夕暮れ時のおとろし様。或いは、神隠しの廃神社。
夕暮れ時のおとろし様。或いは、神隠しの廃神社。


●おとろし様の領域
 夕暮れ時、黄昏時、昼と夜の狭間の時間、神社の鳥居のその真下、大きな影が落ちるという。
 まぁるく、大きな、人の頭の形をした影だ。
 その影に気付いたら、振り向いてはいけない。
 鳥居の上を、見上げてはいけない。
 もし、振り返ってしまったなら。
 もし、見上げてしまったなら。
 そこで目にする恐ろしきものが、あなたの最後に目にするものとなるだろう。

 とある街の隅にある廃神社に、大昔から伝わる伝承である。
 おとろし様、と呼ばれている頭部だけの妖の話だ。
 近代的に発展した街の風情には些か合わない廃神社が、今なお街外れに残っているのは、その伝承が理由である。その昔、数度にわたって神社を取り壊し、別の場所へ移し替える計画もあったのだが、原因不明の事故による死傷者、行方不明者が多発したことにより計画は頓挫している。
 そして、時は流れて今に至るのだ。
 最後に廃神社の取り壊しが計画されてから、およそ二十年が経過しただろうか。
 ここ最近になって、数名の人間が這い神社付近で行方不明になったとの報告が上がったことにより、この度正式に、F,I,V,Eによる調査が入ることになった。
 時刻は伝承通りの夕暮れ時。
 目的は、行方不明事件の調査と、原因の解明、解決である。 

●赤い空
「さぁ皆、準備は出来てる? それじゃあ今回の任務の説明会を開始するから♪」
 会議室に集まった仲間達を見渡して久方 万里(nCL2000005)は正面のモニターの電源を入れる。映しだされたのは、夕陽に赤く染まった廃神社の境内だ。
 鳥居の上に、トラック程の大きさもある巨大な頭部の影が見える。
 影、だけだ。
「んー? 映りが悪いのか、それともこういう存在なのか姿がハッキリしないのね。大きさは、見ての通りトラックくらいかな? 頭部だけの古妖で名前は(おとろし)。街の人達はおとろし様って呼んでるみたい♪」
 巨大な頭部。影になっているせいで、輪郭すらもハッキリとはしない。
 そうあることが当たり前、とでもいうように鳥居の上に佇んで微動だにしない。
「一日中、そこにいるみたい。だけど、姿が視認できるのが夕暮れ時だけなのね。だから、事件の解決には制限時間つき。だいたい日が暮れるまでの50分って所かな」
 おとろしの行動パターンや、性格、目的は不明。だがしかし、長年続く行方不明事件におとろしが関わっていることは間違いないだろう。
 最近行方不明になった数名が、まだ生きているかも分からないが、このまま放置はできない。
「まぁ、サイズもサイズだからね、かなり頑丈だよ。おとろしの攻撃には[ノックバック][解除][麻痺][不運]などの状態異常が付与されているから、注意してね」
 それじゃあ、行ってらっしゃい。
 と、そう言って万里は、仲間達を送り出したのだった。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:病み月
■成功条件
1.連続行方不明事件の解明
2.おとろしの撃退、或いは討伐
3.なし
●場所
街外れの廃神社。神社周辺に民家はなく、また立ち入り禁止となっているので一般人の乱入などはない。
時刻は夕暮れ時、視界に問題はない。神社へと至る階段や、神社の境内、その周辺の森林での戦闘が主になるだろう。
日が落ちるとおとろしの姿は見えなくなるので、それまでのおよそ50分が制限時間。

●ターゲット
古妖(おとろし)
トラック程の大きさの頭。詳しい容貌などは現在不明。
会話が成立するか否かも不明。行方不明事件に関わっているのは確かだろう。
神社へと立ちいる者へ対して、攻撃を仕掛けて来ることは間違いない。戦闘は避けられないだろう。
動きは鈍いが、非常に頑丈。

【吐】→特遠貫2[ノックB][解除]
大量の空気を砲弾にかえ吐き出す攻撃。
【吸】→物遠列[麻痺][不運]
空気と一緒にターゲットを吸い込む攻撃。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/8
公開日
2016年11月20日

