誰も知らない世界戦
●
長ったらしい説明するけど聞いてほしい。
『神祝(かみはふり)』と呼ばれた神具がある。
龍脈の力を借りて、覚者に力を与える神具だ。
これは元々、七星剣の幹部である『逢魔ヶ時紫雨』が持っていたもので、説明は割愛するが、今はFiVEが所有している。
『神祝』の本体はFiVEが厳重に保管・管理している。
片手程に収まる寄木細工のような箱が、淡い光を放つ見た目をしているものが本体だ。
恐らく中に、神祝の核たるものが入っていると思われるが、今はまだ開ける方法も無ければ開ける意味も無いだろう。態々シュレーディンガーの箱を開いたところで、何が起こるかは知れないのだからマジやめて。
『神祝』が力を貸すとき、『神祝ノ光』が現れる。
発動は覚者が覚醒した瞬間に、力を貸している覚者の周囲をふよふよと漂うだけの光の『蝶』だ。
覚醒を解けば、蝶もまた霞ように消えていく。
これは色によって貸す力の種類が変わっている。今はまだ八種類の蝶しかいないが、それだけしかいないのかはまだ不明だ。
そこまで理解した上で、本日偶々、神祝ノ光を解放した。
が、異変は起こったわけだ。
細い指の先に止まった蝶が、枯れ葉が枝から落ちるように、その翅を分解させながらぽとりと落ちたのである。
また一匹。
また一匹。
蝶は金色の鱗粉を零しながら、儚げに墜落していく。
地面の上で死を待つ蝶は、足をぴくぴくと動かし、また再び飛び上がるために微動するのだが全て徒労として終わっていた。死んだのだ。
繰り返そう。
神祝は龍脈の力を貸すことができる神具だ。
五麟の下にも龍脈はあるが、元々神祝が力を吸い上げていた龍脈は別の場所のものってわけ。
そこの龍脈とリンクしている神祝だが、恐らくその力が大幅に弱まっているのだろうと予測した。
力が消えそうになっても、蝶は覚者へ力を貸す役目を果たそうとしている。けど頑張れない。
だから、主へ。
恐縮たる助けを、求めているのさ。
まだ健在している蝶は、覚者を誘うように自律して道を示している。大丈夫、これは不出来なとおりゃんせ。
行くかどうかは、自分次第。
中恭介の命令では無く、夢見たちの予知では無く、己の意思なのさ。
●
気づけば覚者は集まっていた。
辿り着いた場所は、山の中。地図から消えた村があった場所。
なんで村が消えているのかは過去のもう終わった出来事なので割愛するため、そういうものだと思っていればそれで大丈夫である。
しかしおかしい。
山の木は枯れ木ばかり。
葉はすべて萎れて地面に落ち、土の色も黒ずんでいる。
生物らしいものも見当たらない、古妖も獣も。
遠くでは恐ろしい黒煙が上がり、赤く燃え広がり。地響きが鳴りやまない。
「龍脈の霊力が、薄くなってる。霊力を吸い盗られている」
その村の出身者である逢魔ヶ時紫雨の、二重人格のもう一人、小垣 斗真(nCL2000135)は目を丸くして覚者を見てそう言った。
「どうして、君たちがここにいるの?」
どうやらこの逢瀬は、完全に斗真としても予想外の出来事であるようだ。
彼の足元は真っ赤な水たまりができていた。
特異点には必ずそれを守る古妖やその類がいるものだが、この龍脈の守護を担っていた白蛇が三分割に千切れて息絶えているのだ。
「何しに、来たの?」
振り返った斗真の足下から、見たことのない色の光る蝶たちが舞い上がった。
刹那、細かい振動と共に分厚い弾丸が連射され、斗真と覚者たちを分断していく。
斗真は覚者へ質問を投げている場合では無いと瞬間的に悟った。
今出来ることは、使える戦力を酷使すること。
その為に、知識を分け与えること。
「奴等は、隔者でも憤怒者でも妖でも無い『第四機関』。国籍不明の多国籍軍!!
奴等は神具と龍脈の力を狙ってる!!
僕はここに残した神祝を取りに行く!!
君たちは!! 龍脈の力を狙う、第四機関をどうにかして!!」
木々を分けて折りながら、巨大な機械が出現。
それは地面を叩き、衝撃ひとつ。
地面がヒビ割れて地層が過激なズレを起こし、そして斗真は亀裂の間へと落ちていく。
斗真はその間、叫んでいた。
「機械の名前は、ストレングス!! 機械ごときに龍脈の力が吸えるはずがない!
だから何かの古妖かその類が奴等の手中にいるのかもしれない!!
僕が分かるのはそこまでだ!!
――どうか白蛇の代わりに、この龍脈を守って、お願い!!」
長ったらしい説明するけど聞いてほしい。
『神祝(かみはふり)』と呼ばれた神具がある。
龍脈の力を借りて、覚者に力を与える神具だ。
これは元々、七星剣の幹部である『逢魔ヶ時紫雨』が持っていたもので、説明は割愛するが、今はFiVEが所有している。
『神祝』の本体はFiVEが厳重に保管・管理している。
片手程に収まる寄木細工のような箱が、淡い光を放つ見た目をしているものが本体だ。
恐らく中に、神祝の核たるものが入っていると思われるが、今はまだ開ける方法も無ければ開ける意味も無いだろう。態々シュレーディンガーの箱を開いたところで、何が起こるかは知れないのだからマジやめて。
『神祝』が力を貸すとき、『神祝ノ光』が現れる。
発動は覚者が覚醒した瞬間に、力を貸している覚者の周囲をふよふよと漂うだけの光の『蝶』だ。
覚醒を解けば、蝶もまた霞ように消えていく。
これは色によって貸す力の種類が変わっている。今はまだ八種類の蝶しかいないが、それだけしかいないのかはまだ不明だ。
そこまで理解した上で、本日偶々、神祝ノ光を解放した。
が、異変は起こったわけだ。
細い指の先に止まった蝶が、枯れ葉が枝から落ちるように、その翅を分解させながらぽとりと落ちたのである。
また一匹。
また一匹。
蝶は金色の鱗粉を零しながら、儚げに墜落していく。
地面の上で死を待つ蝶は、足をぴくぴくと動かし、また再び飛び上がるために微動するのだが全て徒労として終わっていた。死んだのだ。
繰り返そう。
神祝は龍脈の力を貸すことができる神具だ。
五麟の下にも龍脈はあるが、元々神祝が力を吸い上げていた龍脈は別の場所のものってわけ。
そこの龍脈とリンクしている神祝だが、恐らくその力が大幅に弱まっているのだろうと予測した。
力が消えそうになっても、蝶は覚者へ力を貸す役目を果たそうとしている。けど頑張れない。
だから、主へ。
恐縮たる助けを、求めているのさ。
まだ健在している蝶は、覚者を誘うように自律して道を示している。大丈夫、これは不出来なとおりゃんせ。
行くかどうかは、自分次第。
中恭介の命令では無く、夢見たちの予知では無く、己の意思なのさ。
●
気づけば覚者は集まっていた。
辿り着いた場所は、山の中。地図から消えた村があった場所。
なんで村が消えているのかは過去のもう終わった出来事なので割愛するため、そういうものだと思っていればそれで大丈夫である。
しかしおかしい。
山の木は枯れ木ばかり。
葉はすべて萎れて地面に落ち、土の色も黒ずんでいる。
生物らしいものも見当たらない、古妖も獣も。
遠くでは恐ろしい黒煙が上がり、赤く燃え広がり。地響きが鳴りやまない。
「龍脈の霊力が、薄くなってる。霊力を吸い盗られている」
その村の出身者である逢魔ヶ時紫雨の、二重人格のもう一人、小垣 斗真(nCL2000135)は目を丸くして覚者を見てそう言った。
「どうして、君たちがここにいるの?」
どうやらこの逢瀬は、完全に斗真としても予想外の出来事であるようだ。
彼の足元は真っ赤な水たまりができていた。
特異点には必ずそれを守る古妖やその類がいるものだが、この龍脈の守護を担っていた白蛇が三分割に千切れて息絶えているのだ。
「何しに、来たの?」
振り返った斗真の足下から、見たことのない色の光る蝶たちが舞い上がった。
刹那、細かい振動と共に分厚い弾丸が連射され、斗真と覚者たちを分断していく。
斗真は覚者へ質問を投げている場合では無いと瞬間的に悟った。
今出来ることは、使える戦力を酷使すること。
その為に、知識を分け与えること。
「奴等は、隔者でも憤怒者でも妖でも無い『第四機関』。国籍不明の多国籍軍!!
奴等は神具と龍脈の力を狙ってる!!
僕はここに残した神祝を取りに行く!!
君たちは!! 龍脈の力を狙う、第四機関をどうにかして!!」
木々を分けて折りながら、巨大な機械が出現。
それは地面を叩き、衝撃ひとつ。
地面がヒビ割れて地層が過激なズレを起こし、そして斗真は亀裂の間へと落ちていく。
斗真はその間、叫んでいた。
「機械の名前は、ストレングス!! 機械ごときに龍脈の力が吸えるはずがない!
だから何かの古妖かその類が奴等の手中にいるのかもしれない!!
僕が分かるのはそこまでだ!!
