【月夜の死神】堕ちた英雄
●
「初めまして日向朔夜君。私が結城グループ会長、結城征十郎だ」
「……」
豪奢な執務室では、二人の人物が対面していた。
一人は、優良企業として名を馳せる結城グループの会長たる、結城征十郎。
一人は、元AAAの精鋭にして今は名うての職業的暗殺者、日向朔夜。
「例の廃墟の妖を、駆除してくれて助かったよ。あそこは、ウチが買い取った再開発地区でね」
結城征十郎の顔は、仮面で覆われている。大企業の辣腕家として知られていながら、人前では決して素顔を晒すことはないという。
「そうそう。姪の凛が君のところで世話になっているとか。あの子は元気かね?」
「……ああ。毎日、あんたを殺すことだけを生き甲斐にしている」
仮面の男は声もなく笑う。
「朔夜君とは一度、話しておきたかった。だから、君が飛び付きそうな依頼をこちらから出したわけだが。怨念の妖となった旧友との再会は、さぞ感動的だったろうね」
自分の命を狙う暗殺者に依頼を出し、一対一で招き入れたのもこの男自身だった。
朔夜はごく自然な動作で銃口を突きつける。
「結城征十郎……何故、自分の兄夫婦を……凛の両親を殺した?」
「おや、自分の親兄弟を殺す理由なんて、この世界にはいくらでも溢れていると思わないかい?」
「俺が凛から受けた依頼は、両親を殺したあんたへの復讐だ」
裏世界で死神と恐れられた者の殺気は尋常なものではない。
そんな眼光を、結城会長は肩を竦めて躱した。
「ほう。ならば、この場は安全というわけだ」
「……」
「あの子は、自身の手で仇を討つことを望んでいるのだろう?」
仮面の男の言葉を首肯するように。
朔夜は銃を静かに降ろした。そして、長居は無用とばかりに背を向ける。
「月夜の死神――堕ちた英雄よ」
退出しようとする朔夜に、結城会長は独り言を装い。
呪いの言葉を呟く。
「凛は私への復讐を糧に今を生きている。ならば、それが果たされたとき、どうやってあの子は生きていくのか……私はそこにひどく興味をそそられるよ」
朔夜は返答しない。
結城会長も、元からそんなものは期待していないようで。気にせずに続けた。
「君は第三次妖怪討伐抗争という死地で、大妖ヨルナキという脅威と、それを前にしても愚行を繰り返す人の愚かさの両面を味わった……果たして化け物と人間と、どちらがよりタチが悪いのだろうね?」
●
「久しぶりね……朔夜」
執務室を出た朔夜を待っていたのは、良く知った顔だった。
銀の髪に、青の瞳。冷たい美貌を持つ少女、自分と肩を並べたAAAの精鋭。
「リゼ……AAAのエリートが、こんな場所で何をしている?」
「あなたに命を狙われた結城会長を、AAAは正式に警護することに決定した。私は、その責任者としてここにいる」
結城征十郎は、AAAに対し太いパイプを持つ。
更に、元AAAの朔夜は組織の多種多様な機密を知り過ぎている。AAAが介入してくるのは、当然の流れと言えた。
「朔夜、今からでも遅くない……AAAに戻ってくる気はない?」
「……」
「お咎めなしとはいかないだろうけど、あなたを慕う者は多い……今なら私も力になれる」
AAAの才女の口調は、冷静だったが。
何かを押し殺しているようでもあった。
「……俺には、あそこに未来があるとは思えない。リゼ、お前の方こそ今後の身の振り方をよく考えておくんだな」
かつての仲間の救いの手を無造作に振り払い。
二人は別れた。
次に会うときは、敵同士であることを胸に刻んで。
「馬鹿な朔夜……でも、あなたらしい」
●
「凛ちゃん、何を見ているんすか?」
裏世界の仕事の斡旋所。
会員制のバーでアリスは、ニコニコと微笑む凛に声を掛ける。
「あ、アリスさん。前に撮ってもらった写真を見ていたんです」
少女の手には、F.i.V.E.の者達、そして朔夜達と一緒に写った数々の写真があった。
これらは知り合いの覚者が撮影したもの。一枚、一枚が凛にとってはかけがえのない宝物だった。
「ああ。ここの場所がばれないように、朔夜先輩が送り迎えしたF.i.V.E.の人がいたっすねえ」
朔夜が、F.i.V.E.の人間を連れてきたときは驚いたものだ。
それで何をするかと言えば、前に撮った写真の贈り物と新しく撮影してもらっただけ……まあ、凛が喜んでいるからいいかと、アリスは思う。
「そうそう、朔夜先輩から連絡があったす。『準備完了、いつでも決行可能』とのことっす」
凛の顔色が変わる。
同じくF.i.V.E.の覚者から貰った鶴の折り紙を、崩れないようにぎゅっと握った。
「いよいよですね。朔夜さん……前のときみたいに、無理しないと良いんですけど」
己の言葉の矛盾は、凛自身が重々承知していた。
あの人に無理を強いているのは、他ならぬ自分なのだから。
「情報によると、F.i.V.E.も中 恭介さんの指示でターゲットの警護につくようっすね」
「そう……F.i.V.E.の人達も」
凛はそっと顔を伏せて目を瞑る。
まるで、悪夢を見るのを覚悟するかのように。
「初めまして日向朔夜君。私が結城グループ会長、結城征十郎だ」
「……」
豪奢な執務室では、二人の人物が対面していた。
一人は、優良企業として名を馳せる結城グループの会長たる、結城征十郎。
一人は、元AAAの精鋭にして今は名うての職業的暗殺者、日向朔夜。
「例の廃墟の妖を、駆除してくれて助かったよ。あそこは、ウチが買い取った再開発地区でね」
結城征十郎の顔は、仮面で覆われている。大企業の辣腕家として知られていながら、人前では決して素顔を晒すことはないという。
「そうそう。姪の凛が君のところで世話になっているとか。あの子は元気かね?」
「……ああ。毎日、あんたを殺すことだけを生き甲斐にしている」
仮面の男は声もなく笑う。
「朔夜君とは一度、話しておきたかった。だから、君が飛び付きそうな依頼をこちらから出したわけだが。怨念の妖となった旧友との再会は、さぞ感動的だったろうね」
自分の命を狙う暗殺者に依頼を出し、一対一で招き入れたのもこの男自身だった。
