<汝人狼也?>新月の一日
●ここまでの人狼のお話
FiVE覚者はとある村の事件(暴走した人狼を討伐)を解決し、一匹の人狼と出会う。
彼は言う。
まんまるが襲ってくる。ボクも逃げられない――と。
まんまるとは月のことであろう。
月と人狼がどう関係するのか。
月と血に導かれ、ひとつの物語は幕を開けた。
●
香月 凜音(CL2000495)は、ふと足を止めた。
今日は、一日誰かに見られている感覚が払拭できぬまま過ごしていたが、やっとその正体が分かった気がする。
「一匹か?」
凜音は振り向きながら、ずぅっとトコトコ着いて来る白い影に話しかけてみた。
それは薄汚れた白銀の毛皮を持った、犬のような生物である。人語が分かっているように首を縦に振った犬のような生物は、凜音のにおいを嗅いでから彼の廻りを三回ほどまわり、そしておすわり。
吸い込まれそうなほど純粋無垢な赤い瞳が、凜音を映していた。
「飼われたいのか?」
凜音が苦笑しながら困りつつ、そこへ東雲 梛(CL2001410)が少々息を切らしながら走ってきていた。
「古妖の気配がして……」
梛はそう言うと、犬のような生物を見てから顎を指で触れながら言った。
「気配の主はこいつっぽいな……」
「てことは、こいつ古妖か」
梛が持ち上げて、びろーんと伸びた犬のような生物は絶えず口から息を吸ったり吐いたりを繰り返していた。
梛はそういえばと、先日の出来事を思い出していた。とある村で起きた事件を解決したときのことである。
「そういえば、先日逢った人狼の髪の毛もこの犬と同じ色をしてたな」
「ああ、人狼は人の形にも、犬の形にもなれるんだったか」
「ついでに目の色も一緒だな」
「ああ、……」
二人は暫く顔を見合わせてから、静寂が過ぎていく。
二人はそれから一緒に犬のような生物を見れば、それは嬉しそうに尻尾を振りながら短く鳴いた。
刹那、突き動かされたように二人はそれを抱えて本部までダッシュしてく―――。
それから。
「珍しい事があるもんだ。
人狼が人前に現れるとは。いや……もしかしたら、人の中に紛れている人狼を、俺たちが見つけられていないだけかもしれないが」
中・恭介(nCL2000002)は、
……壁紙は一部剝がれ、フローリングは傷だらけ。机はひっくり返され、椅子には噛み跡。カーデンはずたずたに引き裂かれて、家具小物が散乱する部屋の中で眉間を抑えた。
「――さておき、何があったか聞いても?」
「はい……人狼の彼を捕まえようとしたら、全力で抵抗されまして。あと噛み癖があるようです」
久方 真由美(nCL2000003)は倒れた机の影に隠れて唸る人狼――見た目は普通の少年――を苦笑いで見ながら言った。
「お風呂にいれようと、思ったんですけどねえ。あの人狼さんは、お水が苦手でしょうか。それとも警戒心が強すぎるのでしょうか。個人的には後者が濃厚ですね」
「……それでこの惨事。
分かった、とりあえずあの警戒心をどうにかしなければ話も――って」
人狼の少年は、一瞬の隙で窓から飛び出し外へ出ていった。
「FiVE覚者全員に伝達してくれ。人狼に噛まれないように要注意……と」
「はい……」
●
五麟市街へ出た人狼は、建物と建物の間に隠れながら人通りの多いのを珍しそうに見ていた。
今日は探検の日。
人狼は好奇心に駆られるままに走り出すものの、なんとなく人間には近づかないようにこそこそ歩いていく――。
FiVE覚者はとある村の事件(暴走した人狼を討伐)を解決し、一匹の人狼と出会う。
彼は言う。
まんまるが襲ってくる。ボクも逃げられない――と。
まんまるとは月のことであろう。
月と人狼がどう関係するのか。
月と血に導かれ、ひとつの物語は幕を開けた。
●
香月 凜音(CL2000495)は、ふと足を止めた。
今日は、一日誰かに見られている感覚が払拭できぬまま過ごしていたが、やっとその正体が分かった気がする。
「一匹か?」
凜音は振り向きながら、ずぅっとトコトコ着いて来る白い影に話しかけてみた。
それは薄汚れた白銀の毛皮を持った、犬のような生物である。人語が分かっているように首を縦に振った犬のような生物は、凜音のにおいを嗅いでから彼の廻りを三回ほどまわり、そしておすわり。
吸い込まれそうなほど純粋無垢な赤い瞳が、凜音を映していた。
「飼われたいのか?」
凜音が苦笑しながら困りつつ、そこへ東雲 梛(CL2001410)が少々息を切らしながら走ってきていた。
「古妖の気配がして……」
梛はそう言うと、犬のような生物を見てから顎を指で触れながら言った。
「気配の主はこいつっぽいな……」
「てことは、こいつ古妖か」
梛が持ち上げて、びろーんと伸びた犬のような生物は絶えず口から息を吸ったり吐いたりを繰り返していた。
梛はそういえばと、先日の出来事を思い出していた。とある村で起きた事件を解決したときのことである。
「そういえば、先日逢った人狼の髪の毛もこの犬と同じ色をしてたな」
「ああ、人狼は人の形にも、犬の形にもなれるんだったか」
「ついでに目の色も一緒だな」
「ああ、……」
二人は暫く顔を見合わせてから、静寂が過ぎていく。
二人はそれから一緒に犬のような生物を見れば、それは嬉しそうに尻尾を振りながら短く鳴いた。
刹那、突き動かされたように二人はそれを抱えて本部までダッシュしてく―――。
それから。
「珍しい事があるもんだ。
人狼が人前に現れるとは。いや……もしかしたら、人の中に紛れている人狼を、俺たちが見つけられていないだけかもしれないが」
中・恭介(nCL2000002)は、
……壁紙は一部剝がれ、フローリングは傷だらけ。机はひっくり返され、椅子には噛み跡。カーデンはずたずたに引き裂かれて、家具小物が散乱する部屋の中で眉間を抑えた。
「――さておき、何があったか聞いても?」
「はい……人狼の彼を捕まえようとしたら、全力で抵抗されまして。あと噛み癖があるようです」
久方 真由美(nCL2000003)は倒れた机の影に隠れて唸る人狼――見た目は普通の少年――を苦笑いで見ながら言った。
「お風呂にいれようと、思ったんですけどねえ。あの人狼さんは、お水が苦手でしょうか。それとも警戒心が強すぎるのでしょうか。個人的には後者が濃厚ですね」
「……それでこの惨事。
分かった、とりあえずあの警戒心をどうにかしなければ話も――って」
人狼の少年は、一瞬の隙で窓から飛び出し外へ出ていった。
「FiVE覚者全員に伝達してくれ。人狼に噛まれないように要注意……と」
「はい……」
●
五麟市街へ出た人狼は、建物と建物の間に隠れながら人通りの多いのを珍しそうに見ていた。
今日は探検の日。
人狼は好奇心に駆られるままに走り出すものの、なんとなく人間には近づかないようにこそこそ歩いていく――。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.いつもの日常を楽しむ
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●状況
・いつもの日常+人狼
●このイベシナでは何ができるの?
