《真なる狩人》それは、いつか見たヒカリ
●闇の残響
光の差さぬ暗闇で、彼らは羽ばたく時を待っていた。戦え戦えと、頭の中で誰かがわめいている。――聞こえるのは仲間の息づかいだけで、此処には自分たち以外、誰ひとり居ない筈なのに。
(……ああ、起きなくちゃ)
つんと鼻を刺すのは、嗅ぎなれた――けれど何処か不安を掻き立てる薬のにおい。真白な寝台に横たわり、身体中に機械を繋がれて、彼らは生きていた。否、生かされていた。
『……失敗作……廃棄……いや、実戦に投入……データさえ取れれば……使い捨てろ……』
深い深い眠りに落ちる前、この部屋で白衣の男たちがぶつぶつと何か呟いていたような気がする。でも、それももう曖昧だ。
(命令は絶対なもので、僕らはそれに従う他道はない)
それより前は……何かあっただろうか? ずっと此処に居た訳じゃなくて、前はもっと仲間も大勢居て、光差す場所で暮らしていたような――そんな幻が見える。
『おはよう、子供たち。……早速だが狩りの時間だ』
と、天井のスピーカーから、ひび割れた無機質な声が響いてきた。それと同時、首を覆う機械から注射針が飛び出し、首筋にちくりとした痛みが走る。じゅわ、と薬液が身体中に染み渡り、みるみる内に感覚が研ぎ澄まされていった――まるで、ひとじゃなくなったみたいに。
『獲物を嗅ぎ付け、追い立て、屠れ。古妖狩人の名に恥じぬように』
――分かっているよ、とその少年は頷いた。それが自分たちの役目であり、生きるすべてなのだから。
●月茨の夢見は語る
――古妖を狩る憤怒者組織、古妖狩人。
F.i.V.E.の覚者たちの戦いと、未知の因子を持つ『安土八起』の能力により、その本拠地を特定できたのだと『月茨』浮森 瞑夜(nCL2000119)は告げた。これもみんなの活躍のお陰で、ある程度絞った古妖狩人の本拠地候補から特定が出来たのだと、彼女は眩しそうな表情で仲間たちの顔を見つめる。
「その場所は、滋賀県近江八幡。琵琶湖湖畔近くにある工場群のひとつがそうみたい。此処に捕らわれている古妖を開放して、古妖狩人の活動を完全に抑え込む……それが今回の作戦の目的になるよ」
決行の時刻は夜――工場外周で憤怒者と交戦する者、工場内を襲撃し古妖を救出する者など役割を分担して作戦に当たるが、瞑夜が頼みたい任務はそれらとは別のものだった。
「……それはね、強化部隊と戦って彼らを鎮圧すること。彼らは、古妖を使った実験結果により生まれた憤怒者なんだ」
彼女の夢見によると、対峙する強化部隊は全部で6名――全員、高校生くらいの少年少女のようだと言う。憤怒者と言っても、彼らは薬物や機械などを使い身体能力を増しているようで、術こそ使えないものの身体能力は覚者に引けを取らないだろう。
「身体能力を増すと同時、彼らは精神的な支配も受けているみたい。与えられた命令を淡々とこなす、人形のようにされて……ねぇ、なんでこんな酷いことが出来るの?!」
ぐっと拳を握る瞑夜の声が上ずり、けれど彼女は必死で泣くのを堪えていた。これだけでも十分酷いが、更に酷いのは彼らが『失敗作』であると見做されていることだった。しかも古妖狩人たちは、それを承知で戦場に彼らを投入――平気で使い捨てる気でいるらしい。
「……さっきも言った通り、彼らは精神的な支配も受けている。だから自分たちの境遇に疑問を抱かないし、説得も聞き入れないと思う……このままでは死んじゃうって、言っても。それでも」
どうやら強化施術は肉体への負荷が大きく、行動するたびに彼らの命は削れていくらしい。なので余程気を付けて生かそうと工夫しない限り、彼らにとっての戦闘不能はそのまま死に繋がるのだ。
「それに……もし一命を取り留めても、薬物投与の影響で彼らはそう長くは生きられない。……ごめん、どうすることが幸せな未来に繋がるのか、あたしには分からない」
瞳を伏せ、それでも瞑夜は消え入りそうな声で最後の情報を伝えた。強化部隊のリーダーの少年は、コウと言う名前のようで――その名の響きの通り、光溢れる世界を懐かしんでいたようだったと。
「未来を変えてと託す、それが夢見の役割なんだって分かってる。その上で、みんなに辛い決断を強いるのはずるいって思う、でも」
――お願い、どうかみんなの願う未来を掴み取って。そう言って瞑夜は、毅然とした表情で皆に向かって頭を下げた。
光の差さぬ暗闇で、彼らは羽ばたく時を待っていた。戦え戦えと、頭の中で誰かがわめいている。――聞こえるのは仲間の息づかいだけで、此処には自分たち以外、誰ひとり居ない筈なのに。
(……ああ、起きなくちゃ)
つんと鼻を刺すのは、嗅ぎなれた――けれど何処か不安を掻き立てる薬のにおい。真白な寝台に横たわり、身体中に機械を繋がれて、彼らは生きていた。否、生かされていた。
『……失敗作……廃棄……いや、実戦に投入……データさえ取れれば……使い捨てろ……』
深い深い眠りに落ちる前、この部屋で白衣の男たちがぶつぶつと何か呟いていたような気がする。でも、それももう曖昧だ。
(命令は絶対なもので、僕らはそれに従う他道はない)
それより前は……何かあっただろうか? ずっと此処に居た訳じゃなくて、前はもっと仲間も大勢居て、光差す場所で暮らしていたような――そんな幻が見える。
『おはよう、子供たち。……早速だが狩りの時間だ』
と、天井のスピーカーから、ひび割れた無機質な声が響いてきた。それと同時、首を覆う機械から注射針が飛び出し、首筋にちくりとした痛みが走る。じゅわ、と薬液が身体中に染み渡り、みるみる内に感覚が研ぎ澄まされていった――まるで、ひとじゃなくなったみたいに。
『獲物を嗅ぎ付け、追い立て、屠れ。古妖狩人の名に恥じぬように』
――分かっているよ、とその少年は頷いた。それが自分たちの役目であり、生きるすべてなのだから。
●月茨の夢見は語る
――古妖を狩る憤怒者組織、古妖狩人。