■メイン参加者 7人■


●夕暮れに
 遠くの空に日が沈む。冷えた空気と赤い空。風が枯葉を運んでいった。
 じめじめとした陰鬱な空気を漂わせる廃神社。その鳥居の上に、瞬き一つする間に現れた、巨大な頭。トラックほどの大きさはあるだろうか。顔は影になっていてよく見えない。視線はまっすぐ、神社へとあがる階段へと向けられているようだ。
 見下ろす先には7人の男女。
「伝承もなく不明な古妖だけど、もしかしたら不心得者達を懲らしめる為に生まれた古妖で、信心深さがなくなった現代に対する怒り、悲しみの表れ……だったりするのかな」
 錬覇法を自身にかけた『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は、両手に下げた双刀を掲げ、首を傾げる。神社の手前、階段の下から鳥居の上の巨大な頭部(おとろし)を見上げているのだ。
「周囲に危険はないな。強いて言うなら、階段の端が崩れやすくなっているくらいか」
 危険予知で周囲を窺い『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)は、刀を構えた。おとろしの強襲を警戒して、息を詰めた。
 おとろしは動かない。自分を見上げる7人の男女を、ただ黙して見下ろしている。
「今のあたし達のように、行方不明になった多くの人々がおとろし様を見上げていたことでしょう」
「行方不明のひと、探してくればいい、の、ね。古妖は、被害が出るなら、消す?」
 やれやれ、と溜め息を零す『お察しエンジェル』シャロン・ステイシー(CL2000736)と、翼を広げ宙へと浮かぶ桂木・日那乃(CL2000941)が、揃って一歩前へと進む。
 夕陽が沈むまでのおよそ50分。
 おとろしを目視できる、僅かな時間を無駄には出来ない。

●おとろしの社
 階段の中ほどまで、一気に駆け抜けた7人の前に突如として降って来た巨大な影。おとろしだ。風を唸らせ7人の眼前へ落下した。地面が揺れる。『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)は、咄嗟に片手を地について転倒を免れた。
「おとろしさま――ししこり等と呼ばれる事もあるそうですね。それは大きな口で牛馬ですら一呑みしてしまうとか」
 おとろし様の攻撃に備え、冬佳は右方向へと転がることで、おとろしの正面から身を逃がす。他の仲間も同様に、左右へと散った。
 仲間達が左右へ散開する中、まっすぐ、愚直なまでにまっすぐ階段を駆け上がる影が2つ。
「夕暮れ刻の、半分忘れられた場所……何だか寂しい場所だな。だが、一般人への危害は見過ごせない! よし、今日もノブレス・オブリージュを果たすぞ!」
「おとろし様がこの行方不明事件に関わってる事は確実デスネ!  その動きを注意深く観察スレバ、何か閃けるカモしれマセン」
 剣を構えた『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)と、盾を掲げた『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)が、一足跳びに階段を駆け上がり、おとろしの眼前へと肉薄。
 フィオナが、一閃させた剣がおとろしの顔面へと叩き込まれた。
 響く硬質な音。それに反して、手ごたえは軽い。
「……?」
「どうしマシタカ?」
「いや、なんだか手ごたえ……がっ!?」
 フィオナが言葉を言い終えないうちに、その身を襲う不可視の衝撃。おとろしの吐き出した空気の弾丸が、フィオナと、その背後に居たリーネを纏めて弾き飛ばす。
 自身にかけていた自己強化のスキルを解除された2人は、ごろごろと階段を転がり落ちて行った。
「仕掛けてくるのであれば、戦を以て鎮めさせていただきます。出来れば、滅さずに済ませたい所ですが……」
 おとろしの右側面から、冬佳が放つ二連撃。攻撃直後の隙を突かれたおとろしは、唸り声をあげ、僅かにその身を震わせた。
「姿が消える50分までにキメる!」
 奏空の放った雷獣がおとろしの身体を貫いた。空気を切り裂く轟音と、眩い閃光が弾ける。おとろしは、身体を震わせ接近していた冬佳へ体当たりを試みる。飛馬が間へ割り込み、刀を使って体当たりの衝撃を受け流した。
 冬佳、奏空、飛馬の3人がおとろしを相手取っている間に、シャロンと日那乃は翼を広げ空へと昇る。
「……自分より上から覗きこまれた感想はどうですか?」
「行方不明のひと、の、こんせき? とか、ないかな? 感情探査も使う、ね。行方不明のひと、生きてたら反応ある、かも?」
 シャロンの放った濃霧がおとろしを包み込んだ。弱体化の効果を与える、魔性の霧だ。一方で日那乃は、戦場を見据えつつ、周囲の様子へ視線を飛ばしていた。行方不明者達の手掛かりがないか探しているのだ。もちろん、いざとなれば仲間達の回復へ回るために、書物片手に準備を整えている。
 冬佳と奏空の放つ斬撃が、おとろしを切りつける。
 手ごたえが薄い。確実におとろしを傷つけている筈だが、血の一滴も飛び散らない。
 おとろしの放った空気の弾丸が、至近距離にいた飛馬の身体を、林の中へと弾き飛ばした。