・普段の日常です。五麟市内で出来ることならなんでもできます
それを人狼くんがこそこそ見に行ってる感じです
つまり、
『描写は地の文もありますが、最後の文に感想程度の人狼視点』が入ることがあります
人狼視点がNGの場合はEXに人狼NGとお書きください
●人狼
・吾輩は人狼である、名前はまだ無い
本気で名前が無い
人狼という古妖は人間の形と、狼の形どちらにもなれます
まだ子供の人狼のため、比較的小さな狼になります
何かしらの古妖と縁があって発現する黄泉の因子のPC、
または彼と接触済のPCにはそれなりに警戒心は解いて来ると思います
プレで接触する系のものがない限りは、接触してきたりはしないです
PC的には視線感じるな~くらいで終わります
拙作『汝は××なりや?』に初出
その依頼では、
毎夜殺人が発生するのは古妖の仕業であると突き止めたFiVEは、殺人が起きた日から4日目に村へ介入。見事すべての『原因』の討伐に成功し、また一匹の人狼と出会う。
それで、FiVE覚者を追って、着いて来た人狼くん
●場所
・五麟市内、昼~夜
本日は、新月
それではご縁がありましたら、よろしくお願いします
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
相談日数
7日
7日
参加費
50LP
50LP
参加人数
28/∞
28/∞
公開日
2016年11月02日
2016年11月02日
■メイン参加者 28人■

●
人狼は歩む。
何かを探すように、物色するように。
花屋兼カフェ『vengan todos(ベンガン トドス)』を妻と共に経営している田場 義高(CL2001151)。
今日もお店の開店準備を慣れた手つきと動きで始めていく。
そういえば人狼が逃げたという一報が入っていたわけだが。人狼は月を見て吠え、満月なら――。
「ふん、人狼か……ま、俺の頭の輝きを見て狂乱はやめてくれよ。さすがに傷つくかもしれん」
面白かったからMVP差し上げました。
けして怒っているわけではないが、難しい表情を浮かべながら義高はゾウさんの形をした如雨露で花に光る雫を与えていく。
こんな顔、なんて言ったら失礼だが。こんな顔だからか、よく花屋の手前を通る少年たちは彼を避けていた。
しかし、最近はようやく散歩する保育園児も彼になれてくれて、泣かれなくなったのが嬉しいとのこと。手塩にかけて育てた、まるで自分の子供のような花たちが、子供たちの手に渡っていくのも見るのが好きだ。
そうこうしながらあっという間に日は暮れていく。店の奥から夕飯の匂いがして来たら閉店準備だ。
そんじゃ、また明日な。
子供に紛れていた、白髪の少年へ手を振った義高。
人狼は思う。
(人間中身が大切)
風祭・誘輔(CL2001092)は非番であり、久しぶりにゆっくりと何もしない日を楽しもうとしていたが、事件は朝から起こった。
同棲している女性に浮気がバレてしまい、かなり絞られているとのこと。
「いいじゃねえか別に減るもんじゃないし」
浮気は男の特技というかなんというか。歓楽街の路地裏で発生した修羅場の最中に、誘輔はいつしか目にしたことがある少年がうろうろおろおろしているのを見かけた。
そちらへ気がいった刹那、パシィという音と共に、誘輔の頬が痛み、赤く染まっていく。
「あーめんどくせェ……これだから女って奴はよ……」
人狼の少年は物陰から、びくびく震えていた。子供には少々刺激が強い、軽く発禁が発生しそうな状況に。
誘輔は『決めた、全力で誤魔化す』と、バレたら大変な、火災現場にタンクローリーで突っ込んでいくような発案をしていた。
「本当に愛してるのはお前だけだって。他は遊びだ。この目を見ろ。信じろよ」
誘輔は女性の顎を指で持ち上げ、いつもはしないくらいの優しい瞳を魅せた。人狼は顔を両手で覆った。
「ついでに金貸してくれ 一万でいい、頼む」
オブラートに包まないで言うし苦情はFLで受け付けるが、クズか。つっこまずにはいられなかった。
ホスト時代に磨いたテクニックと、詐術と色仕掛けでうまいこと丸め込んで切り抜ける作戦に、女性の財布から諭吉が見えた瞬間勝利は決まった。
人狼は思う。
(やばそうだ、ボクはどちらの味方をすればいいのだろうか)
古妖の気配に好奇心を発揮した切裂 ジャック(CL2001403)は、しかし、疲れ果てているのか家のベッドの上でうとうとと船をこいでいた。
ベッドに横たわり、暫くすると開いていた窓からするりと何かが入ってきて、ジャックの傍に来た。
ジャックは思う。なんかあったかいものがいる。眠気に覚めぬ目を擦ってみてみれば、狼がいた。そういえば通達があったような。
黄泉であるジャックにはなんの警戒もせずに人狼は近づいて来たのだろう。
「おお? お前、名前ないんだってな。人型にもなるんやってな! なら、苗字は大神ってのでどうだ? おおがみ! 偉そうやしかっこいい!」
飛び起きたジャックは、そう言いながら毛並みを撫でてみる。人狼はうれしそうに尻尾を上下に振り始めた。
「んでもって、せやなあ。友達になろうぜ! 俺、古妖がダイスキなんよ。やって俺らとは違う種族って超たぎるし、俺、お前のこと頼りにしたい」
無邪気な笑顔を向けるジャックに、人狼は首を縦に振っていた。
「人間を守るってかっけえな。俺のことも、守ってくれるんか? まあこれから長い付き合いになるかもしれないから宜しくなんだぜ!」
意外と調べている用意周到なジャックである。
「とりあえずお前って何処から来たん?」
山。そういうために人狼は、ジャックの目の前で狼から人型へと変わると、ジャックの瞳がこれ以上ないまでに輝いていた。
人狼は思う。
(ともだち、うれしい)
「人狼に出会ったら、いきなり抱き着いたり驚かせるような事はしない。いいか?」
「い、いきなり抱き着いたりなんてしないんだぞ! ……ちゃんと、抱き着いて良いかどうか聞いてからもふもふするんだぞ」
香月 凜音(CL2000495)は神楽坂 椿花(CL2000059)と共に市内をぶらぶらと歩いていく。
人狼を探すために歩いており、彼らの両手には人狼用のお弁当もぶらぶらしていた。
「頑張って作ったんだし、喰って貰えるといいな」
「うん、美味しく食べてもらえると嬉しいんだぞ!」
両手に持っていた弁当の袋を片手に持ち替え、空いた手で凜音は椿花の頭を優しく撫でた。それが嬉しくて、椿花はその感覚に笑顔を作っていく。
それから数分後のことであった。
住宅街の塀を闊歩していた人狼が、凜音を見つけると地面へ足を乗せ、しかし椿花を見た瞬間一定の距離を保ったまま近づいては来ない。
どうやら警戒されているようだ。椿花は少ししょんぼりした顔を見せていたが、凜音は彼女の手前に出て、言う。
「こいつは俺の妹分みたいなものだから、警戒しなくていい。……腹減ってないか?」
「椿花は神楽坂椿花って言うんだぞ。人狼さん……で良いのかな? よろしくなんだぞ!」
凜音の隣で元気に挨拶をした椿花。
人狼は二人との距離と縮めたり離れたりを繰り返しながら、漸く凜音の影に隠れながらも椿花へと近づいた。今すぐにでもモフモフしたい衝動に駆られる椿花だが、ここは先ほどの約束の通りにぐっとこらえていた。
暫くしてから、公園。
すっかり人型になっている人狼を挟んで、お弁当を開いた。
「二人とも、慌てずゆっくり食え」
「凜音ちゃんと作ったんだぞ! 一緒に食べよ?」
『うん』
こくんと頷いた人狼は、やっぱり肉だけを選んで食べていた。それも、箸やフォークの類を使わずに食べようとするので、凜音はまず彼に教養が必要なのではと思う。
しかし……凜音は思う。こいつも、他の人狼のようにいつかはなるんだろうか。止める手立てはないだろうか。
楽しそうに並んで食べる二人を見ながら、人間と古妖の違いとは何か考えているうちに、椿花と人狼は打ち解けていく。
本当はもふもふしたかった椿花を察してか、人狼は狼型になってからおすわりした。そして椿花の欲望はやっと爆発することができる。
人狼は思う。
(人間のこどもも、かわいいのです)
華神 刹那(CL2001250)は御影・きせき(CL2001110)と依頼で賭けをしていたようで、刹那が負けてしまったために、たい焼きの店にいるわけだ。
そこは大きな店ではないが、創業から今まで長いらしい。
「美味しそうなたい焼き屋さんだね! 楽しみ! どんなのだろー。薄皮? 厚皮? 僕どっちかっていうと皮が厚めなやつのほうが好きだなー」
「皮はどちらかと言えば厚め、餡子の量はバランス型といったところか。しっとりやわらかな皮に、程よい量の餡が絶妙なのである」
「ほんと!? 期待してるね!」
というわけで出来上がったばかりのほかほかのたい焼きを持ちながら(刹那のおごり)、二人は一緒に、いただきますをした。
最初はたい焼きの感想を言い合っていた二人であるが、いつからか話は刹那の話へと移り変わっていく。
「へー、海外で一人旅してたんだー! すごいすごーい!」
「どこに行っても言葉が通じぬと、最初は面倒でなぁ」
「色々、大変だったんだねー!」
「気づけば数年過ごせていたので、意外と何とかなるようではあった」
その間に、たい焼きの餡子を口の端っこへくっつけていたきせきのそれを、刹那は指で取ってから自分の口へと運んでいく。無邪気にありがとー!と笑うきせきの笑顔だが、少々無理して見えるのは気のせいなのだろうかと刹那は思った。
ごちそうさま!と高らかに宣言したきせきは、ベンチから降りて刹那の手前に立った。
「次は僕おすすめのパン屋さんに連れて行ってあげるね!」
「ほうほう、次はパンであるか」
「うん! またやろ、賭け! つぎも負けないぞー!」
「食べ歩きは構わんが、親御に夕餉が食えぬと叱られぬようにな?」
「うん! どっちも食べるよ。おやつはね、別腹なの!」
人狼は思う。
(あのにんげんたちが持っているものがとても美味しそうだとおもいました。近づけないのかくやしいです)
ゲイル・レオンハート(CL2000415)は、今日は非番だ。家でのんびり過ごす予定である。
仕事がある時は、アラスカンマラミュートのナハトたんや猫の桜たん、まんまるヒヨコのピヨまるには、……ペットかな?
