<汝人狼也?>彼岸に三日月
●
これまでの人狼の物語。
助けた人狼と仲良くなったぞ。
●
『先日、助けて頂いた狼は確かにボクです』
人狼の少年は、中恭介の前で正座していた。
「……ふむ」
恭介は一呼吸おいてから、前よりも散乱した部屋の有様を見て眉間を抑えた。
テーブルは完全に二つに折れ、椅子は噛み跡だらけ。窓硝子は割れて、張り替えたばかりの壁紙が再び損傷していた。
「元気なのは良いことだが、あまり暴れないように」
『……ボク、やってない』
「ふむ……」
『……ボク、嘘ついてない』
ぶるぶる震えながら、ばつが悪そうに小さくなっている人狼を見てから恭介は肺の中の空気を入れ替えた。
恐らく人狼は、街を追い出されてしまうのではないかと焦っているのだろう。恭介としては、小さな子供を虐めているような気分ではあるが。
「わかった。部屋の件については、わかった。
ところで、名前は決まったかな?」
『うん。いっぱいあったけど、決めました。
苗字は、大神。名前は、史狼。だけど、史狼はボクにはまだかっこよすぎるから……。
大神・シロ。
ボクの名前は、大神シロ!』
●
「おんやぁ、人狼様のおかえりかえ?」
巫女服の女性が、狼型のシロを見ながらほほ笑んだ。対して狼型のシロは尻尾を振っていた。シロは覚者を此処へ連れてきたかったらしい。
助けてくれた、お礼なのだとか。
人狼は何処から来たのだろう。
その答えはこの集落である。
一昔前の木造建築に、大量の提灯がぶら下がる。
集落の出入口は鳥居が連なり、火の玉が来訪を歓迎している。夜になれば、一層幻想的な世界が広がるであろう。
普段は古妖が作り出す結界の力によって、外界から中へは入れないようになっているのだとか。しかし人狼は別だ、そして人狼が招く人も別だ。
何故なら、此処では人狼は『特別』であるからだ。
小鬼や低級の古妖の視線を感じる。
舌を出す提灯を持った巫女服の女性は、長い長い長い渡り廊下を歩いていき、たまに振り返っては覚者たちがついてくるのを待った。
「御此処は人狼様が護ってくれるので、妖類や危ないものは縁が遠いのです。
御此処では人狼様は大神様と呼ばれております。
お偉いのですよ、集落をあげて奉っております。
しかし大神様は、孤独を好む習性がおありですから……、子供でまだ人懐っこい大神様は御此処で育て、人狼としての自覚が芽生えましたら、シロ様のようにお外へ行ってしまわれるのです」
ふと、巫女服の女性は立ち止まった。
『屋湯』と書かれた大きな門が開いていく。
「さ、どうぞ、ゆっくりなさってくださいな」
門が開き終われば、湯気が中から溢れていた。
どうやら巨大な温泉宿のような。けれど空中には金魚が泳ぎ、筆絵の兎が追いかけっこ。屏風の蝶がどこかへ飛んでいきながら、障子に映る人影が宴会をしている。
廊下には、顔をお面で隠した着物の少年少女が走り回る。白色の温泉では、水面の上を美女が一人歩いており、人眼に気づくと湯に溶けるように消えていく。その影の岩場で風車が廻り、彼岸花が揺れる。
壁の染みを見つめていると、目玉が飛び出し、目があった。
まるで、異界のような雰囲気が広がっていた。
「人より、古妖のほうが多く住んでいるのですよ。
はー……そういえば、今年はやけに月明りが眩しいような気がしますね。
本日は三日月です。
今年はお月様の力が強いのでしょう。きっと皆さまの心も三日月様が癒してくださいますわ。
何か御用件がございましたら、巫女服の人間にお尋ねくださいね?」
シロは終始、不安げに上を見上げていた。
これまでの人狼の物語。
助けた人狼と仲良くなったぞ。
●
『先日、助けて頂いた狼は確かにボクです』
人狼の少年は、中恭介の前で正座していた。
「……ふむ」
恭介は一呼吸おいてから、前よりも散乱した部屋の有様を見て眉間を抑えた。
テーブルは完全に二つに折れ、椅子は噛み跡だらけ。窓硝子は割れて、張り替えたばかりの壁紙が再び損傷していた。
「元気なのは良いことだが、あまり暴れないように」
『……ボク、やってない』
「ふむ……」
『……ボク、嘘ついてない』
ぶるぶる震えながら、ばつが悪そうに小さくなっている人狼を見てから恭介は肺の中の空気を入れ替えた。
恐らく人狼は、街を追い出されてしまうのではないかと焦っているのだろう。恭介としては、小さな子供を虐めているような気分ではあるが。
「わかった。部屋の件については、わかった。
ところで、名前は決まったかな?」
『うん。いっぱいあったけど、決めました。
苗字は、大神。名前は、史狼。だけど、史狼はボクにはまだかっこよすぎるから……。
大神・シロ。
ボクの名前は、大神シロ!』
●
「おんやぁ、人狼様のおかえりかえ?」
巫女服の女性が、狼型のシロを見ながらほほ笑んだ。対して狼型のシロは尻尾を振っていた。シロは覚者を此処へ連れてきたかったらしい。
助けてくれた、お礼なのだとか。
人狼は何処から来たのだろう。
その答えはこの集落である。
一昔前の木造建築に、大量の提灯がぶら下がる。
集落の出入口は鳥居が連なり、火の玉が来訪を歓迎している。夜になれば、一層幻想的な世界が広がるであろう。
普段は古妖が作り出す結界の力によって、外界から中へは入れないようになっているのだとか。しかし人狼は別だ、そして人狼が招く人も別だ。
何故なら、此処では人狼は『特別』であるからだ。
小鬼や低級の古妖の視線を感じる。
舌を出す提灯を持った巫女服の女性は、長い長い長い渡り廊下を歩いていき、たまに振り返っては覚者たちがついてくるのを待った。
「御此処は人狼様が護ってくれるので、妖類や危ないものは縁が遠いのです。
御此処では人狼様は大神様と呼ばれております。
お偉いのですよ、集落をあげて奉っております。
しかし大神様は、孤独を好む習性がおありですから……、子供でまだ人懐っこい大神様は御此処で育て、人狼としての自覚が芽生えましたら、シロ様のようにお外へ行ってしまわれるのです」
ふと、巫女服の女性は立ち止まった。
『屋湯』と書かれた大きな門が開いていく。
「さ、どうぞ、ゆっくりなさってくださいな」
門が開き終われば、湯気が中から溢れていた。
どうやら巨大な温泉宿のような。けれど空中には金魚が泳ぎ、筆絵の兎が追いかけっこ。屏風の蝶がどこかへ飛んでいきながら、障子に映る人影が宴会をしている。
廊下には、顔をお面で隠した着物の少年少女が走り回る。白色の温泉では、水面の上を美女が一人歩いており、人眼に気づくと湯に溶けるように消えていく。その影の岩場で風車が廻り、彼岸花が揺れる。
壁の染みを見つめていると、目玉が飛び出し、目があった。
まるで、異界のような雰囲気が広がっていた。
「人より、古妖のほうが多く住んでいるのですよ。
はー……そういえば、今年はやけに月明りが眩しいような気がしますね。
本日は三日月です。
今年はお月様の力が強いのでしょう。きっと皆さまの心も三日月様が癒してくださいますわ。
何か御用件がございましたら、巫女服の人間にお尋ねくださいね?」
シロは終始、不安げに上を見上げていた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.イベシナを楽しむ
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
先に言っておくと、満月になると色々あります
★当依頼では、命数が基礎値『2』回復します
●状況
・シロは覚者をどこかへ連れていきたいようであった。
そこは、シロが育った場所。巨大な温泉宿のような場所であるが、多くの妖怪が住んでいるという。
人間より、妖怪の方が多いとか。
今日は宿として使えるので、一泊していくことになった
どうやら、月のお陰で色々癒してくれるのだそうな。
●場所:御此処
月明りがよく当たる、巨大温泉宿みたいな施設
宿の周囲は山ですが、迷っても歩いていると何故か宿に戻るのだそうな。どれだけ走っても反対側から戻ってくるのだとか
普段は人避けの結界がはられているため、人狼が一緒にいるか、それを破る類のものが無ければ入れない場所
噂でいう『妖が出ない村』
時刻は、夜
ちょっと寒いよ
少々雲がかかる月夜、三日月
山道を歩くもよし
紅葉を見て酒を飲むのもよし
人狼の散歩をするのもよし
宿を探検するのもよし
温泉に入るもよし
古妖にちょっかいかけるのもよし
あると思うものはある、飯も出てくる、部屋もいっぱいある
なお、障子を閉めると影が宴会してたり話をしているけど、障子を開けると誰もいないとかそういう不思議なことはよく起こる
ざっくりとした解説ですが、雰囲気で楽しんでください
そんな感じで、プレイング楽しみにしております
●古妖
低級のものが多く住んでます
色々いすぎて書ききれないのですが、あまり人間には近づいてこないかもです。
●人狼
・大神シロ
ファイヴ、五麟に住み着いている人狼
人狼は、狼の姿も人の姿にもなれます
この場所にも子供の人狼がいるようです
●巫女さんたち
・基本的に人間か、怪の因子の覚者
話を聞くに、近隣の町より人狼のために人身御供の女たちです
とは言え、命を捧げるようなものでは無く、巫女が進んで人狼のお世話をするために、自ら望んでなっているものたちが多いようです
中には人狼と結ばれる巫女さんもいるのだそうな
●樹神枢
・呼ばれれば出てきます
●イベントシナリオのルール
・参加料金は50LPです。
・予約期間はありません。参加ボタンを押した時点で参加が確定します。
・獲得リソースは通常依頼難易度普通の33%です。
・特定の誰かと行動をしたい場合は『御崎 衣緒(nCL2000001)』といった風にIDと名前を全て表記するようにして下さい。又、グループでの参加の場合、参加者全員が【グループ名】というタグをプレイングに記載する事で個別のフルネームをIDつきで書く必要がなくなります。
・NPCの場合も同様となりますがIDとフルネームは必要なく、名前のみでOKです。
・イベントシナリオでは参加キャラクター全員の描写が行なわれない可能性があります。
・内容を絞ったほうが良い描写が行われる可能性が高くなります。
ご縁がございましたら、宜しくお願い致します
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
相談日数
7日
7日
参加費
50LP
50LP
参加人数
50/∞
50/∞
公開日
2016年11月24日
2016年11月24日
■メイン参加者 50人■

●
緒形 逝(CL2000156)は生き急いでいるのか。それとも死線が好きなのか解らない。
今わかることと言えば、思った以上に彼は自分の身体のことを知らないというところかもしれない。つまり限界が来た逝は、電池が切れたおもちゃように設けられた一室で寝転んでいた。
「………おや。どうやら倒れた感じさね」
暫くして起き上がったフルフェイス。身体に異常はないか確認してから、
「まあ良いけど悪食や。起こしてくれても良いじゃないの、大神ちゃんとお話したかったのに」
と語らぬ相棒へと話しかけている。
「……うん?」
しかし常に敷いている感情探査には、目に見えぬ場所の存在を示していた。それは誰かは確認できないのだが、思うにこれはシロであろうか。
『だいじょうぶ?』
部屋の隅。見守るような状態で膝を追っていたシロがいた。
「おっさんには見えない『月に張り付くモノ』、悪食は反応してるから、何かが月に居るとしか分からんがね」
それがシロが懸念しているものだというのだろう。
『……月の光は強力です。引っ張ったり、ぞわぞわさせたり。そういうチカラ、欲しい人間、人間じゃないの、いっぱいるんです』
シロはそう言いながら、窓へ寄って月を見上げていた。
「後は男の子だろう、刀の1つも持っては如何か。手に馴染む良い子を探してあげるわよ」
『ボクはまだ小さく、刀を持て余してしまうかもしれないけれど。それでもいいのならぜひ』
大辻・想良(CL2001476)は廊下の角から出て、ベランダのような柵の上から御此処を見つめていた。
まるで彼岸の世界に、何を思うか。現実からかけ離れ、ここが日本であるという証明がどうすればできるというものか。
気にしないけど。気にしなかった。
暫くしてから想良は外へ出ていた。落ち葉踏みしめ、黄色や赤色の秋の道を歩んでいく。空では高いところで月明りが道を示しているから怖くなんてない。
聞いた話だと、歩み続けても気づけば宿へ戻ってしまうのだという。それには興味があった。
ふと、後ろを一緒に歩いて来る気配。シロだ。
「上に、何かあるの?」
想良は空の灯りを指さした。
『ある』
「報告書、読んだけど。天は、どう思う? ……まんまる。部屋をめちゃくちゃにしたのは、まんまる?」
『まんまるじゃないです、まんまるはまんまるだから』
部屋、というのは。シロが朝起きたときにぼろぼろになっていた部屋のことだろう。直接月が手を下したわけではないと、シロは言いたいのかもしれない。
「前の時は暴れたって話は聞かなかったと思うけど。新月だったから?」
『……まんまるいないときは、元気』
なんだか少し、謎は解けていた。言う所、月がないから何も起こらないというのは正解である。
今日はそれからシロを監視してみようと思った。もしかしたら、人狼のほうに何かがあるのかもしれないと掴んでいるから――。
紅葉狩りだ。
燃ゆる紅葉、古妖かそれの類かの浮いている提灯に照らされる紅葉は、一層不気味さも極まり、しかしそれが不思議を美しいと思えていた。
田場 義高(CL2001151)は酒をくいっと勢いよく口に含んで、舌で転がし、そして喉で味わう。
また、いつもと違う風情に身をゆだね、酒は切っても切れない、そう心を洗ってくれるものだと改めて感心した。
こんな時だからこそ、奥さんにこっぴどくいわれることも無いのなら酒はきちんとしたものを取りそろえたいものだ。
日本酒の長期熟成酒、いわゆる古酒ってやつを用意してみた。古酒と言えば、無色透明では無く少々金色がかった色のあれだろうか、いや知識が無くて済まない工藤狂斎は反省した。
「ここにいるは皆酒飲み仲間よ、さぁ! 一緒に飲みかわそうぜ。おら! そこにいんのも隠れてないで、ほれ、こっち来いって」
義高が古酒のお猪口を高らかに上げた。不思議と、視界では誰もいないのだが大勢その場にいるような気がする。
だってほら、鏡に映った義高の周りには。笑う男性や女性が着物に身を包んで彼を囲んでいたのだから。
「古妖の村……」
水瀬 冬佳(CL2000762)は呟いた。
人狼を中心として、力の強くない妖怪たちが集まって暮らしている。そこには人間も住んでいて、人狼を奉っているのだとか。
今でもそういうものが残っていることは嬉しい気持ち半分、とても珍しい気持ち半分といういったところか。
そのまさかの共存具合に、驚きながら。隣にいた酒々井・千歳(CL2000407)は首を縦に動かしながら、冬佳の話を聞いていた。
場所は宿の一室。
外から淡い鬼火でライトアップされている紅葉を視線で愛でながら、千歳の瞳は緩やかに笑う。
「綺麗な物だね、少しばかり普段見る風景とは違った物も見える様子だけど」
その傍らに腰かけた冬佳。
「こうして間近にできるのは、彼等の隠れ里ならでは、ですね。見事な自然です……綺麗」
部屋のなかに、いつの間に入ってきたのだろうか。光で構成された瑠璃の蝶が金粉を落としながら外へと舞っていく。それだけでは無く、尾の長い金魚が空中を泳ぎ、稀に狐火をつれた二尾の狐が木々の間を駆け抜けていく。
「おかしな物を見るのには慣れた心算だったけど、まだまだ見たこともない物はたくさんあるね」
千歳は改めて感心しながら、ふと先ほどの瑠璃の蝶を指に止めた。冬佳は彼の手の止まった蝶をじぃと見つめていた。透明で、ステンドグラスのような羽からはその先の景色がまた違って見えるのだ。
「こういう楽しい物ばかりだったら歓迎なのだけれど」
しかしそうはいかないのが世の中でもある。
呼吸するように羽を休めていた蝶はすぐに飛びだっていったかと思えば、空中で消えていってしまう。その残り香のような金粉を見ながら、冬佳は静かに頷いた。
「……まあ、難しい事を考えるのは今日は止めておこうか。そろそろ温泉に浸かりにいかない? 冬佳さん」
「……そうですね。肌寒いですし」
静かに立ち上がった二人。
「ふふ。楽しみですね、酒々井君」
「目一杯堪能して帰るとしようか」