朔夜はごく自然な動作で銃口を突きつける。
「結城征十郎……何故、自分の兄夫婦を……凛の両親を殺した?」
「おや、自分の親兄弟を殺す理由なんて、この世界にはいくらでも溢れていると思わないかい?」
「俺が凛から受けた依頼は、両親を殺したあんたへの復讐だ」
裏世界で死神と恐れられた者の殺気は尋常なものではない。
そんな眼光を、結城会長は肩を竦めて躱した。
「ほう。ならば、この場は安全というわけだ」
「……」
「あの子は、自身の手で仇を討つことを望んでいるのだろう?」
仮面の男の言葉を首肯するように。
朔夜は銃を静かに降ろした。そして、長居は無用とばかりに背を向ける。
「月夜の死神――堕ちた英雄よ」
退出しようとする朔夜に、結城会長は独り言を装い。
呪いの言葉を呟く。
「凛は私への復讐を糧に今を生きている。ならば、それが果たされたとき、どうやってあの子は生きていくのか……私はそこにひどく興味をそそられるよ」
朔夜は返答しない。
結城会長も、元からそんなものは期待していないようで。気にせずに続けた。
「君は第三次妖怪討伐抗争という死地で、大妖ヨルナキという脅威と、それを前にしても愚行を繰り返す人の愚かさの両面を味わった……果たして化け物と人間と、どちらがよりタチが悪いのだろうね?」
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「久しぶりね……朔夜」
執務室を出た朔夜を待っていたのは、良く知った顔だった。
銀の髪に、青の瞳。冷たい美貌を持つ少女、自分と肩を並べたAAAの精鋭。
「リゼ……AAAのエリートが、こんな場所で何をしている?」
「あなたに命を狙われた結城会長を、AAAは正式に警護することに決定した。私は、その責任者としてここにいる」
結城征十郎は、AAAに対し太いパイプを持つ。
更に、元AAAの朔夜は組織の多種多様な機密を知り過ぎている。AAAが介入してくるのは、当然の流れと言えた。
「朔夜、今からでも遅くない……AAAに戻ってくる気はない?」
「……」
「お咎めなしとはいかないだろうけど、あなたを慕う者は多い……今なら私も力になれる」
AAAの才女の口調は、冷静だったが。
何かを押し殺しているようでもあった。
「……俺には、あそこに未来があるとは思えない。リゼ、お前の方こそ今後の身の振り方をよく考えておくんだな」
かつての仲間の救いの手を無造作に振り払い。
二人は別れた。
次に会うときは、敵同士であることを胸に刻んで。
「馬鹿な朔夜……でも、あなたらしい」
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「凛ちゃん、何を見ているんすか?」
裏世界の仕事の斡旋所。
会員制のバーでアリスは、ニコニコと微笑む凛に声を掛ける。
「あ、アリスさん。前に撮ってもらった写真を見ていたんです」
少女の手には、F.i.V.E.の者達、そして朔夜達と一緒に写った数々の写真があった。
これらは知り合いの覚者が撮影したもの。一枚、一枚が凛にとってはかけがえのない宝物だった。
「ああ。ここの場所がばれないように、朔夜先輩が送り迎えしたF.i.V.E.の人がいたっすねえ」
朔夜が、F.i.V.E.の人間を連れてきたときは驚いたものだ。
それで何をするかと言えば、前に撮った写真の贈り物と新しく撮影してもらっただけ……まあ、凛が喜んでいるからいいかと、アリスは思う。
「そうそう、朔夜先輩から連絡があったす。『準備完了、いつでも決行可能』とのことっす」
凛の顔色が変わる。
同じくF.i.V.E.の覚者から貰った鶴の折り紙を、崩れないようにぎゅっと握った。
「いよいよですね。朔夜さん……前のときみたいに、無理しないと良いんですけど」
己の言葉の矛盾は、凛自身が重々承知していた。
あの人に無理を強いているのは、他ならぬ自分なのだから。
「情報によると、F.i.V.E.も中 恭介さんの指示でターゲットの警護につくようっすね」
「そう……F.i.V.E.の人達も」
凛はそっと顔を伏せて目を瞑る。
まるで、悪夢を見るのを覚悟するかのように。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.結城凛の撃退
2.結城征十郎の生存
3.なし
2.結城征十郎の生存
3.なし
シナリオ参加者に次回のシナリオへの予約優先権を付与する形で連続していきます。
●このシナリオの特徴
今回F.i.V.E.はAAAと協力して、結城征十郎の命を狙う結城凛達を撃退するという形になります。その際、敵は朔夜と凛のグループ、アリスが率いる別働隊のグループに分かれて行動します。双方ともに放置していると、被害が拡大していきます。
また、このシナリオの成否、そこに至る過程、参加者達の行動などで、日向朔夜や結城凛達の運命が大きく分岐します。
●日向朔夜(ヒュウガ・サクヤ)
十九歳。覚者ではなく、高度な訓練を受けた職業的暗殺者。
月夜の死神の異名を持つ。
結城凛から、結城征十郎への復讐という依頼を受ける。
元AAAの精鋭で隔者や妖との戦闘に関してはエキスパートであり、覚者であろうとも危険な相手です。第三次妖怪討伐抗争で行方不明になっていた過去あり。
【月夜の死神】元AAAの暗殺者、【月夜の死神】死神の子守唄、【月夜の死神】過去の残影で以前に登場しています。
(主な攻撃方法)
リボルバー A:物遠単 【出血】
手榴弾 A:物遠敵全 【溜め1】
鋼糸 A:物遠列 【鈍化】
●結城凛
九歳の少女。
資産家の親の遺産を受け継ぎ、それを理由に親類達から命を狙われています。
覚者達に救われ、衰弱していた身体が回復して、今は日向朔夜達の元へ身を寄せています。両親を殺した結城征十郎に復讐せんとしています。
夢見の才能があるようですが、まだ完全には目覚めてはいません。
