憎悪の果てに
●
ボサノバの心地よく洗練されたリズムの上に漂うひそひそ声の中から、滝川公彦の耳は憤怒者たちの言葉だけでなく、彼らの熱をはらんだ誇らしさまでもしっかりと拾い上げていた。
超聴力を活性化しておいて正解だった。高級ホテルのラウンジでひとり、細く笑む。
コンビニよりも不味い珈琲代に千円は高いと思ったが、意を決して入ってよかった。彼らが出てくるまで外で待っていたら、いま交わされている会話は聞けなかっただろう。
ついにアレが完成した。
まだ試作段階のようだが、実験でその効果はきちんと確かめられたようだ。
『相手の生命力を吸引し、使い手に寄与する』武器の開発。
元々は、年々数を増やす能力者たちに対抗するため、父、滝川吉彦が始めた研究だった。憤怒者たちが立ち上げた私設研究機関で主任研究員だった父は、一昨年の暮れに五十歳の若さで生涯を終えている。がんだったらしい。
らしい、というのも父の死のずっと前、皮肉にも息子である滝川は発現し、隔者となって家を出ていたからだ。父の死を知ったのは、怨みから研究成果を横取りしてやろうとして研究所を探っていたときのことだった。
悲しくはなかった。それどころか、せいせいした。実の息子を化物とさげすんだあの冷たい目。納屋に閉じ込められていた日々はいま思い出しても屈辱的だ。生きていれば奪い取ったその剣で切り殺してやったのに。
「ふん。まあいいさ。その剣は隔者である息子の俺がせいぜい実戦で活用してやるよ」
研究所の場所はおろか、内部の配置やセキュリティーシステムも完璧に把握している。あとは行って、奪って、出てくるだけだ。あの世でせいぜい悔しがるがいい。
滝川は伝票を取ってレジに向かった。
後に残されたカップの中の珈琲は、半分も減っていなかった。
●
「深度3破綻者の撃破と、とある剣の回収、または破壊をお願いします」
久方 真由美(nCL2000003)は沈痛な声で告げる。
ある一匹オオカミの隔者が、憤怒者の私設研究所で開発されていた対能力者用の武器を強奪した。隔者は研究所のセキュリティーロボットや、武装した憤怒者たちから予想外の大反撃を受けたらしい。
「隔者が狙った剣には『相手の生命力を吸引し、使い手に寄与する』力があるようです。しかし、一般人から奪える生命力はわずかで、攻撃されて受けたダメージを回復するほどもなく、ましてや命のないロボットにはその特殊な能力はまったく発揮されません。その隔者は知らなかったようですね。覚醒していない一般の人に対しては、ただの切れ味のいい剣でしかないことを」
奪った武器――剣の能力が一般人に対してはほぼ発揮されないことに怒り狂いながら、防衛のために自身の力を過剰に使いすぎてしまったあげくの破綻らしかった。
「……研究所にいた憤怒者たちの大部分は死亡、生き残っている非戦闘員たちはわずかです。みなさんが現場に着く頃には、5機あったセキュリティーロボットは2機にまで減っています。ファイヴが介入しなければ、破綻者はセキュリティーロボットを倒した後、街に出て人々を無差別に襲いだすでしょう。研究所内で必ず撃破してください。お願いします」
●
斜めに切り落とした憤怒者の体から流れ出た赤い血が、すぐにスプリンクラーがまき散らす水と混じりあって薄いピンクになり、色を落としながらどこかへ流れていく。
踊る炎を写す刀身にはローマ字で、「KIMIHIKO」と名が彫り込まれていた。
ボサノバの心地よく洗練されたリズムの上に漂うひそひそ声の中から、滝川公彦の耳は憤怒者たちの言葉だけでなく、彼らの熱をはらんだ誇らしさまでもしっかりと拾い上げていた。
超聴力を活性化しておいて正解だった。高級ホテルのラウンジでひとり、細く笑む。
コンビニよりも不味い珈琲代に千円は高いと思ったが、意を決して入ってよかった。彼らが出てくるまで外で待っていたら、いま交わされている会話は聞けなかっただろう。
ついにアレが完成した。
まだ試作段階のようだが、実験でその効果はきちんと確かめられたようだ。
『相手の生命力を吸引し、使い手に寄与する』武器の開発。
元々は、年々数を増やす能力者たちに対抗するため、父、滝川吉彦が始めた研究だった。憤怒者たちが立ち上げた私設研究機関で主任研究員だった父は、一昨年の暮れに五十歳の若さで生涯を終えている。がんだったらしい。
らしい、というのも父の死のずっと前、皮肉にも息子である滝川は発現し、隔者となって家を出ていたからだ。父の死を知ったのは、怨みから研究成果を横取りしてやろうとして研究所を探っていたときのことだった。
悲しくはなかった。それどころか、せいせいした。実の息子を化物とさげすんだあの冷たい目。納屋に閉じ込められていた日々はいま思い出しても屈辱的だ。生きていれば奪い取ったその剣で切り殺してやったのに。
「ふん。まあいいさ。その剣は隔者である息子の俺がせいぜい実戦で活用してやるよ」
研究所の場所はおろか、内部の配置やセキュリティーシステムも完璧に把握している。あとは行って、奪って、出てくるだけだ。あの世でせいぜい悔しがるがいい。
滝川は伝票を取ってレジに向かった。
後に残されたカップの中の珈琲は、半分も減っていなかった。
●
「深度3破綻者の撃破と、とある剣の回収、または破壊をお願いします」
久方 真由美(nCL2000003)は沈痛な声で告げる。
ある一匹オオカミの隔者が、憤怒者の私設研究所で開発されていた対能力者用の武器を強奪した。隔者は研究所のセキュリティーロボットや、武装した憤怒者たちから予想外の大反撃を受けたらしい。
