迫力がある。
なんと受け答えしていいかと悩む真由美だが、その答えを出す間もなく女性の話しは続く。
「鬼も人との関係の悪化なんざ望んじゃいないし、それに何よりも可愛いボウズを助けてくれたんだ。 感謝と友好の証に受け取ってほしいのさ」
女性は一瞬の間を挟み、真由美もその間にごくりと息をのむ。
「アタシ達の武具をね」
●
「……と、いう訳で、皆さんにはその鬼の武具の回収をお願いしたいのです…が」
覚者達を前に真由美が説明をはじめるも、その説明はどうにも歯切れが悪い。
「ですが、その武具が安置されている祠には妖が住み着いてしまっているらしくて。 皆さんにはその妖の退治もお願いしたいのです」
よりにもよって鬼の武具の安置された場所に妖である。
不幸な偶然といえばそうかもしれないが、一石二鳥と取れなくもない。
妖は人を襲う。 これから先ずっと祠に居座ったままという事も考え難い。
害を及ぼす前に退治すべきだといえるだろう。
「武具が安置されている祠は人里離れた山奥の村にあります。 昔、鬼から友好の証としてその武具が送られたそうです」
今より遠い昔は鬼と人とが大きく関わる時代があったと言うが、そういった時代に人と鬼が手を取る事があったのかもしれない。
外部とのやり取りが希薄だった為か、それとも単に鬼の住処から近い為か。 その村は未だ鬼との良い関係が続いているという。
「祠の中に住まう妖は、巨大な熊の妖とコウモリの妖の2種類です。 どちらも厄介な攻撃をして来そうですし、十分注意してください。」
危機に瀕した人、それに鬼と人との友好の為。 そしてFiVEにまだ見ぬ武具を持ち帰る為に。
覚者達は使命感を拳に宿らせ、席を立つ!
「危険な依頼になりますが、頑張ってください。 皆さんなら必ず持ち帰ってくれると信じてます。 金棒と………鬼のパンツを」
…。
最後の方に使命感がやや薄れそうな言葉が聞えた気がしたが、恐らく気のせいだろう。
勢いの炎が萎えないうちにと、覚者達は山奥の村へと発つのだった。
「思いを形にする」という言葉がある。
愛情や友好、感謝などの気持ちは風化してしまう可能性があるが、言葉だけでなく物として送ればその時の思いを保つ事ができる。
そしてそんな俗物的な事を考えるのは、何も人だけでは無いようだ。
「だからこの前の礼も兼ねてさ。 アンタ達…FiVEだっけ? …に、やろうと思ったのさ」
夢見の久方 真由美(nCL2000003)に向かって腕を組みながら大声で話す女性。
遠慮せずにお掛け下さいと言う真由美の言葉を字面通りに受け取ったその女性は、ドカリと豪快に椅子に腰かけ語り始める。
しっかりとした作りの椅子がギシリと軋むほどの立派な体躯に節くれ立った筋肉。
そして何より彼女が異質な存在である事を主張するかのように頭から突き出した2本のツノ。
これで僅かにでも敵意が感じられればFiVE内は蜂の巣を突いたような騒ぎとなっただろう。
以前の依頼で「鬼の子」の母として覚者の前に現れたその女性。
その女性が礼がしたいとFiVE本部に突然顔を出し、報告を受けた真由美が対応をしてると言う成之である。
鬼の母は豪快に足を組み、真由美が言葉を挟む余裕もない程次々と言葉を重ねる。
「いや、アンタ達も強いもんだね、助かったよ。 アタシみたいなか弱い乙女だけじゃ、あの時は少しまずかったかもしれないしさ」
自らを乙女と称するその女性の組んだ腕は、そのまま牡牛を締め落とすことすらできそうな迫力がある。
なんと受け答えしていいかと悩む真由美だが、その答えを出す間もなく女性の話しは続く。
「鬼も人との関係の悪化なんざ望んじゃいないし、それに何よりも可愛いボウズを助けてくれたんだ。 感謝と友好の証に受け取ってほしいのさ」
女性は一瞬の間を挟み、真由美もその間にごくりと息をのむ。
「アタシ達の武具をね」
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「……と、いう訳で、皆さんにはその鬼の武具の回収をお願いしたいのです…が」
覚者達を前に真由美が説明をはじめるも、その説明はどうにも歯切れが悪い。
「ですが、その武具が安置されている祠には妖が住み着いてしまっているらしくて。 皆さんにはその妖の退治もお願いしたいのです」
よりにもよって鬼の武具の安置された場所に妖である。
不幸な偶然といえばそうかもしれないが、一石二鳥と取れなくもない。
妖は人を襲う。 これから先ずっと祠に居座ったままという事も考え難い。
害を及ぼす前に退治すべきだといえるだろう。
「武具が安置されている祠は人里離れた山奥の村にあります。 昔、鬼から友好の証としてその武具が送られたそうです」
今より遠い昔は鬼と人とが大きく関わる時代があったと言うが、そういった時代に人と鬼が手を取る事があったのかもしれない。
外部とのやり取りが希薄だった為か、それとも単に鬼の住処から近い為か。 その村は未だ鬼との良い関係が続いているという。
「祠の中に住まう妖は、巨大な熊の妖とコウモリの妖の2種類です。 どちらも厄介な攻撃をして来そうですし、十分注意してください。」
危機に瀕した人、それに鬼と人との友好の為。 そしてFiVEにまだ見ぬ武具を持ち帰る為に。
覚者達は使命感を拳に宿らせ、席を立つ!