まるで長年連れ添った夫婦のような雰囲気で、蝶が舞う個室をあとにした。
菊坂 結鹿(CL2000432)は震えていた。前もそんな事があったような……と思っていたところで、向日葵 御菓子(CL2000429)に樹神枢が捕まっていた。
御菓子はシャワー前に座らせた枢の、まだ熟れてもいない育ってもいない身体へ丁寧に泡を伸ばしていく。
「じ、自分で洗えるのだ!」
一緒に結鹿も手で泡をこねて作っている。
「ふふ、枢ちゃんのみずみずしい肢体をあますところなく隅から隅まで洗わせていただきます!」
「だから自分できるのだ、あぁぁぁ~!!」
場所は露天風呂。少女(笑)たちのきゃっきゃうふふな声に、隣の男性用の露天風呂の奴等も気が気じゃなかっただろう。
ぷくりと膨れた枢の小さな腕から、肩を撫で、小さな背中を撫でまわしてから。前へと手を伸ばしていく。あれなんだろうね、えろいね。
生生しいのはリテイクくらうからオブラートに包むけど、結局は枢はくすぐったさに身体を震わせ、赤面になった顔で御菓子を見ていた。そのうち何故か覚醒した枢。
子供のような弾力が一転、女性の曲線美を取りそろえた彼女の身体の凹凸は実に御菓子の腕を滾らせていた。
「え、えっと……も、自分で洗いましたから……」
「(御菓子にっこり)」
「きょ、拒否します!断固拒否です!!」
「うん、却下♪」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一瞬、ほんの一瞬だけ。結鹿は枢を助けようかな、なんて思ったのだが。だってかなり水分を含んで潤った彼女の瞳が、助けてって言ってきたのだから。結鹿の小さな胸がちょっとした罪悪感に刺激されているが。
だがしかし、現実、姉の行動を止められるものか。いや、止められないだろう。というのは三割くらいのいいわけで、自分が巻き込まれるのはちょっとということで、枢は見事犠牲になっていたのだ。
しかし御菓子は結鹿さえ見逃さない。
洗われてつやつやになった大人枢が何故か露天の隅で倒れている中、御菓子はじりじり妹へ近づき攻防を繰り返したのちに、――そしてもう一つ死体が増えたという。
「可愛かったよ♪ ほんと、二人とも……ごちそうさまでした!」
湯治と聞いて。
氷門・有為(CL2000042)は最近負ったか、一番大きい傷でも治すようにして訪れていた。
それにしてもだ。古妖が多い。水面に立つ女――それを運よく見かけていた。さっきは視線があえば消えてしまったが。だがしかし。
再び視線があえば彼女は消えていく。まるで守り神のようであるが、追いかけてみるのも一興であったかもしれない。
しかし理性を忘れて追ってしまっては、それはそれで、と有為は自身の理性を確かめていた。
「至極どうでもいいですけど。まあ、かなり自由が許されてる雰囲気はありますよ。余程の事でもないと追い出されたりはしないかと思われ。時勢的に警戒度上がってではありますが」
有為の言葉は、恐らく物陰にいたシロへ向けられた言葉ととっても良かったのだろうか。シロはそれを聞いてちょっとだけ安心したらしい。
「大丈夫?」
東雲 梛(CL2001410)は屋根の上で三日月を見上げていたシロへと声をかけた。
シロは梛に気づいてから、こくんと頷いて。そしてまたずぅっと上を見上げている。
「まんまる(月)に何か見える? 俺にはいつもの月しか見えないけど、シロはよく月を見ているから」
『今日のまんまるは優しいまんまるです。怖くない、でも明日はわからない』
それはもしかしたら、月に何かが起こって、その事が原因で人狼は病気になってしまった――と梛は考察している。
遠からずも近からずも。シロは人狼が病気になってしまっていること事態には、否定はしなかった。
「俺にも月に起こった何かが見えればいいのに。月に見える何かの原因に心当たりはある?」
『……僕ら人狼がそんなに目障りなんだろうか』
そこまで言ってシロは梛の服を掴み、子供のように梛の腹部で顔を埋めた。甘えているのだろうか、それとも怖がっているのだろうか。
「シロの母親は、もしかして巫女さん? 人狼と結ばれる巫女さんもいると聞いたから」
シロはその質問に首を横へ振った。
『ボクはジュンケツシュの人狼。コンケツシュの人狼では無い。だから、ボクの両親は人狼。今、ジュンケツシュは希少なんだって』
割と、希少価値性の高いシロであった。
もし人間の血が半分は言ってるのなら、人間に近い存在であるのなら、人間を守る理由も分かりやすい。
しかしシロは純粋な人狼だ。もしかしたらいつか人狼の血に目覚めて、梛の近くを去るときがくるかもしれない――しかしどうなるか。
「俺は先祖が古妖たちと仲良くて、それでこの怪の因子に目覚めたから」
人魂を手で触れながら告げた。人でありながら、古妖に近い存在黄泉。シロは梛の助けたい気持ちはよくよく理解していた。
『ありがとう。でもごめんなさい巻き込んでしまうかもしれないボクを許して欲しい』
●
三日月の沈むに早き峡紅葉。詠み人は誰だったか――。
秋の肌を刺す冷たさと、温泉の湯気が混じり、薄っすらと霧の合間に燃ゆる紅葉が飾られる。
空には雲間に隠れて三日月が時折、優しい光を届けていた。
随分と風流である。時任・千陽(CL2000014)がそう思ったとき、背中側から一筋の風が駆け抜けていく。
筆墨で書かれた線画の兎数体を引き連れた切裂 ジャック(CL2001403)が露天温泉へと飛び込んだ。
古湯屋に兎飛び込むお湯の音。
千陽は苦笑交じりに足先から湯へと入っていく。
「あまり騒いでは迷惑になりますよ」
「悪りぃ悪りぃ、つい! 友達と温泉来れる日が来るとは思わんくて嬉しくて! あれ? 筆絵の兎、まさかお湯に溶けた?」
即覚醒、右目を開いたジャックは戦闘では出さないような俊敏さでどこかへ消えていった。
かと思えば数分後に気絶させた古妖を引きずって持って来ては。
「ときちか! なんかいた!」
「すぐ元の場所に戻して差し上げて下さい」
これを何度か繰り返した。
「たまには日頃の疲れを洗い流すのもいいでしょう」
「今、正に疲れたわ」
とろけそうなお湯の温度に、千陽はお淑やかにその身を浸す。ふと、千陽の髪にかかった紅葉をジャックが冷たい指先で取ってから、背中合わせに座り込んで体重を彼へかけた。
「ときちかは頑張り過ぎるから、たまには俺のこと頼ってな」
「頑張りすぎ、ですか? そんな自覚はなかったのですが。むしろ俺より君のほうが、理不尽に抗う勇者にみえます」
「おうよ! 心ゆくまで叛逆よ! 運命に言いなりの毎日なんて嫌だね!」
一方は無垢な羨望向けを、もう一方は歪み切った輝きを放ち、思いの灯が尽きるまで語り合った――。
暫くしてから、シロが人の姿でジャックの顔面目がけて飛びこんできた。
『お湯、熱い、煮られる……!』
「狼鍋なんて誰も食べたかねえよ。シロ! なあ、お前朝起きたら記憶が飛んでることとかないか?」
『よくあります。しょっちゅうです。物がよく壊れてました』
「お前、それもっと早く言えよっ」
「やはり、人狼は満ちる月に思いを馳せるものですか?」
『思いを馳せる……、月を見ていると安心する。しかし最近、血がぎゅうっと引き込まれてくらくらします』
「あの月が満ちたら、君は変わってしまうのだろうか?」
『……その時は、遠慮無くボクを殺して下さい』
ジャックと千陽は顔を見合わせた。
「よっしゃシロ、散歩がてらこの辺案内してくれるか?」
焔陰 凛(CL2000119)の足元に纏わりつくように、狼型のシロがついていく。
シロが彼女の足にまとわりつくのは、凛のそれは訓練用の下駄を履いており。それが素足で履いているものだから寒そうで寒そうで。
「履いてみるか?」
とスクっと立ち上がったシロが人間の身体になって履いてみると。すぐさま、ころんと転げて山道をごろごろごろごろと落ちていったのを凛は追いかけていった。
「最初は上手くいかんやろ、て足のサイズが違うか。すまんすまん」
『ボクがもう少し、大きければよかったのですが』
しょんぼりしたシロの髪の毛を、凛の手が撫でていく。シロは少々むくれた表情で、自身の至らぬ小さな身体を嘆いていたとか。
ふと、凛の瞳にはまんまるに膨れた柿が見える。どうやらここら辺は柿木が多いようだ。
周囲の古妖たちもそれを取っているのをみれば、恐らく無許可でも取って問題は無い野生の柿木なのであろう。
「よっしゃ! シロ出番や!」
シロを担いで、肩車のような状態にになった凛。目線が高くなったシロへ、凛はいつかこれが逆になるときが来ると良いと言い聞かせた。
勝ち取る柿の、なんて甘い事。凍えた指先は温泉で温めよう、一人と一匹の時間は続く。
賀茂 たまき(CL2000994)は緊張していた。
守衛野 鈴鳴(CL2000222)と遊びに出かけるのは一度や二度ではないと思うが、温泉に来て入るというのは初めてである。
しかし鈴鳴も割とそういうのは初めてであり、友達と一緒にお風呂という事実に恥ずかしさが顔からにじみ出ていた。
お互い、新婚初夜の夫婦みたいに顔を合わせないまま、温泉にまで足を運んでいたわけだが。
まあ、……ちょっと脱いで入ってしまえば割と恥ずかしいという感覚も抜け落ちるというもの。
二人は他愛のない話をしながら、白湯の中に入っていた。そこでたまき、一世一代の企み。こっそり、鈴鳴のお胸の成長具合を調査である。
しかしここで鈴鳴も、たまきの胸元を見ているようで見ていないようにしていたが、だがしかし、たまきが少し目線を外すと胸元へ視線が映る。謎の攻防が始まったが、恐らく胸の大きさは同じくらいなのだろう。
だがその僅かな差が少女たちの命運を分ける。今日は引き分けか。
たまきは鈴鳴の手を握り、鈴鳴は最初は一体全体なんだろうと思ったが、たまきの熱い視線を感じて何か伝わったらしく、お互い強く手を握りしめた。
「えへへ、私がお背中流させてもらいますねっ」
「は、はいっ」
その後二人は、背中の洗いっこである。
最初に鈴鳴がたまきの背中へ泡を伸ばしていく。その背中の白さと艶やかさ、まるで発光しているのはと疑うばかりに胸が高鳴る。
同じく、たまきが鈴鳴背中を流す番のときもそうだった。すべすべで、きめ細かい肌。つい、たまきは欲望が抑えきれずに、泡を流してから細い指で、それも爪先で彼女の身体をなぞっていく。
そうすれば鈴鳴は高い声で喉が震えた。その声にたまきはくすくす笑いながら、口元を抑える。
「もう、たまきちゃん、やりましたねっ」
「はわわ……!」
鈴鳴は抱き着くような姿勢でたまきの脇腹へと手を伸ばす。鈴鳴も糸のような細い指で脇腹のあたりをいたずらされると、思わずたまきの喉から喘ぎ声にも似た声が漏れながら笑いあう。
暫くして。
二人はお互いにくすぐり合ったのか、温泉の浴場の隣で息を切らしていた。
二人は顔を見合わせて、再び笑いあう。
そんなとき、藤 壱縷(CL2001386)は二人のところへと駆けよってきた。髪を纏めて、タオルで身体を隠しながら何事かと飛んできてしまったらしい。
二人がスキンシップしあっていたことを説明すると、壱縷は面白そうに口元を抑えて肩を揺らし微笑んだ。
「あ、こんにちは。良ければ、私ともお話しませんか?」
壱縷は外を指し示しながら、あっちに露天温泉がありまして……とっても凄く素敵な景色が広がっていたんです。是非、いってみませんかっ」
赤い盃に、片側の肩だけはだけた浴衣。鳴神 零(CL2000669)の長い髪は結われながらも、一筋の髪だけうなじに垂れ。
「ぷはっ! いやー、三日月に紅葉! 苦しゅうないぞお! 余は満足じゃあ!」
月夜に、満面の笑みを零していた。
足だけ温泉につけながら、隣では諏訪 刀嗣(CL2000002)が初めて見る足湯に感心しつつ、白く女性のように美しい足をつけた。
「酒なぁ。飲んだ事ぁねぇが美味いのか? つーかお前酒くせぇぞ」
「そりゃあ、美味しいから飲んでるのさ! 飲まないと生きてる心地がないのさ!」
どう、一杯? なんて零は刀嗣に勧めてみるものの、思い出したように盃は零の手に収まったまま動かなかった。大人に見えても、まだ彼は十代なのである。
刀嗣は冷やしたカフェオレを開けながら、薄い雲に重なる三日月を見上げた。
「ついに戦争になっちゃったねえ。いつかはこうなる事も予想していたけれど……しかも七星剣ときた! あはははは裏切りもここまでくると楽しいねえ!」
「ヒノマルに百鬼。喧嘩するにゃ事欠かねぇなここは。適当に出ていくつもりだったがしばらくは楽しめそうだ」
最近の浮世はなんだかんだ狂騒をはらんでいた。これが普通の日常だと言えるかはまた別の話だが、彼らにとっては楽しみが尽きぬ世界であろう。
しかし、刀嗣は思う。てか言う。
「おい、お前飲み過ぎなんじゃねぇのか?」
「えー全然そんな飲んでないよお、でもこんな月夜に飲まない方がもったいないよお」
アルコールが廻っているときの零は大胆だ。刀嗣の腕に絡みつくように身体を寄せ、体重を預けていく。
無邪気に笑う瞳が彼を映し、珍しく困った声色をした刀嗣。
「おい、抱きつくんじゃねえよ。聞いてるのか」
剥がそうと手を出すが、彼女はとっくに瞳を閉じていた。
「ったく、好き勝手して気持ちよさそうに寝やがって……」
ころんと転がった盃。遊び相手がいなくなって寂しく彷徨う刀嗣の指が、零の白い頬に触れていく。
少し雲がかった空。
そこからの月明りを、うっとりと見上げる椿 那由多(CL2001442)と十夜 八重(CL2000122)。
日ごろ溜まった疲れを、ここぞと湯船に浸けて溶かしていくのだ。二人、肩が擦れ合うか合わないかの、ぎりぎりのところで横並びになっていた。
黒猫の耳の間にタオルを置いた那由多が、白湯に肩まで浸かりながら瞳を閉じた。その温かさに、何も考えられなくなりそうだ。
「ふはぁ~いいお湯、ごくらくごくらく~ね、八重さんっ」
「はふ、ほんとに極楽みたいです、空の三日月も綺麗で落ち着きますし」
八重も瞳を閉じて、肩にお湯をかけていた。頬撫でる風が秋の冷たさをはらんでいるからこそ、白湯の温度がさらに感じられるというもの。
ふと、那由多のほうを見るとぴくんと動いている猫耳が、しっとりと濡れている。ふにゃりと折れ曲がった先端、それが何故か温泉にリラックスしているように見えて、可笑しく可愛く笑みが零れた。
那由多は八重の視線に気づいてから、思い出したように耳を触ってみた。発現してから、いつもない場所に何かがある不思議さは、最近やっと慣れてきたということだ。
「ふふ、自分の体の一部なのに急に変わると戸惑っちゃいますしね。私もほら……羽が背中で、気を抜くと挟んじゃいます」
八重の背中の羽が一度左右に振られると、お湯が揺れて、小さくぱしゃりと音がした。
「なってしもたもんは、しゃーないし、……って。受け入れるのに時間は、かからへんかったけど……」
しかしここで事件は起きる。
突然飛び上がるようにして那由多はその場で立った。立ってから、八重の前に正座して座った。
「八重さん、お胸大きい……ちょ、ちょっと触っても?」
「ふふ、どうぞ。ちょっと恥ずかしいですが……ん」
ここはパラダイスか。
遠慮気味に揺れる那由多の指先が、八重の程よく膨らんだ場所を優しく撫でる。温泉の暑さか、それとも恥ずかしさか、八重の頬はちょっとだけ紅潮していた。
たまに、小刻みに八重の喉が震えていた。
「や、やわらかい……!」
「那由多さんも、お返しに触りますよ?」
交差した二人の腕。八重も負けじ(?)と那由多の胸部へと手をかけた――
「へ? うちの? うちのは……普通サイズやで……?」
――と思っただろうが、触ったのは胸ではなく尻尾。
「って、や、八重さん! 尻尾はちょっと、八重さあああああああああああん!!」
「あら、ここ……敏感ですね?」
ぴくん、ぴくんと跳ねる那由多の身体が面白く、八重は暫く執拗に尻尾を優しく丁寧に壊さないようにちょっとだけ強く力を入れて撫でまわした。
天野 澄香(CL2000194)と成瀬 翔(CL2000063)はシロと一緒に散歩へ出ていた。
「そっかー、お前。シロって名前になったんだな。改めて宜しくなシロ!」
シロは翔の差し出した右手に、肉球のついた手を乗せた。
犬用。と言えばいいのだろうか、首輪にリードをつけたシロ(狼型)は澄香を引っ張るように奥へ奥へと進んでいく。これだとなんだかふつうの犬の散歩と変わらない感じではあった。
「シロちゃんの好きな場所はそっちですか?」
シロは振り返り、頭だけ縦に振りながら。けして緩やかではない傾斜の道をのぼっていく。その後ろを、翔が二人を見失わないようについていくのだ。