「隔者が狙った剣には『相手の生命力を吸引し、使い手に寄与する』力があるようです。しかし、一般人から奪える生命力はわずかで、攻撃されて受けたダメージを回復するほどもなく、ましてや命のないロボットにはその特殊な能力はまったく発揮されません。その隔者は知らなかったようですね。覚醒していない一般の人に対しては、ただの切れ味のいい剣でしかないことを」
奪った武器――剣の能力が一般人に対してはほぼ発揮されないことに怒り狂いながら、防衛のために自身の力を過剰に使いすぎてしまったあげくの破綻らしかった。
「……研究所にいた憤怒者たちの大部分は死亡、生き残っている非戦闘員たちはわずかです。みなさんが現場に着く頃には、5機あったセキュリティーロボットは2機にまで減っています。ファイヴが介入しなければ、破綻者はセキュリティーロボットを倒した後、街に出て人々を無差別に襲いだすでしょう。研究所内で必ず撃破してください。お願いします」
●
斜めに切り落とした憤怒者の体から流れ出た赤い血が、すぐにスプリンクラーがまき散らす水と混じりあって薄いピンクになり、色を落としながらどこかへ流れていく。
踊る炎を写す刀身にはローマ字で、「KIMIHIKO」と名が彫り込まれていた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.深度3破綻者の撃破
2.剣「KIMIHIKO」の回収、または破壊
3.これ以上の人的被害を出さない
2.剣「KIMIHIKO」の回収、または破壊
3.これ以上の人的被害を出さない
滝川公彦、深度3破綻者。
【五織の彩】【灼熱化】【炎柱】【飛燕】【火纏】【物攻強化・弐】を活性しています。
非戦スキルは【超聴力】【韋駄天足】。
●セキュリティーロボット……2機
滝川と交戦中ですが、ほぼ機能停止しています。
●場所
憤怒者の私設研究所。
表向きは籐島ガラステクノロジーという会社の研究開発所。
敷地内に爆発物や危険な薬品のタンクが存在している。
建物内は停電しており、エレベーターは動いていない。
非常階段は地下で発生した猛毒の煙が充満している状態。
地上階と屋上のドアは施錠されていて開かない。
破綻者が暴れている四階建ての研究棟は半崩壊状態で、火災が発生している。
破綻者は地下一階から地上に上がってきており、玄関付近で自動戦闘ロボと交戦中。
なお、研究棟の出口から門までは直線距離で100メートルしか離れていない。
●開発中の剣「KIMIHIKO」
『相手の生命力を吸引し、使い手に寄与する』力を持っている両刃剣。
具体的な数値データは不明。
●その他
2階から上に、非戦闘員の憤怒者が隠れています。
・2階に二人
・3階に一人
・4階に五人
合計八名。
地下にいた人達は切り殺されたか、有毒の煙を吸って窒息死しています。
地下へは非常階段で降りられますが、有毒ガスが蔓延している上に壊れた戦闘ロボで半分塞がっています。
※門横の警備員詰所に、マスターキーが保管されています。
●STコメント
よろしければご参加ください。お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年10月30日
2016年10月30日
■メイン参加者 8人■

●
覚者たちが到着したとき、籐島ガラステクノロジーの門扉は大きくあけ放たれていた。
門前の道に陣取り、眉をひそめて敷地内を眺めている人々の大部分が、逃げだしてきた籐島ガラステクノロジーの社員たちだった。背広姿に白衣、作業服と着ているものは様々だが、みなIDカードが入ったパスケースを首からひもで下げている。
「みなさん、危険ですからもっと下がってください」
『希望峰』七海 灯(CL2000579)は、道を防いでいた人たちの後ろに立って声をあげた。
「大丈夫です。まもなく消防車が来ます。襲撃犯は私たちが必ず排除します」
突然の災難に動転した人々を事務的に、冷静な調子でなだめながら、人の垣根を割って進む。
「ですから……ここを通してください」
しぶしぶと言った感じで開き始めた垣根の間を、他の仲間たちが駆け抜けていく。
灯はもう一度、人々に退避を呼びかけてから、籐島ガラステクノロジーの敷地内に入った。
緒形 逝(CL2000156)は門横の警備室の前で立ち止まった。
くるりと振りかえって、深緋・久作(CL2001453)と桂木・日那乃(CL2000941)の二人を手招く。
「久作ちゃんに日那乃ちゃん。すまんがおっさんと一緒にマスターキーを探しておくれ。三人で逃げ遅れを助け行こう。あ、キーを見つけたら渡して。みずたまにコピーせるから」
「私ももとよりそのつもりでいました。マスターキーを探せばいいのですね」
「……わかった。見つけたら、いうね」
『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は警備室の受付窓を開くと、中を覗き込んで捜索中の三人に声を掛けた。
「ここに来る途中で連絡入れておいたから、もうすぐ救急車と消防車が来るはずだ。じゃあ、オレたちは先に行くな。逃げ遅れた憤怒者たちの救助は任せたぜ」
逝が背を向けたまま手を上げる。
「三人が戻ってくるまで頑張って公彦さんを押さえておくのよ」
一悟を押しのけるようにして、横から『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)が言い添えた。
「でもなるべく救助を終えて、来てほしいのよ。あすか、不安なのよ」
「ソウデスネ。深度3の破綻者が相手デス。いくらリーネたちが固くても、そう長くは持たないカモデスヨ」