「うー……これはタダの直感で確信はありマセンガ……何となく、おとろし様は謎を解く前に倒しちゃいけない気がするのデスヨ」
 階段の下、すりむいて血の滲んだ額を押さえ、リーネは呟く。
 リーネの言う謎とは、おとろしがこの神社に巣食う理由と、行方不明者の消息のことだろう。
「この場所を守りたかったのか……? ここが取り壊されて人々からも忘れられたら、おとろし様の帰る場所は“何処にも無くなってしまう”忘れられるって事は、消えてしまうのと同じで……辛いな」
 剣を手にとり、フィオナは立ち上がる。乱れた髪は土埃で汚れている。
「行くか」
「行きマショウ!」
 ガン! と、響く金属の音。フィオナの剣と、リーネの盾がぶつかる音。景気良く得物を打ち鳴らし、2人は階段を駆け上がる。
 真っすぐ。
 おとろしへ向かって、駆けて行く。

 消耗した仲間達の身体へ、淡い燐光が降り注ぐ。
 日那乃の降らせる潤しの雨。傷を癒し、失われた体力を回復させる。
「おとろし様の【吸】って、吸い込まれたら。……お腹の、なか? もしかして、行方不明のひと……?」
 不吉な答えが脳裏をよぎる。首を傾げ、ううん、と唸る。
 おとろしは、吼える、唸る。けれど、言葉をしゃべらない。先ほどから、仲間達が語りかけているけれど、答えはない。会話をする意思がないのか、それとも人語を解さないのか。

「人の手が離れて最低でも20年。管理を放棄して久しいなら、それ自体が人の不信心極まる行いと言えますね」
 刀による鋭い三連撃が、おとろしを襲う。
 冬佳は、ちらと鳥居を見上げ、悲しげに瞳を細めた。
 神職を務める彼女からしてみれば、忘れ去られた神社というものに何かしら思う所があるのだろう。可能であれば、神社の再興を試みたいが、まずはおとろしと行方不明者をどうにかせねばならない。
 おとろしの放つ空気の砲撃を、横跳びで回避。
 冬佳の背後に控えていた飛馬は、二刀の腹でそれを受け流し、一気におとろしへと肉薄して見せた。叩き込まれる刀の一撃。自身に付与した、防御力強化の術はすでに解除されている。
「こいつ、まじで厄介だな。こっちの強化や補助は全部壊しちまうし、麻痺までつけて来やがる」
「鳥居に何か手がかりがあるか……、それとも神社の方か?」
 おとろしの背後に回り込んだ奏空は、抜き打ちの要領で鞘に納めた刀を引き抜く。空気を切り裂く一閃が、おとろしの後頭部へと叩きつけられた。唸り声をあげ、おとろしがよろける。
「う、ぐぅ!」
 頑丈なおとろしの身にさえ、大きなダメージを与える一撃は、しかし同時に奏空の肉体にも負担をかける。
 戦場はいつの間にか、階段の上部から神社の境内へと移動していた。
 おとろしは一カ所に留まったまま、あまり移動しようとしない。常に夕陽と神社に背を向けたまま、真正面から攻撃を受け、耐えて見せる。
 時折、大きく跳びはねて移動することもあるが、その巨体の割りに振動は僅かであることに、シャロンが気付く。巨体に比べ、質量が少ないのだろうか。
 などと、おとろしの頭上で思考を巡らせていたシャロンの視界に、階段を駆け上がって来た2人の少女の姿が映る。
「おとろし様!  行方不明事件は貴方の仕業か? 貴方が隠したのは、神社を荒らす不心得者達か? もしそうだったらちゃんと謝って貰うから、彼等を返してくれないか?」
 おとろしの元へ駆け寄りながら、フィオナが叫ぶ。
 フィオナの掲げた剣に、夕陽が反射し赤く光った。剣に反射する夕陽に照らされ、おとろしの瞳が影の中に浮かび上がる。
 大きな瞳だ。獣のような瞳だ。けれど、湧き水のように澄んだ、美しい瞳だった。
 ごぉぉ! と。
 おとろしが吐き出した空気の砲弾が、フィオナの身体を打ち抜いた。弾き飛ばされそうになる身体を、地面に剣を突き立てることによって耐える。
 暴風が掻き消えた直後、おとろしはその巨大な口を開いた。
 限界まで口を開け、空間ごと飲み込むかのような勢いで空気を吸い込み始めたではないか。フィオナは地面に剣を突き立て、その場に自身を固定したままにやりと笑う。
「OK、フィオナさん! 行方不明の皆さんが吸い込まれているかもシレナイ、その謎の解明の方は、打たれ強い私が調べてキマスネ! 私に任せるのデース!」
 鳥居の影に隠れていたリーネが駆け出した。盾を投げ捨て、おとろしの眼前、吸い込まれる空気の中へその身を投じる。
「なにをっ!?」
 上空から一部始終を観察していたシャロンが、驚愕に目を見開いた。咄嗟に、リーネの思考を読み取ろうと、読心術を使用する。
 リーネの身体が、おとろしの咥内へ消えるその直前、シャロンは辛うじてリーネの思考を読み取ることに成功した。おとろしの咥内へ跳び込み、喰われた“かもしれない”行方不明者達を探してくるつもりなのだ。
「なんて無茶を」
 リーネを吸い込んだおとろしが、静かに口を閉じた。何事か、考え込んでいるように動きを止めたおとろしに向け、シャロンは再度読心術を行使したのだった。