F.i.V.E.の覚者たちの戦いと、未知の因子を持つ『安土八起』の能力により、その本拠地を特定できたのだと『月茨』浮森 瞑夜(nCL2000119)は告げた。これもみんなの活躍のお陰で、ある程度絞った古妖狩人の本拠地候補から特定が出来たのだと、彼女は眩しそうな表情で仲間たちの顔を見つめる。
「その場所は、滋賀県近江八幡。琵琶湖湖畔近くにある工場群のひとつがそうみたい。此処に捕らわれている古妖を開放して、古妖狩人の活動を完全に抑え込む……それが今回の作戦の目的になるよ」
決行の時刻は夜――工場外周で憤怒者と交戦する者、工場内を襲撃し古妖を救出する者など役割を分担して作戦に当たるが、瞑夜が頼みたい任務はそれらとは別のものだった。
「……それはね、強化部隊と戦って彼らを鎮圧すること。彼らは、古妖を使った実験結果により生まれた憤怒者なんだ」
彼女の夢見によると、対峙する強化部隊は全部で6名――全員、高校生くらいの少年少女のようだと言う。憤怒者と言っても、彼らは薬物や機械などを使い身体能力を増しているようで、術こそ使えないものの身体能力は覚者に引けを取らないだろう。
「身体能力を増すと同時、彼らは精神的な支配も受けているみたい。与えられた命令を淡々とこなす、人形のようにされて……ねぇ、なんでこんな酷いことが出来るの?!」
ぐっと拳を握る瞑夜の声が上ずり、けれど彼女は必死で泣くのを堪えていた。これだけでも十分酷いが、更に酷いのは彼らが『失敗作』であると見做されていることだった。しかも古妖狩人たちは、それを承知で戦場に彼らを投入――平気で使い捨てる気でいるらしい。
「……さっきも言った通り、彼らは精神的な支配も受けている。だから自分たちの境遇に疑問を抱かないし、説得も聞き入れないと思う……このままでは死んじゃうって、言っても。それでも」
どうやら強化施術は肉体への負荷が大きく、行動するたびに彼らの命は削れていくらしい。なので余程気を付けて生かそうと工夫しない限り、彼らにとっての戦闘不能はそのまま死に繋がるのだ。
「それに……もし一命を取り留めても、薬物投与の影響で彼らはそう長くは生きられない。……ごめん、どうすることが幸せな未来に繋がるのか、あたしには分からない」
瞳を伏せ、それでも瞑夜は消え入りそうな声で最後の情報を伝えた。強化部隊のリーダーの少年は、コウと言う名前のようで――その名の響きの通り、光溢れる世界を懐かしんでいたようだったと。
「未来を変えてと託す、それが夢見の役割なんだって分かってる。その上で、みんなに辛い決断を強いるのはずるいって思う、でも」
――お願い、どうかみんなの願う未来を掴み取って。そう言って瞑夜は、毅然とした表情で皆に向かって頭を下げた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.『古妖狩人』強化部隊員×6の鎮圧
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●『古妖狩人』強化部隊員×6
古妖を使った実験結果により生まれた憤怒者で、薬物や機械などを使い身体能力を増しています。術こそ使えませんが体術を使用し、覚者と互角に戦えるだけの力を持っています。
ちなみに彼らは高校生くらいの少年少女ですが、精神支配によって自身が死ぬことへの恐怖はありません。リーダーはコウと言う少年で、近距離Bを担当しています。
※近距離A×2
・飛燕(物近単・【二連】)
・地烈(物近列・【二連】)
※近距離B×2
・斬・一の構え(物近単)
・疾風斬り(物近列)
・貫殺撃(物近単【貫2】)
※遠距離×2
・念弾(物遠単)
・烈波(物遠列)
※なお彼らは肉体への負荷が大きく、行動のたびに自身にダメージを受けます。普通に戦い倒すと、戦闘不能=死亡となる程に生命は儚いです。また、例え生き残っても、余命は僅かしか残っていません。
●戦場など
時刻は夜、古妖狩人の本拠地である工場の入り口付近に居る彼らと接触、戦闘に突入したところからスタートします(他の任務の仲間たちが狙われないよう、何とかして彼らを抑える必要があります)。
●その他
オープニング本文で説明した通り、完全なハッピーエンドと言った明確な『答え』は用意していません。このやるせない事件に、どう決着をつけるかが問われると思います。プラスアルファの成果を望むのであれば、ちょっと難しい問題ですが、是非皆様ならではの結論を出して頂ければと思います。
ちょっと重い感じのシリアス系のお話となるでしょうか。戦闘と一緒に、思いの丈を精一杯ぶつけて頂ければと思います。それではよろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年12月19日
2015年12月19日
■メイン参加者 8人■

●彼らの選ぶ未来
古妖狩人の本拠地である、琵琶湖湖畔近くの工場群。其処で研究が進められていたのは、古妖の力を利用した強化部隊だった。
「実験に使われた子達、わたしと同じくらいの年かしら?」
強化部隊の兵士は、まだ子供と言って良い少年少女――その話を思い返しながら『月々紅花』環 大和(CL2000477)は、夜空に向けて溜息をひとつ零す。
「古妖だけではなく、人までも玩具にするなんてどういう神経の持ち主かしら」
「……罪なき子供たちを、非道な人体実験の犠牲にするなど言語道断。鬼畜にも劣る卑劣な所業じゃ」
毅然とした声でぴしゃりと断じる、『炎帝』木暮坂 夜司(CL2000644)の表情は厳しく、静かな怒りが双眸に宿っている。
「囚われの古妖も使い捨ての子供も、双方等しく犠牲者。どちらも助けたい」
――悩んだ末に皆が出した結論。それは、彼らを救うべく行動することだった。けれど、突き付けられた現実は非情で、死の運命はあまりに大きく彼らの前に立ちふさがっている。それでも『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)は、淡い桃色の髪を月光に透かして呟いた。