『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)は飛鳥の後ろに立って、百メートル先で黒煙をあげる研究開発棟を睨んでいた。
想像していたよりも火の勢いがすごい。短時間の内にそれなりに大きな建物を半壊炎上させるとは、一体どういう暴れ方をしたのか。
「でも、戦闘力があっても憤怒者は一般人だしな。放って置くわけにはいかねーし、助けてやらないと」
『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)は、この状況にますます闘志を燃やしたようだ。不敵に笑うと敵を求めて走り出した。
「破綻者が持ってるっつー武器も気になるけど、まずは避難の時間を稼ぎきるぞ!」
若武者の熱にあてられて、リーネは強張っていた表情を和ませた。
(「これは……愛しの彼が来てたら凄い事なってたカモデスネ。デモ、私だからと優しい訳デハ、無いデスケドネ」)
飛馬の背を追って走り出す。
「敵が敵故に、今回は全力で皆さん、守りマスカラネ!」
灯、一悟、飛鳥も警備室を離れて飛馬たちのあとに続いた。
●
研究開発棟の玄関に回り込むと、一機のセキュリティーロボットが公彦の攻撃を受けて爆発大破したところだった。
「残るはあと一機ですね」
飛んできたセキュリティーロボットの破片を寸でかわすと、灯は天駆を自分にかけて自己強化した。
隣の一悟も岩の鎧をまとう。
両刃剣を右手にした血まみれの男が、研究開発棟の建物から出てきて、地面に転がったコンクリートの塊を蹴り飛ばした。あれが公彦だろう。
公彦は黒い雲が流れていく空に向かって、なにやら意味不明な雄叫びを上げた。
リーネと竜馬も岩の鎧を身にまとった。同じ岩の鎧といっても、二人のむそれは一悟が身にまとった鎧よりも一層強固だ。
リーネは壊れた自動ドアの奥に動くものの気配を察知した。
「あ、ナニカ出てくるようデスヨ」
飛馬が目を向けると、アームの取れたセキュリティーロボットがぎこちない動きで建物から出てくるところだった。
「……ボロボロだな」
「ウ~ン、これは期待できそうにアリマセン。飛鳥ちゃん、早く来てクダサーイ」
飛鳥は小さな足を懸命に動かした。
仲間たちと合流したところで、自分自身に海衣をかける。
「お、お待たせいたしましたなのよ」
覚者たちの戦闘準備が整ったところで、セキュリティーロボットが公彦の背にレーザーガンを向けた。
が、直前に気づいた公彦に接近を許し、両刃剣で切り倒されてしまった。
見返りも得られなかったことに腹を立てた公彦が剣を振り回しはじめた。悪態を突きながら、コンクリートの瓦礫に身を沈めたボディーを剣で出鱈目に突き刺す。
「あのまま入口に留まられるとまずいな」
一悟が舌を打つ。
「ええ……。救助班に意識を向けさせないよう、こちらから先制攻撃を仕掛けて研究開発棟から引き離しましょう。全体、もう少し前へ」
「まて、ここから動かなくていい。オレがやる」
一悟は公彦の左肩を狙って、指の先から練り上げた気弾を放った。
「がぁっ!!?」
公彦が振り返った。そこで覚者たちの存在にようやく気づいたらしい。ようやくマシな獲物にありつけるとでも思ったのか、口の端を吊り上げて歯をむき出しにした。
剣を降ろして、邪悪な微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと覚者たちに向かってくる。
「ひぃぃ。なんか怖いのよ。目がいっちゃってるのよ」
最後尾で飛鳥が体を震わせた。
「ふん、こじらせやがって。なんだかんだ言っても父親に認めて欲しだけなんじゃねえのか!」
お前に何が分かる、と言わんばかりに両刃剣がするどく薙がれる。
切っ先は悪態をついた一悟ではなく、太刀と脇差を顔面で交差させてガードした飛馬の両腕を切り裂いた。
飛馬の命を啜った切っ先の勢いは衰えるどころか勢いを増し、リーネが上げた右のラージシールドをも切り払う。
「飛べ、影鎖!」
灯は小さく気合を吐き出し、不退転の盾であらんと踏みこたえる二人のあいだから分銅を投げた。
生命エネルギーを吸収して暗い愉悦にひたる公彦の左頬に、重い鉛の玉がめり込んだ。
よろめいて背を曲げたところへ、リーネが左からラージシールドでアゴを叩く。
「さっきのお返しデスネ!」
公彦の口から血にまみれた歯が飛び出した。
だが、反射で繰りだされたリーネの攻撃は入りが浅かったようだ。
公彦は殴られた勢いをそのまま利用して体を捻ると、今度は下から剣をすくいあげた。
「――ッ!!」
剣の刃が斜め下からリーネの脇腹に深く込み、そのまま肉と骨を断ちながらあがっていく。
飛馬が腕に走る痛みを無視して脇差『悠馬』を横から差し出し、リーネの心臓に刃が達する前に両刃剣を止めた。
「我が二つ名は『守人刀』、誰も……俺の目の前で死なせはしねえ!」
歯を食いしばって『悠馬』を握る手に力を込める。
少しずつ、公彦の力が強まってきて、じわりと刃が上がっていくのが判る。見れば公彦の体には傷一つついていない。両刃剣で得た生命エネルギーで回復したのだ。
「うぉぉぉっ!」
飛馬は全身から気迫を放つと、受け止めた剣を斜め下へ落とした。
「リーネお姉さん、飛馬くん! 一旦下がって回復に専念してくださいなのよ!」
飛鳥はステッキを振り上げると、神秘の力で大気中の水分を集めた。
癒しの雨に変えて、傷ついた仲間にそそぐ。
「公彦! お前はその剣で何をしようって考えてんだ。父親への復讐っていうならやめとけよ。意味がないぜ」
一悟は脇腹を押さえて喘ぐリーネの前に出た。