暫くして、シロは大きな岩の上で足を止めた。そこはこの山のてっぺんであるようで。木々も少なく、この場所が一望できるような開けた場所。
遠くでは三日月が雲間に隠れて灯り照らしており、泊まっている旅館は赤色提灯がよく目立つように輝いている。
「にしても、ここ、いいとこだなー。走り回るのにも良さそうだし温泉もあるんだな!」
「色々不思議なことが起きる温泉だけど。古妖と共存しているって素晴らしいって思います」
二人は岩場に腰かけつつ、シロはその間におすわり。
「シロちゃんはご両親や兄弟はいないの?」
シロは首を傾げた。どうやらわからないらしい。
「この村はどれくらい昔からあるの?」
そこでシロは狼から人間になり、それもわからないと呟いた。
「まんまるが出ても、ここは大丈夫なの?」
『まんまるが出たら、大丈夫じゃない』
今若干重要な事言ったような気がした。
シロは翔が持ってきていたドックフードを手掴みで食べながら、二人の話をよく聞いていた。
「ねえ、シロちゃん、もし今度何かあったら、遠慮しないで私達の所へ知らせに来て。きっと、必ず、力になりますから」
『うん、頼りに、してる』
「それと、次は私の手料理をご馳走しますね」
「うん、今度は街でも遊ぼうな! 姉ちゃん、オレもご馳走欲しい!」
「え? もちろん、翔くんにもご馳走しますよ。何が食べたいか考えておいて下さいね」
『肉』
「シロは肉が好きなんだな!」
「肉しか食べないっていう線もあるかもしれないですね
「よし、シロ、競争しようぜ、あそこの木まで!!」
すく、と立ち上がった翔は岩場からジャンプしてから木を目指す。その後ろから超速度で狼が追いかけてきていた。
椿屋 ツバメ(CL2001351)が買った焼き芋を半分にして、ひとつをシロが、もうひとつをツバメが同時に被り付いていた。
屋根の上で、二人は秋の風を感じている。ちょっと肌寒いが、身を寄せればこんなもの。
景色を見ながら、ツバメはシロの頭を撫でた。
「シロは偉いな……ここがこうして有るのも、シロが居るお陰だと巫女達から聞いた」
シロは照れながら、芋を一生懸命食べていた。小さな手が大きな焼き芋を持っているが、真っ赤になっていて熱そうだ。
「シロが怖がっているものがあるなら、私はシロを守ってやりたいし、困っているなら手助けしてやりたいと思う」
見上げたシロ。その純粋無垢な瞳に、ツバメが映っていた。
「私達は、仲間だからな」
『仲間』
生まれてから、いくらかはここで過ごすものの。人生、いや、狼生の大半は孤独に過ごすであろう人狼には、仲間という言葉が妙に引っかかっていた。
それは悪い意味では無く。しかし純粋な狼であるシロにとっては、まだ理解に難しいものなのだろうあ。
「……寒くなって来た、そろそろ帰るか……?」
ツバメは上着を脱ぎ、そしてそれをシロへかけてやった。シロはツバメの香りがするそれを嗅いでから、丸まるようにあったかそうに着こんだ。
「美味しいものも、待っているからな」
きっと帰ればごちそうか。シロをおぶったツバメは屋根の上から飛び降りていく。
本当は古妖の調査を兼ねて、と思っていたのだが。梶浦 恵(CL2000944)は今日は、オフとして仕事のことは忘れてゆっくりするように決めた。
絹のような白湯を堪能してから、今度は豪華なお食事が部屋に運ばれてきていた。
とはいえ、配膳してきたのは人では無く、顔を隠した着物姿の女性たちであったのでなんだか一層現実からかけ離れていることを実感する。
かなりのペースで日本酒を飲んでいたものの、恵の顔色は全く変わらない。
「ふぅ……ここのお酒は、とても美味しいですね。それに料理も」
満足げに、恵はよく膨れたお腹を摩った。
人狼が守っているからか。
まるで、この辺り一帯が、一種の結界が張られている空間の様にも感じる。
それは間違いでは無い。きっと、外からみればここには何もない場所があるだけで、普通は見つけられない結界がはられているのだ。
そこで気づいたが、どうやら料理の材料も妖世界のものが混じっていたか。恵はまじましと見ながら、日本酒を傾けた。
西荻 つばめ(CL2001243)は、鬼火でライトアップされた世界で見上げた。
風車の廻る音を聞きながら、彼岸花が揺れる。
「ここは紅葉が綺麗な場所ですわね。温泉にも惹かれましたが、ゆっくり本を読んだ後は、紅葉狩りにでも出掛けましょう」
落ち着いて本のページを捲れる空間である。静かで、古妖がいると聞いていたが思ったよりも騒がしくも無い。
たまにお面の少年が影からこちらを覗いているくらいだ。
冷える外は、羽織をきて準備万端。ゆっくりと散策しながら、色とりどりの落ち葉を道々拾って、七色の栞を帰ってから作るという。
秋の道、まるで敷き詰められた絨毯のような落ち葉の上をつばめは歩いていく。その感触と、そして音もまた風流に。
ふとたまに、人狼らしき影がつばめを守っているようについてきていた。女性一人では危ないと思ってきてくれているのだろうか。
此処を守る守護に感謝をしながら、影を連れてつばめは進んでいく。
鈴白 秋人(CL2000565)は白湯に肩まで浸かりながら、冷たい頬を温まった両手で触れた。
思うのは、水面をじぃと見つめていれば思い人――婚約者のことだ。
「祝と来れれば良かったんだけど……少し残念だな」
その気持ちをお湯に溶かすように、ぽつりとつぶやいた。
できなかったものは仕方ないことだ。気持ちを切り替えながら、いっそ、今日ここでの出来事をお土産話にしながら、物は何をお土産にするか考えれば胸が高鳴った。
きっと彼女も、あの三日月を見つめているに違いない。
それから思うのは、依頼の事。これからも、依頼を受けながら、色々経験しつつ生きていくのだろうか。
(覚者でも大怪我をする事はあるし、祝を心配させない様にしないとな……)
常に彼女のことを考える彼は、ひとつ、頑張る決心をしながら。いつも一つしかない月を見上げた。
瀬織津・鈴鹿(CL2001285)は真っ白の毛玉……もとい、シロを抱きしめた。
「大神シロ……うん、いい名前だと思うの! よろしくね、シロ!」
シロは小さく吠えながら、尻尾を大きく振っていた。
「その名前がある限り……シロは大丈夫……『まんまる』なんかに負けないの」
鈴鹿から漏れ出るマイナスイオンを直に感じたシロは、静かに目を閉じていた。鈴鹿の、忙しい鼓動が直に伝わってくる。
暫くして二人は混浴へ来ていた。もちろんだが水着着用な。
ふと、鈴鹿はここにいる古妖の気配に瞳を輝かせた。
「ふわぁ! 古妖がいっぱいなの!」
シロはお湯が怖いようで、あまり近づこうとしなかったが鈴鹿はシロの腕を引いていく。
「大丈夫なの! 私はシロのお姉ちゃんだからちゃんと隅々まで洗ってあげるの!」
『うう……』
瞳を閉じたシロに、頭からお湯をかけてみたり、背中をゆっくり洗ってみたり。シロはどんどん綺麗になっていくが、やっぱりお湯に触れるたびにぴくんぴくん震えていた。
「……これで少しでもシロが不安が晴れるといいのだけど」
ぽそ、と呟いたことにシロの耳はきちんととられているだろう。
『……ありがとう。大丈夫』
●
御白 小唄(CL2001173)はクー・ルルーヴ(CL2000403)の手を引っ張るようにしながら、散歩をしている。
「こうしてゆっくりした時間を過ごすのは久しぶりですね。最近はイベント続きでしたし」
引かれていく手を見ながら、クーは一度顔を縦に倒した。
繋がっている部分から、彼の体温のせいなのか。それとも心がなんでかおかしいのか。それはクーには判断が難しいものであったが。
わかることは、繋がっている手がとても熱くで。でもでも、嫌な感じはしないのだ。
小唄は一般的には他愛のないと言われる話や、世間話なんかをして、楽しい雰囲気が途切れないようにしていた。クーはそれに、主には頷くだけであったが、しっかり話は聞いているつもりだ。
ふと、温泉饅頭屋が建っていた。見た目はボロい老舗のような感じだが、中から出てきた若い怪因子の女性がよくしてくれた。
今日は、タダで言いとのこと。二人は顔を見合わせて、幸運に感謝しながら笑った。
「僕このカスタード味にしますね! 先輩はどれにします?」
「……白餡で」
暫くしてから出てきたお饅頭。二人は再び歩きながら、温かい饅頭を口に含んだ。暖かくて、それでいて甘い。心までほぐしてくれそうな、そんな優しい味。
しかし小唄は、クーが食べている白餡も気になった。白餡なんて久々に見たか、一般的にはあの黒いやつしか見かけないから。
「先輩、食べ比べてみませんか?」
何気なく小唄は差し出したのだが、よくよく考えてみればこれは小唄が口をつけていたもの。つまり間接キス。
それっていいのだろうか、考えながらクーの耳は頻繁におろおろ揺れていた。ひょっとして、これはハロウィンの出来事にも通じる何かがあるのだろうか。
しかし小唄の笑みは他意が無さそうだ。それにちょっとの嫉妬心を感じていたクー。
だが、それで食べないのもいやだ……。ずるい、そう思いながら、彼の差し出したものを恐る恐る口へ含んだ。
そのまま小唄はクーの差し出した方も口へと含んだ。
「あ、こっちもおいしい! ……どうかしました?」
「いえ、なんでも」
頬が赤いのはなんのせい。クーはおおきめに口をあけて、彼の跡を一緒に含むようにして食べていた。言葉では言い表せない気持ちが、溢れているような気がする。
鈴駆・ありす(CL2001269)と黒崎 ヤマト(CL2001083)は、水着着用で混浴へ。そういえばこうやって、水着で一緒になるのは二回目か。
二人は横並びになりながら、自然と手を重ねていた。鎖のように離れないように。
正直、そこまでしなくても……とありすは心のなかでごちていたのだが、彼の、ヤマトの嬉しそうな横顔が見えると、暫くこの状態で時が止まってしまえばいいのにと思える。
「温泉はやっぱりいいよなぁ。芯まで温まる」
「そうね、温泉はとっても落ち着くわね。温かいし」
ヤマトの心は、安堵していた。前は物凄く緊張していたが、これも慣れというやつか。不思議な気持ちの変化を感じながら、繋いでいる手がぴくりと動いた。
それが伝わっているのかは知らないが、対してありすは以前よりも緊張して固まっていた。意識し過ぎているのだろうか、それとも余裕そうなヤマトの変化に焦っているのだろうか。
離さないように、ありすは今一度その手を強く握れば、ヤマトは察したように強く握り返してくれた。
「ハロウィンライブも楽しかったし、ありすがいいなら、またやってみたいよな。クリスマスとか、さ」
「そうね、楽しかったわね……いいわよ、クリスマスもやりましょうか」
彼女のOKの言葉に、一気に喜びを見せたヤマトが飛び上がりながら万歳をした。
さっきまでは男の顔をしていた彼が、無邪気に戻ったのを見ると少し緊張が和らぐありす。しかし、その万歳はちょっと恥ずかしい。
「ば、ばか! やめなさいよ、目立つでしょ!? ああもう……ばかっ」
ぷく、と頬を膨らませたありす。それを見ながら、ヤマトはまだ興奮冷めやらない表情だったがごめんごめんと謝りながら、再び手を強く握った。
確かな約束を契りながら、秋風が頬を撫で、風車が廻る。まるで二人の運命が廻っているように、歓迎されているようにも見えた。
坂上 懐良(CL2000523) は混浴にて、目についた女性……つまり、丹羽 志穂(CL2001533)に声をかけて一緒に温泉に入る難破に成功したラッキーボーイである。
ほかにも、樹神枢と、何気に大神シロも連れていた。
恐らく巫女服姿の女性以外は全てファイブの人間であるからして、問題は無い、他意は無いと懐良は心中ニヤつきながら、顔は立派に真面目でイケメンな表情をしていた。
「みんなでお湯に浸かると、気持ちいいねぇ。どうしても肩が凝るから、湯船は楽ちんだね」
志穂は日ごろの疲れをお湯に溶かしながら、肩へ湯をかけつつその細い首筋を濡らす。
「はい、なんだかとっても気持ちがいいです」
枢は言った。覚醒して、大人の姿の枢がいた。
懐良はガッツポーズを決めていた。まさか誘った幼女が、暦の因子で大人になれるだなんて。そんなことわかったら覚醒を頼まずにはいられなかった。
懐良を挟むように、志穂と枢は座っている。これは最早ユートピアでは無かろうか。
その手前をちいちゃい子供の人狼、シロが人の姿で遊んでいた。というか溺れかけていた。咄嗟に志穂はシロを掴んで腿の上に座らせる。
『お湯、怖い』
「ふふ、大丈夫だよ。ふふふ、同じ湯船に浸かる仲なら、もう友達かな? ボクは、みんなと友達になりたいな」
志穂は微笑みながら、大人の色気を纏わせていた。それには枢も、少し頬を赤らめて見習わなければいけないと決心していたとか。
そういえばと懐良は、シロへ問う。
「女性の人狼はいるのか?」
『います。ボクはジュンケツシュだから、母親も父親も人狼です。なので、います』
再びお湯の中で懐良は拳を強く握った。
「人狼の性別は、ボクも気になっていたよ。巫女さんばかりだから、人狼は男性だけなのかと思っていた」
『そんなことありませんよ、きちんと女性もいます。たまに、男性の巫女も……あ、御子といったほうがいいですか。今は、いませんねそういえば』
もし懐良が人狼をもふったところで、人型になったそれが屈強なおっさんなら心が折れる思いだ。
だが女性なら、きっと楽しいだろう――そんな事を思っていた懐良でありながら、伝わっているのか、志穂はクスクスと笑っていた。
「ボクはもふもふできるなら、どっちも好きかな。樹神はどう?」
「そうですね、私は……狼さんの姿でしたらどちらでももふってもいいかもしれませんね。でもできれば女性のほうが抵抗は無いかもしれません」
枢はシロの頭を撫でながら言っていた。
「そうだろ? どうせもふもふするなら、枢ちゃんや志穂おねーさんのような人を相手にもふもふするだろう。誰だってそうする、オレだってそーする」
ふと、懐良は思いついたように。
「あ、背中でも流そうか?」
少年のように輝いた瞳をしつつ言っていた。志穂はそれを聞いて、ひざ上のシロへ視線を向ける。
「シロ。坂上が背中流してくれるんだって。樹神は私が流してあげるね」
『ほんと?』
「あ、私は……あ、はい、では甘えたいです」
懐良はそれを聞いた瞬間、少しだけ落ち込んだ表情をしていたが。
「坂上の背中は、その後で流してあげるね。他意がないなら、ボクの背中もお願いしようかな?」
志穂の微笑みに、懐良の鼻の下がぐーんと伸びていった。
橡・槐(CL2000732)はとあるものに挑戦していた。それはそれで大丈夫なのか、いやその発想は無かったと賞賛したい。
「ふふふ……ここがいわゆる隠れ里という奴なのですね。そして隠れ里とかの外部から断絶した地帯特有のループしたりする謎空間なのです!」
つまり、無限ループって怖くね?ってやつ。
「せっかく滅多にない体験なのですから、車椅子を下り道全開でループして、重力加速の極限にチャレンジしてくるのですよ……ヒャッハー!」
かなり怖いもの知らずで、黙っていればかなり美少女の予感がしているのに悲しみを覚えつつ。
槐は車いすのまま坂道を下がり、ひとしきり下っていけばまた上へ戻り、同じ景色がループするという謎の超常現象を楽しんでいた。しかしそんなとき、通りかかった鯨塚 百(CL2000332)がいた。
「しっかし不思議な場所だよなあ」
と森を探索してたその時、突如槐という高速物体が彼の隣を超速度で駆け抜けていく。
「うわあ!? びっくりした、今のは一体なんだったんだ!!?」
百はあれを古妖だと思ったらしい。
何度も往来(往来してないが)する彼女を珍しそうに、いや、なかば不審そうに古妖たちは見守っていた。
暫くして飽きたのか、地面を抉るほどのスピンをかけながら車いすは急停車する。
「地図にマッピングして行ってループ位置を纏めていくのですよ。ふふふ……目指すはループの法則の解明なのです!」
意外とアウトドア派かつ冒険心があふれんばかりの槐は、覚醒して足を地に立たせて駆け抜けていく。
如月・彩吹(CL2001525)は、
「……古妖の村……」
感嘆混じる声で呟いてから、その場で一周廻ってみた。
夜の闇を照らすのは電球では無く人魂や鬼火や、舌を出す提灯。風車は絶えず廻り、子供たちの笑い声がどこからか聞こえる。
千本鳥居は出口を示し、祈りの込められた社は静かにたたずむ。
彩吹は一通りその景色を楽しんでから、傍らで立っていたシロへ視線を向ける。嫌がる様子は無く、彩吹の手をシロは受け入れ、頭を撫でられていく。