彼らには、市販のペットフードを食べてもらってるので時間がある日は、ゲイルの手作りを食べてもらうのだそうだ。
どうしても作る手間というものは出てきてしまうが、そこは愛情という隠し味になることであろう。
手間をかけて作ったものを美味しそうに食べてもらえるのは、とてもゲイルにとって微笑ましく、そして幸せな時間であるのだ。
ふと、守護使役がゲイルの足元に転がっていた。おおっと、忘れてはいけない。もちろん小梅にもごはんを食べさせてやるのだ。
(力があってもなくても、こんな穏やかな日常が一番大事なんだろうな。覚者として戦いに身を置くことが多くても忘れずにいたい)
ゲイルは、ご飯を食べ終えた子達に囲まれながら、安堵の表情を浮かべている。
そして傍らの彼らをもふもふといじりながら、日がな一日は過ぎていく。
人狼は思う。
(あの人間はとても幸せそうなのです)
瀬織津・鈴鹿(CL2001285)は、今日も好事家のお兄さん達相手に一杯稼げたの♪
――と、るんるんになって帰っているが、その仕事内容はとてもじゃないが文字にはしたくなかったぞこれ。
今日はとてもよく稼げた日であったので、ハンバーガーでも食べていこうと――ふと、同族把握に引っかかった気配のほうに振り替える。
路地の細い場所、室外機の奥を見てみれば、白い毛玉がうずくまっていた。
「私は貴方とお友達になりたいだけなの……どうぞ、これ食べながら貴方の事教えて」
鈴鹿から発せられるマイナスイオンと、黄泉の人魂を見て安堵したのか。人狼は狼から人へと変わって、そのハンバーガーを受け取った。
『ボクは人狼。誇り高き森の民……、人間を守る存在。純血種と、混血種がいるんだけど、ボクは希少な純血種……です。
山から下りてきて、一人。まんまるが襲ってくるので、その、警告を――』
「……今まで頑張ったね、偉いの」
さりげなく鈴鹿は、少年の頭をなでなでもふもふ。
「決めた! これから私が友達……姉貴分になってあげるの!」
『姉貴分』
「それで貴方の名前……「真神」っていうのはどう? 善人を守護し、悪人を裁く神話の狼神の名……貴方が恐れてるものに立ち向かえる勇気を持てるように願った名前なの。……気にいってくれたら嬉しいの」
にこ、と笑った人狼の少年。
人狼は思う。
(どうしてこの街の人たちはこんなにも優しいのでしょうか)
●
松原・華怜(CL2000441)は珈琲のカップをテーブルにかちゃりと置いた。
「……市内が騒がしい気もしますが、気のせいですね」
気のせいかも。
午後の暖かい陽気につつまれながら、少し肌寒い秋の風が肌を撫でていく。そんな優雅なティータイム、せめて静かに過ごしたいもので。
たまには多少高くてもゆっくり飲むのもいいですね。鼻を通る香りと味わいを静かに堪能しながら、華怜の午後は過ぎていく。
人狼は思う。
(あの濃い色のは飲み物なのだろうか、それとも薬なのでしょうか)
本屋にいた東雲 梛(CL2001410)であったが、人狼の少年が逃げた一報を受けて足は忙しく動いた。
同族把握に引っかかる気配を辿れば、梛が人狼にたどり着くのはいとも容易く。人の目を気にして公園の繁みの中を歩いていた狼型の人狼は、梛を見つけるやいなや、人狼のほうから梛へと接触してきた。
「あちこち歩いて疲れてない?」
梛の問いかけに人狼は首を横に振る。同じく人狼の尻尾もちぎれんばかりに揺れていた。
梛は小さく笑いつつ、買ってきた牛乳を碗に入れて差し出した。
「どうして俺達についてきたの? 自分達じゃ止められないから、俺達に止めてほしいの?」
梛は水音をたてて無くなっていく牛乳を継ぎ足していく。ふと、人狼は上を見た。同じく梛も上を見た。
今日は新月である。
再び梛が人狼を見たときには、いつかの少年が立っていた。
『今日はまんまるがいない……。あのね、そうなんです。狼はね、病気になってしまったんです』
人狼は梛の手を握った。
「名前を呼ぶ時に困るし、俺達で名前を考えても良い? 俺達にそう呼んでほしいっていう名前があったら教えて」
『名前、必要を感じたことが無かったのでありませんでした』
「縁(えん)、それか森羅(しんら)ってどう? 縁は俺達が出会ったのも何かの偶然の縁……不思議な繋がりみたいなもの? だから、それをあらわす縁って名前も良いかなって」
『ありがとうございます、考えてみます。ええと、梛』
「俺の名前覚えてたんだ」
人狼はこくんと頷いた。
人狼は思う。
(なぜ人間には、あれが見えないのでしょう。月にべったりとくっついているあれが)
緒形 逝(CL2000156)は見慣れた道を歩いていた。
研究所や大学、付属する学校で使う刃物を研ぎ終わり、それを返しにいく途中なのである。今日も学校で不審者と間違えられないのか心配になるが、相棒のフルフェイスを顔に闊歩していく。
逝の挙動は何も変わらないが、常に感情探査を敷いていた。ということは、学校への通学路である道を逆に行き帰路を辿る小学生たちの感情が流れ込んでくる。
それが何故だか心地よく。最初は逝を避けられていた感情も、いつしか名物かマスコットのようになり暖かい感情が芽生えていた。
そういえば、ふと思い出す。
自室の机の上のメモ帳に、口語調で丁寧に毎日のやる事が書いてあったのよ。まるで何度も読んだかのような跡が有ったがな。
それは一体誰が書いたものなのだろうか。案外、近くて遠くなってしまった人物が『まさか/もしかして』のとき用に残したのかもしれない。
ふと逝の頭上が暗くなり、すぐに明るくなった。影が通り過ぎたのだろうが、白い毛玉が家屋の上から見下ろしていた。
そういえば人狼が逃げたとか。一瞬そう思い出した逝だが圧倒的スルー力で役目を果たすために足を動かした。
人狼は思う。
(あの人なにかよくないものを持っている気配がしたような。人間に仇なす敵か、暫く監視しておきましょう)
本部からの一報を受けた天野 澄香(CL2000194)は、授業終了のチャイムが鳴った瞬間に初等部まで走った。
成瀬 翔(CL2000063)は何事かと驚いた表情をしていたが、さて。
「おーちゃん、どこですか? 何もしないから出てきてください!」
「ああ、人狼か」
場所は町中。
放課後の学生の群れとは反して有象無象に歩いていく二人。
澄香から聞いた話によれば、その人狼に関しては、大して害があるようには翔には思えない。なので、放っておけばそのうち腹が減って帰ってくるだろうとは思うのだが……、
「ん? あ、そっか飼い犬じゃなかった」
そう、野良なのである。
「おーちゃーん!」
遂に澄香は翼を広げて、翔もていさつのために守護使役を上空へと飛ばした。かつ、翔はコンビニに寄ってドックフードの缶をあけてみた。
「おーちゃーん、はあ……見つからないか」
「わかんねーよ、そのうちあっちから来るかもしれないぜ」
という所で、澄香が地面に足をつけた刹那、低い音で唸る狼型の人狼が澄香と翔の間に割って入った。
「あ、おーちゃん! って、そのこは敵じゃないですよっ」
「滅茶苦茶俺、威嚇されてんな」
どうやら人狼は澄香を守ろうとしているようだが、翔は敵でも無ければ人間に害をなす存在でもない。単純に、緊張しているのだろう。
「大丈夫ですよ、大丈夫」
そっと澄香は人狼の頭を撫でてから、足を折って同じ目線の高さまで座った。久々の顔に、人狼は濡れた鼻先を澄香に押し付けながらご機嫌に尻尾をふるう。
「よかったら、街を案内しますよ」
人狼は首を縦に振った。
「あと彼は、翔くんといって――って遠い」
翔は離れた電柱の影からほほえましく一人と一匹を見ていた。邪魔したら悪いと思ったのだろう。しかし、人狼は見れば狼というよりは犬のほうに近くも見えた。
翔の手がぴくりと動き、背中がそわりと高ぶる。撫でたらきっと、癒されそうであると。その瞬間、人狼は翔の手にあるドックフードに気づき、ダッシュで翔を追いかけていった。
人狼は思う。
(どっくふーどはいけない、はらがへる)
人狼が逃げ出したと聞いて御白 小唄(CL2001173)は居ても立っても居られないと、街の中へと飛び出していく。
「ああもう、どこ行っちゃったんだよ……! 五麟の中ならそんなに危険はないだろうけど……」
忙しく動く小唄の尻尾だが、今は緊張感と心配でいつもよりは元気がないように振られていた。
「あ! 枢ちゃん。人狼君を見なかった? 白い髪をした、このくらいの背の子供か。それか狼なんだけれど」
「こんにちはだ、小唄殿。残念ながら僕は見ていないのだ。すまないな、力になれなくて」
「そっか。あ、お出かけ?」
「うむ。待ち合わせをしている」
「呼び止めちゃって悪かったかな」
「いや、話しかけて貰えて、僕は嬉しいぞ。早く人狼に会いに行ってやってくれ」
軽く会釈をしてすれ違った二人。
そういえば、人狼人狼と呼んでいるが。本当はどうやって呼べばいいのだろうか。探すときにまさか人狼と叫んでいるのも、なんだか突飛な気もすると。
「ああ、名前も考えてあげなくちゃ!」
ぜえぜえはあはあと走り回っていた小唄だが、ふと、白銀の狼のほうから小唄に飛び込んできた。
「わあ!? あ、と、とりあえず無事でよかった……」
小唄の胸に飛び込んできた人狼は、尻尾をちぎれんばかりに振りながら彼の顔を舐めていた。
さて、名前はどうしたものか
「大神君とか、どうかな」
人狼は思う。
(おおかみ、おおがみ)
納屋 タヱ子(CL2000019)の記憶には新しいものだが、二階から投げ飛ばされて頭から落とされ、地面をバウンドしたという常人なら首骨折即死コースの荒業があったとか。それは、大変でしたね……。
流石に頭は鍛えられない故に、咄嗟の受け身は意味をなさなかったとかで。
ですが、本当に頭が鍛えられないのでしょうか――その疑問に駆られたタヱ子は、頭を鍛える決心を授業中にした。なお、授業のノートには黒板に描かれる文字数字を写すのではなく、いかにどうやって鍛えるかが書かれていた。
逢魔が時。(どこかで逢魔ヶ時紫雨が盛大にくしゃみをした)
五麟学園近くの小泉水川の河原にて、硬い物を探すタヱ子。
まずは大きくまぁるい石を見つけた。防御を鍛えてから、いざ頭を石へとぶつけてみる。
しばしの脳震盪、だがあの時の痛みはこんなものでは無い。こんな時の為にちゃんと頭には頭蓋骨が入っているのだ。もっと硬いものを探すべきだ。
人狼は思う。
(怖い、自殺してる……止めようか、止めまいか、あの決心に満ち満ちた瞳は一体)
奥州 一悟(CL2000076)は陸上部である。
部活は終わっている時刻だが、さらに自主練をするために公園でストレッチをし、その後に軽く流すようにランニングを開始した。
守護使役も一悟を追って行く。いつものコースは決まっているのだ、彼らは見慣れた道をペース配分を考えながら走って行く。
しかし。
(……さっきから誰かに見られているような気がするぜ)
そんな直感は当たるものだ。暫く走っていた彼だが、なんとなく後ろから守護使役以外の何かが追いかけてくる足音が聞こえていた。
それは小さな男の子で。一悟のことを珍しそうに見ていたのだ。不思議に思った一悟だ、こんな時間に小さな子が歩いているのもおかしいかもしれない。
「どうした。引っ越してきたばかりで迷子になったか?」
そう言って手を伸ばしてみるが、少年はおずおずと電柱の影に隠れてしまう。人見知りが激しいのか、それとも緊張しているのか。
攻防は続いたが、やっと一悟の手が少年の帽子に触れることはできた。
「カッコいいブレスレットつけてんのな。その帽子もきまってるぜ」
『……、ありがとう、ございます』
人狼は思う。
(人間はすぽぉつというものをすると聞いています。きっと彼もそれをやっていたのでしょうか、気になりました)
夕方。
焔陰 凛(CL2000119)は歌の練習の為に、公園のベンチに腰を掛けてギターを弾いていた。歌と合わさった音色に惹かれ、何人かが疎らに立ち止まって聞いてくれている。
そんな最中。
覚えのあるような視線があるような気がして、そちらを見てみれば、人の気を避けるように物陰に座っていた白銀の子犬がいた。
(あ、本部で言うてたけど多分あれあの子やな。遠い所大変やったやろに)
凛は一度、人狼に逢っている。なぜだろうか、本能的に、それとも直感的にか、その人狼は彼であることが解っていた。
「誇り高き森の民 村を守った小さな勇者 旅路の果てに訪れしは西に聳える人の都 けれど恐れないで 怯えないで 君を思う人達が そこには待っているのだから♪」
アレンジを兼ねた歌声に、人狼の尻尾がぱたぱた揺れた。
目線があった赤い瞳に、凛は笑いながら暫く歌を歌った。
終わったころ。
人も消えていく中、物陰へと近づく凛。
「風呂から逃げたそうやな。姉ちゃんと一緒に入るか? それと、名前はケンでどうや?」
人狼は尻尾を振りながら凛の足元をまわっていた。
人狼は思う。
(歌はいいものです。この街はいいものです)
片桐・戒都(CL2001498)は休日であるために、新しい紅茶の茶葉を買う為、外へ出ていた。ついでに、高そうなお茶菓子でも買って、午後は優雅なひと時にでもと決心。
茶葉にもいろいろな種類があるのだが、戒都は顎に指をあてながら思考する。
(茶葉は……これから寒くなるし、ミルクティーが美味い時期だよなぁ。ならここは、アッサム一択っと。で、次はスイーツ売ってる店によって……これこれ!)