「そりゃね、この先が無茶な改造で長くないのかもしれない。だけれども、間違いなく今日はあるわ」
そして、明日があるのかと考えるのは、今日を生きてからの話。だったら難しく考えないで、と数多は胸を張って不敵な笑みを浮かべる。
「……今助けたらいいじゃない」
「ならば余がエスコートするよ、アマ姫。歌も歌っとく?」
そんな数多へ向けて優雅に手を差し伸べたのは、プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)。正に王子と言った佇まいで、浮世離れした――ちょっぴり気取った感じで振舞われると、なるようになると思ってしまうから不思議だった。
「……どのような運命があったとしても、拙者は死こそが救いだと考えたくはないでござるし、そのような事は認めたくないでござる」
一方、実直さを絵に描いたような姿で、『直球勝負の田舎侍』神祈 天光(CL2001118)は、冷たい大地に靴音高く一歩を踏み出す。故に、とことんまで足掻かせてもらう――そう告げた天光の、高い位置で結った髪が静かに風に揺れた。
「例えそれが新たな悲劇を呼んだとしても、やらぬ後悔よりやる後悔でござる!」
「……正直な話、今回のこの方針が本当に最善なのか、ころんには分からないの」
愛らしい睫毛を伏せつつ『かわいいは無敵』小石・ころん(CL2000993)は呟く。絶望が九割の中に、ほんの僅かな希望を見せてしまうのは、逆に残酷なんじゃないか。そう思えるくらいに、彼女は冷静で現実的だった――その甘い見た目とは裏腹に。
「でも……自分が助けたいから助ける。それがころんの答えなの」
そして彼女が出した結論は、自分のやりたいことを貫き通すと言うこと。だって、と其処で彼女は可愛らしいウインクをして、とびっきりの笑顔を決める。
「女の子って、このくらいわがままな方がかわいいでしょ?」
――ああ、ならば自分は彼らの支えとなり、その標となる杖になろうと『教授』新田・成(CL2000538)は決意を新たにした。
(仮に若者達が選んだ未来に辿り着けたとしても。『僅かな余命』は、古妖狩人の少年たちに『生き延びたのに、結局助からない』という、更なる絶望を与えるだけの結果かもしれません)
それは、先程のころんも口にしていた憂いだった。そう――最善の選択が、必ずしも最善の結果を生むとは限らない。けれど成は眼鏡をそっと押し上げ、まるで教え子のような仲間たちを見渡した。
(それでも。最善を掴もうとする事が、いつか彼らの糧になる事を信じています)
そうしている内に、『瑞光の使徒”エル・モ・ラーラ”』新田・茂良(CL2000146)は事前の手配を素早く終えたようだ。彼は強化部隊の少年たちを確保した後、速やかに医療機関に搬送出来るよう、F.i.V.E.のスタッフに協力を頼んでいた。
「彼らの命と意志を救う為、このエル・モ・ラーラは尽力致します」
術符を貼った壺を抱え厳かに言い放つ茂良は、幼さを滲ませた外見に見合わず堂々としており――其処で成が竜の守護使役に命じて、光源の確保を行う。
天光も腰に巻いた懐中電灯で、闇に沈む工場を照らし出すと――其処には彼らの襲撃を予期していたように、武装した強化部隊の少年少女が待ち受けていたのだった。
きっとこの悪趣味な光景を、古妖狩人の研究者たちは無感動に監視しているのだろう。そう思った茂良は、監視カメラが備え付けられていると思しき頭上を指さして、敢然と宣戦布告を行った。
「貶める事しか知らぬ愚者よ! 全てが望み通りになると奢るなかれ!」
●狩人たちは夜に舞う
「それじゃあ、行かせて貰うとしようか」
金糸の髪をかき上げて、先ずプリンスが工場周辺に設置されていた通信機器に雷を落とす。火花を上げてカメラが破壊されていく中、夜司は波動弾を一直線に放ちスピーカーを一気に貫いた。
「こちらを監視しようとしても、そうはいかんぞい」
にやりと口角を上げる夜司の姿は、無邪気な少年に変じており――それはかつて剣の神童と謳われていた、在りし日の姿そのものだ。
「……ころんは、護るの」
時を変化させて妖艶な美魔女の姿へと変わったころんが、天光に水の衣を纏わせて守りの力を宿す。一方の天光は英霊の力を宿しつつ、護刀を手に近距離の部隊員の四肢目掛けて、一気にその刃を振り下ろした。
「生命は取らぬでござる、動きを止められたら……!」
けれど――非情にも後方より、強化部隊の少女が放った銃弾が迫る。それは、前衛で盾となる成の肩口を穿ったが――じわりと滲む朱を見ても彼は微塵も動揺せず、仕込み杖を振るって冷静に敵の無力化に動いた。
――そう、彼らの狙いは非殺。その為に積極的な攻撃は行わず、相手の手足を狙うなどして無力化を図ると言うことで、全員の意志は統一されていた――そして。
「今っ……!」
行動待機を行い、皆が動き終わった直後を狙って数多が駆け出した。人並み外れた脚力を活かし戦場をすり抜け、そのまま彼女は工場内部へと侵入しようとしていたのだ。
「おっと、邪魔はさせないよ」
彼方へと走り去っていく数多を阻止しようと、強化部隊員が動こうとするが――その行く手を阻むようにプリンスが身体を張って庇い、纏霧を展開させて彼らを一気に弱体化させる。
(数多さんは別行動で、資料や研究者の確保へ向かうのよね)
妖艶な紫に変じた瞳を瞬かせ、大和は素早く数多と視線を交差させた。それは事前に彼女が決めていたことで、彼ら少年少女を救う為の賭けだった。年頃の乙女を暗闇に一人で向かわせるのは、少し心配だけどと大和が逡巡したのも一瞬、素早く術式――清爽の演舞を紡いで、皆の身体能力を一気に引き上げていく。
「せめて少しでも力になれば……気をつけてね」
「大和さん心配しないで、私は酒々井数多よ。ヤワじゃないんだから」
ぐっと親指を立てて、大和を安心させるように数多が微笑んで。限界範囲まで彼女の行く先を照らそうと、プリンスの守護使役――チーカマがともしびを灯す。そうして無事に工場内へと向かった数多を見送り、茂良は金色の如き翼を広げ、強化部隊の子らの視界に収まるような位置で、ゆっくりと浮遊していた。