「危険な依頼になりますが、頑張ってください。 皆さんなら必ず持ち帰ってくれると信じてます。 金棒と………鬼のパンツを」
…。
最後の方に使命感がやや薄れそうな言葉が聞えた気がしたが、恐らく気のせいだろう。
勢いの炎が萎えないうちにと、覚者達は山奥の村へと発つのだった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖2匹(生物系、ランク2)の撃破。
2.鬼の武具の入手
3.なし
2.鬼の武具の入手
3.なし
「鬼」のつく慣用句、調べてみたら沢山あってビックリです。
畏怖や悪だけでなく力強さの表現としても使われることが多いかも。
OPに出てきた鬼の母は依頼「鬼を討つ者」に出てきた母親さんです。
●山奥の村について
「鬼を討つ者」の舞台になった山の近くにある、人の住む小さな村です。
鬼と頻繁に会うという程では有りませんが、鬼が存在する事を認識し、時折会う事も有るようです。
鬼の母親も度々その村には顔を出すようで、今回の武具の件も既に連絡を入れてくれています。
その為、武具を受け取る事を拒まれたり疑われる事は有りません。
村の方も、最近物騒なので使える人に使って貰った方が武具も喜ぶと思っているようです。
●敵について
大熊とコウモリの2匹。 どちらも生物系の妖(ランク2)です。
大熊…パワー、体力に優れた3m近い大熊の妖。
・引っかく……近距離の単体を引っかく。 単純だが威力が高い。
・振り下ろし……腕を振り落とし叩きつける近距離単体攻撃。 命中率は低いが引っかくよりも威力は高い。
こうもり……羽を広げると1m近い大きさのコウモリの妖。 回避、命中が高い。
・噛み付き……近距離の相手にかぶりつき攻撃する近接単体攻撃。
・超音波……不快な音を発し敵1列にダメージ&バッドステータス【弱化】付与。
どちらの妖も鬼の武具に興味はなく、戦闘時に覚者が余程周囲に被害を与える行動を取らない限り武具が壊れる可能性は低い。
●祠について
山の斜面に作られた洞窟のような祠。 村からはやや離れている。
入るとすぐに10m×10m程の広間があり、その奥に鬼の武具が備えられている。
高さは3~4mほど有り、戦闘で立ち回るには十分な広さがあるものの、外からの光が入らず視界は悪い。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年02月21日
2016年02月21日
■メイン参加者 8人■

●
山峡の村は、他者の侵入を拒むその位置取り通りに排他的。
そんな話もあるが覚者の訪れた山峡の村はどうやらそうでは無いらしく、村に漂う長閑な空気は外部の人間も、もしかしたらそれ以外の者すら受け入れる寛容さが伺える。
「正直がっかりってとこだなぁ。 鬼って言やぁ日本最強の妖怪の一角だ。 ソイツらがいじめられる程度の強さってのはな」
村に入るなり舌打ちをしながらそんな事をのたまうのは『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)だ。
強者との戦いを求める者としては、鬼の子の話はやはり肩すかしを食った気分があるのかもしれない。
「鬼ちゅーたら強さの象徴として描かれる事が多いがの、この前来た野郎の鬼みたいんも居るようだし、個体差があるんじゃろ」
刀嗣の言葉に返しす深緋・幽霊男(CL2001229)の言う野郎の鬼とは、節分に現れた鬼達の事だろう。
見ようによっては力強くもあったかもしれないが、どちらかといえば愛嬌の方が強いその鬼達は、個体差の例として出すにしても、もしかしたら際立った存在だったのかもしれない。
「まさかあの時、子を助けた事でこう繋がるとはな」
「鬼の子と女性に合えると思ったけど…村には居ないみたいですね」
以前の鬼の子の依頼に参加した『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)と、菊坂 結鹿(CL2000432)が村を見回しながら呟く。
鬼と人との関係をより良いものにしようとした依頼も大筋では願った方向へ事が流れたかと思えば、予期せぬ寄り道へと流れてゆく事もある。
柾が運命の妙を感じた横を少し残念そうに歩く結鹿は、どうやら鬼の子と会えると踏んでいたようで、ピョンピョンと跳ねたりしながらどこかに鬼の子の姿が見えないかと探しているようだ。
「しかし鬼の御仁はなかなか気分のよい姉御であった。 ああいった人物と今後も関われると思えば、多少は仕事に身も入ろうというもの」
村の者への挨拶と説明を一通り終えた華神 刹那(CL2001250)は、誰にとも無くそう口に出す。
労力と対価は釣り合うか、さもなくば有利な方へ傾いていなければならない。