今回は、朔夜と一緒に行動して結城征十郎の首を狙います。依頼主である彼女を撃退できれば、朔夜達も撤退を始めます。
●アリス・プライム
日向朔夜の助手。
火行の覚者。その天才的な才能は、朔夜も認めるところ。今回は、朔夜達とは別行動。結城凛の資金と、朔夜の手腕で組織した腕利きの別働部隊の指揮をとります。
●朔夜達の組織した別働部隊
アリスが指揮する別働部隊。
人数は20名。
裏世界のプロ達であり、朔夜と凛のターゲットへの道を切り開こうとします。五行の覚者達が揃っています。朔夜と同じような元AAAや、元軍人や、傭兵など。凛の資金を使って、朔夜が組織した猛者たちです。
●結城征十郎
大企業、結城グループの会長。相当な辣腕家。
凛とは叔父と姪という関係。自分の兄夫婦を事故死に見せかけて殺したらしいが、その真意は不明。AAAにも太いパイプを持っている模様。
常時、仮面をつけて素顔を見せることはありません。
凛と朔夜達の最終目的となるターゲットです。
●リゼ・レインハルト
AAAの精鋭。昔、朔夜と肩を並べていた実力者。
朔夜達から結城会長を守るために、警護についています。水行の覚者。できれば、朔夜にはAAAに戻ってきて欲しいと希望しています。
●AAA部隊
リゼが指揮するAAAの部隊。
通称ウィンディーネ部隊。
全員が女性で、水行の覚者。人数は40名。結城グループの本社ビルの中でばらける形で、警備についています。
●現場
結城グループの本社ビル。
そこに朔夜達が攻めてくるのを、待ち構える形になります。50階建てのビルで、結城会長がいるのは50階の執務室。リゼが同室で警護につき、AAAの部隊は本社ビル内でばらけています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年12月06日
2016年12月06日
■メイン参加者 8人■

●
結城グループ本社ビル。
大勢の覚者達が詰めた摩天楼は、張り詰めたプレッシャーが漂っていた。
「ビルの周りと地上で何か光ったり動いたりしねーか注意だな」
『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)は、屋上周りの防犯カメラの位置を確認。そこから守護使役でていさつをしていた。暗視と送受心・改も、いつでも使えるようにしておく。
「この前一緒に戦ったばっかりのやつと今度は敵同士だなんてな……何か変な感じだ」
執務室には『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)達が待機していた。
それもこれも飛馬の傍らのデスクに座る人物……今回のターゲットとなっている人物を守るため。
(朔夜と凛には接点があった。朔夜は第三次妖討伐抗争でAAAの派閥争いが原因で仲間を失い、凛はその事故に巻き込まれて両親を亡くした)
黒幕は結城征十郎。
そして、目の前には正にその本人がいる。
「いやいや、AAAのみならずF.i.V.E.まで駆けつけてくれるとはね。こんな嬉しいことはない」
命を狙われた凛の叔父は、手放しで覚者達を歓迎していた。
『ゴシップ探偵』風祭・誘輔(CL2001092)から見ても、この男からは一切の気負いが感じられない。
(コイツが裏で糸引いて凛の両親を事故死に見せかけ葬った。AAA上層部とも癒着して何企んでやがる。大企業の社長サンが今更遺産を欲しがるか。そんなら凛の後見人になった方が世間体を守れるし話も早く済む。きなくせーことになってきやがったぜ)
結城征十郎、結城グル―プ、AAAに関する記事は調べられる限り調べてきた。
結城グループは、元々凛の父親が会長を務めていた大企業。そして、兄夫婦の死後、結城征十郎が長を引き継ぎ辣腕家ぶりを発揮することになる。グループ会社には、各所から、例えばAAAから天下りした役員も数多い。
ビジネスマンにとって人気の高い職場であるが……ここには一般の従業員達には窺い知れぬ、何かがあるように思えてならない。
「リゼさん、相手の数に押しきられないためにも、協力お願いします」
「……いえ、こちらこそ。協力感謝します」
阿久津 ほのか(CL2001276)は、同じく護衛についているAAAと向かい合う
ウィンディーネ部隊の美しき隊長は、基本的に協調の姿勢を見せている。今回は、彼女達の力が不可欠な任務であることは間違いない。
「それでは、ビルのセキュリティセンターを開放して貰えないでしょうか」
上月・里桜(CL2001274)の提案はこうだ。
陽動の方法としては、執務室とそれ以下の階の間で割り込んで警備を分断するか、エレベーターを止めたりして移動を阻害するか、などが考えられる。
警備室ならば、防犯カメラで監視、防火扉やスプリンクラーで妨害もできる。
館内放送で全体に情報伝達もできれば動き易くなるだろう。
「分かりました。何人か案内につけましょう」
リゼが部下を呼び、里桜は彼女達に連れられていく。
結城会長は見送るように手を振って、止める様子もない。
(結城会長は、凛さんの才能を見抜いて居たのでしょうか……朔夜さんが、AAAに以前居た時の事を、私は詳しくは知りません……大妖の居る、その場で、AAAは何をしたのか……それを知るまでは、言葉を掛ける事など出来ません……ですが、凛さんと朔夜さんを、このまま結城会長の思惑通りに、動かす訳にはいかない事は分かります)
賀茂 たまき(CL2000994)は、ずっと言葉少なだった。
彼女の胸のうち。ある考えが、静かに形となり。それは、此度の全てを揺るがしかねない固い決意となる。
(二人の未来の為に、結城会長の思惑通りにさせない為に、私が二人に出来る事……)
●
(俺は今回かかわったのが初めてだけど、結城征十郎ってリアリストって聞いている。きっと必要な事の為なら情は押し殺して行える人なんじゃないかな。AAAに太いパイプがあるというし。凛って子の両親は何かAAAに関する重要な事を抱えてたんじゃ?)
