されど人生は素晴らしい
●
人生、思い通りに行くことばかりじゃない。
だが、だからこそ運命の悪戯とも言うべき偶然が起きるし、その瞬間人はその偶然に神を見出すのかもしれない。
そんな話。
●その後の話
それはある午後のことだった。
五麟大学のキャンパスを歩いていた翼人の青年、空野旦太は木の上に見慣れぬものを見つけた。
「あれ?」
そこにいたのは、一人の少女。よく見てみると木の下には彼女のものと思われるランドセルがあった。
「おい、そこで何してんだ?」
「木にのぼったんです」
ここで「それは分かるよ?」と返答するのはデリカシーに欠けるだろうかと判断した彼は、とりあえず空を飛ぶと彼女を木の上から保護した。
少女の名前はトモコというらしい。つい最近この五麟学園に転校してきたそうで、今二年生とのことだ。
今日は『かぎっ子』なので手持無沙汰だったらしく、木登りをしていたらしい。
何ともやんちゃな話だが、これでは彼女が怪我をしてしまう。
「という訳で、ちょっと預かって貰おうかなって」
「確かに折り紙とかパズルとかあるけど、ここ数学科の研究室だよ?」
「あれ准教授の研究道具じゃないってほとんどの学生知ってますから」
「う」
彼が思いついたのは大学内の数学科の研究室だった。旦太が信頼するこの准教授の下においておけば、今日はいいだろうと思ったのだ。
「私、独身だし子供の気持ちとか……」
などと乗り気でなかったこの准教授
15分後にはすっかりそのトモコちゃんと打ち解けて、算数を4年生レベルまで教えていた。
「この子は数学者にする。間違いなく素質がある」
「物理学の素質もあると思いますよ? 空の色とか虹の話とか大雑把な話でも納得しなくて俺、焦ったし」
その准教授と旦太の間でそんな話にまでなったのは、蛇足だが付け加えておく。
●ある憤怒者の話
もう触れなければ薄情だと責められ、触れればいつまで引きずっているのだと罵られる。
他人というのは基本的に無責任だ。
それが今の自分の立場を作ったのは知っている。
今自分がここにいるのは大事な妹を隔者に殺され、人生を無茶苦茶にされたからだ。
ある日、妹は隔者に殺された。寒く暗い夜の事だった。それは辻斬りと言える惨い事件だった。理由もなく、誰でもよく。ただ、殺したいから殺したと。その隔者は言った。
世間は冷たかった。
『16歳の少女が夜遅くまで出歩いていたのは彼氏とのデートだった』という話から尾ひれがつき、最終的には『酷いふしだらなけしからん少女』と叩かれた。
そんなことはなかった。夜遅かったのは毎日吹奏楽部の活動に明け暮れていただけで、そんな事実などどこにもなかった。
――だというのに。
だが彼、小川忠彦は現状に首を傾げざるを得なかった。
何故自分は武装し、今から覚者を襲おうとしているのだろうと。
今から起きるのは殺人だ。
理由はある。誰でもいいわけではない。
――でも。
●そして偶然は起こる
「じゃあ気を付けて」
時間も午後の5時を回ろうとした頃、旦太は彼の研究室を出て、少女を家に送ろうとしていた。
「空野さん、本当にくれぐれも気を付けるんだよ? 最近物騒な事件が多いから。特に憤怒者とか」
研究室の准教授がそう念を押したが、それに旦太は笑った。
「大丈夫ですよ。雷ぶっぱなしますから」
それは、単なる冗談だと思っていたのだけれども。
一方、忠彦の胸の内の疑問は破裂しそうな程に膨れ上がっていた。
ターゲットを見つけたと伝えられ、彼が見たのは少女を連れた翼人の青年の姿。
その青年と少女の仲の良さに、彼は何となくかつての自分と妹を見た気がした。
しかし自分のそんな心情など無視して、現実は非情に進んでいく。
その事実の方が、憎しみよりも深く心に突き刺さった。
次の瞬間、忠彦は青年を撃とうとする『憤怒者』の前に立ちはだかる。
響く、一発の銃声。
アスファルトの地面に叩きつけられたが不思議と痛みはなく……
……気が付けば、彼の両腕は機械と化していた。
「でも、このままだと忠彦さんは死んじゃうし、旦太君も怪我を負うの」
FiVEの会議室内。集まった面々に久方 万里(nCL2000005)はそう切り出した。
皮肉なことに忠彦は覚者として発現するが抵抗虚しく殺され、旦太も少女を守って重傷を負うことになるという。
「でも偶然って怖いよね。智子(トモコ)ちゃんはお姉ちゃんが担当した事件の被害者だし、旦太君はお兄ちゃんが担当した事件の関係者だもん」
そう、今から遡ること約1か月前。二つの事件が起きた。
旦太は鉄骨の妖が人を殺す事件現場に偶然居合わせた覚者。
智子は酷いいじめから同級生たちに廃屋に閉じ込められ、妖に殺されかけた被害者だった。
その2人が偶然にも出会い、そしてまた事件が起きようとしている。
そしてそこにもう一人――忠彦という存在が加わったことで、事件は複雑になろうとしていた。
人生、思い通りに行くことばかりじゃない。
だが、だからこそ運命の悪戯とも言うべき偶然が起きるし、その瞬間人はその偶然に神を見出すのかもしれない。
そんな話。
●その後の話
それはある午後のことだった。
五麟大学のキャンパスを歩いていた翼人の青年、空野旦太は木の上に見慣れぬものを見つけた。
「あれ?」
そこにいたのは、一人の少女。よく見てみると木の下には彼女のものと思われるランドセルがあった。
「おい、そこで何してんだ?」
「木にのぼったんです」
ここで「それは分かるよ?」と返答するのはデリカシーに欠けるだろうかと判断した彼は、とりあえず空を飛ぶと彼女を木の上から保護した。
少女の名前はトモコというらしい。つい最近この五麟学園に転校してきたそうで、今二年生とのことだ。
今日は『かぎっ子』なので手持無沙汰だったらしく、木登りをしていたらしい。
何ともやんちゃな話だが、これでは彼女が怪我をしてしまう。
「という訳で、ちょっと預かって貰おうかなって」
「確かに折り紙とかパズルとかあるけど、ここ数学科の研究室だよ?」
「あれ准教授の研究道具じゃないってほとんどの学生知ってますから」
「う」
彼が思いついたのは大学内の数学科の研究室だった。旦太が信頼するこの准教授の下においておけば、今日はいいだろうと思ったのだ。
「私、独身だし子供の気持ちとか……」
などと乗り気でなかったこの准教授