「僕は瑞光の使徒、エル・モ・ラーラ……!」
神々しいばかりの佇まいで、茂良は両手を広げ――彼らの精神を侵す薬物の影響を取り除こうと、ひたすらに舞衣の演舞を発動し続ける。大気の浄化物質を集めるその術は、あくまで異常の回復を促進させるだけ――だからこれも賭けになるが、彼は決して諦めることはしなかった。
「貴方がたは『狩り』とは違う情景を思い出した事はあるようですね。戦場でもこの工場とも違う光が差す場所で、心の通う仲間達と共に過ごしていた日々を、貴方がたは覚えている筈です」
その上で茂良は朗々と声を響かせて、尚も戦い続ける彼らに声をかけていく。ナイフを手に素早く連撃を繰り出す少年へ、一方のプリンスは手を出す事無くひたすらに守りを固めて耐えた。その後方では、ころんが熱感知によって見落としていたカメラを発見――自撮り写真を飛ばして的確に破壊していく。
(敵は脆弱、儂らが耐え抜けば自然と自滅する)
艶やかな外套を翻し、夜司は舞うように刀を操って前衛のふたりを、すれ違いざまに一気に斬り付けた。部位狙いと言う戦法上、普段よりも命中は落ちる――それでも安易に、ただ普通に戦うだけでは駄目なのだ。
(……それではこの子らを救えん)
――時間の経過と共に、彼らの体力は削られていく。それに加え、彼らは体術の使用も躊躇わない。確実に子供たちは、死への道をひた走っているのだ。
それでも、夜司はかつて息子に先立たれた身で――この上子供を殺めたくなどない。
「不殺の信念を貫くぞい」
少年のひとりが振り下ろした大剣を、その身で受けながら。夜司の刀は、武器を持つ手を狙ってその切っ先を滑らせる。素早く敵の状況解析を行う成は、その隙を見逃さなかった。
「未来を選ぶのは若者の仕事です。そして……」
最優先で無力化すると決めていた、二連を放つ戦闘員に杖を叩きつけ、静かに成は告げる。即死に繋がらぬ箇所に絞って攻撃をし、相手の体力の残りを把握して――それを大幅に上回る攻撃を与えないよう、綿密に計算された一撃を決めながら。
「若者達が選んだ未来へと導き、そこに辿り着くことを助けるのは、我々老人の仕事です」
――そうして夜司と成のふたりは見事に、前衛のふたりを昏倒させたのだった。
●降り注ぐ希望
一方、工場内に侵入した数多は、韋駄天足を駆使して疾風のように駆けていた。守護使役――わんわんの力によって鋭い嗅覚を得た彼女は、少年たちにはめられていた首輪の匂いを元に研究者を探索、工場奥の研究室に飛び込んですぐさま刀を振るう。
「な……何故ここに?! 外の奴らは何を……!」
慌てふためく白衣の男たちを一気に切り伏せ、数多は慈悲無き瞳で彼らを睥睨した。きっと彼女は、ひとを斬ることに微塵の躊躇いも見せない――自分たちと同じ空気を感じたからこそ、彼らは無様に這いつくばることしか出来ない。
「研究資料は、これね。……あと、あの子達の解除方法はあるの?」
緋の刀――愛対生理論を突き付け、端的に問いを投げかける数多に、研究員のひとりが甲高い声で叫んだ。元に戻す必要など何処にある、と開き直ったように笑う彼を、数多は刃を一閃させることで黙らせる。
「……もういいわ。しばらく眠っていて」
たぶん古妖の確保は、他の作戦に参加した仲間が行ってくれるだろう――その中に、病や精神に作用する力を持つものが居れば助けになるのだが。
(急がないと。ここまで来て、できなかったなんて結末……私は認めないから!)
――そして他の仲間たちは、強化部隊との戦いをどうにか凌いでいた。ぜぇぜぇと肩で大きく息を吐く天光を、ころんの生み出す癒しの霧が包み込み、味方全員の傷を優しく癒していく。一方で、懸命に茂良が施す舞衣が効果を発揮してきたのか――ひとり、またひとりと少年少女たちの瞳に、微かな意志の光が宿って来ていた。
「光が差す場所で、心の通う仲間達と共に過ごした日々……それは貴方がたが僕より長い人生で、確実に得てきたものであり、貴方がたが一番大事にしたいと無意識に願って守り抜いた大切な思い出であり、唯一無二の宝なのです」
だから貴方がたはそれを覚えているのだと、茂良は諭す。狩人を騙り、戦いを強制する意気地無しの無法者達は、皆が守り抜いた大切な思い出が壊せずに焦る故に、道具で皆の意志を壊したかもしれない。――けれど皆は、それを守り抜いたのだ。
「貴方がたは誰よりも、この僕よりも強いお方です。貴方がたの牙は光と共にある思い出と、貴方がたの尊厳を守る為に使うべきです!」
一際高く茂良の声が響くと、少女のひとりがライフルを落とし、雷に打たれたように立ちすくんでいた。其処へ送受心をオープンチャンネル状態で使用し、皆の心に一斉に呼びかけたのはプリンスだ。
(やぁ、民のみんな。ちょっと余とお喋りしようよ! 命令だから従う他ないかい? 思い出せないから考えても無駄かい? ――とんでもないね!)
呼びかけを直接、同時に心に届けることで精神支配からの解放を促す彼は、陽気な声で気さくに皆へと語りかける。民の使命はいつだって、オモシロ健やかに暮らしをエンジョイする事なのだと。
(いつからだって始めていいし、どんな王も止められない。そして、絶対捨てられないんだよ。だから貴公の心も使命も、絶対に消えない)
――しかし其処で、混乱する少女が鞭を振るって心の声を止めさせようとプリンスに迫る。と、その寸前で大和が術符を飛ばし、彼女の足を狙って動きを怯ませた。
「ふぅ……普通に戦うより気を配りながら攻撃するのは、いつも以上に神経を使うわね」
命を救う可能性を生み出すとは言え、やはり大和はいたたまれなく思って――それでも攻撃の矢面に立つプリンスは、堂々と胸を張って名乗りを上げる。
(余は実り多きグレイブル領の王子。民の命と使命を助く宿命の王家! 中でも余ときたら、オモシロ方面のサポートに定評のある王子!)