――どうか白蛇の代わりに、この龍脈を守って、お願い!!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.ストレングス全機の機能停止
2.神祝の回収
3.なし
2.神祝の回収
3.なし
戦闘はかっこよく描写したい
*当依頼には一切の夢見の情報はありません。
すべての情報はその場で得たものとします。
●状況
・神祝ノ光が、その光が薄く消えそうになっている
どうやら神祝がリンクしている大本の龍脈に何かがあったようだ
来てみたら、龍脈の霊力が盗まれているようで
そこで小垣斗真に出会った
斗真は、ここに残した神祝を取りに行くので、敵を倒してほしいと言い残して落ちていき、でかいロボが攻撃をしかけてきた
●敵:第四機関
隔者でも憤怒者でも妖では無い敵、国籍不明(笑)の多国籍軍(笑)
つまり海外勢で日本に異常な興味を示した、非合法で無許可のFiVE(神秘解明組織)みたいなものです
所詮、寄せ集めですが彼らの非日常や剣とか魔法の世界への執着心は高く、今回は龍脈という特異点から力を奪い、それを解析していくのが目的とみえます
主な攻撃方法は以下
・ストレングス
全長7m大の、四腕二足の機械です
中央の箱のようなコクピットに人間か、人間に近い生物が存在するかは、現時点では不明です
意思疎通が可能なのかも不明です
数は『視認できた数』だけで、三体。
四腕には、
巨大なスポイトのような先のとがったようなもの(用途不明)
ハンマーのようなもの(攻撃威力大、近接物理)
連射式の銃のようなもの(遠距離武器)
火炎放射器のようなもの(広範囲系、BS付)
(*~ようなもの、が多いのは戦闘前の情報だからです)
・???
敵かは不明ですが、龍脈から力を搾り取れるものがいます
かなりふわっとしていますので、ふわっと対応すれば好意的にみます
●『暁』小垣・斗真
隔者。
基本自堕落無関心よく泣くよく騒ぐ痛いの嫌い戦うの嫌い紫雨怖い寝てたい人
記憶共有の二重人格。もう一人は逢魔ヶ時紫雨
獣憑×火行
武器は斬馬刀の雷切という武器所持
危険が迫ると紫雨と人格が交代します
神祝取りに行ったらしい
●場所:地図から消えた村とその周囲
時刻は夕方、視界にペナルティ無し
枯れ木ばかりで視界はある意味良好、一部山が燃えてます
●神祝
大体はOP前半に記載されている通りです
なお、斗真が取りに行ったのは別種の神祝であると思われます
●補足
難易度は普通です
PCは斗真を追うこともできます
それではご縁がありましたら、宜しくお願いします
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
公開日
2016年11月21日
2016年11月21日
■メイン参加者 10人■

●
地面がヒビ割れて地層が過激なズレを起こし、そして斗真は亀裂の間へと落ちていく。
「んじゃ、そっちは任せるぞ」
『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)は断層のズレを器用に足場にし飛び移り、斗真が落ちた亀裂へと身を投じた。
弾丸に砂塵が舞い、同時に覚者は散開していく。
しかし一人、頑として動かぬ者が居た。
砂煙が薄れていく中、黄金(こがね)帯びた瞳が闇に咲く。『狗吠』時任・千陽(CL2000014)の利き手にはガンナイフが、もう片方の手は支えるように固定され、狙いを定めた発砲音が一重二重と響いた。
弾丸が弾かれ、しかし関節には吸い込まれるように穴をあけたのを千陽は確認してから、振り落とされてきた剣を避ける為に地面を蹴った。
斗真も心配だが首を振って切り替えた『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)の隣を、千陽が横切る一瞬で敵情報の送受信が行われる。
それは翔を介して味方へ送信されていくもの。
その事に気づかぬ、いや、気づけぬ敵の猛攻は度を増して荒くなっていく。
「すっげー! でっけー!」
と翔は瞳を輝かせていたが、即座に通過した弾丸に
「おっかねー!!」
と意見を変えてみていた。子供であった外見は一瞬にして大人びた。
風を切るように振り回される剣を、分身を残して俊敏に避ける『迷い猫』柳 燐花(CL2000695)。
燐花の速度は常人が読み取れる限界をギリギリ超えている。確実に狙っているはずの剣は、空を切るばかりだ。
「天が知る地が知る人知れずっロボット退治のお時間ですっ」
仁王立した『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)。
「我々が来たからにはそちらの敗北は至極打倒っ。降伏するなら今のうちですよっ」
浅葱の身体を跳ね飛ばすように繰り出された機械の拳。それは浅葱眼前のストレングスが出したものでは無く、背後から奇襲のように現れた一体から繰り出されたものだ。
地面にえぐりこまれるように浅葱の身体は蹂躙されたように見えるが、浅葱は間一髪で利き手を前に出して拳を受け止めていた。
「ふっ、問答無用なら構わず殴ってから事情を聞きますよっ」
利き手ではない方だからって力が入れない訳では無い。手首をコキコキ鳴らした浅葱は、次の瞬間ストレングスの拳に拳を放ち、敵の体勢を崩していく。
この時点で二体のストレングスが視認により確認できた。
あちらから言語による接触は無いが、絶えず敵意ばかりチラついていた。化け物退治か、それともこちらを戦闘不能にしてモルモットにでもするつもりか。
それ以前に龍脈をどうするのか。その全ては知れないが、だがしかし。
「神秘の力が欲しいなら、くれてやる」
弧を描いて飛ぶ葦原 赤貴(CL2001019)の足が地面についた瞬間、ストレングス一体の足場が槍のように隆起し固定した。
赤貴が放った土槍は彼の強固たる意思の塊のようなもの。捕まえたストレングスが次の行動に以降する為の機械音が響くが、それも虚しく聞こえるのと同じようにもがいたままで終わる。
飛び出した緒形 逝(CL2000156)は『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)の手首を掴んで横へと投げた。刹那、側面より炎の嵐が現出。容赦なく覚者たちがいた場所へと降りかかっていく。
結論から言って三体目が来た。
感情探査を敷いていた逝がいち早く接近を確認したのだ。
軽い冬佳の身体がふわりと舞い、炎を吐き終えた機器の直上へ足を置いた。
「先ずは龍脈。此れらを如何にかしなければなりませんね」
冬佳の髪色が、だんだんと薄くなっていく。
まるで天女か、それよりも上の存在か。氷の結晶舞う彼女の瞳が開いたとき、彼女が帯刀していた刀が鞘から抜けた。
触れるもの全てを凍てつかせるまで氷ついた剣先が、炎の噴き出す突起を切り捨てていく。
冬佳が立つ周囲は敵の火炎のばら撒きにより、轟と炎が揺れていた。
それをかき消すように水龍が地を這い、空を駆ける。
三島 椿(CL2000061)の、守るように蜷局を撒いた龍。それは彼女の力によって作られた紛れもない水神。龍脈のように伸びた身体を持ち、咆哮がとどろいた刹那。椿が指をさし示す敵へと食らいつくように溺れさせていくのだ。
「私、神祝とか、第四機関とか……あんまり難しいことは分かんない。だけど、あの機械が良くないことしてるっていうのだけは分かるんだ。絶対止めようね」
ふと翅を広げる蝶へ語りかけるような。
両手の指にもてるだけの注射器を挟んだ『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)。しかしどうにもその顔色は良いとは言えない。
覚者の攻撃は少々各個人色々な方向を見てしまっていた為、思った以上にダメージが分散してしまっている。渚にできる事、即座にそれを叩き出しつつ彼女は『つぎ』たる行動を間違えない。
少女の愛らしい顔も今や戦士そのもの。恐らくよくないものが配合されているであろう注射器を投げ、それが直線を描いて地面に刺さった刹那。地面が抉れながらストレング二体へ衝撃を与えていく。
●
「いやあああ!!」
「おい、逃げるんじゃねえよ」
斗真のフードを掴んでいる刀嗣。
「じゃあ離して!」
「ほらよ」
パッ、と手を離した瞬間、斗真は勢い余って地面へ転んだ。
「全く。どんくせえな」
半べそかいて立ち上がった斗真は、奥へと進むために瓦礫の間を抜けていく。と、同じように刀嗣もその後ろをついていく。
「お前が回収しようとしてる神なんとかは俺らが使ってるのとは違うのか?」
「……、そうだね。上位ってやつかな」
「強いのか?」
「うん。そうだね」
「あの蛇が守ってるんならそれなりの代物なんだろ?」