山奥まで尋ね妖を退治するという労力を裂いてでも、あの儀に厚い傑物との関係を思えば安いものといえるかもしれない。
村人に案内され、祠へと向かう覚者達。
村の中に鬼の姿は見えないものの、通常より幅が広く取られた道や頑丈に補強されたベンチ等からは、鬼と懇意である雰囲気を感じる事が出来る。
迷信や何かの間違い等ではなく、確かにこの先に鬼の武具がある。
そんな確信のような空気が覚者達を包む中、『調停者』九段 笹雪(CL2000517)だけが少し落ち着かない様子で周りの覚者達の様子を伺っている。
「すごく、真面目な気分で参加したつもりだったんだよ? 昔から人と良いお付き合いをしている古妖から、友好の証もらえるって聞いたから…」
何事かと視線を集める仲間達に言い訳のように話す笹雪。 しかし、何に対しての言い訳なのか解りかねていると…。
「でも……。 どうしよう、ぱんつって単語が頭から離れない。 おぱんつ…やっぱ虎柄なのかな…」
妖との戦闘を前にしながらもそんな事を…とも言えない、なんとも言い難い問題がどうしても頭をよぎってしまうらしい。
気になっていた者も多いだろうが、年頃の笹雪には殊更気になってしまう。
「鉄棒は兎も角、鬼の防具がそれとはな。 古来より絵に描かれる姿だったのか、今は別の流行でもあるのかどうか……」
笹雪へのフォローという訳では無いが、赤祢 維摩(CL2000884)も話に乗る形で興味を口にする。
鬼といえばパンツ……というイメージは確かにあるが、それを授けられるとなればイメージだけで片付けるには重過ぎる。
なにせ、自分達が今後お世話になるかもしれない物なのだ。
「そ、そっか…。 流行……もしかしたら今は豹柄が流行ってたり……とか」
笹雪がなおも想像を広げていると、少し後ろから『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)の陽気な声が滑り込む。
「俺はやっぱ武器のが気になるな。 鬼の武具ってやっぱり金棒なんだなー。 カミナリ様の太鼓とかも想像してたけど…」
小柄な彼の身の丈程の金棒を想像しながらワクワクと話すヤマト。
各々が鬼やその武具に思いを馳せるが、その前にまず片付けなければならない問題が一つ。
案内の者が足を止めた先にあるのは、山肌にぽっかりと口を空けた小さな洞窟。
恐らくここが鬼の武具を納めた社があるという祠だろう。
「まずは、お仕事を終わらせなくちゃですよね」
結鹿の声と共に、覚者達は気を引き締めその洞窟へと足を踏み入れるのだった。
●
暗く重い空気の漂う洞窟の中、懐中電灯と守護使役の灯りが辺りをぼうっと照らし出す。
妖が現れるまで確り手入れがされていたからだろうか、空気が湿り淀んでいる割にカビの匂いは無い。
その代わりに香るのは強い獣臭。 ここに獣の妖が居るというのも間違いないだろう。
覚者達が妖の存在に気づいたように妖も覚者達の存在に気づいたのか、岩と同化するかのようにうずくまっていた巨大な熊が、ゆっくりと顔を上げ、立ち上がる。
悠々と武器を振るえる程の洞窟の天井に届かんばかりの巨体に、血走らせた目。 口からはダラダラと涎を垂らし、おおよそまともな生物とは言いがたい雰囲気を醸し出している。
その熊の少し奥。 天井に近い位置にもまた熊と同じ目をした生き物が1匹。 既に獲物を見る目となった蝙蝠の妖が品定めでもするかのようにじっと覚者達を見つめている。
「特に恨みも問題も無かったんですが……これじゃ人を襲っちゃうのも時間の問題かもしれないですね。 そこに奉られている武具も必要ですし…ごめんなさい」
結鹿が掌に力を集め仰ぐように振るうと、辺りの湿度を濃縮したかのような濃い霧が現れ2匹の妖を包み込む。
重力を感じさせず滑らかに妖へとたどり着いた霧は、粘り気を増すかのように妖へと纏わりつきその動きを阻害する。
「速攻でしとめる…!」
纏わりつく霧を鬱陶しそうに払っていた熊の妖に、二対の炎が放たれる。
両手のナックルに灼熱の力を宿した柾が熊へと駆けたのだ。 瞬く間に距離を詰め、その荒れ狂う炎の拳を熊の腹へと叩き込む!
空気が振るえる程の轟音と共にめり込む拳に思わず背を丸めた熊の顎にさらに打ち上げるような拳で追撃を行うと、大人と子供ほどの体格差がある熊の体が大きく後ろにずれ、たたらを踏むように後退する。
その隙を付き、万に一つでも鬼の武具への被害を抑える為に、幽霊男が熊の背後に回り込み退路を絶つ。
愛用のカトラスをクルリと構えると、目にも止まらぬほどの横薙ぎの一閃、返す刃でさらに斜めに刃を煌かせる。
不意の瞬撃に表情を歪める熊の妖。 その身を両断する事は適わないものの、確かなダメージを与えている証拠とばかりに分厚い毛皮がじんわりと血で滲む。
ぐおぉぉぉぉぉぉ!