彼が言うと何処まで本当のことなのか良く分からないが、こうまで自信満々に言われると、却って納得してしまうような気も――しないでもない。
プリンスの壮大な言葉に、彼らはなんやかんやで圧倒され、その精神支配にも綻びが生じてきたようだ。次第に動きが鈍っていった彼らは、武器を捨てて呆然と座り込んでいく。
「違、う……命令は絶対、それが生きるすべてで……」
けれどリーダー格の少年であるコウは、最後まで抗っていた。がむしゃらに刀を手に斬り込んでくる彼を、その時真っ向から迎え撃ったのは、工場内の探索から戻って来た数多だ。
「ねえ、コウ君知ってる? 自由な人生って楽しいわよ。だから、それだけが生きる術なんて思考停止やめなさいよ」
キィン、と澄んだ音を立てて火花が散り、コウの刀を大きく弾いたところで数多はコウの首輪へと手をかける。何とかこれをもぎ取れないかとしたのだが、流石に外部からは簡単に外せないようになっているらしく、その手は虚しく宙を掻いた。
「……っ!」
「私達覚者が嫌いかもだけど、心は同じ人間で、自由だわ。自由になったら一緒に遊んでみない?」
――自由で、一緒に遊んでみないかと。その言葉に、コウの瞳が揺れる。けれど彼は決死の形相で、獲物を狩らねばと襲い掛かった。
「コウと申すか。おぬしが焦がれ、求める光はここにはない」
やはり完全な説得は無理かと夜司は溜息を吐くが、それでも語りかけには意味があると信じたい――その一心で、彼は言葉を続ける。
「それは外の世界にある。強欲な大人の傀儡として、暗闇で潰えるのを是とするな! おぬしの命はおぬしのものじゃ!」
気迫を乗せた夜司の声が、夜気を激しく震わせた。そうして彼の刀は、コウの急所を捉え――見事に峰打ちを決めて昏倒させたのだった。
●ヒカリ差す場所
少年少女らの首輪、これさえ何とか出来ればと一行は必死に解除を試みていた。最悪の場合は、破壊する他ないと考えていたのだが――ピッキングマンの技能を持つ成が触れただけで、頑なだった首輪の鍵はあっさりと開く。
「首輪内部の薬剤は……まだあるわ」
素早く中を確認した数多が安堵の吐息を零し、青白い顔で昏倒しかけている彼らへは、回復術を持つ者たちが協力して術を施していった。
「……余命が僅かだというのであれば、他から補完してやればよいのでござる」
その中で天光は必死に、命力分配で己の生命力を分け与えている。自身にも相応に危険が伴うことは承知しているが、だからと言って見殺しにするなど彼には出来なかった。
「拙者、弱きを助けるために此処に来ているでござる。そのためなら、多少の無茶は押し通すでござるよ! 死んでしまえば、これからの未来も、可能性も、何かもがなくなってしまうでござる……!」
ふんすふんすと鼻息も荒く、処置を続ける天光の努力の甲斐あって、彼らの頬へ徐々に赤みが差してきたようだ。着物を裂いて血止めを行っていた夜司も、朦朧とした意識の彼らの頭を撫でつつ、孫相手にそうするように優しく語りかけていた。
「空蝉の如く儚き命、それがどうした。おぬしらに生きてほしいと願うのは、老い先短い爺の勝手な自己満足じゃよ。されど……おぬしらは望まれている」
――そう、皆が一丸となり動いたからこそ、この結果がある。皆の力で、止めを刺す事無く彼らは応急処置を施され、間もなく駆け付けるF.i.V.E.のスタッフによって、医療施設で本格的な治療を受けられるだろう。
そして研究者から奪取した強化部隊の研究資料、更に首輪に残っていた薬剤を分析すれば、彼らを延命させる手立てが見つかるかもしれない。
「私から伝えることはただ一つ。君達と同じ、若者の声に耳を傾けて欲しい。そこに、君達の求めたヒカリがあるはずです」
教育者として、静かに諭すような成の声。その言葉にコウが、ゆっくりと頷いたように見えた。
――もうすぐ、夜は明けるだろう。それが自由を取り戻した彼らが、初めて見る輝きで。
それは、闇の中で恋い焦がれて手を伸ばし続けた――いつか見たヒカリ。
古妖狩人の本拠地である、琵琶湖湖畔近くの工場群。其処で研究が進められていたのは、古妖の力を利用した強化部隊だった。
「実験に使われた子達、わたしと同じくらいの年かしら?」
強化部隊の兵士は、まだ子供と言って良い少年少女――その話を思い返しながら『月々紅花』環 大和(CL2000477)は、夜空に向けて溜息をひとつ零す。
「古妖だけではなく、人までも玩具にするなんてどういう神経の持ち主かしら」
「……罪なき子供たちを、非道な人体実験の犠牲にするなど言語道断。鬼畜にも劣る卑劣な所業じゃ」
毅然とした声でぴしゃりと断じる、『炎帝』木暮坂 夜司(CL2000644)の表情は厳しく、静かな怒りが双眸に宿っている。
「囚われの古妖も使い捨ての子供も、双方等しく犠牲者。どちらも助けたい」
――悩んだ末に皆が出した結論。それは、彼らを救うべく行動することだった。けれど、突き付けられた現実は非情で、死の運命はあまりに大きく彼らの前に立ちふさがっている。それでも『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)は、淡い桃色の髪を月光に透かして呟いた。
「そりゃね、この先が無茶な改造で長くないのかもしれない。だけれども、間違いなく今日はあるわ」
そして、明日があるのかと考えるのは、今日を生きてからの話。だったら難しく考えないで、と数多は胸を張って不敵な笑みを浮かべる。
「……今助けたらいいじゃない」
「ならば余がエスコートするよ、アマ姫。歌も歌っとく?」