炎を纏ったトンファーを細かく突き出し、舌なめずりしながら剣を構える公彦を牽制する。
よく見てください、と灯が両刃剣を指さす。
「その剣はお父様が貴方に遺された剣だったのではないですか? その剣に刻まれたKIMIHIKOの銘、そしてその特性」
灯は飛馬に代わって前に出ながらエナミースキャンを起動した。
話しかけながら公彦を精査する。
「お父様は貴方に生きていて欲しかった……たとえ誰かを犠牲にしても。全部私の想像です……でも、そうだったら素敵ですよね」
公彦は唸り声を返してきただけで、両刃剣を見ようともしなかった。完全に力に飲み込まれ、自我を失っているようだ。
もはや手遅れ、壊れてしまった心に言葉は届かないのだろうか。
灯の悲しみをよそに公彦は狂気に染まった両の眼に光を走らせると、灯と一悟の足の下から天に向かって激しく渦を巻く火柱を立ちあげた。
(「くっ、呪いも……痺れの兆候もなし、ですか」)
公彦に投げ当てた『影鎖』は、うまく入れば一度に呪いと痺れを寄与できる。一悟のトンファーにも、痺れの効果がある勾玉が仕込まれているので、少なくともこれまでの攻撃で痺れさせることぐらいできたのではと思ったのだが……。
(「深度3は甘くはないようですね」)
飛馬が二人の背に手を伸ばして服を掴み、後ろへ引っ張った。
間一髪。
両刃剣が空気を切り裂さく。
再び中衛と前衛が交代した。
「ハーイ。今度はさっきのように簡単にやらせませんカラネ。私の全力で以て、アナタの力、抑えさせて貰いマスネ」
茶目っ気たっぷりにウインクをひとつ飛ばすと、リーネは魂を燃やした。
体の内側から白熱した光があふれだし、影を飲み込んでぐんぐんと膨れ上がっていく。公彦を守っていた神秘の炎を吹き飛ばし、破綻によって急激に高まった邪悪な力を減じた。
「皆さんは、私が守りマス!」
飛鳥が白い光の中で癒しの霧を広げる。
その向こう側を、マスターキーを手にした三人の覚者たちの白い影が横切って行った。
●
風切り音に続いて、金属がコンクリートを強く打ち、抉る音がした。
(「ああ、やめろ。剣が折れる」)
逝はヘルメットの中で顔をしかめた。
努力の成果である剣の扱いがなってない奴に使わせ続けるわけにはいかない。
ある意味で刀は生き物である。真の愛情を注いで、手入れ保全に努める者には、敵対するものと切りあったときに切れ味するどくしっかりと答えてくれるのだ。
(「おっさんが引き取るまで大事に扱っておくれ!」)
マスターキーに変形したみずたまが、手の内でもぞりと動く。
「おや、すまんね。みずたま。つい力が入ってしまった」
公彦を相手に戦う仲間たちの横を走り抜け、三人は研究開発棟の建物にたどり着ついた。
「……わたしは、直接、四階に飛んでいく」
日那乃は、「階段は猛毒の煙で危ないみたいだから、気をつけて」と言うなり翼を広げ、飛び立った。煙の排気もかねて窓を割り、建物の中に入るつもりだろう。
久作は警備室で濡らしておいた日本手ぬぐいで、鼻と口を覆った。
「では、私たちも参りましょう」
セキュリティーロボットをまたぎ越し、中に入った。火よりも真っ黒くて熱い煙に閉口する。煙の有毒性もだが、着物に染みつく火災臭いのことがひどく気になった。
「この分だと地下にどれだけのものが残されていることやら……」
逝と二人で非常階段へ向かった。
一階の非常階段のドアは大破していた。内側から蹴破られたらしく、くの字に曲がった鉄の扉が壁際に落ちていた。
「よしよし。扉を壊すのに剣を使わなかったのはエライぞ」
「それよりも堅そうなセキュリティーロボットには存分に振るったようですが」
「…………」
一階から覗き込んだだけで、地下へ降りる階段がロボットの残骸で塞がれているのがわかる。階段自体が壁を含めて崩れかけていた。
「下の探索は後回しでいいさね」
二人は二階に移動した。
「頼むぞ、みずたま」
逝がマスターキーに変形した守護使役を鍵穴に差し込んだ。鍵は開いたが、非常ドアのフレームが歪んでいるらしく、すんなりと開かない。
ドアをぶち破ろうとして思い止まった。ドア1つ壊しだけで建物全体の耐久性が落ちかねない。
「仕方がない」
逝はドアレバーを下げながら、全身を使って重い扉を引っ張り開けた。
久作はオリジナルのマスターキーを持って三階に上がった。
こちらは一見、二階と違ってドアに歪もなく素直に開いてくれた。廊下の上半分を灰色に汚れた綿のような煙が覆っている。
久作は羽目殺しの窓を一つ割って、煙を外へ逃がした。感情探査をかけながら、ゆっくりとフロアを回っていく。
デスクとデスクの間から尻が出ているのを見つけた。声をかけながら近づいていく。
「助けに来ました。大人しく――」
久作は絶句した。呆れてものが言えない。
男はフィギュア人形やアニメポスター、薄い本が大量に詰った箱を守るように、覆いかぶさった状態で気絶していた。わざわざ殴る手間が省けて助かるが――。
(「これも運び出すべきなのでしょうか」)
窓を叩く音に振り返ると、そこに日那乃の姿があった。急いで窓を開ける。
「降ろすの、手伝う。……どうしたの?」
日那乃はすでに四階にいた憤怒者たちをすべて地上に降ろし終えていた。ひとまず助けた憤怒者たちを気絶させておいて、逝や久作を手伝いにきたという。
「ちょうどよかった」
久作は男の下から苦労して箱を取り出すと、日那乃に手渡した。
「これ、お願いね。どうやら自分の命よりも大切なものらしいから」
日那乃は箱の中に目を落とすと、怪訝な顔をした。
「……おっぱい、いっぱい」
●