「折角連れてきてくれたんだもの。案内を頼める?」
『御意』
狼の姿から、人の姿へ変わったシロ。それをお供にして、二人は闇夜の道を歩いていく。
紅葉や、黄色や赤に染まった葉の上に足を降ろし、その感触を確かめつつ。ふと、この時間には似合わない子供がこちらを覗いていたり、漂う金魚や、筆絵の動物たちとすれ違う。
「いつもより眩しく見えるね」
ふと、彩吹はシロへ言う。
『月の力が強い年なのです』
同じ空を見上げていたが、彩吹はシロへ上着を着せてやった。
「寒くない?」
シロのような守り神に、そんな心配をするのはおかしいかもしれない。だが目の前にいるのはただの子供にしか見えないのである。
「小さい時には 沢山周りに甘えていいんだよ。ここにいるのは皆 君の仲間だ」
再び彩吹はシロの頭へと触れた。触れた瞬間、人間の耳がぴこっと狼の耳に変わった。
「連れてきてくれてありがとう」
その笑顔に、シロは。
『ん』
甘えるように彩吹に身体を押し付けた。
奥州 一悟(CL2000076)は久しぶりに、じいちゃんとリサと三人一緒に旅行である。
旅行でこの場所を選ぶとは、なかなかお目が高い。
「ふぅ、キモチいい……とってもステキな場所ネ」
光邑 リサ(CL2000053)は、いや、三人は足湯に浸りながら、同じ山の景色を見ている。薄い月明りがさす中で、提灯のような鬼火が列をなし、空中では金魚が水中と同じように泳いでいる。
「足湯ってじじさ……あ~、いや、別に……うん、気持ちいい」
一悟は近寄ってきた金魚をつん、と包んでみれば、半回転してからまたどこかへ泳いでしまう金魚を目で追って行く。
言ってしまえば、とても不思議な場所である。金魚鉢のなかの金魚を外からみているのとは、また違う世界なのだから。
「デモ、この金魚ちゃんたち寒くないのカシラ? 寒さをどうやって凌いでいるかも気になるケド、ここの人たちは金魚ちゃんたちにどうやって餌を上げているのでしょうネ」
隣で酒を飲んでいた、光邑 研吾(CL2000032)は笑いながら言う。
「温泉が湧いとるさかい、湯気で暖を取っとるんやないか? 白い湯気の間をひらひらと赤い尾びれをたなびかせて……、なんとも風流やな。山のもみじもリサもキレイやしなぁ」
ひらりと金魚の尾が揺れる。ふわりと、飛び上がるようなそれを研吾は眼で追っていた。
ふと、研吾の持っているおちょこにお酒が無くなっていた。気を利かせたリサがそこへ日本酒を注いでいく。
ありがたみを感じながら、研吾はその酒を一気に飲みほした。
「あ、一悟は未成年やからジュースやで」
「わかってるって。ラムネ飲んでるよ。……と、みたらし団子、オレが全部食っちまうぜ」
一悟は豪快に、三つ着いたみたらし団子を根本から一気に食べつくしていく。そんな勢いで食べたら喉につまると、リサはラムネを差し出してくれていた。
その時ふと、真っ白の犬が木から降りた音がした。
「おっす! あんときの坊主が人狼だったなんてびっくりだぜ。元気してたか?」
一悟へ近づいたシロ、その場で人間の姿になりがら、元気、と呟いている。
「こんにちは、シロちゃん。ステキなところね。お誘いくださってアリガトウ」
『いえ、婦人。ボクこそ、こんな事しかできなくて』
ふと、シロは悲しそうに視線を落とした。
「ん? ボン、どないしたんや。なんや浮かん顔して。心配事があるなら遠慮せんと、どんどんみんなに相談しいや。なんったら今、ここで聞いたるで。な、一悟?」
「……おう、いいぜ。オレで力になれることならなんでもやってやるよ。ファイヴのみんなだって、助けてくれるはずだ。だから元気出せよ、な」
『ありがとう、ボクのことも手伝ってもらうかもしれない。でも今は、休んでね』
シロは笑いながら、頭を下げていた。
「きせきー! ひとっ風呂行こうぜー!」
工藤・奏空(CL2000955)は元気よく温泉へと駆けていき、その後ろを御影きせき(CL2001110)がついていく。
「わー! すごい広いね!!」
二人は同じように瞳を輝かせながら、湯気とかぽーんとという音にマイナスイオンを感じる大浴室内で冒険を開始した。
まずはシャワーを浴びて汚れを落としてから、いざ出陣。二人は、最近依頼のなかで色々あった仲であるという。
その依頼は辛いものだったか、それとも大変なものであったのか、その逆かはわからないが何かしらで通じ合ったということで。
お互いに、お疲れ様ということで温泉へ一緒に来ていた。
奏空から見て、きせきは大の親友である。色々彼には過去、辛いことがあるようだが、それの支えになってやれれば、心の拠り所になってやれればと考えている。
きせきから見て、奏空は一番最初にできた友達で、今一番の親友である。大人に負けないくらいに依頼では能力を発揮する頑張り屋さんだ。
きゃっきゃ、わいわいとはしゃぎつつ。しかし、隣合わせで静かになって、ふう、と一息したきせき。
「本当はね、奏空くんに怖がられてないか。あの依頼のときから心配だったんだよね……」
零したきせきの言葉を、奏空は一文字一文字きちんと受け止めるように聞いていた。
なんて、今日は重い話はやめにして。奏空はきせきの顔にお湯を意地悪くかけた。やったな、と曇った表情が一瞬にして晴れていくきせき。
湯船の中でおいかけっこが始まったのちに、露天温泉とやらもあるらしい。きっとそっちも楽しいだろう、風車と彼岸花と紅葉が咲き乱れて幻想的な中で身体を休められるのだから。
あがったらタオル一枚でフルーツ牛乳を飲む約束をしながら、二人は一緒に、まるで兄弟のように駆けていく。
鼎 飛鳥(CL2000093)はお風呂をいただいた後、浴衣の上に分厚い綿の入ったちゃんちゃんこを着ていた。湯冷めしないようにだ、秋だからもう外は凍えるように寒いだろう。
用意された部屋は、一人が泊まるにしては少々大きい部屋だ。中で、金魚がぴちょんと揺れて空中を泳いでいる。
縁側で窓を開け、三日月と紅葉の山のお絵かきを開始する。燃えるような山々と、鬼火の列。古妖の宴を耳でBGMとして聞きながら、これを親のお土産にするために作成していく。
ふと、夜の暗い道で発光するような物体が歩いていた。
シロだ。
飛鳥は手を振りながら、
「シロちゃん、こんばんはなのよ。お散歩ですか?」
と言えば、シロは見上げながら、ハイそうですと言ったような気がする。
『そちらは、何をしているのですか?』
「山の上の月がとってもきれいだから、お絵かきしていたのよ」
『お絵かきですか。いいですね。ボクは、絵がかけないので……とても素敵だと思います。では』
「行ってらっしゃいなのよ」
飛鳥は、速足でどこかへ消えていくシロを目で追いかけてから。見えなくなったところで、思いつきで白狼のを書き加えた。
絵の中、月を見上げる人狼。
「……シロちゃん、なんだか背中が寂しそうだったのよ」
●
途方も無く広い浴場ではあるが、不思議と人はファイヴの覚者以外に見当たらない。それはそれでちょっとゾっとするような気もするが、気配は感じる。そんな場所。
月歌 浅葱(CL2000915)と姫神 桃(CL2001376)は、その気配にも慣れつつある頃に、二人で肩を並べて温泉に浸かっていた。
白湯が、ぴちょんと流れ。静かに、カラカラ廻る風車。
「ふっ、ぼーっとお湯に浸かると溶けそうになりますねっ。でも気持ちいいのですっ」
暫く静寂が場所を支配していたが、浅葱はとろけてお湯の中へ口あたりまで浸かっていた身体を起こしながらそう言った。
「広いお風呂でのびのびするのも、贅沢よねぇ」
同じく桃も、滑りそうになる身体を持ち上げながら、しかしいつもよりはるかに大人しい浅葱を若干不思議に思いながら言っていた。
普段は戦場に出てその拳をふるっていたり、ある時は学校で机の前に張り付いていたりが多いもので、こうやって日々積もって凝り固まったものを流すのは大歓迎である。
ふと、浅葱はぴちょんという音を残して湯の中に消えていった。桃はそれに気づかないまま、
「ひゃ!!? いきなり背中からって、びっくりするじゃない!」
背中側から飛び出してきた浅葱は、桃の身体を背中側から抱きしめて捕獲。
「後ろからだとこういうこともできちゃいますっ」
浅葱は抱きしめるように桃へ腕を回し、簡易な水鉄砲で桃の顔を射止めた。つい、お湯が目に入りそうになって瞑った瞳。
「やったわね!」
桃は振り返りながら、浅葱へと反撃。その手に書き込んだお湯を、盛大に浅葱へとかけてみた。
「真後ろは打ちにくいでしょうっと、……きゃんっ」
「ふふ! 可愛い声出すじゃない。どんどん行くわよ! やられたら倍返しよ!!」
浅葱の回避の裏をかいた攻撃は直撃。暫く二人は夏場の海のような感じでお湯を掛け合いながら楽しんでいた。
暫くして、遊び疲れた二人。
今度は桃が浅葱の後ろから抱き着いて、浅葱の身体へ体重を預けてみる。甘えるのでは無く、たまにはこういったスキンシップも大事なのだと解釈しながら意外と逞しい浅葱の身体を安心したように触れる。
蕩けた顔に驚き顔、怒り顔に笑い顔、色んな桃の表情を見れた浅葱はそれだけで満足だ。
「浅葱は、いつも笑ってて楽しそうよねぇ。悪戯好きだし、見てて飽きないわね」
「ふー、たまにはこういうのもいいですねっ」
二人の温泉旅はまだまだ続く。
「温泉、ちょっと浸かり過ぎた……」
天堂・フィオナ(CL2001421)はそう言いながら、八重霞 頼蔵(CL2000693)の近くでごろごろ。
「過ぎたるは何とやらだよ、天堂君」
まるで猫のような彼女の動作は見ていて飽きないというものだ。眼を細めて、笑ったよう見も見える頼蔵。しかし疑問はある、頼蔵はそこまで他人を気にしないのだが、一体自分はどういう心境の変化とやらだろうか。
さておき、ふと、ガバっと起き上がったフィオナは思いついたように立ち上がって、少しだけよれた浴衣を恥ずかし気に直しながら言った。
「そうだ。乾杯しよう!」
もちろん、フィオナはまだ飲める歳ではない。お酒って美味しいかな、なんて首を傾げたフィオナだが、頼蔵は試してみるか?なんて口が裂けても言えないのだ。
いつかの為にとっておけ、これが正解の答えであろう。頼蔵はそう呟けば、今日は聞き分けがいいフィオナは仕方ないと苦笑している。
二人の盃にそそがれたのは金色の……まあ、お茶である。
乾杯してから、空を見上げる。早い速度で風が流れているのか、雲が流れてその間から三日月が顔を出したり仕舞ったりしている。
二人は一緒の時間が長いという。だが、フィオナは彼のことをよく知らない。好奇心という名の知識欲がフィオナの心を埋めていた。
「……頼蔵の前世って、どんな感じなんだ?」
「……道化者、かな」
いつの間にか酒を飲んでいた頼蔵は、少しほろ酔い気分の心地のままに言葉を紡ぐ。
「道化? ピエロ? ど、どんなだろう」
慙愧と、愉悦。悪意。間違っても、酒の流れで言っていいものなのか。頼蔵は己の中で何度も言葉をかみ砕いたが、口からそれがいつの間にか漏れ出ていた。
外の彼岸花が揺れる。
と同時、頼蔵のようで頼蔵でない笑みに。
一瞬寒気がして、思わず
「貴方は――誰だ?」
フィオナは、無意識に距離を取った。そして悟っていた。ああ、そうかこれが「かつて」の――。
謝りの、ごめんのごの字をフィオナが言う前に。頼蔵は首をあげた。少しだけ、フィオナの身体はびくっと揺れた。
「所でだ、何故相部屋なのかね?」
「……すまん。お部屋、もう一つ取り忘れた」
ベランダの隅で寝るからというフィオナの言葉に、からかい気味に一緒に寝るか? と意地悪く布団を捲った。その後のことはご想像にお任せしたい。
露天の湯。
指先まで冷たくなっていた身体も、今は温まり白湯のなかで揺蕩う。
「ここのところは忙しくて心休まる暇もありませんでした」
「こうやってゆっくりするのは、お祭りへご一緒させて頂いて以来でしょうか」
諏訪 奈那美(CL2001411)と柳 燐花(CL2000695)は同じ景色を見つめながら、少し向かいあうような形で白湯に身体を任せていた。
満月では無く、三日月であるのが少々残念だが奈那美は白湯に朧げに映った三日月を指でなぞる。燐花は、その指の流れと裂かれる湯の揺れを感じながら、目線を彼女の漆黒の瞳へ変えた。
「諏訪さんとこうやってお話しできるようになって嬉しいです。今日は一日羽を伸ばしましょうか」
「私も女の子の友達はこちらに来てから初めてなので燐花さんとお近づきになれて嬉しいです」
暫く語り合う二人。本当に美しい風景に溶け込む美女たちに、空中の金魚は草陰の古妖も息をのんで風景を壊さぬように近寄ってこない。
そして湯煙に交じって微笑む奈那美の表情は、年齢よりもかなり大人びて見えた。
逆に、奈那美としては燐花のお湯表面からたまに顔を出しては沈む尻尾や、水気を保ってしっとりしている耳に触れたい衝動があった。しかし、いきなり我を忘れて触っては折角の友達も――とギリギリのラインで欲望を食い止めている。
しかしその目線は、感じ取れてしまうものか。察しがいい燐花は、顔を横に傾けながら。
「湯上りに乾いたら、耳……触ってみます?」
と言われれば、奈那美は白状したように両手で顔を覆ってから、
「触らせていただけるなら、是非……」
と次には飛び出したいくらいに前のめりになりながら、返事をしていた。
そういえば。
「ここに来る前に甘味処を見つけました。よかったら後でご一緒しませんか?」
燐花は、白湯から出ると奈那美の手を引きながらほほ笑んだ。秋風が二人の体温を程よく撫でながら、抜けていく。
奈那美の頬が朱に染まっているのは熱のせいかそれとも。繋がっている燐花の手も、緊張しているのか少し強張っている。
「甘い物は大好きです。ちょっぴりカロリーが気になりますが。今日のところは忘れる事にしましょうか」
ほほ笑みながら、二人は手を繋ぎ直した。
人里離れた温泉宿。
湯気が上がり、濁り湯の暖かさがこの距離で伝わってくる。これはめっちゃ癒される感しかない。
榊原 時雨(CL2000418)は好奇心とか期待感とかが入り混じった鼓動の高鳴りを感じていた。足先からゆっくりと浸かり、全身が入るころには自然と表情もとろけていく。
「あれ? 時雨ぴょんどったの?」
「な、なんもあらへんよ。温泉気持ちえぇよなー」
時雨の隣には、楠瀬ことこ(CL2000498)がいて。ことこは心のオアシスを堪能しつつ、羽を広げていたところで。ふと、背を向けて座る、まるで他人ですと言わんばかりの時雨の顔を覗き込んだ。
時雨には一つ、引っかかることができていた。よくよく見てみればことこのスタイルは文句ない。これで隣に並べばまさか幼女体形かもしれないいやそんな事実認めたくないが、そんな自分と比較されてしまうのではないか。
そんな不安が膨れ上がっていた。
最初は時雨の顔を見て本気で心配していたことこ。どうして背中を向けてしまっているのだろうか。濁り湯だから、そんなに身体とか見えないから恥ずかしくないだろうに。
それともことこが何かしてしまっただろうか、ここ数分を思い出してもそれらしいものは無い。ことこは少々泣きそうになっていた。
だが、ことこはけして頭の悪い子ではない。ちょっと考えればことこにだって解るものだ。
「もしかして、ことこよりちっちゃいの気にしてる?」
「……って一発でバレとるやないか!」
時雨は無意味に白湯の表面を叩いた。
「ち、ちっちゃいのなんて気にしてへんし! うちかて後3・4年もすれば大きくなるし! 覚醒後の姿が保証してくれとるし!! 考えればせめて2年後なら多少は!!」
力説した時雨。
ことこは、ぽかんとしてから。それから、
「え。なに。ことこもしかして図星ついた……?? なにが、って明言してないのに???」
「しまったーッ!! ……来年位から大きくなるとえぇなぁ……うぅ……早く成長したい」
突如、湯に沈んでしまいそうな時雨をことこは支えた。結構まずったか、ことこは彼女の地雷を踏み抜いてしまったのか、わからない。いや、ただ、地雷を仕掛けて置いたら自ら踏んだのは時雨ではあるのだが。
「あ、あがったら背中マッサージしたげるから、機嫌なおして?」
「ん…や、うちが勝手に凹んだだけやから、うん……ありがとな?」
微妙な空気になってしまったが、覚醒は嘘をついてないから大丈夫だよ元気出せ。
片桐・美久(CL2001026)はお宿を探検していた。さっきから後ろを、お面をかぶった子供たちがついてくるが、振り返ってみると皆隠れていく。恥ずかしいのかな?