甘さ控えめで評判のスコーンに、クロテッドクリームを添えて。女子力の高い買い物をした戒都は、鼻歌交じりに日当たりのいいベンチへと座った。
ふと、座ったベンチの下から何かの気配を感じた。
「ん? なんだ、わんこか?」
股の下から覗き込めば、子犬?が出てきて戒都と距離をとった。子犬にしては凛々しい顔立であるが、彼の手の中にあるスコーンが気になっているようだ。
おいで、と手招きして差し出してみれば、子犬は――人狼は、いとも容易く近づき、その体をくっつけてきた。
「美味いか?」
ちぎれんばかりにふるう尻尾に、戒都は満面の笑みを作ってから。その毛並みの整った身体を抱きしめてもふもふもふ。
人狼は思う。
(なぜ人間はボクのこと抱きしめたりなでまわしたりするのでしょうか。ボクの身体になにか秘密があるのでしょうか)
「珍しいな」
「ん? 何が?」
樹神枢は、菊坂 結鹿(CL2000432)に言う。
「いつもは、お姉さんと一緒にいるのに。今日は違うのだな。故に、珍しいと思ったのだ」
「そういえば……」
結鹿は思う。
(そういえば、お姉ちゃんを介さないで会うのははじめてかも……)
二人は待ち合わせをしていたわけだが、 今日、結鹿と枢とはお姉ちゃん――御菓子のこと――へのサプライズクリスマスプレゼントの相談があるからだ。
その理由を聞けば、枢はくすくすと笑いながら。それなら御菓子と一緒ではまずいなと言った。
「絶対、クリスマスパーティーしようってお姉ちゃんいうもの、それならなにか驚かせてあげたい妹たちは思うものなんです♪」
「ふむ、同意だ。いいぞ、何をしようか」
二人はお店を回りながら、ハロウィンからクリスマスへ移り行く街並みを見て回っていく。
(実は枢ちゃんへのサプライズクリスマスプレゼントも考えてるから、嗜好調査も兼ねてるのはひ・み・つ)
「ふふ、僕はこういうものが好きだぞ」
枢はサンタさんの洋服をきたテディベアを撫でながら、結鹿に申告してみた。
「回って、いくつかリストアップしたら、喫茶店で作戦タイムしようね」
「ああ、いいぞ。そういえば最近できた喫茶店があったと思うのだ――」
(何気に見ていた)人狼は思う。
(くりすます?)
向日葵 御菓子(CL2000429)は後ろを振り向く。御菓子の足音とは別に重なる足音がずぅっと聞こえていたのだ。
しかし、その足音からは危険なものは感じられなかった。故に。
「後をつけてる子はだあれ?怒らないから出てらっしゃい」
『……ぇ』
人狼の少年は家の塀の影に隠れてみたが、太陽光がばっちりと少年の影を道路に映している為、あまり隠れているようにも見えない形となっていた。
御菓子は雑な隠れ方をしている少年に、ほほえましくも思いながら。
「今ならお茶くらいご馳走してあげるわよ♪」
邪気の無い笑顔を向けてみれば、おずおずとこちらを覗く視線がゆっくりと出てきて御菓子のところまできた。案外餌で釣られる系の少年だ。
しかし少年は御菓子と一定の距離を保っている。どうやらまだ警戒されているのだろうか。
暫くして。
『お菓子美味しい、お茶もあかい、お姉さんは、たくさんいろいろ作れるんですね』
滅茶苦茶打ち解けていた。
さて、この少年はどんな話が好きなのだろうか。
(わたしの持ってる楽器に興味をみせるかな? さすがにこれは上げられないけど、簡単な楽器なら作ってあげられるからプレゼントしてあげちゃうよ)
「夜は心配……ね? うちに泊まってく?」
人狼は思う。
(あまいものいいな、本当はおにくが好きだけど、でもあまいものもいいな)
●
柳 燐花(CL2000695)は蘇我島 恭司(CL2001015)と買い物に来ていた。
落ち着いた色のジャケットと、それに合うシャツ等を選びつつ、ネクタイを彼の首元にかかげて色を確かめたりしていた。
打って変わって、恭司は薄手なカーディガンにロングプリーツスカートを選び。
(燐ちゃん……いやいや、普段の燐ちゃんも可愛いけれど、最近の燐ちゃんにこの衣装は可愛い以上に綺麗だよねぇ)
いつの間にか、少女から女性へ成長していく彼女を、親のような目線か、はたまた男としての目線かで見ていた。
一方、着慣れないスカートの感覚に少しだけ頬を紅潮させていた燐花であるが、彼の目線に気づくことは無かった。気づいたらもっと頬が赤くなってしまっただろうか。
それから。
お互い、選んだ服を着て帰る道中。
「そうだ、晩御飯だけど、今から準備は時間が掛かっちゃうからどこか食べに行くかい? この前、美味しそうなイタリアンのお店を見つけたんだよね!」
「新しいお洋服にお外でお食事とか、どこかのお嬢様みたいです」
「そうだねぇ……今の燐ちゃんは、誰が見ても可愛いお嬢様だよ?」
あえて遠回しに言った恭司の何気ない言葉にでも、燐花の耳と尻尾は敏感に反応していた。少しだけなんて返せばいいのか迷った燐花だが、
「滅相もない、です……」
と返すのが彼女の精一杯で。少しずつ波紋が広がっていくように、彼の言葉の心地よさに浸っていた。
「ほら、燐ちゃん。お店へ案内するからね?」
「……はい」
ほほ笑む恭司の、差し出された手に、手を置く燐花。それはまるで恋人をエスコートするように優しく、強く。
手の体温も、頬の体温も熱いのはきっと彼のせい? それとも、着慣れない恰好のせいだろうか。
人狼は思う。
(完全にボク野暮だすまなかった人間)
今日は賀茂 たまき(CL2000994)のお誘いで、工藤・奏空(CL2000955)はご機嫌である。
(わー! デートだよデート!!!!)