15分後にはすっかりそのトモコちゃんと打ち解けて、算数を4年生レベルまで教えていた。
「この子は数学者にする。間違いなく素質がある」
「物理学の素質もあると思いますよ? 空の色とか虹の話とか大雑把な話でも納得しなくて俺、焦ったし」
その准教授と旦太の間でそんな話にまでなったのは、蛇足だが付け加えておく。
●ある憤怒者の話
もう触れなければ薄情だと責められ、触れればいつまで引きずっているのだと罵られる。
他人というのは基本的に無責任だ。
それが今の自分の立場を作ったのは知っている。
今自分がここにいるのは大事な妹を隔者に殺され、人生を無茶苦茶にされたからだ。
ある日、妹は隔者に殺された。寒く暗い夜の事だった。それは辻斬りと言える惨い事件だった。理由もなく、誰でもよく。ただ、殺したいから殺したと。その隔者は言った。
世間は冷たかった。
『16歳の少女が夜遅くまで出歩いていたのは彼氏とのデートだった』という話から尾ひれがつき、最終的には『酷いふしだらなけしからん少女』と叩かれた。
そんなことはなかった。夜遅かったのは毎日吹奏楽部の活動に明け暮れていただけで、そんな事実などどこにもなかった。
――だというのに。
だが彼、小川忠彦は現状に首を傾げざるを得なかった。
何故自分は武装し、今から覚者を襲おうとしているのだろうと。
今から起きるのは殺人だ。
理由はある。誰でもいいわけではない。
――でも。
●そして偶然は起こる
「じゃあ気を付けて」
時間も午後の5時を回ろうとした頃、旦太は彼の研究室を出て、少女を家に送ろうとしていた。
「空野さん、本当にくれぐれも気を付けるんだよ? 最近物騒な事件が多いから。特に憤怒者とか」
研究室の准教授がそう念を押したが、それに旦太は笑った。
「大丈夫ですよ。雷ぶっぱなしますから」
それは、単なる冗談だと思っていたのだけれども。
一方、忠彦の胸の内の疑問は破裂しそうな程に膨れ上がっていた。
ターゲットを見つけたと伝えられ、彼が見たのは少女を連れた翼人の青年の姿。
その青年と少女の仲の良さに、彼は何となくかつての自分と妹を見た気がした。
しかし自分のそんな心情など無視して、現実は非情に進んでいく。
その事実の方が、憎しみよりも深く心に突き刺さった。
次の瞬間、忠彦は青年を撃とうとする『憤怒者』の前に立ちはだかる。
響く、一発の銃声。
アスファルトの地面に叩きつけられたが不思議と痛みはなく……
……気が付けば、彼の両腕は機械と化していた。
「でも、このままだと忠彦さんは死んじゃうし、旦太君も怪我を負うの」
FiVEの会議室内。集まった面々に久方 万里(nCL2000005)はそう切り出した。
皮肉なことに忠彦は覚者として発現するが抵抗虚しく殺され、旦太も少女を守って重傷を負うことになるという。
「でも偶然って怖いよね。智子(トモコ)ちゃんはお姉ちゃんが担当した事件の被害者だし、旦太君はお兄ちゃんが担当した事件の関係者だもん」
そう、今から遡ること約1か月前。二つの事件が起きた。
旦太は鉄骨の妖が人を殺す事件現場に偶然居合わせた覚者。
智子は酷いいじめから同級生たちに廃屋に閉じ込められ、妖に殺されかけた被害者だった。
その2人が偶然にも出会い、そしてまた事件が起きようとしている。
そしてそこにもう一人――忠彦という存在が加わったことで、事件は複雑になろうとしていた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.憤怒者の撃破(撤退、投降も含む)
2.空野旦太、大柴智子、小川忠彦の生存(軽傷までなら可)
3.なし
2.空野旦太、大柴智子、小川忠彦の生存(軽傷までなら可)
3.なし
途中登場した『五麟大学理学部数学科の准教授』がアシタに念を押していますが、本件とは一切関係ないことを現時点で断言しておきます。
それよりOP冒頭イラスト見て下さいよ。遂にアシタ君にイラスト付きましたよやったぜ予想以上にイケメンでびっくりだよ。
これ以上字数使う訳にも行かないので、そろそろ本題に参りましょう。
さて今回の事件の概要はOP通り。
今回は憤怒者戦です。
万里はOPで「過去の事件関係者がまた事件に巻き込まれた」と言っていますが、両者の依頼内容を知っていなくても問題は一切ないので気軽にご参加ください。
§エネミーデータ
憤怒者×(参加PCの数×2)
恐らくイレブンの末端の末端の末端に属する連中。
後述する大川忠彦もこの組織に属していたが、『覚者を見つけて襲撃せよ』と指示されただけでそれ以上の事実は知らない。
参加者の人数の2倍の人数が敵として出現する。(つまり出発下限の4名の場合8人、満員となった場合16人の憤怒者が出現する)
使用スキル
・散弾(物近列)
近距離列に物理的ダメージ。
・スラッグ弾(物遠単)
遠距離単体に物理的ダメージ。憤怒者の所持するスキルのうち威力が最も高い。
・火炎瓶(物遠列)
遠距離列に物理的ダメージ。威力こそ低いものの火傷のBSを与える。
・スタンバトン(物近単)
近距離単体に物理的ダメージ。痺れを与える。
装備している防具の効果で物理的ダメージに少々強いです。
プレイングについては基本的に不殺として処理しますので、特に「トドメは手加減する」等記載しなくても構いません。
§NPCデータ
空野 旦太(そらの あした)
天行翼。
「トロッコと笑顔」で登場。
五麟大学理学部の学生。19歳。専攻は物理学。OPのイラストの青年。
偶然にも憤怒者に襲われ、このままでは忠彦の犠牲によって一命は取り留めるが重傷を負うことになる。
スキルは雷獣、填気、エアブリット、迷霧、癒しの霧
技能スキルは韋駄天足、飛行
反応速度と特攻、特防は高めである一方、物理的耐久は低いです。
FiVEのことは信用していますので、名乗りさえすれば積極的に協力してくれます。
プレイングで何をしてもらうかを指定することも可能ですが、無ければ無いで適宜判断し行動します。
大柴 智子(おおしば ともこ)
一般人。
「無辜の大罪」で登場。(とはいえこの時は無名の「少女」でしたが)
ある公立小学校に通っていたが、酷いいじめを受けたために五麟学園小学部に転校してきた。
7歳。小学校2年生。
幸いにも友人にも恵まれ、偶然にも出会った某理系連中二名には才能を見出されたりと色々幸せなことが続いたが、今回残酷にも事件に巻き込まれそうになる。