痛みによる悲鳴とも怒りによる咆哮ともとれる声をあげ、熊はその腕をがむしゃらに振り回す。
地を掘り土を跳ね上げ、壁に深い爪跡を残しながらも尚も止まらないその腕は、偶然かそれとも狙いをつけていたのか、正面に立つ柾へと向かい振り下ろされる。
顔の前で腕を交差し熊の腕を防ごうとする柾だが、巨人の一撃のようなその威力を殺しきる事ができずに跳ね飛ばされるように後退する。
「ぐ……。 さすがに威力は高いな」
防ぐ事は不可能では無い…が、何度も防げるものでもない。
敵の馬鹿げた力に改めて気を引き締め、痺れる腕に力を込る柾。
一方の蝙蝠の妖は、その体で飛ぶにはやや狭いかという洞窟の中を、不規則に上下しながら所狭しと飛び回る。
「いきますっ!」
その姿を逸早く捉えた結鹿が自らの生み出した霧ごと蝙蝠を断つかのように愛用の太刀「蒼龍」を振るう。
抵抗も無くすり抜けるように霧を裂いた刃は、一瞬をおいた後に蝙蝠の胴から血を吹かせる。
浅い……が、捕えられないほどの速さでは無い。
距離を詰めての戦闘は不利と感じたのか、蝙蝠はジリリと距離をとり、刀の間合いから離れるが……
「覚者先輩方が居並んで居る所を駆け出しが気張ってもな。 足手まといに見えぬよう、さぼっていると思われぬようにの」
自らの名と同じ名を冠した刀を手にした刹那がその切っ先を蝙蝠の妖に向ける。
すると、凍るような輝きを秘めた刃の力が具現化するように、淡く光る氷が剣先に現れ弾丸の如く蝙蝠へと放たれる。
高い風きり音と共に接近するそれを、身を捻りかわそうとする蝙蝠。
しかし、弾丸の速さ故か引いて体制を崩したタイミングだった故か。
氷の弾丸は蝙蝠の翼の薄皮に大きな穴を開け、その後ろの壁面へと突き刺さる。
飛ぶ力を削がれながらもなんとか空中で態勢を立て直す蝙蝠は、まるで人がするように大きく息を吸い込み腹を膨らませる。
「…っ! これって…!」
結鹿が気づき耳を塞ごうとするその瞬間。 頭に響くような甲高い衝撃が結鹿と刹那へと襲い掛かる。
「ぐ……。 これはきついの……」
結鹿に続き耳を覆う刹那。
耳を通して聞こえるというよりも、直接頭に叩き込まれるような驚異的な超音波に、二人は平衡感覚を失い膝をついてしまう。
「音波なんかに負けてられねぇ! 響け! レイジングブル!」
耳を追う二人に微かに聞えるヤマトの声に続き、ギターを掻き鳴らす豪快な音が洞窟中に響き渡る。
その音に呼応し蝙蝠の下の地面が溶岩でも沸き立つかのようにふつふつと滾ると、押さえつけられていた物が爆発するかのように巨大な火柱が出現する。
地面から流れ天井へと吸い込まれる、正に火の柱。
その炎の濁流に身を焦がされた蝙蝠は、酔いが回ったかのように頼りなく浮かぶ事が精一杯といった様子だ。
しかし、その目の妖しい光はいまだ消えていない。
火柱の術を使い僅かな隙の生まれたヤマト。 それに音波の苦痛から開放され何とか立ち上がろうとする結鹿と刹那。
野生の本能からか、自らの身の痛みを省みず蝙蝠はその牙を突き立てる為に最後の力を振り絞り突進を仕掛けるが……。
「ふん、羽虫のように飛び回って鬱陶しい」
経典を手にした維摩が蝙蝠へ掌を向けると、辺りの霧を集めたかのように洞窟の天井に雲が現れる。
蝙蝠の特攻も、敵の能力や状況を探っていた維摩にとっては予想の範疇での事。
そして、特攻とは不意をついてこそ効果のあるものだ。
「大人しく潰れていろよ」
維摩がかざした掌を降ろすと同時に、閃光のような雷が蝙蝠へと突き刺さる。
まるで縫いとめるように地面に叩き落された蝙蝠は二度三度びくんと痙攣し、その動きを止めるのだった。
力任せに暴れまわる熊の妖。
蝙蝠との搦め手を阻止した状態、個体だけでの力で見ればやはり単純に力に勝る熊のほうが厄介な相手といえる。
「早く倒れて…!」
笹雪が熊に向けて幾筋もの稲妻を放つ。 瞬き程の間に熊へと収束し弾けたその雷は、辺りにバチバチと放電しながらも熊へと留まりその身を攻める。
まるで雷で出来た獣と格闘するかのように、体を駆け回る電撃に身をよじらせ暴れまわる熊の妖。
並みの相手なら一撃だけで絶命させられるであろうその雷を浴びてもなお、熊の妖は止まらない。
「悪気があって紛れ込んだ訳じゃねぇだろうが、俺様に出会っちまったのは不運だったな」
雷を払った熊へ刀嗣が詰め寄り刀を煌かせる。
熊が腕を振るうその間に二閃の太刀を滑り込ませ、振るわれる腕にあわせ飛びのき後衛へと突き進まれる事の無い様にブロックする。
敵の動きや状況を良く見て、適切に動く。
自らこそ最強だと豪語しそうな彼だが、世の中が見えずに大言を吐いている訳では無い。
力や経験を持つものの自信から来るものだと、その動きが示していた。
雷撃に続く刀嗣の刀に、崩れる事の無い山のような熊の体制が大きく揺らぐ。
決めるなら今。 覚者達は誰に合図をされるでもなくそれを察し総攻撃を仕掛ける。
灼熱の力を宿した柾の連撃が熊の横っ腹にぶち込まれたかと思えば、よろめいたその背に幽霊男のカトラスが浴びせられ血を吹かせる。