全世界の皆さまにお伝えしたい気持ちをグっと飲み込みながら、奏空は待ち合わせの場所まで息ひとつ切らさずに走って行った。
対してたまきは、自分からお誘いしたのは初めてであることから、今更ながらの緊張感に浸っていた。付き合ってどれくらいかは知らないが、非常に初々しさが爆発している。
合流した二人は、そのまま横に並んで映画館を目指していく。
さておき、観る映画は心があったかくほんのりとするようなもの。
というわけで観終わった。(巻き)
「なるほど……たまきちゃんはこういう映画が好きなんだね。心が和むね~、なんて思ってたら最後感動でしょー!」
「はい、私も感動的なラストシーンでついつい、涙が……。あのとき奏空さんも……」
「げえ!? やっぱりバレてた!? バレないようにしたんだけどな~あははは~」
「だって涙の跡が」
たまきは差し出したハンカチに、奏空はなぜかそれを汚したくないような気がして、腕で頬をぬぐって笑顔を見せてみた。
そんなこんなで日が暮れる。
帰りは彼女を送って帰るのは、男の役割である。そっと期待していたたまきは、奏空をちらと見やれば、彼はまたも緊張したように顔を真っ赤にさせながら手を差し出した。
「手……繋いでもいいかな……」
夕暮れに二人の影が繋がった。
「では……寮まで」
握られた手が暖かい。同じ気持ちで、同じものを欲しがって、それが嬉しくて。二人の心は、もっともっと近づいていくことだろう。
けれどもまだ終わりではない。今日はたまきは、積極的に勇気を出す日。だから。
「奏空さん、今日は、ありがとうございますね……?」
近づいたたまきの唇が、そっと奏空の頬に触れた。
人狼は思う。
(あ、これもボク野暮だわ)
人狼の子供が街に出た一報を受けた、椿屋 ツバメ(CL2001351)。
人狼と言えども、中身はまだまだ子供である。子供は好奇心が旺盛で、ましてやあまり人間のことを知らない人狼ならば悪い事に巻き込まれる可能性も高い。
ツバメは、好む果実であるオレンジと、誕生日の為の買い物をするために外へ出るつもりでいたからか、準備は早かった。
ガムで風船を作っては割るのを繰り返しながら、ツバメは歩んでいく。少々その足は急ぎ足で。
路地に白い影があったのだ。人の気を避けるようにしていくその影を、追わないとは思っていたが、つい追って行く。
角を曲がったところで、白い影はツバメに気づき。因子の影響か、特に何も警戒されずに人狼からツバメに近づいて来たのだ。
「ほら、お食べ」
焼きたてパン(オレンジフレーバーの物と、胡桃パン)を分け、地面に置いたパンを狼型の人狼は一度舐めてから口の中へと入れていく。
暫く餌やりをしてから、人狼はお礼を言うために人型へと戻り、頭を下げた。
『ぱん。初めて食べました』
普段は肉しか食べない様子。
しかし名前が無いのは困る。ツバメは人狼のことを『史狼』と呼んだ。それが人狼にはよく耳に残っていたようだ。
人狼は思う。
(しろう、しろう……しろ)
夜。
大辻・想良(CL2001476)は五麟市内を散歩していた。特にゴールを決めているわけでは無く、思うがままに歩いていくのだ。
ここに来るまで想良は御家の中で過ごしていたからか、五麟のような人の多さには目移ししてしまう。しかし、それが嫌いというわけではないのだ。
夜、人気のない路地に白い塊が入っていくのが見えた。
「そう言えば……、人狼に噛まれないように要注意って伝達が出てた」
きっとあれは、その人狼なのだろう。
追いかけてみれば、暫くの間は人狼も想良を警戒していたが、あっという間に近づいて来た人狼の毛並みをそっと撫でてみる。
「名前は自分と他者を区別する第一歩って、聞いたことが、あった、かな……?」
人狼は、名の意味を知らない。故に今まで一度として必要性を感じたことが無かったのだろう。
首を斜めに傾けた人狼は、想良のいう事を聞きながらも頬を舐めていた。
想良は、守護使役を両手で抱きしめる。
「この子の名前は私がつけたの。私が『ソラ』だから、この子は『天』。安直、なような気もするけど、私は好きなの。天は、どう?」
人狼は思う。
(そら、とてもいい名前の響きです。その小さな生物は一体なんなのでしょうか)
直ぐに飛び出せる体勢へ移行し威嚇する人狼に対して、時任・千陽(CL2000014)は冷静に距離を置いて餌を置いてみる。
「お腹空いていませんか? お風呂にいれたりはしませんから?」
人狼は口からぼたぼた涎を垂らしながら千陽との距離を縮めたり離れたりを繰り返し、数分経ってから漸く千陽の手から直接餌を食んだ。
それでも千陽が微動する度に、人狼は敏感に反応した。
怯えさせぬよう下から伸ばした手で人狼の顎を撫でてから耳の後ろへ手を滑らし、首から背中まで撫でまわしていくと人狼の尻尾がご機嫌に揺れた。
実は千陽は犬が好きだ。緩む口元と上がる口角を抑えながら、今一度周囲に人がいない事を確認。なお、人狼は口元を抑えて険しい顔をする彼が吐きそうなのではないかとビビっていた。
彼の手袋を甘噛みしながら腹を見せてごろごろ転がっているのを見ると完全に心を許していると見える。ちぎれんばかりに尻尾を振る人狼を昔飼っていた白い犬と重ねながら、撫でていく。撫でまわしていく。なでなでなでなでなでなでなでなでわしゃわしゃわしゃ。
――数十分後。
人狼は餌をくれるのかと千陽へついていくが、そのまま本部まで一直線されることとなった。
(この人間はなぜ他の人間と肌の色が違うのでしょう。きっと悪い物を食べているに違いない)
人狼は歩む。
何かを探すように、物色するように。
花屋兼カフェ『vengan todos(ベンガン トドス)』を妻と共に経営している田場 義高(CL2001151)。
今日もお店の開店準備を慣れた手つきと動きで始めていく。
そういえば人狼が逃げたという一報が入っていたわけだが。人狼は月を見て吠え、満月なら――。
「ふん、人狼か……ま、俺の頭の輝きを見て狂乱はやめてくれよ。さすがに傷つくかもしれん」
面白かったからMVP差し上げました。
けして怒っているわけではないが、難しい表情を浮かべながら義高はゾウさんの形をした如雨露で花に光る雫を与えていく。
こんな顔、なんて言ったら失礼だが。こんな顔だからか、よく花屋の手前を通る少年たちは彼を避けていた。
しかし、最近はようやく散歩する保育園児も彼になれてくれて、泣かれなくなったのが嬉しいとのこと。手塩にかけて育てた、まるで自分の子供のような花たちが、子供たちの手に渡っていくのも見るのが好きだ。
そうこうしながらあっという間に日は暮れていく。店の奥から夕飯の匂いがして来たら閉店準備だ。
そんじゃ、また明日な。
子供に紛れていた、白髪の少年へ手を振った義高。
人狼は思う。
(人間中身が大切)
風祭・誘輔(CL2001092)は非番であり、久しぶりにゆっくりと何もしない日を楽しもうとしていたが、事件は朝から起こった。
同棲している女性に浮気がバレてしまい、かなり絞られているとのこと。
「いいじゃねえか別に減るもんじゃないし」
浮気は男の特技というかなんというか。歓楽街の路地裏で発生した修羅場の最中に、誘輔はいつしか目にしたことがある少年がうろうろおろおろしているのを見かけた。
そちらへ気がいった刹那、パシィという音と共に、誘輔の頬が痛み、赤く染まっていく。
「あーめんどくせェ……これだから女って奴はよ……」
人狼の少年は物陰から、びくびく震えていた。子供には少々刺激が強い、軽く発禁が発生しそうな状況に。
誘輔は『決めた、全力で誤魔化す』と、バレたら大変な、火災現場にタンクローリーで突っ込んでいくような発案をしていた。
「本当に愛してるのはお前だけだって。他は遊びだ。この目を見ろ。信じろよ」
誘輔は女性の顎を指で持ち上げ、いつもはしないくらいの優しい瞳を魅せた。人狼は顔を両手で覆った。
「ついでに金貸してくれ 一万でいい、頼む」
オブラートに包まないで言うし苦情はFLで受け付けるが、クズか。つっこまずにはいられなかった。
ホスト時代に磨いたテクニックと、詐術と色仕掛けでうまいこと丸め込んで切り抜ける作戦に、女性の財布から諭吉が見えた瞬間勝利は決まった。
人狼は思う。
(やばそうだ、ボクはどちらの味方をすればいいのだろうか)
古妖の気配に好奇心を発揮した切裂 ジャック(CL2001403)は、しかし、疲れ果てているのか家のベッドの上でうとうとと船をこいでいた。
ベッドに横たわり、暫くすると開いていた窓からするりと何かが入ってきて、ジャックの傍に来た。
ジャックは思う。なんかあったかいものがいる。眠気に覚めぬ目を擦ってみてみれば、狼がいた。そういえば通達があったような。
黄泉であるジャックにはなんの警戒もせずに人狼は近づいて来たのだろう。
「おお? お前、名前ないんだってな。人型にもなるんやってな! なら、苗字は大神ってのでどうだ? おおがみ! 偉そうやしかっこいい!」
飛び起きたジャックは、そう言いながら毛並みを撫でてみる。人狼はうれしそうに尻尾を上下に振り始めた。
「んでもって、せやなあ。友達になろうぜ! 俺、古妖がダイスキなんよ。やって俺らとは違う種族って超たぎるし、俺、お前のこと頼りにしたい」
無邪気な笑顔を向けるジャックに、人狼は首を縦に振っていた。
「人間を守るってかっけえな。俺のことも、守ってくれるんか? まあこれから長い付き合いになるかもしれないから宜しくなんだぜ!」
意外と調べている用意周到なジャックである。
「とりあえずお前って何処から来たん?」
山。そういうために人狼は、ジャックの目の前で狼から人型へと変わると、ジャックの瞳がこれ以上ないまでに輝いていた。
人狼は思う。
(ともだち、うれしい)
「人狼に出会ったら、いきなり抱き着いたり驚かせるような事はしない。いいか?」
「い、いきなり抱き着いたりなんてしないんだぞ! ……ちゃんと、抱き着いて良いかどうか聞いてからもふもふするんだぞ」