「神祝自体がそれなりの代物だよ。もちろん、君たちが持っているものも例外じゃないよ」
そうか、と呟いた刀嗣は暫く周辺の土の壁を意味も無く見つめながら声色を変えた。
「回収」
ピタ、と歩むのを止めた斗真。
「――する為に、白蛇を屠ったんだろ」
「待ってそれは」
「オマエが」
「ちょっ!」
「その雷切で」
「刀嗣くん!! その冗談は笑えないっ。白蛇は、第四機関の――」
斗真が澱んだ瞳で刀嗣を見つめ、再び口を開く刹那。
地響きと共に土壁に亀裂が入り、ストレングが合間から落ちてきた――否、追いかけてきた。
四体目である。
●
赤貴は敵の能力値を知らない以上、慎重に行動をしていた。
敵の見定めをするのは当たり前のことだが、さらにそれを上回ってあらゆる切り方を試していた。
エネミースキャンからの情報もそうだが、それ以上に己の力でも探しこむのだ。例えば、どこを切ればどうなるか、とか。
上部を切ってみた、敵の動きは変わらぬか。心のなかで舌打ちしてみるが、次の行動に素早く動けるのも赤貴の特異とするところでもあろう。
守るべきものがある、伝えたい言の葉もある。だから椿は止まれぬ。
それと同じように、椿の手が静かに指の弦を弾けば、水と気の化学反応で発生した矢が現出。それは今の椿同様に止まることを知らぬ。
矢は龍になり、ストレングスの腕を玩具のように吹き飛ばした。しかし龍は炎によって蒸発していくとともに、広範囲に敷かれる火炎が覚者諸共焼き払っていく。
しかし椿は己の身よりも、木々が焼け落ちていくのほうが辛いのかもしれない。周囲の水気を手繰り寄せながら、青い瞳は試行錯誤していくが蓄積したダメージから視界が朧げだ。
それに気づくのはやはり看護師としての素質があるからか。
渚は即座に回復の態勢へと移行していく。待機をしている以上、この戦場をよく見えていた渚。故に、彼女の回復は手早く、そして適格な場所で行われている。それは長年、いや最近詰めに詰めた歴戦のお陰であろうか。
「龍脈の力、返してね。生き物にとっても、古妖にとっても、きっとすごく大事な力だと思うんだ」
言ってしまうと渚の言葉はあたっていた。神祝はそれだけでも危険な代物だ。
神祝とは。
神葬とも書くこともできる。
隣で立っている翔が椿を支えた。
攻撃と庇う行為がいまいちかみ合わない状況ではあるが、翔は椿を守ることに専念している。
すでに周囲の温度が伝わり熱が籠ったスマートフォンを握りしめた翔は、吼えるように稲光を降臨させ、雷獣を従えた。
立ち止まっている暇は無い。特に正義感の強い翔は、当初抱いていた英雄のようなロボットのイメージはとっくに払拭されてしまっている。今や、妖や隔者と変わらぬものに見えているのやもしれない。
一歩間違えれば総崩れするかもしれない状況を常に孕んだ戦場で、翔が送受心に乗せた指示に仲間たつが頷く。
主だって冬佳や逝が敵を翻弄しながら動き、ストレングスが運良く横一列に整列した刹那、翔は叫ぶような声と共に雷撃を奔らせる。
機械だろうがなんだろうが痺れに狂え、翔という一少年の手のひらの上で踊る機械は、さも滑稽に。麻痺、という意味で動きを止めていくのであった。
その状況をチャンスを思わないものはいないだろう。
特に、もう待てないと思えるのは逝だ。
もっと正しく言えば、逝よりも悪食だ。
嗤うフルフェイス。
何の因果か、ストレングスとは――すなわち、『調整』と『欲望』、そして『正義』と『力』。
欲望に塗れて、正義面した多国籍が力を振り回して、大層日本の御上もキレていることだろう。
だからなんだっつーんだ、悪食は正義も悪も関係無く、神も仏も食い破る。
全く関係ないこと言ったかもしれないけれど、短く言えば、全部まとめて切り捨てるという意味だ。
残念ながら逝は刀の振り方は知らない。正しき道を進んだ者から見てみれば、てんでちゃんばらと変わらない動きかもしれない。
だがしかし。
悪食は当たれば食い破る。それの文字の通りに、ひしゃげた金属、ねじ切れ、ブチンと音が響く。まるで咀嚼しているような音に、そのストレングスに乗ってるかもしれぬ存在は気が気じゃなかっただろう。
それでも敵は律儀に冷静さを狂わさず、一体に危険が迫れば連携してそれを守るように動いて来た。
その中でも翔はよく頑張っている。彼の麻痺はとても戦闘へ貢献していたことだろう、相手の動きを止めるという意味では最良の手であったし。
翔の麻痺を強引に抜け出した一体のストレングスの鉄槌が逝を吹き飛ばし、再び火炎がばら撒かれていく。執拗に、翔が狙われた。恐らく彼が中枢になっていることを気づいたのだろう。
だがそれでおいそれと死ぬような翔でもない。炎を放電で遠ざけ、そして
一面の業火の世界はおっかないを通り越して美麗なほどの紅だ。
消火なんて追いつかないが、冬佳は水気を溜め込んで火を抑え込む努力はしていた。絶えず彼女の刀からは冷気が零れ、紅を切り裂くのだ。そして第四機関の武装を調べ上げ、その根幹を冬佳は貪欲に狙う。その為にできるだけ完全な状態で傷つけず回収したいが、さて。
青の炎影が赤を飲み込んでいく。
炎の間を抜け、赤貴の剣の上に足を乗せた燐花はそのまま投げられ、遂にはコックピットの上にまで辿り着いた。
「外国からわざわざお越し頂いたのですか。……酔狂な方々もいらっしゃるのですね」
吐息を吐くごとに、燐花の口から炎が漏れた。火炎を纏いし冷徹な猫は、その両手に雷と炎を従える牙を持つ。
好奇心猫を殺すというものか。しかしこの日本の土地を荒らすならば容赦はしない。翅虫の羽音のようにブン、と。音を残して燐花の身体が消え、一秒後、彼女はストレングスを背にして立つ。
刹那、ストレングスの四つの腕が全て落ち、足が横の分断され、轟音をたててコックピットが地面へと落ちた。
しかし燐花の顔色は暗かった。こんなのじゃまだ、あの人の足元にも及ばない。
もっと早く、もっと疾く、もっと速く。それだけを突き詰めながら、少女の渇望はきっと諦めない限り究極の境地を模索する事であろう。
てな感じで、まずは一体倒した。
●
斗真が台風のように振り回した雷切という太刀が、ストレングスの肩を破壊した。
地面へ足をつけて、ふぅ、と一息吐いた斗真の背を刀嗣は容赦無く蹴った。鬼か。
「オラ、さっさと殺せよ」
「命令系!?」
斗真は雷切を見せると、刀嗣は、そういえば雷切には反動があった事を思い出した。
「なんで使える武器を持ってこねーんだよ。アホなのか?」
「すいません」
二人を分断するように落とされた剣、そして砂煙が崩壊した天井の上へと昇っていく。
同じように空中へ飛び跳ねて逃げた二人。刀を具現した刀嗣が滞空中、斗真を足場にしてストレングスへと迫った。
再び振り落とされる剣、そして刀嗣は同じタイミングで刀を振るう。
交差し、斜めに分断されたのはストレングスの剣である。がら空きになりつつ空ぶった影響で体勢を崩したストレングス。強引に鉄槌が振るわれ、咄嗟に身を庇った刀嗣。鉄槌の衝撃に手首を間違った方向へ折れ、贋作虎徹は主の手から離れて地面へと落ちた。
「あばばばばば」
「震える余裕があんならよ、それ貸せ」
バイブのように震える斗真は、雷切を投げる。足元に刺さったそれを、刀嗣は躊躇う事無く抜き取った。
負の感情が手首から脳に刺激を与える雷切に、刀嗣は「黙れ」の一言で雷切を従わせた。
刃は下から上に、三日月のごとく弧を描く。
回避の裏を掻き、切り裂く白銀閃は斗真の目を奪う程に美しい攻撃であった。
●
ストレングスの一体は落ちたものの、しかしそれを守護するように二体は行動を見せていた。
逝は感情探査に気を寄せていた。どうやらストレングスの中にはきちんと人が乗っかっているらしい。
ふと、そこで渚は目を疑った。
燐花が落としたコクピット、いや、その背中の部位から何か触手のようなものが出ているのだ。
眼をこすってよーーーく見てみれば、あれは余りにも白すぎる人間の腕のようだ。それは助けを求めているというよりは、外を探して蠢いているように見える。
「誰かいる!! コクピットの裏側、なんか出てる!!」
「了解しました」
千陽が答えた。
「先に二体を落としましょう。そちらが先決です」
冬佳は促した。
「おじさんから悪い報告聞きたい?」
片手を上げた逝に覚者全員の目線が集まった。
逝は肩を揺らし、笑いながら言った。
「敵っぽい反応(感情)があるさね。こっちには来てないけどね。たぶん斗真ちゃんたち追ったかねって」
「紫雨いるから大丈夫じゃね?」
翔の紫雨への信頼は厚い。ぶっちゃけると、紫雨が斗真を守るだろうからさほど心配をしていないのが正直な感想だ。きっと翔と紫雨は、隔者と覚者でなかったのなら、いい友達になれていたかもしれない二人である。
その瞬間、二体のうち一体が鉄槌で衝撃を燐花へねじ込み、もう一体の剣が冬佳の肩口をえぐり取っていく。
ふと、翔と椿は同時に顔を見合わせた。