一般人、しかも子供なので戦闘能力は皆無です。
小川 忠彦(おがわ ただひこ)
元一般人。元憤怒者。
旦太と智子を庇って撃たれた際に発現する。
今回初めて襲撃に加わった上、旦太達を庇ったので依頼が成功した場合、お咎めナシとなる可能性が高いです。
土行械。
使用可能スキルは蔵王、隆槍、機化硬
技能スキルは危険予知
武器はショットガン(神具ではライフルに相当)
『えっ。仲間と同じ装備じゃないの?』とか思っちゃいけません。
その因子通り物理的耐久に優れていますが、まだ発現したてなので憤怒者からの攻撃を複数回受ければ戦闘不能、あるいは死ぬことになるでしょう。
§交戦場所
五麟大学から1km程度離れたT字路。
二車線の道路。
旦太達が道路を歩いていた横から憤怒者が現れ、襲撃し、忠彦が庇った直後が交戦タイミングです。
図にすると以下の通り(※例によって縮尺はでたらめです)
【1】
道道道
道道道
道道道
道道道
道道道道道道道道道道道道
道道道道道道道道道道◆道
道道道道道道道道道道道道
道道道
道道道
道道道
道●○ ↑旦太たちの進行方向↑
道道道
【2】
●…旦太
○…智子
◆…憤怒者一行
【1】の方角から旦太達の進行方向とは逆に進むか、あるいは【2】の方角から旦太達の背後から現れるかについてはPLさん全員で統一する必要はありません。
Aさんは【1】から行くけどBさんは【2】から行きますという感じでも問題ありません。
ただ、憤怒者たちの背後から襲撃することは不可とします。
プレイングには【1】から攻める、とか【2】から行く、等と書いて頂ければそれで構いません。
それでは、皆様のご参加をお待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年02月02日
2017年02月02日
■メイン参加者 8人■

●運命
それはたった、数秒間の出来事だった。
「智子ちゃん!」
『慈悲の黒翼』天野 澄香(CL2000194)の声が、彼等の背後から道路に響く。
それに大柴智子が振り向く。空野旦太が歩みを止める。
――本当に数秒間だけ、タイムラグが出来た。
その数秒間に、悪夢が音を立てて崩れ去った。
旦太との間に割って入った小川忠彦の肩を、弾丸が掠めた。地面に倒れ、地に伏せる忠彦の身体。
智子のその両目は『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)によって後ろから塞がれる。どうか、残酷なものを見ないようにと。
だがそれにも気づかず驚く旦太の目の前を、無数に閃いたのは雨霰の如き白い光だった。
『Lightning Esq.』水部 稜(CL2001272)が澄香の向かい側から放った術式だ。スパークが走る銃身を両腕で持ち、ロングコートをなびかせて。古びた眼鏡に映るさんざめく光の雨。
当然、眩い光に憤怒者達の注意がそちらに向いた。
彼等が必死になって稼いだ数秒間。だが悪夢が壊れるには十分な時間だった。
覚者達が、一斉に忠彦の前に立った。
「空野君、お久しぶり」
何が起こったのか分からず呆然とする旦太の目に映ったのは、見覚えのある白銀の髪。『翼に笑顔を与えた者』新堂・明日香(CL2001534)が笑顔で、彼の傍にいた。
「え? お前……」
「また巻き込まれたんだな?」
地面に倒れた忠彦の身体を起こしつつ、今度は『慧眼の癒し手』香月 凜音(CL2000495)がそう話しかけた。
「また、って……?」
「逃げて下さい」
翼を広げ、憤怒者の前に立ちはだかった澄香がそう短く伝える。
(話してる暇はない)
困惑を隠せない旦太の目の前を、今度は図太い稲光が過った。明日香の放った雷だ。いやそれ以上に。
突如頭に直接届いた声に辺りを見回した。ようやく稜と目があって、遂に悟る。
(憤怒者達にお前の逃走ルートを悟らせたくないから念を送っている。とっとと准教授とやらに智子を保護して貰いに行け)
「え? ああ!?」
稜に急かされ、旦太は慌てて紡から智子を預かって抱きかかえ、駆けだそうとした。直後すれ違った中田・D・エリスティア(CL2001512)に背中を叩かれ、風の如くその場から離脱した。
「これで一安心かね?」
「でも油断はできねーぜ」
やや年寄りじみた口調でそう語るエリスティアに、『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)は刃を携え、忠彦をちらりと一瞥してから敵を見据えた。
憤怒者達の視線も、銃口も、一向にこちらを睨んだまま。飛馬は双の刃を彼等に向けて、悪意を返すように彼等を見据えた。
「……全員かかってこいよ。覚者だったら誰だっていいんだろ?」
「くっ……」
「こいつら……」
突然の邪魔に憤怒者達は一瞬怯んだものの、その内の一人が火炎瓶を掴んで投げようとする。
刹那、黒い弾丸がその憤怒者を直撃した。
否、弾丸ではない。弾丸の如く飛んできた『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)である。
飛んできたものは本当に飛んできたのだ。そう表現するしかない。
彼女の強烈な蹴りの一撃は火炎瓶を持った憤怒者にクリーンヒットした。手から落ちたその瓶が割れて炎が広がる。しかし彼女の源素の力によって炎は彼女の身を焼こうとはしない。
「残念。私には効かないよ」
かげろうが揺らめく中、うっすらと微笑む彩吹の様に憤怒者は火炎瓶が一切効かないと判断したのだろう。
「水部さん、これ正当防衛だよね?」
「……生憎、要件は満たしてるな」
嬉しそうな彩吹に、溜息を吐く弁護士がそこに一人。
「とりあえず撃てぇ!!」
怒号のような声と共に、銃声が響く。
研ぎ澄ました一閃。甲高い音を立てて弾丸は宙で割れ、力なく落ちた。
「……どうした。その程度か?」
余裕さえその顔に浮かべて挑発する飛馬に、憤怒者のヘイトはそちらに向いた。
そこを狙って、エリスティアの二対の刃が憤怒者の身体を滑る。
「やれやれ。無理させるんじゃないよ」
派手で舞うような殺陣の動き。それ故に否が応でも人目を惹くその斬撃も、憤怒者達の注意を惹き付ける。
忠彦への注意は完全に逸れていた。