熊へと連撃を叩き込む二人が飛びのいたその瞬間に笹雪が放つ稲妻を浴びせられ、もんどりうって倒れる熊の妖。
空に向けて叫び声を上げるかのように大口を開け悶える熊の額に向け、刀嗣が刀を引き絞るように狙いをつける。
「じゃあな」
鋭い突きが熊の脳天に突き刺さる。
時間が止まったかのように動きを止める熊は、数秒の後に絶命した事を表すかのように重い音を立て四肢を地面に横たわらせるのであった。
●
村の者に妖退治の礼を言われ、こちらも鬼の武具への礼を返す。
そんなやり取りを終えた柾が、譲り受けた鬼の武具を見ながら言葉を漏らす。
「……なんというかイメージしていた通り、だな」
まるで絵本の中の鬼が持つかのような、金棒といえば十人が十人思い浮かべるような間違う事なき『金棒』。
「これぞ鬼のパンツっていう感じだよな! やっぱトラ柄じゃねーと!」
ヤマトの言う通り、パンツの方もこれまたイメージどおりの代物で、実際何で出来ているのかはわからないが見事なトラ柄だ。
「まぁ、想像とまったく違うものを渡され鬼の武具ですと言われるよりかは良いかも知れないが…このまま使うのには勇気がいるな」
「だよな。 それに節分過ぎてて良かったぜ。 節分の時期にこんなの持って帰ったら何回豆を投げられるか解んねーし」
イメージ通りというのも良し悪しで、自分達がそれを身につけることになるかもしれないとあればむしろ悪い方が目立つ可能性すらある。
それに鬼がこれを付けるのならば違和感は無くとも、問題は、これからこの武具を身に着けるのは人であるという部分だ。
それを気にしてか、まじまじと見るのが恥ずかしいのかちらちらと横目でパンツを見る笹雪。
その様子に気づいた幽霊男が半ば冗談のように笹雪へと小声で話す。
「どうなんじゃろうな。 履き心地とか」
「え…!?」
顔を赤くし、動揺する笹雪。
諦めきれずに鬼の子が居ないかと探していた結鹿もその話が耳に入ってしまいパンツと幽霊男を交互に見ている。
単純なからかいにこれほど反応するとあっては楽しくない訳が無い。
「それに男性が着るのならまだしも女性が着るとなるとまた問題があるの」
悪戯っぽく言う幽霊男の言葉に、自分が着た時の事を想像したのか、ハっとして二人の乙女は胸周りを隠すように腕を組む。
女性が着るには確かにパンツだけでは足りはしない。
「これをそのまま使えという訳では無いだろう。 まぁ、有用なサンプルぐらいにはなるか」
妙な熱を持った場に維摩が冷静な言葉を放つ。
確かにこれ自体を覚者が使い回す訳ではない筈だ。 そうでなければ男であってもこれを装備するのは願い下げだろう。
「ところで、誰が持つのであるか? パンツはともかく、金棒は目方も相当ではないかな」
刹那の言葉に、誰もが棚上げにしていた問題が覚者に突きつけられる。
避けては通れない問題ではあるが、戦闘後で疲れた体には厳しい、考えたくない問題でもある。
考えなければ問題も起こらない……という訳ではないのが辛い所。
力に優れた者が持つのが効率的と言えなくも無いが、よもや女性に力仕事を任せる訳にも行かず、結局の所男性人が持ち回りで運ぶという事に落ち着いた。
「とりあえずこれで今回の依頼は達成か」
柾が帰り際に村へと振り返りながら言葉を発する。
村の者は覚者がずいぶん離れたというのにまだ笑顔で手を振り見送りっている。
鬼の武具の受け取りに加えて鬼と懇意な村とも友好な関係を築く。
これはFiVEにとって大きなプラスとなるだろう。
だが、それよりも……。
「他の古妖とも、この村と鬼みたいにうまく付き合っていけたらいいよな」
そう思わずには居られない。
暖かな村から帰路へと視線を戻し、ヤマトが心からそう呟くのだった。
山峡の村は、他者の侵入を拒むその位置取り通りに排他的。
そんな話もあるが覚者の訪れた山峡の村はどうやらそうでは無いらしく、村に漂う長閑な空気は外部の人間も、もしかしたらそれ以外の者すら受け入れる寛容さが伺える。
「正直がっかりってとこだなぁ。 鬼って言やぁ日本最強の妖怪の一角だ。 ソイツらがいじめられる程度の強さってのはな」
村に入るなり舌打ちをしながらそんな事をのたまうのは『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)だ。
強者との戦いを求める者としては、鬼の子の話はやはり肩すかしを食った気分があるのかもしれない。
「鬼ちゅーたら強さの象徴として描かれる事が多いがの、この前来た野郎の鬼みたいんも居るようだし、個体差があるんじゃろ」
刀嗣の言葉に返しす深緋・幽霊男(CL2001229)の言う野郎の鬼とは、節分に現れた鬼達の事だろう。
見ようによっては力強くもあったかもしれないが、どちらかといえば愛嬌の方が強いその鬼達は、個体差の例として出すにしても、もしかしたら際立った存在だったのかもしれない。
「まさかあの時、子を助けた事でこう繋がるとはな」
「鬼の子と女性に合えると思ったけど…村には居ないみたいですね」
以前の鬼の子の依頼に参加した『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)と、菊坂 結鹿(CL2000432)が村を見回しながら呟く。