東雲 梛(CL2001410)が陣取っているのは正面玄関。
八重霞 頼蔵(CL2000693)と、ウィンディーネ部隊のメンバーも一階で迎撃の備えをしている。ここは主戦場となり得る場だ。
(あと仮面の下も気になるな。素顔が見せられないって事は、顔をみせるとまずい秘密があの仮面の下にあるって事だと思うから……例えば仮面の下は凛って子の父親だったりとか)
警戒を続けるも、疑念は尽きない。
気が付けば陽が暮れた空には、見事な三日月が浮かび上がり。
「!」
大地が揺れる。
本社ビルの中層から火が吹き荒れ、高らかな爆発音が響き渡った。
『敵襲です、場所は27階。飛行と面接着を持った者達が、密かに外面から侵入した模様――』
里桜の館内放送が流れる。
それとほぼ同刻、地上においても敵影が姿を現す。
「はて。構図で言えば至極普通の復讐劇だな。外野から眺めていればよい見世物だが……どちらが正義かはさておいて。仕事として受けた以上は、確りとさせて頂こう」
頼蔵がサーベルを手にし、仲間を促す。
頷いた梛は、上階へと急ぐ。安全が疑わしいエレベーターは使わず、韋駄天足で階段を駆け上がった。
「さてさて、お仕事の時間っす!」
27階は、戦火の真っただ中。
アリスが縦横無尽に十数人の部隊を率いて、巨大な炎を撒き散らす。火の手の勢いに、ウィンディーネ部隊も迂闊に近付けずにいる。
「F.i.V.E.だよ、加勢するよ」
現場に着くやいなや、梛は仇華浸香を展開。
送受心・改でアリス達と交戦に入ったことと敵の人数を仲間へと伝える。
「ありゃりゃ、情報通りF.i.V.E.の人もいるんすか」
スプリンクラーが作動を始め、防火扉が降りた。これは里桜が警備室で操作したものだ。
やり辛そうにアリスは頭をかく。
「事前に仕掛けておいた罠もかなり解除されているし、うーん……朔夜先輩の援護には間に合わないかもしれないっすねえ」
難しい顔をしていたアリスだが……すぐに「まあ、いいか」と無邪気に笑った。
死神の助手は、自分の部隊を高速移動させてビル内を駆け巡る。散らばって配置されたAAAが集まる隙を与えず、不規則に戦場を変更し翻弄した。
「逃がすか」
それに梛達は辛抱強く付き合う。
アリスの動きを少しでも封じるため棘散舞を撃ち放ち。敵前衛には弱体化の香りを使い続ける。
「復讐以外の生きる目的は、必ず見つかります。だから今回は邪魔しますね。だって、私達は凛さんのお友達ですから」
安全第一と結城会長が人払いをしたため、今このビルには職員などはいない。おかげで社員への情報収集はしそこねたが。里桜は警備室から状況に合わせて設備を使って補助をする。彼女らの働きがなくば、被害の拡大は決定的なものとなっていたこと疑いなかった。
●
空にも異変が起こる。
翔の暗視した眼に、はっきりと機影が月に影を作ったのが見えた……ステルス性のヘリコプターだ。
そして、何の冗談か。
二つの人影が上空から落ちてくる。
「日向と……凛!」
パラシュートもつけず。少女を抱えた月夜の死神と、翔は目が合う。
朔夜の手が動く。フェンスに瞬時に鋼糸を巻き付け、屋上を落下して通過。そのままバンジージャンプの要領で反動をつけ、50階の窓を蹴り破ってのける。
「会長のおっさんが凛にとって許せねー悪人だって事は分かる。わかるけど、だからって凛に人殺しさせるわけにはいかねーだろ! 絶対に止めてみせるっ」
翔はその様子を送受心・改で仲間に伝達し、自分も下へ急ぐ。
執務室では、ほのかが不意打ちを第六感で回避。鉄甲掌を打ち込まんとしていた。錬覇法を使ったたまきが無頼漢で続き。朔夜はそれらを上手くいなす。
「やあ、凛。良い目をするようになったね……健やかな復讐者の眼だ」
「……叔父様」
覚者に守られた結城会長と、朔夜に守られた凛。
両者のただならぬ雰囲気に割り込むように、誘輔は機関銃を乱射する傍ら重突を仕掛け巻き込む。
「復讐だけが生きる目的? ンな訳あるか。お前が見る夢で沢山の人間を救える。俺達を助けてくれ。あの写真は遺影にする為に渡したんじゃねえぞ!」
「誘輔さん……でも……」
凛の顔が苦しげに歪む。
朔夜はそれをちらりと確認してから、容赦なく引き金を引く。
「仕事だ。今回はあんたのことを全力で守ってやる。あいつらの手を悪戯に汚させるわけにもいかねー」
流れ弾を防ぎ。
敵をブロックする飛馬に、結城会長は笑ったようだった。
「なぁ、凛っつったか? 初対面で、事情も良く知らない俺に言われたって聞く気にはなんねーかもしれないけどさ。やめねーか? 復讐とかさ。あんたがどんなやつか話は聞いてる、あんたみたいな奴に罪を犯して欲しくねーんだ。朔夜のにーちゃんにもな」
蔵王・戒、戦巫女之祝詞で自身を強化。
二本の刀を巧みに振るい、仲間への銃弾を逸らし。飛馬は鉄壁のごとく防戦に徹する。
「……相変わらず甘いな」
「日向! お前ならできるんじゃねーのか。このおっさんを社会的に抹殺できる証拠集めることが! 雇われて黙って言うこと聞くだけが能じゃねーだろ!」
この二人とは戦わない。
戦いたくない……翔は癒しの滴と演舞・舞音で耐える。
「復讐したい気持ち、オレには本当には分かってないかもしれねー。でもな! お前のこれからの人生全部くれてやる価値が、このおっさんにあるとはオレには思えねー! こんな奴の為に、お前の楽しいことも嬉しいことも全部ナシになるなんてオレは嫌だぞ! 言っただろ、オレ達は友達だ。だから今度一緒に遊ぼうぜ。遊園地でもハイキングでも、弁当持ってさ! 一緒に学校通うのもいいよな。人生捨てるのは、そういう普通の幸せ味わってからでもいいんじゃねーか?」
●
「逃げるならば、追わない。幾ら貰っているか知らぬが、命につり合う金額かよく考え給え」
一階では、頼蔵がAAAと共に傭兵たちの相手をしていた。
飛燕の連撃が消耗している者を狙う。すると敵は、瞬時に後退する。こちらが攻めれば退き、退こうとすれば攻めてくる。
ずっとこの繰り返し。
キリがない。
最も多くの兵力をこの場に置いていたウィンディーネ部隊を足止めするかのような動き。膠着状態に陥っていくなか、頼蔵は……迷子になることにした。
(何故と言えば……色々とあるが。まぁ勘、だな)
●
「朔夜、もっと本気で来たら?」
「その台詞、そのまま返そうか。リゼ」
凛を守り、六対一という状況下。
朔夜は超人的な動きで渡り合う。気付かぬ間に鋼糸が張り巡らされ銃弾が飛ぶ。