そんな中。
「……おい。しっかりしろ」
術式で忠彦の回復を終えた凜音が頬を手の甲で叩いて、彼の意識を取り戻させる。
「う……」
案の定、彼は機械と化した両腕に目を剥いて腰を抜かした。目を覚ましたら覚者になっていたとなれば、それは驚きでしかない。
「空野君達を庇ってくれてありがとう」
困惑する忠彦に、明日香が声を掛ける。その一方で凜音が溜息一つ。
「狂気の沙汰って感じもするがな。……嫌いじゃあない」
「お前ら一体……」
「貴方が憎んでらっしゃる覚者です」
治癒力を高める香りを翼を使って広げながら、澄香がそう語る。その言葉に忠彦は急所を抉られたような顔をした。
とはいえ澄香は、彼が心優しいことも充分知っていた。だからこそ、そう言った。
憎しみも優しさも想いであり、情が深いからなせることだ。きっと、優しいからこの現状を憎むしかなかったのだと彼女は思う。
「憎んでる……」
両腕をじっと見てぼそりと呟く忠彦の耳を、突然つんざくレーザーの音。通り抜けた冷気に身を震わせていると、今度は銃声と剣戟の音が。
しばらく唖然としていたが、忠彦は弾かれたように立ち上がると覚者達の間を割って前列に出ようとする。
「おい! お前らこんなこと……」
そこまで言った瞬間、彼を狙って一発の弾丸が放たれる。しかしそれは飛馬の刃が切り裂いた。
「何考えてる!」
撃たれた訳ではないが覚者に腕を引かれて後ろにつんのめり、倒れた忠彦に、飛馬が怒鳴った。凜音も呆れ顔だ。
「もうちょっと考えろよ……」
「やめときなよ。あの人たち小川ちゃんのことゾンビに噛まれた人程度にしか思ってないから」
消耗が見られるエリスティアと飛馬の為に水の術式で傷を回復させながら、紡がそう言う。当然、彼は首を傾げるばかり。
「つまり後はゾンビになるだけだから撃ち殺せってことだろ?」
憤怒者に向けて反撃をするエリスティアが、そう叫ぶ。紡は短く「そゆこと」と返した。
ゾンビ。何とも酷い話だ。それだけを反芻しながらも、しかし両腕をじっと見た。
果たして、何を信じればいいのだろう。困惑の渦の中に居ながらも、戦闘は進んでいく。
前衛は彩吹が強烈な蹴りを繰り出して憤怒者を撃破し、エリスティアと飛馬が敵を抑えている。澄香が心身を弱らせる香りを憤怒者達に浴びせた所で、稜の光線が貫き、凍てつかせる。相手が多数とはいえ、その戦力は圧倒的だ。
「……あいつら結局弱者にしか目が行ってねーんだよな」
弱者? 凜音の言葉に忠彦は心の中で首を傾げた。
果たして、自分達は覚者のことを弱者と定義していただろうかと。
覚者は力があって、自分達を見下して、八つ当たりできる相手だと思って……。
忠彦は傍らにあったショットガンを取って、そしてその銃口を凜音に向けた。
「……弱者とか強者とかどうでもいいんだ」
強いとか、弱いとか、正義だとか悪だとか、そういう言葉は聞き飽きた。
そうじゃない。結局それは憎むために言っている口実だ。憎めれば、怒れれば何だっていい。それが自分の抱いていた感情の正体だ。
だから、『憤怒』者なのだ。
次の瞬間忠彦が撃ち放った弾丸は、凜音の真横を突き抜けてかつての仲間に当たった。
「あー! もうごちゃごちゃうるさいんだよ! 大義名分とかんなもんどうだっていい!! 俺はここで死にたくない!!」
そう忠彦が絶叫したのを聞いて、明日香は微笑んだ。
「そうだよね。あたしも誰も死なせたくないから!」
手に天の元素を集中させ、彼女は叫ぶ。
「雷鳴招来。天よ応えよ、そして裁きを下せ、仇為す者達に!」
いつか放った雷よりも、はるかに巨大な雷鳴が轟き、そして憤怒者に降り注ぐ。
「……今は、ちょっと強くなったよ」
ぽそりとそう、付け加えて。
「待たせたなー!」
直後、まるでそれに応えるように声が聞こえてきた。
大きな翼を羽ばたかせる音。旦太の姿だ。
「空野っち、来たね」
紡はどこか得意げに笑って、そして他の翼人達と一緒に宙に浮く。
「空野っちも翼人なら分かるよね?」
「え?」
きょとんとする旦太に、彼女達は笑顔のまま。
「せーのでいくよっ! 翼人必殺!!」
「エア・ブリット!!」
次の瞬間、澄香と紡と彩吹がほぼ同時に、空気の弾丸を憤怒者に撃ち放った。
紙の如く吹き飛ぶ憤怒者の身体に、旦太は呆然とするばかり。
「いや、分かる訳ないし……。というか威力怖いし……」
……ごもっともなご意見です。
斯くして覚者総勢10名。飛馬の圧倒的な防御力、エリスティアの陽動、彩吹の破壊的な攻撃力、稜の全体を網羅する火力、澄香のサポートと回復力、明日香の支援と攻撃、そして紡の特化された支援。あと2名プラスアルファ。それらの前に16人という大勢の憤怒者達は成すすべもなく倒れ、一部は投降する結果となった。
●選択
その後憤怒者達は、身柄を拘束された。たった一人、覚者となった忠彦を除いて。
無数に突き刺さる視線に溜息一つ。忠彦は最年長であろう稜の元に寄ると、その球体関節の両腕を稜の前に突き出した。
「何だ」
「俺は、憤怒者だ。身柄を拘束し……」
そこまで言った次の瞬間。
「はぁ!? 聞こえんなぁ!?」
稜が突然、コントロールを忘れたような大きな声で叫んだ。
「私の武器はうるさいわチカチカするわで何も見えないし聞こえなくなるんだ!!」
一見静かそうな男が叫んだだけに忠彦はまごつく。
「私が見たのは小川忠彦が罪のない市民を庇う瞬間だ! 他の覚者も何も見てない! そうだろ!? 彩吹! 澄香!」
目が見えない筈なのに、彼の視線は確実に翼人女子2人の方を向いている。その様子に澄香と彩吹は同時に噴き出した。
「その通りだ。私達は何も見ていない」
びしっと親指を立てて返す彩吹。あまりに滑稽だったのか、澄香はしばらく笑ってから頷きを返した。
「私は小川さんが二人を助けたのしか見てません」
他の覚者達も同感だったようで。同意が取れたことに稜は安堵の溜息を吐いた。
「……まあ、それはともかくとして、だ」
稜は名刺を取り出して、忠彦に渡す。
「今回は多分実質的なお咎めは無いだろうが……何かあったら協力する。犯罪被害者の遺族が辛い思いをしているのを見るのは弁護士として堪える」
忠彦は稜の行為にしばらくぽかんとしていたものの、しかし数秒経ってからゆっくりと頷くと、名刺を大切にしまった。
だが直後。
「稜ちゃん、大根……」