椿は水龍を、翔は雷獣を召喚しながら、同時に敵へと食らいつかせていく。金色と、青色が混ざり合い眩し過ぎる光を放ちながら爆発を起こす。
煙のなかから飛び出し、ストレングスへと飛びついた赤気。無駄のない動きから暴風のように剣を振り落とす。振り落としただけでは足りぬ、手でよく分からないが突起のような機械を握りそのまま千切っていく。これには敵もぎょっとしたのか、剣を振り投げてから赤貴を落とそうとした。
任せてくださいと言わんばかりに浅葱は、手首を再度こきこきならした。軽い準備運動のような動きを終えた瞬間、冬佳と燐花が抑え込む敵の中心へと飛び込んでいく。
白髪の髪が冷たい秋風に揺れ、スポイトのような、見方を変えれば槍のような突起物に両手を伸ばし、抱き着くように掴み取って地面に足を乗せる。
「ふっ、痛いですよっ」
スポイトを軸に浅葱が振り回せば、見た目以上に軽くストレングスが浮き上がり。浅葱はそれを今度は振り落とした。
轟音と、地面がヒビ割れながら衝撃を逃がし、ストレングスの背部がベコベコに凹みながらその起動を止めている。浅葱の手には折れたスポイトが一つ残り、これをもう一体のストレングスへなんとなく投げてぶつけた。
再び浅葱は、赤貴は、視界に別のストレングスを入れる。
つぎは。おまえだ。
半壊したストレングスは後方へとスライドして逃げる体勢を見せた。
当たり前のことだが、逃がすという選択肢は一切無い。千陽の拳が地面へ叩きつけられた刹那、後方へスライドするストレングスの足元の地面が隆起し移動を阻害。
そこへ翔が雷を落とし、電子機器の中枢を吹き飛ばしていく。
スタートダッシュで、赤貴と冬佳が視線を交える。一瞬にして戦闘会議を終えた二人は、全く同じような速度で赤貴は右、冬佳は左から攻めていく。
冬佳の一閃、赤貴の斬撃で両肩が落ち滑稽な恰好となったストレングス。しかし二人は止まらない。
赤貴は己の身よりも巨大な剣を投げ、コックピットギリギリの側面へそれを突き刺してから、冬佳のもとへと跳躍。
冬佳は刀の斜め下から上へ振り上げるような動作をすれば、赤貴が刀の側面に足を置き、バットに撃たれた球のように彼の小さな身体が吹き飛んだ。
赤貴の足は次第に己が投げて突き刺さった剣を足で押し込んだ。背中側、見た目はそれほど凹凸は無い円柱のような部位に赤貴の剣が貫通し、重要配線でもぶち切れたのだろう、機能停止を余儀なくされた。
背面の鉄板のようなものが衝撃で開き、中から真っ白い物体が落ちていく。
滑り込むように浅葱がそれを受け止める。
「大丈夫ですかっ、聞こえますかっ、お話はできますかっ?」
浅葱の呼び声に反応したように震えたソレ。
フォルムは人間の女性。
しかし発光しているレベルで、アルビノより白く。
足先よりも長い髪を乱れさせた物体。
あ、つけたすと全裸だ。
数秒だけ小休止をしよう。
長く白い前髪の間から赤い瞳を覗かせたそれは、浅葱に掴まったまま感情の無い表情で瞳を動かしていた。
慌てて上の服を脱いだ翔がソレに服をかけてから。
「なんでこんな事するんだ?」
と聞いてみたが返事は無い。
渚も同じく近寄ってから。
「初めまして、私の言葉、分かるかな?」
安心させるような声色で問いかけても、眉ひとつ動かす素振りを見せない。
なんとなく、人間ではないことはよくわかる。
「あなたのこと、教えてくれる?」
渚は最後問う。
不思議なことに、逝が敷いている感情探査にもそれそのものの感情は伝わっては来なかった。
さてさて、千陽は答えに辿り着いていた。
まるで模範解答のような考察に、惜しみない賞賛を。
「貴方は」
それの正体。
地脈の位置関係を案内できるのは神祝の蝶のみである。
彼ら自体に攻撃力はないのであれば覚者でなくても捕獲は容易である。
つまり。
「神祝ですね?」
頭を下げ、瞳を閉じた『神祝』。
背中から、花や蔓や蔦や葉で構成された翼を広げ、そして地面へ溶け込むように消えていく。
その一帯は息を吹き返したように土が元の色を戻し、花や草が生い茂り、枯れた木々が元気を取り戻していく。
龍脈の力を返したのだろう。
浅葱の手のひらのうえに、小さく淡い光を放つ神祝だけが残った。
その神祝から『真紅の蝶』が飛び立ち、千陽の指に止まった。
「あなた方が龍脈の力を貸してくれているという恩がある以上。その恩に報いるために最大限の努力をします」
千陽の指に止まっていた蝶が別の場所を目指して飛んでいく。
●
――激戦は続いていた。
神祝があると思われる場所に敵が集中しない事は無かった。故に、斗真がいる場所は敵が勝手に集まるのだ。
現時点で三体。
最初の一体は既に潰えている。なお、このストレングスに神祝は搭載されていなかった。
鉄槌に身を砕かれ骨が折れる音を耳で聞きながら、刀嗣は壁にめり込んでいる。指一本動かせば激痛が奔った。
雷切を噛ませて、スポイトを切り取ってから斗真は刀嗣に肩を貸して離脱しようとしていたが、彼の性格上それは不愉快である。
何より、無様に負けて逃げる現実が許せない。
「紫雨呼ぶ?」
いやいやいや。
紫雨に任せてしまう贅沢が、一番許せない。
弾け飛びそうな衝動と、根性で起き上がった。足下から白炎を散らし。終わりなく、限界無く、際限なく。贋作を握る拳と共に、敵の中央へと身を投じた。
刃毀れをおこしている刃を気力で賄い、切れ味を保つ銀閃は暴虐武人に舞っていく。
惜しみない闘牙に、第四機関たる戦士も唾を飲み込み手元が震えた。たった一匹の覚者に三体が沈むのだろうか。
胸前の服を掴んだ斗真が、必死に何かを抑え込んでいた。刀嗣の闘気に充てられた紫雨が、涎を垂らさないはずはないのだから。
その時。
土壁に亀裂が入り、崩壊した穴から真紅の蝶が飛び出し、千陽が落ちてきた。
土壁を蹴った千陽はストレングスの胴体部を地面へ押し付けるように殴った。仰向けで倒れたストレングスはフリーの腕で千陽の足を掴み放り投げ――地面に頭を天井に足を、逆さまの状態になったままで滞空する千陽がナイフとガンナイフを即座に持ち替えて発砲。
弾丸はコクピット部を射抜き、静電気のような紫電が三、四回迸ったとき。
続いた翔が雷を落としてストレングスの直上から地面へと押し込む。ベキベキと轟音を立ててひしゃげた身体に、浅葱は構わず拳を叩き込んだ。
限界は近い一体へ椿の龍が通過すれば、煙と紫電を拭きながらそれは倒れていく。
残り2体。
「大丈夫か!」
翔の声に、刀嗣は。
「俺の獲物だ」
と答えたので、翔は大丈夫だなと思った。
「斗真!」
「椿……っ」
斗真へ駆け寄った椿は、彼の手から雷切を取った。
刀嗣が真っすぐ、正面から飛び出しコクピット部を刀で突き刺す。刃は、中に乗っている人間の鼻先擦れ擦れまで食い込んだ。
「ひ」
と乗務していた人間が声を出したかどうかは覚者にはわからないが、刀は即座に抜かれ、僅かに空いた隙間から『燃ゆるような赤い瞳』がギラついた刹那、乗務員はあまりの恐怖に自ら意識を飛ばした。
残り、1体。
ここからは敵の視点で見ていこう。
背面は壁、正面に出口。
しかし出口にいくには覚者を横切らねばならない。
自然と呼吸は荒くなっていた。
味方は既に機能停止。
もしかしたらどこかに味方はいるのかもしれないが、無線が駄目になっている世界でどう連絡を取ればいいものか。嗚呼そういえば、追い詰められたら死ねとか言われたっけ。
日本ってそういう場所。未知で未開で、だからこそ何で死ぬかなんて解ったものでは無い。
それでも来たのはきっと、触れてみたかったのかもしれない。
希望は龍脈にある。
スポイトを地面にぶっ刺してその力を刈り取る。突っ立ってる覚者は驚いたことだろうが、知るか。ていうかあの注射器持っている奴は舐めているのだろうか、あれでも術者だというのか。
渚はくしゃみを仕掛けつつなんとなく悪く言われているような気がして、軽い気持ちで大威力の刺激を放った。地面が抉れながら衝撃ひとつ。
同じく、燐花の拳が肩にめり込んでいたらしい。
「遠路はるばるお越し頂いたようですが、機能停止させて頂きますね。それ以上、この地を汚すことは許しません」
消える猫に舌打ちをした。なんか言ってたけど日本語わからん。
明らかに十人くらいは殺してそうな大剣を小さな身体で――赤貴は振るう。
「龍脈とやらの力が単に尽きるのであれば構わんのだが、余所から来て掠め取ろうというなら、話は別だ」
あの赤貴の剣は危険すぎると瞬時に誘った。子供さえ戦場へ駆り出す日本おかしいだろ、どうなってんだ。
子供とは言え化け物か。渾身の鉄槌ごと叩ききった赤貴は、コクピットと同じ高さまで跳ね上がっている。三白、いや、四白眼の瞳と眼があった気がした。あちらからは、見えないだろうが。
背筋のあたりが、ヤケに寒くなっていく。そんなものに動じる精神は持ってはいないが、剣はどうやらカメラが搭載されている部分を的確に狙っていたらしい。赤貴は探っていたのだから、これくらい簡単な芸当だ。