「人狼さん……えぇと、シロさんっておっしゃるんでしょうか?」
『はい』
「よければ、僕とご一緒に探検しませんか? シロさんにとっては身知った場所かもしれませんが、何か新しい発見ができるかもしれません!」
『御意っ』
シロは美久と手を繋いだ。シロ的には、一緒に遊んでくれるお兄ちゃんが出来たようで、心中、うれしそうに踊っていたようだ。
小さな猫のような、しかし二尾あるもの。それが眼前を飛んで行ったり。時折怖いのはお面をつけた女の人がベランダに立っていたり。
あれらも全て古妖なのだろうが、時折聞こえる子供の笑い声や宴会する影に自然と心が躍る。
暫くして美久はシロを連れて厨房へ来ていた。
そーっと、美久はウィンクしてシロをなだめてからおやつを取る。ふと、伸びた手に気づいたのか巫女さんがきゃっと声をあげた瞬間、美久はお芋のデザートのようなものを取って。
「ごめんなさい、お姉さん達!」
シロをつれて、疾く逃げていく。
追っては来ないみたいだが、戦利品と一緒にシロと笑いあった。
「今日は三日月……か。シロさんはどのお月様が一番好きですか?」
『満月が、すきです』
しかしこの後巫女さんにこっぴどく怒られたが、美久の持前の愛らしい笑みにより巫女さんも怒るに怒れなくなったとかとか。
緒形 逝(CL2000156)は生き急いでいるのか。それとも死線が好きなのか解らない。
今わかることと言えば、思った以上に彼は自分の身体のことを知らないというところかもしれない。つまり限界が来た逝は、電池が切れたおもちゃように設けられた一室で寝転んでいた。
「………おや。どうやら倒れた感じさね」
暫くして起き上がったフルフェイス。身体に異常はないか確認してから、
「まあ良いけど悪食や。起こしてくれても良いじゃないの、大神ちゃんとお話したかったのに」
と語らぬ相棒へと話しかけている。
「……うん?」
しかし常に敷いている感情探査には、目に見えぬ場所の存在を示していた。それは誰かは確認できないのだが、思うにこれはシロであろうか。
『だいじょうぶ?』
部屋の隅。見守るような状態で膝を追っていたシロがいた。
「おっさんには見えない『月に張り付くモノ』、悪食は反応してるから、何かが月に居るとしか分からんがね」
それがシロが懸念しているものだというのだろう。
『……月の光は強力です。引っ張ったり、ぞわぞわさせたり。そういうチカラ、欲しい人間、人間じゃないの、いっぱいるんです』
シロはそう言いながら、窓へ寄って月を見上げていた。
「後は男の子だろう、刀の1つも持っては如何か。手に馴染む良い子を探してあげるわよ」
『ボクはまだ小さく、刀を持て余してしまうかもしれないけれど。それでもいいのならぜひ』
大辻・想良(CL2001476)は廊下の角から出て、ベランダのような柵の上から御此処を見つめていた。
まるで彼岸の世界に、何を思うか。現実からかけ離れ、ここが日本であるという証明がどうすればできるというものか。
気にしないけど。気にしなかった。
暫くしてから想良は外へ出ていた。落ち葉踏みしめ、黄色や赤色の秋の道を歩んでいく。空では高いところで月明りが道を示しているから怖くなんてない。
聞いた話だと、歩み続けても気づけば宿へ戻ってしまうのだという。それには興味があった。
ふと、後ろを一緒に歩いて来る気配。シロだ。
「上に、何かあるの?」
想良は空の灯りを指さした。
『ある』
「報告書、読んだけど。天は、どう思う? ……まんまる。部屋をめちゃくちゃにしたのは、まんまる?」
『まんまるじゃないです、まんまるはまんまるだから』
部屋、というのは。シロが朝起きたときにぼろぼろになっていた部屋のことだろう。直接月が手を下したわけではないと、シロは言いたいのかもしれない。
「前の時は暴れたって話は聞かなかったと思うけど。新月だったから?」
『……まんまるいないときは、元気』
なんだか少し、謎は解けていた。言う所、月がないから何も起こらないというのは正解である。
今日はそれからシロを監視してみようと思った。もしかしたら、人狼のほうに何かがあるのかもしれないと掴んでいるから――。
紅葉狩りだ。
燃ゆる紅葉、古妖かそれの類かの浮いている提灯に照らされる紅葉は、一層不気味さも極まり、しかしそれが不思議を美しいと思えていた。
田場 義高(CL2001151)は酒をくいっと勢いよく口に含んで、舌で転がし、そして喉で味わう。
また、いつもと違う風情に身をゆだね、酒は切っても切れない、そう心を洗ってくれるものだと改めて感心した。
こんな時だからこそ、奥さんにこっぴどくいわれることも無いのなら酒はきちんとしたものを取りそろえたいものだ。
日本酒の長期熟成酒、いわゆる古酒ってやつを用意してみた。古酒と言えば、無色透明では無く少々金色がかった色のあれだろうか、いや知識が無くて済まない工藤狂斎は反省した。
「ここにいるは皆酒飲み仲間よ、さぁ! 一緒に飲みかわそうぜ。おら! そこにいんのも隠れてないで、ほれ、こっち来いって」
義高が古酒のお猪口を高らかに上げた。不思議と、視界では誰もいないのだが大勢その場にいるような気がする。
だってほら、鏡に映った義高の周りには。笑う男性や女性が着物に身を包んで彼を囲んでいたのだから。
「古妖の村……」
水瀬 冬佳(CL2000762)は呟いた。
人狼を中心として、力の強くない妖怪たちが集まって暮らしている。そこには人間も住んでいて、人狼を奉っているのだとか。
今でもそういうものが残っていることは嬉しい気持ち半分、とても珍しい気持ち半分といういったところか。
そのまさかの共存具合に、驚きながら。隣にいた酒々井・千歳(CL2000407)は首を縦に動かしながら、冬佳の話を聞いていた。
場所は宿の一室。
外から淡い鬼火でライトアップされている紅葉を視線で愛でながら、千歳の瞳は緩やかに笑う。
「綺麗な物だね、少しばかり普段見る風景とは違った物も見える様子だけど」
その傍らに腰かけた冬佳。
「こうして間近にできるのは、彼等の隠れ里ならでは、ですね。見事な自然です……綺麗」
部屋のなかに、いつの間に入ってきたのだろうか。光で構成された瑠璃の蝶が金粉を落としながら外へと舞っていく。それだけでは無く、尾の長い金魚が空中を泳ぎ、稀に狐火をつれた二尾の狐が木々の間を駆け抜けていく。
「おかしな物を見るのには慣れた心算だったけど、まだまだ見たこともない物はたくさんあるね」
千歳は改めて感心しながら、ふと先ほどの瑠璃の蝶を指に止めた。冬佳は彼の手の止まった蝶をじぃと見つめていた。透明で、ステンドグラスのような羽からはその先の景色がまた違って見えるのだ。
「こういう楽しい物ばかりだったら歓迎なのだけれど」
しかしそうはいかないのが世の中でもある。
呼吸するように羽を休めていた蝶はすぐに飛びだっていったかと思えば、空中で消えていってしまう。その残り香のような金粉を見ながら、冬佳は静かに頷いた。
「……まあ、難しい事を考えるのは今日は止めておこうか。そろそろ温泉に浸かりにいかない? 冬佳さん」
「……そうですね。肌寒いですし」
静かに立ち上がった二人。
「ふふ。楽しみですね、酒々井君」
「目一杯堪能して帰るとしようか」
まるで長年連れ添った夫婦のような雰囲気で、蝶が舞う個室をあとにした。
菊坂 結鹿(CL2000432)は震えていた。前もそんな事があったような……と思っていたところで、向日葵 御菓子(CL2000429)に樹神枢が捕まっていた。
御菓子はシャワー前に座らせた枢の、まだ熟れてもいない育ってもいない身体へ丁寧に泡を伸ばしていく。
「じ、自分で洗えるのだ!」
一緒に結鹿も手で泡をこねて作っている。
「ふふ、枢ちゃんのみずみずしい肢体をあますところなく隅から隅まで洗わせていただきます!」
「だから自分できるのだ、あぁぁぁ~!!」
場所は露天風呂。少女(笑)たちのきゃっきゃうふふな声に、隣の男性用の露天風呂の奴等も気が気じゃなかっただろう。
ぷくりと膨れた枢の小さな腕から、肩を撫で、小さな背中を撫でまわしてから。前へと手を伸ばしていく。あれなんだろうね、えろいね。
生生しいのはリテイクくらうからオブラートに包むけど、結局は枢はくすぐったさに身体を震わせ、赤面になった顔で御菓子を見ていた。そのうち何故か覚醒した枢。
子供のような弾力が一転、女性の曲線美を取りそろえた彼女の身体の凹凸は実に御菓子の腕を滾らせていた。
「え、えっと……も、自分で洗いましたから……」
「(御菓子にっこり)」
「きょ、拒否します!断固拒否です!!」
「うん、却下♪」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一瞬、ほんの一瞬だけ。結鹿は枢を助けようかな、なんて思ったのだが。だってかなり水分を含んで潤った彼女の瞳が、助けてって言ってきたのだから。結鹿の小さな胸がちょっとした罪悪感に刺激されているが。
だがしかし、現実、姉の行動を止められるものか。いや、止められないだろう。というのは三割くらいのいいわけで、自分が巻き込まれるのはちょっとということで、枢は見事犠牲になっていたのだ。
しかし御菓子は結鹿さえ見逃さない。
洗われてつやつやになった大人枢が何故か露天の隅で倒れている中、御菓子はじりじり妹へ近づき攻防を繰り返したのちに、――そしてもう一つ死体が増えたという。
「可愛かったよ♪ ほんと、二人とも……ごちそうさまでした!」
湯治と聞いて。
氷門・有為(CL2000042)は最近負ったか、一番大きい傷でも治すようにして訪れていた。
それにしてもだ。古妖が多い。水面に立つ女――それを運よく見かけていた。さっきは視線があえば消えてしまったが。だがしかし。
再び視線があえば彼女は消えていく。まるで守り神のようであるが、追いかけてみるのも一興であったかもしれない。
しかし理性を忘れて追ってしまっては、それはそれで、と有為は自身の理性を確かめていた。
「至極どうでもいいですけど。まあ、かなり自由が許されてる雰囲気はありますよ。余程の事でもないと追い出されたりはしないかと思われ。時勢的に警戒度上がってではありますが」
有為の言葉は、恐らく物陰にいたシロへ向けられた言葉ととっても良かったのだろうか。シロはそれを聞いてちょっとだけ安心したらしい。
「大丈夫?」
東雲 梛(CL2001410)は屋根の上で三日月を見上げていたシロへと声をかけた。
シロは梛に気づいてから、こくんと頷いて。そしてまたずぅっと上を見上げている。
「まんまる(月)に何か見える? 俺にはいつもの月しか見えないけど、シロはよく月を見ているから」
『今日のまんまるは優しいまんまるです。怖くない、でも明日はわからない』
それはもしかしたら、月に何かが起こって、その事が原因で人狼は病気になってしまった――と梛は考察している。
遠からずも近からずも。シロは人狼が病気になってしまっていること事態には、否定はしなかった。
「俺にも月に起こった何かが見えればいいのに。月に見える何かの原因に心当たりはある?」
『……僕ら人狼がそんなに目障りなんだろうか』
そこまで言ってシロは梛の服を掴み、子供のように梛の腹部で顔を埋めた。甘えているのだろうか、それとも怖がっているのだろうか。
「シロの母親は、もしかして巫女さん? 人狼と結ばれる巫女さんもいると聞いたから」
シロはその質問に首を横へ振った。
『ボクはジュンケツシュの人狼。コンケツシュの人狼では無い。だから、ボクの両親は人狼。今、ジュンケツシュは希少なんだって』
割と、希少価値性の高いシロであった。
もし人間の血が半分は言ってるのなら、人間に近い存在であるのなら、人間を守る理由も分かりやすい。
しかしシロは純粋な人狼だ。もしかしたらいつか人狼の血に目覚めて、梛の近くを去るときがくるかもしれない――しかしどうなるか。
「俺は先祖が古妖たちと仲良くて、それでこの怪の因子に目覚めたから」
人魂を手で触れながら告げた。人でありながら、古妖に近い存在黄泉。シロは梛の助けたい気持ちはよくよく理解していた。
『ありがとう。でもごめんなさい巻き込んでしまうかもしれないボクを許して欲しい』
●
三日月の沈むに早き峡紅葉。詠み人は誰だったか――。
秋の肌を刺す冷たさと、温泉の湯気が混じり、薄っすらと霧の合間に燃ゆる紅葉が飾られる。
空には雲間に隠れて三日月が時折、優しい光を届けていた。
随分と風流である。時任・千陽(CL2000014)がそう思ったとき、背中側から一筋の風が駆け抜けていく。
筆墨で書かれた線画の兎数体を引き連れた切裂 ジャック(CL2001403)が露天温泉へと飛び込んだ。
古湯屋に兎飛び込むお湯の音。
千陽は苦笑交じりに足先から湯へと入っていく。
「あまり騒いでは迷惑になりますよ」
「悪りぃ悪りぃ、つい! 友達と温泉来れる日が来るとは思わんくて嬉しくて! あれ? 筆絵の兎、まさかお湯に溶けた?」
即覚醒、右目を開いたジャックは戦闘では出さないような俊敏さでどこかへ消えていった。
かと思えば数分後に気絶させた古妖を引きずって持って来ては。
「ときちか! なんかいた!」
「すぐ元の場所に戻して差し上げて下さい」
これを何度か繰り返した。
「たまには日頃の疲れを洗い流すのもいいでしょう」
「今、正に疲れたわ」
とろけそうなお湯の温度に、千陽はお淑やかにその身を浸す。ふと、千陽の髪にかかった紅葉をジャックが冷たい指先で取ってから、背中合わせに座り込んで体重を彼へかけた。
「ときちかは頑張り過ぎるから、たまには俺のこと頼ってな」
「頑張りすぎ、ですか? そんな自覚はなかったのですが。むしろ俺より君のほうが、理不尽に抗う勇者にみえます」
「おうよ! 心ゆくまで叛逆よ! 運命に言いなりの毎日なんて嫌だね!」
一方は無垢な羨望向けを、もう一方は歪み切った輝きを放ち、思いの灯が尽きるまで語り合った――。
暫くしてから、シロが人の姿でジャックの顔面目がけて飛びこんできた。
『お湯、熱い、煮られる……!』
「狼鍋なんて誰も食べたかねえよ。シロ! なあ、お前朝起きたら記憶が飛んでることとかないか?」
『よくあります。しょっちゅうです。物がよく壊れてました』
「お前、それもっと早く言えよっ」
「やはり、人狼は満ちる月に思いを馳せるものですか?」
『思いを馳せる……、月を見ていると安心する。しかし最近、血がぎゅうっと引き込まれてくらくらします』
「あの月が満ちたら、君は変わってしまうのだろうか?」
『……その時は、遠慮無くボクを殺して下さい』