「……私が注意を引きつけます。その時がチャンスです」
リゼがぽそりと呟き、神速の動きで一閃する。
自分への活路を開いてくれたのだと理解すると……ほのかは一瞬の隙を突き。攻撃に巻き込まれないように凛へと抱きついた。
「凛ちゃん……やっぱり仇討ちをしたいよね……正直いうとね、私は凛ちゃんが羨ましい。私は未だに……復讐も出来ず。一番恨みをぶつけたかった仇がこの世にいないから」
「ほのか……さん?」
呆然とした凛が抱きすくめられる。
「私のお父ちゃんも……隔者に裏切られて……相討ちになって死んじゃったから。失って悲しいとか辛いとか恨んでるって気持ちは形は違っても私にもあるよ……」
朔夜も、敢えて凛を奪い返そうとはせず。
「でも……凛ちゃん、ここは退いて。嫌な予感がするの。結城征十郎って人はあなた達が来るって分かってこうして準備をしていたんでしょう? こうなるようにわざと仕向けている気がするし。ろくでもない事を企んでそう……」
少女の心に、積み重なった覚者達の言葉と。
「私は凛ちゃんにこんな形で命を奪う復讐をしてほしくないとも思ってるけど、凛ちゃんのご両親の命を奪った人にいいようにされたいとも思ってない。お願い、日向さんとアリスさん達を連れて逃げて……!」
想いが深くしみこんでいく。
そして、人知れず最も後方まで下がっていた――たまきの手が翻る。
(皆さんを騙して、結城会長の仮面を剥がし、素顔を見せる事……もしかすれば、より、最悪な結果になるかも知れないと、思うと……少し、怖いです……でも、素顔で、話し合わないと、分からない事もあると、思うのです……何故、会長は、素顔を隠すのか……それこそ、凛さん、朔夜さん、そして、関わっている全ての皆さんの、知りたい事が分かる気がして……)
それは、誰も予期しないことだった。
(私の行動で皆さんの行動が無駄になってしまったらごめんなさい……)
いや、ただ一人。傍らに近付いていた、たまきが剥がした己が仮面を。結城会長は邪悪な笑みを作って見下ろしていた。
「……お、お父さん?」
「残念。半分正解、半分外れだ」
ほのかの手の中で、呆然と凛が呟き。
ひどい火傷の痕が残った。しかし、端正な顔を。惜し気もなく晒した結城会長が手を叩く。
「ちっ」
舌打ちは朔夜のものだった。
結城会長へと、瞬時に発砲し――それを、飛馬が間一髪でガードで防ぎ。
「朔夜……テメエも復讐を望むのか」
誘輔が活殺打を打ち込む。
驚くほどに無防備になっていた脇腹に、必殺の一撃が喰い込み。月夜の死神の愛銃が、床へと転がった。
「ほう。その様子だと、朔夜君はだいたいの真相に辿り着いていたようだね。その上で黙っていたわけか」
結城会長は悠然として、朔夜の銃を拾うと。
凛へと歩み寄り、それを握らせた。ごくごく自然な動作過ぎて、誰かが手を出す間もない。
「凛……復讐を果たしたいなら、それで私を撃つと良い」
少女の握る銃がぶるぶる震える。
至近に、ターゲットの左胸。
「凛ちゃん!」
「凛!」
覚者達はうかつに動けない。
凛を手の中に抱いたほのかでさえ、暴発の危険に微動だにできない。
「どうした。私はここを動かない。約束しよう」
「う……ううう!」
「君は、この瞬間をずっと待ち焦がれてきたのだろう?」
「うわあああああああああああああああ!」
慟哭。
引き金にかかった指に力が入り……虚ろな目をした少女の手から凶器は滑り落ちた。
「凛、とりあえずこのおっさん一発ひっぱたいておけ」
翔の言葉にぴくりと反応し。
自由になった凛の右手が、仮面を脱いだ男の顔を弱弱しく撫でるように叩く。
「アンタがこれ以上凛に手を出すなら、俺はコイツを守る」
すぐに誘輔が凛と征十郎の間に入る。
先程から万一のときには、盾になってでも止めるつもりだった。
「ふう。どうも、最もつまらない結末に落ち着いてしまったようだ……なあ、日向朔夜君?」
九死に一生を得た結城会長は、仮面を再び纏い。
朔夜はあらん限りに叫んだ。
「アリス! 撤収だ!!」
●
そこから先の展開は、実に素早かった。
AAAと連携して梛は激しい攻防を繰り広げていたが、アリス達は「あちゃー、援護が間に合わなかったっすか。この借りはいつか返すっすよ、F.i.V.E.のお兄さん」と言い残して火煙に紛れて撤退していった。
皆が無事に逃げられるよう。
間違えた振りをしてシステムを操作していた里桜は、抜け殻同然の凛を抱えた朔夜を一瞬だけ監視カメラでとらえていた。
「凛さんを、お願いします。朔夜さん達も気をつけて」
その区画だけに館内放送をそっと流す。
朔夜は……僅かに頷いたようにも見えた。
「一応訊くが、結城征十郎。怪我等はないか?」
「おかげ様でね。このビルの損傷を考えると我が優秀な秘書君に小言を言われそうだがね」
無事を確認するフリをして誘輔は、読心術を試み。
激しい眩暈に襲われる。それを整理する間もなく、執務室へと頼蔵が姿を見せた。
「結城会長。結城凛の両親の本当の死因は……自殺だな?」
「ほう」
「結城凛の両親は、大々的な再開発地区のプロジェクトに着工していた。だが、それが第三次妖討伐抗争における大妖ヨルナキとAAAの戦いの余波で頓挫。結城グループの会長職を辞することになる」
「……あの時の兄の落胆ぶりはなかったね」
「彼らは裏ではイレブン寄りの志向者でもあった。そんな折、娘が敵である覚者の……夢見の才能の片鱗を見せる」
一生の仕事と最愛の娘。
どちらか一方を失うだけなら、耐えられたかもしれない。だが、極度に精神が摩耗した結城夫婦は最悪な選択を行った。
結城征十郎は彼らの死を事故死に見せかけ。
凛に対しては、叔父である自分が手を汚したという偽りの情報を流し適度につついた。彼女を生かすために。
「自分の存在が両親を自殺に追い詰めた。子供が背負うにはちと重荷だ。そして、憎しみは世界で二番目に有用な生きる原動力だからね……それにしてもここまでの情報をクラッキングされるとは」
「……道すがら拾ったのだよ、『偶然』ね。はははは」
混乱に紛れて片っ端から情報を引っこ抜いた頼蔵が笑う。
誘輔は読心術で読み取ったものを思い起こす。深い深い底知れぬ虚無。そこには、マトモな人の心など欠片もありはしなかった。
だが、垣間見たもの。
双子の弟として、名門たる結城一族代表である兄の影武者となって幾度となく尽くした人生。
兄の代わりを務めるため、兄が顔に火傷を負えば自分も同じ火傷を負った過去。