一瞬にして画面が落ち、真っ暗へと変わった。
ある意味、これは詰みだろうか。
最早外側の世界を見ることも叶わぬ、言わば、車から飛び出せばサファリパークの獅子に食われるみたいな状況か。棺桶の中だ。最悪だ。
持っていた小型の銃を握った。今この弾丸は外にいる化け物に使うのでは無く。
自分の頭に風穴を開ける為だろう。
トリガーに指を、しかし瞬時。再び衝撃と共に、『棺桶』の棺が開けられた。
女性だ、白銀の髪色の冬佳が刀を振り切った状態で立っていた。目が合った瞬間、彼女は『駄目だ』と叫んでいたが日本語わからないし。
「ばかやろう!!」
即座に翔が銃を取り上げ、外へ放り投げた。
わお、もう蹂躙されて死ぬのかしら。
「誰も知らない世界……だもの興味を持つのも、まあ仕方無いね。どう呼ぼうが人の根本は、そう変わらんよ」
籠った声でフルフェイスの男が何かを言っていた。
「だからって黙って見逃すとは言わないけど、なあ…そうだろう? 斗真ちゃん」
斗真は遠慮気味に身体を揺らす。
あーそれはよくない。常人でもわかるレベルで危険なものを持っている逝。ちょっと脅すつもりで、悪食を振り上げ吼えた逝。
悲しい事に、これだけで私の精神はブラックアウトしちゃったのさ。
●
「見たこともない色の蝶ですね。まだ他に種類があったんですか」
所定の位置にナイフを仕舞った千陽は、瑠璃の蝶を肩に止めながら歩いて来る。
斗真は少し怯えた声色で。
「僕は、君にお礼を言わないといけなかった。
キミは、僕の妹を守ると言ってくれた。その通りになってる。それに五麟を攻めた紫雨のところへ、妹を連れてきてくれて。ありがとう」
感謝を述べた斗真は、千陽へ深々頭を下げた。
刀嗣は刀を杖にしながら、意識飛んだ女を引きずり出している冬佳に迫った。
「他の多国籍軍だったか? はどうした、殺したか?」
「そんなにサクっと殺したりしませんよっ」
渚は言う。
「他の人たちも纏めて上で拘束してあるから大丈夫だと思います。それより」
背部の板をこじ開け、渚は中から神祝を出した。
「大丈夫?」
さっきの子は警戒していたのか反応が薄かったが、新緑の瞳を持った神祝は――今度は少年のような形で、無邪気に笑ってから、直ぐに地面へ溶け込んでいく。
「神祝にも性格があったりして。これで、よしっと!」
渚は淡い光を放つ箱を回収した。
その頃、椿は斗真に何かを話していた。チラ、と椿は覚者たちを見ると、空気を読んだ彼らは続々と出ていった。赤貴は最後まで残ったが、斗真が遠慮気味に申し訳なさそうに頭を下げていた。
静かになってから、フードを脱いだ斗真、いや紫雨。
刹那、龍の腕が椿の喉を掴む。
「私の気持ちばかり押し付けて、ごめんなさい。理想論じゃない方法と目的を、もう一度自分で考えて覚悟して、そして貴方達の前にまた立つわ」
「好きにしろ」
複雑な表情を浮かべた紫雨は、手を離してから椿から目を離した。
「あと、暁と自分を比べるのはもうやめて。貴方はいつも暁と自分を比べて、いじける」
「俺様が暁野郎を意識してるとでも?」
「私は何度も伝えたし、貴方も聞き飽きたのよね。私にとって暁はほっとけない友達で、貴方は色々とぶつかりあったから自分でもよくわからないけど、でも私にとって特別な友達よ」
椿の真っすぐな声色に、素っ頓狂な表情を浮かべた紫雨。
暫く紫雨は黙ってしまったが、己の中で次に何を言えばいいのか整理しているのだろう。故に、椿は彼を待った。
結局、煙噴くくらい考えたが紫雨には難しかった。馬鹿なのだ。
「……好きにしろ」
拒絶はされなかったし、ちょっと嬉しそうな声色をしていたような気はした。
「神祝取りに来たんだろ、こっちだ」
あれこれあったが文字数もきついので割愛して、神祝を回収して、地上にて。
「第四機関についてはこれから楽しいお話をしようと思うさね」
逝はまだ仕舞っていない悪食を、意識ある兵の喉元につくかつかないかの位置でちらちらさせていた。
「こ、殺さないようにね……っ」
「斗真ー! 久々だなー!」
「うあぁぁそっちも元気そうでぇぇ」
大きい翔が斗真の頭をこれでもかと撫で、あわわと斗真は赤貴の鋭い視線に震え、刀嗣がきて斗真は胃が破裂しそうである。
「最近、政府からアズマコウジとかいうニヤついたうすらデブが来たが、アイツがアレか? イレブンの幹部か?」
「僕は彼の家族構成は知らないからそれが本当にソレかは知らない。でも、気を付けてね。まあ、隔者のいうことなんて信じてもどうしようもないけれど……」
「それとお前は氷雨が守りてぇんだろ? 俺様が手伝ってやる。俺様も自分のもんに手ぇ出されんのは死ぬほど嫌ぇだからな」
「一体全体どういう気?」
「氷雨とは別に全然恋人とかじゃねぇぞ。唇は奪ったけどな」
斗真は紫雨以上の力で刀嗣を殴った。
燐花は斗真へ尋ねた。
「この地を守る白蛇が害されたということは。今後ここの守りはどうなるのでしょう」
斗真は暫く考えてから、
「もし、君たちが此処を守ってくれる古妖を連れてきてくれたら、僕、FiVEに投降してもいいよ。『僕』はね?」
千陽は咄嗟に白い狼を思い浮かべた。
燐花は薬を売る古妖を思い出し、いやそれはないと首を振った。
「小垣、君は、この故郷が大切なんですか? 嫌なことがあった場所だったとしても」
千陽は品定めするような瞳で斗真へ問をかける。
「こんな何もない場所を、キミは故郷と言ってくれるんだね」
斗真は一度唇を噛み締めてから。
「大切だよ」
そっぽを向いた斗真の顎から雫が一滴流れたのを、見逃さなかった。
千陽の中で欠けたものを斗真は大切に思っている。それを羨ましく思いながら、満天の星がいつもより綺麗に見えた。
第四機関の情報はすぐに公開される事だろう。
白蛇は手厚く葬られ、後に何があったか語られる。
地面がヒビ割れて地層が過激なズレを起こし、そして斗真は亀裂の間へと落ちていく。
「んじゃ、そっちは任せるぞ」
『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)は断層のズレを器用に足場にし飛び移り、斗真が落ちた亀裂へと身を投じた。
弾丸に砂塵が舞い、同時に覚者は散開していく。
しかし一人、頑として動かぬ者が居た。
砂煙が薄れていく中、黄金(こがね)帯びた瞳が闇に咲く。『狗吠』時任・千陽(CL2000014)の利き手にはガンナイフが、もう片方の手は支えるように固定され、狙いを定めた発砲音が一重二重と響いた。
弾丸が弾かれ、しかし関節には吸い込まれるように穴をあけたのを千陽は確認してから、振り落とされてきた剣を避ける為に地面を蹴った。
斗真も心配だが首を振って切り替えた『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)の隣を、千陽が横切る一瞬で敵情報の送受信が行われる。
それは翔を介して味方へ送信されていくもの。
その事に気づかぬ、いや、気づけぬ敵の猛攻は度を増して荒くなっていく。
「すっげー! でっけー!」
と翔は瞳を輝かせていたが、即座に通過した弾丸に
「おっかねー!!」
と意見を変えてみていた。子供であった外見は一瞬にして大人びた。
風を切るように振り回される剣を、分身を残して俊敏に避ける『迷い猫』柳 燐花(CL2000695)。
燐花の速度は常人が読み取れる限界をギリギリ超えている。確実に狙っているはずの剣は、空を切るばかりだ。
「天が知る地が知る人知れずっロボット退治のお時間ですっ」
仁王立した『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)。
「我々が来たからにはそちらの敗北は至極打倒っ。降伏するなら今のうちですよっ」
浅葱の身体を跳ね飛ばすように繰り出された機械の拳。それは浅葱眼前のストレングスが出したものでは無く、背後から奇襲のように現れた一体から繰り出されたものだ。
地面にえぐりこまれるように浅葱の身体は蹂躙されたように見えるが、浅葱は間一髪で利き手を前に出して拳を受け止めていた。
「ふっ、問答無用なら構わず殴ってから事情を聞きますよっ」
利き手ではない方だからって力が入れない訳では無い。手首をコキコキ鳴らした浅葱は、次の瞬間ストレングスの拳に拳を放ち、敵の体勢を崩していく。
この時点で二体のストレングスが視認により確認できた。
あちらから言語による接触は無いが、絶えず敵意ばかりチラついていた。化け物退治か、それともこちらを戦闘不能にしてモルモットにでもするつもりか。
それ以前に龍脈をどうするのか。その全ては知れないが、だがしかし。
「神秘の力が欲しいなら、くれてやる」
弧を描いて飛ぶ葦原 赤貴(CL2001019)の足が地面についた瞬間、ストレングス一体の足場が槍のように隆起し固定した。