鬼と人との関係をより良いものにしようとした依頼も大筋では願った方向へ事が流れたかと思えば、予期せぬ寄り道へと流れてゆく事もある。
柾が運命の妙を感じた横を少し残念そうに歩く結鹿は、どうやら鬼の子と会えると踏んでいたようで、ピョンピョンと跳ねたりしながらどこかに鬼の子の姿が見えないかと探しているようだ。
「しかし鬼の御仁はなかなか気分のよい姉御であった。 ああいった人物と今後も関われると思えば、多少は仕事に身も入ろうというもの」
村の者への挨拶と説明を一通り終えた華神 刹那(CL2001250)は、誰にとも無くそう口に出す。
労力と対価は釣り合うか、さもなくば有利な方へ傾いていなければならない。
山奥まで尋ね妖を退治するという労力を裂いてでも、あの儀に厚い傑物との関係を思えば安いものといえるかもしれない。
村人に案内され、祠へと向かう覚者達。
村の中に鬼の姿は見えないものの、通常より幅が広く取られた道や頑丈に補強されたベンチ等からは、鬼と懇意である雰囲気を感じる事が出来る。
迷信や何かの間違い等ではなく、確かにこの先に鬼の武具がある。
そんな確信のような空気が覚者達を包む中、『調停者』九段 笹雪(CL2000517)だけが少し落ち着かない様子で周りの覚者達の様子を伺っている。
「すごく、真面目な気分で参加したつもりだったんだよ? 昔から人と良いお付き合いをしている古妖から、友好の証もらえるって聞いたから…」
何事かと視線を集める仲間達に言い訳のように話す笹雪。 しかし、何に対しての言い訳なのか解りかねていると…。
「でも……。 どうしよう、ぱんつって単語が頭から離れない。 おぱんつ…やっぱ虎柄なのかな…」
妖との戦闘を前にしながらもそんな事を…とも言えない、なんとも言い難い問題がどうしても頭をよぎってしまうらしい。
気になっていた者も多いだろうが、年頃の笹雪には殊更気になってしまう。
「鉄棒は兎も角、鬼の防具がそれとはな。 古来より絵に描かれる姿だったのか、今は別の流行でもあるのかどうか……」
笹雪へのフォローという訳では無いが、赤祢 維摩(CL2000884)も話に乗る形で興味を口にする。
鬼といえばパンツ……というイメージは確かにあるが、それを授けられるとなればイメージだけで片付けるには重過ぎる。
なにせ、自分達が今後お世話になるかもしれない物なのだ。
「そ、そっか…。 流行……もしかしたら今は豹柄が流行ってたり……とか」
笹雪がなおも想像を広げていると、少し後ろから『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)の陽気な声が滑り込む。
「俺はやっぱ武器のが気になるな。 鬼の武具ってやっぱり金棒なんだなー。 カミナリ様の太鼓とかも想像してたけど…」
小柄な彼の身の丈程の金棒を想像しながらワクワクと話すヤマト。
各々が鬼やその武具に思いを馳せるが、その前にまず片付けなければならない問題が一つ。
案内の者が足を止めた先にあるのは、山肌にぽっかりと口を空けた小さな洞窟。
恐らくここが鬼の武具を納めた社があるという祠だろう。
「まずは、お仕事を終わらせなくちゃですよね」
結鹿の声と共に、覚者達は気を引き締めその洞窟へと足を踏み入れるのだった。
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暗く重い空気の漂う洞窟の中、懐中電灯と守護使役の灯りが辺りをぼうっと照らし出す。
妖が現れるまで確り手入れがされていたからだろうか、空気が湿り淀んでいる割にカビの匂いは無い。
その代わりに香るのは強い獣臭。 ここに獣の妖が居るというのも間違いないだろう。
覚者達が妖の存在に気づいたように妖も覚者達の存在に気づいたのか、岩と同化するかのようにうずくまっていた巨大な熊が、ゆっくりと顔を上げ、立ち上がる。
悠々と武器を振るえる程の洞窟の天井に届かんばかりの巨体に、血走らせた目。 口からはダラダラと涎を垂らし、おおよそまともな生物とは言いがたい雰囲気を醸し出している。
その熊の少し奥。 天井に近い位置にもまた熊と同じ目をした生き物が1匹。 既に獲物を見る目となった蝙蝠の妖が品定めでもするかのようにじっと覚者達を見つめている。
「特に恨みも問題も無かったんですが……これじゃ人を襲っちゃうのも時間の問題かもしれないですね。 そこに奉られている武具も必要ですし…ごめんなさい」
結鹿が掌に力を集め仰ぐように振るうと、辺りの湿度を濃縮したかのような濃い霧が現れ2匹の妖を包み込む。
重力を感じさせず滑らかに妖へとたどり着いた霧は、粘り気を増すかのように妖へと纏わりつきその動きを阻害する。
「速攻でしとめる…!」
纏わりつく霧を鬱陶しそうに払っていた熊の妖に、二対の炎が放たれる。
両手のナックルに灼熱の力を宿した柾が熊へと駆けたのだ。 瞬く間に距離を詰め、その荒れ狂う炎の拳を熊の腹へと叩き込む!