公彦の抑えに当たっていた覚者たちは、猛攻を受けて門前まで後退していた。いくら攻撃しても、敵は両刃剣を振るって回復してしまうのだ。
だが、リーネが己の魂を犠牲にして公彦の力を削いだことは決して無駄ではなかった。現にここまで、誰一人命を落とさずに持ちこたえている。あの犠牲がなかったら、とっくに公彦を街に放っていたいただろう。
「けど、このままじゃあ駄目だ」
危険だと告げる心の声を無視して、飛馬は地を蹴った。
ひと跳びで公彦に肉薄し、太ももに太刀『厳馬』を突き刺す。
引き抜いた瞬間に上段から両刃剣が振り下ろされ、斜めに切り倒された。
リーネが横から両の楯を突き出して、公彦を叩き飛ばす。
灯が前に飛び出した。
飛馬を助け起こして下がる。
「鼎さん!」
「はいなのよ。でも、これが最後なのよ!」
一悟はトンファーを繰り出しながら、送受心で救助班に助けを求めた。
<「早く来てくれ、もう持たねえ!」>
公彦は一悟の腕ごとトンファーを切り落とそうとして、両刃剣を振り上げた。
「がぁ!」
公彦の背から鮮血の翼が広がった。
後ろに久作がフリントロック付きカトラスを構えて立っていた。
痛みと憎しみに頬をゆがませて、公彦が振り返る。
「疎ましいだけであるならば。自身の研究、剣の命とも言える銘に息子の名前など残すでしょうか。覚者への理解は現状でも十分とは言えず。貴方の少年時代なら尚更でしょう」
淡々と。久作は平らな声で語り掛ける。
「まぁ、愛されていたか否か。貴方が決めればいい事で貴方が決める事ですが」
振り下ろされた剣をゆらりとかわして、すれ違いざまに必殺の拳を公彦のみぞおちへ見舞う。
ヘドを吐く公彦には、冷ややかな眼差しを向けた。
助けた憤怒者たちを後ろに連れて、日那乃が飛んできた。
「お待たせ。すぐ手当、するね」
潤しの雨を降らせると、憤怒者たちに向かって、早く門の外へ逃げて、と指示を出した。
「……おっぱいさんも逃げて。邪魔」
「あの、あ、あとで一緒に写真とってください!」
「嫌」
日那乃に熱い視線を送っていた男は、がっくりと肩を落とすと、箱を抱えて門へ向かった。
アスファルトに両刃剣を突き刺し、公彦が体を起こした。
体重がかかった瞬間、乾いた音とともに刀身に亀裂が入った。
「……!! その剣は此処で置いて逝くといい。道ずれにはさせんぞ」
逝は悪食を振るった。
連続で斬撃を飛ばし、両刃剣を握った公彦の腕を切り落とす。悪食を背負った鞘に戻し、公彦が左腕で両刃剣を掴み直す前に懐に駆け込んだ。公彦の腰に自分の腰をぶつけて体勢を崩すと、襟を掴んで豪快に引き倒した。
公彦の腹に蹴りを入れて転がし、アスファルトに刺さった両刃剣を抜き取る。
「回復の手段は奪ったわよ」
●
日那乃は守護使役のマリンの力を借りて煙の中を進んでいた。
消火活動が始まっていたが、火の手はいまで衰えず、また建物自体崩壊の危険性があった。許された時間の中で飛鳥が指定したものを探し出さなくてはならない。
(「見つけた。パソコン」)
倒れたスチール棚の下からデスクトップパソコンを掘り出した。
「こっちも見つけたぜ」
どこかで一悟がかすれた声を上げた。
「こっちにもあるぞ」
飛馬は逝の所へ向かおうとしたリーネと灯を止めた。まだ探索を続ける仲間たちに声をかける。
「もうこれ以上は危険だ。出よう」
「これだけあればあとは祠堂さんと御崎さんがなんとかしてくれるでしょう」
久作は階段の手前に置かれたノートパソコンを二つ抱え持った。壊れているが、ファイヴに持ちかえればデータが取り出せるかもしれない。研究に関係のないデータばかりの可能性もあるか、それはそれである。
「退散するぜ。ん……飛鳥はどこだ?」
そのころ、飛鳥は社長室にいた。
助けた憤怒者の一人に魔眼をかけて社長室まで案内させ、金庫の中から研究レポートが入ったUSBメモリーをちゃっかり出させていたのだ。
飛鳥はUSBメモリーを手に社長室を後にした。
覚者たちが到着したとき、籐島ガラステクノロジーの門扉は大きくあけ放たれていた。
門前の道に陣取り、眉をひそめて敷地内を眺めている人々の大部分が、逃げだしてきた籐島ガラステクノロジーの社員たちだった。背広姿に白衣、作業服と着ているものは様々だが、みなIDカードが入ったパスケースを首からひもで下げている。
「みなさん、危険ですからもっと下がってください」
『希望峰』七海 灯(CL2000579)は、道を防いでいた人たちの後ろに立って声をあげた。
「大丈夫です。まもなく消防車が来ます。襲撃犯は私たちが必ず排除します」
突然の災難に動転した人々を事務的に、冷静な調子でなだめながら、人の垣根を割って進む。
「ですから……ここを通してください」
しぶしぶと言った感じで開き始めた垣根の間を、他の仲間たちが駆け抜けていく。
灯はもう一度、人々に退避を呼びかけてから、籐島ガラステクノロジーの敷地内に入った。
緒形 逝(CL2000156)は門横の警備室の前で立ち止まった。
くるりと振りかえって、深緋・久作(CL2001453)と桂木・日那乃(CL2000941)の二人を手招く。
「久作ちゃんに日那乃ちゃん。すまんがおっさんと一緒にマスターキーを探しておくれ。三人で逃げ遅れを助け行こう。あ、キーを見つけたら渡して。みずたまにコピーせるから」
「私ももとよりそのつもりでいました。マスターキーを探せばいいのですね」
「……わかった。見つけたら、いうね」
『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は警備室の受付窓を開くと、中を覗き込んで捜索中の三人に声を掛けた。