父親役としても何度も入れ替わってきた思い出の数々……凛に接した父の姿の半分以上は、結城征十郎のものだった。
「F.i.V.E.の諸君。この事実をこの先、凛に伝えるか否か。それは君達と朔夜君の自由だ。だが、私としてはあの子がもう少し、優しさと強さを兼ね備えてからの方が良いと思うがね……いや、なに。これはただの独り言さ」
結城グループ本社ビル。
大勢の覚者達が詰めた摩天楼は、張り詰めたプレッシャーが漂っていた。
「ビルの周りと地上で何か光ったり動いたりしねーか注意だな」
『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)は、屋上周りの防犯カメラの位置を確認。そこから守護使役でていさつをしていた。暗視と送受心・改も、いつでも使えるようにしておく。
「この前一緒に戦ったばっかりのやつと今度は敵同士だなんてな……何か変な感じだ」
執務室には『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)達が待機していた。
それもこれも飛馬の傍らのデスクに座る人物……今回のターゲットとなっている人物を守るため。
(朔夜と凛には接点があった。朔夜は第三次妖討伐抗争でAAAの派閥争いが原因で仲間を失い、凛はその事故に巻き込まれて両親を亡くした)
黒幕は結城征十郎。
そして、目の前には正にその本人がいる。
「いやいや、AAAのみならずF.i.V.E.まで駆けつけてくれるとはね。こんな嬉しいことはない」
命を狙われた凛の叔父は、手放しで覚者達を歓迎していた。
『ゴシップ探偵』風祭・誘輔(CL2001092)から見ても、この男からは一切の気負いが感じられない。
(コイツが裏で糸引いて凛の両親を事故死に見せかけ葬った。AAA上層部とも癒着して何企んでやがる。大企業の社長サンが今更遺産を欲しがるか。そんなら凛の後見人になった方が世間体を守れるし話も早く済む。きなくせーことになってきやがったぜ)
結城征十郎、結城グル―プ、AAAに関する記事は調べられる限り調べてきた。
結城グループは、元々凛の父親が会長を務めていた大企業。そして、兄夫婦の死後、結城征十郎が長を引き継ぎ辣腕家ぶりを発揮することになる。グループ会社には、各所から、例えばAAAから天下りした役員も数多い。
ビジネスマンにとって人気の高い職場であるが……ここには一般の従業員達には窺い知れぬ、何かがあるように思えてならない。
「リゼさん、相手の数に押しきられないためにも、協力お願いします」
「……いえ、こちらこそ。協力感謝します」
阿久津 ほのか(CL2001276)は、同じく護衛についているAAAと向かい合う
ウィンディーネ部隊の美しき隊長は、基本的に協調の姿勢を見せている。今回は、彼女達の力が不可欠な任務であることは間違いない。
「それでは、ビルのセキュリティセンターを開放して貰えないでしょうか」
上月・里桜(CL2001274)の提案はこうだ。
陽動の方法としては、執務室とそれ以下の階の間で割り込んで警備を分断するか、エレベーターを止めたりして移動を阻害するか、などが考えられる。
警備室ならば、防犯カメラで監視、防火扉やスプリンクラーで妨害もできる。
館内放送で全体に情報伝達もできれば動き易くなるだろう。
「分かりました。何人か案内につけましょう」
リゼが部下を呼び、里桜は彼女達に連れられていく。
結城会長は見送るように手を振って、止める様子もない。
(結城会長は、凛さんの才能を見抜いて居たのでしょうか……朔夜さんが、AAAに以前居た時の事を、私は詳しくは知りません……大妖の居る、その場で、AAAは何をしたのか……それを知るまでは、言葉を掛ける事など出来ません……ですが、凛さんと朔夜さんを、このまま結城会長の思惑通りに、動かす訳にはいかない事は分かります)
賀茂 たまき(CL2000994)は、ずっと言葉少なだった。
彼女の胸のうち。ある考えが、静かに形となり。それは、此度の全てを揺るがしかねない固い決意となる。
(二人の未来の為に、結城会長の思惑通りにさせない為に、私が二人に出来る事……)
●
(俺は今回かかわったのが初めてだけど、結城征十郎ってリアリストって聞いている。きっと必要な事の為なら情は押し殺して行える人なんじゃないかな。AAAに太いパイプがあるというし。凛って子の両親は何かAAAに関する重要な事を抱えてたんじゃ?)
東雲 梛(CL2001410)が陣取っているのは正面玄関。
八重霞 頼蔵(CL2000693)と、ウィンディーネ部隊のメンバーも一階で迎撃の備えをしている。ここは主戦場となり得る場だ。
(あと仮面の下も気になるな。素顔が見せられないって事は、顔をみせるとまずい秘密があの仮面の下にあるって事だと思うから……例えば仮面の下は凛って子の父親だったりとか)
警戒を続けるも、疑念は尽きない。
気が付けば陽が暮れた空には、見事な三日月が浮かび上がり。
「!」
大地が揺れる。
本社ビルの中層から火が吹き荒れ、高らかな爆発音が響き渡った。
『敵襲です、場所は27階。飛行と面接着を持った者達が、密かに外面から侵入した模様――』
里桜の館内放送が流れる。
それとほぼ同刻、地上においても敵影が姿を現す。
「はて。構図で言えば至極普通の復讐劇だな。外野から眺めていればよい見世物だが……どちらが正義かはさておいて。仕事として受けた以上は、確りとさせて頂こう」
頼蔵がサーベルを手にし、仲間を促す。
頷いた梛は、上階へと急ぐ。安全が疑わしいエレベーターは使わず、韋駄天足で階段を駆け上がった。
「さてさて、お仕事の時間っす!」
27階は、戦火の真っただ中。
アリスが縦横無尽に十数人の部隊を率いて、巨大な炎を撒き散らす。火の手の勢いに、ウィンディーネ部隊も迂闊に近付けずにいる。
「F.i.V.E.だよ、加勢するよ」
現場に着くやいなや、梛は仇華浸香を展開。
送受心・改でアリス達と交戦に入ったことと敵の人数を仲間へと伝える。
「ありゃりゃ、情報通りF.i.V.E.の人もいるんすか」
スプリンクラーが作動を始め、防火扉が降りた。これは里桜が警備室で操作したものだ。
やり辛そうにアリスは頭をかく。
「事前に仕掛けておいた罠もかなり解除されているし、うーん……朔夜先輩の援護には間に合わないかもしれないっすねえ」