赤貴が放った土槍は彼の強固たる意思の塊のようなもの。捕まえたストレングスが次の行動に以降する為の機械音が響くが、それも虚しく聞こえるのと同じようにもがいたままで終わる。
飛び出した緒形 逝(CL2000156)は『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)の手首を掴んで横へと投げた。刹那、側面より炎の嵐が現出。容赦なく覚者たちがいた場所へと降りかかっていく。
結論から言って三体目が来た。
感情探査を敷いていた逝がいち早く接近を確認したのだ。
軽い冬佳の身体がふわりと舞い、炎を吐き終えた機器の直上へ足を置いた。
「先ずは龍脈。此れらを如何にかしなければなりませんね」
冬佳の髪色が、だんだんと薄くなっていく。
まるで天女か、それよりも上の存在か。氷の結晶舞う彼女の瞳が開いたとき、彼女が帯刀していた刀が鞘から抜けた。
触れるもの全てを凍てつかせるまで氷ついた剣先が、炎の噴き出す突起を切り捨てていく。
冬佳が立つ周囲は敵の火炎のばら撒きにより、轟と炎が揺れていた。
それをかき消すように水龍が地を這い、空を駆ける。
三島 椿(CL2000061)の、守るように蜷局を撒いた龍。それは彼女の力によって作られた紛れもない水神。龍脈のように伸びた身体を持ち、咆哮がとどろいた刹那。椿が指をさし示す敵へと食らいつくように溺れさせていくのだ。
「私、神祝とか、第四機関とか……あんまり難しいことは分かんない。だけど、あの機械が良くないことしてるっていうのだけは分かるんだ。絶対止めようね」
ふと翅を広げる蝶へ語りかけるような。
両手の指にもてるだけの注射器を挟んだ『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)。しかしどうにもその顔色は良いとは言えない。
覚者の攻撃は少々各個人色々な方向を見てしまっていた為、思った以上にダメージが分散してしまっている。渚にできる事、即座にそれを叩き出しつつ彼女は『つぎ』たる行動を間違えない。
少女の愛らしい顔も今や戦士そのもの。恐らくよくないものが配合されているであろう注射器を投げ、それが直線を描いて地面に刺さった刹那。地面が抉れながらストレング二体へ衝撃を与えていく。
●
「いやあああ!!」
「おい、逃げるんじゃねえよ」
斗真のフードを掴んでいる刀嗣。
「じゃあ離して!」
「ほらよ」
パッ、と手を離した瞬間、斗真は勢い余って地面へ転んだ。
「全く。どんくせえな」
半べそかいて立ち上がった斗真は、奥へと進むために瓦礫の間を抜けていく。と、同じように刀嗣もその後ろをついていく。
「お前が回収しようとしてる神なんとかは俺らが使ってるのとは違うのか?」
「……、そうだね。上位ってやつかな」
「強いのか?」
「うん。そうだね」
「あの蛇が守ってるんならそれなりの代物なんだろ?」
「神祝自体がそれなりの代物だよ。もちろん、君たちが持っているものも例外じゃないよ」
そうか、と呟いた刀嗣は暫く周辺の土の壁を意味も無く見つめながら声色を変えた。
「回収」
ピタ、と歩むのを止めた斗真。
「――する為に、白蛇を屠ったんだろ」
「待ってそれは」
「オマエが」
「ちょっ!」
「その雷切で」
「刀嗣くん!! その冗談は笑えないっ。白蛇は、第四機関の――」
斗真が澱んだ瞳で刀嗣を見つめ、再び口を開く刹那。
地響きと共に土壁に亀裂が入り、ストレングが合間から落ちてきた――否、追いかけてきた。
四体目である。
●
赤貴は敵の能力値を知らない以上、慎重に行動をしていた。
敵の見定めをするのは当たり前のことだが、さらにそれを上回ってあらゆる切り方を試していた。
エネミースキャンからの情報もそうだが、それ以上に己の力でも探しこむのだ。例えば、どこを切ればどうなるか、とか。
上部を切ってみた、敵の動きは変わらぬか。心のなかで舌打ちしてみるが、次の行動に素早く動けるのも赤貴の特異とするところでもあろう。
守るべきものがある、伝えたい言の葉もある。だから椿は止まれぬ。
それと同じように、椿の手が静かに指の弦を弾けば、水と気の化学反応で発生した矢が現出。それは今の椿同様に止まることを知らぬ。
矢は龍になり、ストレングスの腕を玩具のように吹き飛ばした。しかし龍は炎によって蒸発していくとともに、広範囲に敷かれる火炎が覚者諸共焼き払っていく。
しかし椿は己の身よりも、木々が焼け落ちていくのほうが辛いのかもしれない。周囲の水気を手繰り寄せながら、青い瞳は試行錯誤していくが蓄積したダメージから視界が朧げだ。
それに気づくのはやはり看護師としての素質があるからか。
渚は即座に回復の態勢へと移行していく。待機をしている以上、この戦場をよく見えていた渚。故に、彼女の回復は手早く、そして適格な場所で行われている。それは長年、いや最近詰めに詰めた歴戦のお陰であろうか。
「龍脈の力、返してね。生き物にとっても、古妖にとっても、きっとすごく大事な力だと思うんだ」
言ってしまうと渚の言葉はあたっていた。神祝はそれだけでも危険な代物だ。
神祝とは。
神葬とも書くこともできる。
隣で立っている翔が椿を支えた。
攻撃と庇う行為がいまいちかみ合わない状況ではあるが、翔は椿を守ることに専念している。
すでに周囲の温度が伝わり熱が籠ったスマートフォンを握りしめた翔は、吼えるように稲光を降臨させ、雷獣を従えた。
立ち止まっている暇は無い。特に正義感の強い翔は、当初抱いていた英雄のようなロボットのイメージはとっくに払拭されてしまっている。今や、妖や隔者と変わらぬものに見えているのやもしれない。
一歩間違えれば総崩れするかもしれない状況を常に孕んだ戦場で、翔が送受心に乗せた指示に仲間たつが頷く。
主だって冬佳や逝が敵を翻弄しながら動き、ストレングスが運良く横一列に整列した刹那、翔は叫ぶような声と共に雷撃を奔らせる。
機械だろうがなんだろうが痺れに狂え、翔という一少年の手のひらの上で踊る機械は、さも滑稽に。麻痺、という意味で動きを止めていくのであった。
その状況をチャンスを思わないものはいないだろう。
特に、もう待てないと思えるのは逝だ。
もっと正しく言えば、逝よりも悪食だ。
嗤うフルフェイス。
何の因果か、ストレングスとは――すなわち、『調整』と『欲望』、そして『正義』と『力』。
欲望に塗れて、正義面した多国籍が力を振り回して、大層日本の御上もキレていることだろう。
だからなんだっつーんだ、悪食は正義も悪も関係無く、神も仏も食い破る。
全く関係ないこと言ったかもしれないけれど、短く言えば、全部まとめて切り捨てるという意味だ。
残念ながら逝は刀の振り方は知らない。正しき道を進んだ者から見てみれば、てんでちゃんばらと変わらない動きかもしれない。
だがしかし。
悪食は当たれば食い破る。それの文字の通りに、ひしゃげた金属、ねじ切れ、ブチンと音が響く。まるで咀嚼しているような音に、そのストレングスに乗ってるかもしれぬ存在は気が気じゃなかっただろう。
それでも敵は律儀に冷静さを狂わさず、一体に危険が迫れば連携してそれを守るように動いて来た。
その中でも翔はよく頑張っている。彼の麻痺はとても戦闘へ貢献していたことだろう、相手の動きを止めるという意味では最良の手であったし。
翔の麻痺を強引に抜け出した一体のストレングスの鉄槌が逝を吹き飛ばし、再び火炎がばら撒かれていく。執拗に、翔が狙われた。恐らく彼が中枢になっていることを気づいたのだろう。
だがそれでおいそれと死ぬような翔でもない。炎を放電で遠ざけ、そして
一面の業火の世界はおっかないを通り越して美麗なほどの紅だ。
消火なんて追いつかないが、冬佳は水気を溜め込んで火を抑え込む努力はしていた。絶えず彼女の刀からは冷気が零れ、紅を切り裂くのだ。そして第四機関の武装を調べ上げ、その根幹を冬佳は貪欲に狙う。その為にできるだけ完全な状態で傷つけず回収したいが、さて。
青の炎影が赤を飲み込んでいく。
炎の間を抜け、赤貴の剣の上に足を乗せた燐花はそのまま投げられ、遂にはコックピットの上にまで辿り着いた。
「外国からわざわざお越し頂いたのですか。……酔狂な方々もいらっしゃるのですね」
吐息を吐くごとに、燐花の口から炎が漏れた。火炎を纏いし冷徹な猫は、その両手に雷と炎を従える牙を持つ。
好奇心猫を殺すというものか。しかしこの日本の土地を荒らすならば容赦はしない。翅虫の羽音のようにブン、と。音を残して燐花の身体が消え、一秒後、彼女はストレングスを背にして立つ。
刹那、ストレングスの四つの腕が全て落ち、足が横の分断され、轟音をたててコックピットが地面へと落ちた。
しかし燐花の顔色は暗かった。こんなのじゃまだ、あの人の足元にも及ばない。