なーんて紡に言われてしまい、稜は上司の顔をふと思い出したのだが。
「所で小川氏」
今度はエリスティアの言葉に忠彦は振り向く。
「行くあてはあるのかい?」
「行くあて……」
忠彦は改めて自分の両腕を見た。隔者に妹を殺され、人生を滅茶苦茶にされて、憤怒者に身をやつし、そして今。皮肉にもその覚者となってしまった自分。
「良かったらFiVEに来ないか?」
「FiVE? 俺が?」
「それを選ぶなら俺も協力は惜しまない」
凜音がそう続けたのを聞き、忠彦は溜息一つ。
「その提案は嬉しい。ただ……」
一瞬、言葉を区切ってから、改めて口を開く。
「少し、考えてからでいいか……?」
考える。その言葉に空気がしんと止まった。
「妹が死んで、隔者が捕まって。何でか俺が責められて……。ただ……もう。何かを恨むのも、怒るのも、悲しむのも、傷付けるのも疲れた。だから、少し休みたい」
ただ、隔者になるのはゴメンだ。俺は妹を傷付けた奴と同罪にはなりたくないし。そう付け加えたのを聞いて、彼等は安堵した。
「また会おうぜ」
飛馬がそう忠彦に言う。彼はどこか憔悴しきった顔で、しかし笑顔を浮かべて頷いてから飛馬と握手を交わした。
そんな彼等のやり取りを見ていた明日香がぽつりと呟く。
「疲れた、か……」
彼女の頭を過ったのは、一羽の白い兎。
そんな感傷を知らずに、旦太が首を傾げる。
「どうかしたか?」
「ううん。何でもない」
そのやり取りを見ていた彩吹がふふっとこぼして明日香と一緒に頷く。
「何でもない。女同士の秘密だよ」
彩吹のその言葉に旦太は顔を真っ赤にして後ずさった。
女同士の秘密と聞いてはなんだか申し訳ないことをしたと思ったのだろう。
「そう! 詮索したらモテないぞ!」
「……そういう話は勘弁してくれよ」
明日香の追い打ちに、旦太は思わず逃げ出しそうになっていた。
●再会
その後、覚者達は智子を迎えに行った。『准教授』に電話をした旦太の話によると、智子は彼の研究室にいるそうだ。
「智ちゃーん!」
研究室のドアを開けて見えた姿に、紡が抱き着く。澄香も彼女に寄ってその頭を撫で、彩吹も智子にハグをして言う。
「ふふ、今度空中散歩に連れてってあげるから」
なんだか幸せそうな4人に、旦太も嬉しそうで。
「……空野君、ロリコン?」
「何でそうなる」
明日香の言葉に旦太は真顔でそう返答。真面目に返されたので、明日香は即座に冗談だよと笑って返した。
「無事でよかった」
そんな中、一人の青年が彼等に声を掛けた。
チェックシャツに眼鏡で長髪の青年だ。猫背気味のその青年は、覚者と智子の様子を見て嬉しそうだった。
「嫌な予感がしてね。表に出たら彼女に鉢合わせてさ。怪我も無さそうで何よりだ」
大学生にしては少々大人びた雰囲気の青年は、本当に嬉しそうに彼等を見ていた。
きょとんとして見ている覚者達の視線に気づき、旦太は頭を下げる。
「論文で忙しいでしょうから、俺達帰ります」
「あ! 気を遣わせて悪いね! くれぐれも気を付けてね?」
青年は慌てて研究室のドアを開け、覚者達を見送った。人の好さそうな笑みを浮かべて見送る姿は、確かにオタクではあるが悪い人ではなさそうだ。
「あの方、卒論生さんですか?」
澄香が聞く。彼女も卒業を控えているだけあってそれが妙に気になったのだ。
「理系の卒論は大変そうだ」
澄香と同じような立場の彩吹も言う。
しかしその言葉に、旦太は衝撃的な一言を。
「いや、あれが例の准教授。ああ見えて40過ぎてる」
彩吹は稜を一瞥してから、ぼそり。
「水部さんより年上だね」
「そうなのか……。まあ、なもんで周りの学生からは『相対論の体現者』なんて言われてる。専門が数理物理と確率論だし」
「小難しい言われ様だな」
凜音がそうぽつり。
「簡単に言うと研究に夢中になってあの人の周りだけ時間が進んでないって話だ。陰で『まさみちゃん』なんて言われてるし……見た目通りいい先生だ」
「また大の男にちゃん付けか……」
稜のげっそりした声にくすりと笑ってから、紡が返す。
「男の人なのにまさみって名前なんだ?」
「菊本正美って言うんだけどな? 俺の両親の古い友達らしくて俺も世話になってるけど。あの人、時々エキセントリックなんだよな。賢い馬鹿だし。言うことが気味悪い程に当たるから侮れないけど」
言うことが気味悪い程に当たる。
その言葉に引っ掛かりを覚えたのは飛馬とエリスティアだ。
確かFiVEの夢見の報告では、准教授が旦太に注意をしていた。
――最近物騒な事件が多いから。特に憤怒者とか。……と。
その上『嫌な予感がしたから』という理由で保護したとなれば……。
「まさか知っていたってことか?」
「どんな虫が知らせたんだか」
彼女の言葉に、飛馬は静かに頷く。
そんな時のこと。智子が静かに足を止めた。
「どうかした?」
紡が声を掛ける。智子は首を傾げ、そして言った。
「はかせ、わたしをむかえに来たとき、すごくあおいかおしてました……」
「青い顔?」
「わたしがなにか言おうとしても『ぜんぶしっているからだいじょうぶ』って言って……」
偶然は、無数に重なる。覚者達はその事実をよく知っている。しかしその偶然はここで、奇妙な黒い姿を現した。
あの男はこの事件に無関係なのだ。そう釘を刺された。
その意味が、『関われない』という意味だとしたら……?
●決意
覚者達が出て行って静かになった研究室の中。菊本正美は魂が抜けたように椅子に座りこみ、一人溜息を吐いた。
膝ががくがくと震え、自分の周りだけ地震が起きたような気分だ。
――悪夢が、ただの夢となった。それを目の当たりにした。
覚者組織FiVE。それは彼もよく知っている。
――機は、熟したのかもしれない。
一枚の名刺を取り出し、受話器を取る。名刺に書かれた文字で目立つのは『中 恭介』の文字。
数コールもしないうちに聞こえた声。
思い浮かぶのは、8人の覚者の顔。
彼は、遂に決意を固めた。
「こんばんは。菊本です。空野旦太とトモコさんの件でお電話差し上げたんですけど……トボケないでくださいよ。分かってますから。元憤怒者の方も無事ですよね? ……よかった。
本当にありがとうございました。旦太君に何かあったら死んだ佐倉に申し訳が立たない。
所で以前の件なんですけれど……それです。私でよければ、協力させて頂けないでしょうか?