「ここに来る途中で連絡入れておいたから、もうすぐ救急車と消防車が来るはずだ。じゃあ、オレたちは先に行くな。逃げ遅れた憤怒者たちの救助は任せたぜ」
逝が背を向けたまま手を上げる。
「三人が戻ってくるまで頑張って公彦さんを押さえておくのよ」
一悟を押しのけるようにして、横から『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)が言い添えた。
「でもなるべく救助を終えて、来てほしいのよ。あすか、不安なのよ」
「ソウデスネ。深度3の破綻者が相手デス。いくらリーネたちが固くても、そう長くは持たないカモデスヨ」
『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)は飛鳥の後ろに立って、百メートル先で黒煙をあげる研究開発棟を睨んでいた。
想像していたよりも火の勢いがすごい。短時間の内にそれなりに大きな建物を半壊炎上させるとは、一体どういう暴れ方をしたのか。
「でも、戦闘力があっても憤怒者は一般人だしな。放って置くわけにはいかねーし、助けてやらないと」
『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)は、この状況にますます闘志を燃やしたようだ。不敵に笑うと敵を求めて走り出した。
「破綻者が持ってるっつー武器も気になるけど、まずは避難の時間を稼ぎきるぞ!」
若武者の熱にあてられて、リーネは強張っていた表情を和ませた。
(「これは……愛しの彼が来てたら凄い事なってたカモデスネ。デモ、私だからと優しい訳デハ、無いデスケドネ」)
飛馬の背を追って走り出す。
「敵が敵故に、今回は全力で皆さん、守りマスカラネ!」
灯、一悟、飛鳥も警備室を離れて飛馬たちのあとに続いた。
●
研究開発棟の玄関に回り込むと、一機のセキュリティーロボットが公彦の攻撃を受けて爆発大破したところだった。
「残るはあと一機ですね」
飛んできたセキュリティーロボットの破片を寸でかわすと、灯は天駆を自分にかけて自己強化した。
隣の一悟も岩の鎧をまとう。
両刃剣を右手にした血まみれの男が、研究開発棟の建物から出てきて、地面に転がったコンクリートの塊を蹴り飛ばした。あれが公彦だろう。
公彦は黒い雲が流れていく空に向かって、なにやら意味不明な雄叫びを上げた。
リーネと竜馬も岩の鎧を身にまとった。同じ岩の鎧といっても、二人のむそれは一悟が身にまとった鎧よりも一層強固だ。
リーネは壊れた自動ドアの奥に動くものの気配を察知した。
「あ、ナニカ出てくるようデスヨ」
飛馬が目を向けると、アームの取れたセキュリティーロボットがぎこちない動きで建物から出てくるところだった。
「……ボロボロだな」
「ウ~ン、これは期待できそうにアリマセン。飛鳥ちゃん、早く来てクダサーイ」
飛鳥は小さな足を懸命に動かした。
仲間たちと合流したところで、自分自身に海衣をかける。
「お、お待たせいたしましたなのよ」
覚者たちの戦闘準備が整ったところで、セキュリティーロボットが公彦の背にレーザーガンを向けた。
が、直前に気づいた公彦に接近を許し、両刃剣で切り倒されてしまった。
見返りも得られなかったことに腹を立てた公彦が剣を振り回しはじめた。悪態を突きながら、コンクリートの瓦礫に身を沈めたボディーを剣で出鱈目に突き刺す。
「あのまま入口に留まられるとまずいな」
一悟が舌を打つ。
「ええ……。救助班に意識を向けさせないよう、こちらから先制攻撃を仕掛けて研究開発棟から引き離しましょう。全体、もう少し前へ」
「まて、ここから動かなくていい。オレがやる」
一悟は公彦の左肩を狙って、指の先から練り上げた気弾を放った。
「がぁっ!!?」
公彦が振り返った。そこで覚者たちの存在にようやく気づいたらしい。ようやくマシな獲物にありつけるとでも思ったのか、口の端を吊り上げて歯をむき出しにした。
剣を降ろして、邪悪な微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと覚者たちに向かってくる。
「ひぃぃ。なんか怖いのよ。目がいっちゃってるのよ」
最後尾で飛鳥が体を震わせた。
「ふん、こじらせやがって。なんだかんだ言っても父親に認めて欲しだけなんじゃねえのか!」
お前に何が分かる、と言わんばかりに両刃剣がするどく薙がれる。
切っ先は悪態をついた一悟ではなく、太刀と脇差を顔面で交差させてガードした飛馬の両腕を切り裂いた。
飛馬の命を啜った切っ先の勢いは衰えるどころか勢いを増し、リーネが上げた右のラージシールドをも切り払う。
「飛べ、影鎖!」
灯は小さく気合を吐き出し、不退転の盾であらんと踏みこたえる二人のあいだから分銅を投げた。
生命エネルギーを吸収して暗い愉悦にひたる公彦の左頬に、重い鉛の玉がめり込んだ。
よろめいて背を曲げたところへ、リーネが左からラージシールドでアゴを叩く。
「さっきのお返しデスネ!」
公彦の口から血にまみれた歯が飛び出した。
だが、反射で繰りだされたリーネの攻撃は入りが浅かったようだ。
公彦は殴られた勢いをそのまま利用して体を捻ると、今度は下から剣をすくいあげた。
「――ッ!!」
剣の刃が斜め下からリーネの脇腹に深く込み、そのまま肉と骨を断ちながらあがっていく。
飛馬が腕に走る痛みを無視して脇差『悠馬』を横から差し出し、リーネの心臓に刃が達する前に両刃剣を止めた。
「我が二つ名は『守人刀』、誰も……俺の目の前で死なせはしねえ!」
歯を食いしばって『悠馬』を握る手に力を込める。