そんな数多へ向けて優雅に手を差し伸べたのは、プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)。正に王子と言った佇まいで、浮世離れした――ちょっぴり気取った感じで振舞われると、なるようになると思ってしまうから不思議だった。
「……どのような運命があったとしても、拙者は死こそが救いだと考えたくはないでござるし、そのような事は認めたくないでござる」
一方、実直さを絵に描いたような姿で、『直球勝負の田舎侍』神祈 天光(CL2001118)は、冷たい大地に靴音高く一歩を踏み出す。故に、とことんまで足掻かせてもらう――そう告げた天光の、高い位置で結った髪が静かに風に揺れた。
「例えそれが新たな悲劇を呼んだとしても、やらぬ後悔よりやる後悔でござる!」
「……正直な話、今回のこの方針が本当に最善なのか、ころんには分からないの」
愛らしい睫毛を伏せつつ『かわいいは無敵』小石・ころん(CL2000993)は呟く。絶望が九割の中に、ほんの僅かな希望を見せてしまうのは、逆に残酷なんじゃないか。そう思えるくらいに、彼女は冷静で現実的だった――その甘い見た目とは裏腹に。
「でも……自分が助けたいから助ける。それがころんの答えなの」
そして彼女が出した結論は、自分のやりたいことを貫き通すと言うこと。だって、と其処で彼女は可愛らしいウインクをして、とびっきりの笑顔を決める。
「女の子って、このくらいわがままな方がかわいいでしょ?」
――ああ、ならば自分は彼らの支えとなり、その標となる杖になろうと『教授』新田・成(CL2000538)は決意を新たにした。
(仮に若者達が選んだ未来に辿り着けたとしても。『僅かな余命』は、古妖狩人の少年たちに『生き延びたのに、結局助からない』という、更なる絶望を与えるだけの結果かもしれません)
それは、先程のころんも口にしていた憂いだった。そう――最善の選択が、必ずしも最善の結果を生むとは限らない。けれど成は眼鏡をそっと押し上げ、まるで教え子のような仲間たちを見渡した。
(それでも。最善を掴もうとする事が、いつか彼らの糧になる事を信じています)
そうしている内に、『瑞光の使徒”エル・モ・ラーラ”』新田・茂良(CL2000146)は事前の手配を素早く終えたようだ。彼は強化部隊の少年たちを確保した後、速やかに医療機関に搬送出来るよう、F.i.V.E.のスタッフに協力を頼んでいた。
「彼らの命と意志を救う為、このエル・モ・ラーラは尽力致します」
術符を貼った壺を抱え厳かに言い放つ茂良は、幼さを滲ませた外見に見合わず堂々としており――其処で成が竜の守護使役に命じて、光源の確保を行う。
天光も腰に巻いた懐中電灯で、闇に沈む工場を照らし出すと――其処には彼らの襲撃を予期していたように、武装した強化部隊の少年少女が待ち受けていたのだった。
きっとこの悪趣味な光景を、古妖狩人の研究者たちは無感動に監視しているのだろう。そう思った茂良は、監視カメラが備え付けられていると思しき頭上を指さして、敢然と宣戦布告を行った。
「貶める事しか知らぬ愚者よ! 全てが望み通りになると奢るなかれ!」
●狩人たちは夜に舞う
「それじゃあ、行かせて貰うとしようか」
金糸の髪をかき上げて、先ずプリンスが工場周辺に設置されていた通信機器に雷を落とす。火花を上げてカメラが破壊されていく中、夜司は波動弾を一直線に放ちスピーカーを一気に貫いた。
「こちらを監視しようとしても、そうはいかんぞい」
にやりと口角を上げる夜司の姿は、無邪気な少年に変じており――それはかつて剣の神童と謳われていた、在りし日の姿そのものだ。
「……ころんは、護るの」
時を変化させて妖艶な美魔女の姿へと変わったころんが、天光に水の衣を纏わせて守りの力を宿す。一方の天光は英霊の力を宿しつつ、護刀を手に近距離の部隊員の四肢目掛けて、一気にその刃を振り下ろした。
「生命は取らぬでござる、動きを止められたら……!」
けれど――非情にも後方より、強化部隊の少女が放った銃弾が迫る。それは、前衛で盾となる成の肩口を穿ったが――じわりと滲む朱を見ても彼は微塵も動揺せず、仕込み杖を振るって冷静に敵の無力化に動いた。
――そう、彼らの狙いは非殺。その為に積極的な攻撃は行わず、相手の手足を狙うなどして無力化を図ると言うことで、全員の意志は統一されていた――そして。
「今っ……!」
行動待機を行い、皆が動き終わった直後を狙って数多が駆け出した。人並み外れた脚力を活かし戦場をすり抜け、そのまま彼女は工場内部へと侵入しようとしていたのだ。
「おっと、邪魔はさせないよ」
彼方へと走り去っていく数多を阻止しようと、強化部隊員が動こうとするが――その行く手を阻むようにプリンスが身体を張って庇い、纏霧を展開させて彼らを一気に弱体化させる。
(数多さんは別行動で、資料や研究者の確保へ向かうのよね)
妖艶な紫に変じた瞳を瞬かせ、大和は素早く数多と視線を交差させた。それは事前に彼女が決めていたことで、彼ら少年少女を救う為の賭けだった。年頃の乙女を暗闇に一人で向かわせるのは、少し心配だけどと大和が逡巡したのも一瞬、素早く術式――清爽の演舞を紡いで、皆の身体能力を一気に引き上げていく。
「せめて少しでも力になれば……気をつけてね」
「大和さん心配しないで、私は酒々井数多よ。ヤワじゃないんだから」
ぐっと親指を立てて、大和を安心させるように数多が微笑んで。限界範囲まで彼女の行く先を照らそうと、プリンスの守護使役――チーカマがともしびを灯す。そうして無事に工場内へと向かった数多を見送り、茂良は金色の如き翼を広げ、強化部隊の子らの視界に収まるような位置で、ゆっくりと浮遊していた。
「僕は瑞光の使徒、エル・モ・ラーラ……!」