難しい顔をしていたアリスだが……すぐに「まあ、いいか」と無邪気に笑った。
死神の助手は、自分の部隊を高速移動させてビル内を駆け巡る。散らばって配置されたAAAが集まる隙を与えず、不規則に戦場を変更し翻弄した。
「逃がすか」
それに梛達は辛抱強く付き合う。
アリスの動きを少しでも封じるため棘散舞を撃ち放ち。敵前衛には弱体化の香りを使い続ける。
「復讐以外の生きる目的は、必ず見つかります。だから今回は邪魔しますね。だって、私達は凛さんのお友達ですから」
安全第一と結城会長が人払いをしたため、今このビルには職員などはいない。おかげで社員への情報収集はしそこねたが。里桜は警備室から状況に合わせて設備を使って補助をする。彼女らの働きがなくば、被害の拡大は決定的なものとなっていたこと疑いなかった。
●
空にも異変が起こる。
翔の暗視した眼に、はっきりと機影が月に影を作ったのが見えた……ステルス性のヘリコプターだ。
そして、何の冗談か。
二つの人影が上空から落ちてくる。
「日向と……凛!」
パラシュートもつけず。少女を抱えた月夜の死神と、翔は目が合う。
朔夜の手が動く。フェンスに瞬時に鋼糸を巻き付け、屋上を落下して通過。そのままバンジージャンプの要領で反動をつけ、50階の窓を蹴り破ってのける。
「会長のおっさんが凛にとって許せねー悪人だって事は分かる。わかるけど、だからって凛に人殺しさせるわけにはいかねーだろ! 絶対に止めてみせるっ」
翔はその様子を送受心・改で仲間に伝達し、自分も下へ急ぐ。
執務室では、ほのかが不意打ちを第六感で回避。鉄甲掌を打ち込まんとしていた。錬覇法を使ったたまきが無頼漢で続き。朔夜はそれらを上手くいなす。
「やあ、凛。良い目をするようになったね……健やかな復讐者の眼だ」
「……叔父様」
覚者に守られた結城会長と、朔夜に守られた凛。
両者のただならぬ雰囲気に割り込むように、誘輔は機関銃を乱射する傍ら重突を仕掛け巻き込む。
「復讐だけが生きる目的? ンな訳あるか。お前が見る夢で沢山の人間を救える。俺達を助けてくれ。あの写真は遺影にする為に渡したんじゃねえぞ!」
「誘輔さん……でも……」
凛の顔が苦しげに歪む。
朔夜はそれをちらりと確認してから、容赦なく引き金を引く。
「仕事だ。今回はあんたのことを全力で守ってやる。あいつらの手を悪戯に汚させるわけにもいかねー」
流れ弾を防ぎ。
敵をブロックする飛馬に、結城会長は笑ったようだった。
「なぁ、凛っつったか? 初対面で、事情も良く知らない俺に言われたって聞く気にはなんねーかもしれないけどさ。やめねーか? 復讐とかさ。あんたがどんなやつか話は聞いてる、あんたみたいな奴に罪を犯して欲しくねーんだ。朔夜のにーちゃんにもな」
蔵王・戒、戦巫女之祝詞で自身を強化。
二本の刀を巧みに振るい、仲間への銃弾を逸らし。飛馬は鉄壁のごとく防戦に徹する。
「……相変わらず甘いな」
「日向! お前ならできるんじゃねーのか。このおっさんを社会的に抹殺できる証拠集めることが! 雇われて黙って言うこと聞くだけが能じゃねーだろ!」
この二人とは戦わない。
戦いたくない……翔は癒しの滴と演舞・舞音で耐える。
「復讐したい気持ち、オレには本当には分かってないかもしれねー。でもな! お前のこれからの人生全部くれてやる価値が、このおっさんにあるとはオレには思えねー! こんな奴の為に、お前の楽しいことも嬉しいことも全部ナシになるなんてオレは嫌だぞ! 言っただろ、オレ達は友達だ。だから今度一緒に遊ぼうぜ。遊園地でもハイキングでも、弁当持ってさ! 一緒に学校通うのもいいよな。人生捨てるのは、そういう普通の幸せ味わってからでもいいんじゃねーか?」
●
「逃げるならば、追わない。幾ら貰っているか知らぬが、命につり合う金額かよく考え給え」
一階では、頼蔵がAAAと共に傭兵たちの相手をしていた。
飛燕の連撃が消耗している者を狙う。すると敵は、瞬時に後退する。こちらが攻めれば退き、退こうとすれば攻めてくる。
ずっとこの繰り返し。
キリがない。
最も多くの兵力をこの場に置いていたウィンディーネ部隊を足止めするかのような動き。膠着状態に陥っていくなか、頼蔵は……迷子になることにした。
(何故と言えば……色々とあるが。まぁ勘、だな)
●
「朔夜、もっと本気で来たら?」
「その台詞、そのまま返そうか。リゼ」
凛を守り、六対一という状況下。
朔夜は超人的な動きで渡り合う。気付かぬ間に鋼糸が張り巡らされ銃弾が飛ぶ。
「……私が注意を引きつけます。その時がチャンスです」
リゼがぽそりと呟き、神速の動きで一閃する。
自分への活路を開いてくれたのだと理解すると……ほのかは一瞬の隙を突き。攻撃に巻き込まれないように凛へと抱きついた。
「凛ちゃん……やっぱり仇討ちをしたいよね……正直いうとね、私は凛ちゃんが羨ましい。私は未だに……復讐も出来ず。一番恨みをぶつけたかった仇がこの世にいないから」
「ほのか……さん?」
呆然とした凛が抱きすくめられる。
「私のお父ちゃんも……隔者に裏切られて……相討ちになって死んじゃったから。失って悲しいとか辛いとか恨んでるって気持ちは形は違っても私にもあるよ……」
朔夜も、敢えて凛を奪い返そうとはせず。
「でも……凛ちゃん、ここは退いて。嫌な予感がするの。結城征十郎って人はあなた達が来るって分かってこうして準備をしていたんでしょう? こうなるようにわざと仕向けている気がするし。ろくでもない事を企んでそう……」
少女の心に、積み重なった覚者達の言葉と。
「私は凛ちゃんにこんな形で命を奪う復讐をしてほしくないとも思ってるけど、凛ちゃんのご両親の命を奪った人にいいようにされたいとも思ってない。お願い、日向さんとアリスさん達を連れて逃げて……!」
想いが深くしみこんでいく。
そして、人知れず最も後方まで下がっていた――たまきの手が翻る。
(皆さんを騙して、結城会長の仮面を剥がし、素顔を見せる事……もしかすれば、より、最悪な結果になるかも知れないと、思うと……少し、怖いです……でも、素顔で、話し合わないと、分からない事もあると、思うのです……何故、会長は、素顔を隠すのか……それこそ、凛さん、朔夜さん、そして、関わっている全ての皆さんの、知りたい事が分かる気がして……)
それは、誰も予期しないことだった。
(私の行動で皆さんの行動が無駄になってしまったらごめんなさい……)