少しずつ、公彦の力が強まってきて、じわりと刃が上がっていくのが判る。見れば公彦の体には傷一つついていない。両刃剣で得た生命エネルギーで回復したのだ。
「うぉぉぉっ!」
飛馬は全身から気迫を放つと、受け止めた剣を斜め下へ落とした。
「リーネお姉さん、飛馬くん! 一旦下がって回復に専念してくださいなのよ!」
飛鳥はステッキを振り上げると、神秘の力で大気中の水分を集めた。
癒しの雨に変えて、傷ついた仲間にそそぐ。
「公彦! お前はその剣で何をしようって考えてんだ。父親への復讐っていうならやめとけよ。意味がないぜ」
一悟は脇腹を押さえて喘ぐリーネの前に出た。
炎を纏ったトンファーを細かく突き出し、舌なめずりしながら剣を構える公彦を牽制する。
よく見てください、と灯が両刃剣を指さす。
「その剣はお父様が貴方に遺された剣だったのではないですか? その剣に刻まれたKIMIHIKOの銘、そしてその特性」
灯は飛馬に代わって前に出ながらエナミースキャンを起動した。
話しかけながら公彦を精査する。
「お父様は貴方に生きていて欲しかった……たとえ誰かを犠牲にしても。全部私の想像です……でも、そうだったら素敵ですよね」
公彦は唸り声を返してきただけで、両刃剣を見ようともしなかった。完全に力に飲み込まれ、自我を失っているようだ。
もはや手遅れ、壊れてしまった心に言葉は届かないのだろうか。
灯の悲しみをよそに公彦は狂気に染まった両の眼に光を走らせると、灯と一悟の足の下から天に向かって激しく渦を巻く火柱を立ちあげた。
(「くっ、呪いも……痺れの兆候もなし、ですか」)
公彦に投げ当てた『影鎖』は、うまく入れば一度に呪いと痺れを寄与できる。一悟のトンファーにも、痺れの効果がある勾玉が仕込まれているので、少なくともこれまでの攻撃で痺れさせることぐらいできたのではと思ったのだが……。
(「深度3は甘くはないようですね」)
飛馬が二人の背に手を伸ばして服を掴み、後ろへ引っ張った。
間一髪。
両刃剣が空気を切り裂さく。
再び中衛と前衛が交代した。
「ハーイ。今度はさっきのように簡単にやらせませんカラネ。私の全力で以て、アナタの力、抑えさせて貰いマスネ」
茶目っ気たっぷりにウインクをひとつ飛ばすと、リーネは魂を燃やした。
体の内側から白熱した光があふれだし、影を飲み込んでぐんぐんと膨れ上がっていく。公彦を守っていた神秘の炎を吹き飛ばし、破綻によって急激に高まった邪悪な力を減じた。
「皆さんは、私が守りマス!」
飛鳥が白い光の中で癒しの霧を広げる。
その向こう側を、マスターキーを手にした三人の覚者たちの白い影が横切って行った。
●
風切り音に続いて、金属がコンクリートを強く打ち、抉る音がした。
(「ああ、やめろ。剣が折れる」)
逝はヘルメットの中で顔をしかめた。
努力の成果である剣の扱いがなってない奴に使わせ続けるわけにはいかない。
ある意味で刀は生き物である。真の愛情を注いで、手入れ保全に努める者には、敵対するものと切りあったときに切れ味するどくしっかりと答えてくれるのだ。
(「おっさんが引き取るまで大事に扱っておくれ!」)
マスターキーに変形したみずたまが、手の内でもぞりと動く。
「おや、すまんね。みずたま。つい力が入ってしまった」
公彦を相手に戦う仲間たちの横を走り抜け、三人は研究開発棟の建物にたどり着ついた。
「……わたしは、直接、四階に飛んでいく」
日那乃は、「階段は猛毒の煙で危ないみたいだから、気をつけて」と言うなり翼を広げ、飛び立った。煙の排気もかねて窓を割り、建物の中に入るつもりだろう。
久作は警備室で濡らしておいた日本手ぬぐいで、鼻と口を覆った。
「では、私たちも参りましょう」
セキュリティーロボットをまたぎ越し、中に入った。火よりも真っ黒くて熱い煙に閉口する。煙の有毒性もだが、着物に染みつく火災臭いのことがひどく気になった。
「この分だと地下にどれだけのものが残されていることやら……」
逝と二人で非常階段へ向かった。
一階の非常階段のドアは大破していた。内側から蹴破られたらしく、くの字に曲がった鉄の扉が壁際に落ちていた。
「よしよし。扉を壊すのに剣を使わなかったのはエライぞ」
「それよりも堅そうなセキュリティーロボットには存分に振るったようですが」
「…………」
一階から覗き込んだだけで、地下へ降りる階段がロボットの残骸で塞がれているのがわかる。階段自体が壁を含めて崩れかけていた。
「下の探索は後回しでいいさね」
二人は二階に移動した。
「頼むぞ、みずたま」
逝がマスターキーに変形した守護使役を鍵穴に差し込んだ。鍵は開いたが、非常ドアのフレームが歪んでいるらしく、すんなりと開かない。
ドアをぶち破ろうとして思い止まった。ドア1つ壊しだけで建物全体の耐久性が落ちかねない。
「仕方がない」
逝はドアレバーを下げながら、全身を使って重い扉を引っ張り開けた。
久作はオリジナルのマスターキーを持って三階に上がった。
こちらは一見、二階と違ってドアに歪もなく素直に開いてくれた。廊下の上半分を灰色に汚れた綿のような煙が覆っている。
久作は羽目殺しの窓を一つ割って、煙を外へ逃がした。感情探査をかけながら、ゆっくりとフロアを回っていく。
デスクとデスクの間から尻が出ているのを見つけた。声をかけながら近づいていく。
「助けに来ました。大人しく――」
久作は絶句した。呆れてものが言えない。
男はフィギュア人形やアニメポスター、薄い本が大量に詰った箱を守るように、覆いかぶさった状態で気絶していた。わざわざ殴る手間が省けて助かるが――。
(「これも運び出すべきなのでしょうか」)