……。
ええ。まずは書類手続きですね? 分かりました。ではその時刻に。
それでは、お会いできるのを楽しみにしています」
今の段階では、誰も知らない。
その晩、FiVEの夢見が悪夢を見ることを。
――菊本正美が、早朝凶弾に倒れる悪夢を。
愛すべき運命の悪戯は、まだ続く。
それはたった、数秒間の出来事だった。
「智子ちゃん!」
『慈悲の黒翼』天野 澄香(CL2000194)の声が、彼等の背後から道路に響く。
それに大柴智子が振り向く。空野旦太が歩みを止める。
――本当に数秒間だけ、タイムラグが出来た。
その数秒間に、悪夢が音を立てて崩れ去った。
旦太との間に割って入った小川忠彦の肩を、弾丸が掠めた。地面に倒れ、地に伏せる忠彦の身体。
智子のその両目は『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)によって後ろから塞がれる。どうか、残酷なものを見ないようにと。
だがそれにも気づかず驚く旦太の目の前を、無数に閃いたのは雨霰の如き白い光だった。
『Lightning Esq.』水部 稜(CL2001272)が澄香の向かい側から放った術式だ。スパークが走る銃身を両腕で持ち、ロングコートをなびかせて。古びた眼鏡に映るさんざめく光の雨。
当然、眩い光に憤怒者達の注意がそちらに向いた。
彼等が必死になって稼いだ数秒間。だが悪夢が壊れるには十分な時間だった。
覚者達が、一斉に忠彦の前に立った。
「空野君、お久しぶり」
何が起こったのか分からず呆然とする旦太の目に映ったのは、見覚えのある白銀の髪。『翼に笑顔を与えた者』新堂・明日香(CL2001534)が笑顔で、彼の傍にいた。
「え? お前……」
「また巻き込まれたんだな?」
地面に倒れた忠彦の身体を起こしつつ、今度は『慧眼の癒し手』香月 凜音(CL2000495)がそう話しかけた。
「また、って……?」
「逃げて下さい」
翼を広げ、憤怒者の前に立ちはだかった澄香がそう短く伝える。
(話してる暇はない)
困惑を隠せない旦太の目の前を、今度は図太い稲光が過った。明日香の放った雷だ。いやそれ以上に。
突如頭に直接届いた声に辺りを見回した。ようやく稜と目があって、遂に悟る。
(憤怒者達にお前の逃走ルートを悟らせたくないから念を送っている。とっとと准教授とやらに智子を保護して貰いに行け)
「え? ああ!?」
稜に急かされ、旦太は慌てて紡から智子を預かって抱きかかえ、駆けだそうとした。直後すれ違った中田・D・エリスティア(CL2001512)に背中を叩かれ、風の如くその場から離脱した。
「これで一安心かね?」
「でも油断はできねーぜ」
やや年寄りじみた口調でそう語るエリスティアに、『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)は刃を携え、忠彦をちらりと一瞥してから敵を見据えた。
憤怒者達の視線も、銃口も、一向にこちらを睨んだまま。飛馬は双の刃を彼等に向けて、悪意を返すように彼等を見据えた。
「……全員かかってこいよ。覚者だったら誰だっていいんだろ?」
「くっ……」
「こいつら……」
突然の邪魔に憤怒者達は一瞬怯んだものの、その内の一人が火炎瓶を掴んで投げようとする。
刹那、黒い弾丸がその憤怒者を直撃した。
否、弾丸ではない。弾丸の如く飛んできた『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)である。
飛んできたものは本当に飛んできたのだ。そう表現するしかない。
彼女の強烈な蹴りの一撃は火炎瓶を持った憤怒者にクリーンヒットした。手から落ちたその瓶が割れて炎が広がる。しかし彼女の源素の力によって炎は彼女の身を焼こうとはしない。
「残念。私には効かないよ」
かげろうが揺らめく中、うっすらと微笑む彩吹の様に憤怒者は火炎瓶が一切効かないと判断したのだろう。
「水部さん、これ正当防衛だよね?」
「……生憎、要件は満たしてるな」
嬉しそうな彩吹に、溜息を吐く弁護士がそこに一人。
「とりあえず撃てぇ!!」
怒号のような声と共に、銃声が響く。
研ぎ澄ました一閃。甲高い音を立てて弾丸は宙で割れ、力なく落ちた。
「……どうした。その程度か?」
余裕さえその顔に浮かべて挑発する飛馬に、憤怒者のヘイトはそちらに向いた。
そこを狙って、エリスティアの二対の刃が憤怒者の身体を滑る。
「やれやれ。無理させるんじゃないよ」
派手で舞うような殺陣の動き。それ故に否が応でも人目を惹くその斬撃も、憤怒者達の注意を惹き付ける。
忠彦への注意は完全に逸れていた。
そんな中。
「……おい。しっかりしろ」
術式で忠彦の回復を終えた凜音が頬を手の甲で叩いて、彼の意識を取り戻させる。
「う……」
案の定、彼は機械と化した両腕に目を剥いて腰を抜かした。目を覚ましたら覚者になっていたとなれば、それは驚きでしかない。
「空野君達を庇ってくれてありがとう」
困惑する忠彦に、明日香が声を掛ける。その一方で凜音が溜息一つ。
「狂気の沙汰って感じもするがな。……嫌いじゃあない」
「お前ら一体……」
「貴方が憎んでらっしゃる覚者です」
治癒力を高める香りを翼を使って広げながら、澄香がそう語る。その言葉に忠彦は急所を抉られたような顔をした。
とはいえ澄香は、彼が心優しいことも充分知っていた。だからこそ、そう言った。
憎しみも優しさも想いであり、情が深いからなせることだ。きっと、優しいからこの現状を憎むしかなかったのだと彼女は思う。
「憎んでる……」
両腕をじっと見てぼそりと呟く忠彦の耳を、突然つんざくレーザーの音。通り抜けた冷気に身を震わせていると、今度は銃声と剣戟の音が。
しばらく唖然としていたが、忠彦は弾かれたように立ち上がると覚者達の間を割って前列に出ようとする。
「おい! お前らこんなこと……」
そこまで言った瞬間、彼を狙って一発の弾丸が放たれる。しかしそれは飛馬の刃が切り裂いた。
「何考えてる!」
撃たれた訳ではないが覚者に腕を引かれて後ろにつんのめり、倒れた忠彦に、飛馬が怒鳴った。凜音も呆れ顔だ。
「もうちょっと考えろよ……」
「やめときなよ。あの人たち小川ちゃんのことゾンビに噛まれた人程度にしか思ってないから」
消耗が見られるエリスティアと飛馬の為に水の術式で傷を回復させながら、紡がそう言う。当然、彼は首を傾げるばかり。