空気が振るえる程の轟音と共にめり込む拳に思わず背を丸めた熊の顎にさらに打ち上げるような拳で追撃を行うと、大人と子供ほどの体格差がある熊の体が大きく後ろにずれ、たたらを踏むように後退する。
その隙を付き、万に一つでも鬼の武具への被害を抑える為に、幽霊男が熊の背後に回り込み退路を絶つ。
愛用のカトラスをクルリと構えると、目にも止まらぬほどの横薙ぎの一閃、返す刃でさらに斜めに刃を煌かせる。
不意の瞬撃に表情を歪める熊の妖。 その身を両断する事は適わないものの、確かなダメージを与えている証拠とばかりに分厚い毛皮がじんわりと血で滲む。
ぐおぉぉぉぉぉぉ!
痛みによる悲鳴とも怒りによる咆哮ともとれる声をあげ、熊はその腕をがむしゃらに振り回す。
地を掘り土を跳ね上げ、壁に深い爪跡を残しながらも尚も止まらないその腕は、偶然かそれとも狙いをつけていたのか、正面に立つ柾へと向かい振り下ろされる。
顔の前で腕を交差し熊の腕を防ごうとする柾だが、巨人の一撃のようなその威力を殺しきる事ができずに跳ね飛ばされるように後退する。
「ぐ……。 さすがに威力は高いな」
防ぐ事は不可能では無い…が、何度も防げるものでもない。
敵の馬鹿げた力に改めて気を引き締め、痺れる腕に力を込る柾。
一方の蝙蝠の妖は、その体で飛ぶにはやや狭いかという洞窟の中を、不規則に上下しながら所狭しと飛び回る。
「いきますっ!」
その姿を逸早く捉えた結鹿が自らの生み出した霧ごと蝙蝠を断つかのように愛用の太刀「蒼龍」を振るう。
抵抗も無くすり抜けるように霧を裂いた刃は、一瞬をおいた後に蝙蝠の胴から血を吹かせる。
浅い……が、捕えられないほどの速さでは無い。
距離を詰めての戦闘は不利と感じたのか、蝙蝠はジリリと距離をとり、刀の間合いから離れるが……
「覚者先輩方が居並んで居る所を駆け出しが気張ってもな。 足手まといに見えぬよう、さぼっていると思われぬようにの」
自らの名と同じ名を冠した刀を手にした刹那がその切っ先を蝙蝠の妖に向ける。
すると、凍るような輝きを秘めた刃の力が具現化するように、淡く光る氷が剣先に現れ弾丸の如く蝙蝠へと放たれる。
高い風きり音と共に接近するそれを、身を捻りかわそうとする蝙蝠。
しかし、弾丸の速さ故か引いて体制を崩したタイミングだった故か。
氷の弾丸は蝙蝠の翼の薄皮に大きな穴を開け、その後ろの壁面へと突き刺さる。
飛ぶ力を削がれながらもなんとか空中で態勢を立て直す蝙蝠は、まるで人がするように大きく息を吸い込み腹を膨らませる。
「…っ! これって…!」
結鹿が気づき耳を塞ごうとするその瞬間。 頭に響くような甲高い衝撃が結鹿と刹那へと襲い掛かる。
「ぐ……。 これはきついの……」
結鹿に続き耳を覆う刹那。
耳を通して聞こえるというよりも、直接頭に叩き込まれるような驚異的な超音波に、二人は平衡感覚を失い膝をついてしまう。
「音波なんかに負けてられねぇ! 響け! レイジングブル!」
耳を追う二人に微かに聞えるヤマトの声に続き、ギターを掻き鳴らす豪快な音が洞窟中に響き渡る。
その音に呼応し蝙蝠の下の地面が溶岩でも沸き立つかのようにふつふつと滾ると、押さえつけられていた物が爆発するかのように巨大な火柱が出現する。
地面から流れ天井へと吸い込まれる、正に火の柱。
その炎の濁流に身を焦がされた蝙蝠は、酔いが回ったかのように頼りなく浮かぶ事が精一杯といった様子だ。
しかし、その目の妖しい光はいまだ消えていない。
火柱の術を使い僅かな隙の生まれたヤマト。 それに音波の苦痛から開放され何とか立ち上がろうとする結鹿と刹那。
野生の本能からか、自らの身の痛みを省みず蝙蝠はその牙を突き立てる為に最後の力を振り絞り突進を仕掛けるが……。
「ふん、羽虫のように飛び回って鬱陶しい」
経典を手にした維摩が蝙蝠へ掌を向けると、辺りの霧を集めたかのように洞窟の天井に雲が現れる。
蝙蝠の特攻も、敵の能力や状況を探っていた維摩にとっては予想の範疇での事。
そして、特攻とは不意をついてこそ効果のあるものだ。
「大人しく潰れていろよ」
維摩がかざした掌を降ろすと同時に、閃光のような雷が蝙蝠へと突き刺さる。
まるで縫いとめるように地面に叩き落された蝙蝠は二度三度びくんと痙攣し、その動きを止めるのだった。
力任せに暴れまわる熊の妖。
蝙蝠との搦め手を阻止した状態、個体だけでの力で見ればやはり単純に力に勝る熊のほうが厄介な相手といえる。
「早く倒れて…!」
笹雪が熊に向けて幾筋もの稲妻を放つ。 瞬き程の間に熊へと収束し弾けたその雷は、辺りにバチバチと放電しながらも熊へと留まりその身を攻める。
まるで雷で出来た獣と格闘するかのように、体を駆け回る電撃に身をよじらせ暴れまわる熊の妖。
並みの相手なら一撃だけで絶命させられるであろうその雷を浴びてもなお、熊の妖は止まらない。
「悪気があって紛れ込んだ訳じゃねぇだろうが、俺様に出会っちまったのは不運だったな」
雷を払った熊へ刀嗣が詰め寄り刀を煌かせる。