窓を叩く音に振り返ると、そこに日那乃の姿があった。急いで窓を開ける。
「降ろすの、手伝う。……どうしたの?」
日那乃はすでに四階にいた憤怒者たちをすべて地上に降ろし終えていた。ひとまず助けた憤怒者たちを気絶させておいて、逝や久作を手伝いにきたという。
「ちょうどよかった」
久作は男の下から苦労して箱を取り出すと、日那乃に手渡した。
「これ、お願いね。どうやら自分の命よりも大切なものらしいから」
日那乃は箱の中に目を落とすと、怪訝な顔をした。
「……おっぱい、いっぱい」
●
公彦の抑えに当たっていた覚者たちは、猛攻を受けて門前まで後退していた。いくら攻撃しても、敵は両刃剣を振るって回復してしまうのだ。
だが、リーネが己の魂を犠牲にして公彦の力を削いだことは決して無駄ではなかった。現にここまで、誰一人命を落とさずに持ちこたえている。あの犠牲がなかったら、とっくに公彦を街に放っていたいただろう。
「けど、このままじゃあ駄目だ」
危険だと告げる心の声を無視して、飛馬は地を蹴った。
ひと跳びで公彦に肉薄し、太ももに太刀『厳馬』を突き刺す。
引き抜いた瞬間に上段から両刃剣が振り下ろされ、斜めに切り倒された。
リーネが横から両の楯を突き出して、公彦を叩き飛ばす。
灯が前に飛び出した。
飛馬を助け起こして下がる。
「鼎さん!」
「はいなのよ。でも、これが最後なのよ!」
一悟はトンファーを繰り出しながら、送受心で救助班に助けを求めた。
<「早く来てくれ、もう持たねえ!」>
公彦は一悟の腕ごとトンファーを切り落とそうとして、両刃剣を振り上げた。
「がぁ!」
公彦の背から鮮血の翼が広がった。
後ろに久作がフリントロック付きカトラスを構えて立っていた。
痛みと憎しみに頬をゆがませて、公彦が振り返る。
「疎ましいだけであるならば。自身の研究、剣の命とも言える銘に息子の名前など残すでしょうか。覚者への理解は現状でも十分とは言えず。貴方の少年時代なら尚更でしょう」
淡々と。久作は平らな声で語り掛ける。
「まぁ、愛されていたか否か。貴方が決めればいい事で貴方が決める事ですが」
振り下ろされた剣をゆらりとかわして、すれ違いざまに必殺の拳を公彦のみぞおちへ見舞う。
ヘドを吐く公彦には、冷ややかな眼差しを向けた。
助けた憤怒者たちを後ろに連れて、日那乃が飛んできた。
「お待たせ。すぐ手当、するね」
潤しの雨を降らせると、憤怒者たちに向かって、早く門の外へ逃げて、と指示を出した。
「……おっぱいさんも逃げて。邪魔」
「あの、あ、あとで一緒に写真とってください!」
「嫌」
日那乃に熱い視線を送っていた男は、がっくりと肩を落とすと、箱を抱えて門へ向かった。
アスファルトに両刃剣を突き刺し、公彦が体を起こした。
体重がかかった瞬間、乾いた音とともに刀身に亀裂が入った。
「……!! その剣は此処で置いて逝くといい。道ずれにはさせんぞ」
逝は悪食を振るった。
連続で斬撃を飛ばし、両刃剣を握った公彦の腕を切り落とす。悪食を背負った鞘に戻し、公彦が左腕で両刃剣を掴み直す前に懐に駆け込んだ。公彦の腰に自分の腰をぶつけて体勢を崩すと、襟を掴んで豪快に引き倒した。
公彦の腹に蹴りを入れて転がし、アスファルトに刺さった両刃剣を抜き取る。
「回復の手段は奪ったわよ」
●
日那乃は守護使役のマリンの力を借りて煙の中を進んでいた。
消火活動が始まっていたが、火の手はいまで衰えず、また建物自体崩壊の危険性があった。許された時間の中で飛鳥が指定したものを探し出さなくてはならない。
(「見つけた。パソコン」)
倒れたスチール棚の下からデスクトップパソコンを掘り出した。
「こっちも見つけたぜ」
どこかで一悟がかすれた声を上げた。
「こっちにもあるぞ」
飛馬は逝の所へ向かおうとしたリーネと灯を止めた。まだ探索を続ける仲間たちに声をかける。
「もうこれ以上は危険だ。出よう」
「これだけあればあとは祠堂さんと御崎さんがなんとかしてくれるでしょう」
久作は階段の手前に置かれたノートパソコンを二つ抱え持った。壊れているが、ファイヴに持ちかえればデータが取り出せるかもしれない。研究に関係のないデータばかりの可能性もあるか、それはそれである。
「退散するぜ。ん……飛鳥はどこだ?」
そのころ、飛鳥は社長室にいた。
助けた憤怒者の一人に魔眼をかけて社長室まで案内させ、金庫の中から研究レポートが入ったUSBメモリーをちゃっかり出させていたのだ。
飛鳥はUSBメモリーを手に社長室を後にした。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
軽傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
成功です。
MVPは己の身と魂を盾にして仲間を守った方に。
みなさんの頑張りによって、研究結果が含まれると思われるパソコンや両刃剣『MASAHIKO』を回収しました。
剣は損傷が激しかったため、ファイヴで研究資料として預かることななりました。
いつの日か研究結果とともに、その成果も上層部より報告されると思います。
それではご参加ありがとうございました。
MVPは己の身と魂を盾にして仲間を守った方に。
みなさんの頑張りによって、研究結果が含まれると思われるパソコンや両刃剣『MASAHIKO』を回収しました。
剣は損傷が激しかったため、ファイヴで研究資料として預かることななりました。
いつの日か研究結果とともに、その成果も上層部より報告されると思います。
それではご参加ありがとうございました。