「つまり後はゾンビになるだけだから撃ち殺せってことだろ?」
憤怒者に向けて反撃をするエリスティアが、そう叫ぶ。紡は短く「そゆこと」と返した。
ゾンビ。何とも酷い話だ。それだけを反芻しながらも、しかし両腕をじっと見た。
果たして、何を信じればいいのだろう。困惑の渦の中に居ながらも、戦闘は進んでいく。
前衛は彩吹が強烈な蹴りを繰り出して憤怒者を撃破し、エリスティアと飛馬が敵を抑えている。澄香が心身を弱らせる香りを憤怒者達に浴びせた所で、稜の光線が貫き、凍てつかせる。相手が多数とはいえ、その戦力は圧倒的だ。
「……あいつら結局弱者にしか目が行ってねーんだよな」
弱者? 凜音の言葉に忠彦は心の中で首を傾げた。
果たして、自分達は覚者のことを弱者と定義していただろうかと。
覚者は力があって、自分達を見下して、八つ当たりできる相手だと思って……。
忠彦は傍らにあったショットガンを取って、そしてその銃口を凜音に向けた。
「……弱者とか強者とかどうでもいいんだ」
強いとか、弱いとか、正義だとか悪だとか、そういう言葉は聞き飽きた。
そうじゃない。結局それは憎むために言っている口実だ。憎めれば、怒れれば何だっていい。それが自分の抱いていた感情の正体だ。
だから、『憤怒』者なのだ。
次の瞬間忠彦が撃ち放った弾丸は、凜音の真横を突き抜けてかつての仲間に当たった。
「あー! もうごちゃごちゃうるさいんだよ! 大義名分とかんなもんどうだっていい!! 俺はここで死にたくない!!」
そう忠彦が絶叫したのを聞いて、明日香は微笑んだ。
「そうだよね。あたしも誰も死なせたくないから!」
手に天の元素を集中させ、彼女は叫ぶ。
「雷鳴招来。天よ応えよ、そして裁きを下せ、仇為す者達に!」
いつか放った雷よりも、はるかに巨大な雷鳴が轟き、そして憤怒者に降り注ぐ。
「……今は、ちょっと強くなったよ」
ぽそりとそう、付け加えて。
「待たせたなー!」
直後、まるでそれに応えるように声が聞こえてきた。
大きな翼を羽ばたかせる音。旦太の姿だ。
「空野っち、来たね」
紡はどこか得意げに笑って、そして他の翼人達と一緒に宙に浮く。
「空野っちも翼人なら分かるよね?」
「え?」
きょとんとする旦太に、彼女達は笑顔のまま。
「せーのでいくよっ! 翼人必殺!!」
「エア・ブリット!!」
次の瞬間、澄香と紡と彩吹がほぼ同時に、空気の弾丸を憤怒者に撃ち放った。
紙の如く吹き飛ぶ憤怒者の身体に、旦太は呆然とするばかり。
「いや、分かる訳ないし……。というか威力怖いし……」
……ごもっともなご意見です。
斯くして覚者総勢10名。飛馬の圧倒的な防御力、エリスティアの陽動、彩吹の破壊的な攻撃力、稜の全体を網羅する火力、澄香のサポートと回復力、明日香の支援と攻撃、そして紡の特化された支援。あと2名プラスアルファ。それらの前に16人という大勢の憤怒者達は成すすべもなく倒れ、一部は投降する結果となった。
●選択
その後憤怒者達は、身柄を拘束された。たった一人、覚者となった忠彦を除いて。
無数に突き刺さる視線に溜息一つ。忠彦は最年長であろう稜の元に寄ると、その球体関節の両腕を稜の前に突き出した。
「何だ」
「俺は、憤怒者だ。身柄を拘束し……」
そこまで言った次の瞬間。
「はぁ!? 聞こえんなぁ!?」
稜が突然、コントロールを忘れたような大きな声で叫んだ。
「私の武器はうるさいわチカチカするわで何も見えないし聞こえなくなるんだ!!」
一見静かそうな男が叫んだだけに忠彦はまごつく。
「私が見たのは小川忠彦が罪のない市民を庇う瞬間だ! 他の覚者も何も見てない! そうだろ!? 彩吹! 澄香!」
目が見えない筈なのに、彼の視線は確実に翼人女子2人の方を向いている。その様子に澄香と彩吹は同時に噴き出した。
「その通りだ。私達は何も見ていない」
びしっと親指を立てて返す彩吹。あまりに滑稽だったのか、澄香はしばらく笑ってから頷きを返した。
「私は小川さんが二人を助けたのしか見てません」
他の覚者達も同感だったようで。同意が取れたことに稜は安堵の溜息を吐いた。
「……まあ、それはともかくとして、だ」
稜は名刺を取り出して、忠彦に渡す。
「今回は多分実質的なお咎めは無いだろうが……何かあったら協力する。犯罪被害者の遺族が辛い思いをしているのを見るのは弁護士として堪える」
忠彦は稜の行為にしばらくぽかんとしていたものの、しかし数秒経ってからゆっくりと頷くと、名刺を大切にしまった。
だが直後。
「稜ちゃん、大根……」
なーんて紡に言われてしまい、稜は上司の顔をふと思い出したのだが。
「所で小川氏」
今度はエリスティアの言葉に忠彦は振り向く。
「行くあてはあるのかい?」
「行くあて……」
忠彦は改めて自分の両腕を見た。隔者に妹を殺され、人生を滅茶苦茶にされて、憤怒者に身をやつし、そして今。皮肉にもその覚者となってしまった自分。
「良かったらFiVEに来ないか?」
「FiVE? 俺が?」
「それを選ぶなら俺も協力は惜しまない」
凜音がそう続けたのを聞き、忠彦は溜息一つ。
「その提案は嬉しい。ただ……」
一瞬、言葉を区切ってから、改めて口を開く。
「少し、考えてからでいいか……?」
考える。その言葉に空気がしんと止まった。
「妹が死んで、隔者が捕まって。何でか俺が責められて……。ただ……もう。何かを恨むのも、怒るのも、悲しむのも、傷付けるのも疲れた。だから、少し休みたい」
ただ、隔者になるのはゴメンだ。俺は妹を傷付けた奴と同罪にはなりたくないし。そう付け加えたのを聞いて、彼等は安堵した。
「また会おうぜ」
飛馬がそう忠彦に言う。彼はどこか憔悴しきった顔で、しかし笑顔を浮かべて頷いてから飛馬と握手を交わした。
そんな彼等のやり取りを見ていた明日香がぽつりと呟く。
「疲れた、か……」
彼女の頭を過ったのは、一羽の白い兎。
そんな感傷を知らずに、旦太が首を傾げる。
「どうかしたか?」
「ううん。何でもない」
そのやり取りを見ていた彩吹がふふっとこぼして明日香と一緒に頷く。
「何でもない。女同士の秘密だよ」
彩吹のその言葉に旦太は顔を真っ赤にして後ずさった。
女同士の秘密と聞いてはなんだか申し訳ないことをしたと思ったのだろう。
「そう! 詮索したらモテないぞ!」
「……そういう話は勘弁してくれよ」
明日香の追い打ちに、旦太は思わず逃げ出しそうになっていた。
●再会
その後、覚者達は智子を迎えに行った。『准教授』に電話をした旦太の話によると、智子は彼の研究室にいるそうだ。