もっと早く、もっと疾く、もっと速く。それだけを突き詰めながら、少女の渇望はきっと諦めない限り究極の境地を模索する事であろう。
てな感じで、まずは一体倒した。
●
斗真が台風のように振り回した雷切という太刀が、ストレングスの肩を破壊した。
地面へ足をつけて、ふぅ、と一息吐いた斗真の背を刀嗣は容赦無く蹴った。鬼か。
「オラ、さっさと殺せよ」
「命令系!?」
斗真は雷切を見せると、刀嗣は、そういえば雷切には反動があった事を思い出した。
「なんで使える武器を持ってこねーんだよ。アホなのか?」
「すいません」
二人を分断するように落とされた剣、そして砂煙が崩壊した天井の上へと昇っていく。
同じように空中へ飛び跳ねて逃げた二人。刀を具現した刀嗣が滞空中、斗真を足場にしてストレングスへと迫った。
再び振り落とされる剣、そして刀嗣は同じタイミングで刀を振るう。
交差し、斜めに分断されたのはストレングスの剣である。がら空きになりつつ空ぶった影響で体勢を崩したストレングス。強引に鉄槌が振るわれ、咄嗟に身を庇った刀嗣。鉄槌の衝撃に手首を間違った方向へ折れ、贋作虎徹は主の手から離れて地面へと落ちた。
「あばばばばば」
「震える余裕があんならよ、それ貸せ」
バイブのように震える斗真は、雷切を投げる。足元に刺さったそれを、刀嗣は躊躇う事無く抜き取った。
負の感情が手首から脳に刺激を与える雷切に、刀嗣は「黙れ」の一言で雷切を従わせた。
刃は下から上に、三日月のごとく弧を描く。
回避の裏を掻き、切り裂く白銀閃は斗真の目を奪う程に美しい攻撃であった。
●
ストレングスの一体は落ちたものの、しかしそれを守護するように二体は行動を見せていた。
逝は感情探査に気を寄せていた。どうやらストレングスの中にはきちんと人が乗っかっているらしい。
ふと、そこで渚は目を疑った。
燐花が落としたコクピット、いや、その背中の部位から何か触手のようなものが出ているのだ。
眼をこすってよーーーく見てみれば、あれは余りにも白すぎる人間の腕のようだ。それは助けを求めているというよりは、外を探して蠢いているように見える。
「誰かいる!! コクピットの裏側、なんか出てる!!」
「了解しました」
千陽が答えた。
「先に二体を落としましょう。そちらが先決です」
冬佳は促した。
「おじさんから悪い報告聞きたい?」
片手を上げた逝に覚者全員の目線が集まった。
逝は肩を揺らし、笑いながら言った。
「敵っぽい反応(感情)があるさね。こっちには来てないけどね。たぶん斗真ちゃんたち追ったかねって」
「紫雨いるから大丈夫じゃね?」
翔の紫雨への信頼は厚い。ぶっちゃけると、紫雨が斗真を守るだろうからさほど心配をしていないのが正直な感想だ。きっと翔と紫雨は、隔者と覚者でなかったのなら、いい友達になれていたかもしれない二人である。
その瞬間、二体のうち一体が鉄槌で衝撃を燐花へねじ込み、もう一体の剣が冬佳の肩口をえぐり取っていく。
ふと、翔と椿は同時に顔を見合わせた。
椿は水龍を、翔は雷獣を召喚しながら、同時に敵へと食らいつかせていく。金色と、青色が混ざり合い眩し過ぎる光を放ちながら爆発を起こす。
煙のなかから飛び出し、ストレングスへと飛びついた赤気。無駄のない動きから暴風のように剣を振り落とす。振り落としただけでは足りぬ、手でよく分からないが突起のような機械を握りそのまま千切っていく。これには敵もぎょっとしたのか、剣を振り投げてから赤貴を落とそうとした。
任せてくださいと言わんばかりに浅葱は、手首を再度こきこきならした。軽い準備運動のような動きを終えた瞬間、冬佳と燐花が抑え込む敵の中心へと飛び込んでいく。
白髪の髪が冷たい秋風に揺れ、スポイトのような、見方を変えれば槍のような突起物に両手を伸ばし、抱き着くように掴み取って地面に足を乗せる。
「ふっ、痛いですよっ」
スポイトを軸に浅葱が振り回せば、見た目以上に軽くストレングスが浮き上がり。浅葱はそれを今度は振り落とした。
轟音と、地面がヒビ割れながら衝撃を逃がし、ストレングスの背部がベコベコに凹みながらその起動を止めている。浅葱の手には折れたスポイトが一つ残り、これをもう一体のストレングスへなんとなく投げてぶつけた。
再び浅葱は、赤貴は、視界に別のストレングスを入れる。
つぎは。おまえだ。
半壊したストレングスは後方へとスライドして逃げる体勢を見せた。
当たり前のことだが、逃がすという選択肢は一切無い。千陽の拳が地面へ叩きつけられた刹那、後方へスライドするストレングスの足元の地面が隆起し移動を阻害。
そこへ翔が雷を落とし、電子機器の中枢を吹き飛ばしていく。
スタートダッシュで、赤貴と冬佳が視線を交える。一瞬にして戦闘会議を終えた二人は、全く同じような速度で赤貴は右、冬佳は左から攻めていく。
冬佳の一閃、赤貴の斬撃で両肩が落ち滑稽な恰好となったストレングス。しかし二人は止まらない。
赤貴は己の身よりも巨大な剣を投げ、コックピットギリギリの側面へそれを突き刺してから、冬佳のもとへと跳躍。
冬佳は刀の斜め下から上へ振り上げるような動作をすれば、赤貴が刀の側面に足を置き、バットに撃たれた球のように彼の小さな身体が吹き飛んだ。
赤貴の足は次第に己が投げて突き刺さった剣を足で押し込んだ。背中側、見た目はそれほど凹凸は無い円柱のような部位に赤貴の剣が貫通し、重要配線でもぶち切れたのだろう、機能停止を余儀なくされた。
背面の鉄板のようなものが衝撃で開き、中から真っ白い物体が落ちていく。
滑り込むように浅葱がそれを受け止める。
「大丈夫ですかっ、聞こえますかっ、お話はできますかっ?」
浅葱の呼び声に反応したように震えたソレ。
フォルムは人間の女性。
しかし発光しているレベルで、アルビノより白く。
足先よりも長い髪を乱れさせた物体。
あ、つけたすと全裸だ。
数秒だけ小休止をしよう。
長く白い前髪の間から赤い瞳を覗かせたそれは、浅葱に掴まったまま感情の無い表情で瞳を動かしていた。
慌てて上の服を脱いだ翔がソレに服をかけてから。
「なんでこんな事するんだ?」
と聞いてみたが返事は無い。
渚も同じく近寄ってから。
「初めまして、私の言葉、分かるかな?」
安心させるような声色で問いかけても、眉ひとつ動かす素振りを見せない。
なんとなく、人間ではないことはよくわかる。
「あなたのこと、教えてくれる?」
渚は最後問う。
不思議なことに、逝が敷いている感情探査にもそれそのものの感情は伝わっては来なかった。
さてさて、千陽は答えに辿り着いていた。
まるで模範解答のような考察に、惜しみない賞賛を。
「貴方は」
それの正体。
地脈の位置関係を案内できるのは神祝の蝶のみである。
彼ら自体に攻撃力はないのであれば覚者でなくても捕獲は容易である。
つまり。
「神祝ですね?」
頭を下げ、瞳を閉じた『神祝』。
背中から、花や蔓や蔦や葉で構成された翼を広げ、そして地面へ溶け込むように消えていく。
その一帯は息を吹き返したように土が元の色を戻し、花や草が生い茂り、枯れた木々が元気を取り戻していく。
龍脈の力を返したのだろう。
浅葱の手のひらのうえに、小さく淡い光を放つ神祝だけが残った。
その神祝から『真紅の蝶』が飛び立ち、千陽の指に止まった。
「あなた方が龍脈の力を貸してくれているという恩がある以上。その恩に報いるために最大限の努力をします」
千陽の指に止まっていた蝶が別の場所を目指して飛んでいく。
●
――激戦は続いていた。
神祝があると思われる場所に敵が集中しない事は無かった。故に、斗真がいる場所は敵が勝手に集まるのだ。
現時点で三体。
最初の一体は既に潰えている。なお、このストレングスに神祝は搭載されていなかった。
鉄槌に身を砕かれ骨が折れる音を耳で聞きながら、刀嗣は壁にめり込んでいる。指一本動かせば激痛が奔った。
雷切を噛ませて、スポイトを切り取ってから斗真は刀嗣に肩を貸して離脱しようとしていたが、彼の性格上それは不愉快である。
何より、無様に負けて逃げる現実が許せない。
「紫雨呼ぶ?」
いやいやいや。
紫雨に任せてしまう贅沢が、一番許せない。
弾け飛びそうな衝動と、根性で起き上がった。足下から白炎を散らし。終わりなく、限界無く、際限なく。贋作を握る拳と共に、敵の中央へと身を投じた。
刃毀れをおこしている刃を気力で賄い、切れ味を保つ銀閃は暴虐武人に舞っていく。
惜しみない闘牙に、第四機関たる戦士も唾を飲み込み手元が震えた。たった一匹の覚者に三体が沈むのだろうか。
胸前の服を掴んだ斗真が、必死に何かを抑え込んでいた。刀嗣の闘気に充てられた紫雨が、涎を垂らさないはずはないのだから。
その時。
土壁に亀裂が入り、崩壊した穴から真紅の蝶が飛び出し、千陽が落ちてきた。