 日が沈むまで時間がない。けれど、おとろしは存命。おまけに仲間が1人、喰われてしまった。
 予めリーネから話を聞いていたフィオナや、彼女の思考を読み取り、その思惑を理解しているシャロン以外の仲間達は、一斉におとろしへと斬りかかる。
 冬佳の鋭い斬撃が、飛馬の愚直な一撃が、奏空の渾身の攻撃が、連続でおとろしへと叩き込まれた。その様子を、日那乃は空から眺めている。
 反撃の為に空気の砲弾を放つおとろしを観察していた日那乃は、ふと気付く。
「神社や、鳥居を……避けて、る?」
 
 地面に膝を突き、荒い呼吸を繰り返しながらフィオナは思う。
 おとろしは、悪意をもって人を襲っていたわけではないのではないか、と。
 おとろしの瞳を覗いた瞬間、そう感じたのだ。

「皆、反撃に合わせて、少し下がって……神社か、鳥居の方向に固まって」
 癒しの雨が降り注ぐ。仲間達に治療を施すために高度を下げた日那乃は、仲間達へと指示を下す。
 一進一退の攻防を繰り広げていた、冬佳、飛馬、奏空は僅かな逡巡の後、日那乃の指示に従うことを決めた。三方へ散開し、次々におとろしへと攻撃を仕掛ける。
 少しずつ、攻撃の範囲を狭め、おとろしの視線の向きを神社の方向へと誘導する。
 やがて、おとろしが空気の砲弾を撃ち出す寸前、大きく飛び退り3人は一カ所に固まった。冬佳と奏空を庇うように、飛馬が二刀を構え防御姿勢を取った。
 果たして、おとろしの放った空気の砲弾は、飛馬と冬佳を纏めて背後へ吹き飛ばした。
 神社の壁の一部を破壊しながら、2人の姿が林へ消える。

 崩れゆく神社の壁を見て、おとろしは動きを止めた。朽ちた木端が、風に巻き上げられて、空を舞う。
 その瞬間、シャロンは確かにおとろしの思考を読み取っていた。
 フラッシュバック、と言うのだろうか。
 壊れた神社を目にした瞬間、おとろしが想起したのは、遥か昔の出来事だった。

●夕陽を背にして
 神社に巣食った、蜘蛛に似た妖。喰われた神主や、神社を訪れた参拝者の死体が境内に散らばっている。
 おとろしは、それを見ていた。鳥居の上から、人々が喰われるその瞬間を見ていた。
 人々が、これ以上化け蜘蛛に襲われないように、神社を訪れる人々を脅かすことにしたのだ。その外見から、おとろしは以前より、人を食う妖と街で噂になっていた。
 神社を訪れる人々は、やがて誰も居なくなった。
 新たな餌場を求めて、化け蜘蛛は立ち去って行った。
 その後、長い年月を経た後、人々が再び神社を訪れた。けれど彼らは、神社を壊そうとする。おとろしが守った住処を壊そうとする。いつか誰かが帰って来た日の為に、守り続けて来た神社を。
 だから、おどかした。力の加減が出来ず、死傷者を出してしまったが、追い払うことに成功した。
 けれど、人々は何度もやってくる。何度も神社を訪れては、その度に此処を壊そうとする。
 やがて、おとろしは人々に対して、不信感を抱くようになった。
 近頃やって来た人々は、神社に上がる前に飲み込んだ。これ以上、神社を壊されたくないから。
 人々を守るために、人々を脅かした筈なのに、今の自分は、人々が恐れた化け物そのものではないか。
 悲しみに耐えきれず、おとろしはそこで思考を止めた。 