「智ちゃーん!」
研究室のドアを開けて見えた姿に、紡が抱き着く。澄香も彼女に寄ってその頭を撫で、彩吹も智子にハグをして言う。
「ふふ、今度空中散歩に連れてってあげるから」
なんだか幸せそうな4人に、旦太も嬉しそうで。
「……空野君、ロリコン?」
「何でそうなる」
明日香の言葉に旦太は真顔でそう返答。真面目に返されたので、明日香は即座に冗談だよと笑って返した。
「無事でよかった」
そんな中、一人の青年が彼等に声を掛けた。
チェックシャツに眼鏡で長髪の青年だ。猫背気味のその青年は、覚者と智子の様子を見て嬉しそうだった。
「嫌な予感がしてね。表に出たら彼女に鉢合わせてさ。怪我も無さそうで何よりだ」
大学生にしては少々大人びた雰囲気の青年は、本当に嬉しそうに彼等を見ていた。
きょとんとして見ている覚者達の視線に気づき、旦太は頭を下げる。
「論文で忙しいでしょうから、俺達帰ります」
「あ! 気を遣わせて悪いね! くれぐれも気を付けてね?」
青年は慌てて研究室のドアを開け、覚者達を見送った。人の好さそうな笑みを浮かべて見送る姿は、確かにオタクではあるが悪い人ではなさそうだ。
「あの方、卒論生さんですか?」
澄香が聞く。彼女も卒業を控えているだけあってそれが妙に気になったのだ。
「理系の卒論は大変そうだ」
澄香と同じような立場の彩吹も言う。
しかしその言葉に、旦太は衝撃的な一言を。
「いや、あれが例の准教授。ああ見えて40過ぎてる」
彩吹は稜を一瞥してから、ぼそり。
「水部さんより年上だね」
「そうなのか……。まあ、なもんで周りの学生からは『相対論の体現者』なんて言われてる。専門が数理物理と確率論だし」
「小難しい言われ様だな」
凜音がそうぽつり。
「簡単に言うと研究に夢中になってあの人の周りだけ時間が進んでないって話だ。陰で『まさみちゃん』なんて言われてるし……見た目通りいい先生だ」
「また大の男にちゃん付けか……」
稜のげっそりした声にくすりと笑ってから、紡が返す。
「男の人なのにまさみって名前なんだ?」
「菊本正美って言うんだけどな? 俺の両親の古い友達らしくて俺も世話になってるけど。あの人、時々エキセントリックなんだよな。賢い馬鹿だし。言うことが気味悪い程に当たるから侮れないけど」
言うことが気味悪い程に当たる。
その言葉に引っ掛かりを覚えたのは飛馬とエリスティアだ。
確かFiVEの夢見の報告では、准教授が旦太に注意をしていた。
――最近物騒な事件が多いから。特に憤怒者とか。……と。
その上『嫌な予感がしたから』という理由で保護したとなれば……。
「まさか知っていたってことか?」
「どんな虫が知らせたんだか」
彼女の言葉に、飛馬は静かに頷く。
そんな時のこと。智子が静かに足を止めた。
「どうかした?」
紡が声を掛ける。智子は首を傾げ、そして言った。
「はかせ、わたしをむかえに来たとき、すごくあおいかおしてました……」
「青い顔?」
「わたしがなにか言おうとしても『ぜんぶしっているからだいじょうぶ』って言って……」
偶然は、無数に重なる。覚者達はその事実をよく知っている。しかしその偶然はここで、奇妙な黒い姿を現した。
あの男はこの事件に無関係なのだ。そう釘を刺された。
その意味が、『関われない』という意味だとしたら……?
●決意
覚者達が出て行って静かになった研究室の中。菊本正美は魂が抜けたように椅子に座りこみ、一人溜息を吐いた。
膝ががくがくと震え、自分の周りだけ地震が起きたような気分だ。
――悪夢が、ただの夢となった。それを目の当たりにした。
覚者組織FiVE。それは彼もよく知っている。
――機は、熟したのかもしれない。
一枚の名刺を取り出し、受話器を取る。名刺に書かれた文字で目立つのは『中 恭介』の文字。
数コールもしないうちに聞こえた声。
思い浮かぶのは、8人の覚者の顔。
彼は、遂に決意を固めた。
「こんばんは。菊本です。空野旦太とトモコさんの件でお電話差し上げたんですけど……トボケないでくださいよ。分かってますから。元憤怒者の方も無事ですよね? ……よかった。
本当にありがとうございました。旦太君に何かあったら死んだ佐倉に申し訳が立たない。
所で以前の件なんですけれど……それです。私でよければ、協力させて頂けないでしょうか?
……。
ええ。まずは書類手続きですね? 分かりました。ではその時刻に。
それでは、お会いできるのを楽しみにしています」
今の段階では、誰も知らない。
その晩、FiVEの夢見が悪夢を見ることを。
――菊本正美が、早朝凶弾に倒れる悪夢を。
愛すべき運命の悪戯は、まだ続く。
■シナリオ結果■
大成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『調和の翼』
取得者:天野 澄香(CL2000194)
『Mr.ライトニング』
取得者:水部 稜(CL2001272)
『願いの巫女』
取得者:新堂・明日香(CL2001534)
『黒炎の死神』
取得者:如月・彩吹(CL2001525)
『幸福の青い羽根』
取得者:麻弓 紡(CL2000623)
取得者:天野 澄香(CL2000194)
『Mr.ライトニング』
取得者:水部 稜(CL2001272)
『願いの巫女』
取得者:新堂・明日香(CL2001534)
『黒炎の死神』
取得者:如月・彩吹(CL2001525)
『幸福の青い羽根』
取得者:麻弓 紡(CL2000623)
特殊成果
なし

■あとがき■
FiVEの皆様、本当にありがとうございました。
貴方達に背を押される形となりましたが、私も覚者として生きようと思います。
ある日突然撃ち殺される。
人生とは、そんな馬鹿げたことさえ簡単に起こるものだと思っています。
なので今回会えたのも奇跡かもしれません。
ですがもしまたお会いできたら、その時は改めてお礼を言わせて下さい。
それでは、いつかまた会える日まで。
五麟大学理学部数学科 准教授 菊本正美
貴方達に背を押される形となりましたが、私も覚者として生きようと思います。
ある日突然撃ち殺される。
人生とは、そんな馬鹿げたことさえ簡単に起こるものだと思っています。
なので今回会えたのも奇跡かもしれません。
ですがもしまたお会いできたら、その時は改めてお礼を言わせて下さい。
それでは、いつかまた会える日まで。
五麟大学理学部数学科 准教授 菊本正美