ジャックと千陽は顔を見合わせた。
「よっしゃシロ、散歩がてらこの辺案内してくれるか?」
焔陰 凛(CL2000119)の足元に纏わりつくように、狼型のシロがついていく。
シロが彼女の足にまとわりつくのは、凛のそれは訓練用の下駄を履いており。それが素足で履いているものだから寒そうで寒そうで。
「履いてみるか?」
とスクっと立ち上がったシロが人間の身体になって履いてみると。すぐさま、ころんと転げて山道をごろごろごろごろと落ちていったのを凛は追いかけていった。
「最初は上手くいかんやろ、て足のサイズが違うか。すまんすまん」
『ボクがもう少し、大きければよかったのですが』
しょんぼりしたシロの髪の毛を、凛の手が撫でていく。シロは少々むくれた表情で、自身の至らぬ小さな身体を嘆いていたとか。
ふと、凛の瞳にはまんまるに膨れた柿が見える。どうやらここら辺は柿木が多いようだ。
周囲の古妖たちもそれを取っているのをみれば、恐らく無許可でも取って問題は無い野生の柿木なのであろう。
「よっしゃ! シロ出番や!」
シロを担いで、肩車のような状態にになった凛。目線が高くなったシロへ、凛はいつかこれが逆になるときが来ると良いと言い聞かせた。
勝ち取る柿の、なんて甘い事。凍えた指先は温泉で温めよう、一人と一匹の時間は続く。
賀茂 たまき(CL2000994)は緊張していた。
守衛野 鈴鳴(CL2000222)と遊びに出かけるのは一度や二度ではないと思うが、温泉に来て入るというのは初めてである。
しかし鈴鳴も割とそういうのは初めてであり、友達と一緒にお風呂という事実に恥ずかしさが顔からにじみ出ていた。
お互い、新婚初夜の夫婦みたいに顔を合わせないまま、温泉にまで足を運んでいたわけだが。
まあ、……ちょっと脱いで入ってしまえば割と恥ずかしいという感覚も抜け落ちるというもの。
二人は他愛のない話をしながら、白湯の中に入っていた。そこでたまき、一世一代の企み。こっそり、鈴鳴のお胸の成長具合を調査である。
しかしここで鈴鳴も、たまきの胸元を見ているようで見ていないようにしていたが、だがしかし、たまきが少し目線を外すと胸元へ視線が映る。謎の攻防が始まったが、恐らく胸の大きさは同じくらいなのだろう。
だがその僅かな差が少女たちの命運を分ける。今日は引き分けか。
たまきは鈴鳴の手を握り、鈴鳴は最初は一体全体なんだろうと思ったが、たまきの熱い視線を感じて何か伝わったらしく、お互い強く手を握りしめた。
「えへへ、私がお背中流させてもらいますねっ」
「は、はいっ」
その後二人は、背中の洗いっこである。
最初に鈴鳴がたまきの背中へ泡を伸ばしていく。その背中の白さと艶やかさ、まるで発光しているのはと疑うばかりに胸が高鳴る。
同じく、たまきが鈴鳴背中を流す番のときもそうだった。すべすべで、きめ細かい肌。つい、たまきは欲望が抑えきれずに、泡を流してから細い指で、それも爪先で彼女の身体をなぞっていく。
そうすれば鈴鳴は高い声で喉が震えた。その声にたまきはくすくす笑いながら、口元を抑える。
「もう、たまきちゃん、やりましたねっ」
「はわわ……!」
鈴鳴は抱き着くような姿勢でたまきの脇腹へと手を伸ばす。鈴鳴も糸のような細い指で脇腹のあたりをいたずらされると、思わずたまきの喉から喘ぎ声にも似た声が漏れながら笑いあう。
暫くして。
二人はお互いにくすぐり合ったのか、温泉の浴場の隣で息を切らしていた。
二人は顔を見合わせて、再び笑いあう。
そんなとき、藤 壱縷(CL2001386)は二人のところへと駆けよってきた。髪を纏めて、タオルで身体を隠しながら何事かと飛んできてしまったらしい。
二人がスキンシップしあっていたことを説明すると、壱縷は面白そうに口元を抑えて肩を揺らし微笑んだ。
「あ、こんにちは。良ければ、私ともお話しませんか?」
壱縷は外を指し示しながら、あっちに露天温泉がありまして……とっても凄く素敵な景色が広がっていたんです。是非、いってみませんかっ」
赤い盃に、片側の肩だけはだけた浴衣。鳴神 零(CL2000669)の長い髪は結われながらも、一筋の髪だけうなじに垂れ。
「ぷはっ! いやー、三日月に紅葉! 苦しゅうないぞお! 余は満足じゃあ!」
月夜に、満面の笑みを零していた。
足だけ温泉につけながら、隣では諏訪 刀嗣(CL2000002)が初めて見る足湯に感心しつつ、白く女性のように美しい足をつけた。
「酒なぁ。飲んだ事ぁねぇが美味いのか? つーかお前酒くせぇぞ」
「そりゃあ、美味しいから飲んでるのさ! 飲まないと生きてる心地がないのさ!」
どう、一杯? なんて零は刀嗣に勧めてみるものの、思い出したように盃は零の手に収まったまま動かなかった。大人に見えても、まだ彼は十代なのである。
刀嗣は冷やしたカフェオレを開けながら、薄い雲に重なる三日月を見上げた。
「ついに戦争になっちゃったねえ。いつかはこうなる事も予想していたけれど……しかも七星剣ときた! あはははは裏切りもここまでくると楽しいねえ!」
「ヒノマルに百鬼。喧嘩するにゃ事欠かねぇなここは。適当に出ていくつもりだったがしばらくは楽しめそうだ」
最近の浮世はなんだかんだ狂騒をはらんでいた。これが普通の日常だと言えるかはまた別の話だが、彼らにとっては楽しみが尽きぬ世界であろう。
しかし、刀嗣は思う。てか言う。
「おい、お前飲み過ぎなんじゃねぇのか?」
「えー全然そんな飲んでないよお、でもこんな月夜に飲まない方がもったいないよお」
アルコールが廻っているときの零は大胆だ。刀嗣の腕に絡みつくように身体を寄せ、体重を預けていく。
無邪気に笑う瞳が彼を映し、珍しく困った声色をした刀嗣。
「おい、抱きつくんじゃねえよ。聞いてるのか」
剥がそうと手を出すが、彼女はとっくに瞳を閉じていた。
「ったく、好き勝手して気持ちよさそうに寝やがって……」
ころんと転がった盃。遊び相手がいなくなって寂しく彷徨う刀嗣の指が、零の白い頬に触れていく。
少し雲がかった空。
そこからの月明りを、うっとりと見上げる椿 那由多(CL2001442)と十夜 八重(CL2000122)。
日ごろ溜まった疲れを、ここぞと湯船に浸けて溶かしていくのだ。二人、肩が擦れ合うか合わないかの、ぎりぎりのところで横並びになっていた。
黒猫の耳の間にタオルを置いた那由多が、白湯に肩まで浸かりながら瞳を閉じた。その温かさに、何も考えられなくなりそうだ。
「ふはぁ~いいお湯、ごくらくごくらく~ね、八重さんっ」
「はふ、ほんとに極楽みたいです、空の三日月も綺麗で落ち着きますし」
八重も瞳を閉じて、肩にお湯をかけていた。頬撫でる風が秋の冷たさをはらんでいるからこそ、白湯の温度がさらに感じられるというもの。
ふと、那由多のほうを見るとぴくんと動いている猫耳が、しっとりと濡れている。ふにゃりと折れ曲がった先端、それが何故か温泉にリラックスしているように見えて、可笑しく可愛く笑みが零れた。
那由多は八重の視線に気づいてから、思い出したように耳を触ってみた。発現してから、いつもない場所に何かがある不思議さは、最近やっと慣れてきたということだ。
「ふふ、自分の体の一部なのに急に変わると戸惑っちゃいますしね。私もほら……羽が背中で、気を抜くと挟んじゃいます」
八重の背中の羽が一度左右に振られると、お湯が揺れて、小さくぱしゃりと音がした。
「なってしもたもんは、しゃーないし、……って。受け入れるのに時間は、かからへんかったけど……」
しかしここで事件は起きる。
突然飛び上がるようにして那由多はその場で立った。立ってから、八重の前に正座して座った。
「八重さん、お胸大きい……ちょ、ちょっと触っても?」
「ふふ、どうぞ。ちょっと恥ずかしいですが……ん」
ここはパラダイスか。
遠慮気味に揺れる那由多の指先が、八重の程よく膨らんだ場所を優しく撫でる。温泉の暑さか、それとも恥ずかしさか、八重の頬はちょっとだけ紅潮していた。
たまに、小刻みに八重の喉が震えていた。
「や、やわらかい……!」
「那由多さんも、お返しに触りますよ?」
交差した二人の腕。八重も負けじ(?)と那由多の胸部へと手をかけた――
「へ? うちの? うちのは……普通サイズやで……?」
――と思っただろうが、触ったのは胸ではなく尻尾。
「って、や、八重さん! 尻尾はちょっと、八重さあああああああああああん!!」
「あら、ここ……敏感ですね?」
ぴくん、ぴくんと跳ねる那由多の身体が面白く、八重は暫く執拗に尻尾を優しく丁寧に壊さないようにちょっとだけ強く力を入れて撫でまわした。
天野 澄香(CL2000194)と成瀬 翔(CL2000063)はシロと一緒に散歩へ出ていた。
「そっかー、お前。シロって名前になったんだな。改めて宜しくなシロ!」
シロは翔の差し出した右手に、肉球のついた手を乗せた。
犬用。と言えばいいのだろうか、首輪にリードをつけたシロ(狼型)は澄香を引っ張るように奥へ奥へと進んでいく。これだとなんだかふつうの犬の散歩と変わらない感じではあった。
「シロちゃんの好きな場所はそっちですか?」
シロは振り返り、頭だけ縦に振りながら。けして緩やかではない傾斜の道をのぼっていく。その後ろを、翔が二人を見失わないようについていくのだ。
暫くして、シロは大きな岩の上で足を止めた。そこはこの山のてっぺんであるようで。木々も少なく、この場所が一望できるような開けた場所。
遠くでは三日月が雲間に隠れて灯り照らしており、泊まっている旅館は赤色提灯がよく目立つように輝いている。
「にしても、ここ、いいとこだなー。走り回るのにも良さそうだし温泉もあるんだな!」
「色々不思議なことが起きる温泉だけど。古妖と共存しているって素晴らしいって思います」
二人は岩場に腰かけつつ、シロはその間におすわり。
「シロちゃんはご両親や兄弟はいないの?」
シロは首を傾げた。どうやらわからないらしい。
「この村はどれくらい昔からあるの?」
そこでシロは狼から人間になり、それもわからないと呟いた。
「まんまるが出ても、ここは大丈夫なの?」
『まんまるが出たら、大丈夫じゃない』
今若干重要な事言ったような気がした。
シロは翔が持ってきていたドックフードを手掴みで食べながら、二人の話をよく聞いていた。
「ねえ、シロちゃん、もし今度何かあったら、遠慮しないで私達の所へ知らせに来て。きっと、必ず、力になりますから」
『うん、頼りに、してる』
「それと、次は私の手料理をご馳走しますね」
「うん、今度は街でも遊ぼうな! 姉ちゃん、オレもご馳走欲しい!」
「え? もちろん、翔くんにもご馳走しますよ。何が食べたいか考えておいて下さいね」
『肉』
「シロは肉が好きなんだな!」
「肉しか食べないっていう線もあるかもしれないですね
「よし、シロ、競争しようぜ、あそこの木まで!!」
すく、と立ち上がった翔は岩場からジャンプしてから木を目指す。その後ろから超速度で狼が追いかけてきていた。
椿屋 ツバメ(CL2001351)が買った焼き芋を半分にして、ひとつをシロが、もうひとつをツバメが同時に被り付いていた。
屋根の上で、二人は秋の風を感じている。ちょっと肌寒いが、身を寄せればこんなもの。
景色を見ながら、ツバメはシロの頭を撫でた。
「シロは偉いな……ここがこうして有るのも、シロが居るお陰だと巫女達から聞いた」
シロは照れながら、芋を一生懸命食べていた。小さな手が大きな焼き芋を持っているが、真っ赤になっていて熱そうだ。
「シロが怖がっているものがあるなら、私はシロを守ってやりたいし、困っているなら手助けしてやりたいと思う」
見上げたシロ。その純粋無垢な瞳に、ツバメが映っていた。
「私達は、仲間だからな」
『仲間』
生まれてから、いくらかはここで過ごすものの。人生、いや、狼生の大半は孤独に過ごすであろう人狼には、仲間という言葉が妙に引っかかっていた。
それは悪い意味では無く。しかし純粋な狼であるシロにとっては、まだ理解に難しいものなのだろうあ。
「……寒くなって来た、そろそろ帰るか……?」
ツバメは上着を脱ぎ、そしてそれをシロへかけてやった。シロはツバメの香りがするそれを嗅いでから、丸まるようにあったかそうに着こんだ。
「美味しいものも、待っているからな」
きっと帰ればごちそうか。シロをおぶったツバメは屋根の上から飛び降りていく。
本当は古妖の調査を兼ねて、と思っていたのだが。梶浦 恵(CL2000944)は今日は、オフとして仕事のことは忘れてゆっくりするように決めた。
絹のような白湯を堪能してから、今度は豪華なお食事が部屋に運ばれてきていた。
とはいえ、配膳してきたのは人では無く、顔を隠した着物姿の女性たちであったのでなんだか一層現実からかけ離れていることを実感する。
かなりのペースで日本酒を飲んでいたものの、恵の顔色は全く変わらない。
「ふぅ……ここのお酒は、とても美味しいですね。それに料理も」
満足げに、恵はよく膨れたお腹を摩った。
人狼が守っているからか。
まるで、この辺り一帯が、一種の結界が張られている空間の様にも感じる。
それは間違いでは無い。きっと、外からみればここには何もない場所があるだけで、普通は見つけられない結界がはられているのだ。
そこで気づいたが、どうやら料理の材料も妖世界のものが混じっていたか。恵はまじましと見ながら、日本酒を傾けた。
西荻 つばめ(CL2001243)は、鬼火でライトアップされた世界で見上げた。
風車の廻る音を聞きながら、彼岸花が揺れる。
「ここは紅葉が綺麗な場所ですわね。温泉にも惹かれましたが、ゆっくり本を読んだ後は、紅葉狩りにでも出掛けましょう」
落ち着いて本のページを捲れる空間である。静かで、古妖がいると聞いていたが思ったよりも騒がしくも無い。
たまにお面の少年が影からこちらを覗いているくらいだ。
冷える外は、羽織をきて準備万端。ゆっくりと散策しながら、色とりどりの落ち葉を道々拾って、七色の栞を帰ってから作るという。
秋の道、まるで敷き詰められた絨毯のような落ち葉の上をつばめは歩いていく。その感触と、そして音もまた風流に。
ふとたまに、人狼らしき影がつばめを守っているようについてきていた。女性一人では危ないと思ってきてくれているのだろうか。
此処を守る守護に感謝をしながら、影を連れてつばめは進んでいく。
鈴白 秋人(CL2000565)は白湯に肩まで浸かりながら、冷たい頬を温まった両手で触れた。
思うのは、水面をじぃと見つめていれば思い人――婚約者のことだ。