神々しいばかりの佇まいで、茂良は両手を広げ――彼らの精神を侵す薬物の影響を取り除こうと、ひたすらに舞衣の演舞を発動し続ける。大気の浄化物質を集めるその術は、あくまで異常の回復を促進させるだけ――だからこれも賭けになるが、彼は決して諦めることはしなかった。
「貴方がたは『狩り』とは違う情景を思い出した事はあるようですね。戦場でもこの工場とも違う光が差す場所で、心の通う仲間達と共に過ごしていた日々を、貴方がたは覚えている筈です」
その上で茂良は朗々と声を響かせて、尚も戦い続ける彼らに声をかけていく。ナイフを手に素早く連撃を繰り出す少年へ、一方のプリンスは手を出す事無くひたすらに守りを固めて耐えた。その後方では、ころんが熱感知によって見落としていたカメラを発見――自撮り写真を飛ばして的確に破壊していく。
(敵は脆弱、儂らが耐え抜けば自然と自滅する)
艶やかな外套を翻し、夜司は舞うように刀を操って前衛のふたりを、すれ違いざまに一気に斬り付けた。部位狙いと言う戦法上、普段よりも命中は落ちる――それでも安易に、ただ普通に戦うだけでは駄目なのだ。
(……それではこの子らを救えん)
――時間の経過と共に、彼らの体力は削られていく。それに加え、彼らは体術の使用も躊躇わない。確実に子供たちは、死への道をひた走っているのだ。
それでも、夜司はかつて息子に先立たれた身で――この上子供を殺めたくなどない。
「不殺の信念を貫くぞい」
少年のひとりが振り下ろした大剣を、その身で受けながら。夜司の刀は、武器を持つ手を狙ってその切っ先を滑らせる。素早く敵の状況解析を行う成は、その隙を見逃さなかった。
「未来を選ぶのは若者の仕事です。そして……」
最優先で無力化すると決めていた、二連を放つ戦闘員に杖を叩きつけ、静かに成は告げる。即死に繋がらぬ箇所に絞って攻撃をし、相手の体力の残りを把握して――それを大幅に上回る攻撃を与えないよう、綿密に計算された一撃を決めながら。
「若者達が選んだ未来へと導き、そこに辿り着くことを助けるのは、我々老人の仕事です」
――そうして夜司と成のふたりは見事に、前衛のふたりを昏倒させたのだった。
●降り注ぐ希望
一方、工場内に侵入した数多は、韋駄天足を駆使して疾風のように駆けていた。守護使役――わんわんの力によって鋭い嗅覚を得た彼女は、少年たちにはめられていた首輪の匂いを元に研究者を探索、工場奥の研究室に飛び込んですぐさま刀を振るう。
「な……何故ここに?! 外の奴らは何を……!」
慌てふためく白衣の男たちを一気に切り伏せ、数多は慈悲無き瞳で彼らを睥睨した。きっと彼女は、ひとを斬ることに微塵の躊躇いも見せない――自分たちと同じ空気を感じたからこそ、彼らは無様に這いつくばることしか出来ない。
「研究資料は、これね。……あと、あの子達の解除方法はあるの?」
緋の刀――愛対生理論を突き付け、端的に問いを投げかける数多に、研究員のひとりが甲高い声で叫んだ。元に戻す必要など何処にある、と開き直ったように笑う彼を、数多は刃を一閃させることで黙らせる。
「……もういいわ。しばらく眠っていて」
たぶん古妖の確保は、他の作戦に参加した仲間が行ってくれるだろう――その中に、病や精神に作用する力を持つものが居れば助けになるのだが。
(急がないと。ここまで来て、できなかったなんて結末……私は認めないから!)
――そして他の仲間たちは、強化部隊との戦いをどうにか凌いでいた。ぜぇぜぇと肩で大きく息を吐く天光を、ころんの生み出す癒しの霧が包み込み、味方全員の傷を優しく癒していく。一方で、懸命に茂良が施す舞衣が効果を発揮してきたのか――ひとり、またひとりと少年少女たちの瞳に、微かな意志の光が宿って来ていた。
「光が差す場所で、心の通う仲間達と共に過ごした日々……それは貴方がたが僕より長い人生で、確実に得てきたものであり、貴方がたが一番大事にしたいと無意識に願って守り抜いた大切な思い出であり、唯一無二の宝なのです」
だから貴方がたはそれを覚えているのだと、茂良は諭す。狩人を騙り、戦いを強制する意気地無しの無法者達は、皆が守り抜いた大切な思い出が壊せずに焦る故に、道具で皆の意志を壊したかもしれない。――けれど皆は、それを守り抜いたのだ。
「貴方がたは誰よりも、この僕よりも強いお方です。貴方がたの牙は光と共にある思い出と、貴方がたの尊厳を守る為に使うべきです!」
一際高く茂良の声が響くと、少女のひとりがライフルを落とし、雷に打たれたように立ちすくんでいた。其処へ送受心をオープンチャンネル状態で使用し、皆の心に一斉に呼びかけたのはプリンスだ。
(やぁ、民のみんな。ちょっと余とお喋りしようよ! 命令だから従う他ないかい? 思い出せないから考えても無駄かい? ――とんでもないね!)
呼びかけを直接、同時に心に届けることで精神支配からの解放を促す彼は、陽気な声で気さくに皆へと語りかける。民の使命はいつだって、オモシロ健やかに暮らしをエンジョイする事なのだと。
(いつからだって始めていいし、どんな王も止められない。そして、絶対捨てられないんだよ。だから貴公の心も使命も、絶対に消えない)
――しかし其処で、混乱する少女が鞭を振るって心の声を止めさせようとプリンスに迫る。と、その寸前で大和が術符を飛ばし、彼女の足を狙って動きを怯ませた。
「ふぅ……普通に戦うより気を配りながら攻撃するのは、いつも以上に神経を使うわね」
命を救う可能性を生み出すとは言え、やはり大和はいたたまれなく思って――それでも攻撃の矢面に立つプリンスは、堂々と胸を張って名乗りを上げる。
(余は実り多きグレイブル領の王子。民の命と使命を助く宿命の王家! 中でも余ときたら、オモシロ方面のサポートに定評のある王子!)