香月 凜音(CL2000495)は神楽坂 椿花(CL2000059)と共に市内をぶらぶらと歩いていく。
人狼を探すために歩いており、彼らの両手には人狼用のお弁当もぶらぶらしていた。
「頑張って作ったんだし、喰って貰えるといいな」
「うん、美味しく食べてもらえると嬉しいんだぞ!」
両手に持っていた弁当の袋を片手に持ち替え、空いた手で凜音は椿花の頭を優しく撫でた。それが嬉しくて、椿花はその感覚に笑顔を作っていく。
それから数分後のことであった。
住宅街の塀を闊歩していた人狼が、凜音を見つけると地面へ足を乗せ、しかし椿花を見た瞬間一定の距離を保ったまま近づいては来ない。
どうやら警戒されているようだ。椿花は少ししょんぼりした顔を見せていたが、凜音は彼女の手前に出て、言う。
「こいつは俺の妹分みたいなものだから、警戒しなくていい。……腹減ってないか?」
「椿花は神楽坂椿花って言うんだぞ。人狼さん……で良いのかな? よろしくなんだぞ!」
凜音の隣で元気に挨拶をした椿花。
人狼は二人との距離と縮めたり離れたりを繰り返しながら、漸く凜音の影に隠れながらも椿花へと近づいた。今すぐにでもモフモフしたい衝動に駆られる椿花だが、ここは先ほどの約束の通りにぐっとこらえていた。
暫くしてから、公園。
すっかり人型になっている人狼を挟んで、お弁当を開いた。
「二人とも、慌てずゆっくり食え」
「凜音ちゃんと作ったんだぞ! 一緒に食べよ?」
『うん』
こくんと頷いた人狼は、やっぱり肉だけを選んで食べていた。それも、箸やフォークの類を使わずに食べようとするので、凜音はまず彼に教養が必要なのではと思う。
しかし……凜音は思う。こいつも、他の人狼のようにいつかはなるんだろうか。止める手立てはないだろうか。
楽しそうに並んで食べる二人を見ながら、人間と古妖の違いとは何か考えているうちに、椿花と人狼は打ち解けていく。
本当はもふもふしたかった椿花を察してか、人狼は狼型になってからおすわりした。そして椿花の欲望はやっと爆発することができる。
人狼は思う。
(人間のこどもも、かわいいのです)
華神 刹那(CL2001250)は御影・きせき(CL2001110)と依頼で賭けをしていたようで、刹那が負けてしまったために、たい焼きの店にいるわけだ。
そこは大きな店ではないが、創業から今まで長いらしい。
「美味しそうなたい焼き屋さんだね! 楽しみ! どんなのだろー。薄皮? 厚皮? 僕どっちかっていうと皮が厚めなやつのほうが好きだなー」
「皮はどちらかと言えば厚め、餡子の量はバランス型といったところか。しっとりやわらかな皮に、程よい量の餡が絶妙なのである」
「ほんと!? 期待してるね!」
というわけで出来上がったばかりのほかほかのたい焼きを持ちながら(刹那のおごり)、二人は一緒に、いただきますをした。
最初はたい焼きの感想を言い合っていた二人であるが、いつからか話は刹那の話へと移り変わっていく。
「へー、海外で一人旅してたんだー! すごいすごーい!」
「どこに行っても言葉が通じぬと、最初は面倒でなぁ」
「色々、大変だったんだねー!」
「気づけば数年過ごせていたので、意外と何とかなるようではあった」
その間に、たい焼きの餡子を口の端っこへくっつけていたきせきのそれを、刹那は指で取ってから自分の口へと運んでいく。無邪気にありがとー!と笑うきせきの笑顔だが、少々無理して見えるのは気のせいなのだろうかと刹那は思った。
ごちそうさま!と高らかに宣言したきせきは、ベンチから降りて刹那の手前に立った。
「次は僕おすすめのパン屋さんに連れて行ってあげるね!」
「ほうほう、次はパンであるか」
「うん! またやろ、賭け! つぎも負けないぞー!」
「食べ歩きは構わんが、親御に夕餉が食えぬと叱られぬようにな?」
「うん! どっちも食べるよ。おやつはね、別腹なの!」
人狼は思う。
(あのにんげんたちが持っているものがとても美味しそうだとおもいました。近づけないのかくやしいです)
ゲイル・レオンハート(CL2000415)は、今日は非番だ。家でのんびり過ごす予定である。
仕事がある時は、アラスカンマラミュートのナハトたんや猫の桜たん、まんまるヒヨコのピヨまるには、……ペットかな?
彼らには、市販のペットフードを食べてもらってるので時間がある日は、ゲイルの手作りを食べてもらうのだそうだ。
どうしても作る手間というものは出てきてしまうが、そこは愛情という隠し味になることであろう。
手間をかけて作ったものを美味しそうに食べてもらえるのは、とてもゲイルにとって微笑ましく、そして幸せな時間であるのだ。
ふと、守護使役がゲイルの足元に転がっていた。おおっと、忘れてはいけない。もちろん小梅にもごはんを食べさせてやるのだ。
(力があってもなくても、こんな穏やかな日常が一番大事なんだろうな。覚者として戦いに身を置くことが多くても忘れずにいたい)
ゲイルは、ご飯を食べ終えた子達に囲まれながら、安堵の表情を浮かべている。
そして傍らの彼らをもふもふといじりながら、日がな一日は過ぎていく。
人狼は思う。
(あの人間はとても幸せそうなのです)
瀬織津・鈴鹿(CL2001285)は、今日も好事家のお兄さん達相手に一杯稼げたの♪
――と、るんるんになって帰っているが、その仕事内容はとてもじゃないが文字にはしたくなかったぞこれ。
今日はとてもよく稼げた日であったので、ハンバーガーでも食べていこうと――ふと、同族把握に引っかかった気配のほうに振り替える。
路地の細い場所、室外機の奥を見てみれば、白い毛玉がうずくまっていた。
「私は貴方とお友達になりたいだけなの……どうぞ、これ食べながら貴方の事教えて」
鈴鹿から発せられるマイナスイオンと、黄泉の人魂を見て安堵したのか。人狼は狼から人へと変わって、そのハンバーガーを受け取った。
『ボクは人狼。誇り高き森の民……、人間を守る存在。純血種と、混血種がいるんだけど、ボクは希少な純血種……です。
山から下りてきて、一人。まんまるが襲ってくるので、その、警告を――』
「……今まで頑張ったね、偉いの」
さりげなく鈴鹿は、少年の頭をなでなでもふもふ。
「決めた! これから私が友達……姉貴分になってあげるの!」
『姉貴分』
「それで貴方の名前……「真神」っていうのはどう? 善人を守護し、悪人を裁く神話の狼神の名……貴方が恐れてるものに立ち向かえる勇気を持てるように願った名前なの。……気にいってくれたら嬉しいの」
にこ、と笑った人狼の少年。
人狼は思う。
(どうしてこの街の人たちはこんなにも優しいのでしょうか)
●
松原・華怜(CL2000441)は珈琲のカップをテーブルにかちゃりと置いた。
「……市内が騒がしい気もしますが、気のせいですね」
気のせいかも。
午後の暖かい陽気につつまれながら、少し肌寒い秋の風が肌を撫でていく。そんな優雅なティータイム、せめて静かに過ごしたいもので。
たまには多少高くてもゆっくり飲むのもいいですね。鼻を通る香りと味わいを静かに堪能しながら、華怜の午後は過ぎていく。
人狼は思う。
(あの濃い色のは飲み物なのだろうか、それとも薬なのでしょうか)
本屋にいた東雲 梛(CL2001410)であったが、人狼の少年が逃げた一報を受けて足は忙しく動いた。
同族把握に引っかかる気配を辿れば、梛が人狼にたどり着くのはいとも容易く。人の目を気にして公園の繁みの中を歩いていた狼型の人狼は、梛を見つけるやいなや、人狼のほうから梛へと接触してきた。
「あちこち歩いて疲れてない?」
梛の問いかけに人狼は首を横に振る。同じく人狼の尻尾もちぎれんばかりに揺れていた。
梛は小さく笑いつつ、買ってきた牛乳を碗に入れて差し出した。
「どうして俺達についてきたの? 自分達じゃ止められないから、俺達に止めてほしいの?」
梛は水音をたてて無くなっていく牛乳を継ぎ足していく。ふと、人狼は上を見た。同じく梛も上を見た。
今日は新月である。
再び梛が人狼を見たときには、いつかの少年が立っていた。
『今日はまんまるがいない……。あのね、そうなんです。狼はね、病気になってしまったんです』
人狼は梛の手を握った。
「名前を呼ぶ時に困るし、俺達で名前を考えても良い? 俺達にそう呼んでほしいっていう名前があったら教えて」
『名前、必要を感じたことが無かったのでありませんでした』
「縁(えん)、それか森羅(しんら)ってどう? 縁は俺達が出会ったのも何かの偶然の縁……不思議な繋がりみたいなもの? だから、それをあらわす縁って名前も良いかなって」
『ありがとうございます、考えてみます。ええと、梛』
「俺の名前覚えてたんだ」
人狼はこくんと頷いた。
人狼は思う。
(なぜ人間には、あれが見えないのでしょう。月にべったりとくっついているあれが)
緒形 逝(CL2000156)は見慣れた道を歩いていた。
研究所や大学、付属する学校で使う刃物を研ぎ終わり、それを返しにいく途中なのである。今日も学校で不審者と間違えられないのか心配になるが、相棒のフルフェイスを顔に闊歩していく。
逝の挙動は何も変わらないが、常に感情探査を敷いていた。ということは、学校への通学路である道を逆に行き帰路を辿る小学生たちの感情が流れ込んでくる。
それが何故だか心地よく。最初は逝を避けられていた感情も、いつしか名物かマスコットのようになり暖かい感情が芽生えていた。
そういえば、ふと思い出す。
自室の机の上のメモ帳に、口語調で丁寧に毎日のやる事が書いてあったのよ。まるで何度も読んだかのような跡が有ったがな。
それは一体誰が書いたものなのだろうか。案外、近くて遠くなってしまった人物が『まさか/もしかして』のとき用に残したのかもしれない。
ふと逝の頭上が暗くなり、すぐに明るくなった。影が通り過ぎたのだろうが、白い毛玉が家屋の上から見下ろしていた。