いや、ただ一人。傍らに近付いていた、たまきが剥がした己が仮面を。結城会長は邪悪な笑みを作って見下ろしていた。
「……お、お父さん?」
「残念。半分正解、半分外れだ」
ほのかの手の中で、呆然と凛が呟き。
ひどい火傷の痕が残った。しかし、端正な顔を。惜し気もなく晒した結城会長が手を叩く。
「ちっ」
舌打ちは朔夜のものだった。
結城会長へと、瞬時に発砲し――それを、飛馬が間一髪でガードで防ぎ。
「朔夜……テメエも復讐を望むのか」
誘輔が活殺打を打ち込む。
驚くほどに無防備になっていた脇腹に、必殺の一撃が喰い込み。月夜の死神の愛銃が、床へと転がった。
「ほう。その様子だと、朔夜君はだいたいの真相に辿り着いていたようだね。その上で黙っていたわけか」
結城会長は悠然として、朔夜の銃を拾うと。
凛へと歩み寄り、それを握らせた。ごくごく自然な動作過ぎて、誰かが手を出す間もない。
「凛……復讐を果たしたいなら、それで私を撃つと良い」
少女の握る銃がぶるぶる震える。
至近に、ターゲットの左胸。
「凛ちゃん!」
「凛!」
覚者達はうかつに動けない。
凛を手の中に抱いたほのかでさえ、暴発の危険に微動だにできない。
「どうした。私はここを動かない。約束しよう」
「う……ううう!」
「君は、この瞬間をずっと待ち焦がれてきたのだろう?」
「うわあああああああああああああああ!」
慟哭。
引き金にかかった指に力が入り……虚ろな目をした少女の手から凶器は滑り落ちた。
「凛、とりあえずこのおっさん一発ひっぱたいておけ」
翔の言葉にぴくりと反応し。
自由になった凛の右手が、仮面を脱いだ男の顔を弱弱しく撫でるように叩く。
「アンタがこれ以上凛に手を出すなら、俺はコイツを守る」
すぐに誘輔が凛と征十郎の間に入る。
先程から万一のときには、盾になってでも止めるつもりだった。
「ふう。どうも、最もつまらない結末に落ち着いてしまったようだ……なあ、日向朔夜君?」
九死に一生を得た結城会長は、仮面を再び纏い。
朔夜はあらん限りに叫んだ。
「アリス! 撤収だ!!」
●
そこから先の展開は、実に素早かった。
AAAと連携して梛は激しい攻防を繰り広げていたが、アリス達は「あちゃー、援護が間に合わなかったっすか。この借りはいつか返すっすよ、F.i.V.E.のお兄さん」と言い残して火煙に紛れて撤退していった。
皆が無事に逃げられるよう。
間違えた振りをしてシステムを操作していた里桜は、抜け殻同然の凛を抱えた朔夜を一瞬だけ監視カメラでとらえていた。
「凛さんを、お願いします。朔夜さん達も気をつけて」
その区画だけに館内放送をそっと流す。
朔夜は……僅かに頷いたようにも見えた。
「一応訊くが、結城征十郎。怪我等はないか?」
「おかげ様でね。このビルの損傷を考えると我が優秀な秘書君に小言を言われそうだがね」
無事を確認するフリをして誘輔は、読心術を試み。
激しい眩暈に襲われる。それを整理する間もなく、執務室へと頼蔵が姿を見せた。
「結城会長。結城凛の両親の本当の死因は……自殺だな?」
「ほう」
「結城凛の両親は、大々的な再開発地区のプロジェクトに着工していた。だが、それが第三次妖討伐抗争における大妖ヨルナキとAAAの戦いの余波で頓挫。結城グループの会長職を辞することになる」
「……あの時の兄の落胆ぶりはなかったね」
「彼らは裏ではイレブン寄りの志向者でもあった。そんな折、娘が敵である覚者の……夢見の才能の片鱗を見せる」
一生の仕事と最愛の娘。
どちらか一方を失うだけなら、耐えられたかもしれない。だが、極度に精神が摩耗した結城夫婦は最悪な選択を行った。
結城征十郎は彼らの死を事故死に見せかけ。
凛に対しては、叔父である自分が手を汚したという偽りの情報を流し適度につついた。彼女を生かすために。
「自分の存在が両親を自殺に追い詰めた。子供が背負うにはちと重荷だ。そして、憎しみは世界で二番目に有用な生きる原動力だからね……それにしてもここまでの情報をクラッキングされるとは」
「……道すがら拾ったのだよ、『偶然』ね。はははは」
混乱に紛れて片っ端から情報を引っこ抜いた頼蔵が笑う。
誘輔は読心術で読み取ったものを思い起こす。深い深い底知れぬ虚無。そこには、マトモな人の心など欠片もありはしなかった。
だが、垣間見たもの。
双子の弟として、名門たる結城一族代表である兄の影武者となって幾度となく尽くした人生。
兄の代わりを務めるため、兄が顔に火傷を負えば自分も同じ火傷を負った過去。
父親役としても何度も入れ替わってきた思い出の数々……凛に接した父の姿の半分以上は、結城征十郎のものだった。
「F.i.V.E.の諸君。この事実をこの先、凛に伝えるか否か。それは君達と朔夜君の自由だ。だが、私としてはあの子がもう少し、優しさと強さを兼ね備えてからの方が良いと思うがね……いや、なに。これはただの独り言さ」

■あとがき■
お疲れさまです。
以下今回のちょっとした補足です。
・アリス達は、ウィンディーネ隊を翻弄しつつ、最終的には朔夜達のいる執務室に乗り込む予定でしたが、こちらは別働隊を相手どった方々が阻止しました。お見事です。
・実はタイトルの『堕ちた英雄』とは朔夜だけのことではなく、結城会長のことを指した言葉でもありました。結城会長への対応も、ある種重要なファクターなシナリオでした。
・ある条件下において結城凛には死亡フラグの危険性があったのですが、今回それは回避されました。でも、精神的にボロボロになった凛。そして朔夜は……?
今回の、そして今までの選択がどういう形を結ぶのか。
また、次回へと動き出します。ご参加ありがとうございました。
以下今回のちょっとした補足です。
・アリス達は、ウィンディーネ隊を翻弄しつつ、最終的には朔夜達のいる執務室に乗り込む予定でしたが、こちらは別働隊を相手どった方々が阻止しました。お見事です。
・実はタイトルの『堕ちた英雄』とは朔夜だけのことではなく、結城会長のことを指した言葉でもありました。結城会長への対応も、ある種重要なファクターなシナリオでした。
・ある条件下において結城凛には死亡フラグの危険性があったのですが、今回それは回避されました。でも、精神的にボロボロになった凛。そして朔夜は……?
今回の、そして今までの選択がどういう形を結ぶのか。
また、次回へと動き出します。ご参加ありがとうございました。