熊が腕を振るうその間に二閃の太刀を滑り込ませ、振るわれる腕にあわせ飛びのき後衛へと突き進まれる事の無い様にブロックする。
敵の動きや状況を良く見て、適切に動く。
自らこそ最強だと豪語しそうな彼だが、世の中が見えずに大言を吐いている訳では無い。
力や経験を持つものの自信から来るものだと、その動きが示していた。
雷撃に続く刀嗣の刀に、崩れる事の無い山のような熊の体制が大きく揺らぐ。
決めるなら今。 覚者達は誰に合図をされるでもなくそれを察し総攻撃を仕掛ける。
灼熱の力を宿した柾の連撃が熊の横っ腹にぶち込まれたかと思えば、よろめいたその背に幽霊男のカトラスが浴びせられ血を吹かせる。
熊へと連撃を叩き込む二人が飛びのいたその瞬間に笹雪が放つ稲妻を浴びせられ、もんどりうって倒れる熊の妖。
空に向けて叫び声を上げるかのように大口を開け悶える熊の額に向け、刀嗣が刀を引き絞るように狙いをつける。
「じゃあな」
鋭い突きが熊の脳天に突き刺さる。
時間が止まったかのように動きを止める熊は、数秒の後に絶命した事を表すかのように重い音を立て四肢を地面に横たわらせるのであった。
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村の者に妖退治の礼を言われ、こちらも鬼の武具への礼を返す。
そんなやり取りを終えた柾が、譲り受けた鬼の武具を見ながら言葉を漏らす。
「……なんというかイメージしていた通り、だな」
まるで絵本の中の鬼が持つかのような、金棒といえば十人が十人思い浮かべるような間違う事なき『金棒』。
「これぞ鬼のパンツっていう感じだよな! やっぱトラ柄じゃねーと!」
ヤマトの言う通り、パンツの方もこれまたイメージどおりの代物で、実際何で出来ているのかはわからないが見事なトラ柄だ。
「まぁ、想像とまったく違うものを渡され鬼の武具ですと言われるよりかは良いかも知れないが…このまま使うのには勇気がいるな」
「だよな。 それに節分過ぎてて良かったぜ。 節分の時期にこんなの持って帰ったら何回豆を投げられるか解んねーし」
イメージ通りというのも良し悪しで、自分達がそれを身につけることになるかもしれないとあればむしろ悪い方が目立つ可能性すらある。
それに鬼がこれを付けるのならば違和感は無くとも、問題は、これからこの武具を身に着けるのは人であるという部分だ。
それを気にしてか、まじまじと見るのが恥ずかしいのかちらちらと横目でパンツを見る笹雪。
その様子に気づいた幽霊男が半ば冗談のように笹雪へと小声で話す。
「どうなんじゃろうな。 履き心地とか」
「え…!?」
顔を赤くし、動揺する笹雪。
諦めきれずに鬼の子が居ないかと探していた結鹿もその話が耳に入ってしまいパンツと幽霊男を交互に見ている。
単純なからかいにこれほど反応するとあっては楽しくない訳が無い。
「それに男性が着るのならまだしも女性が着るとなるとまた問題があるの」
悪戯っぽく言う幽霊男の言葉に、自分が着た時の事を想像したのか、ハっとして二人の乙女は胸周りを隠すように腕を組む。
女性が着るには確かにパンツだけでは足りはしない。
「これをそのまま使えという訳では無いだろう。 まぁ、有用なサンプルぐらいにはなるか」
妙な熱を持った場に維摩が冷静な言葉を放つ。
確かにこれ自体を覚者が使い回す訳ではない筈だ。 そうでなければ男であってもこれを装備するのは願い下げだろう。
「ところで、誰が持つのであるか? パンツはともかく、金棒は目方も相当ではないかな」
刹那の言葉に、誰もが棚上げにしていた問題が覚者に突きつけられる。
避けては通れない問題ではあるが、戦闘後で疲れた体には厳しい、考えたくない問題でもある。
考えなければ問題も起こらない……という訳ではないのが辛い所。
力に優れた者が持つのが効率的と言えなくも無いが、よもや女性に力仕事を任せる訳にも行かず、結局の所男性人が持ち回りで運ぶという事に落ち着いた。
「とりあえずこれで今回の依頼は達成か」
柾が帰り際に村へと振り返りながら言葉を発する。
村の者は覚者がずいぶん離れたというのにまだ笑顔で手を振り見送りっている。
鬼の武具の受け取りに加えて鬼と懇意な村とも友好な関係を築く。
これはFiVEにとって大きなプラスとなるだろう。
だが、それよりも……。
「他の古妖とも、この村と鬼みたいにうまく付き合っていけたらいいよな」
そう思わずには居られない。
暖かな村から帰路へと視線を戻し、ヤマトが心からそう呟くのだった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
参加された皆様、お疲れ様です。
無事鬼の武具をゲット! きっと戦力的にも鬼との友好的にも良い結果になったと思います。
10年はいても本当に破れないなら自分も欲しい…!
無事鬼の武具をゲット! きっと戦力的にも鬼との友好的にも良い結果になったと思います。
10年はいても本当に破れないなら自分も欲しい…!