「祝と来れれば良かったんだけど……少し残念だな」
その気持ちをお湯に溶かすように、ぽつりとつぶやいた。
できなかったものは仕方ないことだ。気持ちを切り替えながら、いっそ、今日ここでの出来事をお土産話にしながら、物は何をお土産にするか考えれば胸が高鳴った。
きっと彼女も、あの三日月を見つめているに違いない。
それから思うのは、依頼の事。これからも、依頼を受けながら、色々経験しつつ生きていくのだろうか。
(覚者でも大怪我をする事はあるし、祝を心配させない様にしないとな……)
常に彼女のことを考える彼は、ひとつ、頑張る決心をしながら。いつも一つしかない月を見上げた。
瀬織津・鈴鹿(CL2001285)は真っ白の毛玉……もとい、シロを抱きしめた。
「大神シロ……うん、いい名前だと思うの! よろしくね、シロ!」
シロは小さく吠えながら、尻尾を大きく振っていた。
「その名前がある限り……シロは大丈夫……『まんまる』なんかに負けないの」
鈴鹿から漏れ出るマイナスイオンを直に感じたシロは、静かに目を閉じていた。鈴鹿の、忙しい鼓動が直に伝わってくる。
暫くして二人は混浴へ来ていた。もちろんだが水着着用な。
ふと、鈴鹿はここにいる古妖の気配に瞳を輝かせた。
「ふわぁ! 古妖がいっぱいなの!」
シロはお湯が怖いようで、あまり近づこうとしなかったが鈴鹿はシロの腕を引いていく。
「大丈夫なの! 私はシロのお姉ちゃんだからちゃんと隅々まで洗ってあげるの!」
『うう……』
瞳を閉じたシロに、頭からお湯をかけてみたり、背中をゆっくり洗ってみたり。シロはどんどん綺麗になっていくが、やっぱりお湯に触れるたびにぴくんぴくん震えていた。
「……これで少しでもシロが不安が晴れるといいのだけど」
ぽそ、と呟いたことにシロの耳はきちんととられているだろう。
『……ありがとう。大丈夫』
●
御白 小唄(CL2001173)はクー・ルルーヴ(CL2000403)の手を引っ張るようにしながら、散歩をしている。
「こうしてゆっくりした時間を過ごすのは久しぶりですね。最近はイベント続きでしたし」
引かれていく手を見ながら、クーは一度顔を縦に倒した。
繋がっている部分から、彼の体温のせいなのか。それとも心がなんでかおかしいのか。それはクーには判断が難しいものであったが。
わかることは、繋がっている手がとても熱くで。でもでも、嫌な感じはしないのだ。
小唄は一般的には他愛のないと言われる話や、世間話なんかをして、楽しい雰囲気が途切れないようにしていた。クーはそれに、主には頷くだけであったが、しっかり話は聞いているつもりだ。
ふと、温泉饅頭屋が建っていた。見た目はボロい老舗のような感じだが、中から出てきた若い怪因子の女性がよくしてくれた。
今日は、タダで言いとのこと。二人は顔を見合わせて、幸運に感謝しながら笑った。
「僕このカスタード味にしますね! 先輩はどれにします?」
「……白餡で」
暫くしてから出てきたお饅頭。二人は再び歩きながら、温かい饅頭を口に含んだ。暖かくて、それでいて甘い。心までほぐしてくれそうな、そんな優しい味。
しかし小唄は、クーが食べている白餡も気になった。白餡なんて久々に見たか、一般的にはあの黒いやつしか見かけないから。
「先輩、食べ比べてみませんか?」
何気なく小唄は差し出したのだが、よくよく考えてみればこれは小唄が口をつけていたもの。つまり間接キス。
それっていいのだろうか、考えながらクーの耳は頻繁におろおろ揺れていた。ひょっとして、これはハロウィンの出来事にも通じる何かがあるのだろうか。
しかし小唄の笑みは他意が無さそうだ。それにちょっとの嫉妬心を感じていたクー。
だが、それで食べないのもいやだ……。ずるい、そう思いながら、彼の差し出したものを恐る恐る口へ含んだ。
そのまま小唄はクーの差し出した方も口へと含んだ。
「あ、こっちもおいしい! ……どうかしました?」
「いえ、なんでも」
頬が赤いのはなんのせい。クーはおおきめに口をあけて、彼の跡を一緒に含むようにして食べていた。言葉では言い表せない気持ちが、溢れているような気がする。
鈴駆・ありす(CL2001269)と黒崎 ヤマト(CL2001083)は、水着着用で混浴へ。そういえばこうやって、水着で一緒になるのは二回目か。
二人は横並びになりながら、自然と手を重ねていた。鎖のように離れないように。
正直、そこまでしなくても……とありすは心のなかでごちていたのだが、彼の、ヤマトの嬉しそうな横顔が見えると、暫くこの状態で時が止まってしまえばいいのにと思える。
「温泉はやっぱりいいよなぁ。芯まで温まる」
「そうね、温泉はとっても落ち着くわね。温かいし」
ヤマトの心は、安堵していた。前は物凄く緊張していたが、これも慣れというやつか。不思議な気持ちの変化を感じながら、繋いでいる手がぴくりと動いた。
それが伝わっているのかは知らないが、対してありすは以前よりも緊張して固まっていた。意識し過ぎているのだろうか、それとも余裕そうなヤマトの変化に焦っているのだろうか。
離さないように、ありすは今一度その手を強く握れば、ヤマトは察したように強く握り返してくれた。
「ハロウィンライブも楽しかったし、ありすがいいなら、またやってみたいよな。クリスマスとか、さ」
「そうね、楽しかったわね……いいわよ、クリスマスもやりましょうか」
彼女のOKの言葉に、一気に喜びを見せたヤマトが飛び上がりながら万歳をした。
さっきまでは男の顔をしていた彼が、無邪気に戻ったのを見ると少し緊張が和らぐありす。しかし、その万歳はちょっと恥ずかしい。
「ば、ばか! やめなさいよ、目立つでしょ!? ああもう……ばかっ」
ぷく、と頬を膨らませたありす。それを見ながら、ヤマトはまだ興奮冷めやらない表情だったがごめんごめんと謝りながら、再び手を強く握った。
確かな約束を契りながら、秋風が頬を撫で、風車が廻る。まるで二人の運命が廻っているように、歓迎されているようにも見えた。
坂上 懐良(CL2000523) は混浴にて、目についた女性……つまり、丹羽 志穂(CL2001533)に声をかけて一緒に温泉に入る難破に成功したラッキーボーイである。
ほかにも、樹神枢と、何気に大神シロも連れていた。
恐らく巫女服姿の女性以外は全てファイブの人間であるからして、問題は無い、他意は無いと懐良は心中ニヤつきながら、顔は立派に真面目でイケメンな表情をしていた。
「みんなでお湯に浸かると、気持ちいいねぇ。どうしても肩が凝るから、湯船は楽ちんだね」
志穂は日ごろの疲れをお湯に溶かしながら、肩へ湯をかけつつその細い首筋を濡らす。
「はい、なんだかとっても気持ちがいいです」
枢は言った。覚醒して、大人の姿の枢がいた。
懐良はガッツポーズを決めていた。まさか誘った幼女が、暦の因子で大人になれるだなんて。そんなことわかったら覚醒を頼まずにはいられなかった。
懐良を挟むように、志穂と枢は座っている。これは最早ユートピアでは無かろうか。
その手前をちいちゃい子供の人狼、シロが人の姿で遊んでいた。というか溺れかけていた。咄嗟に志穂はシロを掴んで腿の上に座らせる。
『お湯、怖い』
「ふふ、大丈夫だよ。ふふふ、同じ湯船に浸かる仲なら、もう友達かな? ボクは、みんなと友達になりたいな」
志穂は微笑みながら、大人の色気を纏わせていた。それには枢も、少し頬を赤らめて見習わなければいけないと決心していたとか。
そういえばと懐良は、シロへ問う。
「女性の人狼はいるのか?」
『います。ボクはジュンケツシュだから、母親も父親も人狼です。なので、います』
再びお湯の中で懐良は拳を強く握った。
「人狼の性別は、ボクも気になっていたよ。巫女さんばかりだから、人狼は男性だけなのかと思っていた」
『そんなことありませんよ、きちんと女性もいます。たまに、男性の巫女も……あ、御子といったほうがいいですか。今は、いませんねそういえば』
もし懐良が人狼をもふったところで、人型になったそれが屈強なおっさんなら心が折れる思いだ。
だが女性なら、きっと楽しいだろう――そんな事を思っていた懐良でありながら、伝わっているのか、志穂はクスクスと笑っていた。
「ボクはもふもふできるなら、どっちも好きかな。樹神はどう?」
「そうですね、私は……狼さんの姿でしたらどちらでももふってもいいかもしれませんね。でもできれば女性のほうが抵抗は無いかもしれません」
枢はシロの頭を撫でながら言っていた。
「そうだろ? どうせもふもふするなら、枢ちゃんや志穂おねーさんのような人を相手にもふもふするだろう。誰だってそうする、オレだってそーする」
ふと、懐良は思いついたように。
「あ、背中でも流そうか?」
少年のように輝いた瞳をしつつ言っていた。志穂はそれを聞いて、ひざ上のシロへ視線を向ける。
「シロ。坂上が背中流してくれるんだって。樹神は私が流してあげるね」
『ほんと?』
「あ、私は……あ、はい、では甘えたいです」
懐良はそれを聞いた瞬間、少しだけ落ち込んだ表情をしていたが。
「坂上の背中は、その後で流してあげるね。他意がないなら、ボクの背中もお願いしようかな?」
志穂の微笑みに、懐良の鼻の下がぐーんと伸びていった。
橡・槐(CL2000732)はとあるものに挑戦していた。それはそれで大丈夫なのか、いやその発想は無かったと賞賛したい。
「ふふふ……ここがいわゆる隠れ里という奴なのですね。そして隠れ里とかの外部から断絶した地帯特有のループしたりする謎空間なのです!」
つまり、無限ループって怖くね?ってやつ。
「せっかく滅多にない体験なのですから、車椅子を下り道全開でループして、重力加速の極限にチャレンジしてくるのですよ……ヒャッハー!」
かなり怖いもの知らずで、黙っていればかなり美少女の予感がしているのに悲しみを覚えつつ。
槐は車いすのまま坂道を下がり、ひとしきり下っていけばまた上へ戻り、同じ景色がループするという謎の超常現象を楽しんでいた。しかしそんなとき、通りかかった鯨塚 百(CL2000332)がいた。
「しっかし不思議な場所だよなあ」
と森を探索してたその時、突如槐という高速物体が彼の隣を超速度で駆け抜けていく。
「うわあ!? びっくりした、今のは一体なんだったんだ!!?」
百はあれを古妖だと思ったらしい。
何度も往来(往来してないが)する彼女を珍しそうに、いや、なかば不審そうに古妖たちは見守っていた。
暫くして飽きたのか、地面を抉るほどのスピンをかけながら車いすは急停車する。
「地図にマッピングして行ってループ位置を纏めていくのですよ。ふふふ……目指すはループの法則の解明なのです!」
意外とアウトドア派かつ冒険心があふれんばかりの槐は、覚醒して足を地に立たせて駆け抜けていく。
如月・彩吹(CL2001525)は、
「……古妖の村……」
感嘆混じる声で呟いてから、その場で一周廻ってみた。
夜の闇を照らすのは電球では無く人魂や鬼火や、舌を出す提灯。風車は絶えず廻り、子供たちの笑い声がどこからか聞こえる。
千本鳥居は出口を示し、祈りの込められた社は静かにたたずむ。
彩吹は一通りその景色を楽しんでから、傍らで立っていたシロへ視線を向ける。嫌がる様子は無く、彩吹の手をシロは受け入れ、頭を撫でられていく。
「折角連れてきてくれたんだもの。案内を頼める?」
『御意』
狼の姿から、人の姿へ変わったシロ。それをお供にして、二人は闇夜の道を歩いていく。
紅葉や、黄色や赤に染まった葉の上に足を降ろし、その感触を確かめつつ。ふと、この時間には似合わない子供がこちらを覗いていたり、漂う金魚や、筆絵の動物たちとすれ違う。
「いつもより眩しく見えるね」
ふと、彩吹はシロへ言う。
『月の力が強い年なのです』
同じ空を見上げていたが、彩吹はシロへ上着を着せてやった。
「寒くない?」
シロのような守り神に、そんな心配をするのはおかしいかもしれない。だが目の前にいるのはただの子供にしか見えないのである。
「小さい時には 沢山周りに甘えていいんだよ。ここにいるのは皆 君の仲間だ」
再び彩吹はシロの頭へと触れた。触れた瞬間、人間の耳がぴこっと狼の耳に変わった。
「連れてきてくれてありがとう」
その笑顔に、シロは。
『ん』
甘えるように彩吹に身体を押し付けた。
奥州 一悟(CL2000076)は久しぶりに、じいちゃんとリサと三人一緒に旅行である。
旅行でこの場所を選ぶとは、なかなかお目が高い。
「ふぅ、キモチいい……とってもステキな場所ネ」
光邑 リサ(CL2000053)は、いや、三人は足湯に浸りながら、同じ山の景色を見ている。薄い月明りがさす中で、提灯のような鬼火が列をなし、空中では金魚が水中と同じように泳いでいる。
「足湯ってじじさ……あ~、いや、別に……うん、気持ちいい」
一悟は近寄ってきた金魚をつん、と包んでみれば、半回転してからまたどこかへ泳いでしまう金魚を目で追って行く。
言ってしまえば、とても不思議な場所である。金魚鉢のなかの金魚を外からみているのとは、また違う世界なのだから。
「デモ、この金魚ちゃんたち寒くないのカシラ? 寒さをどうやって凌いでいるかも気になるケド、ここの人たちは金魚ちゃんたちにどうやって餌を上げているのでしょうネ」
隣で酒を飲んでいた、光邑 研吾(CL2000032)は笑いながら言う。
「温泉が湧いとるさかい、湯気で暖を取っとるんやないか? 白い湯気の間をひらひらと赤い尾びれをたなびかせて……、なんとも風流やな。山のもみじもリサもキレイやしなぁ」
ひらりと金魚の尾が揺れる。ふわりと、飛び上がるようなそれを研吾は眼で追っていた。
ふと、研吾の持っているおちょこにお酒が無くなっていた。気を利かせたリサがそこへ日本酒を注いでいく。
ありがたみを感じながら、研吾はその酒を一気に飲みほした。
「あ、一悟は未成年やからジュースやで」
「わかってるって。ラムネ飲んでるよ。……と、みたらし団子、オレが全部食っちまうぜ」
一悟は豪快に、三つ着いたみたらし団子を根本から一気に食べつくしていく。そんな勢いで食べたら喉につまると、リサはラムネを差し出してくれていた。
その時ふと、真っ白の犬が木から降りた音がした。
「おっす! あんときの坊主が人狼だったなんてびっくりだぜ。元気してたか?」
一悟へ近づいたシロ、その場で人間の姿になりがら、元気、と呟いている。
「こんにちは、シロちゃん。ステキなところね。お誘いくださってアリガトウ」
『いえ、婦人。ボクこそ、こんな事しかできなくて』
ふと、シロは悲しそうに視線を落とした。