土壁を蹴った千陽はストレングスの胴体部を地面へ押し付けるように殴った。仰向けで倒れたストレングスはフリーの腕で千陽の足を掴み放り投げ――地面に頭を天井に足を、逆さまの状態になったままで滞空する千陽がナイフとガンナイフを即座に持ち替えて発砲。
弾丸はコクピット部を射抜き、静電気のような紫電が三、四回迸ったとき。
続いた翔が雷を落としてストレングスの直上から地面へと押し込む。ベキベキと轟音を立ててひしゃげた身体に、浅葱は構わず拳を叩き込んだ。
限界は近い一体へ椿の龍が通過すれば、煙と紫電を拭きながらそれは倒れていく。
残り2体。
「大丈夫か!」
翔の声に、刀嗣は。
「俺の獲物だ」
と答えたので、翔は大丈夫だなと思った。
「斗真!」
「椿……っ」
斗真へ駆け寄った椿は、彼の手から雷切を取った。
刀嗣が真っすぐ、正面から飛び出しコクピット部を刀で突き刺す。刃は、中に乗っている人間の鼻先擦れ擦れまで食い込んだ。
「ひ」
と乗務していた人間が声を出したかどうかは覚者にはわからないが、刀は即座に抜かれ、僅かに空いた隙間から『燃ゆるような赤い瞳』がギラついた刹那、乗務員はあまりの恐怖に自ら意識を飛ばした。
残り、1体。
ここからは敵の視点で見ていこう。
背面は壁、正面に出口。
しかし出口にいくには覚者を横切らねばならない。
自然と呼吸は荒くなっていた。
味方は既に機能停止。
もしかしたらどこかに味方はいるのかもしれないが、無線が駄目になっている世界でどう連絡を取ればいいものか。嗚呼そういえば、追い詰められたら死ねとか言われたっけ。
日本ってそういう場所。未知で未開で、だからこそ何で死ぬかなんて解ったものでは無い。
それでも来たのはきっと、触れてみたかったのかもしれない。
希望は龍脈にある。
スポイトを地面にぶっ刺してその力を刈り取る。突っ立ってる覚者は驚いたことだろうが、知るか。ていうかあの注射器持っている奴は舐めているのだろうか、あれでも術者だというのか。
渚はくしゃみを仕掛けつつなんとなく悪く言われているような気がして、軽い気持ちで大威力の刺激を放った。地面が抉れながら衝撃ひとつ。
同じく、燐花の拳が肩にめり込んでいたらしい。
「遠路はるばるお越し頂いたようですが、機能停止させて頂きますね。それ以上、この地を汚すことは許しません」
消える猫に舌打ちをした。なんか言ってたけど日本語わからん。
明らかに十人くらいは殺してそうな大剣を小さな身体で――赤貴は振るう。
「龍脈とやらの力が単に尽きるのであれば構わんのだが、余所から来て掠め取ろうというなら、話は別だ」
あの赤貴の剣は危険すぎると瞬時に誘った。子供さえ戦場へ駆り出す日本おかしいだろ、どうなってんだ。
子供とは言え化け物か。渾身の鉄槌ごと叩ききった赤貴は、コクピットと同じ高さまで跳ね上がっている。三白、いや、四白眼の瞳と眼があった気がした。あちらからは、見えないだろうが。
背筋のあたりが、ヤケに寒くなっていく。そんなものに動じる精神は持ってはいないが、剣はどうやらカメラが搭載されている部分を的確に狙っていたらしい。赤貴は探っていたのだから、これくらい簡単な芸当だ。
一瞬にして画面が落ち、真っ暗へと変わった。
ある意味、これは詰みだろうか。
最早外側の世界を見ることも叶わぬ、言わば、車から飛び出せばサファリパークの獅子に食われるみたいな状況か。棺桶の中だ。最悪だ。
持っていた小型の銃を握った。今この弾丸は外にいる化け物に使うのでは無く。
自分の頭に風穴を開ける為だろう。
トリガーに指を、しかし瞬時。再び衝撃と共に、『棺桶』の棺が開けられた。
女性だ、白銀の髪色の冬佳が刀を振り切った状態で立っていた。目が合った瞬間、彼女は『駄目だ』と叫んでいたが日本語わからないし。
「ばかやろう!!」
即座に翔が銃を取り上げ、外へ放り投げた。
わお、もう蹂躙されて死ぬのかしら。
「誰も知らない世界……だもの興味を持つのも、まあ仕方無いね。どう呼ぼうが人の根本は、そう変わらんよ」
籠った声でフルフェイスの男が何かを言っていた。
「だからって黙って見逃すとは言わないけど、なあ…そうだろう? 斗真ちゃん」
斗真は遠慮気味に身体を揺らす。
あーそれはよくない。常人でもわかるレベルで危険なものを持っている逝。ちょっと脅すつもりで、悪食を振り上げ吼えた逝。
悲しい事に、これだけで私の精神はブラックアウトしちゃったのさ。
●
「見たこともない色の蝶ですね。まだ他に種類があったんですか」
所定の位置にナイフを仕舞った千陽は、瑠璃の蝶を肩に止めながら歩いて来る。
斗真は少し怯えた声色で。
「僕は、君にお礼を言わないといけなかった。
キミは、僕の妹を守ると言ってくれた。その通りになってる。それに五麟を攻めた紫雨のところへ、妹を連れてきてくれて。ありがとう」
感謝を述べた斗真は、千陽へ深々頭を下げた。
刀嗣は刀を杖にしながら、意識飛んだ女を引きずり出している冬佳に迫った。
「他の多国籍軍だったか? はどうした、殺したか?」
「そんなにサクっと殺したりしませんよっ」
渚は言う。
「他の人たちも纏めて上で拘束してあるから大丈夫だと思います。それより」
背部の板をこじ開け、渚は中から神祝を出した。
「大丈夫?」
さっきの子は警戒していたのか反応が薄かったが、新緑の瞳を持った神祝は――今度は少年のような形で、無邪気に笑ってから、直ぐに地面へ溶け込んでいく。
「神祝にも性格があったりして。これで、よしっと!」
渚は淡い光を放つ箱を回収した。
その頃、椿は斗真に何かを話していた。チラ、と椿は覚者たちを見ると、空気を読んだ彼らは続々と出ていった。赤貴は最後まで残ったが、斗真が遠慮気味に申し訳なさそうに頭を下げていた。
静かになってから、フードを脱いだ斗真、いや紫雨。
刹那、龍の腕が椿の喉を掴む。
「私の気持ちばかり押し付けて、ごめんなさい。理想論じゃない方法と目的を、もう一度自分で考えて覚悟して、そして貴方達の前にまた立つわ」
「好きにしろ」
複雑な表情を浮かべた紫雨は、手を離してから椿から目を離した。
「あと、暁と自分を比べるのはもうやめて。貴方はいつも暁と自分を比べて、いじける」
「俺様が暁野郎を意識してるとでも?」
「私は何度も伝えたし、貴方も聞き飽きたのよね。私にとって暁はほっとけない友達で、貴方は色々とぶつかりあったから自分でもよくわからないけど、でも私にとって特別な友達よ」
椿の真っすぐな声色に、素っ頓狂な表情を浮かべた紫雨。
暫く紫雨は黙ってしまったが、己の中で次に何を言えばいいのか整理しているのだろう。故に、椿は彼を待った。
結局、煙噴くくらい考えたが紫雨には難しかった。馬鹿なのだ。
「……好きにしろ」
拒絶はされなかったし、ちょっと嬉しそうな声色をしていたような気はした。
「神祝取りに来たんだろ、こっちだ」
あれこれあったが文字数もきついので割愛して、神祝を回収して、地上にて。
「第四機関についてはこれから楽しいお話をしようと思うさね」
逝はまだ仕舞っていない悪食を、意識ある兵の喉元につくかつかないかの位置でちらちらさせていた。
「こ、殺さないようにね……っ」
「斗真ー! 久々だなー!」
「うあぁぁそっちも元気そうでぇぇ」
大きい翔が斗真の頭をこれでもかと撫で、あわわと斗真は赤貴の鋭い視線に震え、刀嗣がきて斗真は胃が破裂しそうである。
「最近、政府からアズマコウジとかいうニヤついたうすらデブが来たが、アイツがアレか? イレブンの幹部か?」
「僕は彼の家族構成は知らないからそれが本当にソレかは知らない。でも、気を付けてね。まあ、隔者のいうことなんて信じてもどうしようもないけれど……」
「それとお前は氷雨が守りてぇんだろ? 俺様が手伝ってやる。俺様も自分のもんに手ぇ出されんのは死ぬほど嫌ぇだからな」
「一体全体どういう気?」
「氷雨とは別に全然恋人とかじゃねぇぞ。唇は奪ったけどな」
斗真は紫雨以上の力で刀嗣を殴った。
燐花は斗真へ尋ねた。
「この地を守る白蛇が害されたということは。今後ここの守りはどうなるのでしょう」
斗真は暫く考えてから、
「もし、君たちが此処を守ってくれる古妖を連れてきてくれたら、僕、FiVEに投降してもいいよ。『僕』はね?」
千陽は咄嗟に白い狼を思い浮かべた。
燐花は薬を売る古妖を思い出し、いやそれはないと首を振った。
「小垣、君は、この故郷が大切なんですか? 嫌なことがあった場所だったとしても」
千陽は品定めするような瞳で斗真へ問をかける。
「こんな何もない場所を、キミは故郷と言ってくれるんだね」
斗真は一度唇を噛み締めてから。
「大切だよ」
そっぽを向いた斗真の顎から雫が一滴流れたのを、見逃さなかった。
千陽の中で欠けたものを斗真は大切に思っている。それを羨ましく思いながら、満天の星がいつもより綺麗に見えた。
第四機関の情報はすぐに公開される事だろう。
白蛇は手厚く葬られ、後に何があったか語られる。