そういえば人狼が逃げたとか。一瞬そう思い出した逝だが圧倒的スルー力で役目を果たすために足を動かした。
人狼は思う。
(あの人なにかよくないものを持っている気配がしたような。人間に仇なす敵か、暫く監視しておきましょう)
本部からの一報を受けた天野 澄香(CL2000194)は、授業終了のチャイムが鳴った瞬間に初等部まで走った。
成瀬 翔(CL2000063)は何事かと驚いた表情をしていたが、さて。
「おーちゃん、どこですか? 何もしないから出てきてください!」
「ああ、人狼か」
場所は町中。
放課後の学生の群れとは反して有象無象に歩いていく二人。
澄香から聞いた話によれば、その人狼に関しては、大して害があるようには翔には思えない。なので、放っておけばそのうち腹が減って帰ってくるだろうとは思うのだが……、
「ん? あ、そっか飼い犬じゃなかった」
そう、野良なのである。
「おーちゃーん!」
遂に澄香は翼を広げて、翔もていさつのために守護使役を上空へと飛ばした。かつ、翔はコンビニに寄ってドックフードの缶をあけてみた。
「おーちゃーん、はあ……見つからないか」
「わかんねーよ、そのうちあっちから来るかもしれないぜ」
という所で、澄香が地面に足をつけた刹那、低い音で唸る狼型の人狼が澄香と翔の間に割って入った。
「あ、おーちゃん! って、そのこは敵じゃないですよっ」
「滅茶苦茶俺、威嚇されてんな」
どうやら人狼は澄香を守ろうとしているようだが、翔は敵でも無ければ人間に害をなす存在でもない。単純に、緊張しているのだろう。
「大丈夫ですよ、大丈夫」
そっと澄香は人狼の頭を撫でてから、足を折って同じ目線の高さまで座った。久々の顔に、人狼は濡れた鼻先を澄香に押し付けながらご機嫌に尻尾をふるう。
「よかったら、街を案内しますよ」
人狼は首を縦に振った。
「あと彼は、翔くんといって――って遠い」
翔は離れた電柱の影からほほえましく一人と一匹を見ていた。邪魔したら悪いと思ったのだろう。しかし、人狼は見れば狼というよりは犬のほうに近くも見えた。
翔の手がぴくりと動き、背中がそわりと高ぶる。撫でたらきっと、癒されそうであると。その瞬間、人狼は翔の手にあるドックフードに気づき、ダッシュで翔を追いかけていった。
人狼は思う。
(どっくふーどはいけない、はらがへる)
人狼が逃げ出したと聞いて御白 小唄(CL2001173)は居ても立っても居られないと、街の中へと飛び出していく。
「ああもう、どこ行っちゃったんだよ……! 五麟の中ならそんなに危険はないだろうけど……」
忙しく動く小唄の尻尾だが、今は緊張感と心配でいつもよりは元気がないように振られていた。
「あ! 枢ちゃん。人狼君を見なかった? 白い髪をした、このくらいの背の子供か。それか狼なんだけれど」
「こんにちはだ、小唄殿。残念ながら僕は見ていないのだ。すまないな、力になれなくて」
「そっか。あ、お出かけ?」
「うむ。待ち合わせをしている」
「呼び止めちゃって悪かったかな」
「いや、話しかけて貰えて、僕は嬉しいぞ。早く人狼に会いに行ってやってくれ」
軽く会釈をしてすれ違った二人。
そういえば、人狼人狼と呼んでいるが。本当はどうやって呼べばいいのだろうか。探すときにまさか人狼と叫んでいるのも、なんだか突飛な気もすると。
「ああ、名前も考えてあげなくちゃ!」
ぜえぜえはあはあと走り回っていた小唄だが、ふと、白銀の狼のほうから小唄に飛び込んできた。
「わあ!? あ、と、とりあえず無事でよかった……」
小唄の胸に飛び込んできた人狼は、尻尾をちぎれんばかりに振りながら彼の顔を舐めていた。
さて、名前はどうしたものか
「大神君とか、どうかな」
人狼は思う。
(おおかみ、おおがみ)
納屋 タヱ子(CL2000019)の記憶には新しいものだが、二階から投げ飛ばされて頭から落とされ、地面をバウンドしたという常人なら首骨折即死コースの荒業があったとか。それは、大変でしたね……。
流石に頭は鍛えられない故に、咄嗟の受け身は意味をなさなかったとかで。
ですが、本当に頭が鍛えられないのでしょうか――その疑問に駆られたタヱ子は、頭を鍛える決心を授業中にした。なお、授業のノートには黒板に描かれる文字数字を写すのではなく、いかにどうやって鍛えるかが書かれていた。
逢魔が時。(どこかで逢魔ヶ時紫雨が盛大にくしゃみをした)
五麟学園近くの小泉水川の河原にて、硬い物を探すタヱ子。
まずは大きくまぁるい石を見つけた。防御を鍛えてから、いざ頭を石へとぶつけてみる。
しばしの脳震盪、だがあの時の痛みはこんなものでは無い。こんな時の為にちゃんと頭には頭蓋骨が入っているのだ。もっと硬いものを探すべきだ。
人狼は思う。
(怖い、自殺してる……止めようか、止めまいか、あの決心に満ち満ちた瞳は一体)
奥州 一悟(CL2000076)は陸上部である。
部活は終わっている時刻だが、さらに自主練をするために公園でストレッチをし、その後に軽く流すようにランニングを開始した。
守護使役も一悟を追って行く。いつものコースは決まっているのだ、彼らは見慣れた道をペース配分を考えながら走って行く。
しかし。
(……さっきから誰かに見られているような気がするぜ)
そんな直感は当たるものだ。暫く走っていた彼だが、なんとなく後ろから守護使役以外の何かが追いかけてくる足音が聞こえていた。
それは小さな男の子で。一悟のことを珍しそうに見ていたのだ。不思議に思った一悟だ、こんな時間に小さな子が歩いているのもおかしいかもしれない。
「どうした。引っ越してきたばかりで迷子になったか?」
そう言って手を伸ばしてみるが、少年はおずおずと電柱の影に隠れてしまう。人見知りが激しいのか、それとも緊張しているのか。
攻防は続いたが、やっと一悟の手が少年の帽子に触れることはできた。
「カッコいいブレスレットつけてんのな。その帽子もきまってるぜ」
『……、ありがとう、ございます』
人狼は思う。
(人間はすぽぉつというものをすると聞いています。きっと彼もそれをやっていたのでしょうか、気になりました)
夕方。
焔陰 凛(CL2000119)は歌の練習の為に、公園のベンチに腰を掛けてギターを弾いていた。歌と合わさった音色に惹かれ、何人かが疎らに立ち止まって聞いてくれている。
そんな最中。
覚えのあるような視線があるような気がして、そちらを見てみれば、人の気を避けるように物陰に座っていた白銀の子犬がいた。
(あ、本部で言うてたけど多分あれあの子やな。遠い所大変やったやろに)
凛は一度、人狼に逢っている。なぜだろうか、本能的に、それとも直感的にか、その人狼は彼であることが解っていた。
「誇り高き森の民 村を守った小さな勇者 旅路の果てに訪れしは西に聳える人の都 けれど恐れないで 怯えないで 君を思う人達が そこには待っているのだから♪」
アレンジを兼ねた歌声に、人狼の尻尾がぱたぱた揺れた。
目線があった赤い瞳に、凛は笑いながら暫く歌を歌った。
終わったころ。
人も消えていく中、物陰へと近づく凛。
「風呂から逃げたそうやな。姉ちゃんと一緒に入るか? それと、名前はケンでどうや?」
人狼は尻尾を振りながら凛の足元をまわっていた。
人狼は思う。
(歌はいいものです。この街はいいものです)
片桐・戒都(CL2001498)は休日であるために、新しい紅茶の茶葉を買う為、外へ出ていた。ついでに、高そうなお茶菓子でも買って、午後は優雅なひと時にでもと決心。
茶葉にもいろいろな種類があるのだが、戒都は顎に指をあてながら思考する。
(茶葉は……これから寒くなるし、ミルクティーが美味い時期だよなぁ。ならここは、アッサム一択っと。で、次はスイーツ売ってる店によって……これこれ!)
甘さ控えめで評判のスコーンに、クロテッドクリームを添えて。女子力の高い買い物をした戒都は、鼻歌交じりに日当たりのいいベンチへと座った。
ふと、座ったベンチの下から何かの気配を感じた。
「ん? なんだ、わんこか?」
股の下から覗き込めば、子犬?が出てきて戒都と距離をとった。子犬にしては凛々しい顔立であるが、彼の手の中にあるスコーンが気になっているようだ。
おいで、と手招きして差し出してみれば、子犬は――人狼は、いとも容易く近づき、その体をくっつけてきた。
「美味いか?」
ちぎれんばかりにふるう尻尾に、戒都は満面の笑みを作ってから。その毛並みの整った身体を抱きしめてもふもふもふ。
人狼は思う。
(なぜ人間はボクのこと抱きしめたりなでまわしたりするのでしょうか。ボクの身体になにか秘密があるのでしょうか)
「珍しいな」
「ん? 何が?」
樹神枢は、菊坂 結鹿(CL2000432)に言う。
「いつもは、お姉さんと一緒にいるのに。今日は違うのだな。故に、珍しいと思ったのだ」
「そういえば……」
結鹿は思う。
(そういえば、お姉ちゃんを介さないで会うのははじめてかも……)
二人は待ち合わせをしていたわけだが、 今日、結鹿と枢とはお姉ちゃん――御菓子のこと――へのサプライズクリスマスプレゼントの相談があるからだ。
その理由を聞けば、枢はくすくすと笑いながら。それなら御菓子と一緒ではまずいなと言った。
「絶対、クリスマスパーティーしようってお姉ちゃんいうもの、それならなにか驚かせてあげたい妹たちは思うものなんです♪」
「ふむ、同意だ。いいぞ、何をしようか」
二人はお店を回りながら、ハロウィンからクリスマスへ移り行く街並みを見て回っていく。
(実は枢ちゃんへのサプライズクリスマスプレゼントも考えてるから、嗜好調査も兼ねてるのはひ・み・つ)
「ふふ、僕はこういうものが好きだぞ」
枢はサンタさんの洋服をきたテディベアを撫でながら、結鹿に申告してみた。
「回って、いくつかリストアップしたら、喫茶店で作戦タイムしようね」
「ああ、いいぞ。そういえば最近できた喫茶店があったと思うのだ――」
(何気に見ていた)人狼は思う。
(くりすます?)