「ん? ボン、どないしたんや。なんや浮かん顔して。心配事があるなら遠慮せんと、どんどんみんなに相談しいや。なんったら今、ここで聞いたるで。な、一悟?」
「……おう、いいぜ。オレで力になれることならなんでもやってやるよ。ファイヴのみんなだって、助けてくれるはずだ。だから元気出せよ、な」
『ありがとう、ボクのことも手伝ってもらうかもしれない。でも今は、休んでね』
シロは笑いながら、頭を下げていた。
「きせきー! ひとっ風呂行こうぜー!」
工藤・奏空(CL2000955)は元気よく温泉へと駆けていき、その後ろを御影きせき(CL2001110)がついていく。
「わー! すごい広いね!!」
二人は同じように瞳を輝かせながら、湯気とかぽーんとという音にマイナスイオンを感じる大浴室内で冒険を開始した。
まずはシャワーを浴びて汚れを落としてから、いざ出陣。二人は、最近依頼のなかで色々あった仲であるという。
その依頼は辛いものだったか、それとも大変なものであったのか、その逆かはわからないが何かしらで通じ合ったということで。
お互いに、お疲れ様ということで温泉へ一緒に来ていた。
奏空から見て、きせきは大の親友である。色々彼には過去、辛いことがあるようだが、それの支えになってやれれば、心の拠り所になってやれればと考えている。
きせきから見て、奏空は一番最初にできた友達で、今一番の親友である。大人に負けないくらいに依頼では能力を発揮する頑張り屋さんだ。
きゃっきゃ、わいわいとはしゃぎつつ。しかし、隣合わせで静かになって、ふう、と一息したきせき。
「本当はね、奏空くんに怖がられてないか。あの依頼のときから心配だったんだよね……」
零したきせきの言葉を、奏空は一文字一文字きちんと受け止めるように聞いていた。
なんて、今日は重い話はやめにして。奏空はきせきの顔にお湯を意地悪くかけた。やったな、と曇った表情が一瞬にして晴れていくきせき。
湯船の中でおいかけっこが始まったのちに、露天温泉とやらもあるらしい。きっとそっちも楽しいだろう、風車と彼岸花と紅葉が咲き乱れて幻想的な中で身体を休められるのだから。
あがったらタオル一枚でフルーツ牛乳を飲む約束をしながら、二人は一緒に、まるで兄弟のように駆けていく。
鼎 飛鳥(CL2000093)はお風呂をいただいた後、浴衣の上に分厚い綿の入ったちゃんちゃんこを着ていた。湯冷めしないようにだ、秋だからもう外は凍えるように寒いだろう。
用意された部屋は、一人が泊まるにしては少々大きい部屋だ。中で、金魚がぴちょんと揺れて空中を泳いでいる。
縁側で窓を開け、三日月と紅葉の山のお絵かきを開始する。燃えるような山々と、鬼火の列。古妖の宴を耳でBGMとして聞きながら、これを親のお土産にするために作成していく。
ふと、夜の暗い道で発光するような物体が歩いていた。
シロだ。
飛鳥は手を振りながら、
「シロちゃん、こんばんはなのよ。お散歩ですか?」
と言えば、シロは見上げながら、ハイそうですと言ったような気がする。
『そちらは、何をしているのですか?』
「山の上の月がとってもきれいだから、お絵かきしていたのよ」
『お絵かきですか。いいですね。ボクは、絵がかけないので……とても素敵だと思います。では』
「行ってらっしゃいなのよ」
飛鳥は、速足でどこかへ消えていくシロを目で追いかけてから。見えなくなったところで、思いつきで白狼のを書き加えた。
絵の中、月を見上げる人狼。
「……シロちゃん、なんだか背中が寂しそうだったのよ」
●
途方も無く広い浴場ではあるが、不思議と人はファイヴの覚者以外に見当たらない。それはそれでちょっとゾっとするような気もするが、気配は感じる。そんな場所。
月歌 浅葱(CL2000915)と姫神 桃(CL2001376)は、その気配にも慣れつつある頃に、二人で肩を並べて温泉に浸かっていた。
白湯が、ぴちょんと流れ。静かに、カラカラ廻る風車。
「ふっ、ぼーっとお湯に浸かると溶けそうになりますねっ。でも気持ちいいのですっ」
暫く静寂が場所を支配していたが、浅葱はとろけてお湯の中へ口あたりまで浸かっていた身体を起こしながらそう言った。
「広いお風呂でのびのびするのも、贅沢よねぇ」
同じく桃も、滑りそうになる身体を持ち上げながら、しかしいつもよりはるかに大人しい浅葱を若干不思議に思いながら言っていた。
普段は戦場に出てその拳をふるっていたり、ある時は学校で机の前に張り付いていたりが多いもので、こうやって日々積もって凝り固まったものを流すのは大歓迎である。
ふと、浅葱はぴちょんという音を残して湯の中に消えていった。桃はそれに気づかないまま、
「ひゃ!!? いきなり背中からって、びっくりするじゃない!」
背中側から飛び出してきた浅葱は、桃の身体を背中側から抱きしめて捕獲。
「後ろからだとこういうこともできちゃいますっ」
浅葱は抱きしめるように桃へ腕を回し、簡易な水鉄砲で桃の顔を射止めた。つい、お湯が目に入りそうになって瞑った瞳。
「やったわね!」
桃は振り返りながら、浅葱へと反撃。その手に書き込んだお湯を、盛大に浅葱へとかけてみた。
「真後ろは打ちにくいでしょうっと、……きゃんっ」
「ふふ! 可愛い声出すじゃない。どんどん行くわよ! やられたら倍返しよ!!」
浅葱の回避の裏をかいた攻撃は直撃。暫く二人は夏場の海のような感じでお湯を掛け合いながら楽しんでいた。
暫くして、遊び疲れた二人。
今度は桃が浅葱の後ろから抱き着いて、浅葱の身体へ体重を預けてみる。甘えるのでは無く、たまにはこういったスキンシップも大事なのだと解釈しながら意外と逞しい浅葱の身体を安心したように触れる。
蕩けた顔に驚き顔、怒り顔に笑い顔、色んな桃の表情を見れた浅葱はそれだけで満足だ。
「浅葱は、いつも笑ってて楽しそうよねぇ。悪戯好きだし、見てて飽きないわね」
「ふー、たまにはこういうのもいいですねっ」
二人の温泉旅はまだまだ続く。
「温泉、ちょっと浸かり過ぎた……」
天堂・フィオナ(CL2001421)はそう言いながら、八重霞 頼蔵(CL2000693)の近くでごろごろ。
「過ぎたるは何とやらだよ、天堂君」
まるで猫のような彼女の動作は見ていて飽きないというものだ。眼を細めて、笑ったよう見も見える頼蔵。しかし疑問はある、頼蔵はそこまで他人を気にしないのだが、一体自分はどういう心境の変化とやらだろうか。
さておき、ふと、ガバっと起き上がったフィオナは思いついたように立ち上がって、少しだけよれた浴衣を恥ずかし気に直しながら言った。
「そうだ。乾杯しよう!」
もちろん、フィオナはまだ飲める歳ではない。お酒って美味しいかな、なんて首を傾げたフィオナだが、頼蔵は試してみるか?なんて口が裂けても言えないのだ。
いつかの為にとっておけ、これが正解の答えであろう。頼蔵はそう呟けば、今日は聞き分けがいいフィオナは仕方ないと苦笑している。
二人の盃にそそがれたのは金色の……まあ、お茶である。
乾杯してから、空を見上げる。早い速度で風が流れているのか、雲が流れてその間から三日月が顔を出したり仕舞ったりしている。
二人は一緒の時間が長いという。だが、フィオナは彼のことをよく知らない。好奇心という名の知識欲がフィオナの心を埋めていた。
「……頼蔵の前世って、どんな感じなんだ?」
「……道化者、かな」
いつの間にか酒を飲んでいた頼蔵は、少しほろ酔い気分の心地のままに言葉を紡ぐ。
「道化? ピエロ? ど、どんなだろう」
慙愧と、愉悦。悪意。間違っても、酒の流れで言っていいものなのか。頼蔵は己の中で何度も言葉をかみ砕いたが、口からそれがいつの間にか漏れ出ていた。
外の彼岸花が揺れる。
と同時、頼蔵のようで頼蔵でない笑みに。
一瞬寒気がして、思わず
「貴方は――誰だ?」
フィオナは、無意識に距離を取った。そして悟っていた。ああ、そうかこれが「かつて」の――。
謝りの、ごめんのごの字をフィオナが言う前に。頼蔵は首をあげた。少しだけ、フィオナの身体はびくっと揺れた。
「所でだ、何故相部屋なのかね?」
「……すまん。お部屋、もう一つ取り忘れた」
ベランダの隅で寝るからというフィオナの言葉に、からかい気味に一緒に寝るか? と意地悪く布団を捲った。その後のことはご想像にお任せしたい。
露天の湯。
指先まで冷たくなっていた身体も、今は温まり白湯のなかで揺蕩う。
「ここのところは忙しくて心休まる暇もありませんでした」
「こうやってゆっくりするのは、お祭りへご一緒させて頂いて以来でしょうか」
諏訪 奈那美(CL2001411)と柳 燐花(CL2000695)は同じ景色を見つめながら、少し向かいあうような形で白湯に身体を任せていた。
満月では無く、三日月であるのが少々残念だが奈那美は白湯に朧げに映った三日月を指でなぞる。燐花は、その指の流れと裂かれる湯の揺れを感じながら、目線を彼女の漆黒の瞳へ変えた。
「諏訪さんとこうやってお話しできるようになって嬉しいです。今日は一日羽を伸ばしましょうか」
「私も女の子の友達はこちらに来てから初めてなので燐花さんとお近づきになれて嬉しいです」
暫く語り合う二人。本当に美しい風景に溶け込む美女たちに、空中の金魚は草陰の古妖も息をのんで風景を壊さぬように近寄ってこない。
そして湯煙に交じって微笑む奈那美の表情は、年齢よりもかなり大人びて見えた。
逆に、奈那美としては燐花のお湯表面からたまに顔を出しては沈む尻尾や、水気を保ってしっとりしている耳に触れたい衝動があった。しかし、いきなり我を忘れて触っては折角の友達も――とギリギリのラインで欲望を食い止めている。
しかしその目線は、感じ取れてしまうものか。察しがいい燐花は、顔を横に傾けながら。
「湯上りに乾いたら、耳……触ってみます?」
と言われれば、奈那美は白状したように両手で顔を覆ってから、
「触らせていただけるなら、是非……」
と次には飛び出したいくらいに前のめりになりながら、返事をしていた。
そういえば。
「ここに来る前に甘味処を見つけました。よかったら後でご一緒しませんか?」
燐花は、白湯から出ると奈那美の手を引きながらほほ笑んだ。秋風が二人の体温を程よく撫でながら、抜けていく。
奈那美の頬が朱に染まっているのは熱のせいかそれとも。繋がっている燐花の手も、緊張しているのか少し強張っている。
「甘い物は大好きです。ちょっぴりカロリーが気になりますが。今日のところは忘れる事にしましょうか」
ほほ笑みながら、二人は手を繋ぎ直した。
人里離れた温泉宿。
湯気が上がり、濁り湯の暖かさがこの距離で伝わってくる。これはめっちゃ癒される感しかない。
榊原 時雨(CL2000418)は好奇心とか期待感とかが入り混じった鼓動の高鳴りを感じていた。足先からゆっくりと浸かり、全身が入るころには自然と表情もとろけていく。
「あれ? 時雨ぴょんどったの?」
「な、なんもあらへんよ。温泉気持ちえぇよなー」
時雨の隣には、楠瀬ことこ(CL2000498)がいて。ことこは心のオアシスを堪能しつつ、羽を広げていたところで。ふと、背を向けて座る、まるで他人ですと言わんばかりの時雨の顔を覗き込んだ。
時雨には一つ、引っかかることができていた。よくよく見てみればことこのスタイルは文句ない。これで隣に並べばまさか幼女体形かもしれないいやそんな事実認めたくないが、そんな自分と比較されてしまうのではないか。
そんな不安が膨れ上がっていた。
最初は時雨の顔を見て本気で心配していたことこ。どうして背中を向けてしまっているのだろうか。濁り湯だから、そんなに身体とか見えないから恥ずかしくないだろうに。
それともことこが何かしてしまっただろうか、ここ数分を思い出してもそれらしいものは無い。ことこは少々泣きそうになっていた。
だが、ことこはけして頭の悪い子ではない。ちょっと考えればことこにだって解るものだ。
「もしかして、ことこよりちっちゃいの気にしてる?」
「……って一発でバレとるやないか!」
時雨は無意味に白湯の表面を叩いた。
「ち、ちっちゃいのなんて気にしてへんし! うちかて後3・4年もすれば大きくなるし! 覚醒後の姿が保証してくれとるし!! 考えればせめて2年後なら多少は!!」
力説した時雨。
ことこは、ぽかんとしてから。それから、
「え。なに。ことこもしかして図星ついた……?? なにが、って明言してないのに???」
「しまったーッ!! ……来年位から大きくなるとえぇなぁ……うぅ……早く成長したい」
突如、湯に沈んでしまいそうな時雨をことこは支えた。結構まずったか、ことこは彼女の地雷を踏み抜いてしまったのか、わからない。いや、ただ、地雷を仕掛けて置いたら自ら踏んだのは時雨ではあるのだが。
「あ、あがったら背中マッサージしたげるから、機嫌なおして?」
「ん…や、うちが勝手に凹んだだけやから、うん……ありがとな?」
微妙な空気になってしまったが、覚醒は嘘をついてないから大丈夫だよ元気出せ。
片桐・美久(CL2001026)はお宿を探検していた。さっきから後ろを、お面をかぶった子供たちがついてくるが、振り返ってみると皆隠れていく。恥ずかしいのかな?
「人狼さん……えぇと、シロさんっておっしゃるんでしょうか?」
『はい』
「よければ、僕とご一緒に探検しませんか? シロさんにとっては身知った場所かもしれませんが、何か新しい発見ができるかもしれません!」
『御意っ』
シロは美久と手を繋いだ。シロ的には、一緒に遊んでくれるお兄ちゃんが出来たようで、心中、うれしそうに踊っていたようだ。
小さな猫のような、しかし二尾あるもの。それが眼前を飛んで行ったり。時折怖いのはお面をつけた女の人がベランダに立っていたり。
あれらも全て古妖なのだろうが、時折聞こえる子供の笑い声や宴会する影に自然と心が躍る。
暫くして美久はシロを連れて厨房へ来ていた。
そーっと、美久はウィンクしてシロをなだめてからおやつを取る。ふと、伸びた手に気づいたのか巫女さんがきゃっと声をあげた瞬間、美久はお芋のデザートのようなものを取って。
「ごめんなさい、お姉さん達!」
シロをつれて、疾く逃げていく。
追っては来ないみたいだが、戦利品と一緒にシロと笑いあった。
「今日は三日月……か。シロさんはどのお月様が一番好きですか?」
『満月が、すきです』
しかしこの後巫女さんにこっぴどく怒られたが、美久の持前の愛らしい笑みにより巫女さんも怒るに怒れなくなったとかとか。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