「動物的な古妖なのだね。あまり頭が良くないんだ。それでも、街の人とこの神社を守ろうとしたのだね」
 人と神社を守ろうと決めた。人に恐れられることになろうと、神社を守り続けた。いつか誰かがこの神社に帰ってくることを願って。けれど戻って来た人々は、神社を壊そうとした。
 何度も何度も。
 そのうち、おとろしは人を信じられらなくなったのだ。
 シャロンは思う。今回限りで鳥居の上に立つ任務から永遠に解き放ってあげたい、と。

「神社、守ってたのね。壊して、ごめんね」
 日那乃はそう呟いて、地面に膝をつくフィオナの元へ降り立った。フィオナの傷を癒し、戦線へと復帰させる。
「全部終わったら、取り壊しを計画した人に、鳥居の一部だけでも何らかの形で残せないかお願いしてみる。この場所を完全に消したくないんだ」
 剣を手にとり、フィオナが駆け出す。言葉の通じないおとろしに、せめて想いだけでも伝えるために。

 暗い、暗い。
 何も見えない。
 身体にかかる負荷はなく、まるで影の中を進んでいるかのようだ、とリーネは思う。
 ゆっくりと腕を広げて、暗闇の中を進むリーネの指先に、何かが触れた。暖かい。柔らかい。僅かに脈動するそれが、人の身体なのだと気付く。
 誰かの手をとり、リーネは進む。1人、また1人と誰かを見つける。行方不明者は全部で4人と聞いている。1人を背負い、1人の手をとり、1人の服の端を噛みしめ、暗闇の中を進んで行く。
 遠くに、赤い光が見えた。夕陽の色だ。あそこから、吸い込まれたのだ。
 最後の1人を見つけ、その手をとる。
 光の元へ。おとろしの口までやって来たリーネの前に、誰かの手が伸ばされた。
 リーネは片手で引いていた行方不明者の身体をその誰かに預けると、自身も這うようにしておとろしの口から外へと飛び出す。

 林から境内へと戻って来た飛馬と冬佳が、おとろしの元へと駆けて出した。先ほど、攻撃を受ける瞬間、おとろしの咥内に広がった、真っ暗闇と、その暗闇の中に一瞬見えた金色の髪を見たのだ。
「生存しているなら問題無し。最低でも遺体か遺留品の回収はしなければならなりません」
「ここで負けて俺らも神隠しって展開は避けてーな」
 おとろしの放った空気の弾丸を、飛馬の全力防御と、二刀による受け流しを駆使して僅か数秒でおとろしの眼前へと到達した。冬佳は、飛馬の背を足場に、大きく開いたおとろしの咥内へ足をかける。
 おとろしの咥内を覗きこんだ冬佳の目に、リーネの姿が映る。リーネへ向けて、手を伸ばした。リーネは冬佳の手を取らず、誰か別人の腕を握らせた。
 冬佳がリーネから受け渡されたそれは、行方不明者の1人である。
「生きてる……っ!」
 リーネは、3人の男女を引きずりながらおとろしの口から這い出した。冬佳が受け取った1人を合わせれば、これで4人。
 リーネの捨て身の決死行により、行方不明者を全員助け出して見せたのだった。

 麻痺により身動きのとれないリーネと行方不明者達を、冬佳と飛馬が警護する。
 降下して来た日那乃が、治療を施す。行方不明者達は意識を失っているものの、命に別状はなさそうだ。
 おとろしは、行方不明者達を一瞥して、動きを止めた。
 その身には、シャロンの仕掛けた纏霧が絡みついている。

 おとろしの眼前に立ちはだかる、奏空とフィオナ。
 おとろしは動かない。
「貴方は、この場所を…守りたかったのか?」
「俺達の手で何かしてあげられる事があるのなら、聞かせて欲しい」
 おとろしに語りかける2人は、血に塗れ、土に汚れている。満身創痍、といった有様だ。強い意思を秘めた眼差しを、真正面から受け止めて、おとろしは静かに口を閉じた。
 大きな音を立て、背を向けたおとろしは夕陽が沈むのに合わせて、その身を薄れさせていった。夜闇に溶けるようにして、消えて行く。
「どこか、別の場所へ行く、ってさ」
 おとろしの心を読み取ったシャロンが、事件の解決を告げた。
 武器を降ろしたフィオナと奏空が鳥居を見上げる。此処に来た時に感じていた誰かの視線、何かの気配は、既にそこには存在しなかった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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