向日葵 御菓子(CL2000429)は後ろを振り向く。御菓子の足音とは別に重なる足音がずぅっと聞こえていたのだ。
しかし、その足音からは危険なものは感じられなかった。故に。
「後をつけてる子はだあれ?怒らないから出てらっしゃい」
『……ぇ』
人狼の少年は家の塀の影に隠れてみたが、太陽光がばっちりと少年の影を道路に映している為、あまり隠れているようにも見えない形となっていた。
御菓子は雑な隠れ方をしている少年に、ほほえましくも思いながら。
「今ならお茶くらいご馳走してあげるわよ♪」
邪気の無い笑顔を向けてみれば、おずおずとこちらを覗く視線がゆっくりと出てきて御菓子のところまできた。案外餌で釣られる系の少年だ。
しかし少年は御菓子と一定の距離を保っている。どうやらまだ警戒されているのだろうか。
暫くして。
『お菓子美味しい、お茶もあかい、お姉さんは、たくさんいろいろ作れるんですね』
滅茶苦茶打ち解けていた。
さて、この少年はどんな話が好きなのだろうか。
(わたしの持ってる楽器に興味をみせるかな? さすがにこれは上げられないけど、簡単な楽器なら作ってあげられるからプレゼントしてあげちゃうよ)
「夜は心配……ね? うちに泊まってく?」
人狼は思う。
(あまいものいいな、本当はおにくが好きだけど、でもあまいものもいいな)
●
柳 燐花(CL2000695)は蘇我島 恭司(CL2001015)と買い物に来ていた。
落ち着いた色のジャケットと、それに合うシャツ等を選びつつ、ネクタイを彼の首元にかかげて色を確かめたりしていた。
打って変わって、恭司は薄手なカーディガンにロングプリーツスカートを選び。
(燐ちゃん……いやいや、普段の燐ちゃんも可愛いけれど、最近の燐ちゃんにこの衣装は可愛い以上に綺麗だよねぇ)
いつの間にか、少女から女性へ成長していく彼女を、親のような目線か、はたまた男としての目線かで見ていた。
一方、着慣れないスカートの感覚に少しだけ頬を紅潮させていた燐花であるが、彼の目線に気づくことは無かった。気づいたらもっと頬が赤くなってしまっただろうか。
それから。
お互い、選んだ服を着て帰る道中。
「そうだ、晩御飯だけど、今から準備は時間が掛かっちゃうからどこか食べに行くかい? この前、美味しそうなイタリアンのお店を見つけたんだよね!」
「新しいお洋服にお外でお食事とか、どこかのお嬢様みたいです」
「そうだねぇ……今の燐ちゃんは、誰が見ても可愛いお嬢様だよ?」
あえて遠回しに言った恭司の何気ない言葉にでも、燐花の耳と尻尾は敏感に反応していた。少しだけなんて返せばいいのか迷った燐花だが、
「滅相もない、です……」
と返すのが彼女の精一杯で。少しずつ波紋が広がっていくように、彼の言葉の心地よさに浸っていた。
「ほら、燐ちゃん。お店へ案内するからね?」
「……はい」
ほほ笑む恭司の、差し出された手に、手を置く燐花。それはまるで恋人をエスコートするように優しく、強く。
手の体温も、頬の体温も熱いのはきっと彼のせい? それとも、着慣れない恰好のせいだろうか。
人狼は思う。
(完全にボク野暮だすまなかった人間)
今日は賀茂 たまき(CL2000994)のお誘いで、工藤・奏空(CL2000955)はご機嫌である。
(わー! デートだよデート!!!!)
全世界の皆さまにお伝えしたい気持ちをグっと飲み込みながら、奏空は待ち合わせの場所まで息ひとつ切らさずに走って行った。
対してたまきは、自分からお誘いしたのは初めてであることから、今更ながらの緊張感に浸っていた。付き合ってどれくらいかは知らないが、非常に初々しさが爆発している。
合流した二人は、そのまま横に並んで映画館を目指していく。
さておき、観る映画は心があったかくほんのりとするようなもの。
というわけで観終わった。(巻き)
「なるほど……たまきちゃんはこういう映画が好きなんだね。心が和むね~、なんて思ってたら最後感動でしょー!」
「はい、私も感動的なラストシーンでついつい、涙が……。あのとき奏空さんも……」
「げえ!? やっぱりバレてた!? バレないようにしたんだけどな~あははは~」
「だって涙の跡が」
たまきは差し出したハンカチに、奏空はなぜかそれを汚したくないような気がして、腕で頬をぬぐって笑顔を見せてみた。
そんなこんなで日が暮れる。
帰りは彼女を送って帰るのは、男の役割である。そっと期待していたたまきは、奏空をちらと見やれば、彼はまたも緊張したように顔を真っ赤にさせながら手を差し出した。
「手……繋いでもいいかな……」
夕暮れに二人の影が繋がった。
「では……寮まで」
握られた手が暖かい。同じ気持ちで、同じものを欲しがって、それが嬉しくて。二人の心は、もっともっと近づいていくことだろう。
けれどもまだ終わりではない。今日はたまきは、積極的に勇気を出す日。だから。
「奏空さん、今日は、ありがとうございますね……?」
近づいたたまきの唇が、そっと奏空の頬に触れた。
人狼は思う。
(あ、これもボク野暮だわ)
人狼の子供が街に出た一報を受けた、椿屋 ツバメ(CL2001351)。
人狼と言えども、中身はまだまだ子供である。子供は好奇心が旺盛で、ましてやあまり人間のことを知らない人狼ならば悪い事に巻き込まれる可能性も高い。
ツバメは、好む果実であるオレンジと、誕生日の為の買い物をするために外へ出るつもりでいたからか、準備は早かった。
ガムで風船を作っては割るのを繰り返しながら、ツバメは歩んでいく。少々その足は急ぎ足で。
路地に白い影があったのだ。人の気を避けるようにしていくその影を、追わないとは思っていたが、つい追って行く。
角を曲がったところで、白い影はツバメに気づき。因子の影響か、特に何も警戒されずに人狼からツバメに近づいて来たのだ。
「ほら、お食べ」
焼きたてパン(オレンジフレーバーの物と、胡桃パン)を分け、地面に置いたパンを狼型の人狼は一度舐めてから口の中へと入れていく。
暫く餌やりをしてから、人狼はお礼を言うために人型へと戻り、頭を下げた。
『ぱん。初めて食べました』
普段は肉しか食べない様子。
しかし名前が無いのは困る。ツバメは人狼のことを『史狼』と呼んだ。それが人狼にはよく耳に残っていたようだ。
人狼は思う。
(しろう、しろう……しろ)
夜。
大辻・想良(CL2001476)は五麟市内を散歩していた。特にゴールを決めているわけでは無く、思うがままに歩いていくのだ。
ここに来るまで想良は御家の中で過ごしていたからか、五麟のような人の多さには目移ししてしまう。しかし、それが嫌いというわけではないのだ。
夜、人気のない路地に白い塊が入っていくのが見えた。
「そう言えば……、人狼に噛まれないように要注意って伝達が出てた」
きっとあれは、その人狼なのだろう。
追いかけてみれば、暫くの間は人狼も想良を警戒していたが、あっという間に近づいて来た人狼の毛並みをそっと撫でてみる。
「名前は自分と他者を区別する第一歩って、聞いたことが、あった、かな……?」
人狼は、名の意味を知らない。故に今まで一度として必要性を感じたことが無かったのだろう。
首を斜めに傾けた人狼は、想良のいう事を聞きながらも頬を舐めていた。
想良は、守護使役を両手で抱きしめる。
「この子の名前は私がつけたの。私が『ソラ』だから、この子は『天』。安直、なような気もするけど、私は好きなの。天は、どう?」
人狼は思う。
(そら、とてもいい名前の響きです。その小さな生物は一体なんなのでしょうか)
直ぐに飛び出せる体勢へ移行し威嚇する人狼に対して、時任・千陽(CL2000014)は冷静に距離を置いて餌を置いてみる。
「お腹空いていませんか? お風呂にいれたりはしませんから?」
人狼は口からぼたぼた涎を垂らしながら千陽との距離を縮めたり離れたりを繰り返し、数分経ってから漸く千陽の手から直接餌を食んだ。
それでも千陽が微動する度に、人狼は敏感に反応した。
怯えさせぬよう下から伸ばした手で人狼の顎を撫でてから耳の後ろへ手を滑らし、首から背中まで撫でまわしていくと人狼の尻尾がご機嫌に揺れた。
実は千陽は犬が好きだ。緩む口元と上がる口角を抑えながら、今一度周囲に人がいない事を確認。なお、人狼は口元を抑えて険しい顔をする彼が吐きそうなのではないかとビビっていた。
彼の手袋を甘噛みしながら腹を見せてごろごろ転がっているのを見ると完全に心を許していると見える。ちぎれんばかりに尻尾を振る人狼を昔飼っていた白い犬と重ねながら、撫でていく。撫でまわしていく。なでなでなでなでなでなでなでなでわしゃわしゃわしゃ。
――数十分後。
人狼は餌をくれるのかと千陽へついていくが、そのまま本部まで一直線されることとなった。
(この人間はなぜ他の人間と肌の色が違うのでしょう。きっと悪い物を食べているに違いない)