彼が言うと何処まで本当のことなのか良く分からないが、こうまで自信満々に言われると、却って納得してしまうような気も――しないでもない。
プリンスの壮大な言葉に、彼らはなんやかんやで圧倒され、その精神支配にも綻びが生じてきたようだ。次第に動きが鈍っていった彼らは、武器を捨てて呆然と座り込んでいく。
「違、う……命令は絶対、それが生きるすべてで……」
けれどリーダー格の少年であるコウは、最後まで抗っていた。がむしゃらに刀を手に斬り込んでくる彼を、その時真っ向から迎え撃ったのは、工場内の探索から戻って来た数多だ。
「ねえ、コウ君知ってる? 自由な人生って楽しいわよ。だから、それだけが生きる術なんて思考停止やめなさいよ」
キィン、と澄んだ音を立てて火花が散り、コウの刀を大きく弾いたところで数多はコウの首輪へと手をかける。何とかこれをもぎ取れないかとしたのだが、流石に外部からは簡単に外せないようになっているらしく、その手は虚しく宙を掻いた。
「……っ!」
「私達覚者が嫌いかもだけど、心は同じ人間で、自由だわ。自由になったら一緒に遊んでみない?」
――自由で、一緒に遊んでみないかと。その言葉に、コウの瞳が揺れる。けれど彼は決死の形相で、獲物を狩らねばと襲い掛かった。
「コウと申すか。おぬしが焦がれ、求める光はここにはない」
やはり完全な説得は無理かと夜司は溜息を吐くが、それでも語りかけには意味があると信じたい――その一心で、彼は言葉を続ける。
「それは外の世界にある。強欲な大人の傀儡として、暗闇で潰えるのを是とするな! おぬしの命はおぬしのものじゃ!」
気迫を乗せた夜司の声が、夜気を激しく震わせた。そうして彼の刀は、コウの急所を捉え――見事に峰打ちを決めて昏倒させたのだった。
●ヒカリ差す場所
少年少女らの首輪、これさえ何とか出来ればと一行は必死に解除を試みていた。最悪の場合は、破壊する他ないと考えていたのだが――ピッキングマンの技能を持つ成が触れただけで、頑なだった首輪の鍵はあっさりと開く。
「首輪内部の薬剤は……まだあるわ」
素早く中を確認した数多が安堵の吐息を零し、青白い顔で昏倒しかけている彼らへは、回復術を持つ者たちが協力して術を施していった。
「……余命が僅かだというのであれば、他から補完してやればよいのでござる」
その中で天光は必死に、命力分配で己の生命力を分け与えている。自身にも相応に危険が伴うことは承知しているが、だからと言って見殺しにするなど彼には出来なかった。
「拙者、弱きを助けるために此処に来ているでござる。そのためなら、多少の無茶は押し通すでござるよ! 死んでしまえば、これからの未来も、可能性も、何かもがなくなってしまうでござる……!」
ふんすふんすと鼻息も荒く、処置を続ける天光の努力の甲斐あって、彼らの頬へ徐々に赤みが差してきたようだ。着物を裂いて血止めを行っていた夜司も、朦朧とした意識の彼らの頭を撫でつつ、孫相手にそうするように優しく語りかけていた。
「空蝉の如く儚き命、それがどうした。おぬしらに生きてほしいと願うのは、老い先短い爺の勝手な自己満足じゃよ。されど……おぬしらは望まれている」
――そう、皆が一丸となり動いたからこそ、この結果がある。皆の力で、止めを刺す事無く彼らは応急処置を施され、間もなく駆け付けるF.i.V.E.のスタッフによって、医療施設で本格的な治療を受けられるだろう。
そして研究者から奪取した強化部隊の研究資料、更に首輪に残っていた薬剤を分析すれば、彼らを延命させる手立てが見つかるかもしれない。
「私から伝えることはただ一つ。君達と同じ、若者の声に耳を傾けて欲しい。そこに、君達の求めたヒカリがあるはずです」
教育者として、静かに諭すような成の声。その言葉にコウが、ゆっくりと頷いたように見えた。
――もうすぐ、夜は明けるだろう。それが自由を取り戻した彼らが、初めて見る輝きで。
それは、闇の中で恋い焦がれて手を伸ばし続けた――いつか見たヒカリ。
■シナリオ結果■
大成功
■詳細■
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『ヒカリの導き手』
取得者:神祈 天光(CL2001118)
『ヒカリの導き手』
取得者:酒々井 数多(CL2000149)
『ヒカリの導き手』
取得者:木暮坂 夜司(CL2000644)
『ヒカリの導き手』
取得者:新田・成(CL2000538)
『ヒカリの導き手』
取得者:プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)
『ヒカリの導き手』
取得者:環 大和(CL2000477)
『ヒカリの導き手』
取得者:小石・ころん(CL2000993)
『ヒカリの導き手』
取得者:新田・茂良(CL2000146)
取得者:神祈 天光(CL2001118)
『ヒカリの導き手』
取得者:酒々井 数多(CL2000149)
『ヒカリの導き手』
取得者:木暮坂 夜司(CL2000644)
『ヒカリの導き手』
取得者:新田・成(CL2000538)
『ヒカリの導き手』
取得者:プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)
『ヒカリの導き手』
取得者:環 大和(CL2000477)
『ヒカリの導き手』
取得者:小石・ころん(CL2000993)
『ヒカリの導き手』
取得者:新田・茂良(CL2000146)
特殊成果
なし

■あとがき■
子供たちは無事に搬送され、F.i.V.E.の保護観察を受けながら医療施設で治療を受けています。
強化部隊の研究資料と首輪に残っていた薬剤のお陰で、順調に成果が現れることでしょう。
この結末をもたらしたのは奇跡でも何でもない、皆さん自身の力です。
……どうかヒカリの導き手たちに、これからも祝福があらんことを。
強化部隊の研究資料と首輪に残っていた薬剤のお陰で、順調に成果が現れることでしょう。
この結末をもたらしたのは奇跡でも何でもない、皆さん自身の力です。
……どうかヒカリの導き手たちに、これからも祝福があらんことを。
